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夷澤君のお使い

(主要人物:夷澤 ジャンル:ほのぼの キーワード: - 作品No.10)

最終更新:2005/02/07(Mon) 02:48
寄稿者:大江

 昼休み、夷澤はポケットにいれた小銭を鳴らしながら、一階の購買へと向かっていた。チャイムと同時に教室を出て、購買でパンとミルクを買うのが、この学園に入ってから彼の日課だった。

 夷澤凍也は《生徒会》の副会長補佐である。うっかりあやつられて仮装させられたり、あやつられた後は速攻で《転校生》にぶっとばされたのはさておいて、実力者であることは間違いない。それは夷澤自身も自負していた。

 彼には自分の強さに自信があった。ボクシングで彼に勝てるものはいなかったし、実戦経験と努力の裏づけもあったので、夷澤は自分の強さを疑わなかった。それが最近になって、すこしずつ変わってきている。

 昼休みの購買は混んでいる。夷澤はなんとか人ごみをかきわけ、焼きそばパンとミルクを買って人ごみから抜け出した。

 なにげなく横を見ると、そこに知った顔がいた。

 「センパイじゃないっすか」
 「夷澤くん」

 葉佩九龍。《転校生》として生徒会と敵対していた彼は遺跡にもぐり、数千年の墓の呪いを人の力で払ってみせた。かくいう夷澤も二度、敗北している。

 「これからお昼なら、いっしょに食べない?」
 「そっすね……」

 片手に購買のふくろをさげて、こちらに微笑んでいる姿は、とてもではないが強そうには見えない。夷澤も実際に遺跡でたたかってみるまでは、へらへらした貧弱なやつだとあなどっていた。

 だが、結果は完膚なきまでに叩きのめされた。

 爆薬で動きを封じられ、射撃で体力をけずられていく。自慢の拳も届かなければ意味がない。そのあとは自分でも思うほど、夷澤はあっさりと地面をはった。

 敗れたのは葉佩九龍が夷澤凍也より強かったから。そのことに恨みや後悔はなかった。

 「いいっすよ」
 「そっか、よかった。じゃあ屋上で…」

 そのとき、放送がはいった。スピーカーから聞こえてくる国語教師の声に、話をやめて耳をすます。

 『…進路指導の呼び出しをします、3-Aの葉佩九龍くん、3-Aの葉佩九龍くん。一階、職員室の雛川まで来てください、くりかえします…』

 この時期は進路指導の呼び出しはあまりない。すでに受験まで時間がなく、進学か就職かはたいてい決まっているからだ。進学組が大半を占める学園で、そういう意味でも葉佩は異質といえた。

 「センパイはやっぱり……アレすか」
 宝探し屋と言いかけて言葉をにごす。他人に聞かれても本気にはされないだろうが、口にするのはためらわれた。そんな夷澤のようすに、葉佩は明るく笑ってみせた。
 「まあね、続けるつもりだよ」

 葉佩は仕事でこの学園に来ただけだ。卒業まではいたいと言っているが、どうなることか解からない。いずれにせよ、彼は秘宝のある場所へと向かうのだろう。それは決して遠い日のことではなかった。

 「うーん、じゃあコレを持って先に屋上に行っておいてくれるかな。すぐに話を済ませて追っかけるから」
 「はい、センパイ」

 それじゃ、また後で。葉佩は職員室に向かって歩いていった。その背中を見送ってから、夷澤は屋上への階段を上りはじめた。



 階段をテンポよく駆け上がる。ボクシング部のロードワークは伊達ではない。葉佩に負けてからは走りこみの距離も伸ばし、屋内トレーニングにも力を入れた。本当に強くなりたい、そう願うように夷澤はなっていた。

 二階の踊り場まできたとき、長い黒髪をなびかせた男子生徒が彼の行く手をさえぎった。

 姿を見るなり夷澤は階段を下りようとした。逃げ出そうとする背中に、神鳳はあわてることなく、ぼそりとこうつぶやく。

 「……呪いますよ」

 夷澤の足がぴたりと止まった。

 「まあ、呪うのは冗談としても……ねぇ?」

 そう言って神鳳はにっこりとほほえむ。口調こそ穏やかなものだったが、うすくひらいた目は笑っていない。
 《生徒会》会計、神鳳充、青森出身の霊感持ち。夷澤の怒らせてはいけない人ランキングでも上位に入っている。たとえここで逃げ切れても、夜中に原因不明の熱でうなされそうだった。

 しぶしぶ、といった様子を隠しもせずに、夷澤は神鳳に歩みよる。

 「……俺になんか用すか」
 「生徒会室の物品ですが、修正液とバインダーが切れていたので、購買から補充しておいてください。境さんには先に言ってありますから」

 明らかに雑用だ。夷澤は前にも増してむっとした顔になる。

 「なんで俺が!」
 「頼みましたよ、では僕はこれで」

 しれっとした顔でそう言い放つと、神鳳はさっさとどこかへ行ってしまった。やっておかなければ、後々これをネタにいびられることだろう。気分は夫の両親からいじめられる人妻、逃げ道など残されてはいないのである。

 しかたなく夷澤は上ってきた階段をふたたび降りていった。

 こんなことで、本当に強くなれるのか。

 阿門にささげた宝、自分が振り切ろうとした弱さを受け止めた。トレーニングは増やしたし、部活外でも実戦をふまえた鍛錬をしている。急激なものではないが、成長している実感はあった。

 遺跡で戦ったあのころより、確かに夷澤は強くなった、精神も身体も。では、その力は果たして葉佩に通用するものなのか。

 夷澤が葉佩と闘いたいと願うのは、別に恨みなどからではない。呪いを払われ、自分が捨てようとした想い出を取り戻した、現在の自分は葉佩を倒せるものなのか。本当の自分の強さを試してみたい。まあ、ちょっと上下関係を崩してみたい、という気持ちもなきにしもあらずだが。

 しかし、《生徒会》のセンパイ連中にこき使われていると、不安にもなってくる。それは単にパブロフの犬みたいな条件反射と、単純な性格を利用されているだけなのだが。本人にとっては深刻な問題だった。

いつか勝ってやると思うのだが、多分、卒業するまで頭があがらない。嫌な予想だが夷澤はどうしても外れる気がしなかった。



 「ふん、てっきり咲重ちゃんが来るものと思っておったのにのぉ」

 やれやれとため息をつく境に、「そっすか」とそっけなく返して、彼はバインダーと修正液を受け取った。

 一度、葉佩がこの用務員の老人を「食えない人だよ」と言っていたことを思い出す。けれど、こうやって向き合っている限り、夷澤にはただの覗き趣味のあるエロじじいにしか見えなかった。

 じろじろと男に見られて寒気でもしたのか、境は気味悪そうに肩をすくめた。

 「なんじゃい、儂はその気はないぞ」
 「俺だってないっすよ!」

 ぶつぶつと文句をいいながら去っていく夷澤。

 彼の背中を見おくる境、その目がいつになく厳しいものに変わる。だが、すぐに元のエロじじいの顔にもどると、売店の奥へひっこんでいった。

 葉佩は時に夷澤や八千穂たちには、見えないものを見ているように感じさせる。それは霊感などではなくて、経験からくる洞察のようなものだ。そんな時の彼は、いつもとは別人のように見える。

 それに気づいている仲間は、夷澤をいれてもすくない。意図的に、そして巧みに、葉佩が隠しているからだと夷澤は思う。

 夷澤はそんなとき恐いと思ったことはないが、無視されているような気分になる。それがなんとなく気にいらない。学園を去ってから、もう一度あったとき葉佩が自分を忘れているかもしれないというのはしゃくだった。

 校舎を出て生徒会室へと向かった。この学園は生徒会室が別棟になっている。いったん靴をはきかえなくてはならないのが面倒だった。

 手に下げたふくろを見る、急がなくては、すでにかなり時間を食っていた。パンを持っているのは夷澤だ。葉佩の話が早めに終わっているなら、先に屋上で待っているかもしれない。

 がらりと扉を開けると暖房が入っている。中をのぞきこむと、ソファで派手なふたり組みが弁当を開いていた。

 「あら、夷澤」
 「夷澤くん、お久しぶりですの」

 《生徒会》書記の双樹咲重と椎名リカ。椎名は生徒会の役員ではなかったが、仲がいいことは葉佩から聞いていた。「うっす」とリカに頭を下げ、もってきた修正液とバインダーを所定の位置におさめる。手馴れているのが悲しい。

 用事をすませてさっさと出て行こうとしたとき、双樹に呼び止められた。

 「…何すか」
 不機嫌さを隠しもせず夷澤がふりかえる。夷澤が怒ったところで双樹は物怖じしない、長い髪をかき上げながら余裕で応じる。

 「金魚のえさが切れてるから、購買で受け取ってきてくれない?」
 「自分で行って下さいよ、俺急いでるんすから」

 夷澤がぐっと力んでにらみつける。柳に風と受け流す双樹、阿門との長いつきあいの賜物か、夷澤の威圧などまったく苦にしない。それは神鳳も同じなので、ただ単に夷澤の力量不足なのかもしれないが。

 それほど長くもない対決は、夷澤が折れる形になった。短かったのは、粘ってよけい時間をとられるのを夷澤が嫌ったためだ。

 「くっ……分かりましたよ」

 生徒会室を飛び出すと、その足ですぐさま購買まで一気に走る。左手に礼拝堂、温室と中庭を眺めながらわき道を抜け、靴を脱ぐのもそこそこに購買へと駆け込んだ。

 「金魚のエサ!」
 「ほう、変わった味の好みじゃなぁ。って待て待て、拳をふりかざすな」

 「最近の若者は怒りっぽくていかんわい」などと言う境に殺意を覚えたが、さすがにここで殴るわけにはいかない。葉佩はすでに話を終えているだろう。ぼやぼやしていると昼休みが終わってしまう。

 夷澤は怒りにふるえる拳をおさえながら商品を受け取る。代金を叩きつけるように置くと、そのまま脇目もふらずに外へと飛び出していった。



 そのころ、葉佩はとっくに進路相談をすませて屋上にいた。

 「何か、あったのかな」

 頼まれたことを放り出して、寄り道をする性格ではないのだが。何かやっかいごとにでも巻き込まれていないといいのだけど。

 夷澤の心配している葉佩の横で、皆守はカレーパンの心配をしていた。

 あの生意気な後輩はどうなっていてもいい、とりあえずカレーパンが彼には必要だった。口と胃がさっきからカレーが恋しいと泣いている。

 「遅いね(夷澤くんが)」
 「まったくだ(カレーパンが)」

 何となく、かみ合わないものを感じたが葉佩はつっこまない。皆守がフェンスにもたれかかって、なにげなく下を見下ろしたとき、妙なものが視界にはいってきた。

 「あいつ、何やってんだ」
 「夷澤くんだ。どこ行くのかな?」

 校舎のむこうに消えたかと思うと、すぐに引き返してきた。けっこうな距離を走っているはずだがペースは崩れていない。

 「鍛えてるね、だいぶ」

 声が弾んでいるようで皆守は葉佩に目をやる。目だって変化はなかったが、口元にはうすく笑みが浮かんでいるように見えた

 「九龍」
 「ん?」

 問いかけようと口を開いたが、なんでもないと打ち消した。葉佩は夷澤のことをよく見ている。「努力家だけど、慢心しやすいから」目が離せないのだそうだ。

 「皆守くん」

 葉佩はこちらを見ていない、どこか遠くの景色をみつめながら話す。

 「彼は強くなるよ」

 たしかに性格は単純だけど、頭が悪いわけじゃない。自分の弱さをうけいれた夷澤は、精神もそれにふさわしい人間になるだろう。天香学園を守り、生徒たちを守るような生徒会長に。

 「それを見守れないのが、すこし心残りかな。思考回路が小物っぽいけど、まあ響くんがいっしょにいれば大丈夫そうだしね」
 「そうだな…」

 小動物やウサギみたいな後輩の姿を思い浮かべる。あのふたりは正反対だが、いっしょにいるのを想像すると違和感はない。なんだかんだいっても上手くいきそうだ。そう皆守は思った。

 ほどなくして夷澤が上がってきた。流石に疲れたのか肩で息をしている。声を出せないほどなのか、荒い呼吸で歩いてくる。

 葉佩がちらりと時計を見る。こまったようにほほをかいた。


 キーン コーン カーン コーン


 「ちっ、昼休みが終わっちまったじゃねえか」

 舌打ちされても言い返せないまま、夷澤はあおむけに倒れた。しっかりとふくろを渡してから倒れたところを見ると、まあ問題ないらしい。

 「それじゃ、みんなでサボって食べようか」
 「…そうっすね…」

 いまにも死にそうな声でこたえる夷澤に、葉佩はにっこりとほほえみかけた。

 「ありがとう」

 夷澤は思う。時々このセンパイは照れもせずに、フレンドリーな顔で、素直に物を言ってみせる。変な人だ、と思う。それを嫌だと思わずに、こころのどこかで喜んでいる自分も、劣らず変なのかもしれない。

 自分ばかりが、そんな気持ちにさせられるのもしゃくだから。一度くらいは、自分の強さでビビらせてやるのだと夷澤は決めた。

  

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