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真里野君の想い

(主要人物:真里野 葉佩 ジャンル:ほのぼの キーワード: - 作品No.12)

最終更新:2005/02/14(Mon) 23:12
寄稿者:大江




 誰もが寝静まったころの武道場に、ふたつの人影があった。

 ことの起こりは、数日前にさかのぼる。

 ひょんなことから日本刀を手に入ったのだが、外国育ちの葉佩に剣道の心得などない。せっかくあるのだからと、しばらくはでたらめに振りまわしていた。それを見かねた真里野がけいこをつけようと言い出したのだった。

 おたがいに小手、胴などの防具はつけていない。いわゆる素面というやつだ。覚えたことを実践できるように配慮してのことだった。

 「気負わずに、自由に打ちかかってきて構わん」
 「分かった」

 返事は返したものの、葉佩は刀の構えなどとったことがない。正眼に竹刀を構える真里野に対して、とりあえずは教えられたとおり同じ正眼に構えたが、どうにも不恰好になる。そもそも打ち込めといわれてもスキがない。

 真里野が構えると、竹のそれが真剣と間違えそうになるほどに気迫をおびる。踏み込まなければ打ちこめないが、踏み込めばあっさりと打たれるだろう。

 勝ち目がないのは最初から分かっている、葉佩は腹をくくった。

 ダンッ

 フェイントを混ぜて、一足に面を打ちかかった。だがそんなもので誤魔化しきれるようなものではない。真里野は葉佩の打突をすりあげ、がらあきになった胴体を薙いでみせた。そのまま横をすり抜けて、十分に残心をとってから振り返る。

 打たれた痛みはない、意図的に寸前で勢いを殺して当てただけだからだ。それはつまり二人の間の技量の差をしめしていた。

 二度、三度と回数を重ねていくが、結果は変わらなかった。葉佩は身体能力では見劣りしないのだが、経験がそれに追いついていかない。二刀流で片方を投げつけてもみたが、それも真里野は破ってみせた。

 ひとしきり打ち合ったあと、休憩をとることにした。一方的に葉佩が負けただけという感じがしなくもないが、最初に比べればいくらかましになったという手応えはあった。

 「強いね、真里野は」
 「師匠は心と体、技がバラバラなだけで、個々は並以上。それが一致すれば、拙者に打ちこむことも難しくはなかろう」

 息も乱さずそう言ってみせる真里野。それも試合前提の話だ。これが真剣での斬りあいなら間違いなく真里野が勝つだろう。

 しんとした武道場で呼吸がおちつかせる。板の床は思った以上に冷えていたが、熱くなった身体には心地よかった。

 一方、真里野からすれば葉佩の精神のほうが驚異である。防具なしの場合は、誰でも初めは体がすくんでうまく動けない。ところが彼は意に介さず、自由に動いてみせた。その事実からも、相当の修羅場をくぐってきたことは想像できる。

 そして、それはこの学園に来てから始まったものではない。

 「真里野ってさ」

 ふっと意識が現実へ引き戻される。あぐらをかいた葉佩は、ほおづえをつきながら彼を見つめていた。それに答えるため、真里野は居住いを正し、

 「好きな女の子いるの?」

 第一声に、ぶふぉおっ、と形容しがたい音をたててむせた。図星をつかれて、意識が一気に現実からあっち側へと吹っ飛ぶ。

 「しっ師匠! 何故にそのような、いや拙者は別に」

 弁解しようとするのだが、混乱していてまともにしゃべれない。しばらくは火傷した猫のようにばたばたとやっていたが、深呼吸を何度もくりかえし、どうにか落ち着いた。

 誰が好きか、ということは葉佩は口にしていないのだ。自分の胸のうちが全て明かされたわけではない、そのことに真里野は安堵する。おせじにも恋心を隠しきれていた、とは言えないのだ。彼が知っていたとしても不思議ではなかった。

 「……何故、そのようなことを聞くのだ?」
 「うーん、ここしばらく様子が変だったからね。君みたいな人が動揺することなんて、そんなにあるわけじゃないし」

 ほら、君って女の子とつきあったことなさそうだし、と言う葉佩の言葉に悪意はなかった。

 実際、真里野の人生をかえりみて、最近になるまで恋だの愛だのが舞台に上がったことはなかった。それは女性に対して古風な考え方だったということと、彼の夢が大きく影響している。

 剣を極める、という他人からすれば時代錯誤な夢を追い求めてきた彼にとって、気を散らすものは無駄だった。同年代の人間が興味をもつような、メールや流行のファッションには興味がなかった。

 自分の精神と身体を鍛えることで、剣の可能性を極めていく。積みあげてきた技の果てを見ること、それだけを唯一の価値として生きた18年。剣が全てだった。

 そんな真里野が恋をした。彼自身の中では驚天動地もいいとこである。

 恋愛の経験や知識は彼の中にはほとんどない。それは真里野自身も自覚していた。自分の気持ちすらまとめられない以上、葉佩を頼ったほうがいいのかもしれない。

 「それじゃ、帰って寝ようか。もし相談したかったら、呼び出してくれればいいから」
 「……」

 武道場から出て鍵をかける。思ったより外が明るいので、ふたりは空を見上げた。半分に足りない月が、うすくかかった雲から透けて見えている。

 満月には遠い月だったが、夜道を歩くには十分だった。




 数日後の昼休み、3-Cの前に立つ真里野の姿があった。

 この数日間、悩みつづけてあまり寝ていない。葉佩を信頼していないわけではなかったが、相談に踏み切るにはそれなりに勇気が必要だった。

 何度か教室の前に来てみたものの、引き返す。授業中も行こうか、行くまいかと悩んでは、挙動不審な態度で周囲を引かせた。夜は先にあげたように、床に入っても寝付くことができない。

 それでも自分ひとりの力では、どうしようもないことが、最後には後押しする形となった。

 手近な男子に呼び出してもらうと、すぐに葉佩はやってきた。すでに察しがついているのだろう、皆守と八千穂に気づかれぬよう廊下に出てくる。

 「相談?」
 「……うむ」

 短いやり取りをすませる。どこで話をするのか、適当に場所を選んでから、うっかり見つかるのはよろしくない。ちょっと考えてから、葉佩は口を開いた。

 「さてと、さしあたっては廃屋街かな」

 あそこならば人気はない。GUN部の演習場所でもあるが、昼休みなら誰も寄り付くはずのない場所である。個人的な相談をするにはうってつけだった。

 廊下を歩いていく二人、その背後で一人の影がその背中を見つめていたことを、真里野は知らなかった。




 廃屋街は、枯れた雑草などが散らばっていて、もの寂しい雰囲気につつまれている。風は出ていなかったが、季節はもう冬に移ろうとしていた。

 ふたりは人目をさけて、廃屋の陰に腰をおろすと弁当を広げた。どちらも話し出さず、黙ってそれぞれの弁当をつつきながら、缶のお茶をすする。

 先に箸を止めたのは、葉佩だった。

 「まあ、問題はタイムリミットがあるってことだよね」

 卒業してしまえば、皆それぞれの進路へと分かれていく。その卒業式までは、三ヶ月も残っていなかった。

 進学すれば否応なしに離れ離れになるし、片方が就職してしまえば身体が空く時間も限られてくる。なにより、物理的な距離というのが問題だ。学園では簡単にできた、自然に言葉をかわすことが不可能になるからだった。

 「とりあえず、何かアプローチしてみた? ……って、してないよね」
 「あぷろうち……か」

 真里野がしたことといえば、本についての質問をしたぐらいだった。それも回数は多くない。あと言葉を交わしたといえば、せいぜい挨拶ぐらいのものだった。それを聞いた葉佩は、困ったようすで首をかしげる。

 「うーん、茂美ちゃんはどう思う?」
 「……そうねぇ」

 ぎょっとして真里野は周囲を見回す。廃屋の陰からひょっこりと朱堂がでっかい顔を出した。

 「茂美殿っ、師匠、これは一体!?」
 「別に、示し合わせたわけじゃないよ」

 ねえ、と葉佩は朱堂に話をふる。

 「剣介ちゃんの様子がおかしかったから、後をつけてみたのよ。そしたら九龍ちゃんと人気のない所に行くじゃないの」

 てっきり、これは逢引と思ってきたのだが、どうも様子が違う。離れることも出ていくこともできなくなったので、しかたなく話を盗み聞きしていたのだと話した。

 「それで聞いてみて、どうかな?」
 「積極性が足りないわよぉ。もっとアタシみたいに相手が逃げ出しても、追いかけるぐらいの気持ちでなきゃ」
 「むぅ……」

 真里野は考え込んだが、葉佩はうなずいた。朱堂のように地獄の果てまでも追っていくような熱意はいらないが、たしかに真里野はどうも怖気づいている感じがある。

 相手に嫌われまいか、変に思われまいかと恐れるあまり積極的になれないでいる。そもそも胴着袴に眼帯という姿で変に思われないか、というのは矛盾しているが、本人は必死なのだろう。

 (まあ、改造制服やガスマスクの中では、それほど変というわけでも……あるかな?)

 いでたちのことはさておいて、女性以上に女心の分かる男、朱堂の言葉という点で説得力があった。

 「そうだね、確かにこのままじゃ進展はしそうにない。真里野から積極的にアプローチをかけるのが最良かな」

 真里野は男だから、イベントにかこつけてっていうのも難しいし、と付け加える。卒業までに残されたイベントはクリスマスと正月、あとはバレンタインデー。どれも真里野が便乗しやすいものとはいえなかった。

 「しかし、そうは言われても……」
 「難しく考えることはないよ。相手の好みがわかってるなら、そのことを好きになればいいだけ」

 自然と話題も増えて、会話に華やかさがでてくるだろうというのが葉佩の主張だった。もちろん、それだけではいけないのだが、まだ話すべき段階ではなかった

 「まずは会話から、だね。地道におたがいを知ることが大切」
 「アタシもそう思うわぁ。だって剣介ちゃんたら、勝手に一人で思いつめて、唐突にラブレターや告白をよこしたあげくに玉砕しそうだもの」

 その言葉に真里野はぎくっとする。多分、このまま相談せずに煮詰まっていたなら、やったかもしれない。そもそもアプローチの仕方、など考えたこともなかった。

 それから雑談をまじえたアドバイスの中で、いくつか注意を受けたが、結局ふたりは相手が誰なのか問おうとはしなかった。口にこそしなかったが、真里野はあらためて、相談を受けてくれた二人に感謝した。




 昼休みも終わり、午後の授業がはじまるころ。朱堂と葉佩は、まだ廃屋街にいた。サボタージュする二人を残し、すでに真里野は教室に戻っている。

 何を話すともなく、ふたりは壁にもたれかかって並んで座っていた。葉佩が缶から茶をすするが、すでに冷め切っている。思ったよりも冬が近づいているのかもしれない、と葉 佩は思った。

 このふたりが親しくなったのは、それほど昔の話ではない。つい最近のことだった。

 葉佩はすべてを言葉にしない。意図的にものを話さないでおくことがある。それを察することが朱堂にはできた。

 彼は嘘はつかないが、本当のことも口にすることはない。それは意図せずとも、相手を傷つけてしまう立場にあるからだった。それを受け入れたからこそ、葉佩は距離をとらずに朱堂と接している。

 真里野も鈍いというわけではないが、純な所があるため、今日のように部分的に隠すことがよくあった。そのため、朱堂ほどは葉佩を知っていない。

 ふいに風が出てきた。

 「剣介ちゃん、上手くいくかしら……」
 「まあね、僕が動くし」

 にこり、と笑ってみせる。その言葉には真里野には黙っていたことが秘められていた。

 ある程度は親しくなっても、進展には条件が必要だった。お互いに相手に好意をいだくこと、これは真里野にアドバイスしたことだった。次に求められることは、お互いが相手を意識すること。

 気づかれないように動きまわるから、と葉佩は話した。相手に真里野を意識させるために、策を講じているようすは楽しげだ。その姿は《恋の天使》よりも悪魔という言葉を連想させる。

 しかし、恐れを抱かせるような悪意とは無縁な無邪気さが、朱堂には見て取れた。

 「七瀬さんはさ、本と知識のほかに興味を引くものがあまりないんだ」

 真里野には黙っていた、相手の名前を口にする。本の好きなだけの女子生徒でありながら、彼女はバディに参加していた。

 葉佩は事故で身体が入れ替わっていたことがあった。そのとき、誤解を解かない形で彼は真里野と戦って、打ち倒してしまった。そのことについては、朱堂も薄々ではあるが察している。

 敗北させ、腹を切ろうとした真里野を止めたのは、七瀬の姿をした葉佩だった。それが彼にバディ入りを決意させ、同時に七瀬を異性として意識させてしまった。

 きっかけをつくったのは葉佩だった。だからといって、色恋沙汰に首をつっ込む必要はない。しかし、理解していくうちに、真里野は本気で七瀬に惚れてしまっている。

 「まあ、始まった以上は、幸せな形で終えないといけないから。茂美ちゃんも、協力してよね」

 そう言って葉佩はいつもは見せない顔で、朱堂に笑いかけた。

 悪事に誘うようなその言葉に、不思議と嬉しくなってしまう。朱堂は喜んで返事を返した。そして、それこそが本当の葉佩の力なのかもしれないと、彼は思った。




 図書室の静かな空気の中で、真里野は深呼吸する。気持ちを落ち着かせ、不自然ではないように、

 「……御免。七瀬殿、本を読みたいのだが、良い本はないだろうか」

 彼女が振り返り、二人のぎこちなく穏やかな会話が始まった。

  

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