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皆守君の痛み

(主要人物:皆守 ジャンル:シリアス キーワード: - 作品No.13)

最終更新:2005/04/28(Thu) 18:14
寄稿者:大江



 冬が深まり、風が冷たくなっていた。めずらしく大雪でも降るのかもしれない。都市部は雪に弱い、またダイヤが滞ってニュースになるだろう。

 だとしても、俺には関係ない。

 よくある不幸、どこにでもある災難、そんなもので心を動かさない。そんな自分が変化し始めたのはいつのころからだろう。

 廊下を歩く。立ち止まれば、授業中のかすかな物音と、教師の声だけが遠くから聞こえてくる。厚い雲が空にかかって、校舎の中はうす暗い。靴音がひどく響いて、皆守は耳ざわりだと思った。

 古びた写真。自分で封じたはずの想いは手元に帰ってきた。この想いを失ったままでこの日常を過ごせたなら、どんなによかっただろうか。

 温室の屋根から透ける日の光。

 ラベンダーの匂い。

 そして、自分の名前を呼ぶ女の声。

 浮かぶ残影を振り払うように頭を振った。それでもまぶたの裏で、その光景はつきまとってはなれない。

 ラベンダーのアロマで自分を慰めて、すべての感覚から逃れるように眠る。意識のない人間は死んでいるのと変わらない、何も感じ取ることができないという一点においては。保健室のベッド、屋上、寮の一室、それらが彼の学園生活のすべてだった。

 関係ないのだと関わるのを止めた。意味がないのだと行動を止めた。逃げ出す気はなかった。それは自分自身が許すことができなかったから。だからといって、ただ耐え続けられるほど、彼は強くもなかった。

 もし、葉佩と出会わなかったならば、俺は変わらずにいられたのだろうか。何事もなく月日が流れるのを、無気力に見つめ続けていられたのだろうか。あの《転校生》が現れなければ。

 しかし、皆守は自分で手を下そうとはしなかった。副会長である彼ならば、信頼されている彼ならば、途中で不意をつき終わらせることも出来たはずなのに。 

 そう考えるとき、皆守の中でなにかが騒ぎ立てるのだった。

 開放される執行委員たちを、うらやましげに見ていたのは誰だったか。葉佩によって呪いが解かれていくのを傍らで眺めながら、いつか自分も救い出してくれるのではと、期待していたのではないか。

 幾人もの墓守を退けて、危険な遺跡の奥へと進みつづける《転校生》葉佩九龍。あいつなら、自分を呪いから解き放ってくれるのではないかと。この闇から救い出してくれるのではないかと、思っていたのではないか。

 救い出してほしい、それは皆守の本心だった。それでも、皆守は自分を許すことができないでいる。

 保健室で眠ろう、すくなくとも数時間はこの苦しみから開放されるはずだった。それ以外に自分ができることはない。自分の隠していた事実を葉佩に見せる日まで、ただ待つだけだった。




 保健室に入ると、白衣のカウンセラーは留守だった。

 口うるさく言われないことを幸いに、ベッドに潜りこもうとしたとき、もうひとつのベッドに誰かいることに気づいた。なにげなくのぞきこんだ皆守の視界に、いま一番見たくない人物が映った。

 「九龍……」

 寝息をたてている。無防備なようすからは、用心とか、警戒とかいったものは感じられなかった。

 《生徒会》を敵に回しているということを、こいつは解かっているのだろうか。もう、生徒会役員は三人を残すのみとなっている。学園で襲われることぐらい考えておけと、その安らかな寝顔に腹が立った。

 ふと、気づく。こんなふうな葉佩を見るのは、初めてではないか。 

 学園で授業をうけているとき、八千穂たちと馬鹿な話をしているとき、この男は笑顔で周囲に気をつかっていた。

 誰かが困っているのを先に察しては、手を打ったり声をかけては原因を解決する。それは葉佩が好かれる理由のひとつだった。

 同時に、彼は周囲のようすを把握しておくことで、何事もそつなくこなす。それは気を緩める、ということがないからではないか。

 遺跡での戦闘のとき、調査や探索のときも葉佩は変わらない。後衛にバディをおいて、援護の指示をすることはあっても、直接参加はさせない。

 七瀬や雛川がいるときには、多少の傷は負っても、彼女たちに被害が及ばないような戦い方を選ぶ。事実、彼女たちに怪我をさせたことはなかった。

 温和な見た目に似合わない、まるで隙のない戦いかた。安心すべきことのはずなのに、皆守の心には不安がよぎる。

 こいつは、俺を信用していないんじゃないのか?

 思いつきを振り払うように頭をふった。勢いをつけすぎて、ふらふらする。絶対の信用を求められるような立場に自分はいない、それなのに葉佩に信用を求めるのか。

 自分はあさましいのだと、皆守は思った。

 葉佩に出会ってから今日までの三ヶ月は、楽しかった。

 葉佩と八千穂に引きずられるようにやっかいごとに巻き込まれ、否応なしに走りまわされた日々。疲れること、かったるいことばかりだったが、皆守は充実していた。

 夜は仲間と遺跡を走り回り、昼間の学園では文句たらたらで授業を受ける。抜け出して昼寝をしていると、いつも葉佩が起こしにきた。そんな何でもない時間が、かけがえのないものになっていた。

 八千穂が笑うとか、葉佩が声をかけてくるとか、どうでもいいことだった。いつのまにか居心地が良くて、どうでもよかったことが大切なものになっていた。

 そんなことが、自分に許されていいはずがないのに。

 顔を起こし、時計に目をやる。思ったよりも長く考え込んでいたらしい。ベッドではまだ九龍はやすらかな寝息をたてていた。

 不思議なヤツだと思う。あからさまに敵と思われていても、異様な格好をしていても、自然に話しかける。それは相手が誰であろうと変わらない。自分の命を奪おうとした相手であろうとも。

 あれはまだ執行委員だった墨木に、校舎の隅まで追いつめられたときのことだった。

 墨木が拳銃を向けたとき、葉佩は身じろぎもしなかった。哀れむでもなく、まばたきもせずに、じっと墨木のガスマスクの奥を見つめていた。

 ふたりの視線に取り乱した墨木が、銃の引き金を引いた時もそれは変わらなかった。

 放たれた銃弾は真里野に切り払われたが、もしそうでなかったら間違いなく当たっていただろう。死ななくても、かなりの傷を負っていたはずだ。それなのに、葉佩は何事もなかったかのように墨木に話しかけていた。

 トトには二度、剣を向けられたと聞いた。八千穂はそのときのことを、つたない表現でこう言い表した。

 「なんかさ、泣いてる子供をなだめてる保母さんみたいだったよ」

 一度目は黒塚にさえぎられている。しかし、二度目は誰も止めなかった。トトがためらわずに剣を放っていたなら、間違いなく葉佩は生きていなかっただろう。

 死ぬことが恐くないのかと訊けば、彼は「恐いよ」と答える。それなのに葉佩は平然と命を投げ出してみせる。何故と問いかければ「それは秘密」とかわしてくる。つかみ所のない、不思議な人物だった。

 葉佩は間違いなく、遺跡の最深部にまでたどり着く。《生徒会》役員。彼らに葉佩を止めることは出来ないと、皆守は半ば確信していた。

 そうしたら自分は、どんな顔をすればいいのだろう。ここで全てを終わらせてしまうことができたなら、どんなにいいだろうか。

 眠っている葉佩の首を観察する。たくましくはない、むしろ華奢なぐらいだった。夜型で昼間は外に出ない、帰宅部の彼は色が白い。学ランのえりに隠れた首周りは特に白さが際立っていた。

 その首に、指をかけようと手を伸ばす。

 指が触れるか触れないかのところで、動きが止まった。止める人間は誰もいない、カウンセラーも色白の同級生もここにはいない。止めたのは、皆守自身。

 静かな保健室に、呼吸音だけが聞こえる。

 吸って、吐く。彼は生きているのだと、声高に叫んでいるように皆守には思えた。

 両腕にはすでに力などこもってはいない。

 出来るわけがない。腕を下ろし、ゆっくりと首を振る。葉佩にそんなことができるわけがない。これ以上、自分の手で大切なものを失いたくはなかった。戦いが避けられないものだったとしても。

 もし、葉佩とやりあうのなら、それは彼の知る皆守としてではない。彼に隠してきた皆守甲太郎としてだ。

 くるりときびすを返すと、皆守は保健室を後にした。

 その後で、彼の知らない顔を葉佩がしていたことは、もちろん皆守は知る由もないことだった。





 皆守が去ったあとに、葉佩は瞳をひらく。ためいきをついて、こうつぶやいた。

 「まったく、人がいい」

 彼は救い出してほしいのと同じくらい、自分を罰してほしいと願っている。

 「だからといって」

 その通りにしてあげる筋合いは無いよね、と葉佩は思った。

 しあわせな終わり方の中に、彼がいなくては意味がない。本当の結末にならない。

 幸せな終わりを引っ張ってくるため、葉佩は夜に備えることを選んだ。

 そしてゆっくりと、今度は本当に深い眠りに落ちていった。

  

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