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坊ちゃまの庭

(主要人物:葉佩 阿門 ジャンル:ギャグ キーワード: - 作品No.19)

最終更新:2005/03/26(Sat) 23:11
寄稿者:ハリハラ


 こうして探索を続けていると、ふと思うことがある。
 俺は遺跡を探索するために生まれてきた男なんじゃないだろうか。
 遺跡を探索しているとき、生きてることが実感できる。そこで見つけた《秘宝》は素晴らしい。まだ見つけていない《秘宝》はもっと素晴らしい。
 それらを血眼で探し続けているときの自分が一番好きだ。可愛い。小犬みたい。マジ可愛い。
 みんなもっと遺跡を作るべきだと思うよ。
 大きくなくってもいい。心だよ。心の遺跡だよ。
 そして、いろんなものを隠そう。
 思い出の品、近しい人の遺品、忘れたい過去、恥ずかしい写真。
 全部この俺が暴き出してみせるからさぁ!

「……俺の部屋で何をやっている《転校生》?」
 後ろから重々しい声がした。
 振り向かなくても誰だか分かる。この部屋の主、おぼったまだ。
「秘宝探しでございます、おぼったま」
 俺は見た。俺のスコープライトに照らされる阿門の額に、血管が1本増えるのを。
「いつからコソ泥のことを《宝探し屋》と呼ぶようになったのだ?」
 それを語るならば人類誕生より歴史が生まれた瞬間まで遡らねばなるまい。
 人が有形無形に関わらず財産というものを持つようになったとき、それを他人に誇りたいという感情も生まれた。
 また同時に、それを他人に渡さない工夫も考えるようになった。
 誇示と独占―――その感情はどちらも同じ欲望から湧き出るものだ。
 前者は歴史を生んだ。己の知識と文化を誇るために。
 そして後者は戦争を生んだ。略奪のためではなく、疑心暗鬼を恐れるが故に。
 だが、そのどちらの手段も選ばなかった賢明な者もいる。
 彼らはその英知と技術と財産を、歴史の光も届かぬ闇に、地上の戦火も届かぬ孤高に秘めた。それは誇示でも独占のためでもない。自分たちの知恵を正しく継承できる者を選別するためだ。
 それがトレジャー。それが俺の探し求める物。
 あえて俺は俺自身をコソ泥と認めよう。ただし俺は選ばれしコソ泥だ。
 俺はいずれこの世界に隠されている物全てを暴き出すだろう。だがそれも自分1人のためではない。
 古きより続けられた永遠のクイズに解答するために。
 知恵ある先人たちの偉業を正しく継承し、彼らの偉大さを現代に讃えるために。
 そう、それこそがトレジャーハンターである俺の使命なのだから―――という説明を阿門にしようと思う。
「それを語るならば人類誕生より―――」
「で、それが深夜に俺の部屋を物色するのと、どういう関係があるのかと聞いている」
「な、なんで最後まで聞いてくれないんだよう!」
「お前のくだらん自己正当化などどうでもいい。お前はここで何をしようとしていたのか、それだけを説明しろ」
 盗みを働こうと思ったのだ。おぼったまの弱みを握るために、何かいいモノはないかと物色していた。
 ついでに金目の物でもあったらラッキーだと思ってた。トレジャーだけに何でも取れジャーだと思ってたのだ。
「私はただ、おぼったまの周りに危険はないかと心配で!」
「見え透いたことを言うな。おおかた、俺の弱みを握るのにいいモノはないかと物色していたのだろう。ついでに金目の物でもあれば幸運。何でも取れジャーといったところか」
「へっ、そこまでバレちゃ仕方ねェな。参った。降参だ。まさかそこまでバレるとは思わなかったよ!」
「墓場を封鎖した腹いせのつもりか?」
「ああ、そうさ! 俺の青春を奪ったお前だけは許せなかったんだ!」
「何度忠告しても聞き入れないから強行手段を使わせてもらった。自業自得だ」
 今、墓場の前には巨大なバリケードが築かれ、その前には生徒会役員たちが自ら歩哨に立っている。
 これでは一歩たりとも近づくことはできない。今の墓場は、文字通り俺の青春墓場になっている。枕濡らす夜を何度重ねたことか。
「だから俺も強行手段を取らせてもらうことにしたのさ。俺の青春を取り戻すために!」
「勝手なことを言うな。アレはお前のような者が迂闊に嗅ぎ回っていいものではない。お前の青春など、あの光画部とかいう地味な部活動に費やせば良かろう」
「ぶ、文化系クラブをバカにするな! 現像液ぶっかけるぞ!」 
「やれるものなら、やってみろ」
 にゅいっと伸びてきた手が俺の胸ぐらを掴み、そのまま片手で俺を持ち上げた。
 こ、この子ったら、なんて握力してるのかしら?
「もう二度は言わんぞ。墓場に近づくな。この学園の中で生きていたいのならな」
「は、離せ……ッ」
「お前がおとなしくしているのなら、この学園はそれなりに快適に過ごせるだろう。それができないのならば、すぐにでも出ていくことだ。従順か死か。この学園での選択は2つに1つしかない」
 圧倒的な威圧感が、締め付けられる喉と一緒に俺の呼吸を塞ぐ。
 コイツの《力》は一体何なんだろう? 人外のモノのように俺には思える。
「どちらも選べないというのなら、お前も黒い砂まみれにするぞ」
 それは嫌だ。その言い方が嫌だ。
「うぐぐ……」
「厳十郎!」
 おぼったまが呼ぶと、すぐに厳十郎さんは現れた。そして俺たちの光景を見て「おやおや」と穏やかに驚くと、すぐに居住まいを正して言った。
「すぐにお茶をご用意いたします」
「夜分遅くに申し訳ありません。好物はオレンジスコーンです」
「この状況のどこを見てお持てなしを考えた? いいからコイツを摘み出してこい」
「よろしいのでしょうか?」
「よろしいわけがないだろう、厳十郎。オレンジスコーン、30秒以内だ」
「お前は俺の声真似もできるのか。その小器用さは忘年会までとっておけ」
「残念ながらすどりんとネタがかぶってるんだよね」
「ついでにキャラもかぶってしまえ。厳十郎、コイツを玄関まで送ってこい」
「かしこまりました」
「ちっくしょー! 俺はあきらめないからなー!」





「……彼は玄関にゲ○を吐いて帰りました」
「アメリカ映画の悪ガキか。まったく、あきれた根性の汚さだな」
「申し訳ありません」
「お前が謝ることでもないだろう」
「いえ、彼の侵入を許してしまったことです」
「あぁ……やはり知ってて見過ごしたわけか。どういうつもりだ、厳十郎?」
「僭越ながら、坊ちゃまも最近は塞ぎがちのように思いまして」
「俺が?」
「はい。お気づきではないかもしれませんが、1人で窓の向こうを眺めている時間が増えたようにお見受けします。まるで幼い頃、いつもそうしていたように」
「バカバカしい。いろいろと考えねばならぬことが多くなっただけだ。もう子供ではないんだぞ」
「確かにおっしゃるとおりだとは思いますが」
「他に何があるというんだ」
「あの少年が、ここに顔を出さなくなって久しゅうございます」
「…………」
「申し訳ありません。差し出がましいとは思いつつも、坊ちゃまの退屈しのぎにはあの《転校生》もよろしい相手かと、老人がいらぬ気を回してしまいました」
「くだらん。あのような小物相手に、何を楽しめるというんだ」
「はい」
「それに、俺はあの男の代わりなど求めておらぬ」
「もちろんでございます。私とて、そのようなつもりは」
「もうよい。別にお前を責める気はない」
「申し訳ありません。それと、坊ちゃま」
「あぁ。誰か来たな」
「このような時間に。見て参ります」

「会長!」
「神鳳か。お前たちは墓を見張っていろと言ったはずだが?」
「え……、会長が緊急とお呼びになったのでは?」
「なに?」
「どういうことですかな、坊ちゃま?」
「―――やられたな」
「はい?」
「胸ポケットだ。携帯が無くなっている。それも複雑な暗号を設定していたはずだが……」
「何かあったんですか、会長?」
「神鳳。皆を連れて至急墓場に戻るんだ。すでに手遅れと思うが、葉佩を探せ」
「は、はい」
「墓に侵入された気配があるなら、それ以上深追いする必要もない。今夜はここまでだ」
「はっ。すぐに」
「…………」
「さて、厳十郎」
「はい。申し開きもございません」
「俺の油断でもある。お前の責任は問うまい」
「ですが、そもそもが私の」
「くどいぞ。俺が良いと言っている」
「はい。ご寛容に感謝申し上げます」
「それにしても、本当に小器用な男だ。俺の胸元を探る男など初めてだな」
「器用というより、度胸なのでしょうな。坊ちゃまの威圧を前にして、そこまで手が動くとは」
「嫌みか、厳十郎?」
「いえ、とんでもございません」
「そのわりに、嬉しそうにも見える」
「分かってしまいましたか。じつは少しだけ、そういう気持ちもあります」
「なぜだ? 理由を聞こう」
「そのことを、坊ちゃまがさほど不快に思ってはおらぬようだからです」
「……あの《転校生》を家に招いた自分が正しかったとでも?」
「いえ、もちろん彼にはそれなりの報いを」
「当然だ。俺の携帯は朝までに取り戻しておけ」
「はい。必ず」
「それと、俺は別にあの《転校生》を認めたわけではないぞ」
「はい。存じております。ただ、これからも種を蒔くことはお許しください」
「種? どこにだ?」
「坊ちゃまの庭に」
「……気に入らなければ、摘むのも俺の勝手ということか?」
「はい。厳十郎は、それ以上のことは致しません」
「そうか」
「では失礼します」
「待て、厳十郎」
「はい」
「……たまには変わった菓子も食べたい」
「はい」
「オレンジスコーンとやらを、少し買い置きしておけ」
「はい。かしこまりました、坊ちゃま」





 さて、それでは改めて今日の頼もしい俺のバディを紹介しよう。
 男子寮でもっともヒマそうな男、皆守甲太郎。
 そして女子寮でもっともヒマな女、八千穂明日香の2人だ。
「いいのか、九ちゃん?」
「何が?」
「ずいぶん物々しいバリケードが上に作ってあったようだが」
「あぁ、あれな」
「スゴイよねー。生徒会もいつの間にあんなの作っちゃうんだろ?」
「いや、それを壊して遺跡に潜ることがどうなんだって話だ。またヤツらを怒らせるだけだぜ」
 ハチは巣を壊されると、その巣の全員が決死の兵隊となって復讐に暴れる。
 緊急事態に発せられるフェロモンが神経を刺激して、一種のトランス状態にするからだ。いわばバーサーカー。
 だがそれは本当に怒りだけなのだろうか。俺は違うと思う。
 全員、お祭り状態だと思う。むしろ楽しい。ハジケて飛ぶぜ。
 できれば年に2、3回はそういう祭りがあって欲しいとハチは考えてるに違いない。
 だから俺のやってることは間違ってない。きっと今頃生徒会の連中は俺に感謝してる。夷澤あたりは本気で泣いて喜んでる。
 俺は間違ってない。俺は正しい。俺だけが真実。俺こそが神だ。
「ハチは巣を壊されると―――」
「まあ、いいか。どうせお前は今さらって感じだしな」
「そうそう。九チャンはいつもことだし」
「え、なんでみんな最後まで聞いてくれないの?」
「どうせ九チャン、何も考えてないし」
「バッカ、俺なんて今日は生徒会長の家まで出向いてキチンと探索の説得を」
「あー、また生徒会長に迷惑かけたんだ?」
「なんだよ? 迷惑かけてんのはあっちだよー」
「あーあ、またあの人を怒らせちゃったんだね」
「……やれやれ、アイツも苦労するな」
「どしたの、皆守君? ニヤニヤしちゃって?」
「あぁ、別に。さっさと行こうぜ、ほら」
「だから俺があのムッツリーニ君をだなー」
「行くよ九チャン! 置いてくよー!」
「あ、待って。暗いの怖~い!」

 そんな感じで、今日も楽しい探索の時間の始まりだ。
 化人に襲われて悲鳴を上げる。ガスを吸い込んで意識を失う。トラップを踏んで巨石に追い掛け回される。そしてガーガー鳴ってるポンコツH.A.N.Tがすでに読む気も失せたトレマガを俺に届ける。
 これが俺の青春。
 何よりも素晴らしい秘宝は、この刺激に満ちた毎日だ。

 まあ、創生の間で厳十郎さんがアイスピック構えて待ってたときは、さすがの俺も冷や汗かいたけどね。

  

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