(主要人物:葉佩 皆守 取手 ジャンル:ギャグ キーワード: - 作品No.20)
最終更新:2005/04/07(Thu) 00:04
寄稿者:ハリハラ
校舎裏でバイクを見つけた。
どうやら例の変態探偵のものらしい。探偵のクセにバイク乗りだなんて生意気だ。
なので俺が乗り回すことにする。
せっかくの高校生活、盗んだバイクで走り出すくらいの思い出は欲しいところだ。
そしてせっかくだから広い遺跡の大広間をぐるぐる走り回ってみることにする。
アップダウンもあるし、なによりサーカスの熊みたいで、きっと可愛い。写真撮って欲しい。
しかし大広間までの細いロープをバイク抱えて降りるのは、どう考えても無理だろう。
案の定、バイクは落下して爆発炎上した。
しばらくの間は一酸化炭素とかが充満していて遺跡に降りるのは危険な感じ。
よって、今日の探索は休み中止です。
「ヒマだなー」
今、俺の部屋には甲太郎と鎌治がいる。
2人ともバイク事件の現場に立ち会い、そして何事もなかったかのように今は俺の部屋でくつろいでいるところだ。
俺たちの友情は今回の件でより深まったと思う。秘密を分け合うという行為は、友情のエッセンスだよね。
「お前が悪いんだろ」
甲太郎は俺の作ったカレー(口止め料)に満腹した体を寝そべらせ、面倒くさげに呟いた。
「だけどケガがなくて良かったよ」
鎌治は俺のボリューム満点カレーを残してしまった皿を、遠慮がちに重ねながら微笑む。
まあ、だいたいいつもの俺らな感じ。
「ゴメン、あとで洗っておくから」
「いいよ。そのまんま置いとけ」
と言ってもテーブルの隅に丁寧に食器をまとめて、「美味しかった」と笑うのが鎌治だ。
「……眠い」
南国の哺乳類並みの睡眠サイクルで生きている甲太郎は、いつものセリフを口にする。
俺は生息数の減りつつある甲太郎のような生き物たちの未来を案じながら、食後のコーヒーを淹れんとヤカンを火にかけた。
ヤカンがスカラベの尻に見える。
「潜りてーなー、遺跡」
持て余しがちな俺の若さと情熱は、あの薄暗い遺跡にしかぶつけるところがない。そんな俺の後に続いてカレー皿を運んできた鎌治が、また笑った。
「本当にはっちゃんは遺跡が好きだよね」
好きか嫌いかで言うなら、大好きだ。愛してる。結婚したい。アニーデュー。アウォーンチュ。
「まあ、たしなむ程度にな」
俺は暴走しかけた衝動を必死で抑えながら平静を装って答えた。おかげで意味不明な問答になったが、鎌治は特にツッコまなかった。
「あんなもんの何が楽しいんだよ?」
コーヒーの予感を嗅ぎつけた甲太郎が、いつのまにか身を起こしてコタツにあごを乗せている。
「俺にはわからん」
とか言いながら、コイツだって俺の誘いを断ったことないクセにな。
目くばせすると鎌治も笑ってる。
なんだかんだ言いつつ、俺たちはよくこの3人で探索に出かけてるんだ。もう今さら遺跡に潜る理由も、その楽しさもとっくに了解済みだろう。
だって俺たちはチームなんだから。同じ時間を共有してきた、かけがいのない仲間なんだから。
「瀕死で魂の井戸に飛び込んだ時の、あの軽くトリップしちゃう感覚は中毒になるよな」
「いや、それが俺にはわからねえって言ってんだよ」
「ぼ、僕もわかんない、かな……」
あぁ?
あの気持ち良さがわかんないとか言ってる。コイツら超キモい。
「そ、そういえばさ」
いきなり鎌治が何かを思い出したように(あるいは話題を逸らすかのように)野郎3人でぎゅうぎゅうのコタツの中で居ずまいを正した。
「はっちゃんのこと、前から聞きたいと思ってたんだ」
「おー、なに?」
自分語りは俺の大好きな分野だ。通知表のプロフィール欄の記入だけでエジプトから日本までの航空時間を潰せるほどだ。
夢中になりすぎて、うっかりシンガポールで乗り過ごしそうにもなった。
まあ、なんとか間に合ったけど。
シンガポールだけに、まあ、乗れたけど。まあ、ライドオンだけど。マーライオンだけど。
こんな話で良かったら明日までも聞かせてやれるぜ。
「これは俺がエジプトから日本へ向かう途中のエピソードなんだけど―――」
「……はっちゃんは、どうしてトレジャーハンターになろうと思ったんだい?」
その真剣な目は、鎌治なりに思うことがあって尋ねていると語っている。
俺は鎌治の真っ直ぐな視線に、まるで過去の自分を見るような気がして、そこから逃げるようにまぶたを閉じた。
まぶたの奥には、あの日の真っ赤な夕陽が焼きついている。
―――俺の親は宇宙人だった。
もちろん本当の親じゃない。俺の肌はあんなにも銀色じゃないし、目玉だってあれほど異常に大きいわけでもない。
だけど俺は彼らを本当の両親だと思っていた。そして彼らも俺を本当の息子のように扱ってくれた。
毎日のように新鮮な牛肉を使ったディナー。お絵かき道具は広大な麦畑。休日には変な乗り物で世界中をバカンス。俺は恵まれた子供だった。
だから彼らから本当の両親じゃないと打ち明けられた時は、まるで頭に変な機械でも埋め込まれたかと思うほどショックを受けた。
彼らはいつまでも地球に留まっていられない事情があったらしい。最後に真実と別れを告げて、俺の両親は宇宙へと飛び立った。
そして夕焼けの彼方へジグザグに去っていく両親の変な乗り物を見ながら、俺は誓った。
この世界には、両親の残したミステリーが数多く眠っている。
俺は永遠に失われた両親の暖かい記憶を探すために、今の職業を選んだ。
彼らが存在していた証の1つ1つが、俺にとって家族のぬくもりなのだから。
その全てを見つけ出してみせる。それこそが彼らの息子である俺の使命なのだと、あのチグリス川の夕陽に誓ったのだ―――というのは、ウソなんだけど。
「別にたいした理由はねーよ」
わざとぶっきらぼうに答える俺に、鎌治は気落ちしたように「そっか」と呟いた。
「そうだぜ取手。どうせ九ちゃんにたいした理由があるはずねェよ」
甲太郎は俺以上にぶっきらぼうに吐き捨てた。
「はっちゃんには秘密が多いもんね」
ため息みたいに、鎌治は笑った。
―――本当は姉が勝手にロゼッタ協会のオーディションに俺の履歴書を送ったからだ。
姉がどういうツテでそれを知り、またどういう選考基準で選ばれたのか知らないが、俺は結局ロゼッタ協会に合格してしまった。
しかも姉はあのジャ○ーズ事務所にも俺の履歴書を送っていたらしい。
だが、そっちは書類選考で落とされてしまった。これは俺が墓場まで持っていく秘密だ。
「ホントにたいしたことじゃないから、聞くんじゃねーよ」
わざとらしく笑いながらコーヒーを淹れにいく俺を、鎌治は寂しそうに見送った。
頼むからもう聞かないでください。
「コーヒー、お待ち」
3人分のコーヒーをトレイに乗せて、部屋へと運ぶ。
ふわりとしたいい香りが俺たちを取り囲み、暖かい気持ちに包まれる。
「美味しい」
鎌治は、俺の出したものには必ずそう言う。
そして甲太郎は、絶対にこんな感想は言わない。黙って口にするだけだ。
「まあ、たまにはのんびりするのもいいか」
俺がそう言うと、鎌治は同意し、甲太郎は当然だと言わんばかりに大きなアクビをする。
今夜は静かな夜だ。
「……こんな風に、さ」
そして今夜の鎌治は、この静けさの中でよく喋った。
「僕がこんな風に友達と一緒にコーヒーを楽しむなんて、信じられない」
意味不明の呟きに俺と甲太郎は顔を上げた。鎌治は照れくさそうにカップを置いた。
「こんなに穏やかに過ごせる時間って、僕にはもう無いと思ってたから」
あぁ。
またその話か。
少し前の、ちょっとイっちゃってた頃の自分を思い出してるんだな。
何度ももう忘れろって言ってるのに、鎌治は今でもあの時の事件を引きずっている。
いい加減しつこいので、俺はもう、そのことを注意するのはあきらめた。
「はっちゃんには、本当に感謝しているんだ。姉さんの思い出を見つけてくれて」
だって、あの事件はコイツにとって、もう忌まわしいだけの記憶じゃない。
鎌治は過去の自分を冷静に振り返れるようになったし、罪の意識を抱えても、その重みから逃げずに前を向いている。
今じゃこの痛みを隠した鎌治の笑顔が、コイツの成長の証にも見えるんだ。
「あぁ、まぁ」
で、俺は適当に返事をしながらコーヒーに口をつける。
俺はもう鎌治の心配はしていない。コイツはいずれ自分1人で過去を清算して、自分1人で勝手に大人になるんだろう。別に俺が感謝されるような謂れはないぜ。
俺が心配なのは、あのファッションが鎌治のセンスなのかどうかってことだけだ。
「奇跡みたいだって思うよ」
隠れパンクの鎌治が、敬虔な宗教者のようなことを言う。俺は悪い予感がした。
「僕がここにいて、はっちゃんと向き合っていることが。この出会いそのものが奇跡だって思える」
……始まった。
俺はそう思って唇を噛んだ。
甲太郎はごく自然に視線をファラオの胸像に移した。そんなものに興味ないクセに。
「君が僕にとってどれほど大きな存在なのか、言葉で言い尽くすことができないのが残念だよ。ピアノを弾いていると、いつも君の顔が浮かぶんだ。そしてその時の僕のピアノは、いつも優しい曲を奏でて、言葉よりも雄弁に君への思いを形にしてくれるんだ。また君に聴いてもらいたい……君という奇跡が生み出した曲を」
俺はただ、赤面して俯くしかなかった。
ちなみに俺の音楽の成績はいまだにC1か2ぐらいである。
なぜなら、またいつ鎌治がこんな恥ずかしいセリフをひっさげて入ってくるとか思うと、怖くて音楽の授業をまともに受けていられないからだ。
今でもふと、夜中にあの時のことを思い出して「うあー」と1人で唸ってしまうことがある。軽くトラウマなのだ。
「天国の姉さんにも、いつも君のことを話してるんだ。僕にも大切な友達ができたよって。そして巡り合わせてくれた姉さんにありがとうって。だって、これは天国の姉さんが僕に残してくれた奇跡でもあるんだから……」
うあー。
「ン、ンッ」
そのとき偉大なるファラオとの語らいを終えた甲太郎が、咳払いで鎌治を遮った。
「まあ、趣味に活かせる余裕ができたってのはいいことだよな」
そして無難すぎるコメントで鎌治の話を締めくくる。
ありがとう。たまに大人になるお前が好きだ。
「……そうだね」
鎌治は少し残念そうに、それでもまあ、納得したように頷く。
しばらくは、だるいような、でも不愉快でもない沈黙。
コーヒーカップを3人で抱えてる。時計の音だけが規則的に俺たちに話しかけてくる。
奇跡、か。
ふいに、何気なく口にしたセリフは、俺と甲太郎の両方からこぼれたものだ。
はっとして目を合わせた俺たちは、そそくさとそれぞれのコーヒーカップに逃げた。
わざとらしくコーヒーをすする音が大げさに響く。鎌治がそんな俺たちを見て微笑む。
不思議なものだ。奇跡なんて大仰な言葉、俺は今までに一度も使ったことがない。
だけど鎌治が言う「奇跡」には、気恥ずかしさはあっても、重苦しいうっとうしさはなかった。
どうしてだろ? その理由を俺なりに考えてみる。
きっと「奇跡」って言葉は、もっと当たり前に使っていい言葉なんだろう。
安売りするつもりはないけど、だけど別に大げさなことでもなんでもなくって、奇跡ってのは鎌治が言ってるみたいに、俺なんかでも普通に目の当たりにしていることなのかもしれない。
ちょっとした感動とか、嬉しいとか、人の心をゴロっと動かしちゃうような出来事、そんなものを奇跡って呼んでもいいのかもしれない。
勝手に大げさなものに考えてたのは、俺の方かな。
例えばこの学園で俺たちが出会って、こうして今はだらだらとコーヒー飲んでる。これを本当に喜んでる鎌治って男がいるんなら、俺たちはこの狭いコタツにぎゅうぎゅう詰めになりながら奇跡を起こしてることになる。
悪くない。そうやって考えれば、このコーヒーも多少は美味くなるってものだ。
カップからはまだ湯気が立っている。俺はさっきよりも落ちついた気持ちで2人の同級生を見回した。
鎌治は猫舌みたいな慎重な運びでコーヒーをすする。それなりに幸福を知った蒼白い顔は、最初に会った時よりも穏やかな健康を取り戻している。
甲太郎は面白くもないような顔で残り少ないカップを揺らしている。何を考えてるのか分からないいつもの沈黙は、コイツ特有の壁を感じさせても、俺たちの距離はいつでも手の届くところにある。
マグカップに隠した俺の口元に、自然と笑みが浮かんだ。
コーヒーのぬくもりが、3人の心を同じ暖かさにしてくれる―――
いや、なんだこの優しい時間。ムカムカする。
「化人って交尾するのかなー」
俺はあえて過激な夜のトークを持ち込むことにした。
「―――知るか! 勝手に覗いてこいッ!」
甲太郎が怒鳴り、鎌治が何度もむせる。
そうそう。俺たちはこうじゃなきゃ。
「バカバカしい。コイツが奇跡なわけあるかよ。取手、さっきの取り消せ」
そう言いつつも、甲太郎はホッとしているように見える。
やっぱりコイツには「奇跡」なんて言葉は消化できなくて戸惑ってたんだろう。
キャンキャン言いながらも嬉しそうだぜ。この素直じゃないでも憎めないBADBOY気取りめ。
「くだらねェ」
そう吐き捨ててアロマに火を入れる。そんな甲太郎に鎌治は困ったような笑みを向ける。
甲太郎は甲太郎だ。
コイツなりの考え方や人生があって、このように立派な不健康優良児に育ったんだろう。
そこはまだ、俺や鎌治の踏み込んでいけるところじゃない。
「そうかもね」
だけど今は、そんな甲太郎に合わせられる鎌治のほうが強く見える。
お前は拗ねた子供みたいに見えるときがあるぜ、甲太郎。
「あぁ、そうに決まってる」
いつかは、こんな甲太郎を変えちゃうような出来事に出会うのかもしれない。誰かがコイツを叩き起こして、陽の当たるところに引っ張り出しちまうみたいな、そんな日も来るのかも。
その誰かってのは、俺かもしれないし、やっちーや鎌治かもしれないし、ひょっとしたら、すどりんなのかもしれない。
すどりんが甲太郎の人生観を変えちゃうような体験をさせてくれるのかもしれない。
だがそれはまだ、俺のあずかり知らぬことだ。
「……だけど、もしすどりんとそうなったとしても、俺は甲太郎の友達だからな」
「何の話だよ?」
今はまだ、このまんまでいいや。
それなりに楽しくやってるし、迂闊につついてヤブヘビだったら俺もヤダし。
「おい、九ちゃん。俺とあのオカマがなんだって?」
「いや別に」
だけど、鎌治はこれからどんどん強くなってくぞ。
お前だけだぞ甲太郎。そんなところでグズグズしてんの。
いいのか? 置いてかれちゃっても。
「明日、また遺跡に行こうぜ」
鎌治は嬉しそうに頷いて、甲太郎は「だりィ」とうなだれる。
明日は何か見つかるかもな。甲太郎が前を向けるような何かが見つかるかもしれないな。
だからお前も、一緒に行こうぜ。
「行こうぜ、甲太郎」
ちょっとした、奇跡を探しに―――
次の日、大広間で倒れている喪部を見つけた。
まだ息がある。奇跡だ!