(主要人物:葉佩 皆守 朱堂 他 ジャンル:シリアス キーワード:ネタバレ - 作品No.22)
最終更新:2005/05/04(Wed) 22:54
寄稿者:大江
別れの言葉はひどくあっさりと口に出された。
大岩が転がってくるのを朱堂はひらりとかわす。伊達に陸上部で走りこんでいない。岩は重い音をたてて壁にぶつかって止まった。
いつまでも岩を避け続けられるとは彼も思ってはいない。刻一刻と状況が悪くなっているのは、誰でも察することができるだろう。
もう長くは持たないわね。
すでに玄室の壁にはひびが入り、遺跡全体がうなりをあげている。どこかで柱が倒れたのか、大きな音が聞こえてきた。
役目を終えた遺跡は、押さえるものを失い自壊しつつある。どういう仕組みかは彼はしらなかったが、このままでは彼らが生き埋めになるのは確かだった。
朱堂はここにいたって動こうとしない二人をじろりとにらむ。
「ちょっと皆守甲太郎。偽物の墓地を本物にでもする気?」
からんと天井の一部が転がり落ちる。それはごつんと皆守の靴先に当たった。
「……九龍、行ってくれ」
皆守の視線の先にはうつむいている葉佩の姿があった。泣いているのか、怒っているのか解からない。
だからといって行く訳にはいかなかった。墓守として生徒たちを退け、呪いをふりまいてきたのは自分たちだったから。遺跡を守るという目的のために、幾人もの生徒から大切なものを奪ってきた。
思い出を失わせ、記憶を封じ、自由を奪った。あまつさえ命さえ奪ったこともある。そんな自分がここを出て、安穏と生きていくことなど許されていいはずがない。
学園を牢獄だと感じながらも、彼はそれが自分にふさわしいのだと思っていた。苦しみを味わいながら、どこへも逃げ出そうとはしなかった。救ってほしいと思う以上に、自分を罰してほしいと願っていたから。
皆守はポケットに手を入れ、写真に触れた。これが罪なのだと確かめるように。
白岐はじっと葉佩を見守っていた。彼が何を感じているのかを見極めようとするように。その肩には砂埃がつもりつつあった。
ここに降りてから、連戦につぐ連戦。異能者と戦い、ふつうなら一生お目にかかることもない化け物と戦い、その最強の者とも戦った葉佩は消耗していた。
全身には無数の裂傷、打撲、さらに疲労の色があらわれていた。立つのもおっくうなのか、剣を杖代わりにしている。
本来なら力で癒すことができる彼女自身、すでに消耗している。いまの白岐では彼を回復させたとしても、結局は足手まといにしかならない。
皆守から別れの意思を告げられる。どれほど辛いことだろう。慰めの言葉もかけることはできない。彼女は見守るしかなかった。己の無力さに、唇をかむ。
「葉佩九龍、早く上がれ」
阿門の声はいつもより穏やかだ。阿門の家はその役目を失った。ここに残ることが責務だと、皆守と同じく思っていた。
呼びかけに応じるように、葉佩はよろよろと歩き出す。しかし、満身創痍の状態だ。ちょうど阿門の横にさしかかったところで、彼はその場に崩れ落ちた。
息をあらげながら、ひざ立ちになる葉佩。阿門からはうつむいている彼の顔を見ることはできない。
「手を、かしてくれない?」
苦しげな声、息も絶え絶えといった様子だった。傷を負った彼には、歩くこともできないだろう
阿門はなにげない仕草で手をさしだした。その手を彼はつかみ、
ガシャンッ
鈍い金属音。
何が起こったのか解からず、全員の視線がそこに集中する。
それは鎖だった。真新しい鋼の錠で、阿門と葉佩の手首をつないでいる。太い鎖と鉄柱がすれあって、ジャラリと耳障りな音を立てた。
「何のまねだ」
誰もが葉佩の真意がわからなかった。彼は顔をあげると、まるでいつもとは違う人のように、真顔でこう言った。
「ダメだよ、君にはやるべきことがある」
阿門の墓守としての仕事は目的を失った。封じるものがいないのなら、守る意味もなくなる。確かに墓守は不要となった、だがそれで物事が終結したわけではない。
部下に押し付けて逝ってしまうだなんて冗談じゃない。始末をつけるのは当事者でなくてはならない。だから、
「まだ、終わりなんかじゃない」
責任を取るというのはそういうことだ、言外に葉佩はそう言った。
「それに、僕は死ぬことを許してなんかあげない」
子供のようなわがままを言いながら彼は振り向く。視線の先には皆守が立っていた。
朱堂はそれを黙って見ていたが、その意図を察してうなずく。葉佩は皆守に逃げ道を与えないつもりなのだ。
「僕は、心中するつもりはないから」
しかし、阿門が脱出しない限り、葉佩も生きのびることはできない。白岐や朱堂では阿門を説きふせることはできないはずだ。皆守が助けに入らないことには、葉佩はここで死ぬしかない。
真顔で葉佩は皆守を見すえ、口を開いた。
「君は僕も殺すかい?」
ぞくり、皆守は悪寒に襲われた。鳥肌が立つ。同時に言葉の重さに息をのんだ。
そう、殺すのだ。なにより決定権は皆守にある。阿門ですらその動きに注目している以上、決めるのは彼だった。たとえ仕組んだのは葉佩であったとしても。
凍りついた皆守を見ながら、朱堂は顔をしかめた。
あまりにも残酷すぎる。罪の意識につけこむような策だった。治っていない傷口に、ペンチを差し込んで肉を引きちぎるような行為。
皆守に選択肢など残されていない。もしここに残ることを選べば、彼は二度殺すことになる。あの教師と同じように、目の前の親友を。
しかし、それは皆守のしていることと同じだと朱堂は考える。
葉佩は最も残酷なかたちで立場を入れかえたに過ぎない。見殺しにする側と、勝手に死んでいく側。相手に押し付けようとした物の重みが、それ以上の物となって返ってくるように。
それに加え、もし皆守が残ることを選べば、葉佩は間違いなく死ぬのだ。長引いてもそれは同じこと。ふつうならこんなことをせずに、見捨てるか、説き伏せるかを選ぶのだろう。
命を張った脅迫を選ぶところが、九龍ちゃんらしいのよね。
朱堂は皆守がうらやましくて、場違いなため息を漏らした。あれぐらい大事に思われてみたい。失いたくないという強い願いが、彼にこの手段を選ばせたのだから。
「九龍……」
名前を呼んだ。続ける言葉もなく、苦しげな顔で相手をみつめる。
温和な普段の姿。その裏に何かがあると知りながら、皆守は知ろうとはしなかった。その一線を踏み込もうとしなかった。
騙されていたとは思わない。葉佩に甘えていたのは皆守だった。
葉佩は気を配りながら話をする。もし相手が嫌がれば、それを察して話題を変えてくれる。だから、踏み込ませなかった。関係を壊したくなくて、好意に甘え続けていた。自分だけは結末を知りながら。
これを葉佩に言わせているのは、自分だ。
「俺は……」
言葉が続かない。何をどういえばいいのかが、わからない。口に出せばまとまらず、めちゃくちゃなことを言ってしまいそうで、言葉にできない。
ただひとつ言えるのは、もう残る気はなくなってしまったことだけだった。
皆守のようすに、葉佩の表情がゆるむ。緊張していたのか、深々とため息をついた。じゃらりと手錠が鳴る。
「帰ろう、八千穂ちゃんたちが待ってる」
そしてようやく、葉佩は微笑んだ。
双子によって、彼らは地上に送り出された。
遠くの寮では、光の柱による騒ぎが始まっている。ほどなくして、行方不明者の件も明るみに出ることだろう。
「にぎやかになるだろうね」
祭りの準備でも見るように、のんびりと葉佩が言った。血のにじむ傷跡が痛々しいが、苦にした様子はない。
「……ええ、そうね」
白岐もそれに応じる。吐く息は白いが、寒さを感じさせないほどに穏やかな雰囲気だった。
墓守の役目は終わり、かくして遺跡はその姿を失った。物語で言うなら、めでたしめでたし。落ちとしては陳腐だが、これより良い終わりかたはないだろう。
気持ちの整理がつかないのか、阿門は黙っている。しかし、彼にしても始めなければならないということは理解していた。
阿門の家に墓守として生まれ、そのために自分を鍛えてきた。そのために生まれて、そのために死ぬのだと思っていた未来。うっかりと手にしてしまった自由に、まだ戸惑いしか感じない。
生きている以上、始めなくてはならないだろう。それが何かは、彼にはまだ見えてはいなかった。
「行きましょ、九龍ちゃん」
朱堂の呼びかけに、五人は墓地へと歩き出す。
皆守はごそりと懐をさぐり、アロマを取り出した。反射的なもので、ほとんど意識にはない。
それをくわえようとした時、はっとしたように手が止まる。動きが唐突だったので、アロマは勢いあまってこぼれ落ちた。
不審に思ったのか、朱堂が振り返った。
「どうかしたの?」
なんでもない、と言って手をふる。怪訝な顔をしたものの、朱堂はふたたび歩き始めた。
拾うか、拾わないか。一瞬のためらいの後に、皆守はそのまま歩き出した。
かさりと枯れ葉が鳴る。風にあおられたアロマは、枯れ葉の下へと埋められて、やがて見えなくなった。