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極道昇竜伝

(主要人物:葉佩 夷澤 ジャンル:ギャグ キーワード: - 作品No.28)

最終更新:2005/05/31(Tue) 19:35
寄稿者:ハリハラ

 2-Aで黒板消しでも盗もうと思ったら、廊下で興味深いものを見つけた。
 くしゃくしゃに丸められたそれは、どうやら国語のテスト用紙だ。

 問1.次の漢字の読みを書きなさい。
  (1)権限(しま)×
  (2)命(たま)×
  (3)舎弟(ぱしり)×
  (4)翔(あいかわのあにき)×
  (5)力(たけうちのあにき)×

 氏名欄を見るまでもなく、誰の答案か分かる。あと、この問題を作った人の悪意も。
 さっそく俺はH.A.N.Tにスキャンして保存した。これで俺がH.A.N.Tを捨てれない理由が1つ増えた。
 そして教室の中を覗いてみると、案の定、夷澤のヤツがボケーっと窓の向こうを眺めてるところだ。
「お前の辞書は東映ビデオが発行してんのか?」
「うわッ!? いつから居たんすか、アンタ!?」
「僕はいつでも君の心の中にいるよ。そんなことより、ボケーっとしてどうしたんだよ?」
「チッ、アンタには関係ねェよ」
「どうせ、この学園を牛耳る手段でも考えてたんだろ?」
「な…ッ!?」
「いや、驚くところじゃないから。みんな知ってるから」
「だ、だったらどうしたってんですか! アンタには関係ねェだろ!」 
「そんなこと言うなよ。俺だって可愛い後輩が悩んでるのに、見過ごすわけにはいかないからな」
「気持ち悪いこというな! いいからどっかに消えちまえよ!」
「子犬のように噛みつくなよ、薄メガネ。いいから俺に相談してみろよ」
「ハン! 誰がアンタみたいなおちゃらけゴーグルに」
「おちゃらけゴーグルってこれか? みんなのプリクラが貼ってあるこれか?」
「そんなんで前が見えるのかよ、じっさい」
「前は見えないが、みんなの笑顔が見えるよ」
「前見ろよ。意味ねェな。いいからさっさと寮に帰って、その途中でブルトーザーにでも轢かれて死んでくださいよ」
「いいや、俺はもうお前の切ない横顔にハートを盗まれた。お前の笑顔を見るまでは帰れないね」
「だから言い方がいちいち気持ち悪いんだよ、アンタは!」
「命(たま)、獲っちまえばいいじゃん?」
「は?」
「会長が握ってる権限(しま)が欲しいんだろ?」
「あ、あァ、まァ、え?」
「だったら話は簡単だろ?」
「ちょ、ちょっと待てよ、アンタ!」
 そういって夷澤は頭を抱えてウンウン悩み始めた。
「……マジで言ってんすか?」
「うん」
「やばいっすよ?」
「何が?」
「いやそれ事件になるだろ! そんなことすりゃ、権限(しま)どころの騒ぎじゃねェよ!」
「バッカヤロウ! お前のメガネはチキンメガネか!」
「なッ…!? え、何メガネだって?」
「いいから、阿門(おぼったま)を獲れ。それしか手はないんだぞ」
「だから、それはダメなんだよ!」
「なんで?」
「オレにだって仁義はある。親殺しは御法度だ」
「おやおや、お前の口からそのような言葉が出ようとは」
「ど、どういう意味っすか?」
「今時の生徒会副会長補佐にしては、おとなしすぎやしないかい?」
「そんなこと言われたって……他校でこんな役職聞いたことねェよ……」
「お前は飼い慣らされた犬だワン!」
「なんだって!?」
「そんな団塊世代でギッシギシの会社みたいにおざなりな役職に尻尾を振り、舎弟(ぱしり)の身に甘んじ―――お前は犬だ! しつけられた犬だ!」
「だ、黙れ!」
「……」
「いや、アンタがしつけられてんじゃねェかよ!」
「だからそんなことで、てっぺん取れるかってんだよ!」
「なに?」
「てっぺんだよ、てっぺん! お前の東映ビデオ辞書にも書いてあるだろ!」
「そうか、てっぺん……てっぺん、か……いい響きだな」
「俺らみたいなチンピラが上に行くには、どっかでバクチ打たなきゃなんないんだよ!」
「バクチ、か」
「あァ、そうさ。天下をかけた大バクチさ」
「天下か……なんかアンタの言葉、さっきからやたらオレの心に染みこむぜ」
「考えてもみろ、夷澤」
「なんすか?」
「生徒会のヤツらはお前に何を与えた? お前にどんな仕事をやらせた?」
「……き、金魚の餌やり、とか?」
「はっきり言ってやる。ヤツらはお前に何も期待していない。何もやらせるつもりはない」
「そ、そんなことねェよ! オレは生徒会の役職持ちだぜ!」
「バッキャロウ! いいかげん目を覚ませ!」
「!?」
「金魚の餌なんて仕事じゃねェだろ!」
「!?」
「夷澤……俺はお前が可愛いんだよ」
「な、なに?」
「お前が組(2-A)の門を叩いた頃、まだ鼻垂れのときから、コイツはモノになると思っていた。光るモノを持ってた」
「そ、そんなの買い被りっすよ」
「ところが生徒会のヤツらのお前の扱いはどうだ? 単なるパシリ扱いじゃないか。もしくはメガネっ子扱いじゃないか。俺は我慢できねェ。例えお前に我慢ができても、俺には堪えられねェ」
「……センパイ」
「凍也。お前は竜だ。いつか天下まで上り詰める竜だ。俺は今でもそう信じてる」
「……葉佩のアニキ」
「俺と一緒に行こうぜ、凍也。天下への一本道をよ」
「わかった! オレ、やるぜアニキ! 阿門の命(たま)獲ってやらあ!」
「いいぞ凍也、その意気だ!」
「やってやる! やってやるけど……」
「おいおい、もうびびっちまったのか?」
「そ、そんなんじゃねェよ! ただ、あの化け物みたいな男をどうやって……」
「心配すんな、弟。お前の手を汚させやしないさ」
「え?」
「お前は彼奴の気を引いてくれるだけでいい。引き金を引くのは俺の仕事さ」
「なッ!? アニキがそんなことする必要ねェよ!」
「いいんだ。最初からそのつもりだった。どうせ俺は流れ者。組(3-C)に迷惑かける心配もない」
「ダ、ダメっすよ! アニキがいなくなったら俺はどうしたらいいんすか!」
「バッキャロウ! 言っただろうが! お前は天下を獲る竜なんだよ! 俺たちの会長(みこし)になるんだよ!」
「オレが会長(みこし)? だ、だけど、だからってアニキがそのためにッ!」
「いいんだって、そのことは。ただ1つだけお前に頼みたいことがある」
「な、なんすか!? なんでも言ってくださいよ!」
「俺の娘(椎名リカ)のこと、お前に頼んでもいいか……?」
「わ、わかりました! お嬢さんの面倒は、必ずオレが見させていただきます!」
「ありがとよ、凍也。これで俺の思い残すことはねェ……だが、お前の天下をこの目で見れないのが、心残りといえば心残りだがな……」
「アニキ……アニキィ!」
「バカヤロウ。泣くやつがあるかぁ」
「う、ううッ」
 感極まった夷澤が俺の胸に飛び込んでくる。そんな夷澤の頭を抱きしめ、俺は込み上げてくる熱い涙を必死で抑えつけていた。
 教室の中に差し込む真冬の夕陽は、まるで俺たちの儚い明日を包み込むようだった。
 夷澤―――、お前は本当に面白い子だ。

 そして中庭。

「もうすぐ会長は役員会を終えて出てくるはずです」
「あ、そう」
 中庭の茂みの奥に俺と夷澤は隠れていた。
 まずは人気のないところで阿門を待ち伏せるっていう、超ありがちな作戦だ。
「それで、これからどうするんですか?」
 すっかり従順な後輩となった夷澤が、信頼しきった目で俺の命令を待つ。
 コイツの権力への渇望の源が何なのか分からないが、なんにしろコイツが人の上に立つのは体質的に無理だろう。犬的に無理だ。
「よし、お前にこれを預ける」
 俺はベルトの間からトカレフを差し出して夷澤に渡した。俺のコレクションの中でも極めつけの粗悪品だ。
「俺が命よりも大切にしていた銃だ」
「えッ!? そんな大事なものを!?」
「お前はそれを握ってまず阿門の注意を引きつけろ。撃つ必要はないぞ」
 もちろん弾も抜いてるし。
「お前が阿門を引きつける。俺はこの茂みに隠れてる。阿門が俺に背中を向ける。お団子めがけて俺がズドン。そういう作戦だ」
「は、はい」
「その後お前は、部屋に帰って、暖かいお風呂に入って、牛乳でも飲んで寝ろ。次の日にはもうお前がこの学園を牛耳ってるから」
「マジっすか? 靴屋の小人みてェだ」
「いいな? 俺がここにいることは阿門に知られちゃならないぞ?」
「はい! ばっちりっす!」
「よし、それじゃ阿門を待って作戦決行だ!」
 しばらく2人で石を眺めて待っていたら、阿門がノコノコ校舎から出てきた。
 夷澤がさっそく阿門の前に躍り出る。
「か、会長!」
 上擦った声で呼び止める夷澤に、阿門はさして驚くようでもなく、いつもの低い声で応える。
「夷澤か……もう国語の補習は終わったのか?」
「ちっ! 雛川のヤツ、情報(ねた)売りやがったな!」
 雛川先生だったのか、あのテスト作ったの。
 グッジョブ。
「そんなところで何をしてる。もう役員会なら終わったぞ」
「お、お前を待ってたんだよ!」
「俺を? 用なら明日にしろ。そろそろ俺は昼寝の時間だ」
「はんっ! そりゃあ好都合だ。ぐっすり眠らせてやるぜ!」
「ありがたい知らせだな。今日はお前が本を読んでくれるのか?」
「いや絵本当番なら今日は双樹センパイっすよ。てか、俺が言いたいのはそんなことじゃねェ!」 
 なんだろう?
 俺、こんなところで生徒会の知っちゃいけない秘密を覗いてる気がする。
「こ、これを見ろ!」
 夷澤が震える手でトカレフを構えた。
 それでも阿門は動揺もしないで突っ立っている。
「……何のつもりだ?」
「お、お前が悪いんだ! オ、オレにいつまでも権限(しま)を渡さないから!」
「そんなもので、俺をどうにかできると思うのか?」
「強がるんじゃねェ! オレは本気だぜ!」
「たとえ俺を撃ったところで、貴様ごときにどうこうできる学園ではないぞ」
「う、うるせェ! お前は命乞いでもしてりゃいいんだよ!」
「仕方のない男だ……」
 阿門の影がゆらりと動いた。
 いや、あれは砂だ。《黒い砂》と呼ばれた影が足元から伸びて夷澤に絡みつく。
「うわッ!?」
 拳銃を落として夷澤は転がる。それを砂が追いつめる。夷澤を絡み取って全身を覆う。
「お前に《力》を与えたのは俺だということを忘れるな。その俺に牙を向けるとは……」
「うぐぐ……」
 これが阿門の《力》の片鱗か。
 なるほど、墓守はこうして作るのか。超便利だ。うらやましいぞ砂。
「こんなことは言いたくなかったが、夷澤のクセに生意気だぞ」
 すでに夷澤の戦意は消失してる。じわじわと阿門が夷澤に迫る。
 黒いコートからあふれ出る砂は悪魔の尻尾のように地をのたうつ。夷澤はまるで罠に捉えられた瀕死のウサギ。
 だが、夷澤の目はまだ死んでいない。
「お前のモノは俺のモノ。俺のモノは俺のモノだ」
 その瞬間、阿門は完全に俺に背中を向けた。
 ここが死活を分けるタイミング。もう少しだけ阿門の話を聞いていたいところだが、夷澤のメガネが俺に向かって鋭く光る!
(今だッ! アニキ、ひとおもいにやってくれ!)

 ―――そういや忘れるとこだった。
 俺は2-Aから黒板消しを盗まなきゃならないんだった。

  

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