(主要人物:葉佩 神鳳 ジャンル:シリアス キーワード: - 作品No.4)
最終更新:2005/01/15(Sat) 14:27
寄稿者:大江
事件が幕を閉じてから10日あまりたったころ。強敵を打ち倒した余韻にひたる暇もなく、三年生たちはあわただしくそれぞれの進路に向かっていた。
神鳳もその一人だったが、彼は目だって生活サイクルを変えていなかった。もともと成績には問題がない。彼は部長の引継ぎを早々にすませたあとも、自主的に鍛錬をつづけていた。
その朝は、冷え込んでいた。暖冬だ、と言ったさきからの寒波の到来。雪が降らないだけいい、そう神鳳は思った。
鍛錬のために道場の扉をあけると、聞きなれた声が響いた。
「よう、神鳳」
葉佩九龍、この学園に転校してくるなり事件を巻き起こし、果てには学園の呪いをふきはらった人物。
どっかりと座っているだろう方向に目をやりながら、首をかしげた。
彼は弓道部ではない、たしか葉佩は光画部のはずだった。皆守ならまだしも別段、特別に親しいというわけではない自分をなぜ待っていたのか。
神鳳はかすかな予感を胸に彼の前に正座した。
「どうかしましたか?」
葉佩はすぐには話し出さず、黙っていた。
板張りの弓道場は身を切るような寒さだった。神鳳は鍛えていることもあるのだろう、寒さはあまり苦にしない。
しばらくしてから、葉佩はぼそりと言った。
「ここを出ることになった、今日だ」
予想していたことではあった。しかし、あまりにも急すぎる話だった。それがもたらす影響がありありと浮かんできて、神鳳はためいきをついた。吐く息が、白い。
「急ですね」
「ああ」
苦々しげに言う。本当ならそれぞれ仲間に別れのあいさつをするつもりだったのだろう、葉佩の人のよさがその一言にあらわれていた。だからといって限られた人間だけに別れを告げることは、不義理だから彼にはできない。
「時間がない、おまえに預かってほしいものがある。中身は同じだから片方だ」
ごそっとバッグから取り出したのは、二冊のアルバムだった。
図書室だろう。七瀬が本を整理している。
手前、本棚の陰には声をかけようとしている真里野が写っている。
珍しく教室にそろっている皆守と夕薙、苦虫かみつぶしたような顔だ。
八千穂と白岐が談笑をしている、どちらもきれいな笑顔だ。
カメラに気づいた墨木があわてて逃げようとしている、
一緒にいたトトが懸命につかまえているところを撮ったらしい。
廊下での一枚。リカは上品にほほえんでいる、メイクもばっちりだ。
背の低いリカに合わせて取手はしゃがんでいる、すこし恥ずかしそうだ。
肥後がマミーズでパフェを食べている、幸せそうな顔だ。
その後ろでは、奈々子が急がしそうに走り回っていた。
言い争う鴉室と境。理由はさておき、背景は女子寮の近くではないか?
壁には、なにやら朱堂らしき物体が写っている。
マスター千貫がグラスを磨いている。飲んでいるのは雛川と瑞麗、とおそらく葉佩。
カウンターの端っこに、ミルクのコップが並んでいた。
これは遺跡だろうか。石像をバックに撮ったらしい。
当夜のバディなのだろう、黒塚が石像にしがみつくのを夷澤がはがそうとしている。
忍者と響が並んでオムレツをたべている。魂の井戸で腹ごしらえなのだろう。
本物の忍びがバディなので緊張しているのか、響が涙目だ。
生徒会室で、阿門と双樹のツーショット。双樹は満足げなようすだった。
阿門はあいかわらずの無表情。いちおう神鳳も写っているが端のほうだ。
どれひとつとしてふさぎ込んだような暗さはない。一見暗く見えても、どれもいきいきとした雰囲気につつまれていた。欠けたところのない心からの表情がそこにあった。
欠けたところのないアルバム。神鳳はそう思いながらどこか違和感を覚えた。
「みんな、いい顔してるだろ」
こどものような顔で葉佩は笑った。正直に感想を口にすると、さらに笑みが深くなった。子供のような笑み、それに不釣合いなほどの強さをもっている。ふしぎな人だ、そう神鳳は思った。
「なぜ僕にこれを?」
「たまたまだ。これは本当なら配るつもりだったんだがな」
唐突に引き上げが決まり、急いでフィルムの現像にとりかかったのだと葉佩は言った。予定していたよりも写真の選別やレイアウトに時間を食い、やっと二冊分の現像があがったところで朝を迎えた。
出発時刻は迫っている。寮だと誰が起きてくるかわからない上に、長引いてしまえば途中で逃げてくることになる。
「理由はそれだけだ。俺はおまえより早く起きる男を知らん」
葉佩はひとつセキをしてから時計を見て、寒さに手をすりあわせた。
欠けたところを埋め、呪いをふきはらった《転校生》。そう考えたとき、神鳳は違和感の正体に気がついた。
「葉佩君。ひとついいですか」
「何だ?」
「このアルバムに、君の写った写真が一枚も無いのはなぜです?」
葉佩のすりあわせていた手が止まった。じっと神鳳の顔をのぞきこみながら困った顔をした。
「俺は馬鹿なんだ」
うつむきながら、言葉をつむぐ。
やっかいごとに首を突っ込んで生きているくせに、今度は迷惑がかかるのを恐れている。それで生き方を変えられるほど、頭がよくない。似たような事件があったら、間違いなく同じ事をしてしまうだろう。
はじめのうちは任務が済めば、何も残さずに消えるつもりだった。アルバムなんて作るつもりはなかった。でも、
「あんまり居心地がよくて、守りたいものも増えた。だからこそ、俺の写真は残していかない」
災いを招くことになりかねないからな、と言った。先のレリック・ドーンのこともある。すでに学園から秘宝は失われたとはいえ、あの襲撃の記憶は生々しいままだ。沈んだ葉佩のようすが神鳳の脳裏に浮かんだ。
時刻を確認すると葉佩はバッグをひきよせた。すっくと立ち上がる、どうやら時間切れだった。
去ろうとする彼に、神鳳はたずねた。
「君はそれで満足なのですか?」
「おまえたちが覚えてくれれば、それで俺はかまわん」
迷いのない返答だった。見返りを求めているわけではない。たとえ顔の記憶がおぼろげになったとしても、自分たちが忘れていなければ彼は満足なのだ。それを何と呼ぶのか、強さなのか、神鳳には分からなかった。
「じゃあな、皆守と阿門に後のことはよろしくと伝えてくれ」
そう言って葉佩はいつものように片手をあげると去っていった。
誰もいなくなった弓道場で、神鳳はアルバムを手にためいきをついた。自分はともかく他のバディに何と言えばいいのだろう。夷澤あたりがなんと言って騒ぐだろうか。静かに皆守たちも落ち込むのかもしれない。
けれど再び呪いにとらわれることはないと神鳳は思った。
二度と戻らないのだとしても、死ぬまで会えないのだとしても、仲間であることは変わらないと信じられる。
葉佩九龍という人は、そういう人だった。