「よォ。センパイ、元気そうじゃねェか。」
雨紋が下校途中の龍麻に会ったのは、偶然ではなかった。
「………。」
無愛想なまでに凍り付いた顔は、慣れない者にはきつい印象を与えるだろう。
しかし。
「……ああ。」
落ち着いたバリトンと、少し子供染みた印象を与える首肯が、拒絶されたような思いを相手に抱かせない。
どうだ、今日は変な事件なんか起きてねェのかい?
アンタも大変だよなァ、次々と…
世間話のような質問を何となく投げかけながら、連れだって歩く。
返答は、ただ頷くか、時折短く「ああ。」と同意するだけである。
ほんの数cm目下にある顔を、横から覗き込みながら、雨紋は色々と話しかけた。
何となく、龍麻が嫌がっていないのを知っている。
つまんねェ話だったかな、と苦笑すると、ブンブンと首を横に振るのだ。
言葉を連ねるより、雄弁な否定。
初めのうちは、こんなに無口だなんて、ヘンな奴だと思っていたのに…
(ちょっと、京一のヤツの気持ちが分かるよな。)
何を考えているのか知りたくなる。自分が本当に嫌われていないのか訊きたくなる。
そんな、不思議な魅力を持った男だった。
「なァ、センパイ。実はちょっと、聞きたいコトがあるんだけどよ。」
横にいる雨紋を、ちょっと振り仰ぐ。目を覗き込むと、すぐ伏せられてしまった。
(ナンだよ。ケチ。)
戦闘の時以外、龍麻と目が合うことは殆ど無い。気付くと常に伏せられている瞳。
かといって、人と目を合わせられないような軟弱さは感じない。
(まァ、いいか。そういうクセなんだろ)
些細な事に思い悩まないのが、雨紋の長所だ。
だがそんな雨紋でも、「知りたいが訊きづらい事」を口にするには、少々躊躇いが生じた。
「こないだの…さ。あ、答えたくなかったら、別にいいからなッ。…あの、気味悪リィ死体モドキと闘ったときの…ことなんだけどよ。」
反応は無い。
「あン時のさ。カワイイ女の子…比良坂、ていったっけ?」
龍麻が少しだけ、また雨紋を見上げた。
(あ。訊かれたくねェか? まァいいや、続けちまえ)
「あのひとって、龍麻サンの…、あー…、大事なひと、だったのか?」
「………。」
応えが無い。
「…悪リィ。変なコト、聞いたみてェだな。」
気を悪くしたかと聞くと、首を横に振る。
(気にしてねェのか。顔色一つ変わってねェもんな。)
でも…カノジョが死んで、だぞ。全く平気だってのもおかしな話だよな。
顔に出さないだけで、心ン中では泣いてるッてコトか?
それとも、本当に冷てェ野郎なのか?
「……比良坂、は」
「ん?」
「………比良坂と、約束を…した。」
「……。」
雨紋は思い出した。怪我をしてぐったりしている少女を龍麻が抱き上げていた、あの時のことを。
(そうだ…今度、どこかへ行きませんか?)
(…ああ…必ず。)
思わず立ち止まって、龍麻の後ろ姿を見つめる。
死んだ少女との約束。それは、来世の誓いなのだろうか。
ふと…
自分の心の奥底にしまい込まれた、小さな少女の面影が脳裏を掠める。
恋、とは呼べない、淡い想い出。二度と逢えない笑顔。
失われた、遠い日の…。
雨紋が立ち止まっていることに気付き、龍麻が振り向いた。
…あンたは、そうやって真っ直ぐ立てるンだな。
悲しみを受け入れて、前を向いているンだな。
雨紋はニヤリと笑った。
(大したひとだぜ、全く。)
龍麻の肩をパン、と叩いて、そのまま腕を回す。
「いつか…叶うといいな。」
…ああ。
耳元の空気が震え、直接頭の中に響き渡る。極上の音楽を思わせる、声。
参ったな。このオレ様ともあろうものが。
この声で、語りかけて欲しい。この声で、呼んで欲しい。
そんなことを、痛切に願っているだなんて。
(ま、いいさ。そういうコトも人生にはあるってことよ。そンくらいじゃねェと、面白くもねェしな。)
あっさりと吹っ切って、龍麻に笑いかけた。
些細であろうとなかろうと、思い悩まないのが雨紋の長所なのだ。
「このまま呑みに行かねェか? オレ様の行きつけの店があンだけどよ
06/09/1999 初出

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