藤間
何故こんな事態になったのだろうか。
蓬莱寺京一は、何度目になるかも分からない問いを、自らに投げかけていた。
何が始まりだったのやら。
急用があって参加できなくなったのだけど、君は麻雀のルールを知っているかな───と、暗殺者に尋ねられたせいか。
その主催が、老けた符術士と聞き、意気込んで頷いたせいなのか。
昔のリベンジをと意気揚揚と到着した先に待っていた面子が、守銭奴の骨董屋店主と本場からの留学生だったせいだろうか。
『悪ぃな、それはロンさせてもらうぜ。混イツ立直一発ドラ2』
『僕もロンなのだが。シンイツ……ドラはのってないよ、良かったね』
『わいも三暗刻ドラ1なんやけど。……無かったことにしよか』
そもそもあんな実力者たちと渡り合うことが間違っていたのか。
それなのに、あっという間にぶっ飛んだ点棒が哀しくて、ついキレて剣を振り回してしまった己が悪かったか。
劉と如月は良かった。
彼らはかわすことが可能だったし、半分は冗談なのだと理解していたから。
問題は、あくまでも術士である村雨であった。
剣先から放たれた氣を、彼は戦闘時の如く、本気の結界で弾いた。当たらないよう、そして威力も加減されていた攻撃は、反発力を受け、強まってから飛び散った。
凄まじい轟音。
吹き飛ぶ障子。
そして掛けられる引きつった声。
『……貴方がたは、何を……しているのですか』
村雨にこっそりと招き入れられた彼の仕事場のようなその場所が、冷然とした陰陽師の創った結界内であることを、怒り心頭の本人が姿を現すまですっかり忘れていたことも、失敗だったといえる。
非は村雨ではなく己にあると。
親友であり優れた直接戦闘系である真神の二名を相手にするようなふざけを、術士に対しておこなった己が悪いと、京一は素直に謝った。
『ほう。責任……ですか』
責任は取ると、潔く頭を垂れた京一に、彼は薄い笑みを漏らした。
如月が気の毒そうに首を振り、哀しい事実を口にする。
『残念だが、蓬莱寺。ここの備品は全て上物の骨董であり───被害額は一千万に近い』
数万単位なら、旧校舎に潜ればなんとかなる。
そんな目論見は、ガラガラと崩れ落ちた。
『ですが、私とて鬼ではありません』
いや鬼だろ───と、反射的に突っ込んだ友人に凄まじい一瞥を与えつつ、彼はしばし考えこむふりをする。
恐らくとうに結論は出ているのだろうが、たっぷりと焦らしてから、口元に当てていた扇子を手のひらでポンと音を立てて閉じる。
『では身体で払ってもらいましょうか』
さも今思いついたかのように告げ、含み笑いを洩らした相手が、柳生などより遥かに邪悪に見えたのは、京一の気のせいだろうか。
「いや、きっと気のせいじゃねェ」
「愚にも付かないことを考えている暇があったら、手を動かしなさい」
ぶつぶつと呟いていると、上から声を掛けられた。
揶揄するような笑いを含んだその声に、京一は鋭く振り向いた。
だが、残念ながら、迫力は皆無であった。
肩はふんわりと膨らんだパフスリーブ。前衿が後ろより長く垂れ下がった飾り衿であるビブカラー。胸元には大きな赤いリボン。純白のエプロンを纏い、袖口には華美にならないていどのレースの飾り布。ご丁寧に頭にはヘッドドレス───白のカチューシャまでしている。
見事なまでのメイド服であった。
せめてもの救いは、ふわふわしたスカートが足首までを覆うフルレングスであり、全体の色調が、暗めの茶褐色であることだろうか。
「誰のせいだと思ってるんだ。まともな作業服を用意しやがれッ!!」
「おやおや。手伝いの方があれほど熱心にして下さっているのに、張本人は逆ギレですか」
彼が指差した庭先では、黒髪の青年が、熱心に動いていた。
きびきびと、整然と。こんな時でも、彼の流れるような動作は変わらなかった。
そう、確かに自分は仕方が無い。
だが彼さえも巻き込んでしまったことが、申し訳なかった。
時間は少々遡る。
京一は、何度目かの舌打ちをした。
これから待つ事態を想像するだけで、頭に血が上っていくのが分かった。
苛立ちが外に溢れてしまい、ガタガタと大きな音を出して帰り支度をしていたら、視線に気付いたのだった。何かを口にするでもなくただ見つめられるだけであったが、彼が心配してくれていることはよく分かっていた。
だからこそ不要な心配は掛けたくなくて、特に問題があるわけじゃねェ、ただ御門に頼まれている面倒事があるんだと、それだけを告げた。
予想すべきだったのだろう。彼がその瞳に強い光を宿して、手伝わせるように言ってくることくらいは。
『何があるか分かりゃしねェ。危険なんだ』
『なら……余計に手伝わせてくれ』
強い口調に、まずったと内心で舌打ちした。
友人たちを最上に考える彼に、危険なんて言葉は逆効果だった。
結局少々の押し問答の末に、結局、京一が折れた。
そのかわり、着いてくるまでだぞと譲歩すると、『わかった』と微かに、だが確かに彼は笑った。
闘いが終わっても、彼の寡黙さはそのままであったが、ほんの少し笑うことが増えたと思う。
だからこそ、本当にそれだけで構わないと思っていた。
彼が共に居てくれるのならば、多少の理不尽ならば乗り切れると思っていた。
指定された家に辿り着くと、出迎えた御門が、珍しい事に目を丸くした。
彼が共に来る事は、流石に予想外であったようだった。
『龍麻さんまで?この場合は───やはり揃いよりも対照ですかね』
などとよく分からないことを呟き、御門は姿を消した。
しばし待たされた後、京一に科せられた試練は、この洋館の清掃。
『全てをなどとの無茶は申しません。ただ少しだけ、綺麗にして欲しいと思うのですよ』
ある事情により、限られた人間しか入れない為に、最低限の箇所しか掃除が行き渡らない。だから手伝って欲しいと。
微かに笑った御門の瞳は、思いのほか優しくて、京一は色々と想像した己を恥じた。
龍麻さんも手伝って頂けるのですか───と問う御門はあくまでも穏やかだった。
『そのつもりで……来た』
『では服が汚れてしまいますので、この作業着をお使い下さい』
止める間もなく頷いてしまった龍麻に、作業着やらを手渡していた。
それがどうやら和服らしきことは不思議に思ったが、旧家とかいうものはそんなものなのかもしれないと納得した。
そして、そういった気配りをしてくれる御門のことを、高慢で嫌な奴だと勝手に決め付けていたと反省しかけた。
『蓬莱寺さんは、もう用意してあるので、あちらの部屋で着替えてください。今の制服はそこに控えている式神に手渡してください』
言われるまま素直に渡してから、自分の『清掃用の作業着』を目の当たりにするまでは、本当に申し訳なく思っていた。
ちなみに、作業着の形状に愕然とし、振り向いた時には、式神は制服を持ったまま、既に消えていた。
怒りのあまり、パンツ一丁で飛び出そうとしたら、見えない壁に突き当たり、勝ち誇った声が上から降ってきた。
『そんな格好で、この屋敷に出てこないで下さい。ああ……申してませんでしたね。全て身に着けない限り、その結界は永劫に解けませんよ』
龍麻の方は、地味めの緋の紬の着物に割烹着を纏い、竹箒を持って庭を掃いていた。
それは京一の格好と対をなすような、和装の『メイド』さんであった。
「ほらほら、さっさとなさい」
手をパンパンと叩き、嫌味を投げる。そんな姑のような御門の言動に、もう突っ込む気力も無かった。
京一は、無言で雑巾がけを始めた。
割と満足そうに眺めていた御門の背に、苦笑混じりの声が掛けられた。
「洋装と和装のメイドね。……御門のお気に入りは、秋葉辺りかい」
己も有しているからこその苦笑であった。
京一が着ているシックなメイド服は、名作と名高い某PC用同人ゲームに登場する彼と同じ名のメイドの少女のものであったはずであった。
龍麻が着ている和装の方は、流石にそのものではないようだが、やはり石の名を持つ双子の姉の衣装に似ていた。
ちなみに、秋葉とは、同ゲームに登場するいわゆる『妹キャラ』のことである。
「おや……ご存知でしたか。如月さんは、やはり同じ名の彼女ですか?」
一瞬だけ驚きを見せ、即座に平静に戻った電脳部部長は、否定はせずに尋ね返す。
あの献身は嫌いではないが、やはり己と同じ名というのは複雑だった。ゆえに違うと、如月は余裕顔で否定しようとした。
「如月さんは、さっちんでしょう」
だが、細身の青年が、横手から口を挟んだ。完璧な不意打ちであった。そして正解でもあった。
「な……」
いきなり図星を突かれた為に、流石の氷の男も紅潮していた。先程の御門の反応といい、萌えキャラをズバリと言い当てられるのは、どうにも恥ずかしいことらしい。
だが壬生は、別にしてやったりという風でもなかった。ただなんとなしに言ってみただけらしく、それにしてもあのメイド服の縫製は素晴らしいですね───などと、どこかずれた感想を口にしながら、興味深げに京一や己の一対の存在の珍しい姿を眺めていた。
そもそも今回の麻雀は、本来彼と劉と如月と村雨との、四強での最強決定戦こそが開催の目的だったのである。だが、当日になって壬生に急な『仕事』が入ってしまった。流石に麻雀の約束があるからと、拳武に断りを入れられるわけもなく、さりとて、盛り上がりに水を注すのも失礼だと考えた彼は、ルールを知っていて、かつ、夜でも都合のつく京一に連絡をしてくれたのであった。
京一には、用事で麻雀に参加できなくなってしまったから代われないか───とだけ伝えて。
他三人には、いくら京一からかっぱげるかで勝負すればいい───と耳打ちして。
ある意味では、彼が騒動の元凶であるとも言えた。
が、全く悪びれるようすもなく、高みの見物に徹しているあたり、大物と言えよう。
「……参考までに、どうしてそう思ったのか教えてくれるかい」
「如月さんは同級生属性が、御門さんは妹属性が強そうだからですけれど」
さり気なく御門のことまでも責めつつ、彼はさらりと答える。否定しきれない彼らは、少々腹立たしそうに、彼を睨んでいた。
やがてどちらからともなく、彼らは尋ねた。
「では壬生さんは?」
「黒猫とか言わないでくれよ」
知ったからとて、どうにもならないが、それでも気になるようだ。
「僕は先輩ですよ」
特に照れる風もなく口にしたその答えに、彼らはなんとなく納得させられ、頷いた。
贖罪の為暗い道を歩むそのヒロインは、どこか壬生と通じるものがあったから。
告白し合ってすっきりしたのか、如月が首を傾げて話題を転換する。
「それにしても、こんなに大人数を招き入れていいのか?ここは……『彼』が眠っている場所なのだろう」
ここは、京都に本家を持つある一族が、明治維新後は東京に居ることが増えたために造られた屋敷であったはずだった。
当時の跡取の青年が、幕末に知り合ったシスターの少女や身寄りの無い姉妹を引き取った。その際、養われるだけでは申し訳ないと、少女がかつて洋館でメイドをしていた経験から奉公を申し出、姉妹たちも成人してからは同様に、働いていたのではなかったか。
生死を共にした仲間に、そんなことはさせられないと渋っていた青年だが、意外に強情な彼女たちに押し切られたという経緯があったはず。
偽名を名乗り、歌人として暮らしていた跡取の青年の本名は、確か秋月真琴といった。
「ああ───そういえば、幕末の秋月様と、飛水の方は知り合いだったのでしたね」
飛水の一族ならば、この館の所有者を知っていることも納得できる。
そして四神たる彼ならば、この屋敷を包む強固な結界から、何かを護っていることくらい容易に想像がつくのだろう。
ならば隠す意味は無い。そして、信頼に足る相手に誤魔化す必要も無い。
御門は頷いた。
「ええ。ですから、確かに限られた人間しか入れません。清浄に保たれた空気を乱さぬような、ごくわずかな人にしか」
定期的に訪れる医者でさえ、乱れの元となり、通常の状態に戻るには時間が掛かってしまう。ゆえに使用人を置くこともできず、通常は彼やその友人や式神が、細々と清掃しているのであるという。
「村雨は手先が器用なので問題はありません。ですが……私はどうも慣れていない為か、能率的に事が運ばないのですよ。……なんですか、その顔は」
どこか拗ねたような言い訳じみた言葉は、無表情二人組にさえ笑みを浮かべさせた。
一生懸命掃除をしては余計に散らかすこの陰陽師の姿など、想像しただけでも微笑ましかった。
尤も彼らは、それを素直に口にするほど、愚かではなかったが。
「いえ何でも。それにしても、もっと早くに教えてくだされば良かったのに。僕は掃除は割と好きですよ」
「僕も嫌いではないが。だが御門、僕たちはここに入っても構わないのか?」
自身も乱れの元になるのではないかとの如月の疑問に、御門は首を横に振った。
「四神やその王───五行を司る方々が、乱すはずはありません。無論王の一対の存在も同じこと」
彼らの氣は、自然と同じ。
自然の元素を具現した存在ならば、少しも乱すことなく調和する。
「蓬莱寺さんも、問題ないでしょう。あの澄んだ鮮烈な氣が、害になるとは思えません」
それならばいいと納得し、安堵した如月は、あることに気付き眉を顰めた。
何か?と目で問うふたりに、呆れた様子で口を開いた。
「蓬莱寺……寝ていないか?」
如月が指差した先で、京一が階段の手すりにもたれて眠っていた。
雑巾を握ったまま眠るという器用さに、感心しかけた彼らであったが、御門が違和感に気付いた。
「まさか……。龍麻さんは?」
声の切迫加減から、異常事態なのだと悟り、護る者と陰たる者が外へと飛び出す。
結果は同じ。
龍麻も箒を手にしたままで、壁に寄りかかり眠っていた。
手すりを磨く動作に集中し、トランス入っていた京一は、空気の変質を感じた。
顔を上げれば、目の前にはいつも通りに見えながらも、どこか困惑した様子の龍麻がいた。
「ん、ひーちゃん?さっきまで外の掃除をしてなかったか?」
「ああ。そのはずだったが……皆もいないな」
気配を探るかのように、深く考え込んだ龍麻の言葉で、京一も気付いた。
良い見世物だと言わんばかりに、妙に生暖かい視線を送ってきていた連中の姿も───気配もない。
代わりに近付いてくるのは、凶暴な氣。
「な……なんだ、この気配は」
「左へ飛べッ!!」
戸惑っている余裕もなく。
それでも聞き慣れた声の指示に、身体が反射的に従った。
間近を通った鋭い爪の軌跡。風圧に裂ける袖口。
上から降ってきた見慣れぬ妙な生き物に対し、京一は頓狂な声を出した。
「獣!?」
「……獏……か?」
龍麻の呟きに、京一は目を剥いた。
獏───―確かに、形は似ているかもしれない。だが、バクにあんな鋭い牙は生えていない筈だ。バクにあんな長い爪はなかった筈だ。
だが正体を推察している余裕は無い。
獲物を認めた獣は、ぎらついた瞳で彼らを見据えていた。
「京一は退けッ!」
呟き、龍麻は、京一と獣の間に入った。
「なんでだよッ!?あ……、くそッ」
咄嗟に抗弁しかけ、京一は己が得物を手にしていないことを思い出した。
龍麻ひとりに危険を負わせたいはずはない。
足手まといなど我慢ならない。
相反する想いは後者が勝った。仕方無しに、京一は数歩下がる。
龍麻は、構え、ただ敵を見据えているだけであった。
だがそれだけで───気圧されたのか、獣に怯えの色が見えた。
ふっと、ほんの微かに。
京一だからこそ、読み取れたほどに小さい感情の起伏。
だが確かに、龍麻の顔を寂寥が翳めた。
それは瞳だけで獣さえも脅かす己への恐怖なのか、それとも自嘲なのか。
間合いを詰めようと、足を踏み出す龍麻に、獣がビクッと震えた。
これなら下手に手を出す必要も無いと、京一が安堵しかけた時だった。
ザシュッという、嫌な音が響く。
鈍い打撃音ではなく、刀が肉を斬る音が。
獣の腹から、刃が突き出ていた。
獣も事態をよく理解できていない様子で、不思議そうに突き出た刃を眺めていた。
だが、それは一瞬だけ。
バターでも斬るかのように滑らかに、刃は上へ進み、獣の身体を二分した。
倒れ、消えていく獣の影から、実行者が姿を現す。
太刀を握るのは優美な手。
整いすぎて能面のような顔をした、和服の若武者といった風情の青年であった。
その瞳には、なんの感情もない。獣さえも確かに在った。食欲と殺意という、原始的なものであったが、それでも存在した。
どこかで見たような表情を持たぬ存在。確かにそこに存在しているのに、不意に消えてもおかしくないほどに希薄な実体感。
虚無そのものの瞳が、龍麻と京一の姿を捉え、認識する。
消滅すべきものとして。
青年が一歩踏み出してから、刃が龍麻の目前に迫るまでわずか一呼吸。
龍麻だからこそ、咄嗟に飛び退くことが可能であった技の冴え。凄まじい速度。
そのまま手近の京一の方へと剣を向けようとした青年の背に、させじと苛烈な氣が叩きつけられる。
だが、背後からの、しかも龍麻による攻撃を、青年は躱した。
横に跳び、振り向いた彼は、瞳に和服姿の方を映す。そちらを先に倒すべき攻撃対象として選択したようだ。
「京一、もっと遠くに居てくれ」
敵の意識が己に向けられたことを確認し、体勢を低く構えた龍麻は告げた。
一度足手まといにならぬ事を選択したからには、京一は素直に頷き、何歩か下がった。
横目で確認し、小さく頷いた龍麻は、意識を敵だけに向ける。更に鋭さを増した瞳で、武者の一挙一動を見逃すまいと見つめる。僅かな前兆さえも見過ごさないように。
神速の踏み込みと斬撃。それを紙一重で避ける龍麻と、再度追い縋り剣を揮う青年。
完成された演舞のような彼らの動きに見惚れかけ、しばし後に京一は叫んだ。
「ひーちゃん?ああ……クソッ!!」
防戦一方という龍麻の見慣れぬ姿に愕然とし、それから、理由に気付いてしまった。
龍麻とて武器が無い。徒手空拳だからといって、完全な無手で構わないわけではない。攻撃面ではそう影響はないものの、防御面で絶大な影響がある。
相手も無手ならまだしも、武器を持つ者を相手とする場合、それは更に顕著となる。手甲にて防ぎ捌き、そして間合いを詰めるという彼の本来のスタイルが使えない。
ぎり───と、音が鳴る程に、京一は歯噛みした。
動きにくい。先刻も飛び退く際に、スカートの裾を踏んでしまい、攻撃を喰らいかけた。
慣れ親しんだ武器が無い。
……だからどうした。
武器が無いのも、動きにくいのも、龍麻とて同じ。
親友だけに危険を押し付ける程、落ちてはいないつもりだった。
「剣掌・旋ッ!!」
風圧が武者に迫る。
「きょ……京一?」
珍しい事に、龍麻の面には、驚愕がまざまざと表れていた。
それだけで少し嬉しい気分になりながらも、京一は苦笑した。
今の己の姿を客観的に考えたくは無い。
完全装備のメイド服。それを動きやすいように、両サイドを膝の辺りまで破って。
そして、手にしたものは……。
嘗て師匠が笑っていた。
神氣とは、そのものがそうであろうとする意志やエネルギーのこと。神氣とは、人の心。それを感じとり研ぎ澄まし、氣の流れを制御すれば
木刀だろうと鋼を断てる───と。
「へッ、……なら、箒で化け物を断つこともできるハズだよな」
龍麻と京一が手にしていた為、この空間にも持ち込めたものがある。
それは雑巾と竹箒。どちらがまだ刀に近いかと問われれば、答えは明らかである。
持ち難さに顔を顰めつつ、京一は、上段に竹箒を構えていた。
近い方から倒そうというのか、武者は京一へ向き直り、突きの体勢をとる。
一瞬の間の後、彼は踏み出した。
龍麻という迅い相手を見慣れた為に、躱され続けた為に、彼は京一相手にも、同じ手段を取ろうとした。
胴体を狙っての突き。最も躱すのに困難な、恐るべき攻撃に、京一は笑みを洩らした。
己であってもそうする筈の正しい判断。───予想通りだと。
真剣と竹。まともに当たれば勝負とならない。
剣の峰を狙い、力任せに叩きつける。
無論、この技量の相手が取り落とすことなどはないが、身体が僅かに開く。
間近に迫っていた京一には、それで十分であった。
横に薙ぎ、そして跳ね上げた後、斬り下ろす。
その間、僅か一呼吸。
青年が、初めて感情を表す。
驚嘆に彩られた彼の姿は、直後、霞のように消えた。
後には一枚の、いや、四枚に裁たれた紙が落ちていた。
「御門の……符だったのか?」
紙を拾い上げ、首を捻った龍麻の言葉に、京一は青ざめながら覗き込んだ。
「やべッ!マジでか?ん……なんか芙蓉ちゃんと違わねェか?」
人の形に晴明印と文字とが記されていた芙蓉とは異なり、長方形の白い紙に、草書で名前らしきものが記されているだけであった。
「らいこう?……後で御門に訊くか」
首を捻りながら、龍麻は割烹着のポケットに入れる。
まるで彼らが一旦落ち着くまで待っていたかのように、絶妙なタイミングで言葉が掛けられた。
『───―申し訳ありません。まさか夢にまで護りの陣を敷いていてくれたとは思わなくて』
実際の声ではなく、直接頭に響いたものだった。
それは、こちらへいらして頂けませんか───と誘うように続けた。
この館の配置が現実と同じならば、声の示した扉の先は、御門に近付かないように言い含められた部屋のはずだった。色々と置いてあるから掃除は不要だと、確かに彼は言っていた。
禁じられた場所への緊張と興奮。京一は、それをどうにか抑えて、扉に手を掛けて振り向き、龍麻に告げる。
「よし、開けるぜ」
龍麻は無言で頷いた。
鋭い視線を扉へ向けながら、身構える。
何が待っていようと対処できるよう、姿勢をやや低くして。
だが、襲い掛かる敵も、迎え撃つ術もなかった。
かなりの大きさの部屋に、大きなベッドが一台。それと数枚の優しい色使いの静物画が飾られただけ。装飾も、娯楽も殆どなく、シンプルこの上なかった。
「すごい格好をなさってるんですね」
ベッドに腰掛けて、くすくすと柔らかく笑む青年は、初めて見る顔の筈であった。
だが、誰かに似ている。
ゆるくうねる栗色の髪と、穏やかで中性的な顔立ちとが。
だが、京一が思い当たるより先に、龍麻が呟いた。
「秋月……か」
疑問ではなく、それは断定で。
京一も得心がいった。確かに彼は、秋月マサキを数年成長させたような容姿をしていた。
マサキほど華奢ではなく、背も京一より数センチ低いくらいにはある。それでも纏う雰囲気は酷似していた。
「はい、秋月征樹と申します」
さすがに龍麻でも怪訝な顔をした。
京一は、無論、口にまで出した。
「へ?秋月マサキって、この前会った星見の兄ちゃんとおんなじ名前じゃねェか」
たしかに秋月マサキと名乗ったはずだ。
村雨と御門と芙蓉に護られた、車椅子に乗った華奢な人物は。
「僕が秋月征樹という名の星見です。おふたりが会ったのは、妹の薫が僕の立場を肩代わりするために振舞っている『星見の秋月マサキ』です」
彼は己の境遇を語った。
死という運命に逆らった為、眠り続ける身体のことを。
空気の僅かな濁りにさえ耐えられない程に弱った彼を護るため、この館に立ち入るのは友人達と医師くらいなのだと。
まさか普通人である医師を巻き込む訳にもいかないが、友人ら以外の誰かに、頼みたいことがあったのだと。
「それで俺らを呼んだってワケか」
京一の呟きに、秋月征樹は頷いた。
危険な目に遭わせてしまって、申し訳なかったと丁寧に頭を下げる。
構わないと豪快に笑う京一にもう一度頭を下げ、それから躊躇いがちに口を開いた。
「晴明や祇孔たちに、伝えていただきたいのです」
哀しそうな笑顔のままで、彼は謝罪の言葉を紡ぐ。
あまりに辛いその内容に───、今にも消えそうな儚い笑みに───、胸が締め付けられたように痛み、京一は頷いていた。
「それぐらいなら。なぁ、ひーちゃん」
相槌を求め、視線を遣った京一は、龍麻の難しい顔に気付いた。
しばらく考え込んでいた彼は、京一の問いに、首を振った。
断る───と、彼は静かに答えた。
「ひーちゃんッ!?」
「そう……ですか。仕方ありませんね」
こんな失礼な真似をしたのですから───と、あくまでも穏やかに。だが、寂しそうに呟いた征樹に対し、龍麻は、そうではないと首を振った。
「自分で伝えたらどうだ?夢でなら───逢えるのだろう」
どこか哀しそうに、だがきっぱりと、彼は断じた。
自分の口で、自分の声で、彼らに直接伝えるべきだと。
「俺達は、もう……戻らせてもらう」
首を振り、きびすを返してから、もう一度立ち止まる。
彼は最後に振り向いて、もう一言付け加えた。
「蓬莱寺も大丈夫か?」
目を覚ました京一が最初に見たのは、自分を見下ろす三人の心配そうに曇った表情。
出会った頃に、すかした奴だと思ったことを反省したくなるほどに、彼らの表情は真摯だった。
「ん……あれは夢だったのか?」
首を傾げ、薄れる記憶を思い出そうとしていた京一に、低い声が応じた。
「夢現……かもな」
外に居た筈の龍麻が身体を起こし、割烹着のポケットから紙片を取り出す。夢の中で手に入れたはずの、裁たれた白い紙を。
それを御門に手渡しながら、端的に一言だけ尋ねる。
「御門、大丈夫だったか?」
手渡された『元』符を見て、質問の意味を推測した。
符を破ってしまったから、術者に影響は無かったか───と。
心配そうな龍麻に、御門は式神ほどの影響は無いから平気だと答えた。
「これは式神の簡易版なのです。意思や人格等は無し。与えられた命令を遂行するだけのものですが───それゆえに性能自体はかなり高い筈です。よく倒せましたね」
感嘆と驚愕と。彼には珍しい感情を、僅かに見せながら答えた。
だが、不意に瞳が切り替わる。心配する友人としてではなく、あくまでも護り人として、敵となるかも知れない相手に問いを投げる。
「ところで、これはある人物の眠りを護る為に使役していました。──────これを、どこでどのようにして手に入れたのですか?」
冷えた眼差しと声音。
それとは裏腹に、纏う青の氣の凄まじさ。反射的に構えかけた京一であったが、肩をそっと抑えられた。
勿論それは龍麻。彼は穏やかに───小さい笑みまで浮かべて、口を開いた。
「夢で。……夢でなら逢えるのだと……彼は言っていた」
謎掛けのように、言葉少なに、龍麻は応じる。
彼とは誰か、夢とはどういう意味か。解答そのものを与えることはなく。
御門には、その意味が理解できた。ゆっくりと染み入るように、頭に入ってくる。
本当に呆然と───。呆け、硬直した彼を労うかのように、ポンポンと軽く肩を叩き、龍麻は玄関を出て再び掃除を始めた。
何か説明を付け加えようかと悩んだ京一ではあったが、結局龍麻と同じように、掃除するために階段へと戻った。
きっと龍麻が正しいのだ───と。
全てを与えるのではなく少しだけ告げ、御門たちが気付き、そして望んだのならば、『彼』と会うべきなのだろうと考えて。
自分は、現実の世界で目覚めることはできなくなってしまったけれど。
夢を渡ることは、今でも可能だった。
夢と未来視は、深い繋がりを持つからか、夢でだけは自由で動くことができた。
本当は、自分で薫に伝えたかった。
学生服を纏い髪を短く切った彼女の頭を撫で、自分として自分の為だけに生きて良いのだと。
マサキとして、兄の身代わりを演じ続ける必要などないのだと。
彼女の足が動かないのは、当然病気などではない。
確実に死していた自分の命を救う為に、彼女は己の命を使用した。
今も、自分の命を維持する為に、彼女は命を削っている。
本人の為の生命が足りなくて、足を動かすことができない。
ゆえに──────自分への命の供給を止めれば、彼女は元に戻ることができる。
祇孔に教えたかった。
嘗て、からかうつもりで妹をどう思っているのか尋ねた。
高嶺の花だ───と。
己のようなチンピラには傷付けることでしか手に入らない花だから───護るだけで良いと。家柄的にも能力でも、お似合いな奴がいるからなと、彼は寂しそうに笑った。
違うと首を振っても、彼は違わねェよと聞き入れなかった。
彼女がマサキとして生きている今は、なお頑なになっていることだろう。
本当にそんな事はないのだと、秋月の家は、力が重要であるがゆえに、家柄など気に掛けないのだと教えたかった。
そして、もう一つの誤解を解きたかった。
『お似合いな奴』は、確かに薫のことが大切で至上で、だがそれは恋愛感情ではないのに。
物心つく以前から引き合わされた彼らは、あくまでも兄と妹であるのに。幼い頃などには、薫は彼の事をお兄ちゃんとまで呼んでいたのだから。
晴明にきちんと謝りたかった。
自分の我儘で、天命を───死を、黙って受け入れたことを。
未来を告げていたら、彼もまた、運命の輪を捻じ曲げようとしたはずだから。
わずか一片でも可能性があるのならば、彼はきっと、強大な力を躊躇いも無く行使した。
彼は冷血などでは無い。家の責務に、その地位に必要だから、冷静に振舞っているだけだ。
だからこそ教えなかったのだと。
彼を巻き込みたくなかったからだと説明して、そして、謝りたかった。
『自分で伝えたらどうだ?』
それができたら、どんなに良い事か。
彼らに会い、話したかった。
たとえそれが夢の中だけであっても。
だけど、所詮は夢でしかないから。
もしそんな夢を見たら、彼らはきっと目覚めた直後に自分の眠る部屋へ駆けつけ、そして落胆するであろうから。
希望を持たないことが一番楽なことくらい分かっている。
最初から望まなければ、絶望もしない。
だから彼らに期待させたくなくて、夢でさえ語り掛けなかった。
だから期待していなかった。いつか目覚め、彼らと笑いあえる日が来るなんて。
『あいつらはそんなに脆くはないだろう。
それにあなたは……いつかきっと目覚めるのだろう?皆待っているぞ』
それでも、黒髪の青年が帰り際に残した言葉は、心に響いた。
「願ってもいいのかな」
そっと声に出して呟いてみた。
暖かな陽だまり。桜降る常春の空間で。
式神の入れた紅茶の香りが漂い、妹がマドレーヌが焼けたと駆けて来る。
マドレーヌしか作れないくせにと笑うと、じゃあ兄様にはあげないと彼女は拗ねる。
ぷいとそっぽを向く彼女の栗色の髪は、腰まで伸びて。
彼女の両隣を陣取り、微妙な緊張感を醸しつつ、親友たちは征樹が悪いと笑う。
そんな優しい夢が、いつか──────。
「叶わない夢ではない筈です。それはいつかきっと現実になります」
穏やかで緩やかな───停滞した世界に、風が吹いたようだった。
その声は記憶よりもやや低い。あの時からずっと男装し、男として生活を送っていたからだろうか。
「でも、今はパウンドケーキも焼けるんですよ。兄様」
春風のように微笑むのは、髪を短くした妹であった。
「私の記憶が確かなら、パウンドケーキとは定量の材料を混ぜ合わせて焼くだけであったかと」
「ひどい!!そんな秘密をばらすだなんて、いつもの優しい貴方は嘘ですか?」
夢で見たように、彼女は言い返した。
余裕の笑みと共に現れた、長髪の青年に対して。
「ええ、今の貴女は薫でしょう?」
トレードマークの扇子を口元に当てて、彼は首を傾げた。
妹に対し、からかうように意地悪をするのは、この親友の悪い癖だった。
「おいおい。家事に関しては壊滅的で、粥もつくれないお前がそれを言うのかよ」
妹を庇う側についていたもうひとりの親友が、今も同じように庇う。
味方を得た妹が、反撃に出ようとした。
「そうですよ」
止めておけばよいものを。
変わっていない。昔から彼女は、墓穴を掘るという言葉の具体例として、辞書に載せたくなるような行動をすぐに取ってしまう。
「お皿を洗っては、洗った枚数と同数を割り、ご飯を炊けば、真っ黒に焦がし、砂糖を入れすぎたら、塩を入れればいいと考えそうなタイプのくせに」
それじゃ典型的な料理ベタヒロインだろうと突っ込む前に、ふふんとばかりの笑みを浮かべて彼は応戦する。
「化学を勉強なさい。そのような誤りを、私が信じるはずもないでしょう。NaclとC 12 H 22 O 11 のどこに中和できそうな要素があるのですか。どうしてもショ糖の味を消したければ、スクラーゼを加えてグルコースとフルクトースへの分解を促し、そして……」
「もーいいですッ!!」
ナイフに対し、マシンガンかバズーカ砲で応じる程度に大人気なかったけれど。
むくれる妹と、勝ち誇った笑みを浮かべる親友と、呆れた様子のもうひとりの親友と。
それは、あまりに幸せな光景で。
皆が変わっていなくて。ゆえに口にしてしまう。
彼らもきっと理解しているのに。今だけは楽しめばいいと、囁く声があるのに。
「ここは……夢だよ」
これは、ひとときの夢。夢の中だけの幸せな日常。
あまり料理が上手とは言い難い薫が頑張って作った料理を、口だけは肥えている御門がからかう。焼き加減を混ぜ具合を一々指摘し、顔を顰める。……絶対に残さずに食べるくせに。
村雨が薫を庇う。ポカポカと叩かれる御門の姿を、どこか羨ましそうに眺めながら。微笑ましくて教えてやりたくなる。あれは兄妹喧嘩なのだと。
ふと気が付くと、今度は御門と村雨が喧嘩している。口先だけのじゃれ合いのような言い争いに終始して。
嘗ては、それが日常。大切な、だが、ありふれた繰り返される毎日だった。
今では珠玉の夢。全ては失われた。
無邪気な妹は、未来を詠む星見となった。
動く事の無い足で、寿命を───己が魂そのものを削る星見を、健気にも続けている。求められ崇められ、そして拘束される、囚人のような星見という役割を。
気さくで少々意地が悪い親友は、礼儀正しく有能な護り人となった。
冷酷だと冷徹だと、陰で囁かれるほどに、己を捨てて───今度こそは『星見』を護る為に。
偶然出会い、意気投合しただけであったもうひとりの親友は、秋月家の重い事情を知り、『普通の生活』を捨てた。才能があったとはいえ、十をとうに過ぎてからの術の修行など、遅すぎるにも程があるのに。
凄まじい苦労の末で、術士となり護り人となった。
自分は、彼らと同じ世界で生きていない。
彼らの世界では、ひたすらに眠りつづけている。
それなのに。
「知ってますよ。眠りすぎて呆けたのですか?」
「当然だろ?現実だったら、まずぶん殴ってるぜ」
言葉は皮肉と怒りで。それでも、優しい目で、彼らは笑う。
「それでも───兄様とお会いしたかったんです」
構わないのだと。
ひとときであろうと、会い、話し、笑い、共に過ごしたかったのだと。
涙が出そうになった。
自分だって同じだった。本当は夢の中だけでも会いたかった。でも、怖くてできなかった。その幸せを知ってしまったら、ひとりの時を過ごすことが辛すぎるから。
「どうやってここへ?」
本当に言いたい事は、そんな事ではなかったけれど。
自分が招かなかれば入れない筈のこの場に、皆がやってきた理由は気になった。
「緋勇さんが、教えてくださったから」
全てを教えてくれた訳ではなく、断片的に、謎掛けのように。
選ぶのは自分達なのだと、言外で告げるかのように。
だから、彼らは調べ、推測し、己の意思で選択した。
式神たちだけを護りとして残し、館で眠り、道を探した。眠り続ける大切な人へと繋がる道を探し、会いに行くことを決意した。
「大変だったんだぜ。迷っちまったりしてな」
「それは修練が足りないからですね」
あっさりと───自然な様子で、自分達が望んだのだと皆は笑う。
この世界を訪れたふたりの笑みが、見えるようだった。
……普段の彼らを知らない為に、どうにもメイド服と割烹着姿で浮かんでしまうけれど。
彼の言った通りだった。
親友たちと妹は、本当に強い。だからこそ、残酷な真実を口にする。
「会えて嬉しかった。だから、別れを告げられる。
薫……、僕への命の供給を断つんだ。そうすれば、不足していた生命力が戻り、君の足は治る」
息を呑む彼らを想像していた。
できる筈がないと、首を振る妹をなんとかして説得するつもりでいた。
「「知ってますよ」」
「知ってるさ」
だが、予想に反し、彼らは平然と頷いた。そんなことは、とうに知っていたと。
私が調査しないとでも思っているのですか───と、いつもの余裕綽々な笑みを湛えて、親友1は首を振った。
「貴方の命を薫が支えているから、薫は命が足りない。それは確かです」
でも、貴方も知らない事実がある。
私でさえ調べるのに中々骨が折れたのですよ───と、彼は肩を竦めた。
「龍脈の乱れに巻き込まれた星の歪みに、お前の命は喰われた。だが、消えたわけじゃねェ。だから、薫が自分の分も供給することで、どうにか維持することができた」
何かは分からない。
だが、期待したくなるようなことを親友2が語る。
期待などしなければ、絶望も無いと、何度も己に言い聞かせたのに、期待してしまう。
「小さくても確かに在ったその命に、今は力が吹き込まれ出したはずです。龍脈は緋勇さんたちの活躍で、正常に戻り、それは星の歪みさえ矯正した。だから囚われていた兄様の命は、解放されたのです」
今はまだ僅かでも、それでもいつか独り立ちできるまでに回復する───と。
そのときに、返してもらいますからと、妹は柔らかく笑む。
それはただの希望的な観測。
保障など無いし、絶対などと言い切れない。
「本当に、希望を持ってしまうよ。いいのかい?」
何年も時が過ぎ、外見は異なっているかもしれない。
それでもいつかきっと。現実になると。
勿論だと妹たちは頷く。
皆だって、絶望を感じた事はあったはずだ。諦めようかと囁く声を聞いたはずだ。
それでもひとりじゃないから。皆がいたから、信じ続けた。
ならば自分も信じようと思う。どれほど僅かな希望でも。大切な人たちが、信じ、待っているのだから。
それまでは、夢の中で夢見ながら、夢でときおり逢えばいい。
いつか目覚め、もう一度彼らと現実で出逢うその日までは。
2003/06/11 奪
藤間「サーノさん、百万ヒットおめでとうございます。
各備品の正式名称が分からないから、ネットでメイド服と検索して、深い世界の入り口を知ったのに。どうもメイド部分短いなぁ。
それなのに、話自体は何故こんなに長くなったのかというと、手が勝手にというか、私のせいじゃないというか……。皇神組が長いですね。
テキストの状態で40kb越えた時点で、謝りながら(心の中で)書いてたんですけど、ここまでとは。龍麻視点削れば30kb過ぎくらいで済むんですけど、そうすると弱いし。
あんまり長いので、ネタ被ってたらボツにしようと思っていたのですが、被りは無いようなので、お祝いですし、ドキドキしながら送信することにします。
ちなみに、冒頭の麻雀の役は、何の整合性も考えずに適当に決めた役なので、実際に出来るかどうか考えるような人は、私とは気が合いませんね。この意地悪さんめ。
最後に一言。『洋装もイイけど和装もねッ』」 2003/06/11 00:46
サーノ「便利!! むっちゃ便利だ御門ー!(大爆笑) いや相変わらず見事なお手前です藤間さん。勿論洋装もいいが和装もねッ! しかしこんな場末のサイトの記念ごときに立派な大作戴いてしまってサーノ何とお礼を言ったらいいのか…(泣)←笑いすぎ ちなみにこの作品はちゃんと『表』がありますので対で読んでね! 皆様!」2003/06/11 10:12