触縁

サーノ

「緋勇クン…? 緋勇クンじゃないの!」
 下校途中の事だった。夕暮れの雑踏の中から声をかけられ、龍麻が振り向くより早く、京一は声の主に気付いた。
相手が知らない女だったので、すぐに龍麻の様子を伺う。
(誰だ…? 昔の知り合いか? 保険の勧誘か何かか??)
すると珍しく、龍麻に動揺の色が表れたのが見てとれた。殆ど表情の動かない顔ではあったが、その目は確かに(何故ここに彼女が?)と言っているように見えた。

「うわぁ、こんなところで会えるなんて、本当に奇遇ね〜。元気だった?」
…………はい。」
「うふふ、相変わらず無口なのね。でも、元気そうで良かったわ。先生ね、ちょっと研修で東京に来てるのよ。新宿って聞いて、あーもしかしたら緋勇クンに会えるかな〜なんて思ってはいたんだけど、ホントに偶然会えるなんて、すごいわね! こんなに沢山、人がいるのに、きっと先生のお祈りが通じたのね〜!」
 その会話から、大体の関係は推測出来たが、京一は龍麻の腕を引っ張り、
「よォ、この可愛い女性はどこのどなただよ、ひーちゃんも隅に置けねェな!」
と、わざと揶揄してやった。
特に動揺することもなく、龍麻は「…前の高校の…担任だ」と、端的に事実を告げたが、相手の女性は驚いた様子で、
「あらッ。お友達?」
と言って、両手をぱちん、と合わせた。
「緋勇クンのお友達なのね? 初めまして、私は緋勇クンの前の担任で、有間と申します。」
服装や雰囲気からすると二〜三十代らしきその女性は、ピョコン! と大袈裟にお辞儀をし、丸眼鏡を押し上げながら満面の笑顔で小首を傾げてみせる。その一連の動作が、実年齢より少々幼い印象を与えた。
美人とは言わないが、何となく人の良さが滲み出ていて、誰にでも好かれるタイプの教師なのだろう、と京一は推測した。
「あ、こりゃどうも…俺は蓬莱寺京一と言います。仙台から東京まで研修に来るんじゃ、先生も大変だね、へへへッ」
「そうね、でも楽しい旅行だと思うことにしてるの。だから大変じゃないのよ、こうして緋勇クンに会えたりもするし」
本当に楽しそうに笑うと、ふと思い出したように、有間は表情を改めた。
「それで緋勇クン、学校生活はどう? 楽しい? …相変わらず、喧嘩したりしちゃってるの?」
…………いや。…学校は…楽しいです。」
 少し戸惑いを見せながら、龍麻が言いよどむ。ちらり、と京一の方を見たのは、「喧嘩」───<闘い>の事を、彼女に隠そうと思ったためか。それとも、転校前から<闘い>があった事を、京一に隠そうとしたのか───
龍麻の逡巡と京一の沈思には気付かず、有間は心からホッとした、というように笑った。
「そう、良かった! 先生、本当に心配していたのよ。龍麻クンが一人でこんな都会に来て、みんなに誤解されたり、絡まれたりしてないかって…本当に良かったわ!」
どうやら彼女は、龍麻が時々事件に巻き込まれたり、誰にも頼らず打ち明けずに過ごしてきたりした事を、良い方に理解してやってきた人物のようだ。
(こんな人間も、ちゃんと傍にいたんだな、ひーちゃん…)
その龍麻は、気まずいのか、それともやはり京一に知られたくない事があるのか、ちらちらとこちらを気にしている。唇を開き、思い直すように軽く唇を噛む…その動作は、言いたい事があって迷っている時のサインだった。
気を利かせて「積もる話もあるだろうから、俺はここで」と、別れるべきかとも思うが、多少でも、龍麻の過去の話が聞けはしないか、という期待もある。
珍しい龍麻の落ち着かぬ態度を見て、益々迷っていると、先に有間が口を開いた。
「それじゃ、私急ぐから…。緋勇クン、ホントに、会えて嬉しかった。これからも元気で、頑張ってね!」
「「あ…」」
二人は同時に口を開いたが、互いを一瞬見やって、譲り合う形となった。
それを見てどう受け取ったものか、有間は「うん?」と小首を傾げ、龍麻の顔を下から覗き込むようにして笑いかけた。恐らく「話して頂戴」という意味なのであろう。
龍麻はようやく、重い口を開いた。
………心配…するな。」
そして、今度ははっきりと京一の方を首を向けると、静かに告げた。
「今は……親友が…いる。」

「まァ…そう。そうなの…! 良かったね、緋勇クン。そっか…」
 微かに目を潤ませた彼女は、龍麻の言葉に衝撃を受け、頭が真っ白になっている状態の京一に、ペコリと頭を下げた。
「蓬莱寺クン、緋勇クンのこと、よろしくお願いします。このコ、無口で怖そうで、誤解されやすいんだけど、根は優しくて良いコなんです。ずっと仲良くしてあげてね。」
まるで保護者のようなことを言って、有間はパッと右手を差し出した。
我に返り、慌ててその手を握ると、彼女は嬉しそうにその手をブンブンと振って「よろしくね!」と繰り返した。
「お…おうッ。大丈夫、何たってこの蓬莱寺京一がついてるんだから、先生も安心しろよな!」
「そっか!」
同じような調子で、二人で明るく笑う。
妙に息があったところで、彼女はブンブンと手を振りながら、夕方の駅前通りの混雑の中に、姿を消した。

「ヘヘ、いい先生だな。」
……………ああ。」
 龍麻のマンションへと歩を進めながら、京一は先程の龍麻の台詞と、有間のことを交互に思い出しては、にやつく頬を押さえられずにいた。
昔の恩師に「親友」と紹介された事が、単純に嬉しかった。
それが喩え、恩師を安心させるためだけだったとしても、そういった気遣いを見せた事自体、龍麻の人間らしい部分を見た感じがして、微笑ましく思えたのだ。
それを自覚しているのか、心持ち視線を下げ、落ち着かない様子でいるのが、照れているようにも見えて、益々楽しくなる。
「なァ、そういえばお前、よく握手とかお辞儀とかやってっけど、もしかしてあのセンセーの影響じゃねェの?」
軽口ついでにそう言ってみると、予想外にも龍麻は、一瞬目を見開いた。微かに顔を赤らめたように見えたのは、気のせいだろうか、それとも夕映えだろうか?
「何だよひーちゃん〜、もしかしてお前、あのセンセーが初恋だったりしねーだろうなッ。え?」
………………。」
馬鹿を言うな、というように、軽く手の甲で肩を叩かれ、益々笑えてくる。
「な〜んだ、可愛いトコあるじゃねェかよ〜ひーちゃんッ♪」
………違う。」
「そう照れんなって! へへへッ」
偶然を演出したのが有間の運の強さのせいなのか、龍麻か京一の運かは分からないが───
(これも宿星とやらの力かどうか知らねェが、今日ばかりは感謝したいぜ)
隣を歩く男から、穏やかで優しい<<気>>を感じつつ、久々に晴れやかな気分で、そんなことを考える京一であった。

2003/06/16

サーノ「これは999,999カウントを踏んで下さったタケさんのキリリクです。「京一か緋勇のどちらでもいいから過去の話で「相互理解」的なものを」というリクだったんですけど、どのように解釈して良いやら迷ってこのよーなものになりました。どうでしょうタケさん! お気に召さない場合はさくっと削除して別なの考えますんでどーぞご一報下さいね♪
出す予定の無かった有間先生再登場となりました。唯一人の緋勇の理解者ですが、今にして思うとスゴイ教師なのかも知れません(笑)」(2003/06/16 18:30)


タケ「あ、あ、有間先生じゃー!!!!実は私彼女かーなり好きなんですよ〜♪しかも「手の甲で肩を叩く」って。。。漫才実現じゃないですか!京一、親友って言ってもらってよかったね〜。といった感じです。思わず雛鳥の成長を見守る母鳥のような心境になって涙しそうでした。これで京一は名実共にひーちゃんの親友なのね・・・(喜)。わかりづらいキリリクに対しての素敵な作品、本当にありがとうございました。」2003/06/16 22:50