幻雪

サーノ

…………………。」
「なんだよ、今更、照れることないだろ? いいから俺に任せとけって。」
…………………。」

 京一から龍麻に対し、とんでもない「クリスマスプレゼント」の申し出があったのは、桜ヶ丘を退院する間際のことだった。
 (何ですって? 高校最後のクリスマスを一人で過ごすなんて寂しいだろうから? 一緒に過ごしたい女の子を? ここに連れてきてやるよ? ですって?
……………………ええッ!? それマジ!?!?)
 仰天して声も出ない(が顔にも出ない)龍麻の内心をよそに、京一はにやにや楽しそうである。
(うう…なんて奴。流石親友だ。そうだよな、親友ってのは普通のトモダチには話せない恋の悩みとか好きなコの話とかを寝ながらこそこそ語ったりするもんなんだよな。そんで仕上げは枕投げするんだよな。修学旅行じゃないっちゅーねん(びし)。)
 また心漫才に流れかけている龍麻に、
(折角のイブだし、たまには戦闘だの宿星だの忘れて、自分の幸せを追ってもいいんじゃねェか? なァひーちゃん…)
などと感傷に浸っている京一。
入院しようがクリスマスだろうが二人は相変わらずズレていた。

「お前だってクリスマスを一緒に過ごしたい子の一人くらいいるだろ?」
(いやー…オレ好きな子ってほど好きな子がいるわけじゃないんですけど…。みんな可愛かったり美人だったりするけどさ、全員高嶺の花だもんなー。そう考えると「この人をカノジョにしたい!」なんてとてもとても思えないじゃないか。第一いきなりクリスマスデートって、図々しいにも程があるだろ?)
 龍麻は首を振ったが、京一はしつこく「嘘だろ? いるだろ一人くらい!」と食い下がった。
興味なさげに(見える顔で)拒否する龍麻を、京一はどうしても説得したかったのだ。
「そうマジに考えんなよ。ちょっとイイな、程度でもいいんだぜ。ここで寂しい入院生活送ってたんだろ? ずっと一人孤独に生きてきたんだろ?!」
つい高ぶって行き過ぎた言葉に気付き、急いで誤魔化す。
「…と、は、春から一人暮らしでよ。クリスマスくらい、華やかに過ごしたくねェか?」
 人の話を半分しか聞かない龍麻は、京一の心遣いには全く気付かず、「そう言われりゃそうかな」とあっさり釣られた。
(昨日みんなが見舞いに来てくれた時、しみじみ思ったんだよな。それまで静かで真っ白だった病室が、一気に明るく楽しくなって、別の場所みたいに思えた。一人じゃないって素敵なことね。あなたの肩越しに草原も…ってよくオレそんな歌詞知ってるな。年いくつやっちゅーの(裏拳)。じゃなくて、一人でいるのって寂しいもんだなーと改めて思ったんだよね。
クリスマスなんて祝ったことはないから、普通の日と思えば何ともないんだけど、でもまァ退院を祝ってくれる誰かがいたら、やっぱ楽しいだろうな。)
別に女の子じゃなくても一人だけじゃなくても誘って遊んでもらえるものなら遊んで欲しい龍麻だったが、京一がどうしても女の子一人を誘わせたいらしいのを不思議に思いつつ、まー折角のご好意だとばかりに、龍麻は思い切って憧れの人の名を出した。

……………へ? あ……アン子ッ!?」
…………………。」
「アン子って、アン子か? 遠野杏子か? 新聞部のアレか? マジで?」
 美里とか舞子ちゃんとか、雛乃ちゃんでもさやかちゃんでもないのか、物好きな奴だなァ、とぼやいたが、龍麻に変化は現れない。
 こんな時くらい本音が出て女の名を出すのではないか、という期待は、特に大きなものではなかった。
一番有りそうな線で美里だろうか。下手に期待をさせまいと、マリィ辺りの名を出すだろうか。意外にマリアや絵莉のような、同級生以外の名を出して、自分を煙に巻こうとするのではないか…
京一の想像はそんなところだったのだ。
(アン子ってのはありそうでなさそうな…いや、意外にもひーちゃん、ゲテモノ好みかも知れないしな。何しろあの裏密さえ手中に収めてる訳だし…)
納得がいかずにいつまでもブツブツと呟いている京一に、少し戸惑った視線を投げてくるのに気付いて、京一は咳払いをした。
「あー…コホン。ま、好みって奴は人それぞれだもんな。じゃ、夕方にはロビーで待ってろよ。上手くいったら連れてきてやるからな」

 午後になり、最後の検査結果も問題なしと出て、龍麻はやっと退院した。
内心ドキドキバクバクしつつ自宅に戻ると、入院時の荷物を片づけたり掃除をしながら京一からの連絡を待つ。
(京一も「これまでの接し方次第だ」とか釘刺してたし、イブの当日になっていきなり誘っても「何の冗談よ!?」と笑われて終わりだよなー。イブじゃなくたってデートはイヤだろ普通。どーせ京一が「悪りィ、説得できなかった」とか言って頭かきながらやってくるんだろーな。オレとしては別に京一だけでもいいんだけど)
半分悲観的な予想を立てつつも、
(あーでもせめて一言「退院おめでとう!」くらい言ってもらえたら嬉しいな。そしたら「ありがとー、わざわざ来てくれたお礼に、なんか奢るよ」とか言っちゃったりしてさ、そしたら京一と三人でメシ食いに行って、そんでたっぷり京一&アン子ちゃんのクリスマスドツキ漫才ショーを見られたりして…うわーイイ! いーな〜♪)などと、充分浮かれていた。
しかし「デート」と理解してる割に京一が混ざっている辺りは天然ボケなのか子供なのか謎の多い男である。
 ───程なく京一から電話がかかり、声の調子から結果を悟った龍麻は内心溜息をついたが、京一の台詞は、龍麻の想像とは少し違っていた。
「悪りィ、ひーちゃん。すぐ出て来てくんねェか」

 京一は杏子を捕まえることが出来なかったのだ。
彼女は休憩時間も放課後もあちこちに飛び回っていて、全く話さえ出来なかった。
それでも、新宿中央公園で何か張り込みをやってるらしい、と級友から情報を得たので、
「どっかに移動されちまう前に、公園で捕まえちまおうぜ。張り込みったってメシぐらい食うんだろーしよ」
 歩きながらそう説明すると、龍麻は軽く頷いた。
京一はその横顔を見て「そんな訳だから諦めて、今からでも遅くないから他の奴にしろよ」という言葉を飲み込んだ。
(こりゃァマジなのかな、ひーちゃん…全くこういう事になると、益々何考えてんのか分かんねェ。クソッ)
(なるほどアン子ちゃんらしいなー。こんなイブの日まで取材かなんかで走り回ってるんだ。そんならわざわざ探さなくても…とも思ったんだけど、アン子ちゃんが見つけてくる事件はいつも危険なもんばかりだからな、手伝ってやった方がよさそう。京一もそう思うだろ? うんうん、やっぱ以心伝心っていいなー♪)
ノミの睫毛ほども以心伝心していないが、これもいつもの事である。
(退院した途端に何かに巻き込まれるのはイヤだけど、こうして京一と急いでると「あー退院したな」って感じがする。ってオレ相当、東京に慣れたのなーわはは!)
 龍麻が内心で呑気に高笑いしているなどとは露知らず、京一は公園へと無言で急いだ。

◆ ◆ ◆

 日の暮れたばかりの中央公園には、思ったより多くの人影があった。
広いこの場所で杏子を探すのは至難の業である。張り込みというからには隠れている筈だし、ベンチの裏や植え込みの陰を探し歩いていたのでは、何時間かかるか分からない。
やっぱり諦めようか…と互いに言いかけたとき、おーい、と呼ぶ声に気付いた。
「やっぱり龍麻クン達だ。こんなとこで何やってんの?」
 それは大量の袋や包みを抱えた醍醐と、ケーキらしき箱を持った小蒔だった。
「龍麻お前、退院早々何をしとるんだ。今日くらい、家で大人しくしていた方がいいんじゃないか?」
「あ、そうだ! 龍麻クン、退院おめでとー! 早く治って良かったねッ!」
………ああ。……ありがとう。」
 小蒔が嬉しそうに龍麻と話している隙をついて、京一は醍醐の首を引き寄せ、ニヤニヤしながら囁いた。
「よォ大将。とうとうクリスマスにデートするまでになったのかよ。え?」
「ち、ち、違う! そういうことじゃない! たた、たまたま帰りに、偶然一緒になってだな、その、さ、桜井が、弟妹へクリスマスプレゼントを買うのに、付き合って欲しいというんで、に、荷物持ちでだな…!」
「ほほ〜。荷物持ちねェ〜。ついでにメシでも誘えばいいじゃねェかよ、折角のチャンスだぜ?」
「ば、ば、ばッ馬鹿な、お、俺はそんなッ」
 こういった反応が面白くてからかわれているのは分かっているようだが、軽く流すには醍醐は純情過ぎるのだろう。
「そ、それで、お前こそどうしたんだ。病み上がりの龍麻を、連れ回して…」
渋面を作り、必死で話を逸らすので、京一は笑いながらもからかうのを止めてやった。
「あァ、まァ、説明すると長くなるんだけどよ、アン子探してんだ。この辺りにいるって聞いたんだけど、見かけなかったか?」
「遠野? さあな、俺は全く見かけなかったが…」
 その名を聞きつけ、反応したのは小蒔だった。
「アン子なら、ボクさっき会ったよ。醍醐クンとはぐれちゃってさ、西口通りできょろきょろしてたら、声かけられた。誰か探してたみたいだけど…」
「西口通りだァ? …しょーがねェな、ひーちゃん、行ってみるか?」
当然、というように頷くのを見て、京一は歩き出した。
「じゃあなお二人さん、あんまり遅くなるんじゃねェぞ〜♪」
「馬鹿を言うなッッ!!」
「京一こそ、龍麻クン早く帰してやりなよッ。龍麻クン、無理しないようにネッ!」

◆ ◆ ◆

 元々人通りの激しい街は、輪をかけて賑わいを深めていた。
(クリスマスってホントに一大イベントなんだな。こりゃよくよく気を付けて歩かないと、すぐ人にぶつかっちまう。それにしても、あちこちの店からクリスマスソングは流れるわ、ツリーやら看板やらがチカチカ光るわ、もう街ごと「クリスマス! クリスマスでっせお客はん!」と呼び込みしてるような勢いだな〜。)
こういう時節に都会の街中を歩いた事のない龍麻は、面白いもんだなーと呑気に楽しんでいたが、
「ちッ…。いつにも増して、うんざりするほど人が多いぜ。しかも、右を向いても、左を見ても、カップル、カップル、カップル…だしなァ。」
とぼやく京一は、すっかり機嫌が悪くなっていた。
(こんな人混みの中で、人ひとり見つけるなんて、無茶もいいところだぜ。しかも、もうここにはいないかも知れないじゃねェか。大体、周り探すとカップルがいちゃついてるのがイチイチ目に入るしよッ)
 いくら龍麻が冷静沈着な男でも、健全な若者である以上こういう「目に毒な光景」を目の当たりにして、何の感情も抱かないとは思えない。
しかし特に目を逸らす事もなく、注視する事もなく、ひたすら周囲を見渡しつつ、この混雑の中も相変わらず優雅に、人の波に乗るようにするり、するりと歩く様子に、
(どこまで堅い奴なんだか…それとも、そんなにアン子に会いてェのか…)
複雑な気分で、京一は溜息をついた。
 勿論、当の龍麻は冷静でも沈着でも堅くもない。
(みんなロマンチックな気分に浸ってるのか、普段より更にベタベタ度が増しているような気がするな。ひゃあ〜あっちのカップルなんか、ちちちちゅーしてますよ、ちゅー! 見て見て京一! きゃーこっちが照れちゃう! 顔には出てないだろうけど! あわわ、じーっと見ちゃイカンよな、さり気なくね、さり気なく。わわ、あっちもスゴイよ〜うわ〜京一の気持ち、よく解るわ〜。独り身はこんな日にこんなトコ歩いちゃいけないのね、しくしく…なんつって。は〜オレにもいつかカノジョ…無理よね〜この鉄面皮じゃ。)
などと、はしゃいで落ち込んで当社比1.5倍の大忙しであった。

「…お? ホレひーちゃん、ツリーだぜ。けっこースゲーよな。」
 駅前まで来ると、無数の光をまとった大きなクリスマスツリーが姿を現した。
時間はまだ早かったが、日はとうに暮れている。周囲の明るさと人混みの中にあっても、それはなかなか美しい輝きを放っていた。
とはいえ、京一にとっては見慣れた風景だったし、女の子連れでデート中だったならともかく、人捜しの最中でこの光景に何かを感じる余裕はない。
そのため、龍麻が少し足を止めてツリーを見上げていたのも、感動しているのも、全く気付かなかったのだった。
(本当にすげーなァ。流石東京だ。奇麗で豪華で、でも何つーかこういうの見てると悲しいよーな寂しよーな気になるもんだな。きっと恋人同士で見るとロマンチックな気分になるんだろうけど…ホントに一人きりで見てたら、耐えられないくらい寂しかったかも知れないな。折角のイブに、付き合わせて悪かったけど、京一がいて良かった…って、そういや京一は何の予定もなかったのか? もしかして無理に付き合わせちゃったんじゃ…)
慌てて京一にそのことを尋ね、謝ろうとした時、またも邪魔…いや天使の声が届いた。
「Hey! タツマオニィチャン! Merry Chirstmas!!」
 京一がようやく気付いて振り向くと、美里に連れられたマリィが、龍麻に駆け寄るところだった。

「龍麻君、退院おめでとう。あの…早く治って、良かったわね。」
「マリィたちネ、オニィチャンの、退院のお手伝いニ行ったノニ、間に合わなかったノ。マリィも葵オネェチャンも、退院、ズーっと待ってたんだヨ? お祝いしたかったノニ…」
(ええ!? じゃ、あの後病院に?? ごめんなマリィ、まさか来てくれるなんて思ってもみなくて。)
ちょっと拗ねているマリィの頭を撫で、龍麻は「…ありがとう」と言った。
「マ、マリィったら…。あ、あの、気にしないでね、龍麻君。…あの、私達、ミサに行くので、これで失礼します。あの…む、無茶しないでね、退院したばかりだし…それじゃ…」
 美里は強引に、「オニィチャンも一緒に…」と言いかけていたマリィの手を引いて、慌てて去っていった。
(機嫌を損ねちゃったみたいだな…顔真っ赤にしてたし。ちゃんと「有難う」って言ったんだけど、聞こえなかったかも。いや、立ち話してて寒くて辛かったのか? どっちにしろ悪いことしたなー。
…アン子ちゃんも、こんな寒い中でオレと過ごすのはイヤかなァ。仕事手伝えば喜んでくれるかと思ったんだけど…どうしよう。)
また勝手な解釈をして意味のない反省をした末に困り果てた龍麻は、救いを求めて京一を振り向いた。
京一はひどく渋い顔をしていた。
(ひーちゃんがアン子なんか選ぶから、俺は誰にも退院が決まった事を教えなかったんだぜ。ちッ…。ひーちゃんが何を言おうと、美里達と楽しく過ごさせてやりゃ良かった。馬鹿だったぜ…)
(あわわわ、京一も怒ってるよヤベーどうしよう! 美里に聞こえるように「ありがとう」って言わなかったからか? やっぱり本当は予定があったのに強引に連れ回したから? さっきからカップルばっかり見せつけられて機嫌悪くしてたもんな、ごごゴメン!)
 龍麻が慌てて、「もういい、帰る」と口の中で練習を始めた時、京一が口を開いた。

「…あのよ…ひーちゃん、アン子っての…マジ?」
……?」
「あの…だからよ、つまり、マジでアン子に惚れてんだったらよ、なんつーか…俺もまァ、協力はするつも…」
 京一の台詞は最後まで辿り着かなかった。
龍麻はあっさりと、素早く首を横に振ったのだ。
………へッ? …じゃ、じゃあ何で…何でアン子なんて言ったんだよッ?」
 目線を落とし、唇を微かに開閉させるのを見て、京一はじっと待った。こういう時は、待てば答が返ってくるのを経験的に知っている。
……京一と…彼女と……三人なら……賑やかで…楽しい…かと…思った。」
「さ…三人って…」
 デートっつったろ? 何で三人なワケがあるんだよ、とツッコみかけて、京一はハッと気付いた。
(ああ…そうか。俺が「一人で寂しいだろ」なんて言ったから。賑やかに過ごしたいって思ったのか…)
それは「寂しかった」と素直に認める台詞。仲間に…京一に心を開いた証拠だったのだ。
実際には龍麻には「京一とアン子の漫才を見たい」という一念しかなかったのだが、さほど間違っているとは言えまい。
「…京一、…済まん。その…こんなことで…連れ回して…」
 いつになく、申し訳なさを声に滲ませて謝る龍麻に「バーカ、気にすんな」と苦笑する。しかし、二の句は出てこなかった。
また少し、龍麻の人間的な部分に触れた気がして、嬉しさがこみ上げる。この程度のことを謝罪する「親友」に切なさを感じる。
 それでも、何かを告げようとしたその時、またも聞き慣れた声…というか笑い声が聞こえた。ここまでくると偶然だのご都合主義だのを超えた宿星の力としか言いようがないだろう。

「う〜ふ〜ふ〜ふ〜。Wheel of Fotune…タローの〜示す〜、暗示の通りね〜。うふふふ〜。」
「げッ、う、裏密ッ。く、クリスマスの街並みに最も似合わねェ奴がどーしてこんなトコにッ」
 かなり失礼な京一の言い草を無視し、裏密はにや〜っと(本人はにっこり、のつもりらしいが)笑いながら近づいてきた。
「…珍しいな。」
京一の発言と大差ない意味で、龍麻はそう告げたが、裏密は悪い意味には取らなかった。
「うふふ〜。ミサちゃんも〜、『ミサ』に行くところなの〜。美里ちゃぁんとは〜、少ぉし〜違うトコロだけど〜。うふふふ〜。ひーちゃぁんも〜、一緒に行かなぁ〜い〜?」
「おッ、俺らは今、忙しいんだよッ! あ、アン子探してんだ、お前、見かけなかったか?」
誤魔化してしまおうと、早口でそう尋ねてみると、裏密は「アン子ちゃぁん〜? 何の用〜?」と、少し訝しげな顔をしたが、それでも特には気にしなかったようだ。
「アン子ちゃぁんなら〜、たった今〜、偶然会った〜、ばっかりよ〜。」
「な、何ィッ?」
「駅で〜、すれ違ったわ〜。急いでるみたいで〜、今からまた〜、中央公園に行く〜って、言ってた〜。」
「ま…また、逆戻りかよ…。」
「ミサちゃんも〜、今急いでるから〜、見逃してあげるけど〜、京一くん〜、さっきの発言〜、忘れないわよ〜。う〜ふ〜ふ〜。じゃァね〜。」
「ううッ…」

◆ ◆ ◆

 裏密の証言を信じて…というよりも、激しくなる一方の人混みを避けるように、二人はまた中央公園へと戻ってきた。
ちらほらと人影はあるが、さっきよりはずっと静かになっている。暖冬となる年の多い東京ではあったが、ベンチで愛を語らうには、珍しく冷え込みが厳しいようだ。
 一応辺りを捜してみたが、やはり杏子は見つかりそうもなかった。
寒さと空腹から、二人ともすっかりやる気がなくなっている上に、たまに見かける人影は、暖をとるためか一層いちゃついているカップルばかりだったので、視線を配るのも困難を極めたのだ。
 空いたベンチに「うわッ、冷てェ〜」と言いながら座り込んだ京一に、龍麻はやっと、終了宣言を出した。
「…もういい。…付き合わせて…済まん。」
「あのなァ、さっきも言ったけど、気にすんなって。言い出したのは俺だからな、お前が謝るこっちゃねーんだよ。」
隣にそっと腰を下ろした横顔を見つめてみる。いつも通りの顔には、無念さや悔しさなどは浮かんでいない。流石に疲れ果てたのか、一層色の失われた唇、頬が死人のようだった。
 いくら強靱な肉体を持っていても、ほんの数日前に瀕死の重傷を受け、生死の境をさ迷っていたのである。五日間眠り続けたというだけでも、相当の体力を消耗している筈だ。
「こっちこそ、悪りィ事しちまったな…すっかり、冷え切っちまったろ?」
心の底から同情した、その想いに突き動かされるように、京一は蒼ざめた唇に指を伸ばした。
軽く触れると、ゆっくりとその顔が、京一の方を向く。
その動きに併せるように指を滑らせて、そのまま頬を撫でてみる。
冷え切ったその感触が、あの時の───奇妙な男に斬られ、倒れた時の事を思い起こさせた。

  龍麻の身体から急速に体温が失われていく。
  いつでも仲間を包み込まんばかりに輝いていた<<気>>を感じない。
  待ってくれ…逝くな、逝かないで…!

 喩えようのない恐怖と喪失感の記憶から、動けなくなってしまった京一の呪縛を解いたのは、龍麻の声だった。
正確には声とともに発された息が、冷たい金縛りを解いたのだ。
氷のように冷たい唇から、思いのほか熱い吐息が、白く濁りながら京一の指を取り巻いた。
「…京一の…指も。…冷たい」
言いながら、手を京一のそれに重ね、そっと握る。
感覚のなくなった指に、確かな脈動…<<気>>が伝わり、京一はやっと完全に、恐怖から解き放たれた。
(…だよな。生きてるもんな。…もう大丈夫だ。二度とあんな目に遭わせねェ。コイツは俺が守る。絶対に護ってみせる…!)
(わーもうゴメンゴメン、こんな冷たくなっちまってオレったらまた友情にアグラかくよーな真似を…お詫びに何でもするぜ、って言ってもオレ闘うくらいしか能がないし、とにかくみんなのために頑張るからな! お前のコトは絶対護り抜いてみせるからな!)
 360°ズレて同じ結論に戻った二人は、暫し見つめ合った後で、やっと少し正気を取り戻した。
「あー…っと…さ、流石に寒いなッ腹も減ったし、あの…もう諦めてよ、め、メシでも行くかッ! ひーちゃんは何がいい?」
……………ラーメン。」
「おいおい、そんなもんでいいのかよ、安い野郎だなァ…ま、お前らしいけどよ。じゃ、行こうぜ。退院祝いに、奢ってやるからな。トンコツでもチャーシューでも、好きなだけ食えよ!」
「…割り勘で…いい。」
「何言ってんだよ、折角の日にケチケチすんなって!(←?)」
 勢いよく立ち上がり、ずっと握られていた手を引っ張り上げると、龍麻も優雅に立ち上がる。
名残惜しい、などと考える自分を押し潰し、二人はぎこちなく手を放した。

「結局、クリスマスデートさせてやれなかったな。ひーちゃんもガッカリしたろ?」
 からかい気味に声をかけると、龍麻も軽く返してみせた。
……お前と…歩き回った。…充分だ。」
「おいおい、あれでデートかよ?」
苦笑しつつその顔を見ると、龍麻は珍しく、口元に笑みを浮かべていた。
「…公園歩いて、…街を見て、…ツリーを見て、…また歩いて、…あと、飯だ。」
「ちェッ。男同士だわ、金もかかんねェわ、侘びしいデートもあったもんだよなッ! …ま、いいけどよ。」
滅多に見られない笑みと、柔らかく凪いだ<<気>>が、京一の頬を綻ばせる。
自分以外の誰にも決して出さない軽口が、京一の心を躍らせる。
龍麻の心を和ませる事が出来たのだ。それが、震えるほど嬉しかった。
 実は龍麻の方も、つまらない冗談を口に出せるほど、超ハイテンションだったのである。
(こんなアホなこと言っても、京一ならビビんないで笑って流してくれる。オレなんかのために、クソ寒い街中を一緒に歩き回って、一緒にラーメン食いに行ってくれる。いーいーなーイイな♪ し〜んゆう・ってイ・イ・な♪)
 思考はズレていても、それを知らない二人は満足だった。互いの、互いへの気持ちが一致していることを、何となく感じ取れたせいかも知れない。
「…おー寒み、とっとと行くぜ! 駆け足ー!」
……ああ。」
 二人は走り出した。
冷えか、飢えか、それとも他の感情に気を取られていたのか、ちらほらと降り始めた白い結晶には気付かなかった。
 そして、すぐ脇の茂みに潜んでいた、目当ての女性の姿にも。


「全く…変なもん見ちゃったわ。ま、あいつらのツーショットって高く売れるし、何枚か撮っといたけど。あーあ、マリアセンセと犬神センセがクリスマスデートするってのはガセだったみたいだし、これで溜飲下げるしかないか」
 くしゅん、と軽いくしゃみをすると、杏子も立ち上がり、冷え切った膝を伸ばした。
「雪まで降ってきたし、アタシも今日は店じまいとするか。…アイツら、ラーメンがどうとか言ってたわね。邪魔して、退院祝いに奢らせちゃおうかなっと!」
京一が聞いたら「鬼か、お前は」とツッコみそうな台詞を吐き、彼女は楽しげに歩き出した。
 京一の望んだ形とは違えども、龍麻へのクリスマスプレゼントは、どうやら叶いそうだった───

2003/07/25

サーノ「これは1,000,000カウントを踏んで下さったかずきちさんのキリリクです。「京一とクリスマスデート」というコトでしたが何しろ本編がそんな方向なもんで(笑)「本編と関係ないパラレルワールドのお話」というコトで御了承頂きました。しかし中味詰めすぎたか表裏両側を詰めたせいかまとまり悪くてスミマセン! しかも遅刻しまくって返す返すもスミマセン!!」(2003/07/25 16:00)


かずきち「うわーありがとうございますッ!!どうしよう、すごく幸せですよう♪二人のすれ違いっぷりに乾杯(笑)アン子ちゃんのポジションもいいカンジです。撮影シーンは当然、友情踏み外してるあたりですよね?(どこだ)さりげなく醍醐が幸せそうで笑いました。微妙なリクに答えてくださって、本当にありがとうございました♪」2003/07/25 22:18