ばいかる
夏の終わりのある日曜日のこと──。
「ワァ! ゾウサンダ! …アッ、アッチにはキリンサン!」
「ちょっと、マリィ! そんなに走らなくっても、象やキリンはいなくなったりしないってば!」
「…おい、ひーちゃん。いい加減に動いてくれよ、そこ(サル山)から」
「やだ。京一、先行ってていいよ」
「…って、そうすっとマリィ達とはぐれるだろーが! いいから、こっち来やがれッ!」
この日、五郎八はマリィと龍麻、そして京一と一緒に上野動物園を訪れていた。
コトの発端は、葵の祖父がぎっくり腰になったことだった。葵が母と共に介護に行く為、
マリィが家で一人留守番になる(父君は出張中)ということを聞き、五郎八が「じゃあ、一緒に上野動物園にでも行こうか」と誘ったのだ。
そして『動物園は大勢で行くのが基本』とわけのわからない理由をのたまわって、たまたま休日の予定のなかった(一説には、あったのを無理やりキャンセルさせた、とも…)龍麻と京一を巻き込み、こうして4人で行楽日和の上野動物園へとやって来た。
…のだが。
ひたすらはしゃぎまくって、縦横無尽に駆け回るマリィと。
気に入ると、その場にしがみつき梃子でも動かない龍麻。
そんな2人に振りまわされっぱなしで、いつの間にやら引率者と化した五郎八と京一は、
既にへとへと状態だった。
* * * * *
『コアラが見たい』と駆けずり回るマリィを、追いかけて宥めすかし(注:上野動物園にコアラはいない)、アルマジロやカモノハシ、果てにはワオキツネザルの前にへばりつく龍麻を無理やり引っ剥がし、あと少しで園内一周という時──。
不意に高速回転していたマリィの足が止まった。
「アッ! 大きなメフィスト!」
そう叫ぶと、とある檻に駆け寄って行く。
(…大きな…メフィスト?!)
止まってくれたことにホッとしながらも、そのマリィの足を止めた動物の正体が思いつかず、五郎八は首をかしげた。
ひょい、とマリィの背後からプレートを覗きこみ──、
(…って、ちょっと待てーーー!!)
「オイデ、コッチニオイデ」
「マリィ、違うって! それはメフィストじゃなくて…」
おもむろに檻に向かって手を差し出し、中の獣を呼ぶマリィを慌てて止める。
「それは、黒豹! 猛獣だよ、猛獣!!」
黒豹──豹の黒色変種。ネコ科の哺乳類で大きなものは頭胴長約1.5m。森林やサバンナで単独に生活、小形の獣を襲う。(by広辞苑)
マリィの肩の上では小形の獣であるメフィストが、怯えきって盛んに鳴き声をあげている。
「メフィスト、ドーシタノ? ホラ、メフィストのママだヨ。怖クナンカナイッテ」
(いや、十分怖いんだよ、マリィ。だから、檻に向かってメフィストを差し出すのは止めなさいって。…食べられちゃうよ?)
この時メフィストが無事だったのは、この世の終わりとばかりに鳴くメフィストを黒豹が哀れに思ってくれたからであろうか…。
飼育員の人がすっ飛んで来てマリィに黒豹の説明をしてくれるまで、メフィストの鳴き声が途絶えることはなかった…。
* * * * *
そして、本日最後の動物としてフィナーレを飾ることになったのは、やはり『園内一の人気者』であるパンダだった。
ようやっと全員の足が止まる。ガラスに顔をくっつけんばかりしてパンダを魅入る3人を見ながら、五郎八は少し離れた所にへたりこんだ。
「ウワァ、カワイイー♪」
「…うん、可愛いね」
「おっ、ホント可愛いなァ」
同じ言葉しか口にしない3人に、思わず笑いが洩れる。
──と。
「なァなァ、こいつら、親子か?」
「そうじゃないかな。あっちがお母さんパンダで、こっちが子パンダ」
この会話に、不意に。
「…親…子…」
微かではあるがマリィの笑顔が曇った。
龍麻も京一も気がつかないくらい、ほんの僅かだけど。
── デモ ワタシ ハ キヅイタ カラ ──
五郎八は自分に活を入れて、立ちあがり…、
── ダッテ ワタシ ハ …… ダカラ ──
そして背後から、そっとマリィを抱きしめた。
「ッ!? …イロハ…?」
驚き、振り返ろうとするマリィを更に強く抱きしめる。そうすることで少しでも想いが、
そして願いが伝わるように、と──。
「血のつながりなんかはないけどね。でも、みんなマリィのことすっごく大切に思ってるから…だから、寂しがらないで。見ている私達が不安にならないように…Please Smile.
(どうか微笑って) そしてどうか…どうか、世界で一番幸せになって」
強張っていたマリィの身体から、力が抜けた。おずおずと…甘えるように身をすりよせてくる。
「イロハ…アッタカイ…。ナンダカ…Mamaミタイ…」
「うん、いいよ。マリィが望むなら、いくらでもママになってあげる」
「…アリガトウ。イロハ」
マリィの顔に、翳りのない天使の笑顔が戻った。
* * * * *
こうして上野動物園での一日は、無事に幕を閉じた。
ちなみに、この日マリィがお土産として五郎八に買って貰ったぬいぐるみは、象でもキリンでも、パンダでも黒豹でも、ましてや(園内にはいないのに売っている)コアラでもなく、何故かアルマジロ、だった。
そしておまけに、京一がこっそりとパンダのぬいぐるみを買おうとして、五郎八にしっかりとばれてしまったことも追記しておく。
≪おしまい≫
09/26/1999
ばいかる「お師匠様、10万HIT☆おめでとうございまーす!
こんな不出来な贈り物で、申し訳ございません。
次回(って、20万HITかな…:^^;)迄には、もう少しマシなものが書けるように頑張りますので…。
これからも、よろしくお願いしまーす。
えっと、それから…。
コアラ以下…にお心当たりがある皆様へ。
勝手に使わせていただきました…が、怒らないで下さい…ね?
あと『出演料払えッ』っていうのも、ご勘弁を…。」