『猫が踏んじゃった』番外

えびちよ

 スキップをしながら角を曲る。
肩にしがみつく相棒の黒い尻尾がひょこひょことゆれる。
 今日もマリィ・クレアはとてもご機嫌だった。
 そのご機嫌な気分のまま、彼女には場違いに映るその古風な店の戸をくぐる。
「Hi!ヒスイ!オニィチャン!!」
 元気良く挨拶をすると、いつものように奥の席に座っていた店主が顔を上げ、マリィの大好きな綺麗な笑顔を見せてくれた。
「やぁ、いらっしゃい」
 何故か他の人が居るときは如月のこんな表情をみることはできない。それを勿体無いと思いながらも、自分が特別だという感じがして嬉しくなってしまうマリィだった。
「エヘヘ、遊びに来たヨ!」
 ところで、目的の人物の一人はいたとして、もう一人・・・といってよいのかわからないのが見当たらない。
「・・・オニィチャンは?」
 肩のメフィストがふんふんと鼻をならす。耳もぴくぴくして、同じように目当ての相手を探しているようだ。
 問われた如月はにっこりと、何ともいえず嬉しげな、そして意地悪な笑みを浮かべた。
「あぁ、彼なら・・・」
 ちらりと開きかけた奥の襖に目をやると、実にタイミング良くその姿が現れた。
 見事な青銀色の毛並みが埃にまみれ、あちらこちらに引っかき傷まである。
針のような瞳孔を持つ翠がかった瞳が恨めしげに如月を睨むが、口に咥えたものの所為で何も言えない。
「にゃ」
 メフィストが嬉しげに一声鳴いて、マリィの肩から飛び降りた。とことこと友人の元へ歩み寄り鼻先を擦りつけて挨拶をする。
「オニイチャン・・・それ、何?」
 マリィが嫌そうに後ずさるのをちょっと傷付いた目で見て、その猫は口に咥えたねずみを離した。既に息絶えているそれは板の間にぽとりと落ちて動かない。
「にゃ、にゃにゃにゃ!(翡翠!これで文句ないだろう!?)」
 哀しいかな、裏密ミサの使い魔に噛まれた所為で猫の姿になって早1週間。すっかり猫の生活に慣れてしまった龍見信剛がそこにいた。
 成り行きでそんな彼を引き取らざるを得無かった如月は、日向ぼっこしつつ日がなごろごろしている信剛猫にキレた。そして猫と会話が出きるという謎の飛水流奥義を駆使して労働、つまりは蔵を荒らす鼠捕りを命じたのだった。ちなみにやらなければこれからの食事を全部ドライフードにするというのが脅し文句だったとかなんとか。
 メフィストがもの珍しそうに前足の先でネズミをちょいちょいと突つくのを、如月が抱き上げてとめる。
「あぁ、メフィスト。ノミがうつるかもしれないから触ってはいけないよ」
 その言葉に信剛が激昂した。
「にゃ!うにゃにゃにゃにゃ!(てめぇ!人に獲って来いとか抜かしといて今更何言いやがる!?)」
「別に見せに来いとも言ってないしね。食べないのならどこかに捨ててきてくれないか」
 毛を逆立てて怒る信剛に、あくまでも涼しい顔の如月。同情をこめてメフィストが呟く。
「あぉ~う(ちょっとあんまりじゃないか?)」
「大丈夫だよ。信剛にはノミ獲りスプレーを振っておいたから」
「みゃう(いや、そういう問題じゃなくて)」
 くすくすと笑う如月に聞こえない様に、信剛が『鬼』と呟く。そりゃ、ノミが付くよりは余程マシとはいえ、そのスプレーの臭いときたら、とんでもないシロモノだったのだ。
 気を落ち着かせようと毛繕いを始めた信剛。すっかり猫の習性が身について可笑しいやら哀しいやら。その時、ふと責めるような視線を感じて顔を上げた。そして、その視線の主はマリィであった。
「オニイチャン・・・それ、コロシちゃったの?」
 ぎくぅ。その言葉に信剛の腰がひけた。
「にゃう・・・(いや、これは翡翠が・・・)」
 と、言い訳してもマリィに伝わる訳が無い。
 マリィの青い大きな目がゆらゆらと揺らめいていく。
「カワイソウ・・・」
 ぽろり、と零れ落ちた涙に信剛が頭を抱えた。
「みゃみゃ!(おい、翡翠!どーすんだよ!?)」
「そ、そう言われても・・・」
 この事態を想定していなかった如月も焦る。大分慣れたとはいえ、元々他人とのコミュニケーションが得意とはいえないだけに、しくしくと泣き始めたマリィにどうしていいか解らない。
「うみゅ(泣かしたな)」
 冷ややかなメフィストの声が如月に追い討ちをかける。ぺい、とその腕を蹴って飛び降りると、慰める様にマリィの足元に頭を擦り付ける。そうしながら鋭い金色の眼をうろたえる青年に向けた。
「うぅ~(翡翠、信剛、責任とれよ)」
「・・・反省している」
「みゃう(ごめん)」
 しょんぼりと頭を下げる一人と一匹。こと、マリィに関しては仲間達は皆一様に素直になるらしい。
 あの菩薩・美里にしてさえそうなのである。ちょっと(?)行きすぎとはいえ、その惜しみ無く注ぐ愛情に嘘偽りは無いらしい。ちなみにここでマリィを泣かせたと聞けば、おそらくジハードと熾天使の紅の連続コンボできかない天罰が下るのではなかろうか。
 それがなくとも、女の子を泣かせて男を名乗るべからず。
 龍見家の家訓(どういう家訓だ)に従い、信剛が動いた。
「ぁあぉ~ん(マリィ、いい女はここぞという時以外男の前で涙を見せるもんじゃないぜ)」
 余計なことを言いながら(勿論、マリィには通じない)、しゃくりあげるマリィに近づき涙に濡れた頬をぺろりと舐める。
 しかし、信剛は失念していた。自分がさっきまで何を咥えていたか。
「・・・・・イヤーッ!」
 マリィが咄嗟にデュミナス・レイを放ってしまったのは無理も無い事と言えよう。

「オニイチャン、ごめんね・・・」
 ここが如月骨董品店で良かった。地息丹を飲んで一命を取り留めた信剛はマリィの膝の上でしみじみとそう思った。
「ごろごろ(気にするな、マリィ。お前の為なら俺はそれこそ火の中水の中さ)」
 毛並みを撫でるマリィに上機嫌で喉を鳴らす。
「じゃ、今度水裂斬でも食らってみるかい?」
「にゃ!(お前には言ってない!)」
 如月に向かってふーっと唸り声を上げる信剛。不満げに振りまわされるその尻尾にじゃれついていたメフィストがしみじみと呟く。
「みゃ~ん(それにしても相変わらず丈夫な奴だな、尊敬するぜ)」
「うにゃにゃ(ふ、男はタフで無ければ生きる資格はないのさ)」
「みゅ~(お前が言うとものすごく説得力があるな)」
「にゃ(ふ、あんまり誉めるな)」
 仲の良い2匹の姿を楽しげに見ていたマリィが無邪気に問う。
「ネェ、ヒスイ。メフィストとオニイチャン何のお話ししてるノ?」
「・・・・色々、かな」
 とりあえずご機嫌の直ったマリィの為にお茶と菓子を用意しながら如月は、
『やっぱり信剛は猫のままでいさせた方が世の中の為かもしれない』
 と、しみじみ思うのだった。

終わり

えび:
ごめんなさい。結局、頭の切り替えが間に合わず、『猫が踏んじゃった』シリーズ番外。おまけにマリィ泣かすし~~・・・・はっ、殺気!
「うふふ・・・・」
 あっ!み、美里・・・!
「・・・ジハード」
 うっぎゃぁぁぁぁ・・・・・・!!!!(死)

09/26/1999