『バカは風邪引かない…?』

TOMO

外は昨日から雨が降り続いていた。
風がでてきたのか窓がガタガタ鳴っている。
頭がぼんやりしていて何も考えられない。
ぼ~っとしばらくしてから枕元の時計を探す。
手をパタパタと何度か動かし時計を掴み見ると……9時を指していた。
……………
完璧遅刻じゃないか…。
何となく額に手を置く。
熱あるんじゃないのか?
手まで熱くなっているから全然わからないけど。
だるいなぁ~。これは休むしかないか…。ええぃ、休んじゃえぃ!あぁ皆勤賞狙ってたのにな。え~っと学校に連絡入れないと。
……起きれない。
どうしよう。う~ん、いっか別に。先生もわかるだろう、うん。
さっさと自己完結した龍実は布団をかぶり眠りについた。

ひんやりとした感覚が眠りの底から龍実を引き戻した。
あ~、額が冷たくて気持ちいいなぁ~。
半分寝ぼけた視界に赤っポイものがちらちらと映る。
もう一度目を閉じて再び目を開ける…と、
「あ、あれ?京一?」
「龍実、起きたか?まったく連絡くらい入れてくんねェと風邪引いたって誰も看病できねェじゃねェか。」
心配そうな顔をした京一が龍実を覗きこむようにして話す。
飯食ってねェと思ったから作っといたぞ、と言ってドアのほうへ行く京一に、
「京一。オレってもしかして鍵閉めてなかったか?」
「いいや。俺スペアキー持ってんから。」
サラリと言った言葉に腕の力が抜けて、起こしていた龍実の体はベットに沈んだ。
何時作ったんだよそんなもん。
言葉に出なかったがそれを察した京一がドアに手を掛けながら、
「ひ・み・つ。」
しっかり人差指を顔の前で振っている。
勝手に作られたという怒りよりも呆れのほうの感情が勝り怒る気になれなかった。
「お前一人暮らしで何かと不便だろ?それにこんな時役に立つんだし。
やっぱ作っといて正解だったな。」
言うだけ言って、京一は部屋から出ていった。
……そういう問題じゃないだろうに…。
イロイロと言いたいことがあったが口を開くのも疲れるだけなので龍実はもぞもぞと布団をかぶり直した。
しばらくして静かにドアが開く音がして京一がお盆を持って入ってきた。
「龍実ぃ~…って寝ちゃったか?」
「ん~起きてる…良い匂い。腹減ったな。」
「だろ?食え食え。ちゃんと栄養摂らねェと治るもんも治んねェからな。」
京一は近くの机にお盆を乗せて茶碗とれんげだけをベットまで持ってくる。
…………オレひとりで食べれるんだけど。」
はい、とばかりにれんげの先を向けられ困惑する龍実に京一は、
「お前は病人、俺は看病するひと。ここはやはり食べさせるのが普通だろ?」
「えっ…そ、そーゆーもん……だっけ…?なんか違うんじゃないのかな。」
「そーゆーもん、そーゆーもん。」
京一に押し切られて龍実は一口食べさせられた。
よく噛んで食べろよ、と言った京一に頷きそうになってようやく気づく。
やっぱりこれって変…。変だろ?男同士だぜ?
一瞬の隙をついて龍実は茶碗とれんげを奪いひとりで食べ始める。
「ひでェ。奪うこたねェだろ…。」
「やかましい。男に食べさせられてたまるかっ!」
「ちッ、一度やってみたかったのにな。」
……お願いだから女相手にやってくれ。」
懇願するように言ってから龍実は食べることに専念する。
味はめちゃくちゃうまかったが口が裂けても言えなかった。調子に乗るのが目に見えているからだ。
……こんなことに意地張るなんて情けないなオレも。
風邪のせいかいつもより弱気になっていた龍実だった。

「あぁ、それにしてもいいよなぁクーラーって。俺の部屋なんて未だにねェんだぜ?」
龍実がベットからなんとか起き上がれるくらいに回復して寝室から出てくると、京一はソファーを占領してテレビを観ていた。
龍実の気配を感じて振り返って言った言葉があれである。
「それは………大変だな。」
龍実にはそれ以外の言葉が見つからなかった。
「だろ?だからさ…。」
まだ思考回路がしっかりしていない龍実を見上げて、
「今日泊まっていっていいよな。暑すぎて帰る気になれねェんだ。ここは天国みたいに過ごしやすいし。」
な、いいよな、と訴える目で龍実を見る。
「帰れ。」
「いいじゃねェかよぉ。ケチ。」
「ケチって…風邪うつるぞ京一。風邪は空気感染するんだからな。」
「平気、平気。俺あんまり風邪引かないから。」
そう言って京一はへらへらと笑った。
熱の引かないクラクラする頭を抱えて、
……好きにしろ。そのかわり家にはちゃんと連絡しとけよ?」
「まかせておけって。もうしてあるから、連絡♪」
嬉しそうに言う京一を見てすでに言葉を口にする気力もなくした龍実
は、「そうか。」とだけ言って台所へ向かった。喉が渇いていたのである。
「龍実。安心して寝てていいぞ。俺がちゃんと看病してやるからな。」
コップに水を注ぎながら龍実は思った。
安心できない……。つーか、オレのこと思うならさっさと帰ってくれよぉ。…これはもう京一に移して治すしかないか?うん、それがいいな。
絶対移してやる!
勝手な野望に燃えた龍実は一気に水を飲み干し大人しくベットに戻って眠りについた。

ちなみに次の日。
あいかわらず熱の下がらなかった龍実は二日間学校を休むことになり、京一には見事に風邪が移らなかった。この日は付きっきりで京一が看病し……ようとしたが龍実に追い出され泣く泣く登校した。
『バカは風邪引かない』
妙に納得できる言葉だと龍実はしみじみと思うのだった。

10/07/1999