【いろはきたん(五郎八奇譚)―St.Valentine's Day―】

ばいかる

 注意:下記を読まれますと、カメさんファンの方は血圧が上がる可能性があります。お気をつけ下さいませ。m(_ _)m


 それは1999年2月14日のことだった───

 “ガラガラガラッ”

 店の扉の開く音に、如月は反射的に営業用スマイルを浮かべようとして…飛び込んできた人物を見て、それを引っ込めた。
「やぁ久我さん、いらっしゃい。今日はどうしたんだい?」
 そう声をかけながら、乱れる呼吸を整えることすらできずにいる五郎八の様子に、首をかしげる。
 今は平日の昼下がりであって、どう考えても授業の真っ最中───ってことは、またサボってんな、如月───こんな時間に独りでやってくるなんて、よほどの用だろうか?
 でも…彼女にこれほどの急用を作らせることができるのなんて、如月にとっては招き猫の次に大切な友人・緋勇龍麻が関係している場合くらいで。
 ───もしかして、また彼に何かあったのだろうか?
 そう思った途端、どっと不安が押し寄せた。なかなか用件を言おうとしない五郎八に苛立ちが募り、痺れを切らして問いかけようとした瞬間。
 如月よりほんの少しだけ早く、五郎八が言葉を発した。
「ぜぃはぁ…如月、あのさ…ぜぃはぁ…バレンタインのチョコ、売って」
 如月は見事にズッコケた。

「京一がサ、今日になって急に『義理チョコでいいからくれッ』って言い出して…って、如月。何コケてんの?」
…………
 無言で起き上がる如月。玄武の《力》を持つ如月の怒りに反応してしまったらしく、店内の温度が一気に下がりだした。…夏は便利だろうが、冬である今は、はっきり言って迷惑である。
「…うちは骨董屋であって、菓子屋ではないんだが」
 日頃の『無』の精神はどこへやら。額に四つ角マークを浮かべながら告げる如月。…まぁ、当然であろう。
 だが、馬の耳に念仏。犬に論語。兎に祭文。牛に経文。亀に…はないか。とにかく如月の怒りなぞ、まったくちっともこれっぽっちも気にせず、五郎八はあっさりと言い放った。
「知ってるわよ、それくらい」
 更に室内の温度が下がった。そろそろ雪が降り出すんじゃないだろうか? …って、ここは室内だって。
「知ってるんだったら、チョコレートがないことも、わかってもらいたいね。そういう物は菓子屋で買ってくれ」
「でも他の骨董屋はいざ知らず、ここにはあるんでしょ? ケチらずに売ってよ」
 ここで不意に、会話が途切れた。
 そして、しばし沈黙の後───

「…なんで、わかったんだい?」

 ───って、ホントに売ってるのか、如月ッ?!?!
「そりゃわかるよ。だって如月って、旧校舎で妖のモノから奪ったパンとかピザとかだって売るくらいだもの。自分宛に来たチョコだって、平気で商品にしちゃうでしょうよ…あーあ、こんな男の為に貴重な時間と金を費やしてる女の子達が可哀想だわ」
 まったくだ…って言うか、自分宛のチョコまで売るなんて…セコ過ぎるぞ、如月。
 ちなみに如月骨董店で売られているパンやピザは、玄武の《力》に護られているのか腐ったりはしないようである。だが五郎八の言いつけ通り、龍麻はそれらを売ることはあっても買うことは決してしない為、未だ1個も売れたことはないという超赤字商品であったりする。
「…いいじゃないか。僕が貰った物をどう処分しようが僕の勝手だ。だいたい僕一人であんな大量に食べられるわけないんだから、無駄に腐らせるよりはマシだろう?」
 ───なんだか、もしかしなくても開き直ってないか?
「龍麻はどんなに大量でも、全部食べてあげてるけどね…じゃなくって! 誰も悪いなんて言ってないじゃない。って言うか、悪いと思ってたら買いに来ないってば。…とにかく、早く売ってくれないかなぁ」
 5限は生物だったのでサクッとサボってきたが、できれば6限には戻りたい。
「あ、あぁ。ところで、ひとつでいいのかい?」
「まさか。京一にあげといて、他にあげないわけにはいかないじゃん。───あらかじめ用意してある龍麻と、あげても売り物にしちゃうあんたは除くとして───ひぃふぅみぃ…12個ちょうだい」
「12個か…実は今朝来たばかりなんで、まだ整理しきれてなくてね。向こうの座敷で山積みになってるんだけど、自分で選ぶかい?」
 ウン、と頷こうとして、ふと気になることを思いつき、五郎八は尋ねてみた。
「ちなみに何個あるの?」
「さっき214までは数えたんだけどね…まだ半分以上残っていたかな」
 先に聴いといてよかった。到底、どーでもいい義理チョコを選ぶ為に見る量を超えている。
「…悪いけど、適当に見繕ってくれる?」
「どんなのがいいか、希望はあるかい?」
「見栄えがいいヤツ! あっ、でも手作りのは絶対パスね。開けて『如月君、らぶ♪』とかなってたら、シャレになんないから」
 確かに…それはシャレにならんだろう。五郎八にとっても、如月にとっても。
「わかった。ちょっと待っててくれ」

 というわけで、待つこと3分。カップ麺ができあがり…じゃなくって。
 厳選された(?)12個のチョコを持って、如月が戻って来た。
「お待たせ。…これでいいかい?」
 ざっと目を通して、五郎八は頷いた。
「うん、おっけ。えっと、いくらかしら?」
「元が只だからね…まとめて1000円でいいよ」
 おお! 亀ってば太っ腹。そのチョコ、どれひとつとっても1000円以下のヤツなんてないのに。っていうか、流石にチョコの相場までは知らないのだろうか?
「…なんか、猫に小判、豚に真珠、亀にチョコって感じ…」
 思わず呟く五郎八。───幸いにも、如月には聴き取れなかったようだが。
「なんか言ったかい?」
「うッ、ううん、なんにも! それじゃ1000円ね、ハイ」
「いつも(ジャナイケド)ありがとう。また(ホントハキテホシクハナイケド)来てくれ」
 本音を押し殺しつつ、如月はいつものように対応する…と。
 今にも飛び出そうとしていた五郎八が不意に振り返り、じいぃっと如月を見つめた。
 そして一言。
「…ま、別にいいけどね。じゃ、お邪魔しました」
(べ、別にいいけどねって…まさか?:冷汗)
 まさか、カッコの中で呟いた心の声が聞こえたわけじゃ…ないよな?
 軽やかな足取りで店を飛び出す五郎八を見送りながら、如月は独り蒼ざめて立ち尽くしていた───次の客が入って来るまでの間(=1時間)、ずっと…。

 実は、去り際に五郎八が考えてたことは───
(いつもって…私、ほとんどココに買いに来たことないけど? 常連さんと一見さんで挨拶の言葉くらい変えた方がいいと思うけど…仮にも商売人なんだし、さ)
 だった…なんてことは、もちろん如月にわかるはずもなかった。

* * * * *

 ちなみに、この一纏め1000円のチョコのおかげで、翌月のホワイトデーに五郎八がその10倍以上のお返しをせしめたってことも、もちろん如月は知る由もなかった。

≪おしまい≫

投稿時間:2000/02/14(Mon) 00:34

ばいかる「お師匠様、20万HITおめでとうございます♪
というわけで、お祝いにSSをひとつ書いてみました。遅くなった上に、つまらないものですが、よろしければお納め下さいませ。

10万HIT突破でお祝いを送らせていただいた時に『20万HITの時にはもう少しマシなのを…』とか言ってしまった気がするんですが。
ちっともマシになってません…って言うか、むしろ後退した気が(涙)。
30万HITまでには精進します…たぶん。

こんな不出来な弟子ですが、これからもひとつよろしくお願いします。」


サーノ「…今気付いたけど、SSは如月とのカラミばっかやね(笑)!
いろはちゃん、誰に対してもマイペースですなあ(^^)。
さてこの作品は「ばいかる之箱」に吸収しました。でも折角なのでこちらにも置いてあります~」