ある寒い日曜日

草壁水穂

午前七時。
朝食の始末を終え、上着を羽織る。
仏壇の母に軽く手を合わせた。
「行って参ります」

自宅前の閑静な通りに出ると、斜向かいの鈴木家の老婦人が道の掃除を終えたところだった。
「「おはようございます」」
挨拶の声が重なる。
老婦人はくすりと笑って、今日も部活動かしら?と聞いてきた。
「ええ、そんなところです」
「お休みの日なのに、いつも大変ね」
本当は、龍麻に誘われて真神の旧校舎へ鍛錬に行くのだ。
このところ敵が水に耐性のある者ばかりだったため、自分は後方の控えになる事が多く、
やや腕が鈍っていたのを見抜かれたらしい。
『水に弱い奴がいる階を見つけたんだ。手、貸してくれないか?』と笑いながら電話してくれた彼。
少し嬉しくなった自分に気づいて、驚きすら覚えたものだ。
ぼんやりしていると、老婦人がごそごそと服を探っていた。
「翡翠君、いいものをあげるわ」
「はい?」
取り出されたのは小さな使い捨て懐炉。
「今日は特に寒いから。使って頂戴ね」
自分は水を司る者。少々の寒さなど問題にならない。
むしろ寒風が心地良いくらいなのだが……どうもお年寄りには弱い。
せっかくのお心遣いだからと思い、その場で封を切り、懐に入れて見せた。
「…ありがとうございます」
「それじゃあ行ってらっしゃい」
にこにこと手を振る老婦人に頭を下げて、約束の場所へ向かった。

「よ!…う~、さみ~な」
「おはよ。つーか遅刻」
「わりぃ、ひーちゃん。寒くって手足凍っちまっててさ~」
「溶かしてやろうか?骨の髄まで」
「わわわっタンマ!ちょッ…あぢぃい!!」
龍麻は、のうのうと遅刻してきた蓬莱寺を使って巫炎の鍛錬をしている。流石だ。
「ったく…いい男が焦げるところだったぜ。ところで醍醐のヤツは?」
「あー、なんかお祖父さんの命日とかで、墓参りだってさ」
「法事なんてすっぽかしゃいーのに、相変わらず堅物だな」
「お前と一緒にすんな、お前と」
なるほど、白虎は欠席か。
「残念だな。久々に四神方陣を使えるかと思ったんだが」
そう言うと、朱雀の少女がこちらを見て首を振った。
「あのね、マリィとアランも今日は帰るの」
来たばかりなのに?
疑問が顔に出てしまったらしい。
「HAHAHA!今日は礼拝に行くデ~ス!天国のパパとママにお祈りネ!」
「マリィも、ほんとのパパとママがマリィみたいに幸せになれますようにってお祈りするンダヨ」
あんまり覚えてないけどネ、と少し寂しそうに笑う少女の表情がやけに大人びて見えた。
仏壇の母の写真を思い出す。
物心ついたときには既に亡くなっていたので、寂しいと思った事は無いが
四神の宿星を持つ者は家族の縁が薄いのかもしれない。
そう思った瞬間、仲間達が自分の中でとても大切な位置にある事に気づいて、軽く狼狽した。
「ゴメンネ、ほーじんはまたこんどやろうネ、ヒスイ!」
「いや、気にしないでいいよ。また会おう」
今は心からそう思える。また、会おう、と。目を上げると、龍麻がこちらを眺めていた。
「龍麻?」
「俺の家は無宗教だから、礼拝とかってピンとこないんだけど…」
「ああ、僕もキリスト教の事はよく知らないな」
「ただ翡翠って絶対横文字系じゃない気がするなぁって思ってたとこ」
「…うちは仏教だよ」
あ、やっぱりね。そんな感じ。うんうん。と頷いて勝手に納得している。
妙な偏見を持たれているようなのが気になるといえば気になるんだが。
彼がいなかったら僕はまだ一人で戦っていただろう。…こんな穏やかな気持ちを知る事も無く。
実にめずらしく感傷的になってたたずんでいると、ひとしきり納得し終えた彼が呟いた。
「みんな『四神だけに信心深い』んだね」


「………ッ」
どうやら感傷に浸りすぎたらしい。
ひゅうと吹き付ける風に気づき、軽く身震いして、襟元を合わせる。
ふと隣に目を向けると、木刀が凍りついていた。
「…樹氷か。今日も寒くなりそうだ…」
ありがとう鈴木のおばあさん。
ありがとうホカ○ン(貼るタイプ・薄型)。
アイスマンと呼ばれる青年も、ほんのりと暖かなものを胸元に感じる日曜日の朝だった。

投稿時間:2000/02/10(Thu) 01:07

水穂「20万HITおめでとうございます!
漢字カウンタなので気づくのが遅れてしまい、かなり焦りましたが
こんな時くらい弟子らしい事をしなくては、という使命感に燃えて
ささやかながら、SSを投稿させていただきました。
何故か定着しつつある「お笑いのヒト」と言うイメージを払拭すべく(笑)
日常を。
真面目に。
書いてみたのですが、いかがでしたでしょうか。
これで私が普通のお嬢さんである事が証明されましたか?(にこ)
弟子入りして既に半年、ちょっとは上達していると良いのですが…駄目っぽい~(^^;)
相変わらず何が書きたいのか自分でもよく分かりません。
いや、アレが書きたかった訳では。決して。エエ、ホントウデスッテバ。(爆)
一番の問題点は如月家は仏教か神道か、ですね。(やや嘘。そんなん一番と違う)
良くわからないので勝手に仏教にしてしまいました。違っていたらごめんなさい。
30万HITの日も皆さんと一緒に迎えられると嬉しいです。
それでは、これからもよろしくお願いいたします。m(_ _)m」


サーノ「…寒ッ!!!
ありがとう水穂、確かに凍りました。だってワタシはホ○ロンもらってないもの(爆)
涼しさに心洗われるようでした。水を司る玄武をうまく表現していますね。(←小学校の先生風味)」