天骨

藤間

真神学園の旧校舎の前で、何人かの高校生が待ち合わせをしていた。

様々な制服姿の彼らは、真神の緋勇龍麻を中心として集った仲間であり、闇に暗躍していた鬼道衆から、人知れず東京を護った者たちであった。



「これで全員集まったな」
最後に来た看護服の少女と茶髪の少女を見て、長身の青年――醍醐が言った。
緋勇は、その秀麗な貌を僅かにあげて、小さく頷く。


全てが終わったはずだった。鬼道衆を倒し、東京は平和に戻った。
だが、その後も緋勇の旧校舎へ向かう姿が、何度か真神の仲間に目撃されていた。
その日も、そんな彼を目撃した京一が、強引に仲間達と共に潜る事を約束させたのであった。


多くを語らぬが、決意を秘めた瞳で旧校舎へと向かう緋勇の姿に、もはや仲間全員が、何も終わってなどいない事を確信していた。
優しさゆえか考えがあるのか、ともかく緋勇がそれについて語らぬのならば、仲間たちはあえて触れずに、ただ、鍛錬に付合った。


その日は、あまり戦闘に出る機会がない者たちを鍛えるために、その彼女たちと、それを護る直接攻撃系の男連中で構成されていた。

女性陣は、高見沢舞子・藤咲亜里沙・裏密ミサ・織部姉妹、
男は、蓬莱寺京一・醍醐雄矢・緋勇龍麻・雨紋雷人・紫暮兵庫の十名。



最後にやってきた藤咲は、既に集まっていたメンバーを見て、露骨に顔をしかめる。そこには、彼女が生理的に嫌っている者がいたから。

織部雛乃――生粋のお嬢様
そして勝気な姉に護られているだけの、軟弱者。


「なんだよ、その顔は」

藤咲の険のある視線に気付いた雪乃が、抗議の声をあげた。
しかし、それはむしろ、藤咲の苛立ちに、火に油を注ぐ結果となった。

「なんでもないわ。勇ましいこと」

そこで一度区切ってから、小さく続ける。
ぎりぎり聞こえる大きさで、悪意をまぶして。

「そんなだから、妹がなよなよするのよ」
「なッ!そんな言い方は……

やはり聞きとがめた雪乃が、掴みかからんばかりの形相となる。
短気な者同士、喧嘩に発展しかけたふたりを、高見沢と雛乃が必死に止める。

「亜里沙ちゃん、だめよ〜」
「姉様、お止め下さい」


女性同士とはいえ、彼女たちの腕では洒落にならない。
皆も止めようと慌てる中、低い声が響いた。

「止めておけ」


収まりきらない彼女たちを諭すように、静かに。
緋勇の漆黒の瞳が、射るような圧力を増す。

寡黙な彼は、大切な事だけを口にする。
その静謐な迫力に、彼女たちでさえ黙り込んだ。

「行くぞ」
それを確認してから、彼は歩き出した。
戦場へ繋がる転移門へと。



転移門――それは裏密の名付けた仮称であるが、彼らの中ではそう呼ばれていた。
特殊なエレベータというべきか、その門の範囲内で念じることで、今まで潜った階へ移動できる。
但し、空間転移とは本来大技に属するものなので、安定性が悪いのか、指定した階のどこかに全員バラバラに跳ばされてしまう。
それゆえに、いかに早く仲間と集合するかが鍵となっている。


門にて、彼らはいつも通りに、精神を集中した。
しかし反応は、普段とは異なっていた。

「きゃあぁー」
「な、なんだ!?」
全員が、激しい目眩に襲われる。

「今日は、不安定すぎるわ〜。みんな〜、精神の集中を解いて〜」
裏密の忠告は遅かった。数人ずつ、何処かへと跳ばされていく。




「藤咲さま」
揺さぶられ、名を呼ばれて、藤咲はゆっくりと意識を取り戻した。

彼女の目の前に居たのは、よりによって雛乃であった。
あからさまに顔をしかめた藤咲に気を悪くした風もなく、雛乃は冷静に状況を説明した。

「この階には、他には、私しかおりません。
信じ難い事ですが、他の皆様がたとは、別の階に転送されたようです。そして、敵はあちらに」

指し示した先に居るのは、獲物を見つけて嬉しげに寄ってくる鬼たち。


「く…鬼だなんて。私もアンタも攻撃力が低いのに」

藤咲といえど、焦りを隠せない。

鬼は、直接攻撃への防御に優れる。
よって、術による攻撃が有効。直接攻撃ならば、紫暮や醍醐なみの攻撃力が必要となる。

しかし、雛乃と藤咲は攻撃力がやや低い直接攻撃メイン。ある程度は、術的な力も有するとはいえ、裏密やマリィには及ばない。
最悪の相性といえた。


「いくら相性が悪かろうと、私たちしかこの場に存在しないのですから、闘うしか方法はございません。幸い、私は中距離系の方との連携は慣れております」

雛乃は、それを理解しながらも、焦るでもなくそう言った。
その落ち着き具合に、藤咲の方が驚く。ただ弱気なだけの女だと思っていたから。

「藤咲様、貴女が私を厭うのは、どうしようもありません。
しかし、そんな場合ではないのです。どうかご助力願います」

そう続けた雛乃の瞳。それには、一片の迷いも恐怖も存在しない。

藤咲は少し笑った。それしか方法がないのならば、腹も据わる。もとより彼女自身、度胸は座っている。

立ち上がり、気合を入れるように鞭で地をパシッと叩く。
そして、笑いかけた。傍らに立つ相棒に。

「謝るわ、アンタをなよなよしたコだと思っていたことを。
……援護は任せるわよ」
「ええ、任されました」




遠間にいる鬼へ雛乃の弓が、ある程度距離を詰めた敵へは、藤咲の鞭が、襲いかかる。
突、と矢が刺さり、鞭が唸りを上げて絡め取る。

そうやって、一匹一匹と、鬼が数を減らしていく。
少しずつ戦局が、彼女たちに有利に動いていく中、最後の一鬼が弓からも鞭からも逃れた。


「しまった!」

討ち洩らした鬼は、彼女たちの元へと迫る。
藤咲の鞭は、他の鬼を滅したばかりで、攻撃に移れる状態ではなかった。
慌てて引き寄せるが、その鬼は、既に近距離まで詰めていた。

弓はもちろん、鞭も、近距離では物理的な威力を相当殺される。
ましてや、防御力の高い鬼に効くはずがない。


だが雛乃は、さして動じずに、凛とした瞳で弓を上空に向けた。
そして矢を番えぬまま、弦を強くはじいた。

「草薙の儀!」

雛乃の霊弓が鳴らす破邪の音――鳴弦に、鬼が悲鳴をあげる。

「雛乃、ナイスッ!」
その隙に、藤咲は体勢を整える事ができた。
バックステップで十分に距離を取り、鞭を大きく振りかぶる。

「ヒドラウィップ!」

最後の鬼が消滅していく。
自然とふたりは、互いに安堵の笑みを交した。
これで終わりのはずであった。

が、そのとき、闘いによって培われたカンが、彼女たちに警鐘を鳴らした。
よく事態を理解しないままに、藤咲は雛乃を腰抱きにして、横に飛ぶ。



轟音が響く。
直前まで彼女たちが居た場所に、鬼の拳がめり込んでいた。

「くッ……まだ残ってたの!?」
「ちがいます。あれは」

雛乃は、あまりのことに絶句する。
新たに現れた敵は、護法童子。このような場所に居る敵ではない。
転送の異常の影響は、こんな所にまで出ているらしい。


「雛乃?」
藤咲の問いかけで、雛乃は我に返った。呆然としている余裕はなかった。

「藤咲様、同時に仕掛けましょう」


二手に分かれた彼女たちのどちらを追ったものか考え、護法童子はやや動きが鈍った。その隙を突くように、ふたりは出の早い技を連続して放つ。
小技とはいえ、何発かがまともに命中する。

痛手ではないものの、鬱陶しく感じたのであろう。護法童子は、近くに居る方の女から片付けることに決めた。


それこそが、彼女たちの狙い。

護法童子は、力は強いものの、迅さは大したことはない。直前まで引きつけてから、雛乃は横へ飛んだ。

「今ですわ」
声を合図として、雛乃は側面、藤咲は背後から仕掛ける。空振りした直後の、隙だらけの敵に。

「奥義・吼龍引き!」
「クィーンズウィップ!!」

ふたりの最強の技が、護法童子に激突する。
威力のあまり砂煙が舞い上がり、視界が極端に悪くなる。


ほんの少しだけ、彼女たちは安堵してしまった。
そこに僅かな隙が生まれた。

砂塵の中、煙を振り払うようにして、護法童子の腕が、雛乃の元へ伸びる。
反射的に彼女は弓で受けたが、その一撃で弓は脆くも壊れた。


護法童子は、さらに腕を薙ごうとした。雛乃へと向けて。

「雛乃!!」

藤咲は、鞭で護法童子の腕を絡めとり、攻撃を逸らしながら雛乃を抱いて、再び横に大きく飛んだ。
今度は足から着地する余裕もなく、ふたりして肩から地面へと突っ込む。


ふらふらと起きあがった雛乃は、自分の腹部を見て、息を呑む。彼女の制服は、腹の辺りで横に大きく裂かれていた。
思わずもう少し深く喰らった場合を想像してしまい、彼女でさえ怖気だった。


「ありがとうございます、藤咲様が攻撃の方向をずらして下さらなかったら……藤咲様!?」

雛乃は、礼を言う途中、藤咲の険しい表情に気付いた。
彼女は右足首を押さえながら、護法童子を睨みつけていた。

「く……ドジッたわ、この足じゃ逃げる事もできない。アンタは、さっさと逃げなさい」

気丈にも言った藤咲の声に反応したかのように、護法童子は、ギリギリと音をたてて、振り返る。
さすがにダメージは受けているようであったが、致命傷には達していないようだ。


自分は武器が無く闘えない、藤咲は足を傷め、力を込めることができない。
そして、敵は相当なダメージを受けて、敏捷性は更に落ちているものの、攻撃力に損傷は無い。


雛乃は、この絶望的な状況について考え、一つの結論を出した。
スッと立ち上がり、藤咲と護法童子の間に立つ。

彼女の意図を悟った藤咲は、怒鳴った。
「何やってんの、アンタが逃げるのよ!あたしのこの足じゃ、逃げきれないんだから!」

「ですから、時間を稼ぎます、お逃げください。
武器の無い私よりも、足を挫いただけの亜里沙様の方が、戦力になります」

雛乃は、説得するように、優しい瞳で藤咲を見た。
その瞳に恐怖を覚えた藤咲は叫ぶ。

「そんな、できるわけないでしょう!」

怒鳴っても叫んでも、返ってくるのは覚悟の決まった静かな表情。動かない意志。


「お逃げ下さい、亜里沙様。鬼と闘うは、我が織部の宿命。
そして、織部であるは、私雛乃の誇り」

「どきな、雛乃!」

雛乃はその制止を聞かず、毅然と両手を広げて、藤咲を庇う。
その気迫に押されたように、護法童子は一瞬動きを止めた。しかし再度、その腕を振り上げる。眼前の少女を切り裂くために。


こんな事があるはずが無い、藤咲は心から現実を否定する。
ただの鍛錬のはずであった。実戦でさえない、何度も訪れた訓練所。鬼道衆との闘いすら切り抜けて、東京を護ったのに。

こんな事で、仲間を失うなんて。

「どいて、お願いッ!!誰か助けて!」

藤咲の悲痛な叫びも届かない。
無情にも、護法童子は腕を振り下ろす。


やられる、そうふたりが覚悟した瞬間に、見慣れた烈光の如き鮮烈な氣が、護法童子を打ちのめした。清冽な風が、辺りを吹きぬける。


「雛!大丈夫だったか!?」

そう言ったのは、織部雪乃。
そして、一撃で護法童子を滅しながら、いまだ緊張を崩さずに構えているのは、緋勇龍麻。


「姉様…、龍麻さん」
ぺたんと、雛乃が力が抜けたようにへたりこむ。

「遅いよ、龍麻」
その雛乃を支えながら、藤咲は呆然と呟いた。


旧校舎に潜る前とは、打って変わった様子のふたりに、雪乃は怪訝そうな顔をする。
しばらくそんなふたりを見つめていた緋勇は、静かに言った。

「すまなかった。……だが、無事で良かった」

その真摯な態度に、雛乃と藤咲はかぶりを振った。
「ううん、ありがとう龍麻」
「ええ、感謝いたします、龍麻さん」




「お前らふたりと、蓬莱寺・醍醐・紫暮の三人組が、別の階に跳ばされたんだよ。
あとの五人は一緒だったから平気だった。
雛!本当に心配したんだからな。あ、むさ苦しい三人も、一応無事だ」


落ち着いたのを見計らって、雪乃がぶっきらぼうではあったが、状況を説明した。
割とシスコンの気がある彼女は、いつの間にか藤咲と妹が打ち解けている事が、少しばかり気に入らないらしい。


「良かった…皆様も無事だったのですね。
あ、亜里沙様、早く高見沢様に、足を癒して頂かなければ」

雛乃は、藤咲に肩を貸そうとして、少しふらついた。

「何やってんだ、危ねーな」
雪乃も、反対側から肩を貸した。途端に、顔をしかめる。

「う、お前、重いんじゃねーか」
「な、何ですって!あたしの黄金のプロポーションに、ケチつける気ッ!
アンタは胸がないから、軽いのよ!」
「ななな、なんだと!?」

言い争う雪乃と藤咲を見て、雛乃は微笑んだ。
旧校舎に潜る前の、真剣な争いとは違う……軽口だった。

ふと、優しい瞳で彼女達を見ている緋勇に気付いて、雛乃は目を丸くする。
雛乃の視線に気付いた緋勇は、少ししてから照れたように呟いた。

「仲が良いな」

彼は、本当に僅かだが、微笑んでいた。

緋勇の笑み――仲間内でもそう見せぬそれを目の当たりにして、彼女たちの頬が赤くなる。



彼女たちは、サトリの能力があるわけでも、サイコメトラーでもない。
だから、先程の緋勇の言葉が、

『うわー雛乃さんてば、ヘソ見えてるって!
う〜〜ん……親指をくわえて、振りかえって”セクシーポーズ”だね。
はっ!そんな場合とちゃうねん、落ち着け、俺。
それにしても、ごめん、本当にごめん。
いや、気が付いたらみんないないし、あちこちで闘いの音が聞こえるし、もう俺もパニック。
こんなにあちこちにすっ飛ばすなんて、利用者の事を考えてないよな、管理人は。……って、管理人って誰の事やねん。
ともかく、雛乃さんは、武術の達人でもあるし、藤咲は、水子の霊を憑けてても大丈夫なくらい落ちついてるし、無事だって信じてたんだって。
でも本当に、良かった良かった』

という内心を大幅に省略したものであることも、今微笑みながら、

『ぎゃー、目合っちゃった。ごめん、ガンつけてるんじゃないよ。
それにしても、女の子たちが仲が良いと、華やかでいいよな〜。
兵庫と醍醐とアランが、こうやってたら怖いもん。ぷぷぷ、想像してみたら結構笑えたぜ。ビバ俺の想像力、いや妄想力?
あ、みんな真っ赤になっちゃった、申し訳ない』

と思っていることも、わからない。……幸いなことに。



真神学園を巡る長い永い物語に、完全な読心術を使う人物が登場しなかった事こそが、黄龍とそれに関する敵・味方にとって、最大の幸運であるのかもしれない。



―― 天骨 ――
1.天性の才能、天才
2.生まれつき、ひととなり

2001/06/05 奪


シリアス戦闘モノのフリをしたしょーもないモノ(ツーショット ―― 藤咲&雛乃)
ちなみに、雛乃の『私』は『わたくし』と読んで頂けると幸いです。(藤間)


流石は藤間さんッ! 旧校舎の闘いが見事に表現されてます。
(最後のオチさえ無ければ)このまま真神庵にだって投稿できる完成度の高い作品なのに〜
ワタシが戴いちゃっていいんだろうか…(T^T) いや最後のオチが最高なんだけどさ(笑)(サーノ)