ばーすでぃぷれぜんと

ベミ

今日も今日とて、厭きずにナンパをしている京一くんの前を、大きな土鍋を両手に抱えてヨロヨロと龍麻くんが通りかかりました。
「よう、ひーちゃん」
なにやら龍麻くんは急いでいる様子。京一くんの呼びかけに未だ気がついていないようです。
「ひーちゃんっ!」
そのまま通り過ぎようとした龍麻くんを、京一くんは寸でのところで呼び止めました。
「あ、京一くん!」
龍麻くんは京一くんの姿を見ると、矢鱈と嬉しそうに微笑みながら近寄って来ました。
その後ろにはいつものように付き従っている犬神くん姿。
その首には袋がぶら下がっています。
「ちょうど良かった。これ持ってついてきてくれない?」
龍麻くんは手にした大きな土鍋を京一くんに差し出しました。
京一くんはつい反射的にその土鍋を受け取りましたが、その余りの重さに閉口してしまいました。
「重いだろ?ここまで運ぶのとっても苦労したんだ」
「何するんだ?こんなもので…」
「愚問だね、京一くん。土鍋で洗濯したり風呂に入ったりするわけないじゃない。鍋を囲むんだよみんなでね」
「みんなって…?」
「もう、京一くん!今日が何の日だか忘れてるだろっ!!」
「え?」
「今日は誕生日なの!」
「ひーちゃんの?あれ、だって…」
「ひーちゃんはひーちゃんでもひーちゃん違いのね」
「あ…」
「どうやら思い出したみたいだね。もう時間がないんだ急いでね」
龍麻くんはそう言うと中央公園へ向けて走り出しました。
その後を巨大土鍋を抱えた京一くんがヨロヨロと追いかけていきます。
中央公園では他の仲間たちが龍麻くんが到着するのを今か今かと首を長くして待ち侘びていました。
「あ、ひーちゃん!こっちこっちっ!!」
桜井さんの呼ぶ声を耳にして、龍麻くんは首をそちらに向けました。
どうやら龍麻くんと京一くん以外はみんな揃っているみたいです。
「ごめんみんな。待たせちゃったね」
「ううん。実はボクたちも今来たところなんだ。それよりも例の物は?」
「ばっちり!いま京一くんが持ってきてくれているよ。そっちの収穫は?」
「もちろん、抜かりはないよ!」
「これで全部揃ったようだね」
如月くんがフッと微笑んでいつものポーズをとりました。
その間に、京一くんもゼイゼイ息を切らしながら、なんとかみんなの前に到着しました。
「遅いよ、京一!」
「ムチャ言うな!俺はお前と違って人並みな力しか持ち合わせてねぇんだ!!」
「人を怪物みたいに言うなッ!!」
「とにかく、今は言い合いをしている時間はないからね!いくよ、みんなッ!!」
「おうっ!!」
「い、行くってどうやって…」
 そうです。ここはあくまでもベミの魔人世界であって、ここからベミのお師匠さまであるサーノさんの世界に入るには時限を越えなければなりません。いったいどうするのでしょう?
しかし、そんな京一くんの心配を余所に、龍麻くんはおもむろに懐から小さな扉を取り出すとみんなの前にそれを置きました。するとどうでしょう。扉はみるみる大きくなって、人一人が入れる大きさにまで広がりました。
「な、お…おい…」
京一くんはあまりに非常識なこの展開に、ひとりパニックに陥っているようです。
それ以外のみんなは構わず扉をどんどん潜って行きます。
「何してるの、京一くん!早く早くッ!!」
京一くんはまだ判然としないようでしたが、龍麻くんに促されるまま扉を潜りました。
少し視界がぶれて軽い眩暈のようなものを感じた後、目の前には変わらない風景が広がっています。
一瞬「担がれたのか?」と疑った京一くんでしたが、微妙に空気の色が違うことに気が付き、ここがもとの中央公園ではないことを悟りました。
「さあ、行こう!」
龍麻くんのその号令に、みんなが歩調を合わせて歩き出しました。
「龍麻オニイチャン!」
「なあに?」
「マリィね。ケーキデコレーションしたんだよ!サーノさんのオニイチャン喜んでクレルカナ?」
「うん。きっと喜ぶよ」
「ふふっ。」
「ところでよ、こんなデカイ鍋使って何作るつもりなんだ?」
 京一くんが尋ねました。
「最初はこのところ寒いから”キムチ鍋”にしようと思ったんだけどね。それじゃ折角のパーティが盛り上がらないだろ?だから”闇鍋”にしたんだ。みんなが持ち寄ったそれぞれのプレゼントを鍋の中に入れてね…」
にっこりと龍麻くんが微笑むのを、京一くんは引き攣る笑いを浮かべて見遣りました。
それって誕生祝なのか?
心密かに突っ込まずにはいられない京一くん。
そうこうする内に、サーノさんの龍麻くんが暮すワンルームに辿りつきました。
龍麻くんが呼び鈴を押す動作を見遣りながら、今更ながらにサーノさんの龍麻くんに同情が禁じえなかった京一くんなのでした。

-おしまい-

2000/10/30 Release.