拾伍之弐

裏・祝歌

サーノ

 放課後になり、それじゃみんなでラーメン屋へ行こうと校舎を出ると、校門では奇妙な一行が待っていた。
「龍麻オニイチャン!」
「オッス、グリーン!」
「…やあ、龍麻。」
マリィが子犬のように駆け寄ってくると、続いて紅井、如月が近づいてくる。
どういう取り合わせだ?
一瞬訝しんだ京一だったが、目的は解っている。龍麻だ。
ということは、単に偶然ここで一緒になったメンバーというわけか…。
 そんなことを考えていると、マリィが龍麻にピョンと飛びついた。
「Happy Birthday、オニイチャンッ!」
その目線に合わせてやるように屈んだ龍麻の首にかじり付くと、マリィは軽く龍麻の頬にキスをした。
「エヘヘッ。」
 一瞬。
龍麻の背が強ばる。
……ありがとう…。」
しかしそれを抑えつけるかのように、絞り出される礼の言葉。
マリィは気付かないのだろう、「オニイチャンにお祝いの歌を歌ってアゲル!」と言いながら笑っている。
その場の全員が、その光景を微笑ましく見守っていた。
 だが、マリィの細い喉から美しいソプラノが生み出されるのを、じっと見つめる龍麻の両の拳は、固く握りしめられたままだ。

 今朝のことを思い出す。
美里からプレゼントを受け取った龍麻は、戸惑い悩んだ末、「ありがとう」と美里に告げた。
「大事にする」と力強く頷いた時には、優しげな笑みまで浮かべたのだ。
いつも、人とはどこかで一線を画している男ではあったが、流石に美里の誠意には折れざるを得なかったのだろう。
それが嬉しくて、慌てて自分も「ラーメンをおごる」などと言ってしまったのだが、その後の龍麻はいつも通り、いやいつも以上に頑なになってしまっていた。
 …どうしてそうなんだろうな、お前は。
歌い終わったマリィにみんなが拍手を送る。
少し恥ずかしそうに頬を染め、龍麻を見上げるマリィ。
その髪を優しく撫でると、龍麻はまた「ありがとう」と呟いた。マリィは嬉しそうに頷いている。
「俺っちはコレだ。新たな仲間であるお前に、仲間としての証でもある『コスモロボ』をやろう! 勿論俺っちのお手製だ、大事にしろよ!」
「龍麻、僕からはこれをあげよう。『魯智深甲』といってね…手甲の一種なんだが、君のように素手で闘う人にはぴったりだと思うんだ。少しは防御の足しにもなるし…身を守る意味でも、使ってくれたまえ。」
 恐らく自分以外の誰も気付かないだろう。
何気なく、冷静に礼を言っているように見える龍麻の、異常なまでの緊張ぶり。
何かに耐えるような背中を、拳を、誰も見てはいないのだ。
どうしてなんだ? どうしてお前はそれ程までに俺たちを拒もうとする? そうする必要がどこにあるというんだ…

「京一君? ぼんやりして、一体どうしたんだい?」
「…え? あ、いや…な、何だよ如月。用事は済んだんだろ、とっとと帰れよ。」
「フッ…。相変わらずだな、君は。そういえば、君からは龍麻にどんなお祝いをしてあげたんだ?」
「…いや、俺はこれから…」
「ああ、君のことだからきっとラーメンを驕って終わりなんだろうね。…まあ、それも一つの形だ、龍麻は優しいから喜んでくれるだろうね。いつもいつも食べているラーメンでも、格別の味がするだろう。例え食べ飽きていてもね。」
「う…ッ。」
(どこまで嫌味な野郎なんだッ。それもわざわざ俺にしか聞こえないように小声で言う辺りがあざといじゃねェかよッ。)
「まァ、僕ならもう少し何か考えるけれどね。別に高価なものを買えと言うつもりはないけれど、龍麻のためにどれだけ考えたか、それが「誠意」というものだと思うしね。」
ギクリとした。
 皮肉はともかく、如月の言うことは正しい。
美里に見せたあの微笑みは───彼女が自分のために一生懸命プレゼントを選んでくれた気持ちを汲み取ったからではなかったろうか。
「…翡翠…。」
いつのまにか近くに来ていた龍麻が声をかけてきた。恐らく聞こえたのだろう、首を振って否定を示す。
「龍麻。折角の誕生日じゃないか、京一君だって日頃の感謝を君に伝えたいと思ってる筈だよ。」
思わず龍麻を見つめる。…その気持ちはあるさ。咄嗟に思いつかなかっただけで…だけど、お前は…
 その時。
京一は見た。龍麻が一瞬辛そうに目を細め、唇を震わせるのを。
俯いて、ゆっくりと京一に首を振る。まるで…「お前までそんなことをしないでくれ」とでも言うように。
「…よっしゃ。ちょっと待ってろ、獲ってきてやる。」
……!?」
「京一?」
「獲ってくるって、京一…お、おい?」
 京一は駆け出した、…旧校舎へ向かって。
金はねェ。何を買っていいかも思いつかねェ。これだけ一緒にいても、何をすれば龍麻が喜ぶか全く解っていねェ。
俺が見せることが出来る「誠意」はただ一つ…この剣だけ。
お前なら…解ってくれるよな? 龍麻。そして…もしかしたら、俺たちとお前を隔てるその垣根を、分厚い壁を、壊せるよな?
 祈りを込め、京一は旧校舎へ飛び込んだ。

「…ちィッ。雑魚はすっこんでろっての!」
先刻から、既に唯の障害物に成り下がった化け蝙蝠や狂犬しか現れないことに、京一は焦りを覚えていた。チンタラやってたら、間に合わねェじゃねーかよ。
雑魚といえども、数が多いと無駄に体力ばかりを消耗していく。
後ろから飛びかかろうとしていた化け物に、鋭く<<気>>を飛ばして吹き飛ばす。
「…もー麻沸散はいらねーっての!」
拾い上げたアイテムを放り投げる。
もう少しまともなモンが出てもいいじゃねェか。いくら「気は心」ったって、限度ってものが…
そんなことを考えていたためか、ふいに出現した<敵>に、京一は遅れをとってしまった。
(しまった───!)
刀を構えようとしたが、その前に両肩を掴まれ、動きを止められてしまった。人の形をした「それ」が、赤く光る眼と口を大きく開き、鋭い牙を剥き───
その背中が突然燃え上がった。
「ギャアアアッ」
醜悪な悲鳴をあげて両手が自由になった隙に、刀を水平に薙ぎ払う。嫌な感触が腕に伝わると同時に、吸血鬼のようなその化け物は崩れ落ち、やがて消滅した。
「…ひーちゃん…。」
 消滅した化け物の向こうに立っていたのは、紛れもなく龍麻だった。
心配して追いかけて来たのだろう、微かに肩を上下させている。
「悪りぃ…ひーちゃん。俺…お前に…」
却って迷惑をかけてしまった。
冷静になって考えれば、こんな行動をとれば、そうなることは見えていた筈だった。
龍麻は首を振って「戻ろう」と短く告げる。
 …せめて、何かねェか?
京一は慌てて、それまでに集めたものから一つ取り出した。
「ひ、ひーちゃん! これ…ぷ、プレゼントだ!」