一喜一憂

アズライール

 緋勇がいつもの日課で、帰りに旧校舎へ挨拶へ行ったところ、先客なのか人影があった。
 決められた日ならば、さまざまな理由により旧校舎へいくこともあるが、今日はある理由によりそれは中止となっていた。
 不思議に思って人影を見る。

(あれ〜?今日は旧校舎へもぐるのは中止になったから他の皆も来る筈がないのに……はっ、もしかして幽霊!?いや〜〜〜〜っ、変なバケモノがうじゃうじゃいるからそいつらが外に出てきたのかも。…でも今まで旧校舎の建物に現れたのって変なコウモリだけだよな?他に変なやつが出てきたらいくら立ち入り禁止になってても騒ぎになるはず………って想像したら怖くなってきた〜うえ〜ん)

 さまざまな考えが頭の中では浮かんでは消えてるのだが、なんせ顔には出ないので傍から見れば旧校舎を憂いげに(見えなくともない)眺めているといった風情だ。
 おそるおそるもう一度、その人影を確認しようと再び人影が見えた方向に目を向けたのだが、すでに人影がなかった。
 それが、今までの考えを肯定するかのように思えて、とりあえずその場から離れようとダッシュしかけた時、後ろから声がかけられた。

「緋勇」
 すばやく反応して振りかえる。そこには犬神が立っていた。
(うわっ、びっくりした〜犬神先生って≪気≫を感じさせずに後ろに立つんだもんな〜気配を感じさせないでいるって翡翠もそうだけど…時々妙なこと言ってくるし、先生も同じ詩人なのかも。でも詩人って人に気配を感じさせないようにするのも必要でもあるのかな。自然と一体になるためとか言って。やっぱり分からないなあ…)
 そんな事を考えている間にも犬神先生は話かけてきた。
「旧校舎へは近づくなと言ったはずだが」
…………(えっ!?いや、今日は旧校舎に挨拶するだけで地下へ潜るつもりはないのでこれでかえりますって。そんな疑わしい目で見ないでください〜オレだってなるべく行きたくないのに皆に誘われると嫌といえないんです〜先生だってオレが小心者だって知ってるでしょう?いや、分からんちゅうねん(裏拳)ううっ、先生の目って時々鋭くなって迫力あるし怖いよ〜)」

 言葉には出ないので首をブンブン振ってると納得したのか、一つ頷いて犬神は踵を返す。2,3歩歩いたところで何かを思い出したのか立ち止まり、振りかえらずに気になる言葉を呟くような小声で言った。
「そうそう、蓬莱寺と醍醐がまだ付近にいたなら旧校舎へなんか入らずにさっさと帰るように言っておけ」
 そのまま立ち去っていった犬神には気がつかずに、『京一と醍醐が今日旧校舎へ向かった』とういう言葉が頭の中をぐるぐる回る。
(そんな…京一と醍醐が俺にナイショで潜ることなんて今までなかったのに。修行…いや、戦闘に俺はもういらないってこと?いや、オレの武器が今使えないから誘うのをやめたのかも。いやいや、あの時京一怒ってたからな〜昼間は普通にしてても内心すごく怒っていたのかも。オレって闘ってトモダチ守る以外とりえなんかないのに、それさえ出来なかったら皆のトモダチでいることが出来ない…)
 どんどん悪い方向へ考えているせいで、またもや後ろから人が近づいているのには気がついていない。

「龍麻」
 声と共にぽん、と肩を叩かれ再び振りかえるとそこには如月骨董店店主、如月翡翠が立っていた。
 驚きのあまり声が出せないでいると、(いや、驚かなくてもあんまり声は出ないが)どう思ったのか、ため息をひとつついて話し掛けてきた。
「蓬莱寺達がいないみたいだけど、まさか一人で旧校舎へ行くつもりじゃないだろうね?いくら自分の武器の問題だからといって武器が使えない状態で行くのは危険なことぐらい承知してるだろう?昨日の様子が気になって来てみれば…龍麻が潜る前で良かったよ」
 その言葉で、どうやら一人で旧校舎へ行くと思われていたみたいなので、慌ててブンブン首を振っても、構わず如月は話しを続ける。
「そうムキになって否定しなくても良い。武器を探すつもりなら僕も一緒に行くよ。一人で行くよりいいし、武器の鑑定は任せてくれ」
………(そうだな〜京一達が潜ったのか確かめたいしここで悩んでても何にもならないしな。翡翠がいればひとりで潜るよりも心強いしな〜やっぱり怖いものは怖いし)…ああ」
 かくして、二人は旧校舎へと足を踏み入れた。


 一歩踏み出すと、それで反応した敵が危害を加えるべく迫ってくる。
「京一!」
 自分を呼ぶその声に答えるかのように剣先に≪気≫を溜め、一瞬の内に敵に向かって飛ばす。
 ≪気≫は敵を切り裂く風となって数体の化生を葬り、あるいは致命傷に近い傷を負わせた。勢いに乗って手短にいた敵とも対峙する。
 ちらり、と声のした方に目をやると、丁度周りにいた最後の敵を倒したところだった。それだけ確認して、自分も最後に残った敵を倒す。
 たちどころに敵を葬り去った二人は、さっきまで戦った化生達よりも、それらが落としていった物の方に目を向ける。
 しばらく地面にはいつくばるようにして探索したが、やがて苛立ったような声が辺りに響いた。
「くそっ、ロクな物がねえ」
「結局、回復薬に符ばかりか…どうする?もう少し進むか?」
 苦虫を噛み潰したような顔で醍醐は尋ねる。
「っ当たり前ェだ!ここまで来ておめおめと手ぶらで帰れっかよ」
 力んで宣言する京一と裏腹に、醍醐は深いため息を吐いた。長期戦になることを覚悟して道具のチェックをしはじめた。

 そもそも、二人が旧校舎へ潜ることになったのは修行の為ではない。
 昨日の戦闘の最中に敵の攻撃を受け、龍麻の武器であり防具でもある手甲が破損してしまったのだ。
 その光景を目の当たりにしてもなお冷静に素手で戦おうとする龍麻にもショックだったが、戦闘の後の如月との会話もそれに輪をかけた。
「龍麻、この間手甲の破損の危険があるから一度見せてくれと言っておいた筈だよ?幸い今日は大した事は無くて良かったけど、こんな幸運が続くとは思えない。取り返しのつかないことになってからでは遅いんだよ。もっと自分の身も大事にしてくれ」
 珍しく声を荒げる如月に、すまんと頭を下げる龍麻。そんなやりとりを眺めながら京一は最近の自分の行動を振りかえる。
 戦闘が多い中で必然的に如月の店を訪れることは多いが、改めて振りかえると確かに龍麻は回復薬等の補充のほかは仲間の防具や武器を買っており、自分用のものは手を出していなかった。それに自分が如月を厭う為に用が済めば強引にでもさっさと切り上げて連れて帰る事が多かった。

 自分の感情の為に龍麻を危険にさらしたこと、いつも傍らにいながら変化を見ぬけなかったこと、こんな大事なことを誰にも言わずに内に抱えていた龍麻への怒り。そうしたごちゃごちゃした感情を龍麻にぶつけてしまい、頭が冷えた今日、醍醐と共にこの旧校舎へ潜りにきたのだ。
 目的は龍麻の武器である手甲。ここならばより強力な武器があるはず。
 本当は京一一人でくるはずだったが途中で醍醐に見つかり、今に至る。
 旧校舎へ行く目的を話した時点で醍醐が腹部に手を当てて脂汗をかいていたので体調が悪いのかと心配になったのだが、本人は「大丈夫」の繰り返しでいざ戦闘になったらいつもどおりに動いているので大した事はなさそうだ。

 荒ぶる息を整え、更に地下へ降りる。
 地下へ降りるごとに敵も強くなっていくため慎重に歩いていたのだが、途中から聞いたことのある声と剣戟の音に二人は顔を見合わせた。
「まさか…」
「行くぜッ」

 そこはまさに激戦の真っ只中にいた。敵味方が入り乱れている為分かりづらいが、雷が走ったり、「頑張って〜」と妙に間の抜けた声が聞こえている。
 何故ここにいるのかという疑問を抱く前に、身体が動いていた。
 手短にいた敵に一閃。断末魔の叫びをあげ、空気に溶けるように消える鬼。
 それをきっかけに互角に近かった形勢がバランスを崩し、敵が一掃されるのに時間はかからなかった。
 
 最後の敵が消えていたのを確認して、改めて京一はあたりを見回した。そこには雨紋、高見沢、アラン、藤咲、マリィがいた。
 雨紋達はさほど驚いた様子はなく、むしろ京一達がくることを予想していたかのように落ちついている。と、いうより無視するかのように辺りをキョロキョロしている。
 高見沢、マリィは昨日の戦闘にもいたので今日ここにいる理由は大体予想がつく。多分、他の連中も高見沢辺りから話が回ってきたのだろう。
 自分と同じ考えに至り先に行動されていたかと思うと、悔しいやら情けないやらふつふつと怒りにも似た感情が湧き上ってくる。
「何でテメーらがここにいるんだよ!?」
「何でって…センパイの武器探しに来たンだよ。センパイって結構ムチャする人だからこういうことは早めにしたほうが良いだろ?」
 予想にたがわぬ答えが返ってきた。なおも言い募ろうとした時、少し離れたところから声があがった。
「ライト、ココにはタツマの武器見当たらないネ」
「ああ?参ったな〜もっと潜るしかねェか」
 雨紋のぼやきを合図に、各々が止める暇も無く下へと降りる階段に向かう。
 急な展開に半ば呆然としながら見送る。そこへ、マリィが京一のそばへやって来た。
「京一、オニイチャンの武器探しに来たのデショ?一緒に行こうヨ」
 小首を傾げながら京一を誘う。
「…ああ」
 釈然としないまま、生返事を返す。
「ふふっ。龍麻のことを気にしてるのは何もアンタだけじゃないのよ」
「ダーリンの〜役に立ちたいって思いは〜舞子も〜ううん、みんなも〜同じだよ〜」
───―そうだよな。皆龍麻の為に何かしたいといつも願っている。それは何も自分だけではない、「仲間」共通の想いだ。
 気持ちを切り替えるように頭を一振りして、皆の最後について行った。
 
 各々が、それぞれの武器を持って、敵を葬り去る。ある程度は龍麻の指示が無くてもいつも通りに戦える。
 それでも数えるのが面倒なほどの敵に囲まれ、尚且つ数人に分断される形での戦闘には苦戦を強いられていた。

 運悪く京一は一人で数体の鬼に囲まれ、かつ鬼の後ろには一際大きい鬼が控えているのを相手にする羽目になる。
 他の仲間も自分の身を守るのに必死ですぐには援護出来ない。
 間合いをとろうにも後から後から追撃してくるので自分の形に持ちこめず、焦りと疲れが相俟って、一瞬の隙が生じた。
 敵の攻撃を避けきれず、後ろにたたらを踏む。
 何とか体勢を立て直そうとして、間近に敵が迫っているのが見えた。
(やべぇっ)
 今度は防禦も間に合わない。次に来る衝撃に身を固くする。その時だった。
「京一っ!」
 誰かが叫んだのと、京一の前に人影が出現したのと、京一の回りにいた敵が吹き飛んだのとが同時に起こった。
 一瞬の呪縛が解けほっと息を吐いたが、ここには居てはならない人物の後姿だと確認すると、驚いて彼の名を呼んだ。

「ひーちゃん!?」
 だが、当の本人は仲間に何時のように次々と指示を出し、自らも前線に立とうとする。
 当たり前のように京一もそれに倣おうとして───―ハッと今龍麻に武器が無いことを思い出した。
「ひー…」
「龍麻、君は後方に居て皆の回復の援護を頼む」
 京一が呼びとめるのとほぼ同時に、如月の声が聞こえた。
 一瞬、動作を停止してチラリ、と如月の方を見たが、すぐに小さくうなずいて龍麻は他の仲間の元へ走り去って行く。
 京一の隣には、如月が立った。
………何でテメエがいる?」
……ふっ、考えることは不本意ながら同じだと思うんだが?」
 妙にカンの触る言いかただが、今はそれどころではない。
 気を引き締める為に深呼吸をして刀を構える。
「行くぜッ」

 後は二人の援軍───特に龍麻───のおかげでさしたる苦労も無く、敵を一掃できた。
 そして、今。龍麻は皆の前に立っている。
 皆はどこかバツが悪そうにあんまり目線を合わせない。
 京一も同じで視線を地面に彷徨わせていた。沈黙が降りる。
(ううっ、京一どころかみんなまでいるなんて…やっぱりオレが武器無いから遠慮してたのかな?そんなに気を使わなくてもいいのに…それともオレなんていないほうが気が楽だったのかな?沈黙が怖いよ〜)
「ひ、ひーちゃん、あのよ…」
 沈黙に耐えかねて京一は口を開きかけたが、そこで、眼の端に何かが引っ掛かった。それを見極めようとして…いきなり地面にダイビングした。
「あったああああっ」
 突飛な行動に驚いている皆を尻目に京一はお目当てのものを大事に抱え込む。京一の持っているものを見てあちこちから批難の声があがった。
「ひーちゃん…これ…」
 手には一組の手甲。龍麻のための武器。
「皆も君のためにこれを探していたんだ。受け取っておきたまえ」
 何故か戸惑っているような態度の龍麻に、如月が口添えする。
……みんな…ありがとう………
 心の中では感謝感激雨あられ、地獄から天国へ、天使がラッパを吹いて踊りまくっている状態なのだが、もちろん、表にはでない。
 
 手甲を差し出そうとしたところで、京一はそのまま固まってしまった。 他の連中もぽかんとしている。 
 再び辺りを沈黙が支配した。
(みんな…どうしたの?やっぱり力いれ過ぎて睨んだと思われた!?余計なことするんじゃねえって言ってるみたいに見える?うえ〜ん、みんなの顔を見るんじゃなくてお辞儀するぐらいで止めとけば良かった〜どうしよ〜フォローなんて出来ないよ〜(涙))

 彼らが自分の滅多に見られない笑顔に見惚れていたなんてことはちっとも思っていない龍麻であった。
 ………誤解は続く。

2000/05/20 Release.

 みんな、なんていい人たちなんだろう…>仲間
なんだか、これ読んだら「ワタシのことみたい…」なんてしみじみ思ったことも内緒じゃないです(笑)。いつもありがとね、天使殿。キミは本当に特徴掴むのが上手いよってパロ書かれたワタシが言う台詞じゃないか(^^;;)。
でもいつも言うけど、ワタシが志半ばで斃れたら続きは是非キミに頼みたい気持ちです。ワタシより上手くまとめてくれそう…(うっとり)
緋勇(う…み、みんなはホントにいい人たちだと思うけど…結局オレ、また睨まれたって思われちゃってんでしょ…。サーノさん…オレ、このビョーキ治らないの〜!?)←ビョーキ治す前にアホを治さんと。