日常、あるいは平穏な日々

知佳魅 光留

とある日の、夜も更けた頃。
真神学園でも特殊な空間と言われているオカルト研究室………通称『霊研』にて、1人の女性がある思惑を達成すべく、日々研究にいそしんでいた。
「…う〜ん」
いわゆるビン底メガネをかけた彼女は、立っているのが精一杯だと言わんばかりの、もう誰も立ち入ることの無い(一部の人間を除く)旧校舎を窓越しから見ていた。
旧校舎は半月の光にその姿をさらし、妖しくそびえたっている。
「あそこには〜、何か必ずあるはずなのよね〜」
自分の求めるものなのか否か。そのところはさすがの彼女も知る由が無かった。
「たまには〜原点に戻って〜頭の中、整理しよ〜」
独り言にも似たつぶやきは、誰もいない霊研によく響いた。
彼女は六芒星が描かれている丸い机に、いつも抱きかかえている人形を真ん中に置き、その周りをロウソクで取り囲んだ。
小さなビンと、何か布の切れ端のようなものをもってくる。ビンの中には透明な液体が入っていた。
布の切れ端を人形にくくりつけ、ビンの中の液体を人形にふりかける。
そして、儀式は始まった───
「我、汝に告ぐ。汝は彼、彼は汝…。汝の魂は彼のそれと同位にあり。今ひとたび1つとなれ。汝に告ぐ…。共有せよ…」
人形にかざしていた手を下ろす。
すると、人形から何かが揺らいで出てきた。
「あと3分ぐらいかな〜」
彼女はまた窓際に移動した。月明かりが彼女を照らす。
「うふふふ、う〜ふ〜ふ〜ふ〜」
妖しく笑う彼女の声は、夜の校舎に更なる不気味さを誘う。
午前2時。草木も眠る丑三つ時の出来事───


───同刻、緋勇 龍麻宅───

……………っ!」
ぐはぁっ!!はぁはぁ…、あ、あれ?
何だ、夢か。びっくりしたぁ。
なんか如月と京一が微笑みながら見つめあってるかと思ったら、「はいっ、ア〜ン」「ア〜ン」って2人で新婚さんごっこしてるんだもん。
んで、2人ともこっちを見たかと思うと、「う〜ふ〜ふ〜」って笑いかけてくるんだもん。なんか見ちゃいけないもの見ちゃったような気がしたよ。(汗)
2人とも何やってたんだろ?漫才の練習?
うん、きっとそうだ。やっぱり日々の練習が重要なんだろうな。
オレの夢の中でも練習をするとは、やるな2人!
それはそうと、なんかものすっげー寝汗かいてるな。
あ〜あ、シャツがびっしょだよ。べたべたでキモイ〜。
で、何の気なしに横を見てみる。
京一が横で寝ている。
ついさっきまでいっしょに酒を飲んでいて、結局家に泊まることになったのだ。
前は1人ひとり布団を敷いて寝ていたのだが、いつの間にやらオレがいつも使っているベッドで一緒に寝ることになっていた。
ぐっすりと寝ているようだ。
こんなに暑い中シングルベッドで、しかも男2人で寝てるってのに、よくもまぁ涼しい顔で寝てられるな。
さすが都会育ち。この暑さには慣れてるんだろうなぁ。
う〜、のどが渇いてしまった。水が欲しい…。
と、言うわけで水を飲むためにごそごそし始めるオレ。
京一をまたがないと水はおろか、着替えることもできない。起こさないようにしないと。
そ〜っと手を京一の向こう側へ持っていく。
ちょうど京一に覆い被さるような格好になった。
と、その時。

───ジャスト三分〜。

え?!なになに??なんか今、うう裏密の声が聞こえたんだけど??
き、気のせいだよな?幻聴だよな?そうだよね?ね?って誰に聞いてるねん!
…ダメだ。パニクってるらしくて心漫才もうまくいかないなぁ。
それはそうと早く水を飲みにいこう。
……………………
……………………あ、あれ?か、体が動かない?
えぇぇぇぇ!!マジ!?ちょっと、どうしちゃったのオレ!?
もしかして、金縛り?
マジで!?うわ〜ん、どうしよう!きっと裏密の呪いだぁ!(作者:惜しい!)
こういう時ってどうすればいいの?このまま固まってなきゃいけないの?
ああ、金縛りのせいで声が出せないいい!…っていつものことなんだけどね。(泣)
京一!起きてくれ!オレを助けてぇ!
「…う〜ん」
あ、起きた!オレのテレパシー(?)が通じたんだ!良かったよぉ!
「…!ひーちゃん…」
京一ぃ、助けてぇ!体が動かないんだよぉ!うぅ、何とか伝えないと…。
……きょ…いち…」
「な、なんだ?」
助けてぇ!オレを救ってぇ!
……す…」
「え?」
あぁぁぁ、毎度のことながら口が動かないぃ!泣きたくなってきたよ。顔には出ないけど。
………
………
だから体が動かないんだ!きっと裏密の呪いなんだ!…さらっと失礼なことを言ってるような気がするが、今はそれどころじゃない!助けて京一!
気持ち悪いよぉ!
……き…」
「…え?」
あ、京一が驚いた顔をしてる。良かった、言いたいことが通じたんだ!
え〜ん、早く助けてぇ!
オレはじたばたしながら(もちろん心の中で)京一の助けを待った。
……何してるんだ?京一、顔そむけちゃったよ。
ちょっとして、京一がもういちどこっちを見た。
そして口が開いた。
「ひーちゃん…俺…」
しかしその声と同時に、別の声が響いてきた。

───五分経過〜。

へっ!?何??
おわ!ち、力が入らない!?
オレは重力に逆らえず、そのまま京一にかぶさるように倒れこんだ。

ゴツンッ!

…っっっっっっっっっってー!!
痛たたた!頭ぶつけちゃったよ…。
………
あれ、京一のびちゃってる。頭強く打ちすぎちゃったかな?
ま、オレも力の入れようがなかったからなぁ。ゴメン京一。不運だと思ってあきらめてくれ。


───先刻、蓬莱寺 京一思惑───

変な夢を見た。……ような気がする。
龍麻がオレの目の前にいる。何故か恥ずかしそうにして。
そして口が開く。
「京一、オレはお前が───
そこで目が覚めた。
あの光景は一体なんだったんだろう。
龍麻は何を言おうとしたんだ?
俺は重い頭を少しずつ動かして上を向いた。
目の前には、すでに見慣れた天井が見える…はずだったのだが。
「…!ひーちゃん…」
龍麻がいた。覆い被さるようにして俺を見ている。
その瞳はたまに垣間見せる時と同じく深い黒に彩られ、表情は何か真剣な面持ちだった。
今の光景がさっきの夢とダブる。
龍麻は少し震えた唇で言葉を紡ぎ合わせる。
……きょ…いち…」
「な、なんだ?」
思わず聞き返してしまった。龍麻の声が震えている。
何か途方もないようなことを言い出すのではないか?
そう考えたくなるような龍麻の真剣な顔は、心もち俺との距離が縮まっている。
……す…」
「え?」
……き…」
「…え?」
今にも消え入りそうな声で聞こえた言葉。
心臓が飛び出しそうだった。まるでさっきの夢の続きだ。
顔が熱くなってきたような気がする。自然と顔を背けてしまった。
龍麻がそんな…。どうしてそんなことを?一体何を考えているんだ!?
真意を知りたい。どんな手を使っても…。
意を決して龍麻を見据える。一方は相変わらず表情が変わらない。
「ひーちゃん…俺…」
俺のことを本当にそう思ってるのか?!
そう言おうとした瞬間、龍麻の顔がいきなり近づいてきた。
そのまま、オレの目の前は真っ暗になった………


───その五分前、真神学園 オカルト研究室───

「う〜ふ〜ふ〜」
彼女は笑っていた。術の成功に酔いしれていたのだ。
彼女の使った術とは、媒体(人形)を指定した人物との魂と呼ばれるものにリンクさせ、その媒体自体をその人物の分身に変えることができるもの。
極端なことを言うと、術が成功すれば、操ることはおろかその気になればその人物をも殺すことができるという、『丑の刻参り』に似た呪法である。
しかしこの術には欠点がある。効果時間が短いのだ。
もって5分。その間にしたいことをしなければいけない。
「ひ〜ちゃん。あなたの心、ちょっと見させてねぇ〜」
彼女は人形に手を当てる。人形を通して、龍麻の心をトレースしようとしているのだ。
少しして…
「…う〜ん。これって〜、何なのかしら〜」
手を離した彼女は首をかしげた。
彼女の中に流れてきた映像。
…蛇のようなもの。それには角と手足がついている。全身金色の光を帯びていた。
その隣には太陽のように強い光を放つもの。
そして彼女を一番悩ませている映像。
…それは漫才にも似た、話のやりとり。
「…やっぱり謎の人ね〜」
そういう彼女は結構まんざらじゃない顔をしていた。
「…もう五分ね〜。これでお終い〜」
その言葉と同時にテーブルに立っていたローソクの火が一斉に消えた。
部屋を闇が支配する。
「やっぱりあなたは素敵な人〜。う〜ふ〜ふ〜」
彼女は独特の笑い声を残して教室を出た。
そこには静寂だけが、不気味に残った。


───翌朝、緋勇 龍麻宅───

トントントン…

朝にぴったりのいい音が、龍麻邸に響く。
……ぁあ…。おう、おはようひーちゃん」
……おはよう」
台所へ目をこすりながらきた京一に水の入ったコップを渡す龍麻。
「おお、わりぃな」
渡された水を一気に飲み干し、彼らのいつもの朝は始まった。
「うー、いててて。昨日は飲みすぎたかな。まだ頭がズキズキするぜ」
「…そうか」
(しっかし、昨日の夢はすごかったな。ひーちゃんがあんなことを言う夢を見るとは、…ヤキがまわったかな?)
(ふぅ、昨日はマジであせった。金縛りなんて初めてだったからなぁ。昨日は起こしちゃって悪かったな、京一)
それぞれの思いが言葉に乗らず、いつものすれ違いが始まりそうな出だし。
彼らはそれなりに幸せそうだから良いのであろう。

日常あるいは平穏な日々が始まる。


〜後書〜
えー、いちおお祝いということで、初めて投稿させてもらんですけど…。
…うまく表現できなかった。(T-T)
スンマセン、むっちゃヘタクソで。もう、煮るなり焼くなり好きにしてやってください。
これを書いて改めてサーノさんのすごさがわかりました。これからも頑張ってくださいね♪

2000/05/20 Release.

 そーか、知佳魅さんそんな名前だったのかーって全然そんなことはどうでもいい! これも「皮下接触 I'」とかいってこっそり小説之箱にしまっちまえ(バキッ)…とか思ったってコトは少しも内緒ではありませんけど(笑)。
緋勇(うーん、腰の低い人だなァ。オレも見習おう。で、何でオレ金縛りにあったんだ? あのマンション呪われてるのかー!?)←だからどうして人の話を…