腹痛いほど笑いたい

鮎川いきる

  サーノさんへ、ありったけの愛を込めて……
  勘違い、そしてバトルです。
  もちろんサーノさんトコの龍麻と京一で!


 にこ。にこにこ。にっこり。ニカッ。ニヤリ。くっくっく。わっはっは。あはっ。い〜ひ〜ひ〜。エヘヘッ。オーーホッホッホッホッホォ!!!

 ……裏拳。うーんだめだ、笑えない。いくら心の中で「ははは」って思っても、表情はどうやってもムスッとした感じになっちゃうなぁ。あ、もちろん俺は頭がおかしくなった訳じゃないぜ?笑い方の練習をしているのさ!って誰にゆーとんねん。しかも爽やかに。

 あーあ、京一はあんなにカッコよく笑うのになぁ。ヘヘヘッ、とか言って。
 あーあ、なんで俺は人並みにできないのかなあ。
 あーあ……歯磨きして、寝よ。

 がっかりしながら立ち上がり、パジャマ姿で洗面所へ向かった。今日は珍しく京一が来ていないため、もう何もすることがない。ふと壁に掛かった小さな時計に目をやると、ちょうど夜の十一時五十五分を指している。ってどこがちょうどやねん。

 コップには歯ブラシが二本。赤いのが京一で、青いのが俺のだ。まるで新婚夫婦みたいだ。でも京一は肴のスルメが歯に挟まった時くらいしか歯磨きなんてしないから、同じ日に買った歯ブラシも俺の方がずっと毛先の広がりが大きい。この赤い歯ブラシを買い替えるくらいになるまで、京一はウチに来てくれるかな……なんて、女々しいなオレ。

 はっ。モタモタしてるうちにそろそろ十二時になりそうだ。十二時ちょうどに鏡を見ると、自分の死に顔が見えるんだぜ。なんてね、都市伝説なんて信じちゃいない……いないけど、やっぱ、怖い…かな?
 口をすすいで、何気なく顔をあげた。自然に目はそこにある鏡に……ッ。

 か、っか、かが……みに、
 ぎゃああーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!
 し、し、し、死に顔ーーーーーーーー!!!!!!!

 ん、あれ?違う……これってもしかして。
 もしかしなくても……いつもの俺の顔やんけ!

 その晩、俺は枕を濡らした。もちろん心の中で。
 神様……自分の顔が死に顔に見えるだなんて、いくらなんでも酷すぎるよ……

 翌日。空は快晴だが、俺の心の空はどしゃぶりだ。酸性雨みたいにどす黒い雨が昨日の晩からずっと降り続いている。けど、それでもいいかもしれないな。酸性雨で俺がハゲたら、醍醐も心強いだろうし……
「よう、ひーちゃん!」
 教室に向かう途中の廊下で、京一がいつものようにスキンシップをしてきた。腕を首に回して、俺の眼を覗き込んでくる。うぐぐ、苦しい。
「なんだよ、ひーちゃん。顔色悪いぜ?」
……………。」
 それは今お前が首を絞めてるからじゃ!とツッコもうとしたけど、やめた。どうせできないし……なんか昨日から悲観的だな。悲観的にもなるゆーねん。だって自分の顔が死、死、死にが……考えるだけで暗くなるから、もうやめとこ。
「どうした……?なんかあったらちゃんと言えよ?」
 さすが京一だ、俺の調子が悪いの分かってくれるんだ。ありがとう心配しなくでくれよ俺の鉄面皮は今に始まったことじゃないし……と言うために、俺はまず首にまとわりついていた京一の腕を無理やりほどいた。そして口を開こうとした次の瞬間。
「よう」
「げっ、犬神!」
「蓬莱時、何を朝から馬鹿なことやってるんだ。さっさと教室に入らんか」
「じゃ、じゃあなひーちゃんまた後で!」
 あ、京一……。しまった!これじゃ俺が京一とのスキンシップが嫌で腕をほどいたみたいじゃないか〜〜。待ってくれよ京一、待てよ待て待て〜うふふっ捕まえてごらんなさい……ってキミ誰やねん。

 犬神先生も俺の心漫才に呆れたのか(んな訳ない)、フッとかなんとか鼻で笑ってA組の教室に入っていった。
 少しでも俺が笑えたらこんなことには……ああ……また心の中で酸性雨が……

 京一は朝から気付いていた。今日の龍麻はおかしい、ということに。朝も珍しく京一の腕を振り払ったし、今も……授業中も、顔に手を当てて何か考え込んでいる。いつもの龍麻なら授業はそれなりに真面目に受けているのに、今日はどこか虚ろな眼をしている。

 虫歯にでもなったか?……いや、そんな筈はねェ。こいつは俺の偏見かもしれないが、あんなにキレイ好きな奴が虫歯になんてならないだろう。
 頬をさすっていたかと思えば、今度は目をひっぱり始めた。……一体、何をしてやがる?泣くのをこらえているのか……まさか、あの男が。
 ちっとも見当が付かないが、かと言って理由を直接問いただすこともできない。ただ時間ばかりが過ぎていき、やがて放課のチャイムが鳴った。

 今日は先週からの予定で、旧校舎に潜ることになっていた。いつもの五人でそこへ行くと、あらかじめ連絡を付けておいた如月や雨門がすでに集まっている。
「なあ……今日はやっぱりやめねェか?」
 案の定、京一の提案に皆が不審な顔をする。
「何言ってんだよセンパイ、オレ様わざわざバイクすっ飛ばして来たんだぜ?」
「そうだよ京一、なんで急にそんなこと言うのさッ」
「何かあるのか?まさか今さら用事が出来た訳でもないだろう?」
「うふふ……京一くんったら。」
 この中で、まさか龍麻の調子が悪そうだからなどとは言えない。ふと龍麻の方を見るとやはりまだ調子は良くないようで、まるで雨雲が頭上にまとわりついているかのように、その顔には薄暗い影が落ちていた。

「あー、いやその、なんだ。今日はよくねェ事が起こるんだよ。なっ、ひーちゃん!」
 ……言ってくれ、今日はやめようって。何か気になることがあるのなら、俺を頼ってくれ……そんな想いを込めて、京一は龍麻をじっとみつめた。
「どうする、龍麻。京一の言う通り今日は取りやめにして、ラーメンでも食って帰るか?」
 京一の気持ちを分かっているのかいないのか、醍醐が訊ねた。すると龍麻は俯き加減だった顔を更に下へ向けて、絞り出すような声でこう言った。
「いや、行こう」

「いや、行こう」
 京一、もしかして俺のこと心配してくれてるのかな。俺がひそかに落ち込んでるのも、京一なら分かってるのかもしれない。それなら尚更行かなくちゃ。約束だもんな、みんなに迷惑はかけられないよ。
 ほら、この地面に生えてる雑草を見ろよオレ。笑えなくても泣き言なんて言わないで頑張って生きてるじゃないか。雑草魂って言葉はちょっと古くなっちゃったけど、雑草の塊で頑張るぜ!うむ、意味不明だ!!
……分かったよ」
 京一は何か怒ったような素振りで、先頭をずかずかと歩いていく。一瞬また失敗したかと驚いたけど、京一が怒ってる時はいつも誰かを心配してくれている時なんだ。俺も最近少しはそれが分かってきた。
 そうだ。心配してくれてるんだ。
 俺に腹立ててるんじゃ……ないよな。違うよな?

 ちょっぴり不安な気持ちを抱えたまま、俺達はいつものように旧校舎を降りていった。四十階から十階下へ、それが今日の目標だった。けど四十五階で……俺は少し、油断していたのかもしれない。旧校舎にも慣れてきたからって、アイテムをほとんど持ってきていなかったんだ……

「キエーーーーーーーッ」 
 妙な奇声を発して、殺人鬼が一匹血の海の中に倒れた。
「ひーちゃん、大丈夫か!?」
「京一、来るな!」
……ッ!ひーちゃ……
 俺は一人だけ殺人鬼に囲まれ、徐々に体力を減らしていた。それでも味方との距離が遠すぎるために援軍を頼む気にもならない。何しろ雑魚の数が多すぎて、移動に無駄な行動力を費やしている場合ではないのだ。
「京一は雷人とそこらのタクヒを全部散らしてくれ!醍醐はあそこの吸血鬼を……あいつがボスだ!如月と小蒔は京一たちが仕留めそこなった奴を処理するんだ!」
 如月を処理班に回すのは気が引けたが、今は一つでも多くアイテムが欲しい。如月は骨董品店の店主だから、敵から何か巻き上げるのは得意だろう。

 問題はこっちだ。似たような顔の殺人鬼がざっと……五、六匹はいるか。殺人鬼とはいってももちろんそれは人間ではない。俺の体力が持つか……
「キィエエェェーーーーー!!」
 先程倒れた奴と同じような声を上げて、一番近くにいた一匹が刀を手に襲いかかってくる。背後に何かの <<気>>がないことを確認してから一歩退くと、目の前で閃光が煌いて俺の前髪がはらはらと落ちていった。そして相手が刀を引くより早く、その懐に飛び来んで拳打を放つ。落ちた顎にもう一発同じ拳をぶち込むと、俺の脇腹の横にあった刀が音を立てて地に落ちた。すぐに鬼もその上に倒れていく。
 何もかもがうまくいった。けれどまだ安心はできない。たったの一匹を倒しただけなんだから……

 すぐに今度は左右から、同時に敵が近付いてくる。どちらを先に……いや、違う。全身から昇ってくる剄を腰の捻りに伝えて……
「螺旋拳!」
 同時に近付いた二匹の鬼が、同時に弾かれ飛んでいった。覚えたての技だった。
 そして態勢を整える一瞬の隙に、俺は前にいた二匹が一匹しかいないことに気付いた。
「ひーちゃん!!」
 京一の声がする。ああ、京一が倒してくれたのか……いつの間にこっちに……でも、なんだか声が遠くな……
「たつまァーーー!」
 ズブリ、と。
 妙な感覚がした。
 気を探らずとも分かる、俺は後ろを取られたんだ。瞬時に一歩前へ出てから振り向くと、先程は前に立っていたはずの鬼が卑しい笑みを浮かべていた。ああ、もし俺が笑いたい時に笑えても、こんな笑いは嫌だな。……絶対、嫌だな。
 そんな風に思いながら拳打を放つと、手に返ってくる感触が通常よりずっと鋭く感じた。敵もうめきながら一発で倒れる。必殺……

 しまった、無駄な動きになったか。前のを倒してから振り向けば良かった。背中を斬られて焦ったのか、判断を誤った……。今、俺の背中にはもう一匹いるはずだ。

 ────やられる────

「ひーちゃん!」
 京一の声。今度はさっきほど遠くない。
 同時に、俺の背後にあった凶々しい <<気>>が、一瞬で消え去った。
「剣拳奥義・円空旋……か、覚えたてだけど悪くはねェな。ヘヘッ。」
「きょう…いち……。」
「ああ。大丈夫か?ひーちゃん。」
 京一の後ろにも、みんなが立っていた。もう敵は残っていない。
「あ……
「うん?」
 ありがとう。ありがとうって言いたいんだ。笑ってありがとうって言いたいんだ。京一……いつの間にそんなに強くなったんだよ……俺、守られてばっかりだな。
「なんだよ、ひーちゃん。背中痛いのか?」
 違うよ、ありがとうって言いたいんだ。頼む、俺の表情筋!昼間あんなにマッサージしたじゃないか。今だけでいいんだ、うまく動いてくれ。せめて笑え!笑うんだ!にっこり笑うんだ、微笑むんだ!!さあ!笑えーーー!!にこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこ!!!
………にこ。」
 言ってどうするよ……オレ……とほほ、どうしよう……マジで泣きたい。

………にこ。」
 に、にこ!?にこってなんだ!?
「ひーちゃ…?」
 聞き違いかと思ってもう一度聞こうとすると、突然誰かが脇を通りすぎた。
「はい、龍麻。牛黄丹を二個だね」
 うっ……た、確かに牛黄丹二個で今の龍麻なら体力は全部回復する!如月に……如月に負けるとは……
「すまん……翡翠」
 如月に頭を下げる龍麻を見て、アイテムマスターになってやるーー!!と京一は誓った。

 相も変わらず勘違いのすれ違い、けれどそれはお互いに相手のことばかり考えているからで。二人はやっぱり幸せ者……だけど、

「いたっ。あいたっ。あいたたっ。」

 マッサージだけじゃ効き目がない、と自分に顔面パンチを繰り返す龍麻は、やっぱり少し可哀相かもしれなかった。


完。

2000/05/21 Release.

 いーきーるーッッッ!! お前は本当にサイコーだッ!(捩笑)
草人形に引き続き、今度は雑草でワタシを斃しました! 草系!(解らん) あそこの台詞がずーっとずーっと頭に残ってずーっと爆笑し続けてるんだー!! オチもー! アイテムマスター万歳!!!!(泣笑)
いやいや、バトルなシーンも見事に表現されてて、上手いのに爆笑でした。サンキューいきる!
緋勇(ななな、なんかオレ、そこまで可笑しい心漫才なんかしてないよ…でもオレ、何でサーノさんあんなにウケてんのかやっぱり解んない…雑草魂ってイイ言葉だよね?)←うむ、立派にボケてますな。