緋勇龍麻アルバイトすin王華

サーノ

 …う。オヤジさんが目を丸くしてる…何か変だったんだろうか?
手も洗ってきたし、借りた王華のエプロンもしてるんだけど。アン子ちゃんに貸してもらった「ウェイターの服」も、サイズ合ってるもんな。
……う…ボウズ、あのな…」
は、はい。何でしょう。
おかしなことがあるなら何でも言ってくれ。
 でも、かしこまって待ってたら、オヤジさんは慌てて目を逸らした。
「い、いや何でもねェや。と…とりあえず1週間、頑張ってくんな…。」
………はい。」
…しまった…。またうっかり見つめちゃった…睨んだんじゃないんだよ〜ごめんねごめんねッ。
最近どーも気が緩んじゃって、うっかり顔を見ちまうんだよなあ。
前髪で隠れてるお陰なのか、クラスメートも仲間たちも平気そうなんで、ちょっと図に乗ってるんだよなオレ。反省…
 だがしかし、落ち込んでるヒマはないぞ。
この忙しい王華のお手伝いを、ニブくてトロくてお愛想も振りまけないオレなんかが、やらなきゃならんのだから!

 さァ、緋勇に一体何があったんでしょうか! ここから実況・解説はワタクシ、世界のライトニングキャンサー(意味不明)ことサーノが、いつもと違うカンジでお送り致します。
 昨日。
いつも通りラーメン食いに来て、いつも通り仲間たちとわいわい話をしてた(…いや、緋勇は聞いてただけです。勿論。)時のこと。
「はい、王華で…なんだお前か。早く来い、今からどんどん忙し…え? な、何だってェ!?」
電話に出た王華店主が珍しく大声を張り上げたので、店にいた全員が驚き、聞き耳を立てた。
……んなこと…えッ? バカヤロウ、そんならもっと前に言ってくれりゃあ…何言ってやがる、あんなヤロウじゃ役に立たねェよ。…バイト? だから、そんなもん今から募集したって仕方ねェだろ! それにたった二週間なんだから…うるせェや、もう分かったよ。お前にゃ頼まん!」
 ガシャンと乱暴に電話を切って、それからハッとしたように振り向いた店主は、照れ笑いしながら頭を掻いた。
「す…スイマセンね、お騒がせして…」
そそくさとカウンター向こうの厨房に戻る店主に、京一が声を掛ける。
「二週間って何だよ、おやっさん。なんかあったのか?」
「い…いやァ…」
「オヤジさん、何か困ってるの? ボクたちに出来ることない?」
………。」
 ちょっと迷ってから、彼は済まなそうに話し出した。

 実は、ずっと出前専門で働いてくれてたヤツがバイクで事故っちまってねェ。
いやいや、怪我は大したことねェんだが、一週間入院して、完治してバイク乗れるようになるまで二週間かかるってんだよ。
仕方ねェから、店の方手伝わせてるヤツに出前も回ってもらってんだけど、やっぱ夜の混む時間は手が足んなくてね。弟やら甥っこに頼んでも、連中は連中で忙しいって言いやがるし。
バイトを頼んでもいいんだけどね、アイツは退院したらすぐ戻ってくるし、そしたらしばらくは店ん中手伝わせるから、人手の欲しいのは一週間だけなんでね。人に頼みづらいってのもあってねェ…。
 一週間、出前だけ休ませてもらおうかと思ってんだけど、お得意さんに申し訳なくて…

 いつも無口で、なんとなく頑固そうで、客が話しかけても短い言葉で返すだけの店主が、こんなに長く話したのは初めてだった。
(…ちょっと親近感あったのに。オヤジさん、喋ろうと思えばこんな喋れるのね…いいなァ。)
 なんてまた全然関係ないことを緋勇は考えていたが、店主の話にはまだ続きがあった。
その内容は、緋勇達を驚愕の渦に叩き込んだのだ。…渦に突き落とされても無表情のままなのだろうな、緋勇…って関係ないやん。
「…全くあのヤロウがバイクで転んだりしなけりゃねェ。それも、道に変なのが倒れてて、ビビッて運転誤ったってんだから…」
「…変なの?」
「鬼みたいな顔の、バケモノじみた男が倒れてたってんだよ。」
…………!!」
「だけど、すっ転んで慌てて起きあがった時には、もうそんなもんどこにもなくて、その後警察で調べてもらっても何もいなかったそうだし。一杯引っかけてやがったんじゃねェかって叱ったんだけど、出前の帰りにそんなことしねェって言い張りやがるのよ。まァ、ちょっとタチ悪りィいたずらだったんだろうな…」
「…あの…それは、いつの話ですか?」
「ああ、一昨日だよ。花園神社の近くだったから、もしかしたら縁日で酔っぱらったオニづらのオヤジだったのかもな。」
……………。」
 そう、それは間違いなく、縁日の夜に緋勇達が道端で斃した<敵>のことであった。

 余談だが、鬼道衆も旧校舎の<敵>も、斃すと水蒸気のような煙とともに消滅する。
何でそうなのかは解らない。
別次元…意識界と呼ばれることもある…から送られる強い意志力(例えば本人や鬼道衆の怨嗟・憤怒・猜恨の念)によって原子レベルから組織塑造されて一種の霊的物質…というよりアストラル体に近いものに変わってしまうため死んでその組織を保てなくなると塑造に必要とされた多量の水分のみが残されしかも変質の際生じる熱量によって蒸発するのだがこのような例はいくつかあって例えばエクトプラズムというのは霊体であり通常は目に見えない筈であるが有形化するにあたって周囲の繊維質や水分などを借りってあーッ!面倒くせえー!!
どーせ緋勇に説明したって、(へ? 原始レベルのアストロ球団だから追加分を残して消滅する…? 何のこっちゃ。確かにこれからってとこで終わっちゃったよなアレって何でオレがそんな古いマンガ知っとんねん。…例え話なのかな?)なんて反応しかしないだろうからもういい。
それにしても、相変わらず人の話を聞かない奴である。「アストロ球団」は復刻版が出とるっちゅーの。(だから何だ)

 あの時はまだ完全にとどめさしてなかった鬼を残して、ご老公を救けに行っちゃったんで、しばらく身体が残ってたんだよね。きっとあの直後に、出前の人が通りかかったんだろう。
あの連中は強かったけど、それだけが原因じゃない。あの時オレちょっとはしゃいでて甘かったから…。
 ……………
 ダメだ。なんか考えてたら、どんどんオレのせいのような気がしてきた。
いや、やっぱオレのせいだろ。うん、間違いなくオレのせいだ。

 いつものごとく、自分が悪いという方に考えてしまった緋勇は、思わず立ち上がった。
「…ひ、ひーちゃん…」
隣にいた京一が咽せながら止めたが(いつも通り緋勇の気持ちをちょっと勘違いしつつも察知したのである)、緋勇は構わず宣言してしまった。
……オレが……手伝う。」

 その後は、「一人でやろうとするな」とか「みんなで交代でやろうヨ!」とか「お前のせいじゃねェだろ?」とか「ダァリンに出来るの〜?」なんて厳しいツッコミとか「みんなに知らせないと」とか「曲が出来そうだぜ…」とか「大スクープよッ!!」とかだんだんよく分からない騒ぎになってしまったのだが…む? いつの間にかアン子が混ざってる? そう、オイシイ話のあるところ常にアン子あり、なのだ。
「任せてよ龍麻くんッ。演劇部に掛け合って、この私が素敵なウェイター服 強奪し 借りてきてあげるッ。」
「う…ウェイター服ッて…アン子、何考えてんの…。」
「…嬢ちゃん……。」
(そうか、飲食店のお給仕さんはウェイターだよな。…でも、王華にはちゃんと制服みたいなのあったよな? そう、オヤジさんの着てるみたいな、白いヤツ。…まあ、単なる手伝いだから、ここの制服は借りられないのか。さすがアン子ちゃん、気がきいてるぜ。)
 その後、猛スピードで学校に戻り、ほんの30分ほどで服を略奪してきたアン子を見て、(なんて有能なんだろう、アン子ちゃんって…。やっぱ憧れちゃうなァ。)なんて思ってしまう緋勇には、彼女の手にした一眼レフは目に入らないんだろうか。入らないんだろうな。

 ということで冒頭。
早速お手伝いをと服を着て店に立った緋勇だが、いきなり失敗してしまった、というワケだ。
(とほほ…こんなんで接客なんて出来るのかしら。)
「龍麻サン、バイトなンて、したことあンのか?」
 二つある四人掛けテーブルの一つを占領し、イスにふんぞり返った雨紋がニヤニヤ笑いながら声をかける。
「…いや。」
「だろうなァ…へへへッ。」
(ぐ…そんな追い打ちをかけるように〜。雷人のイヂワル〜。)
そうじゃアリマセン。雨紋は(だろうなァ…何か、いいとこの坊ちゃまって雰囲気だもンな)とか思ってたに過ぎません。
「そンじゃァ、オレ様で練習しようぜ。ホレ、接客接客!」
ペシペシとテーブルを叩いて手招きするのを見て、京一がこめかみに血管浮き上がらせて立ち上がったり、醍醐がそれを羽交い締めして止めたりしてることに気付かず、緋勇はコックリと頷いた。
(そっか、オレが失敗しないように練習させてくれるつもりだったのか。イヂワルなんて思ってごめんな。)
 よし、何事も練習だッとばかりに、緋勇はどきどきしながら、雷人に近づいて、礼儀正しくお辞儀をした。
………いらっしゃいませ。ご注文を…どうぞ。」
 おおスゴイじゃないか。緋勇も随分成長したよな、ちょっと心の中で練習するだけで、こんな長い台詞も言えるようになったのだ。後は、その仏頂面をなんとか出来れば…ってそんなことはどうでもいい。そうじゃねェだろ緋勇。誰かツッコんでやれ。
だが、この緋勇にツッコミを入れてくれる仲間がいたなら、緋勇もとっくにハッピーエンドで納まってるのだ。
(う? あれ? ら、雷人? どうした?)
 呆然と緋勇を見つめていた雨紋が、腹の底から沸き上がる笑撃に耐えられずに吹き出したのは、たっぷり10秒後だった。
…………た…たつ…う…ッッくッ……ブはッ!」
 すると店にいた全員が、一斉に笑い出した。
他の客まで笑っている。
………。)
「た…たつまサ…最高、サイコーだぜッ…ぶはははははッ!」
「ダ〜リン…すっごくステキ〜!」
………。)
そっと振り向いた緋勇の目に、頭を掻きながら笑う店主の姿が映る。
 (…………………
ああ…哀れだなあ緋勇…
 (……ウケたッ。)
ズル。
…っておいおいキミッ!?
(ウケてるよ、オレ! 何で笑われてんのか分かんないのはイタイけど、でも、どう見てもこれは。)
そっちに行ったか…傷つくと思ったのに。まあ、少しは成長してるということらしい。
(嘲笑われてんのかと思って一瞬心臓がぎゅっと縮まったけど、…ちょっと違う。どこがどう違うってのか分からないけど、こう…あったかく笑ってる、というか。)
 その通りだった。みんな「かっわいい〜」とか「龍麻くんらしい〜」とか思ってるのだ。そこに気付くとは大したもんだ。それでこそ男だぜ緋勇!(サムアップ)
(そういやラーメン屋やお寿司屋は、威勢良く「らッしぇい!」とか「何にしやしょッ!」とか軽いノリでいくもんだよな。そうだよ、こんな場所でこんな言い方したら、全然似合わなくてウケるよな。なるほど、そういうことか!
どっちにしろオレにあのノリは無理だし、こっちの路線でお客さんを笑わせる方向で行こう! そしたら、この仏頂面も怖がられないかも知れない! そっか、それはイイかもな。これなら将来就職だってイケるかも!)
 未来の展望にまで一筋の光明が差したような気がして、心の中でガッツポーズをした緋勇に、アン子がトドメの一発をくれた。
「龍麻くん、いけるわッ! その調子で頑張ってね!!」

 一週間はあっという間に終わった。
放課後しか手伝ってもらえないのは店主にとって困りものだったが、実際この店は夜の方が大変なのだ。
高校生、塾帰りの小学生、仕事帰りのおねえさん、おじさん、何故か品のいいおばあさんまで、実に様々な人が来る。
 彼らには、緋勇の対応はすごくウケたりはしなかった。そりゃそうだ。
でも、酔っ払いのおじさんには「ここはいつからホストクラブになったんだァ?」と大声で笑われた。
近所の学校の女のコたちが団体で来たときは、メチャクチャウケた。
さすがは箸が転んでも可笑しい年頃だ、と緋勇は思ったようだが、そのコたちが中学で一気に「ウェイターのお兄さんFC」を作ったとか、そんな嬢ちゃんたちや本気で一目惚れしたOLにアン子が写真を大量に売りつけてた、なんてことは知る由もない。
オヤジさんも「お前さんのお陰で、若い女のコ達が沢山来てくれたよ」と苦笑しながら言ったのだが、(ウケたからだな。良かった、売り上げや評判が落ちたりしなかったみたいだ…)としか思わない辺り…まあそれが緋勇だから仕方ないのだろう。

「アイツも戻ってきたし、ホントに済まなかったな、ボウズたち。これは気持ちだ、好きなだけ食ってくんな。」
 一応バイト禁止の学校の手前、単なるお手伝いとして給金は出さず、代わりに毎日ラーメンをタダで食べさせてやった店主だったが、今日も出前の兄さんの退院祝いも兼ね、みんなにご馳走をした。却って高くつかなかったか? おっさん。
 まだ足をひょこひょこさせながら、お兄さんが緋勇たちに水を運んで来た。手の甲に、大きな絆創膏が付いている。
「手伝ってくれたんだってね、ありがとな。」
……いや…済まなかった。」
………??」
(あの鬼になっちゃった奴らも、元は人間だったんだし。
鬼道衆と闘ってるときも、ビルや学校が燃えちゃったり、壊れちゃったりしたけど、アレで迷惑かかった人たち、いっぱいいるんだろうな。
オレ、そういうの全然考えてなかったけど…これからはもっと気を付けないとな。
東京を護りに来たのに、東京の人たちに迷惑かけてたんじゃ本末転倒だ!)
 決意を新たにしながら、緋勇は餃子を頬張った。
隣に、そんな緋勇を痛々しげに見つめる京一とか、そんな京一を見てまた胃の辺りを抑える醍醐とかもいたが、それはいつものオプションなので語る必要もないだろう。

 と、ここまでは美談(?)だったが。
「アレッ…あのコ辞めちゃったのォ?」
「うそー! 魔人学園のセンパイ、もういないのー!? がっかりィ!」
「何でぇ、あの面白えカッコの兄ちゃんいねェのか。おやっさん、この兄さんにもあのハデなウェイター服着せてみたらどうだ? げへへへ」
「そりゃイイや! ビシッと決めてこいよ兄ちゃん!」
「え〜? でもあの人みたいにカッコ良くないとねェ〜。」
「ねー!」
……あの『済まなかった』って…こうゆう意味だったのかッ…!!」
 出前のお兄ちゃんは、本職の岡持ちに戻るまで結構ひどい目に遭ったのだった。
龍脈を巡る人外の闘いに凡人が関わるとロクな目に遭わないというお話である。…全然ちゃうやん(締めツッコミ)。

おわり。


 …とゆうわけで、御前から戴いた絵があまりにもカッコ良くて大笑いしてしまったので、こんな理由をつけてみたんですが如何でしょうか>御前、ALL。
(やっぱりオレに接客業は無理なんだ〜ッ!)と泣かせて終わるつもりだったんですが、気付いたら勝手に緋勇が動いたのでそのまま放ってしまいました(笑)。まあ、そんなこともありますよね(いつもやんけ)。
ではお目汚し失礼しましたm(_ _)m。お帰りはこちら↓。御前の緋勇で目を癒してお帰りを。

2000/07/05 Release.