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    <title>暴走魔人学園</title>
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    <updated>2009-08-10T10:40:06Z</updated>
    <subtitle>東京魔人學園剣風帖の二次創作中心とか言いつつ九龍とかにも手を出してます。</subtitle>
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    <title>八之参－魔人の星</title>
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    <published>2009-08-10T09:21:38Z</published>
    <updated>2009-08-10T10:40:06Z</updated>

    <summary>魔人の星～Take Me to the ...</summary>
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        <name>サーノ</name>
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        <![CDATA[<p>魔人の星～Take Me to the Trouble～</p>

<p>「だ～りィよな～。フツー、炎天下で野球なんかやる？」<br />
「だよなー。ちくしょー、いいなあＤ組の奴ら。ジャンケン勝ってたらサッカーだったのになー。」<br />
「細野の野郎、自分の趣味押しつけんじゃねーよなー。」<br />
　さんざん文句を言いつつ、級友達は野球のボールやグローブ、バットなどを倉庫から運んでいる。<br />
「確かに、授業で野球をやるのは珍しいな。」<br />
「細野のヤツが野球狂なんだよ。ホントは甲子園とか目指したかったのに、真神の野球部は弱えーかんな。鬱憤晴らしたいんじゃねェの？」<br />
醍醐の台詞に溜息混じりに応えて、京一は一つ欠伸をした。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　じっとしていても、じりじりと腕や頬が焼ける。<br />
梅雨が空けたばかりの今、普段なら白々と暈けて見える空も青く広がり、点在する白雲がくっきりと際立っている。<br />
「プール入りてェ…。」<br />
「排水溝の修理が終わらないのでは仕方あるまい。」<br />
「近所のガッコに借りるとか、市民プールに行くとかあんだろーがッ。あーチックショー暑いッ。」<br />
「無茶を言うな、無茶を。」<br />
　先週、排水溝に亀裂が入ったため、現在プールは使用禁止となっていた。<br />
修理は今週までに終わる筈だったのだが、古くなった水管をすべて取り替えることになって、思いのほか長引いていた。<br />
そのため、本日の３－Ｃ組とＤ組の体育は、空いていたグラウンドを使っての授業に変更となってしまったのだ。<br />
女子は全員でバレーボール、男子は代表者のジャンケンにより、Ｃ組が野球、Ｄ組は第二グラウンドでサッカーと決まった。<br />
３－Ｃ男子が１８名、３－Ｄは１９名。１０対９でサッカーをやるよりは、マシなのかもしれない。</p>

<p>　京一は黙々と走っている龍麻に声をかけた。<br />
「よォ、ひーちゃん。お前、野球って得意？」<br />
「<span class="dot">……</span>いや。」<br />
「ふうん。」<br />
　聞いてはみたが、特に興味があったわけでもなかったので受け流す。<br />
準備運動を兼ねた校庭一周程度でも、この時期は暑くて辛い。殆どの生徒がただ歩いている中で、きちんと走っているのは龍麻ただ一人だった。醍醐すら、適当に足を運んでいるといった様子だ。<br />
「何だよ、真面目に走れよ、醍醐。」<br />
「ふん、俺は朝トレで、充分準備運動が済んでいるさ。お前こそ、龍麻を見習ったらどうだ。」<br />
「ちッ。あ～あ、あっちいなあ～。」</p>

<p>　誰も知らない。<br />
龍麻が心から燃えていたことを。<br />
（う～ふ～ふ～。野球。１８人以上いないと出来ないスポーツ。小、中学時代、授業でやらない科目。…憧れだったんだよ！　ナイター中継観てて、一度でいいからやってみたいなあって。へへへ、楽しみ！）</p>

<p><br />
「…は？　…嘘だろ？」<br />
　体育担当の細野教官が、すっとんきょうな声をあげた。<br />
整列した３－Ｃ組の男子生徒達が、互いに顔を見合わせる。<br />
「こんなにいて、野球経験者いないの？」<br />
よほど意外なのだろう。疑わしそうに全員の顔を見て、もう一度、挙手を促した。<br />
「ちょっとでいいよ、野球やったことあるヤツ、手をあげろ。」<br />
しかし、何度やっても結果は同じ。たった一人、現野球部員の原田だけが手を挙げている。<br />
「<span class="dot">……</span>空き地で三角ベース、てのは経験に入んねェよな？」<br />
「さあ…」<br />
ヒソヒソと交わす声もあったが、恐らく全員分かっていたのだ。<br />
「野球経験者＝投手をやらされる」ということを。<br />
（冗談じゃねェよ。ピッチャーなんて、かったるい）<br />
（向こうで女子連見てるじゃねーかよ～。カッコ悪いとこ見せたくねーじゃん）<br />
思惑は様々であったが、実力があって且つ目立ちたいという生徒は居なかったらしい。<br />
「ふう、仕方ないな。２～３人はいると思ったんだが<span class="dot">……</span>。おい、蓬莱寺。」<br />
「…んあ？」<br />
「んあ？　じゃないだろ。お前、運動神経だけはいいから、やってみるか？　ピッチャー。」<br />
「“だけ”はよけーだッ！　って…オレがピッチャー？　悪りィけど、オレ全然野球って知らねェぜ？」<br />
「全然！？　テレビでプロ野球とか高校野球とかやってんだろーがッ。」<br />
「そんな暑苦しいの見ねェッての。」<br />
「かーッ！　嘆かわしい！　…おい、お前ら！　ルールくらい知ってるだろ？　知ってるヤツ手を挙げてみろ！」<br />
ここで手を挙げたら即ピッチャー。全員が互いの動向を探り合う中、何も分かっていない男が、一人だけ何も考えずに挙手した。<br />
「おお、緋勇か。お前もそこそこ、やれそうだな。じゃ、ピッチャーやってくれるな？」<br />
「<span class="dot">…………</span>経験は…ありません。」<br />
「いや、構わん！　さっさと試合やろう、時間がないからな！　原田と緋勇がピッチャー、その他のポジションは適当に決めて、打順はジャンケンででも決めろ！　５分後に始めるぞー！」<br />
「おいおい…いー加減だな…」<br />
生徒達がブツブツいうのを尻目に、細野は楽しげに白線を引き出した。仕方なく全員で、相談を始める。<br />
「緋勇、大丈夫か？　ま、適当にやりゃあいいからな。勝ち負け関係ねーだろうし。」<br />
原田が気の毒そうに、龍麻に声をかけた。彼にしても野球部とはいえ弱小チームのメンバーで、しかも外野しか守ったことが無い。<br />
「<span class="dot">……</span>ああ。」<br />
特に困った風でもなく頷く龍麻に笑いかけ、全員の顔を見渡す。<br />
「で、他のポジションどーする？　キャッチャーの一人は醍醐で決まりだとして」<br />
「…お、俺は決まりか<span class="dot">……</span>まあいいが…。」<br />
「他も適当にジャンケンで決めてこーぜ。どこも変わんねえだろ？」<br />
「全然違うよ、京一…。ま、いいか。どーせ全員実力は似たり寄ったりだろうしな。じゃ、適当にジャンケンしよっか。チーム分けもついでにな。」<br />
　自然と中心になっている原田の周りで、ジャンケン大会が巻きおこった。</p>

<p> 「<span class="line"><nobr>───</nobr></span>で、大体決まったな？　じゃ、こっちに俺のチーム、そっちに緋勇チームで別れてみてよ。」<br />
五分後には、全員のポジションと打順が決まった。作戦もセオリーもありはしない。<br />
「ふむ。ということは、俺は龍麻の球を受けることになるわけだな。お手柔らかに頼むぞ。」<br />
醍醐が楽しげに笑いながら、緋勇の背中をドンと叩いた。<br />
「…ああ。」<br />
「原田～、あんま速い球投げんなよ？　俺取れねェぞ？」<br />
「分かってるって、てゆーか俺だって速い球なんか投げられねェよ。」<br />
「ファーストって一塁だよな。」<br />
「レフトってどっちだ？　向かって左？　守ってて左？」<br />
がやがやと、特にルールを知らない連中が、原田を質問責めにしている。<br />
京一はその輪から離れ、龍麻の背中にのしかかった。<br />
「…てェことは、俺、ひーちゃんの投げる球を打つんだな。」<br />
原田チーム、７番センター。それが京一のジャンケンの結果であった。<br />
「なんか賭けねェか？　俺がひーちゃんの球を打てたら昼飯おごってくれる、とかさ。」<br />
「<span class="dot">………</span>。」<br />
「よっしゃ、決まりな！　へへへッ。腕が鳴るぜ！」<br />
バットに触ったことすらないのに、京一は既に打つ気でいる。<br />
「全く、相変わらず勝手なことを…。龍麻、気にするな。」<br />
「<span class="dot">………</span>。」</p>

<p>　（勝負！　ああ…平成の名勝負…野茂対清原。松坂対イチロー。<span class="dot">……</span>やる！　オレはやるぜ、伴ッ！！　ってオレは星飛雄馬か！　緋勇龍麻やっちゅーねん。…あれ？　似てる？！　ま、まあいっか。）<br />
当然、彼のいつもの心漫才を知る者は誰もいない。</p>

<p>「こら、醍醐。ちゃんとプロテクターをつけんか。」<br />
「大丈夫ですよ、先生。俺は打たれ強いし、第一あんなものを付けたら動きが取れませんよ。」<br />
　龍麻とのジャンケンで原田が勝ち、先攻を取った。どうせ残り時間も３０分程度、大して回らないなら、打つ側からやった方があまり投げなくて済む、という計算だった。<br />
「よし、龍麻。軽く放ってみてくれ。」<br />
醍醐が無造作に、ホームベースの後ろにしゃがんだ。<br />
コクリと頷き、龍麻がボールを細野から受け取る。</p>

<p>　（わー。野球のボールだー。へええ、堅いんだなあ。そりゃ、硬球っていうくらいだし。…投げてみるか。どんな風に投げようかな？　技巧派…は無理だし…うーと。誰の真似しよっかなー。）</p>

<p>　す、と龍麻の両腕が上がった。<br />
「ほう、キレイなワインドアップだな。」<br />
細野が出っ張った腹を揺すりながら呟く。隣に立っていた原田も、興味深く見つめた。<br />
　腕を真上に伸ばし、背筋をピンと張った状態で、一瞬ピタリと止まる。<br />
そこからおもむろに身体を沈め、後ろに一旦退かれた左腕が、豪快にしなって風を切る。</p>

<p>　醍醐のミットから、小気味よい音が響いた。</p>

<p>「<span class="dot">………</span>ウソ…。」<br />
「ちょっと待てよ…緋勇…マジ？」<br />
ざわざわと、級友たちが騒ぎ出した。<br />
「…今のは…本物、か？」<br />
「…さ、さあ…しかし…凄い、ストレートでしたね…」<br />
　五秒後、暫く固まっていた醍醐が立ち上がって、大人しくプロテクターを着用し始めた。</p>

<p>　（違う！　山本昌のマネだったのに、こんなにストレートが速くちゃダメだっ！！）<br />
かなり失礼なボケをかましている龍麻の心は、やはり誰にも分からない。</p>

<p>「…チクショウ…得意じゃない、だと？」<br />
　京一は歯噛みした。<br />
一応全員に配られたが、殆どの者が身に付けていない帽子をキチッと目深に被り、醍醐の返球を軽く捌く姿から目を離せない。<br />
　何故、あんな嘘をついたのか。<br />
ただの謙遜とも思えない。第一、普段からは考えられないほど闘志を溢れさせているのが分かる。<br />
野球をやっていたことを隠したかったのだろうか。それとも<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
（野球をやっていたことを忘れたかった…か…。）<br />
京一はまた溜息をついた。</p>

<p>　大体、龍麻は何でも軽くこなしてしまう。<br />
水泳、バスケ、サッカーなど色々授業で行われたが、何の苦もなく、そこそこの活躍をする。<br />
しかし彼は、ある程度で力を抜いてしまうのが常だった。本気を出せばどれだけの実力があるものか、計り知れない。<br />
他の授業でもそうだ。時々ノートを借りる京一は、その細かに書き込まれた内容や宿題などから、龍麻が授業内容をほぼ完璧に把握していることを知っていたが、指名されると「分かりません」と回答を拒否することがあるのを奇妙に思っていた。<br />
　落ちこぼれて教師にマークされる程ではなく、優秀で皆に注目される程でもなく…<br />
その位置を保とうとするかのように。</p>

<p>　言うまでもないが、全部誤解である。<br />
体育で力を出し切ってないように見えるのは、顔に出ないだけ。本人はいつでも全力である。<br />
授業で答えられないのは、長々と説明しなければならない時。それが出来るなら、普段も苦労していない。<br />
龍麻の成績が中位をキープしているのは、真面目だから毎日きちんと予習復習をしているくせに、テストであっさりケアレスミスを連発するためだった。だが、そんなことは誰にも分からない。</p>

<p>　昼飯、ソンしちまったな。<br />
そう思いつつ、京一は転がっているバットを拾い上げた。堅く太い金属バットは、扱い慣れた木刀とは違い、振ってみるとひどくバランスが取り難かった。</p>

<p>「ストラック！　バッター、アウーツッ！」<br />
　やたらと嬉しそうな細野のダミ声が、原田チームの第一打者の凡退を告げる。<br />
ほぼど真ん中に投げ込まれる球は、当てるのは簡単そうだったが、速過ぎて素人には合わせることなど出来はしない。<br />
その後も簡単に三者連続三球三振で、一回表は終了した。<br />
（難しいな。昌兄ィ、どうしてあんな豪快なフォームで120～130km台のストレートが投げられるんだろう。）<br />
山本昌が聞いたら泣き出しそうな恐ろしいことを考えつつ、龍麻はマウンドを駆け下りる。<br />
（桑田を尊敬している投手は、イニング終了の時必ず走ってベンチに帰らなくてはならない掟だからな。）<br />
いつから投手になったのかは知らないが、とにかく龍麻は走って陣地に戻った。<br />
「龍麻、野球をやっていたのか？」<br />
「<span class="dot">……</span>いや。」<br />
「そうか？　凄い球じゃないか。本格的に、甲子園でも目指していたのかと思ったぞ。」<br />
「<span class="dot">………</span>。」<br />
　昔から野球は好きで、色々な投手や打者のフォームをマネしてみたりすることは多かったが、実際にバットやグローブに触ったのは今日が初めてである。<br />
古武道による、自然な円運動が身に付いていることと、バランス良く鍛えた腕力・背筋力の賜物なのだろうが、プロのプレイしか知らない当の本人は、皆こんなもんなんだろうとしか思っていない。<br />
（投手を誉めてその気にさせ、完投させるつもりだな。流石は伴！　オレはやるぜ！　それはもうエエっちゅーの。つーかただの授業なのに、醍醐も真面目だなー。）<br />
心漫才と勝負に夢中の龍麻には、周囲のどよめきも歓声も聞こえないらしかった。</p>

<p>　試合は、龍麻を意識してしまった原田が四球を連発、醍醐が豪快にホームランを飛ばして３－０となった。<br />
その後は原田も立ち直り、流石に素人に当てさせない球を投げて、程なく１回を終了。<br />
２回表はまた龍麻が三者連続三振に討ち取り、裏もあっけなく終わった。<br />
　授業の残り時間は１０分を切っていた。<br />
「よっしゃあ！　この俺が絶対、ひーちゃんからホームランをかっとばしてやるぜ！」<br />
口だけは威勢良く、京一がバッターボックスに入る。<br />
「<span class="dot">……</span>。蓬莱寺。」<br />
「何だよ、細野。とっとと始めろよ。」<br />
「お前、右利きだよな？」<br />
「だったら何だよ。」<br />
「こっちじゃない。右のボックスに入って構えてみろ。握りが逆だ、それじゃ。」<br />
「何でだ？　ったく、これだから野球なんてもんはキライなんだよ。適当で良いじゃねェかそんなもん。オラ、とっととやろうぜ。チャイム鳴っちまうって。」<br />
「…まァいいが…ふう。緋勇、始めよう。」<br />
ぎこちなくバットを構えた京一は、マウンドの龍麻を睨み付けた。<br />
帽子の下、輝く双眸が真っ向から対峙する。<br />
（どういう事情があったにしろ、お前、野球やりたかったんだな。へへッ、なんかワクワクするぜ。）<br />
（行くぞ！　花形ッ！　オレの魔球を打ってみろ！）<br />
近いようで遠い二人の思考が、複雑な形で火花を散らす。<br />
京一の足元で、醍醐も二人の対決を興味深げに見守っていた。</p>

<p>　ぶおんッ。</p>

<p>　だが、一球目にして既に勝負にならないことが、素人の醍醐にも解った。<br />
球の通り過ぎた数瞬後、軌道より遙か下で空を切ったバットが、そのまま振った本人をも引きずって一回転する。<br />
かろうじて尻餅を付かずに済んだ京一は、思わず唸った。<br />
「<span class="dot">……</span>速えェ…。」<br />
横で見ているより、ずっと速くて、怖い。投げたと思ったら、もうミットに納まっている。<br />
「おい、情けないな。当てることも出来んか。」<br />
ニヤニヤ笑いながら、醍醐が返球する。<br />
「うるせェなッ…てめェだって打てねーだろッ。」<br />
「ああ。味方で良かった、といいたいところだが、掌の皮が剥けそうだ。全く、次から次へと魅せてくれる男だよ。」<br />
　立ち上がって両手を軽く振ってみせる。赤くなった手をまたミットに差し入れて、醍醐は座り直した。<br />
「あと二回振れるんだよな？」<br />
「ああ。」<br />
　今度は龍麻が投げた瞬間に、バットを振ってみた。<br />
チッ、という微かな音がして、球が醍醐の足元に跳ね、後方に転がる。<br />
「…当たった！？」<br />
　どよめきが起こった。<br />
三番を打った原田も、当てることすら出来なかった。どうみても素人のデタラメなフォームで、あの剛速球に当てられるとは、誰も思ってもいなかったのだ。<br />
「ちっくしょー！　もう少しだったのに！」<br />
京一が、ブンブンと素振りをしながら喚く。<br />
「こんなへんてこりんなモンじゃ、当てるに当てらんねーじゃねェか！」<br />
「また無茶なことを…仕方ないだろう。そら、あと一球あるぞ。」<br />
　醍醐の声に、もう一度構え直そうとした京一は、ふとあることに気付いて金属バットを放り出した。<br />
「そーだッ。いーこと思いついた！　タイムな、ひーちゃん！」<br />
そして、道具などを立てかけてあったフェンス際に駆け寄り、見慣れたものを持って戻ってきた。<br />
「<span class="dot">……</span>まさか…京一。それ…」<br />
「応よッ。コイツなら、自在に振れるぜッ。」<br />
そう。<br />
京一は、愛用の木刀を持ち出したのだ。</p>

<p>「おおおお！　蓬莱寺、面白えー！」<br />
「やれやれー！　緋勇、あの邪魔な木刀、折っちまえー！」<br />
　両軍とも色めき立った。気が付けば、少し離れたところでバレーボールをしていた筈の女子達まで集まり、キャーキャーと騒いでいる。<br />
「緋勇くーん、頑張れー！」<br />
「京一くん、ファイトー！」<br />
　細野はしばらく呆れ顔で見ていたが、やがてふうっと溜息をつき、どうせ言っても聞かないだろうとプレイを再開した。<br />
「醍醐、念のため、もう少し下がって構えとけ。」<br />
「はい。」</p>

<p>　実に異様な光景だった。<br />
たかが体育の授業なのだが、烈しい≪気≫を抑えようともしない龍麻と、木刀をピタリと構えて微動だにしない京一。木刀の届かないところに下がった捕手・醍醐と、万が一のために名簿で顔をガードした審判・細野。その他、敵味方関係なく盛り上がっているクラスメート達。<br />
　龍麻の両腕が、頭上高く掲げられた。</p>

<p>　次の瞬間に起きた出来事を把握出来たのは、恐らく醍醐だけであったろう。<br />
パン、という軽い音と、バシッとグローブが鳴る音。それだけが、殆どの見学者に理解できた現象だった。<br />
「<span class="dot">…………</span>え？」<br />
「…京一。大したもんだが、アウトだ。」<br />
「え？」<br />
「ピッチャーライナーでワンナウト。」<br />
「<span class="dot">……</span>えッ！？」<br />
　驚いたことに、京一の木刀は見事に龍麻渾身のストレートをジャストミートし、強烈なライナーとなって龍麻を襲ったのだ。しかし動体視力の優れた龍麻が、素早くグローブを差し出して、難なくキャッチした。<br />
これが真相だった。<br />
「何だよッ。オレ、当てただろッ？　当たったら俺の勝ちじゃねェかッ！」<br />
「…京一、野球ってのはな…」<br />
　ようやく事態を把握した周囲の人々から、誰からともなく拍手がわき起こった。<br />
「すげー！　木刀で打つ京一も京一だけど、捕っちゃう緋勇も緋勇だな！」<br />
「今あたし、全然見えなかったー。緋勇クンて、やっぱ凄ーい！」</p>

<p>　この時、折角級友達に褒められているにも関わらず、全然聞いていなかった龍麻を責めることは出来まい。心臓が口から飛び出しそうな程ドキドキしていて、それどころではなかったのだから。<br />
（…こ、こ、こ、怖かったっ！！　し、し、死ぬかと思った！　京一、木刀で打ち返せるなんてスゴすぎだよー！　ビックリした、球が返ってきたから怖くて慌てて顔隠したら、たまたま捕っちゃったけど。てことは、グローブで顔を隠してなかったら、顔面直撃だったってこと！？　うわー…野球って観てると面白いけど、やるのって怖いんだ…。もうやだ。二度とやりたくない。観るだけで充分ですう…）</p>

<p>「何でだよッ！　当てたんだから、俺の勝ちだ！　ひーちゃん、おごってくれるよなッ！？」<br />
「全然違う！　龍麻、このバカにおごらせて、ルールをたっぷり教えてやれ！　俺はもう知らん！」<br />
　大騒ぎの中、校舎の方から終了のチャイムが鳴り響く。<br />
「…先生、緋勇をウチの部に勧誘しとけば良かったですね。」<br />
「あー…もうちょっと早ければなあ…予選に間に合ったのに…」<br />
「本当ですね…。」<br />
　細野と原田が寂しげに語り合う。もしこれが春頃だったら、甲子園で活躍する龍麻の姿が見られたのだろうか。そういう意味では、運が良かったのか悪かったのか、誰にとっての運なのか、定かではなかった。<br />
何にせよ、暑くてつまらない筈の臨時授業が思い掛けず盛り上がったのは、誰にとっても幸せなことであったに違いない。</p>

<p>　その後、また勝負しようと持ちかけても頑なに拒む龍麻が、京一にあらぬ誤解をまたまた植え付けるのだが、それはまた、別の、お話。</p><p class="update">06/23/1999 初出</p>]]>
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    <title>八之弐－確保</title>
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    <published>2009-08-07T09:25:38Z</published>
    <updated>2009-08-10T10:40:36Z</updated>

    <summary>「───じゃあ、この牛黄丹を２０個と。磬...</summary>
    <author>
        <name>サーノ</name>
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        <category term="間幕" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://ogihara.daa.jp/majin/">
        <![CDATA[<p>「<span class="line"><nobr>───</nobr></span>じゃあ、この牛黄丹を２０個と。磬木を１０個追加だね。じゃ、こちらの麻沸散を引き取って、差額が…はい、3,000円。端数はサービスだよ。」<br />
　感謝を込めつつ頭を下げて、オレは財布から紙幣を取り出した。</p>

<p>　ここのところ、蓬莱寺が「旧校舎の謎を暴こうツアー」なんてものを開いて、ちょくちょくあの気持ち悪い地下に、探検しに行くようになった。オレとしては付き合いたくないんだけど、どこから聞きつけるのか、雨紋や藤咲、紫暮達まで楽しそうに集まってくるので、意義を唱えるヒマもなく無理矢理潜らされてしまうのだ。<br />
仕方がないので、出来るだけ死なないような準備だけはしておこうと、必然的に如月の店を利用することが増えた。<br />
この店は、敵の所有物だった妖しげな武器や道具をあっさりと買い取ってくれるのだ。<br />
確か初めてこの店に来たとき、「出所のハッキリしないものは買い取れない」とか言ってたのにな。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
　オレがいつまでも突っ立って見ていたので、如月が立ち上がった。<br />
「どうした？　何か用があるなら、中でお茶でもどうだい。」<br />
あー、用はないけどお茶が飲みたい。<br />
来る度に上がり込んでる気はするんだけど、…いいのかな。<br />
「そろそろ時間も遅いし、店じまいするところだよ。君さえよければ、食事もしていかないか。」<br />
えっ、い、いや、そこまでは、ご迷惑じゃない？<br />
「…遠慮はしないでくれ。お互い一人暮らしで、普段はつまらない夕食だろう？　たまには賑やかに食べるのも、いいんじゃないかな。」<br />
…オレがいても賑やかにはならないけど…。<br />
でも、そう言ってくれて嬉しかったので、一つ頷く。<br />
如月も嬉しそうにオレを招いてくれた。本当にイイ奴だよな。</p>

<p>　店の奥からつながる如月の家は、いつ来ても畳の匂いとお茶の香りが良い感じだ。純和風の家って、やっぱイイ。マンションに住んでみて、洋風が体質に合わないと初めて分かった。とにかく落ち着かないのだ。実家も古い日本家屋だからかな。<br />
ここに来ると、ついリラックスしてしまって長居になるので、一応気を付けてはいるんだけど…<br />
「ちょっとくつろいでいてくれ。すぐに用意するからね。」<br />
　どうやら食事の用意を始めるらしいのに気付いて、オレは慌てて立ち上がった。<br />
「？　どうした？　座って…ああ、手伝ってくれるのか？　ははは、気持ちだけで嬉しいよ。」<br />
いやいや、二人分作るのって結構手間だしさ。米研ぎとかイモ洗いとかだけでも。<br />
オレが腕をまくるのを見て、無下に断るのも悪いと思ったんだろう。<br />
「有り難う。それじゃ、二人で作ろうか。」<br />
如月はそう言ってくれた。へへへ、これは結構楽しいぞ？　トモダチとご飯作るなんて、林間学校とかみたい。</p>

<p>「へェ、流石に慣れているんだな。」<br />
　里芋の皮を剥いているオレを見て、如月が笑った。<br />
うん、オレ結構得意なのよ。前に古武道のことを誤解して、本気でコックさんになろうと思ったこともあったんだ。<br />
男一人で暮らしてる割には、キチンとした食事摂ってると思う、自分でも。<br />
「…こんなものかな。緋勇君、味をみてもらえるかい。」<br />
だし汁を小皿に少し取って、如月がオレに渡す。<br />
どれどれ。…おお、旨いじゃん。<br />
頷いて皿を返すと、如月がプッと吹き出した。<br />
「…何だか、こういうのも良いな。男二人で台所に立つのもどうかと思っていたんだけど、なかなか楽しいものだね。」<br />
うんうん！　オレも今、そー思ってたとこだよ！<br />
「<span class="dot">……</span>そうだな。」<br />
ああもう、相変わらずしょーもない暗い声しか出ないけど、いやマジで大賛成よ、如月。<br />
　その時遠くから、如何にも旧式、という感じのベル音が聞こえてきた。<br />
「おっと、電話だ。緋勇君、ここを頼むよ。」<br />
如月が小走りに台所を出ていく。切ったイカに料理酒と重曹を少々振りかけ、軽く揉んでいたオレは、それじゃあとばかりに、だし汁を濾すことにした。</p>

<p>　結構長い間、如月は戻ってこなかった。廊下から微かに話し声が聞こえたけれど、内容までは聞こえない。<br />
えっと、里芋はもう煮てるし、笹掻いたゴボウもアク抜き終わってるし、暇だったから味噌汁も作っちゃったし。ご飯も、あと20分くらいかな。よしよし、あと少ししたらゴボウと人参を炒め始めて良さそうだ。<br />
如月的には、きんぴらゴボウって甘い系だろうか。オレん家はピリ辛系なんだよね。確認してから作った方がいいかなあ。<br />
　なんて思ってる矢先に戻ってきたので、オレはホッとした。<br />
「済まない、すっかり任せてしまったな。…ああ、味噌汁も作ってくれたんだね。有り難う。」<br />
心なしか如月は嬉しそうだ。味噌汁作っておいたから？　いや、今の電話が何か嬉しいお知らせだったんだろう。<br />
「…如月。」<br />
きんぴら作っていい？　と訊こうと思ったら、如月は首を捻って、それからフッと笑った。<br />
「良かったら、僕のことは翡翠、と呼んでくれないか？　…君にはそう呼ばれたいんだ。」<br />
えっ！？　い、いいのっ！？　うそん！　オレらこないだ「仲間」になったばっかりなのに…<br />
よ、喜んで呼ばせていただきます！　とりあえず、心の中で練習だー！！</p>

<p>　ご飯が丁度炊ける頃、食事の用意も完了した。アツアツで食べたいから、ちゃんと計算しておかずを作るのだ。<br />
今日のお献立は<br />
　・里芋とイカの煮っ転がし<br />
　・きんぴらゴボウ<br />
　・焼きアジ<br />
　・白菜の浅漬け<br />
　・豆腐とワカメの味噌汁<br />
　・白米<br />
以上だ。<br />
…現代高校生、食べ盛りの男が二人で食う献立かって？　アンタも如月骨董品店に来てみたら分かるって。ここでピザとか食えねェぞ、絶対！　ってまた誰に言っとんねん。<br />
　いただきます、と合掌して、箸を取る。<br />
味噌汁をずっと啜って、如月が…いや、ひ、ひ、翡翠が、驚嘆の声を上げた。<br />
「驚いたな。ウチにあった味噌と出汁だろう？　全然味が違うよ。」<br />
ふっふっふ。まあな。ちょっとしたコツがあるんだよね、味噌を入れる時と出汁の隠し味に。<br />
「いいお嫁さんになれそうだね。」<br />
ぶはっ。<br />
思わず噴くとこだった。顔には出なかったろうけど。如月、いや翡翠も、そんな冗談言うんだな。あ、でも蓬莱寺とは掛け合い漫才やってたもんな。<br />
「<span class="dot">……</span>そうだな。」<br />
今度は翡翠が吹き出す番だった。<br />
「そ…そういう返事が来るとは思わなかった…。」<br />
そうだろ？　そうだろ？　ツッコミ欲しかったなー。まあ、オレ相手じゃ遠慮するか。いや、「ホンマ！？　そしたらオレのこと嫁にもらってくれる！？」とかまでボケたら、ツッコんでくれたかも。しまった。<br />
「<span class="dot">………</span>。」<br />
翡翠は、何か言いたそうにオレの顔を見ている。何だろう？　そのきんぴら、やっぱ辛かったか？<br />
　と、突然店の方から戸口を叩く音がした。<br />
客か？　と翡翠を見ると、<br />
「いや、たまに閉店後に絡んでくる酔っ払いがいるんでね、気にしなくていいよ。」<br />
と言いながら立ち上がった。<br />
そしてオレの横に来て膝をつき、「ちょっとじっとして。」と言ってオレを見つめてきた。な、何？　どうかした？<br />
それよりさ、翡翠。今、お店の戸口、開く音しなかったか？<br />
　翡翠の右手がすっと上がって、オレの頬に触れた。<br />
「ご飯粒が付いているよ。」<br />
あ、ああ。なんだ、そうですか。<br />
って、そんなん言ってくれたら自分で取るのに。親切にも程があるぞ。<br />
「ひ…、ひーちゃん！！！」<br />
うわっ！？<br />
　ビックリしつつ声のした方を振り返ると、開け放した襖の向こうに、蓬莱寺が立っていた。<br />
あれ？　なんでこんなトコに？　…何でそんな嫌そうな顔をしてるんだ？？<br />
だが、翡翠は振り向きもしない。どころか、オレの頬に付いていたらしいご飯粒を取ると、そのままペロリと食べてしまった。<br />
　<span class="dot">………</span>そ、そんな…どっかのイチャイチャ新婚さんみたいな真似を…<br />
蓬莱寺も相当ビックリしたんだろう。大事にしている竹刀袋を盛大に落とした。<br />
もしかして、さっきの「良い嫁さん」ネタの続きだったのかな？　しかし、男のほっぺたに付いてたご飯粒まで食べるとは、体張ってんなあ、翡翠。ちょっと尊敬しちゃう。</p>

<p>「<span class="dot">……</span>ッて。てッ。てめェ…」<br />
「おや、蓬莱寺君か。来ていたのか、気付かなかったよ。どうかしたのかい？」<br />
　蓬莱寺は、全身ワナワナと震えている。本当にどうしたんだ？　今のネタがつまんなかったからか？　顔を真っ赤にして、翡翠を睨んでるけど…そんなに怒らなくてもいいのに。<br />
「いッ、いッ、今のは、じゅーぶん、ヘンタイだろーがッ！！！」<br />
「何のことだ？　それより食事中なんだけれどね。座るか、出て行くかしてくれないか？」<br />
ウケなかったのが如月も悔しいのか、蓬莱寺に対して随分冷たく当たっている。蓬莱寺もなあ。漫才コンビのくせに、何だってそんなに…あ、腹が減ってるのか、もしかして。<br />
「ひ…ひーちゃん。お前、こ、こうゆうことコイツに許してていいと思ってんのかよッ！？」<br />
蓬莱寺がオレの肩をガシッと掴んで、今度はオレに絡んできた。許すも許さないも、ちょっとつまんなかっただけだろ。</p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><p class="cut">♪ 六堂様より賜った挿絵 ♪</p><a href="http://ogihara.daa.jp/majin/assets_c/2009/08/rokudo02-4.php" onclick="window.open('http://ogihara.daa.jp/majin/assets_c/2009/08/rokudo02-4.php','popup','width=449,height=481,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://ogihara.daa.jp/majin/assets_c/2009/08/rokudo02-thumb-300x321-4.jpg" width="300" height="321" alt="rokudo02.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a></span><p>　オレは、里芋を一つ箸で掴むと、蓬莱寺の口に突っ込んでやった。<br />
「<span class="dot">………</span>ッ！」<br />
　旨いだろ？　オレの得意料理の一つだからな。人間、腹が減ってると怒りっぽくなるんだって。一緒にメシ喰ってけば？　まだ沢山残ってるし。<br />
　何故か呆然とした顔のまま、蓬莱寺は里芋を飲み込んだ。…お前、ちゃんと噛まないと体に悪いぞ。<br />
オレも里芋を取って食べてみる。勿論、ちゃんと噛むぞ。<br />
…？　何だ？　さっきまで普通の色に戻っていた蓬莱寺の顔が、また赤くなってるな。<br />
「<span class="dot">……</span>蓬莱寺？」<br />
何で目を逸らすかなあ。口に合わなかったかな。ちぇっ。上手に出来たと思ったのに。<br />
翡翠、あんま美味しくなかった？　と振り向いたら、翡翠も何故か口をぽかんと開けてオレを見ていた。<br />
…？<br />
「<span class="dot">……</span>ひーちゃ…そ、その…はし…」<br />
箸？　が、どうかした？<br />
　いきなり、翡翠が笑い出した。<br />
「くッ…はは、あっはっはっはっは！！」<br />
大声で笑う翡翠は初めて見る。何にそんなにウケてるんだろう？　オレ？　蓬莱寺？<br />
「…お、俺…帰るわ…」<br />
フラフラと蓬莱寺が立ち上がる。口元を押さえてるあたり、やっぱり不味かったんだな。いや、噛まずに飲んだのが悪いのかも。<br />
「ほッ…蓬莱、寺、用事が、あったんじゃ、…くッ、ないのか？」<br />
まだ笑いながら、翡翠が声をかける。<br />
だが蓬莱寺は、ものも言わずに出て行ってしまった。<br />
「<span class="dot">……</span>翡翠…。」<br />
肩を震わせている翡翠に所在なく声をかけると、ようやく顔を上げた。<br />
「ああ…君が気にすることはないよ。蓬莱寺は、ちょっと純情なだけだろう。」<br />
とか言って、また吹き出した。純情って、蓬莱寺が！？　なんだそりゃ。里芋に何か特別な意味でもあったんだろうか。<br />
「…しかし、あの程度であそこまで…全く、からかい甲斐のある…くっくっくっ…」<br />
なんだかズルイぞ、翡翠。一人でそんなにウケて、ちゃんと説明してくれてもいいのに。<br />
　オレが心の中で拗ねているのを知ってか知らずか、翡翠が言った。<br />
「さっき、電話してまで君のこと探してたのにな。本当、何しに来たんだか。」<br />
何だ、<a href="/majin/zap/0821.php">さっきの電話</a>、蓬莱寺だったのか。…ほんと、何しに来たんだろうな。</p>

<p>　翌日、学校で蓬莱寺を捕まえて、昨日のことを聞いてみた。<br />
「<span class="dot">……</span>不味かったか？」<br />
蓬莱寺は暫くポカンとしていたが、やがて何とも複雑な顔をして、唸りながら答えた。<br />
「…いや…ンなこたねェが…。」<br />
　良かったー。蓬莱寺なんか、もうオレの部屋に何度も泊まってるし、色々食べさせたけど何でも旨そうに食べてくれたし、何でアレだけ不味かったんだろって気になって仕方なかったんだよ。<br />
で、用事って何だったの？<br />
「ひーちゃん…あのよ。まさかと思うけど…」<br />
と、急に真面目な顔になって、蓬莱寺が詰め寄ってきた。<br />
「あ、あんな風に、如月のヤローにも、食わせてやったりしてねェよなッ？」<br />
　<span class="dot">………</span>は？　何で？　まだ新婚さんネタの続き？<br />
やんないよ、そんな気色悪いこと。何考えてんだお前。そりゃあ、翡翠は身体張ってギャグやってるけど、オレはそこまであんなネタ引っ張る気はないもん。<br />
　と、そこまで考えてから、そうか、蓬莱寺に里芋食わした図は、正に「あーんして☆」の形だったかと気付いた。<br />
何だー！　それで怒ったんだ、蓬莱寺！　そ、そりゃあ怒るよな、オトコにそんなコトされちゃあな。あははは！<br />
「<span class="dot">……</span>すまん。」<br />
　だが、蓬莱寺の顔が強ばり、スゥっと血の気が引くのがはっきり分かった。<br />
「ひーちゃん…昨夜、あのあと、…泊まったのか？」<br />
いいや、と首を横に振る。そこまで迷惑かけちゃ悪いし、あんなとこから登校するのは朝大変だからな。<br />
「そ、そうか…。」<br />
ちょっとホッとした様子の蓬莱寺は、更にオレに詰め寄って、小声で続けた。<br />
「いいか、あんな真似、もう他のヤツにはやるなよッ。そんなことしやがったら、今度は…」<br />
ちょっと言葉に詰まったように、苦しそうな顔で、更にオレを睨み付ける。…怖いよ、蓬莱寺。<br />
「…ただじゃ、済まねェからなッ。」<br />
　よく分からないけど一つ頷いておく。何だよー、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。あんなコト普通やらないって思ってるのが分からんか。分からんっちゅーの。<br />
蓬莱寺にだって、深い意味があったわけじゃなく…って、アレ？<br />
他のヤツには…って言った？<br />
蓬莱寺には、やってもいいって意味？？</p>

<p>　オレを解放すると、蓬莱寺はなんだか気まずそうに教室を出て行った。<br />
…へへ。それってさ。<br />
「俺以外のヤツとコンビ組むな」って意味？<br />
ズルイよ、蓬莱寺。自分は誰とでもコンビ組んでアドリブ漫才してるクセに。<br />
　へへへ。でも、すげー嬉しい。そんな風に思ってくれてたんだ。<br />
分かったよ、大丈夫。誰にもボケかましたりしないから。その代わり、…お前も、オレのボケをちゃんと拾ってくれよな。</p>

<p>　慌てて立ち上がって、去っていく蓬莱寺の背中に、一生懸命声をかけた。<br />
「<span class="dot">……</span>蓬莱寺、…今日…泊まりに来い。」<br />
それで、ご飯食べよう。食べ直しだ。「新婚さんごっこ」してもいいや。蓬莱寺だもんな。<br />
蓬莱寺が、ギギギッと音がしそうな感じで振り返った。…廊下中の人も振り返ってるな。そんなに大声出しちゃったか。<br />
「う…わ…分かった…」<br />
　ごめん。注目されちゃって、ちょっと恥ずかしかったな。でも悪気はなかったんだぜ。</p>

<p>　しかし、その日の午後、<a href="/majin/zap/0822.php">蓬莱寺</a>は発熱で早退してしまった。ちょっと残念だったけど、また次の機会もあるだろう。その日を楽しみにしつつ、オレは今日の夕飯の買い出しに出かけるのだった<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。<br />
06/23/1999 初出</p>]]>
    </content>
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    <title>八之壱－召呼</title>
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    <published>2009-08-05T09:42:20Z</published>
    <updated>2009-12-10T07:41:33Z</updated>

    <summary>　物心がついた頃には、既に忍としての教育...</summary>
    <author>
        <name>サーノ</name>
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        <category term="間幕" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://ogihara.daa.jp/majin/">
        <![CDATA[<p>　物心がついた頃には、既に忍としての教育が始まっていたので、僕には「普通」の、「学生」の「日常」などというものは分からない。普通の人間として生活してみたい…という憧れも少しはあるが、それよりも、祖父から受け継ぎ、先祖から脈々と受け継がれてきた飛水家の使命を果たすこと。その責任と誇りの方が、遙かに重大だ。<br />
この僕だけが受け継いだもの。飛水家のお役目。玄武の力。忍として身につけた技と、精神力。<br />
「忘れるでないぞ、翡翠。決して心たやすく動かされるな。迷いを見透かされるな。お主は、この東京を守護する最後の「飛水」なのじゃ<span class="line"><nobr>───</nobr></span>」<br />
　客足が途絶えたので店内の在庫確認をしながら、なんとなく祖父の言葉を思い起こし、自分の為すべき事に思いを馳せていた<span class="line"><nobr>───</nobr></span>そんな、ある夕方のことだった。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
「へーッ。骨董品屋なんて、初めて入るぜ。」<br />
　からからと軽やかな音を立てて店の引戸が開き、如何にも脳が足りなさそうな若い男の声が聞こえた。<br />
振り向いて、「一応」営業スマイルを浮かべてやる。<br />
「いらっしゃい。」<br />
見ると、この周辺では見掛けない学生服を着た高校生が三人、入り口で店の中をジロジロと見渡しているところだった。<br />
<span class="line"><nobr>───</nobr></span>脳が足りなさそう、というのは正しい直観だったな。金も無さそうだ。一緒に周りを見渡している女生徒も、残念ながら金回りの良い人物には見えない。…後ろの一人は…よく見えないが、似たようなものだろう。<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
　一瞬にして、この一見の客は上客になることはない、と看取した僕は、早めに追い出すべく、更に営業スマイルを深くして「何の用だい？」と尋ねてやった。<br />
大体うちは、上質の骨董が主な取扱品であり、そこらの汚らしい古物店とは比べ物にならない高級店だ。<br />
一介の学生がフラフラ入って来て、ベタベタ触って良い品など無い。<br />
「おい、小蒔。」<br />
「え？　あ、うん！　え～っとね、コレなんだけど…」<br />
小蒔と呼ばれた女生徒は、鞄の中に手を差し込み、ゴソゴソと探し回った末、一つの指輪ケースを取り出した。<br />
「何だ、その箱。お前が用意したのか？　気が利いてんじゃねェか。」<br />
「ううん、葵が持ってきたんだよ。傷付けないようにって。」<br />
「っだろ～なァ。ガサツな男がそんなに気がきくワケないもんなッ。」<br />
「！　何だとォッ？　京一ッ！」<br />
　全く騒がしい。楽しい青春を謳歌するのは勝手だが、出来れば余所でやって欲しい。<br />
「店の中で暴れないでくれないか。」<br />
君たちのためでもあるのだから。もし、そこの壺を落としたら、恐らく君たちの小遣いでは足りないだろう。君たちの親が、愚かで可愛い子供のためにとコツコツ貯めてきた進学資金を、全てつぎ込むことになるのだ。<br />
「ご、ごめん。コイツが凄くバカだから…。」<br />
「何だよッ。てめぇが手を出して来たからだろうがッ。」<br />
「喧嘩売ってきたのはそっちだろッ！」<br />
　温厚な僕でも、流石に苛ついてきた。…いかんな。如何なるときでも平常心を保つこと。これも精神修養の一環と思えば、誠に良い修練じゃないか。<br />
　何とか「帰れ」という言葉を飲み込んだとき、スッ…と、闇の中から手が現れ、赤毛の馬鹿面の腕を掴んだ。その途端、赤毛の男は口籠もり、<br />
「あッああ、そうだな、こ…こんなことしてる場合じゃねェよな。」<br />
と、大人しくなってしまった。<br />
（<span class="dot">……</span>？）<br />
奇妙な感覚だった。<br />
清潔で明るい（勿論それでいて派手すぎず、落ち着いた雰囲気を醸し出している）僕の店の中で、何故、「闇から」手が伸びたように見えたのだろう？<br />
　手の持ち主は、店に入ったときからずっと赤毛の後ろに隠れていた男だった。<br />
改めて見定める。<br />
赤毛や女生徒とは、随分と異なる雰囲気を持った青年だ。煩わしい髪型が気になるが、落ち着き払った態度がなかなかに好ましい。第一、一言も発せずに赤毛を黙らせた今のやり取りから見ても、この男が「主格」なのだろう。</p>

<p>「この指輪のことなんだけど。」<br />
　そう言って、女生徒の方がケースを開け、中から指輪をつまみ出して見せた。<br />
「鑑定っつーか、どんなもんなのか調べてもらいてェんだよ。」<br />
赤毛が言い添える。<br />
　たかが学生の持ち込むものなど、たかが知れている。<br />
そう思いつつ受け取った僕は、少なからず驚いた。<br />
「<span class="line"><nobr>───</nobr></span>これは…血石の指輪だね。」<br />
取り立てて高価な物ではないが、その辺の子供が持っていて良い品ではない。値段そのものより、入手が困難な石なのである。僕の店で扱った範囲でも、その出所は確かで、ある程度由緒正しいものばかりだった。<br />
「これは、どこで手に入れたんだい？」<br />
　女生徒の方を見つめながら訊いてみると、彼女は急に言葉に詰まってしまった。<br />
「え…と、どこって言われると…が、学校の…あのう…」<br />
「あ…イヤ、拾ったんだ。拾ったんだよ、道で。なッ。」<br />
「あ、う、そう、そう、拾ったんだよッ。えへへッ。」<br />
この単純コンビは嘘の付けない人種らしい。<br />
「そう。道で拾ったなら、警察に届けるべきだと僕は思うよ。良い小遣い稼ぎになるとでも思ったのかい？　この店では、出所のはっきりしない物を買ったりはしないんだよ。」<br />
　きっぱりと言い切り、僕は店子机に戻って、これ見よがしに帳簿を付け始めた。これで大人しく帰るだろう。<br />
「<span class="dot">………</span>」<br />
三人は顔を見合わせているようだ。<br />
「…あの、売るっていうか…コレ、何かその…特別な力というか、意味というか…分かんないかな？」<br />
「呪われてたりしてねェかって、訊きてェだけなんだよ。」<br />
「<span class="dot">……</span>。」<br />
　もう一度、僕は彼らを見上げた。三人の顔を見渡し、赤毛の苛立たしそうな顔、女生徒の途方に暮れた顔、そして「主格」と思われる男の…顔に、目を留めた。<br />
商売柄、客の表情や態度で、ある程度のことは見抜ける自信がある。損をしないためのテクニックだが、そうやって他人の心の機微を掴むことで、己の感情を律するための勉強にもなるのだ。<br />
この場合は単純そうな二人の態度の方から、指輪の出所があやしいこと、犯罪と関わるほどのものではないが、人に褒められるような入手経路ではないことが推察された。だが…<br />
　この僕にも、腹の底を読ませないとは。なかなか侮れない男だな。</p>

<p>「まじないや呪いは、ウチの管轄外だ。鑑定しろと言われれば、勿論出来ないこともないが、仮にだ、『呪われていない』と僕が言ったとして、君たちはそれをどうするつもりなんだい？　警察に持っていかないのか？」<br />
　僕は、主格の男に向けて、そう訊いてみた。<br />
残りの二人も、困ったようにその男を見つめる。<br />
主格が、顔を上げた。<br />
「<span class="dot">………</span>。」<br />
「<span class="dot">………</span>。」</p>

<p>　虚無<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。</p>

<p>　いや、そうではないな。前髪で隠されているため、表情が見えにくいだけだ。<br />
隙間から覗く瞳の輝きは、少なくとも僕が常に心懸けている「無心」のものではない。強過ぎる。<br />
　しかし、その瞳を隠している理由は何だ？　表情をここまで消し去る理由は？<br />
「ちょっと店主を騙して金をせしめよう」といった奸計を隠そうとしているだけ、だろうか。<br />
それにしては、堂に入っている。<br />
「…龍麻、帰ろうぜ。話になんねェよ、こいつは。」<br />
　僕があまりジロジロと見ていたためか、赤毛はムッとしたようだ。<br />
「ちょ、ちょっと待ってよ、京一。だって、葵があんなに気にしてるんだよ？　この指輪、何か…」<br />
「しょーがねェだろッ？　鑑定出来ねェッて言ってんだからよ。」<br />
「…待ちたまえ。『出来ない』などと言った覚えはないよ。その程度の知識と経験はあるからね。ただ、出所のはっきりしない品を鑑定させて、一体どうするつもりなのか、と訊いたまでだ。」<br />
赤毛が、口をへの字に曲げる。馬鹿面が益々ひどくなるようだ。<br />
「ケチくせェこと言うなッ。ちょっと、問題があるのかねェのか訊きてェだけだッつってんだろ！」<br />
「理解らない人だね。ケチくさいも何も、元々それを鑑定しようがしまいが、僕には何の損得も生じないんだよ。第一、血石の指輪というのは確かに数の多いものではないけれど、高価な宝石ではないんだ。」<br />
「<span class="dot">……</span>。」<br />
「その謂われや、石の持つ意味を君たち(ごとき)に語ったところで、何かの足しになるとも思えないけどね。そういったことを知りたいわけではないだろう？」<br />
「<span class="dot">………</span>ッ。」<br />
髪の色に近いほど、赤毛は顔を真っ赤に染めた。<br />
「…てめェ、さっきから俺たちをナメてやがんなッ！」<br />
おや、分かったか。知能がゼロというわけでもないな。尤もこの人種は、「馬鹿にされる」という行為にだけは敏感なものだ。<br />
「ちょっと待ってよッ。京一、落ち着きなよ！」<br />
　慌てた女生徒が僕たちの間に入ろうとして、手にしていた指輪ケースを落としてしまった。<br />
「あッ…」<br />
塵一つ落ちていない床に、大きく撥ねたケースは、そのまま「龍麻」と呼ばれていた男の前に転がった。</p>

<p>　「龍麻」が、ス…と動いた。</p>

<p>　真っ直ぐに伸びていた上半身を屈め、脇に下げていた左手をひらりと返し、膝を曲げることなく足元の箱をすくい上げる。<br />
あたかも、水が流れるような自然さで、元の通りに身体を起こすと、二歩、前に出た。<br />
…何と無駄のない動きだろう。<br />
先ほど、闇の中から閃いたように見えた手の動きを思い出す。この無駄のなさが、僕に錯覚を起こさせたのか。まるで気配を断っていたかのような<span class="line"><nobr>───</nobr></span></p>

<p>　そう考えて、ハッとした。<br />
気配を…断っていたのか。だから、忽然と姿を現したように感じたのか。<br />
　まさか、この男は。<br />
僕と同じく、忍びの修業を受けた者なのか？</p>

<p>　彼の動きに注目する。<br />
我々以外に、そうそう忍びが存在する筈はない。だが、この無駄のない動きは、訓練されたものの所作だ。<br />
　その時、彼が初めて口を開いた。</p>

<p>「…＜敵＞が、落としたものだ。」<br />
「<span class="dot">……</span>！？」<br />
「た、龍麻！」<br />
「緋勇くんッ！？」<br />
　単純二人組が、ギョッとして彼を振り向いた。<br />
敵だと？　…まさか。<br />
「＜敵＞とは、どういう意味だい。」<br />
声が興奮で震えないよう、静かに尋ねる。まさか、まさか彼は…本当に、<a href="/majin/zap/0811.php">忍びの者</a>なのか？　僕と同じ宿命を持っているのか！？<br />
「<span class="dot">………</span>詳しくは、言えない。」<br />
「<span class="dot">……</span>。」<br />
　彼は、僕のことを知っているのだろうか。だから、このような話をしたのだろうか。<br />
眼は決して合わせてこない。表情からも、何も分からない。<br />
どういうことだ。どう考えれば良いんだ。</p>

<p><br />
「<span class="line"><nobr>───</nobr></span>呪われてなどいない。この指輪には不思議な力が秘められていて、身につけた者に活力を与えると言われているんだ。大事にするがいい。」<br />
　驚いて目を剥いている二人組に挟まれ、表情を抑えたまま「緋勇龍麻」が頷く。<br />
僕はニッコリ微笑んで立ち上がり、彼と向かい合うようにして、「さあ、箱を」と言った。<br />
　僕の勘が正しければ、「緋勇龍麻」は僕にとって敵ではない。<br />
敵なら、このような回りくどい真似をするメリットがない。こんなに怪しげに接触してくるリスクの方が大きい。他の二人も、敵のスパイにしては単純すぎるし、どちらかというとお人好しの部類だろう。<br />
　しかし、この男が僕と同じ宿命にあろうと、僕のことを知っていようと、「優位」に立っておかねばならないという事は間違いない。<br />
優位に立っていれば、どのように状況が変わっても、冷静に対処出来るものである。基本的な兵法だ。<br />
　彼の差し出した箱を、彼の左手ごと掴んで、またニッコリと微笑んで見せた。<br />
「緋勇」は驚いたらしい。手が触れた瞬間、ビクリと指に力が入るのが分かった。<br />
だが、それでも顔には出さない辺りは驚嘆に値する。<br />
　そのまま箱の蓋を開け、血石の指輪を戻す。<br />
パチン、と閉めて、もう一度繰り返した。<br />
「大事にするといいよ、『緋勇君』。」<br />
　今度は大きく頷いた。<br />
一瞬だけ、眼が合う。<br />
彼の体内に流れる≪気≫が、掌を通して流れ込んでくるような気がする。懐かしいような、清々しいような<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。<br />
「何してやがんだッ？！　てめェ、ヘンタイかッ！！」<br />
　野卑な声に、その感覚は消え失せてしまった。内心舌打ちをしながら、声の主にわざとらしい笑みを浮かべてやる。<br />
「心外だな。君がどんな趣味を持とうと構わないが、勝手な邪推で嫉妬しないでくれないか。」<br />
「<span class="dot">……</span>ッ！！！」<br />
ふん。くだらない事を言うからだ。勝手に赤くなっていろ、猿が。<br />
　僕は、もう少し苛めてやりたくなって、また「緋勇」に微笑みかけた。<br />
「また何かあったら、気軽に寄ってくれ。」<br />
赤毛の辺りから強烈な「怒気」を感じて笑えてくる。この腰巾着は、余程君が好きなんだな、「緋勇」君。<br />
「…闘いに役立つものも、置いてあるから。」<br />
　少し真面目に、言い添えてみる。<br />
間を置いて、「緋勇」は「ああ。…また。」と頷き、店を出ていった。<br />
後に続いた二人の声が、しばらく店の外から聞こえていたが、やがて静けさを取り戻した。</p>

<p>　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>お主は、この東京を守護する最後の「飛水」なのじゃ<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
何かが起きようとしているのかも知れない。<br />
役目を果たすべき時が、近づいているのかも知れない。<br />
漠然とした予感と、掌に微かに残された「緋勇」の≪気≫が、僕に高揚感をもたらした。</p>

<p>　僕と、彼<span class="line"><nobr>───</nobr></span>緋勇龍麻との出逢いは、このようなものだったのである。</p><p class="update">05/27/1999 初出</p><p class="cut">♪ 松田円先生より賜った挿絵 ♪</p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="en02.jpg" src="http://ogihara.daa.jp/majin/images/en02.jpg" width="400" height="330" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></span><p></p>]]>
    </content>
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    <title>八－邪神街</title>
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    <published>2009-08-04T10:45:12Z</published>
    <updated>2009-08-04T10:46:59Z</updated>

    <summary>　この十日程、龍麻はおかしかった。 ぼん...</summary>
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        <![CDATA[<p>　この十日程、龍麻はおかしかった。<br />
ぼんやりと窓の外を見ていることが多くなった。授業中も、何も聞いていないのか、答えられないことが続いた。話しかけても、一度で振り向くことがない。<br />
何かに苛ついているのか、机をトントンと指で弾いてみたり、溜息をついたりする。いずれも、以前の龍麻には見られなかった行動である。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>　何より。<br />
あの瞳が<span class="line"><nobr>───</nobr></span>龍麻の双眸が、その輝きを弱めていた。<br />
前髪で覆っていてさえ、強く周りに影響を及ぼすようだった光が、今はあまり感じられない。<br />
　比良坂紗夜が炎に飲み込まれてから、二週間。<br />
（そんな簡単に気持ちの整理がつくとは、思ってなかったけどよ。）<br />
　京一の理解する限り、龍麻が紗夜に抱いていた気持ちは、少なくとも「恋」ではなかった。<br />
だからといって、あっさり忘れられるものでもないだろうが、普段およそ感情を表に現さない龍麻だけに、こんなに自分を乱すほど衝撃を受けたのかと思うと、複雑な想いに駆られる。<br />
何とかして、立ち直らせてやりたい。<br />
「こんな時、＜鬼道衆＞が襲ってきたら、ひとたまりもないな。」<br />
醍醐が言う。<br />
　そういう問題じゃねェだろ。<br />
あの龍麻が苦しんでんだぞ。友人として放っちゃおけねェだろうが。鬼道衆なんか関係ねェ。<br />
京一は、何か気を紛らわせられる事を、と色々考えた。<br />
だが…<br />
（何も、知らねェんだ。ひーちゃんの好きな事、やりたい事、何一つ。）<br />
　窓の外を見やり、京一は目を細めた。<br />
じりじりと紫外線を吐き出す太陽が眩しい。<br />
　暑くなってきやがったな<span class="line"><nobr>───</nobr></span></p>

<p>「ひーちゃん。ひーちゃんッ！」<br />
　声を掛けると、閉じていた目をゆっくりと開く。<br />
普段なら休み時間でさえも、頭の先まで伸ばされた姿勢が保たれているのに、今は僅かに首を垂れて、疲れ切ったように動かない。<br />
「<span class="dot">………</span>なァ、明日俺とプール行かねェか？」<br />
反応は無かった。<br />
　内心溜息をつきながら、龍麻の横に回って肩を抱く。<br />
明日は休日<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。<br />
学校にいる時はともかく、あのマンションで独り、何をして過ごすのか。そう思ったら、居ても立ってもいられなくなったのだ。<br />
何も思いつかなくて、結局自分の行きたいところに連れ出してしまえ、という結論に達した。<br />
　気が晴れるかどうかは、行ってみなけりゃ分からねェけどな。外に出て、思いっきり汗をかいて、疲れるまで泳いで、そうすりゃ少しは…<br />
龍麻がようやく京一の方を見た。<br />
少しは脈があったかと、嬉々として続ける。<br />
「俺さあ、い～とこ知ってんだよ。ちょっと、耳貸せッ。」<br />
龍麻の耳元に顔を寄せ、内緒話をするように声をひそめた。左手は肩においたまま、さり気なく右手も龍麻の右腕に添える。これで、少しでも変化があれば、すぐ分かる筈だ。<br />
　龍麻が、ナンパだの女子大生だのに興味を持つとは思っていないが、人の目的に付き合わされると思った方が、明らかに気を遣われていると判るよりはマシだろう。京一はそう判断して、適当なことを話し続けた。<br />
　ゆっくりと<span class="line"><nobr>───</nobr></span>龍麻の目が伏せられる。四肢から力が抜けていくのを、両の掌から感じ取る。<br />
興味がないからだろうか？　そうだったにせよ、緊張が解かれる様が伝わってきて、京一は混乱した。<br />
長く、色濃い睫毛。閉じられた瞼が前髪の奧で見え隠れする。<br />
（聞いてねェのか？　くつろいでんのか？　…ったく分かんねェ！）<br />
　耳に噛み付いてやろうか、と苛立っていた時、突然真後ろから声がした。<br />
「…ふ～ん。誰に内緒なのかな～？」<br />
「うわッ！！」<br />
驚いて振り向くと、小蒔がすぐ後ろで、大げさに耳を側だてるような格好で立っていた。<br />
「げッ！！　こッ…小蒔ッ。」<br />
　…実行しなくて良かったぜ。<br />
「へえ～、ふ～ん。男ふたりでプールねェ～。」<br />
『男ふたりで』を強調された気がして、益々顔が熱くなる。<br />
　違うッ。ヘタにみんなで行くと大袈裟になるから…別にコイツと二人きりでとか、そういう意味じゃねェッ。<br />
「そーだ、どうせならみんなで行こう！」<br />
小蒔が言い出し、美里や醍醐に声をかけた頃には、龍麻はもういつも通りの無表情で、京一達を眺めていた。<br />
また逃げられてしまった。<br />
不可解ながら、いつもと違う反応をした龍麻の真意を、掴み損なったのだ。<br />
逆恨みと知りつつも、小蒔が恨めしい京一だった。</p>

<p>　翌朝<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
待ち合わせ場所に来てみると、その小蒔はまだ来ていなかった。<br />
龍麻がただ一人、壁に背をもたれさせて立っている。<br />
　（…まただ。）<br />
感心してしまう程、姿勢を崩すことのない龍麻が、今は首を深く傾け、目を閉じて壁に身を預けている。<br />
　正面まで近づいて、声をかけた。<br />
焦点の合わない目が京一の姿を捉え、また逸らされる。<br />
<span class="dot">……</span>間が持たない。<br />
あいつら遅えよなァ、などと愚痴を言っても、聞いていないようだ。<br />
「幸い誰も来てねェし、この際、当初の予定通り、ふたりで行っちまうかッ？」<br />
ヤケになって言ってみると、一瞬目をさまよわせ、唇が一度だけ開閉した。これは、龍麻が迷っているときのサインだ。<br />
ホッとした。何もかも分からなくなった訳じゃない。<br />
「なんだよ、いいじゃねェか。」<br />
嫌々来たのでもなさそうだ。それならいい。<br />
　気が楽になったところで小蒔達が到着し、早速港区の芝プールへと向かった。</p>

<p>　道中、どうせならプールの前に観光でもどうかとの意見が出たが、京一は全く乗らなかった。<br />
（ッたく、何考えてんだ。東京タワーだの増上寺だの、行っても気晴らしになんかなんねェだろ。）<br />
　醍醐が龍麻にどうしたいかと尋ねる。<br />
「俺はどこかに寄るのも構わんが…」<br />
等と付け加えつつ、気遣わしげに龍麻の顔を覗き込んでいる。<br />
（たいしょー…お前の気の回し方は、露骨すぎるんだよッ。このバカッ！）<br />
「<span class="dot">……</span>プールに行く。」<br />
決断が下った。<br />
ホラみろ、やっぱプールだろうが、とホッとする。<br />
「緋勇クンの頭の中も、結局、京一と一緒か…。」<br />
小蒔の言葉に、思わずカッとした。<br />
「お前なァ<span class="line"><nobr>───</nobr></span>！」<br />
ぎょっとした小蒔の顔を見て、慌てて声のトーンを落とす。<br />
　ちょっとした軽口じゃねェか。<br />
小蒔は自分のことには相当鈍いが、仲間に対しての気遣いは、時々京一ですら、救われる思いがする事もある。龍麻が今どういう状態なのか、小蒔なら理解っている筈だ。理解した上での冗談に決まっているのに。<br />
　…俺も気を遣い過ぎだな。<br />
軽く深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。<br />
　その時<span class="line"><nobr>───</nobr></span>その男がやって来たのだった。</p>

<p>「こいつ…新手の宗教かナンかか？」<br />
　さあ、と小蒔が応える。<br />
小蒔が美しいだの髑髏の上に座るだの、不気味なことを呟く男が、有名な詩人であると判明したところで、京一の評価が変わる筈もない。<br />
「ところで、そこの君<span class="line"><nobr>───</nobr></span>」<br />
しかも、美里と小蒔にばかり話しかけていたくせに、突然後ろにいた龍麻に声を掛けた。<br />
（おいおい、見境無しか！？）<br />
また意味もなく苛ついてくる。<br />
　何を言いたいのか、海が好きかと訪ねる水岐に、コクリと頷く龍麻。それは、いつもと同じように、子供っぽさを漂わせる仕草だ。少しは警戒しろ、と余計腹が立つ。<br />
「今度君のために詩を作ろう」だと！？　完全に口説きにかかってるじゃねェかッ。<br />
京一や醍醐を無視し、龍麻にだけ妙な質問をする、水岐という男<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。<br />
　突然、嫌な予感が閃いた。<br />
京一特有の勘が、危険を告げたのだ。<br />
こいつの言うことは、何かに<span class="line"><nobr>───</nobr></span>誰かに似ている、と。<br />
とにかく強引に話を断ち切って、皆を促し、その場から離れた。</p>

<p>　人間の犯した罪。<br />
　美しい世界を壊した報い…<br />
　もうすぐ世界は、我が眷属によって支配される<span class="line"><nobr>───</nobr></span></p>

<p>　同じような理屈を並べていた人物。渋谷の鴉事件の首謀者、唐栖だ。<br />
何でもなかったように振る舞いつつ、龍麻を振り向く。龍麻は、去り際に水岐からもらった蒼い宝珠を見つめていた。<br />
「そんな気味悪リィの、捨てちまえよッ。」<br />
唐栖と同じようなことを語り、世界の破滅を唱う男が何故、よりによって「龍麻」に、こんなものを渡すのか。益々不安が大きくなる。<br />
　しかし龍麻は首を振り、珠をポケットにしまった。<br />
呪われてっかも知んねェぞ、と食い下がろうとしたが、醍醐に腕を引かれた。<br />
身をかがめ、ヒソヒソと囁いてくる。<br />
「お前…そんなものにまで妬かなくても、いいんじゃないか？」<br />
「<span class="dot">……………</span>ッッ！？　だ、醍醐ッ！　な、お、俺はただッ」<br />
「いや…別に構わんのだがな、あまりに不自然だぞ、京一。」<br />
「<span class="dot">………</span>。お前に言われたくねェぞ。」<br />
どうも妙な誤解をされているのは具合が悪いが、今の不安を説明しても仕方がない。<br />
とにかくプールに行って、今日の目的を果たすのが先決である。水岐の件はひとまず忘れておくことにした。<br />
（しかし、醍醐…てめェも恨むぞッ。）</p>

<p><br />
「いるいるッ、若いおねぇちゃんたちがいっぱいッ。」<br />
　思いっきりはしゃぐ。それが、京一の日常だから。<br />
素早く着替えを済ませ、残りの二人を促した。<br />
「全く、子供か。お前は。」<br />
「うるせェッ、麗しい水着美人達が俺を待ってるんだぞッ！」<br />
呆れて首を振る醍醐の陰で、脱いだ服をキチンと畳んでロッカーにしまう龍麻が見え隠れする。<br />
紗夜の兄に付けられた傷は殆ど残っていない。<br />
引き締まった体躯に似つかわしくない、肌の白さ<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
（色白の仙台美人、てヤツか？）<br />
自分の発想に思わず吹き出しそうになりつつ、もう一度京一は二人に声をかけた。<br />
「オラッ、とっととしねェと置いてくぞッ！」</p>

<p>「先に水に入ってようぜッ。」<br />
　首を振ってとどまる龍麻に、無理にでも引きずって行きたい衝動を抑え、「義理堅えなあ」などと言って笑って見せる。<br />
「それじゃ、俺たち二人で行こうぜ、醍醐。」<br />
「あ、ああ…。」<br />
しかし…と言いかけて、心配げに龍麻をまた覗き込もうとする醍醐の腕を掴むと、無理矢理歩き出す。<br />
「ひーちゃんは早く美里の水着姿が見たいんだろうよッ。」<br />
「…？　おい、京…」<br />
「しッ」<br />
醍醐をプールに突き落とし、自分も飛び込む。<br />
「ぶはッ。お、おい京一！　何だと言うんだ、一体！」<br />
「喚くなッての。お前、あれじゃ気ィ遣いすぎだぜ。」<br />
言葉を詰まらせ、醍醐が眉をひそめる。<br />
「…そうか？　だが、一人で置いてくるというのは…」<br />
「やり過ぎちまうと、重荷になんだろーがッ。」<br />
「<span class="dot">…………</span>」<br />
　水に揺らめく太陽光の反射が眩しい。<br />
頭をグシャッと掻きながら、醍醐が苦笑した。<br />
「ふッ…。全く…。京一、お前は余程、龍麻が好きなんだな。」<br />
「そーゆー解釈はヤメロッ！　大体さっきのだって、全ッ然そんなんじゃねェからなッ！」<br />
破顔一笑、醍醐が豪快な笑い声を立てる。<br />
「理解っているさ。それに龍麻もな。お前に感謝していると思うぞ。」<br />
どこまで「理解って」いるというのか。<br />
腹立ち紛れに、思い切り水をぶっ掛けてやった。</p>

<p>　思いがけず、高見沢や藤咲に会ったり、恐ろしいことに裏密の水着姿を拝んでしまったりして、なかなかゆっくり遊んでいられない。<br />
しかし、舞園さやかの撮影会を見ることが出来た京一は、既にご機嫌だった。<br />
　遅い登場の美里と小蒔が、それぞれ龍麻と醍醐に水着姿を見せている。<br />
龍麻に水着を肯定された美里が微笑む。<br />
その、少し頬を染めた恥ずかしそうな笑顔が、ふとあの時の光景を思い起こさせた。<br />
　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>今度、どこか行きませんか…<br />
　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>ああ…必ず<span class="dot">………</span><br />
慌てて頭をブルブルと振る。<br />
（俺が引きずっていてどうする。一番辛いのは龍麻なのに。）<br />
　その後、偶然ルポライターの絵莉とも出会った。何らかの事件を追っているらしい。何が起きているのかは多少気になったが、とにかく今は、腹が減るまで遊ぶことだ。<br />
　ようやく５人揃ってプールに飛び込んだ。<br />
小蒔に水をかけられ、屈託無く笑う美里。小蒔も嬌声をあげている。そんな二人を眺めやりながら、満足そうに醍醐も笑っている。<br />
後ろを振り返ると、少し離れた場所に龍麻が立っていた。濡れた前髪を掻き上げ、ぼんやりと水面を見つめている…<br />
「ひーちゃんッ。お前にも貸してやるから、醍醐を押さえろッ！！」<br />
声をかけると、弾かれたようにこちらを向いた。<br />
醍醐に背中から飛びつきながら、近づいてくる龍麻の腕を掴み、「ホラッ、手伝え！」と引っ張る。<br />
「ばッ、馬鹿ッ！！　やめろ、お前らッ！！」<br />
「いいぞッ、京一、緋勇クン！！」<br />
更に小蒔が参戦して、既に大騒ぎになっている。<br />
醍醐のうめき声。水飛沫。小蒔の哄笑。少し離れたところから、美里の、鈴の音のような笑い声も聞こえる。<br />
早く混ざれよ、と龍麻を振り向いた。</p>

<p>　<span class="dot">……………</span></p>

<p>　恐らく全員が、殆ど同時に、龍麻を見たのだろう。<br />
京一の肩と、醍醐の頭に掴まっていた、小蒔の手が外れた。<br />
醍醐の首を絞めていた京一の腕の力が抜けた。<br />
そして、京一の腕を引き離そうとしていた醍醐がその手を離し…<br />
三人まとめて、後ろにひっくり返ってしまった。</p>

<p>　けたたましい音を立て、水飛沫が上がる。水中で絡まった互いの身体をどけるのももどかしく、もう一度水面へと急ぐ。<br />
「ひ、ひーちゃんッ…」<br />
「た、た、龍麻」<br />
「緋勇クンッ！？」<br />
　だが、もう龍麻はいつも通りの顔で、全員を見渡している。<br />
「<span class="dot">…………</span>。」<br />
思わず京一たちは、互いの顔を見合わせた。<br />
（見間違い、じゃねェよな？）<br />
（お、おう）<br />
「…緋勇クン…あのさ…」<br />
小蒔が、龍麻に詰め寄った。下から覗き込むようにして顔をじっと凝視され、慌てたように顔を背ける。<br />
そして何を思ったのか、龍麻は素早くプールから上がると、小走りに脱衣所の方へ去ってしまった。<br />
その背中を、京一達は呆然と見送った。<br />
「今…確かに緋勇クン、笑った…よね？」<br />
　小蒔が呟く。<br />
「…見間違いでなければ、な。」<br />
「ええ…確かに。微笑んでいたわ…」<br />
美里が、ふふっと嬉しそうに笑う。<br />
「はじめて見たわね、緋勇くんの笑顔。」<br />
「…うん。うん、良かった。へへっ、ちゃんと笑えるんだね、緋勇クン。良かった。ね、葵！」<br />
　確かに、見た。<br />
自分たちを眺めていた龍麻が…僅かに。本当に仄かに、微笑ったのだ。<br />
目を細め、口元を綻ばせて。愛おしむような笑顔を浮かべ、京一達を見つめていた。<br />
　大きな醍醐の掌が、京一の頭をガシガシと掻いた。<br />
「少しは、効果があったらしいな。」<br />
　大有りだ…。<br />
全身の力が抜けた。衝撃で頭が真っ白になっていた。<br />
決して見せようとしなかった、龍麻の素顔をかいま見たのだ。<br />
　ゆっくりと思考が動き出す。<br />
アイツは俺達に、心をゆるし始めている。<br />
「<span class="dot">………</span>へッ…へへッ。」<br />
　見ただろ？　あの顔。俺達を「仲間」として認め、護ろうとしている者の笑顔。<br />
「へへッ…ハハハハッ！」<br />
　ゆっくりと、だが確実に、俺達は近づいているんだ。アイツの真実に。<br />
充実感で、京一の身体が満たされる。<br />
水面に身体を預けながら、今日はツイてんな、と誰にともなく呟いた。</p>

<p><br />
　満足のうちにプールを後にして、新宿へ戻ろうとしていた時だった。<br />
異常なまでの生臭い匂いが、辺りに立ちこめた。先刻までいたプールの方から悲鳴が聞こえる。<br />
「化け物だとォ！？」<br />
潮の香りと、腐臭…<br />
　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>もうすぐ世界は、海の眷属によって支配される<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
その言葉を振り払うように、京一は駆け出した。<br />
全員がそれに続きプールへと向かおうとした、だがその時。<br />
「だめだッ<span class="line"><nobr>───</nobr></span>行ってはいけないッ！」<br />
鋭い制止の声に、驚いて振り向くと、どこかで見たような学生が立っていた。<br />
小蒔の言葉で、ようやく思い出す。如月骨董品店にいた、いけ好かないヤツだと。<br />
　ひと月も前だったろうか。ある用でその店に行ったのが始めで、それからちょくちょくと利用するようになっている。<br />
店番にしては尊大で、皮肉たっぷりに語る嫌味なこの男を、京一は嫌っていた。<br />
何しろ龍麻に対する態度が、一番気に入らなかったのだ。<br />
　その時のことを思い出してムッとしていると、小蒔が慌てて「早く行かないと」とプールに向かって走り出した。<br />
そうだ、プールの騒動が先だと思い出し、後に続く。<br />
しかし再び諫止され、苛立ちつつ振り向くと、如月は最後に残っていた龍麻の腕を掴んで、もう一度「待つんだ」と言った。<br />
仕方なく戻るが、腹が立って仕方がない。<br />
こういう輩は嫌いだった。<br />
何か知っているらしいことを匂わせ、しかし全部を語らない。フン、と鼻で笑いながら、手を引けと言う。<br />
　いきり立って如月に詰め寄ろうとした京一を制し、醍醐と小蒔が問うた。<br />
一体、何者なのか？<br />
「僕は、ただ義務を果たそうとしているだけだ。それに、この一件に他人を巻き込むのは本意じゃない。」<br />
そう言い放ちながら、傍らの龍麻の顔をちらりと見やる。<br />
「義務って…？」<br />
小蒔が眉をひそめて訊いた。<br />
「義務だか何だか知らねェが、ひとりで解決できる問題なのかよッ。」<br />
そう言い放ってから、…気付いた。<br />
　義務。他人を拒絶。<br />
　コイツは…一体何を背負っているのか。龍麻と同じような宿命に生きている、ということなのか？<br />
「そんなもん背負い込んで、おっ死んじまってみろ、それこそ、くだらねェ。」<br />
くだらねェんだ、龍麻。一人で背負って欲しくないから、こうやって色々心を砕いてる。ようやく笑顔を見せてもらえるようになったが、まだ信頼されているというには程遠い。<br />
「君達も、そう思うかい？」<br />
　如月は全員を見渡し、腕を掴んだままの龍麻を見て尋ねた。<br />
少し考えていた様子の龍麻が、自分の腕を掴んでいる如月の手に、そっと自らの手を当てる。<br />
「<span class="dot">……</span>心配だ。」<br />
驚いて、如月が龍麻を見つめた。龍麻も普段のようには目を逸らさず、如月を見つめ返す。<br />
「…僕を心配してくれるのかい？　ありがとう、緋勇君。」<br />
嬉しそうに微笑んだが、その場は譲らず「手を引け」を繰り返す。<br />
そうこうしているうちにパトカーのサイレンが聞こえてきたため、とにかくその場を逃げ出すことになった。<br />
　如月という男は何者なのか。＜敵＞は何者なのか。<br />
アン子しか頼れる相手がいないというのも痛し痒しではあるが、この際贅沢は言えない。<br />
今、港区で起きている事件。それ以上に如月の正体。それを掴まねばならない。<br />
　（それでも…今日は一歩前進したからなッ。それで良しとしよう）<br />
多少は気が紛れたと思う。あんな笑顔を見せてくれたのだから。<br />
　ほんの僅かでもいい、龍麻の負担を軽くすること<span class="line"><nobr>───</nobr></span>それが京一の、目下の望みであった。</p>

<p>◆　◆　◆</p>

<p>　港区で起きている失踪事件と、青山霊園で目撃されている化け物の噂との関連性。アン子の「記者」としての勘は、確かに認めざるを得まい。<br />
京一は既に確信していた。この事件は鬼道衆が絡んでいる。「化け物」なぞ、そうそう現れて良いものじゃない。<br />
相変わらず目的は分からないが、如月が洩らした、増上寺の＜門＞というのが気にかかる。<br />
　あいつらめ。何をしたいか知らねェが、紗夜ちゃんのような犠牲者を、増やさせるわけにはいかねェ。<br />
「鬼道衆とはケリをつけなきゃならねェけどな。なァ、ひーちゃん。」<br />
あくまで軽く聞こえるように留意しながら、龍麻に声を掛ける。<br />
龍麻は大きく頷いた。久々に、前髪の隙間からくっきりとした意志の光が覗いている。<br />
　…ああ、吹っ切れたな。お前はそうじゃないと、な。<br />
「正直言うと、おれは腕が鳴るんだ。あんな奴らを相手に、思う存分ウデを振るってみたい、ってな。」<br />
思わず、口から出てしまった。これは京一の本音だ。何かに飢えていた日々が嘘のような現状。<br />
　決して、人に明かすまいと思っていた渇望を、つい洩らしてしまったのは…<br />
龍麻が、理解している…というように京一の方を向いて、一つ、頷いた。</p>

<p>　今回の事件がつながっているのなら、港区のプールから青山霊園へのルートが在る筈だ。それは、人目に付かず、プールに直結していて、化け物どもが大量に移動できる道。<br />
…下水道。<br />
少々場当たり的ではあったが、他に情報もないため、先日訪れた芝プールの近くのマンホールから、下水道に侵入した。<br />
　しばらく歩いてみる。想像していたような、汚水にまみれて進まねばならないような造りではなかったのでホッとしたが、足場が濡れていて視界も悪く、壁にはところどころカビや得体の知れない物が張り付いている。水の濁った匂いが漂う。美里のような女子が歩いて良い場所ではない。<br />
　突然、頭痛がしてくるような腐臭が鼻をついた。下水道など入ったことはないが、これは明らかに異常な臭いだ。<br />
醍醐を振り向くと、「気付いている」という態で頷き返した。<br />
　腐臭の出所はすぐに分かった。前方で気配がさざめき、異形の影が現れたのである。<br />
　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>頭部は魚そのもの。大きく飛び出した眼球に、くすんだ灰緑色の光る皮膚。長い手には水掻き<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
アン子の説明を思い出す。<br />
確かに、化け物としかいいようがない、見た事もない生物だった。<br />
　半魚人のような怪物どもは攫ってきたらしい女を抱え、のっそりと支水道へ折れ曲がっていく。<br />
後を追って入ると、そこには奴が<span class="line"><nobr>───</nobr></span>水岐涼が立っていた。</p>

<p>　自分の勘が当たった事には、何の感慨も湧かない。京一は水岐を睨め付けた。<br />
どいつもこいつも、「世界は間違っているから滅ぼす」などと短絡的なことを言う。<br />
京一には、「世界を救う」だとか「人類は間違っていない」等という思いはない。ただ、「だからどうした」と思うだけだ。何様になったつもりなのか、自分の力量を遙かに超えた都合を、他人に強制する人間が嫌いなだけだ。<br />
　人間には持って生まれた器がある。運命等というものは信じていないが、己自身の枠、というものは存在すると思う。その枠を超えるだけの努力をした人間のみ、先に進むことが出来るのだ。<br />
だから、神だの裁きだのという連中も嫌だった。己の道を決めるのは己のみ。それ以外、何が存在するというのか…。<br />
　水岐の身体から、凍り付くような≪気≫が発せられる。既に見知った、鬼道衆によって覚醒させられたものの≪気≫だ。<br />
唐栖や嵯峨野らと同じく、自分の弱い心に負けた者の証である。<br />
京一は躊躇することなく、木刀を構えた。</p>

<p>　闘いは難なく終了したが、水岐に逃げられては意味がない。<br />
龍麻の決断で、青山霊園へ向かう事となった。<br />
夜の霊園など、肝試しと称して遊びに来る馬鹿な学生くらいにしか縁のない場所だろう。<br />
　いつもの如く、女性陣を帰らせようと醍醐が説得を始める。だが常と違い、異論を唱えたのは小蒔より美里の方だった。<br />
「ここで、私たちだけ帰るなんてできないわ。」<br />
普段、あまり表に出さない決意の色を見せて、美里の目が真っ直ぐ龍麻に向けられる。理解しているのかどうか、龍麻はその視線に応える事なく、そっけなく頷いただけだ。<br />
ほんの少し美しい眉を顰めたが、すぐに美里は微笑んで「ありがとう、緋勇君」と言った。<br />
小蒔が「葵…まだ、比良坂サンのこと…」と呟くのが聞こえる。<br />
　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>そういう事か。<br />
小蒔の呟きは、醍醐にも聞こえたのだろう。ちらっと龍麻を見やり、改めて全員で行くことを宣言した。<br />
ここにいる皆が皆、同じ事を想ったに違いない。<br />
　自分の≪力≫が何かを護るためにあるのだとしたら。自分には、彼女のように全てを賭けることが出来るのか。何かを…誰かを護ることが出来るのか。<br />
　少なくとも…と京一は考える。<br />
俺は、護りたい。何もかも、龍麻を傷つけるもの総てうち砕きたい。安心して笑顔を…あのプールで見せてくれた、穏やかな笑みを、常に見せて欲しい。そのためなら自分も、紗夜のように総てを賭けられる気がする。<br />
　昂りかけた心を誤魔化すように、京一は龍麻に笑いかけた。<br />
「たまにはよ、こういうのもいいんじゃねェの？」</p>

<p>　醍醐が真っ青になって震えているのを笑いつつ、辺りに気を配る。ここは、水岐達の本拠地に近い筈だ。<br />
案の定、墓の一つから例の怪物が姿を現した。また人間を攫いに行くのだろう。<br />
半魚人どもが去った後に用心しつつ中を覗くと、地下へ続く階段と、昏い洞窟が奧に広がるのが見えた。<br />
「…君たち。」<br />
　突然の声に身構える。<br />
だが、この落ち着いた、しかしどこか険のある声には聞き覚えがあった。<br />
如月である。<br />
　忠告を無視したと怒りつつ、如月の目はずっと龍麻を追っている。<br />
何かを感じたのだろうか、龍麻も「如月…」と言い差し、そのまま見つめ続けている。<br />
　…一体、如月は何を言いてェんだ？<br />
店を訪ねた時から、いつも妙にもの問いたげに龍麻を見ている。しかし、口に出してはつまらない皮肉や自慢話ばかりで、余計に京一を苛々させた。<br />
何か知っているのだろうか。龍麻に関して。<br />
　君たちを巻き込みたくない、自分は一人で行く、と繰り返しつつ、まだ龍麻から目を離さない。<br />
（そんなに引き留めて欲しいんだったら、素直に言やいいじゃねェかよッ！）<br />
カッとなって、思わず叫びそうになったとき、龍麻が動いた。<br />
「…オレたちは…既に、友だ…。」<br />
ゆっくりと。<br />
如月を諭すように語りかける。いつものように、右手をしっかりと差し出して。<br />
目を見開いた如月の顔が、次第に喜びに輝くのを、京一は複雑な思いで見やった。<br />
（…あれがひーちゃんの良いところなんだけどよ。こんなひねくれ者、一発ぶん殴って根性叩き直したほうがいいぜ。見ろよこの顔。やっぱし一緒に行きたかっただけじゃねェか。）<br />
しかも、口に出してはまだ反発をしている。どこまで素直じゃないのか。<br />
　思わせぶりな態度を取って、冷たく突き放す振りをしてオトコを振り向かせるなんて、勘違いした女がよく使う手じゃねェか。<br />
京一は益々苛ついてきた。<br />
（こんな女々しい奴と手を組んでられっかよッ！　ひーちゃんも、今回ばかりは見る目ないぜッ。）<br />
それでも渋々と、全員の後について洞窟へと足を踏み入れる。<br />
　しかしこのままでは集中出来そうもない。<br />
少し立ち止まって、深呼吸を繰り返した。</p>

<p>「…何やってんだよ京一ッ。」<br />
「あ、ああ、悪りぃ。なんか落ちてねェかと思ってよ…。」<br />
適当な言い訳をしながら龍麻たちの元へ追いついたと同時に、それは起きた。<br />
　ガコン<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
洞窟に突然低く響き渡る音がした、と思った時には大きな黒い塊が落ちてくるのが見えている。<br />
真下には、龍麻が<span class="line"><nobr>───</nobr></span>！<br />
「っ…」<br />
声をあげる間もない。最も離れた位置にいた京一は、駆け寄る事も出来ない。<br />
（ウソ、だろッ<span class="line"><nobr>───</nobr></span>）<br />
絶望的な絵図が脳裏に広がった…次の瞬間。<br />
　足元をチョロチョロと流れていた水流が、突然生き物のように膨れ上がり、竜巻のような奔流となって落岩に体当たりをしたのだ。<br />
落下の衝撃を飲み込み、そのまま弾き飛ばす。洞窟に反響音を残し、岩塊は龍麻の立っていた数メートル横に落とされた。<br />
呆然として誰も動かない。何が起きたのか、理解するには余りにも突飛で、余りにも幻想的な光景だったのだ。<br />
「…今の…なに？」<br />
小蒔がようやく声を絞り出した。それでやっと身体の呪縛から解き放たれ、京一も龍麻を振り返る。<br />
「<span class="dot">…………</span>！」<br />
　龍麻は無事だった。<br />
命に別状はない、という意味においては。<br />
だがその身は、今この場にいる中で、最も京一が忌み嫌っている男によって拘束されていた。<br />
「大丈夫かい。」<br />
と腕の中の男に囁きかける如月の笑顔が、京一の憤怒の念をかき立てる。<br />
（…てめェッ。何でとっとと手を離さねェんだッ！）<br />
誇らしげに微笑む如月を睨み、「ありがとう」と呟く龍麻の仕草を凝視する。<br />
誰にも理解るまい。如月も判ってはいないだろう。<br />
だが、龍麻は今、「心から」感謝していた。如月の目を見つめたこと、間をおかずに応えたこと、有り難うと言った後に微かに頷いたことで、京一には分かる。<br />
今も、先程の「水芸」の説明を得々と話す如月を、ずっと見つめている…<br />
　…畜生。<br />
龍麻の気持ちが、如月に通じていないことだけが救いだった。<br />
そんな風に考えてしまう自分に気付き、余計に腹が立つ。<br />
　奧がほの明るくなっていて、怪物どもの≪気≫が満ちていることに気付いた時は、却ってホッとした。<br />
如月の自慢話の腰を折ってやると、全員が闘う前の緊張感に包まれていくのを感じる。<br />
…とにかく、こいつが片づいてからだ。今は闘いに集中しなければならない。</p>

<p>　増上寺の地下の「門」<span class="line"><nobr>───</nobr></span>水岐の言う、ダゴン神のいる異次元に続く穴<span class="line"><nobr>───</nobr></span>が開きかけているのだ。如月が身構えながら、そう説明するのが聞こえる。異様な≪気≫が大きくなっていくのが、京一にも感じられた。<br />
奇怪な半魚人たちの群に、恍惚としながら、高らかに呼びかけを続ける水岐。<br />
その横手から、例えようもないほど嫌な瘴気が溢れ出てくる。<br />
　ふいに。<br />
それまで何もなかった空間から嘲笑が生まれた。滲み出るように、人型が造られる。<br />
「…鬼道衆！」<br />
水角と名乗った鬼面の女は、如月に意識を留め、嗤笑をやめた。<br />
「…おのれ…忌々しき飛水の末裔よ…。」<br />
如月の言う「飛水家」と鬼道衆の間に、何らかの確執があるようだ。<br />
鬼道衆は江戸の時代にも、この街を滅ぼそうとしていた。そして、この飛水家とやらに滅ぼされたということらしい。<br />
如月の、両脇に下げた拳が握りしめられるのが目に入った。<br />
　家の使命だの、血の宿命だの、何と馬鹿馬鹿しい事か。<br />
背負い切れるならまだいいが、如月はこの半魚人の群に、一人で飛び込もうとしていたのだ。これでは単なる自殺行為ではないか。そんな使命など、あって良い筈がない。<br />
　水岐の身体が異形に膨れ上がり、醜い魚人へと変化すると、美里が哀しげな悲鳴をあげた。<br />
それが、戦闘開始の合図となった。</p>

<p>「…蓬莱寺は接近戦に切り替えろ！　桜井、援護だ！」<br />
　龍麻の指示が飛ぶ。<br />
京一の≪気≫と半魚人どもの≪気≫とは相性が悪いのか、遠距離技では思うようにダメージを与えられない。<br />
「応よッ！」<br />
叫びながら、半魚人の懐に飛び込み、袈裟懸けに木刀を叩き込む。<br />
鱗が固く、突きは通じない。専ら打撃の破壊力に頼るしかない。<br />
「如月は下がれッ。後方で援護に回るんだ！」<br />
　ふと見ると、どこに隠し持っていたのか短めの日本刀─忍び刀というやつだろう─を手にした如月が、半魚人に切りかかっていた。<br />
「…僕には僕のやり方がある。指示は無用だ。」<br />
龍麻の「命令」が効かないのか。一瞬、あの圧力に屈しない精神力は大したものだな、とつい感心する。<br />
だが、龍麻の布陣は決して無駄がない。如月への指示も、意味があってのものの筈だ。<br />
「「如月！　退け！」」<br />
期せずして、醍醐と声が合う。同じ事を考えたらしい。<br />
それも無視して如月は前線で刀を振るい続けたが、一体に止めをさせぬうちに別の二体が寄ってきて、周りを囲まれてしまった。<br />
（…あの野郎、言わんこっちゃない！）<br />
援護しようにも、京一の前にも半魚人が寄ってきていてそれどころではない。醍醐は後方の援護で手一杯だ。<br />
忍びの者とはいえ、闘いに向いているようには見えない細身の身体が、どこまで持つのか…<br />
　そう思った時だった。<br />
どこから駆けつけたものか、龍麻が一瞬にして如月の前に飛び込み、その烈しい≪気≫を怪物どもに叩き込んだのだ。三体とも後方に吹き飛び、ヨロヨロと倒れる。<br />
「…救けてくれ、などとは…」<br />
言いかける如月を無視して、龍麻は後方に向かって叫んだ。<br />
「雨紋！　美里を頼む、そっちの二体をし損じた！　藤咲、醍醐の援護に切り替えてくれ！」<br />
　そして、ようやく如月を正面から見据える。<br />
その瞳は…思いのほか、静かだった。<br />
「…お前の敵は、誰だ？　誰を倒しに来た？」<br />
　如月が息を呑むのが伝わった。目の端に映る、後ろ姿が硬直している。<br />
その返答を待たずして、龍麻はそのまま先陣を切って残りの鬼面の群に飛び込んでいった。ようやく周りの敵を沈黙させた京一も、それに続く。程なく醍醐もやってくるだろう。<br />
　龍麻の一言が、京一のわだかまりも吹き飛ばした。<br />
右を護るように、左を護られるように位置を保つ。龍麻の≪気≫の律動に合わせて攻撃する。打力に頼って疲れを感じ始めていた腕も、こうすればまだ保ちそうだ。<br />
しぶとく立ち上がろうとする、残る数体の鬼面どもに向けてもう一度構え直したとき、後方から「伏せたまえ！」という声がかかった。慌てて屈むと、烈しい水流がまき起こり、前方の敵をまとめて押し流した。<br />
壁に激突して動かなくなったのを確認して振り返ると、そこには、先程までとは少し違う…清々しいような、何か吹っ切れたような貌の如月が立っていた。</p>

<p>　断末魔の絶叫を残し、水角の身体が崩れ去る。後には不思議な光を湛えた珠が一つ残され、静けさが戻った。<br />
醍醐が珠を拾う。よく見ると、うっすらと龍の模様が浮き出す。どんな効力があるものかは全く分からないが、≪力≫が封じられているのが京一にも感じ取れる。<br />
珍しく興味を示して、龍麻がその蒼い宝珠を受け取り、眺めていた。<br />
龍麻には判るのだろうか。その宝珠の持つ意味が。<br />
　少し離れたところで美里が、人間の姿に戻った水岐の回復を続けている。だが、救かる見込みのない事は明白だった。<br />
この男も鬼道衆の犠牲者だった。<br />
ほんの少し、未来を憂いる繊細な心を持ったために。自分の無力を嘆いたために道を誤った、普通の少年だった。<br />
洞窟に不気味な振動と地鳴りが響き、脱出しようと声が上がっても、美里は水岐の元を離れようとはしなかった。<br />
　そして<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
それは、奇跡…だったのだろうか。<br />
美里の身体が暖かい光に包まれると、その腕に抱かれていた水岐の身体が、大気に溶けるようにして消えていく。<br />
硝子のような、淡い光の粉が、天へ上るように舞い散る。<br />
水岐の魂が救われたのだ…<br />
その場にいた者全てが、そう悟った。<br />
美里の頬に、一筋の光がこぼれ落ちる。<br />
「自分の道を…信じて進みなさい…か。」<br />
マリアの言葉を自らに言い聞かせつつ開いた瞳には、ある決意のようなものが輝いている。<br />
　美しい、と思った。<br />
もし「菩薩」というものが在るならば、この美里のような存在なのかも知れない。<br />
神も仏も信じない自分にしては随分殊勝なことを考えているな、と自嘲する。<br />
だが、人間の力が到底及ばない「何か」が確実に存在するのだという事は、京一も理解し始めていたのだ。</p>

<p>　何事もなかったかのように静けさを保っている、地上の霊園に戻った面々を見る。<br />
美里はもう泣いてはいない。寄り添うようにして立った小蒔は、目を真っ赤にして唇を噛みしめている。<br />
醍醐も何かを決意したかのように、厳しい面を崩れた洞窟の入り口に向けていた。<br />
「…とにかく、今は俺たちが生き延びることを考えよう。生きていれば…無念に散った者の敵も討てる。」<br />
脱出の際の、醍醐の台詞を思い出す。凶津を想ったのかも知れない。<br />
　そして…<br />
「緋勇君。僕も、この地を鬼道衆から護る手伝いをさせてくれないか。」<br />
振り向いた龍麻は、いつもと変わらない静かな顔で如月を見つめた。<br />
「…喜んで。…頼む。」<br />
差し出される右手を両手で握りしめた如月が、心から嬉しそうに微笑う。<br />
「君になら、僕の命を預けられるよ。」<br />
如月の心にあった、総てを拒むような壁は無くなったようだ。<br />
先程の戦闘で、重い宿命を一人で背負うなど、愚かなことと悟ったのだろうか。僅かな言葉で己を正し、その行動を以て誠意を示した龍麻に、心を許したのだろうか。皆がそうであったように。<br />
　ニヤニヤした笑みを浮かべ、頷いている雨紋を見やる。<br />
呆れた、というように首を振りつつ、嬉しそうに笑う藤咲を見る。<br />
自分も例外ではないのだと思いながら、龍麻に好意を持つ者たちを見渡し、当の本人に視線を戻した。<br />
「<span class="dot">………</span>いつまで手ェ握ってんだッ、如月！」<br />
　笑顔が戻り、空気が和む。<br />
「おかしな勘ぐりをするな！」<br />
言い返す如月も、どことなく楽しげだ。<br />
　鬼道衆の魔の手は、また悲劇を生みだしていくだろう。それでも<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
今ここにある暖かな絆を護るのが、自分が最も為すべき事。<br />
それは、龍麻の負担を軽くする事にもつながる筈だ。<br />
　ふと見れば、龍麻は空を見上げている。つられて頭上を仰ぐと、星が一つ美しい尾を引いて消えるのが見えた。<br />
（流れ星に願をかけるなんてガラじゃねェが…）</p>

<p>　護らせてくれ、この俺に。<br />
ここにいるかけがえのない人の心を、救ってくれ…</p>

<p>　京一の願いは聞き届けられたのだろうか。控えめに瞬く星々は、何も語らなかった。</p><p class="update">03/06/1999 初出</p>]]>
    </content>
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    <title>八－マニアじゃない！</title>
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    <published>2009-08-03T09:01:16Z</published>
    <updated>2009-08-05T08:45:39Z</updated>

    <summary>　～前回のあらすじ～ 街で出会った、紗夜...</summary>
    <author>
        <name>サーノ</name>
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    </author>
    
        <category term="表" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="表裏" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://ogihara.daa.jp/majin/">
        <![CDATA[<p><span class="plot">　～前回のあらすじ～<br />
街で出会った、紗夜という少女は敵であると見抜いた緋勇だったが、結局、緋勇を陥れるために、巧妙に仕組まれた罠にかかってしまって役に立たなかった。病院から死体を盗み、背徳の生体実験を繰り返す紗夜の兄、死蝋は＜力＞を持つ緋勇を自分の漫才パートナーにしようと迫る。駆けつけた仲間達と緋勇に襲いかかる元ラグビーマン、腐童。その命を賭して緋勇を救ったくせに、まんまと逃げてしまった紗夜。そして緋勇は、「きどうしゅう」をどう書くのか判らず、悩むのであった。</span></p>]]>
        <![CDATA[<p>　眠い。<br />
すんごく眠い。眠いし、暑い。暑苦しい。<br />
「<span class="line"><nobr>───</nobr></span>ちゃんッ。おい、ひーちゃん！」<br />
…ぅあっ？<br />
あ…悪い、蓬莱寺。ちょっとぼんやりしてたな、オレ。</p>

<p>　参ったよなあ～。東京の夏って、暑すぎないか？　もー蒸し風呂じゃんかよ、どこ行っても。<br />
オレの実家がある仙台も、そりゃあ夏は暑い。でも夜はエアコンなんか要らないし、窓ちょっと開けて寝てれば、適当な風が入って気持ち良かった。<br />
その感覚が抜けないせいか、マンションのエアコンをつけっ放しで眠るのが気持ち悪くて、無意識にスイッチ切っちゃうらしいんだ。で、暑くなって目が覚める。これを繰り返すんで、ほんっと夜眠れない。<br />
　最近は寝不足が慢性化しちゃって、授業中もすっごく眠くて辛いんだよな。<br />
「なァ、明日俺とプール行かねェか？」<br />
ぷーる…プールね、ふーん。…<br />
えっっ！？　何ですと！？　ほ、蓬莱寺、今オレに、何て言ったんですか？<br />
要約すると「明日オレとプール行かねェか」って意味だよね？　略しとらんゆーねん！　いや、オレの心のボケツッコミ達よ、今はちょっと黙っててくれ。大事な話なんだから。<br />
蓬莱寺。それってやっぱ、デートだよねっ？<br />
<span class="dot">……</span>違うだろ。ツッコむなったってツッコミどこだろ、ここは。<br />
あれ？　じゃあ、友達と二人で遊びに行くことは何て言うんだ？　そりゃ「友達と二人で遊びに行く」って言うんやろな。<br />
あ～…ダメだこりゃ。寝不足と暑さでアタマが溶けてる。<br />
　蓬莱寺は嬉しそうにナンパがどーだの短大生がこーだの説明してくれてる。どうでもいいけど、くすぐったいぞ。そこまでして、周りに聞かれたくない情報なのか？<br />
うう～。耳に息がかかって、くすぐったいです蓬莱寺～。押し除けたいんだけど、それよりなんか…その囁き声が…眠くなってきちゃった…グウ。<br />
「うわッ！！」<br />
うわっ！？　ちょっと、耳元で大声出されたら、心臓止まるだろーがっ！<br />
って、桜井？　なんで桜井に見つかったくらいで、そんなビックリしてるかなあ。<br />
ううう、耳がキーンって言ってるぞ。目は覚めたけどな、お陰で。<br />
「そうだッ。どうせ行くなら、みんなで行こうよッ！！」<br />
おお、みんなでプールか～楽しいだろうなあ。うわ～、休日に友達と遊びに行くなんて初めてだ。嬉し～！<br />
だけど、この寝不足をなんとかしないと、プールで溺れそうだよな。今日はエアコン付けて、リモコンを手の届かないトコに置いて寝てみよう。<br />
　<span class="dot">……</span>？　蓬莱寺、何で機嫌が悪いんだ？</p>

<p><br />
　次の日の朝。<br />
リモコン作戦は成功したが、興奮して結局あんまり眠れなかった。遠足の前の子供状態だ。ふあ～…眠い。<br />
　待ち合わせ場所に着いたが、誰もいない。そりゃそうだ、３０分も前だ。張り切って早く来すぎた。<br />
…それにしても眠い。グ～…。<br />
「ひーちゃん。」<br />
…んっ。<br />
慌てて目を開いたら、蓬莱寺が目の前にいた。うおっと、立ったまま寝てたか、オレ。スマンスマン。<br />
蓬莱寺は、桜井が来てないのを怒っている。<br />
「そうだ。幸い誰も来てねェし、この際、当初の予定通り、ふたりで行っちまうかッ？」<br />
うーん…、それも嬉しいけど。でも、折角みんなで行くってコトになったのに…。<br />
オレが迷ってるのを、いつも通り素早く感知して、蓬莱寺は「なんだよ、いいじゃねェか。」などと口を尖らせている。でも、ちょっと嬉しそうなのは気のせいか？　…変な奴だ。<br />
　なんてやってる間に、ちゃんと全員揃った。<br />
おいおい、ちょっと待ってくれ醍醐！　お前、それは犯罪だろう？　このクソ暑い中で学ランを平然と着込んで…頼む、近寄るな。<br />
あああ、暑い！　脳天からかき氷被りたい！！　もう今日は心漫才も臨時休業だ！！</p>

<p>　…あ～。セミがうるせえ。あ゛つ゛い゛～。<br />
東京タワ～？　ぞーじょーじ～？　寄っていくかどうかって聞かれても…やっぱ真っ直ぐプール行こうよ～。暑いもん。<br />
　と、美里が「誰か、こっちへ来るわ」と立ち止まってしまった。<br />
なんでだよう。そりゃあ道端なんだから、誰かは通るだろ？　あーあ、みんなで見てたから、あっちも立ち止まっちゃったじゃないか。<br />
「この世界は、放蕩と死に溢れている。だが、それも美しき婦人たちの前では無に等しい。」<br />
ほらあ～。変なナンパだったじゃねぇかよー。もう行こうって。<br />
何だ、オレにも用か？<br />
「君は、海が好きかい？」<br />
おうよ。即答だ。特に今はな。海でもプールでも、とにかく水！　水だ！<br />
まだ何か難しいこと言ってんな。あーはいはい。そうだね、世界が破滅すんのね。海に沈む？　いいねえ。涼しそうじゃねぇか。<br />
　暑さで半分ヤサグレつつ聞いてたら、何故かソイツはオレに変な珠を渡し、また会うような気がするとか何とか言って去っていった。<br />
なんじゃこりゃ。<br />
<span class="dot">………</span>はっ。冷たい！？<br />
その珠は真っ青で、触れている手は勿論、辺りの空気までひんやりとさせる、涼気みたいなものを放っていたのだ。<br />
なーんだー、いいヤツじゃん！　名前が水岐涼？　正に涼しそうでグーだ。<br />
何故か不機嫌な蓬莱寺が、そんなもん捨てろとイチャモンをつけてきたが、そりゃないよー。<br />
これ枕元に置いて寝よっと♪</p>

<p>　やっっっっと着いた！　プールだ！<br />
蓬莱寺がはしゃいでるが、オレとて飛び跳ねたいくらい嬉しいぜ。<br />
ちゃっちゃと着替えてプールサイドにやって来た。<br />
思ってたより広いプールだ。夏休みだからか、結構人も多い。とはいえ蓬莱寺が言ってた程、女子大生のおねぇちゃんがワンサカ居るって感じはしないな。<br />
ぼーっと周りを見ている間に、木刀持った蓬莱寺と、ゴーグルにシュノーケルまで着けた醍醐が、どっちが変かを争っていた。オレに訊かれてもなあ…学校以外のプール初めてだもん。おかしいのか？　その格好。<br />
　美里と桜井が遅いので、先に入ろうと蓬莱寺が促す。それは賛成だけど…なに？　二人とも準備運動しないのか？　おいおい、学校ではちゃんとやるだろ？　足つっちゃうぞ。<br />
というオレの返事を待たず、二人はさっさと行ってしまった。<br />
なんだか蓬莱寺は怒っていたみたいだ。美里の水着姿が見たいとかって、何それ。美里が何かしたのか？<br />
くすん。仕方ないので、一人で体操しよう。</p>

<p>「あの…すいません。」<br />
　あれ？　この子…<br />
「つかぬことを伺いますが、私と良く似た顔立ちの女性をみかけてはいらっしゃいませんか？」<br />
あ、やっぱり。顔立ち…は全然似ていないけど、≪気≫の質がそっくりだと思ったんだよ、さっき通りかかった女の子に。<br />
「<span class="dot">……</span>あっち…の方に」<br />
何とか言葉を絞り出して伝えようと努力していた時、当の本人がやってきた。良かったな、はぐれなくて。<br />
男勝りな子の方は、ジロジロとオレを眺め倒して去っていく。<br />
彼女を捜していたおしとやかな方の子は、ペコンと頭を下げてから、待って姉様～と言いながら追いかけていった。<br />
変な姉妹。</p>

<p>　その後も高見沢と偶然会ったりして、ちょっぴり目の保養をした。うん、触るのはまだ怖いけど、やっぱり女の子って可愛いよなあ。<br />
それから、なんかの撮影会があると言って、蓬莱寺と醍醐と三人で見学の輪に混ざった。<br />
お前らはいいけど、オレはまだプール入ってないんだよ～。はやく水に浸かりたい～。<br />
とか思いつつ、観客がかなりざわめいていて、結構な「大物」が来ているらしいことが分かる。<br />
誰だろう。長嶋監督？　って、何でそんな人が区民プールで撮影会なんだよ。じゃ、野村監督？　おいおい、水着で撮影したのは奥さんやっちゅーねん。<br />
　イマいちネタが古いな、大体奥さんは今それどころちゃうやろ。と心漫才を反省した時、蓬莱寺が正解を叫んだ。<br />
「まッ、舞園さやかちゃんだァァァァッ！！」<br />
えー<span class="dot">……</span>どっかで聞いたことがあるような、ないような。<br />
　蓬莱寺によると、「現役高校一年生、平成の歌姫とも呼ばれる、売り出し中の超美少女」だそうだ。へえ～、流石にアイドルっていうだけあって、確かに可愛いな。<br />
しかし蓬莱寺ほどの奴が、ここまで心酔するってのもすごい。今度ＣＤ聴いてみようかな。</p>

<p>　撮影会から戻っても、まだ美里と桜井が出てこない。いくら女の子の支度は遅いったって、一体どんなモビルスーツを着込んでるんだ。ねえ、オレも準備体操終わったから、プール入りたいんだけど入っていい？<br />
「うふふ、相変わらずバカねえ、あんた。」<br />
うぎゃ、また突然後ろから声が！？<br />
…あ、えーと…藤咲、だっけ。くう、凄い水着来てるなあ。<br />
ヨダレ垂らしてる蓬莱寺の気持ちは半分までなら分かる。見てるだけなら、綺麗だよな。でもさ、その、何でイチイチ腕を絡ませて来るかなあ。<br />
「つれないわねェ。」<br />
ったって、ちゃんと「グッとくるよ」って意味を込めて頷いたろ？　そ、それより藤咲、悪いけど…じ、ジンマシン出そう…悪化してる？　オレ！？<br />
　更に何故か裏密まで現れた。め、メガネ取ると結構なかなか、アレだな。で…でもやっぱ、そのうすら寒い≪気≫は流石裏密っつーか。しかも、キミもいつの間にか「龍麻くん」ですか。嬉しいやら怖いやら。<br />
　ちょっとグッタリしていたら、ようやく美里達がやって来た。スクール水着じゃないとは、こりゃまたビックリドキドキだ。<br />
桜井が、醍醐に「どう？」なんて訊いてて、なんか微笑ましい。いいなあ、醍醐。可愛いカノジョでんな～ヒューヒュー！<br />
　それにつられたのか、美里もオレに「どうかしら？」なんて訊いてくれた。<br />
うん、とってもキュート！　ナイスバディ！　もう悩殺寸前！<br />
という思いを込めて、一つ頷く。…表現は足りなかったけど、美里は喜んでくれた。良かった。</p>

<p>　よいしょっ…と。<br />
ダメだぞみんな、飛び込みなんかしちゃ。ほら、監視員のお兄さんが睨んでるじゃないか。<br />
とか思いつつ、水にざぶんと潜る。あー<span class="dot">………………</span>冷たい…は～。<br />
ようやく生き返った気がする。もう、本当に暑くて死ぬかと思った。<br />
　肌に程良く冷たい水が染み通っていく。火照った身体が落ち着いてきて、思考も元に戻ってきたようだ。<br />
水面に太陽の光がキラキラ撥ねて、如何にも「夏！　夏でっせダンナ！」と主張している気がする。<br />
あー！　来て良かったなあ。それも、トモダチと一緒に、だぜ？<br />
「おい、ひーちゃんッ。お前にも貸してやるから、醍醐を押さえろッ！！」<br />
　突然呼ばれたので、慌ててみんなの所へ近寄った。<br />
蓬莱寺が醍醐にしがみついて、どうやらゴーグルを奪い取ろうとしているらしい。腕を引っ張られて近くには来たものの、何をすればいいのか分からず、つい後ずさってしまう。<br />
醍醐と蓬莱寺の闘いに、更に桜井が混ざって、楽しそうにはしゃぐ。争いには参加していないが、美里もそれを見て、声をあげて笑っていた。<br />
　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>ああ。<br />
こんな光景が、ずっと目の前にあったら…どんなに幸せだろう。<br />
泣きたくなる程、嬉しい情景。楽しそうに笑う、親しい友達。<br />
ずっと、ずーっと、見ていられたらいいな。こんな風に…</p>

<p>　気付いたら、みんながオレを見ていた。<br />
ぽかんとした顔で…何故かバランスを崩して、美里を除く全員が水の中に倒れ込んだ。<br />
バッシャーン！！　と凄い音を立ててみんな沈んでる…。<br />
どうしたんだ？　なんかあったのか？<br />
　バシャバシャ慌てて浮かび上がってきた桜井が、こっちに近づいてくる。<br />
「緋勇クン…あのさ…」<br />
そう言ってオレの顔を覗き込んでくるので、目線を思わず逸らして、気が付いた。<br />
…前髪！？<br />
そういや、最初に潜ったため髪なんかすっかりびしょ濡れで、うっかり掻き上げてた！！<br />
ようやく合点がいった。オレがみんなを睨んでいたのでビックリしたんだ。<br />
慌ててその場を離れる。<br />
うかつだった、つい忘れてた。いくら親しくなったって、オレは<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
　脱衣所へ飛び込んで、持ってきたタオルで髪をぐしゃぐしゃ拭いた。<br />
あちこちに貼られた鏡に気付いて、つい、目がいってしまう。<br />
…嫌な顔だ。仏頂面で、辛気くさくて。オレの顔をみて因縁付けてくる連中の気持ちがよく分かる。<br />
　何だか、悲しくなってきた。<br />
みんな…怒ってなければいいけど。いや、みんなすごく優しいから、きっともう何もなかったかのように、オレを迎えてくれるだろう。<br />
オレは、それに甘えてるだけなのかも知れないな。<br />
心の中で自嘲する。でも、顔には出ない。泣きたい。けど涙も出ない。鏡に映った顔は、不機嫌そうにオレを見ている。<br />
どうしてこうなんだろう。<br />
　こんな奴を受け入れてくれる、あいつらが変わってるのかな。<br />
…うん。<br />
そうだな。変わってる。変わってるけど…優しい。<br />
　鳴瀧先生が、「護るべきものを見つけろ」と言っていた。仲間を見つけろ、と。<br />
護りたいです、先生。オレを受け入れようとしてくれる、優しい人達。みんなを護りたい。<br />
もっと、もっと強くなって…。<br />
それで、さっきみたいなキレイな光景を、護りたい、です…</p>

<p>　案の定、みんなは全然気にしていなかった。<br />
も～優しいよな～。いくら「仲間」だからって、こんなに気を遣ってくれる人達って居ないよな？<br />
「どうだ、龍麻？　お前も少しは、気晴らしになったか？」<br />
なんて、醍醐がニコニコしながら訊いてくれた。へへへ…ありがと、醍醐。<br />
頷くしか出来ないけど、すごく感謝してるからな。「気晴らし」っていうのは良く分からないけど、夏バテしてちょっと故郷が恋しくなってたの、気付いてくれてたのかも。</p>

<p>　新宿に戻ってラーメンを食べることになって、外に出た。<br />
その時だった。<br />
「な、なんだこの匂いは…」<br />
「生臭い、いや腐ってるような<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。」<br />
うわっ、確かに臭い！　なんだこりゃ？　生ゴミ？　ダメだよゴミの収集日は守らないと！<br />
プールの方から匂いがするって？　悲鳴も聞こえるな。誰か嫌がらせで不法投棄でもしたんだろうか。うーん、社会問題的だ。<br />
　プールの方に様子を見に行こうとしたら、突然誰かに呼び止められた。<br />
見ると、何故か骨董品屋さんが立っている。<br />
「如月骨董品店」は、何度か利用したことがあった。この人もなんだかすごく親切で、面白い人だ。流石は商売人という感じ。<br />
「お、お前は…」<br />
「フッ…」<br />
「…誰だっけ？」<br />
おお！　蓬莱寺のボケに、盛大にコケている。やっぱり面白い人だ。<br />
それにしても蓬莱寺は、やっぱり誰とでも即座にコンビを組めるんだなあ。<br />
　その骨董品屋さん<span class="line"><nobr>───</nobr></span>如月の話によると、とにかく何かまた事件が起きているらしかった。<br />
それにしても分かりにくい。言ってる台詞、一つ一つがつながってない気がするんだけど…はっ。お前も詩人か？<br />
義務がどうとか言ったことで、桜井と蓬莱寺が、如月を心配したらしい。特に蓬莱寺なんか怒っているようだ。よっぽど如月のことが気になってるんだな。漫才コンビだからだろうか。<br />
如月が、オレを見て「君もそう思うかい？」と尋ねてきたので、そらもう心配ですがな、詩才は分かるけどもう少し会話になるように喋ってくんないと、お友達に逃げられちゃうよ？　と言いたかったが言えなかった。<br />
「<span class="dot">……</span>心配だ。」<br />
とだけ、かろうじて言ったけど。全然足りないっちゅーの。<br />
それにしても、いつまで捕まえてるんだ、オレの腕。逃げられないようにか？　ますます心配だぜ、如月くん。<br />
　結局、誰か生ゴミのことを通報したらしく、遠くからパトカーの音が聞こえてきたので、面倒に巻き込まれる前にその場を離れることにした。<br />
も少し時間があったら、如月は全部喋ってくれそうだったんだけどな。水岐くんもそうだったが、詩人というのは基本的にお喋りなのだろう。<br />
　はあ～。折角涼しくなってたのに、こんなに走って、また暑くなってしまった。大体、あんまりプールには入れなかったんだっけ。ちぇっ。<br />
で、結局ラーメン屋、行くの？　オレ、今日は冷やし中華にしよっと。</p><p class="mark">◇　◇　◇</p><p>　…うええ～。気味悪～。<br />
何でこんな汚くて臭いトコに来なきゃなんないかなぁ。<br />
アン子ちゃんの調べてくれたところによると、港区のプールの事件と青山霊園の化け物の噂とは、つながりがあるそうだ。<br />
事件があった港区のプールと青山霊園の位置関係が分からないから、地下鉄を使ったとか下水道を使ったとか言われても、ピンと来ないんだけど。<br />
でもマジで臭い～。醍醐が、潮の香りもする～なんて言ってる。そんな嗅ぎ分けが出来るのか？　凄い鼻だな。香水とか香辛料の研究者になれるな。でもそうなったら、醍醐の白衣は特注だな。意外に似合いそうだ。<br />
なんて、妙な方向に想像が進んでいたら、突然「隠れろ！」と醍醐が叫んだ。<br />
な、何事だ！？　と前方を覗き見ると…<br />
　<span class="dot">…………</span>ら、ラゴン！？<br />
ラジオ…ラジオで音楽かけなくちゃ！　とか思っていたら、みんなに置いていかれた。いかんぞ、ラジオがないのに！　もしかして、誰もこのウ○○○Ｑネタ分かんない？　ちっ。これだから今時の若いモンは。ってオレも高校生やろ。<br />
　いつもの心漫才にしては、ちょっぴりオレの意識じゃないモノが混じってるよなー、と訝しんでいると、突然知った人が現れた。<br />
なんだ、先日いーものくれた水岐くんじゃないか。<br />
あれ、有り難うな。あれから枕元に置いて寝てるんだけど、もー朝まで熟睡！　一家に一台、是非貴方のお宅にも！　ってくらい快適だ。夏中愛用させてもらうよ。アレ、効果はいつまで持続するんだ？　２～３ヶ月に一度お取り替え？　通販やってないの？<br />
などと心の中で親しく話しかけていたら、なんか雲行きが怪しくなってきた。何？　あの半魚人たちの仲間なのか？　水岐くん。マジ？　詩人のクセに趣味悪！　オレなんかラゴンの所為でしばらく台所行けなかったのに！　それはもーええっちゅーねん。<br />
あわわ、問答無用で戦闘に入っちまった。なんで～！？</p>

<p>　とりあえず、ラゴンを軽くぶん殴ってみたら、触感がとってもカエルだった。気っ色悪う～。音楽さえかかればなあってホンマしつこいなキミ。<br />
この間と同じく、どこから嗅ぎつけたのか、駆けつけた雨紋が嬉々として雷を落としまくっている。それだと直接触らなくていいから羨ましい。<br />
　後ろに回り込もうとしているラゴンに止めを差すよう、雨紋と桜井に指示を出して、水岐くんと対峙する。<br />
水岐くんはニヤリと笑って、<br />
「…かくも美しく、残酷な邂逅よ…」<br />
だとか呟いてる。相変わらず不気味な人だ。だが、良いものくれたしなあ。倒しても、またアレくれるかな？　どうも、詩人とは拳で語っちゃいけない気がする。<br />
　…なんて迷ってたもんだから、いきなり斬りかかられてビビッてしまった。<br />
なんだよ！　友達だって思ってんのが分かんねえのかよっ！　分からんっちゅーねん(裏拳)。<br />
心漫才はともかく、向こうがやりたいって言うなら、オレも遠慮はしない。思っきし殴らせてもらった。<br />
掌に炎気を乗せるオマケつきだ。この暑さで益々熱かろう。ふっふっふ。</p>

<p>　しかし、見た目と違って水岐くんはタフだった。叩きのめしたつもりだったのに、いつの間にか逃げられていた。<br />
水岐くん、友情は…もうダメか。あの珠、どこで買えるのかだけでも訊いとけば良かったな。<br />
後を追いたいのは山々だけど、どこに向かったか分かんないよね。<br />
え？　青山霊園？　霊園ってお墓だろ。夜行くのは怖そうだ。<br />
とっても行きたくないけど、水岐くんなら夜の霊園で「闇に凍える魂がどーたら」とか吟じていそうだな。…行ってみよう。怖いけど。<br />
　醍醐が美里と桜井に、夜は女の子には危険だとか説得してる。<br />
連れてった方がいいと思うけどなあ。二人とも行く気満々だし、あのラゴンと闘わなきゃ行けないんだし、桜井の攻撃力ってかなり大きいし、美里に回復してもらえる利点も大きいぞ。<br />
そもそも、味方は多い方がいいと思う。だって仲間！だし～。<br />
「たまにはよ、こういうのもいいんじゃねェの？」<br />
蓬莱寺が言った。たまには、か。女の子に嘘つかせて夜遅く帰すなんて、オレ的には初めてだから、すっごくドキドキするぞ。…ちょ、ちょっとオトナ！？　なんてねなんてね！</p>

<p>　でもやっぱ、夜の墓地なんて来るもんじゃない。ブキミで怖いだけだ。<br />
醍醐がまた、真っ青になっている。どうしたんだろう。<br />
「寒い」って？　こんな暑い夜に？　風邪か？　そういう感じには見えないけど…そっか、醍醐は冷え性なんだな。このクソ暑いのに学ラン着込んでおかしいんじゃないかと思ってたんだけど、道理で…。<br />
脱毛症で冷え性だなんて、キミの将来がお父さんは心配だぞ、なんてしみじみと同情していたら、みんなが墓の下に洞窟とか見つけてしまった。<br />
入るの～？　こんなとこ、ラゴンの巣だぞ？<br />
「…君たち。」<br />
　<span class="line"><nobr>─────</nobr></span>キャッ。また突然声が！　幽霊かっ！？<br />
と思ったら、如月骨董品店だった。何だよ。脅かすなよ。何でこんな夜に墓地に一人でいるかな。<br />
そういやコイツも詩人なんだった。「静寂という名の墓守が何たら」とか詠じていたのか？　寒っ。そんなんだから出来る友達も出来ないんだぞ。<br />
「君たちは僕の忠告を、無視するつもりなのか？」<br />
忠告？　何だっけ？　何か言われたかな。あ、そうそう、前に「店の中で暴れるな」って言われたんだった。…何の関係もなさそうだ。<br />
「如月…」<br />
スマン、忠告って何のことか分からん。というつもりで首を振ったら、<br />
「悪いが、君たちと手を組むつもりはない。」<br />
とか言われてしまった。何ソレ？<br />
「…僕は飛水家の末裔として、徳川家の眠りとこの東京を、守る義務がある。」<br />
と言って、如月は、またオレの顔をチラリと見る。何か言いたいことがあるのかなあ。<br />
美里や醍醐が説得するのを聞きながら、オレは暫く如月を見つめた。<br />
あんまり人を見つめちゃいけないのは分かってるんだけど、気になってつい、じっと睨んでしまう。<br />
如月もオレの目を見つめてくる。…平気そうだな。流石はあきんど。多少のことでは動じないのかもしれない。<br />
「…いや、やっぱり僕は一人で行くよ。それが、君たちのためでもある。」<br />
一緒に行こうという醍醐を断ってる割には、オレをまた見てるなあ。…何か誰かを思い出す…<br />
　…はッ。比良坂！<br />
そうか、お前ももしかして、オレと拳で語りたいってヤツ！？　な～るほど。同じ詩人でも、水岐くんとはひと味違うな。<br />
オレは友好的に右手を差し出した。如月、お前の気持ちはしかと受け取ったぜ。<br />
とっても嬉しいので、「オレたちはとっくにマブダチだろ？」と付け加える。上手く表現できなかったけど、大意は同じだろう。<br />
「そんな風に言われるとは思わなかったよ。」<br />
ふふふ。その冷たい言い方は、「最初敵で、後ほど仲間になる人」の典型だ。うんうん。ラゴン倒したら、拳と拳を合わせようなっ。</p>

<p>　洞窟の中は、下水道より更に気味が悪くて、どろどろしてて、魚臭かった。<br />
こんな所に住んでるのかな、ラゴン達。ここから海には、どうやって帰そう。東京湾ってどこにあるんだ？<br />
なんてことをぼんやり考えていたら、みんながオレを見て大声を上げた。<br />
えっなに？ 上…？<br />
っっっっでえぇ<span class="gya">ーー</span>！？　天井から岩が！　うわ、オレ死ぬ！？</p>

<p>　ドオーン！</p>

<p>物凄い音がした。<br />
<span class="line"><nobr>───</nobr></span>死んだのか、オレ。<br />
…なんか、暖かい。もう天国に来ちゃったのかな…<br />
「…大丈夫かい？」<br />
って…あれ？　如月か？　随分近いところから声がすると思ったら、いつの間にかオレは如月にガッチリ抱きしめられていた。<br />
い…、いくら蓬莱寺で慣れたっていっても…きゅきゅ急にスキンシップされたら心の準備体操が全然出来てなくてどっちかってゆーとラジオ体操は第二が好きだな！　というわけで離れて下さい！　離れろって思ってるのが分からんか！　分からんゆーねん。<br />
よく見たら、さっき天井から落ちてきた岩盤が足元に落ちている。<br />
ああ…そうか、オレを助けてくれたんだ。<br />
「…ありがとう…。」<br />
　流石に、命が危なかったという恐怖と興奮のせいか、割とすんなりお礼が言えた。<br />
「いや…君が無事ならそれでいい。」<br />
如月は、フッと笑って腕を放した。<br />
　それにしても、一体何が起きたんだ？　みんなもビックリしたらしく、桜井なんか「すごーい如月クン！」を連発している。<br />
如月の説明からすると、どうやら水を操って岩を持ち上げ、投げ飛ばしたらしい。そんな凄いことが出来るのか。<br />
「飛水家は四神の一つ、水を司る『玄武』を守護神として崇めているが、その≪力≫を自在に操れる者が時おり顕れるのさ。」<br />
　ふうん。玄武の力ねえ。…どっかで聞いたことがあるぞ、玄武…それも、２～３ヶ月前に…。<br />
あッ！　「ガメラ３」だ！！　そうそう、映画で見たんだよ。<br />
そうか、如月はガメラの力を持っているわけか。そんじゃあ、如月の敵はギャオス！　ギャオスだな？<br />
それにしてもあの映画は泣けたぜ（当然ながら心の中でな）…最高だった。今思い出してもガメラの哀愁が胸に浸みるぜ。<br />
人の身で、あのギャオスの大群と闘うのは大変だろう。オレはなるべく心を込めて、如月を見つめた。気持ちが複雑すぎて、とても言葉に表せそうもないが、オレはお前を応援するぞ。お前は一人じゃない！　ガメラは一人じゃないんだ！　うおーっ！！</p>

<p>　心の中で大変盛り上がっていたところ、突然水岐くんの声がした。おっと、すっかりお前のこと忘れてたよ。オレの友情も段々いい加減になってきたな。<br />
だが、水岐くんの方もオレとの友情はもうどうでもいいらしい。世界の終焉とか、闇の世界だとか、もうすっかり詩作に没頭している。それならそれで放っておきたいが、ラゴンは退治しないといけないからなあ。<br />
「その呼び声で、異界の地に捕らわれた、我らの神<span class="line"><nobr>───</nobr></span>父なるダゴンを呼び戻すのだ<span class="line"><nobr>───</nobr></span>！！」<br />
ラゴンの父はダゴンか。母はマゴン？<br />
　うわっびっくりした。どうツッコミを入れるか考えているうちに、急に鬼面を被った女が笑いながら登場したのだ。鬼どうしゅうってこんなんばっかりやな。<br />
あー、そういえば、鬼の連中って意味なんだったら、「鬼どう衆」が正しいのかな？　「鬼同集」だと、ちょっとアヤシイ詩歌を載せた詩集みたいだし。今回は詩人の回だから、それでも良さそうだけど。<br />
と、ようやく鬼どう衆のイメージが固まったところで、突然水岐くんの身体もラゴンになってしまった。あ～あ…もう、冷たい珠どころじゃないか。やっぱり倒すしかないよな。</p>

<p>　おかしいな、ラゴンしかいないや。ギャオスは…？<br />
如月、お前の宿命の敵がいないみたいだぞ？　と言おうとしたら、先陣を任せた蓬莱寺と醍醐に混じって、如月もラゴンに斬りつけていた。<br />
ちょっと待てよ、そんな雑魚相手にしてたら保たないぞ！　きっと後からギャオスが団体でぶわーって出て来るぞ！　うう、もうこのシーンでゾクゾクって鳥肌が立って…いや、映画の話は今はいい。<br />
「如月は下がれっ。後方で援護に回るんだ！」<br />
出来れば、後ろからプラズマ火球を吐いてくれ。と思ったが、断られてしまった。ケチ。<br />
とか思ってる間に、ラゴンがわらわらと如月に襲いかかろうとしている。ほらーもーしょうがないな！<br />
急いで移動しながら調節し、如月の眼前の一匹を核として、≪気≫の竜巻を起こす。気持ちよく全部吹っ飛んだ。成功だ。<br />
如月が何か言おうとしてるが、そういや慌ててこっちに来ちゃったな、と後方に指示をしとく。それから、気持ちを落ち着けて、如月を見つめた。<br />
「…お前の敵は、誰だ？　誰を倒しに来た？」<br />
ギャオスだろ！？　こいつはラゴン。水系ポケモ…いや、水芸仲間じゃないか。大したダメージも与えられないみたいだし、火球使ってくれないんなら大人しくしててくれよ。<br />
　まだまだいっぱいいるラゴンと鬼どもが集まってきたので、とりあえず如月をおいて退治にかかった。</p>

<p><br />
　うーっ。ようやく外に出られたー。<br />
ようやく落ち着いたので、みんな揃っているか確認する。<br />
桜井、哀しそうだな。水岐くんのこと「カッコイイ」って言ってたからなあ。でも化け物になっちゃったんだから、仕方ないと思うぜ。オレも悲しかったけどさ。<br />
蓬莱寺はいつも通りピンピンしてるし、醍醐も大丈夫。あ、そうだ、さっきの変な青い珠返すわ。水岐くんのくれたヤツと違って涼しくなかったから、いらねぇ。<br />
美里…お前ってスゴイよなあ。怪我は治すわ、光るわ、死んじゃった水岐くんを消し去るわ。まあ、あそこに置いといて岩とかに潰されちゃうのは可哀相だったけど、結構コワイことするよなあ。どっちにしろ死体遺棄？　…いや、考えるのよそう。<br />
　他のみんなも大丈夫だな、と確認が終わった時、如月が声をかけてきた。<br />
「僕も、この地を鬼道衆から護る手伝いをさせてくれないか。」<br />
てことは、君も仲間か！　嬉しいぜ、なんたってガメラだもんな～。そうだよ、子供達の味方だもんな！　って誰が子供やねん。<br />
とにかくメチャメチャ嬉しいよ、オレたちを護ってくれよな、と想いを込めて右手を差し出したら、しっかりと握手をしてくれた。へへへ。スッゴイお友達が出来ちゃった～。<br />
　蓬莱寺がやって来て、如月と掛け合い漫才をやっているのを幸せな気分で眺めながら、ふと水岐くんのことを想った。<br />
水岐くん。今度生まれてくるときは、詩人じゃなくて武道家になってくれよな。そしたら、拳で語れるからな。<br />
ふと空を見上げると、星と星の間に線が引かれて水岐くんの顔が浮かび上がった。<br />
ちょっと古典的なシメだけど、まあいいや。オレも決め台詞でお別れだ。<br />
（さらば、水岐涼。お前のことは忘れない<span class="line"><nobr>───</nobr></span>あの涼しい珠に誓ってな！）<br />
　星が一つ、流れて落ちた。いいツッコミだぜ、恒星め。</p><p class="update">06/17/1999 初出</p>]]>
    </content>
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    <title>七之四－約束</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ogihara.daa.jp/majin/2009/07/mid0704.php" />
    <id>tag:ogihara.daa.jp,2009:/majin//1.37</id>

    <published>2009-07-29T13:26:53Z</published>
    <updated>2009-08-10T10:41:42Z</updated>

    <summary>「よォ。センパイ、元気そうじゃねェか。」...</summary>
    <author>
        <name>サーノ</name>
        <uri>http://ogihara.daa.jp/</uri>
    </author>
    
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        <category term="間幕" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://ogihara.daa.jp/majin/">
        <![CDATA[<p>「よォ。センパイ、元気そうじゃねェか。」<br />
　雨紋が下校途中の龍麻に会ったのは、偶然ではなかった。<br />
「<span class="dot">………</span>。」<br />
無愛想なまでに凍り付いた顔は、慣れない者にはきつい印象を与えるだろう。<br />
しかし。<br />
「<span class="dot">……</span>ああ。」<br />
落ち着いたバリトンと、少し子供染みた印象を与える首肯が、拒絶されたような思いを相手に抱かせない。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
　どうだ、今日は変な事件なんか起きてねェのかい？<br />
　アンタも大変だよなァ、次々と…<br />
世間話のような質問を何となく投げかけながら、連れだって歩く。<br />
返答は、ただ頷くか、時折短く「ああ。」と同意するだけである。<br />
　ほんの数cm目下にある顔を、横から覗き込みながら、雨紋は色々と話しかけた。<br />
何となく、龍麻が嫌がっていないのを知っている。<br />
つまんねェ話だったかな、と苦笑すると、ブンブンと首を横に振るのだ。<br />
言葉を連ねるより、雄弁な否定。<br />
　初めのうちは、こんなに無口だなんて、ヘンな奴だと思っていたのに…<br />
（ちょっと、京一のヤツの気持ちが分かるよな。）<br />
何を考えているのか知りたくなる。自分が本当に嫌われていないのか訊きたくなる。<br />
そんな、不思議な魅力を持った男だった。<span class="line"><nobr>───</nobr></span>緋勇龍麻は。</p>

<p>「なァ、センパイ。実はちょっと、聞きたいコトがあるんだけどよ。」<br />
　横にいる雨紋を、ちょっと振り仰ぐ。目を覗き込むと、すぐ伏せられてしまった。<br />
（ナンだよ。ケチ。）<br />
　戦闘の時以外、龍麻と目が合うことは殆ど無い。気付くと常に伏せられている瞳。<br />
かといって、人と目を合わせられないような軟弱さは感じない。<br />
（まァ、いいか。そういうクセなんだろ）<br />
些細な事に思い悩まないのが、雨紋の長所だ。<br />
　だがそんな雨紋でも、「知りたいが訊きづらい事」を口にするには、少々躊躇いが生じた。<br />
「こないだの…さ。あ、答えたくなかったら、別にいいからなッ。…あの、気味悪リィ死体モドキと闘ったときの…ことなんだけどよ。」<br />
　反応は無い。<br />
「あン時のさ。カワイイ女の子…比良坂、ていったっけ？」<br />
<a href="/majin/zap/0741.php">龍麻</a>が少しだけ、また雨紋を見上げた。<br />
（あ。訊かれたくねェか？　まァいいや、続けちまえ）<br />
「あのひとって、龍麻サンの…、あー…、大事なひと、だったのか？」<br />
「<span class="dot">………</span>。」<br />
応えが無い。<br />
「…悪リィ。変なコト、聞いたみてェだな。」<br />
気を悪くしたかと聞くと、首を横に振る。<br />
（気にしてねェのか。顔色一つ変わってねェもんな。）</p>

<p>　でも…カノジョが死んで、だぞ。全く平気だってのもおかしな話だよな。<br />
　顔に出さないだけで、心ン中では泣いてるッてコトか？<br />
　それとも、本当に冷てェ野郎なのか？</p>

<p>「<span class="dot">……</span>比良坂、は」<br />
「ん？」<br />
「<span class="dot">………</span>比良坂と、約束を…した。」<br />
「<span class="dot">……</span>。」</p>

<p>　雨紋は思い出した。怪我をしてぐったりしている少女を龍麻が抱き上げていた、あの時のことを。<br />
（そうだ…今度、どこかへ行きませんか？）<br />
（…ああ…必ず。）<br />
思わず立ち止まって、龍麻の後ろ姿を見つめる。<br />
死んだ少女との約束。それは、来世の誓いなのだろうか。<br />
ふと…<br />
自分の心の奥底にしまい込まれた、小さな少女の面影が脳裏を掠める。<br />
恋、とは呼べない、淡い想い出。二度と逢えない笑顔。<br />
失われた、遠い日の…。</p>

<p>　雨紋が立ち止まっていることに気付き、龍麻が振り向いた。</p>

<p>　…あンたは、そうやって真っ直ぐ立てるンだな。<br />
　悲しみを受け入れて、前を向いているンだな。</p>

<p>　雨紋はニヤリと笑った。<br />
（大したひとだぜ、全く。）<br />
龍麻の肩をパン、と叩いて、そのまま腕を回す。<br />
「いつか…叶うといいな。」<br />
…ああ。<br />
耳元の空気が震え、直接頭の中に響き渡る。極上の音楽を思わせる、声。<br />
　参ったな。このオレ様ともあろうものが。<br />
この声で、語りかけて欲しい。この声で、呼んで欲しい。<br />
そんなことを、痛切に願っているだなんて。</p>

<p>　（ま、いいさ。そういうコトも人生にはあるってことよ。そンくらいじゃねェと、面白くもねェしな。）<br />
あっさりと吹っ切って、龍麻に笑いかけた。<br />
些細であろうとなかろうと、思い悩まないのが雨紋の長所なのだ。<br />
「このまま呑みに行かねェか？　オレ様の行きつけの店があンだけどよ<span class="line"><nobr>───</nobr></span>」</p><p class="update">06/09/1999 初出</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>七之参－Bounce Run</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ogihara.daa.jp/majin/2009/07/mid0703.php" />
    <id>tag:ogihara.daa.jp,2009:/majin//1.35</id>

    <published>2009-07-28T11:10:27Z</published>
    <updated>2009-08-10T10:42:35Z</updated>

    <summary>　オレ様に言わせりゃア、あの京一なんかは...</summary>
    <author>
        <name>サーノ</name>
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    </author>
    
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        <category term="間幕" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://ogihara.daa.jp/majin/">
        <![CDATA[<p>　オレ様に言わせりゃア、あの京一なんかはメじゃねェワケよ。<br />
初めて出会ったとき、既にオレ様は、ちょっとシビレちまってたンだからな。</p>

<p>　何がイイって、声だよ。声。<br />
ドスがきいてるってンでもないし、キンキン響くってンでもない。<br />
なンてのかな、こう、腹の辺りの空気がさ、ビリビリ共鳴するって。<br />
イカすバイブレーションなンだよな。<br />
一回歌わせてみてェよな。そういうガラじゃなさそうだけどよ。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
　しッかしよ、イカす声してる割にゃァ、全ッ然喋ンねえ。<br />
京一のヤツが１００倍くらい喋ってっから、うるさくてしょーがねェのよ。<br />
くだらねえジョーク飛ばしといて、慌てて謝ってやがるし。ダセェ。<br />
でも、そーゆーナンかが、あの人にはあるンだよな。<br />
こう…キラわれたくねェって思っちまう、ナンかがな。</p>

<p>　完璧ホレたなって思ったのは、唐栖との闘いの最中だ。<br />
熱くなって飛びかかろうとしたオレ様を、たった一言で動けなくしちまいやがったンだぜ。</p>

<p>　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>　違うッ！　雨紋！　<span class="line"><nobr>───</nobr></span></p>

<p>　あれは、そうだなァ。例えるなら、ライトハンドでハンプリキメた感じだ。<br />
分からねェって？　このオレ様が、シビレちまうような響きってコトよ。<br />
一瞬、曲が出来ちまったもンな。<br />
どんなのかって？　聞きてェのか？　仕方ねェな、今日は気分がいいから歌ってやってもイイぜ。</p>

<p>　アー。アー。</p>

<p>　Cm7～F B7～…</p>

<p>（長いので割愛）</p>

<p>　…って、おい！　何ハショってやがンだよッ！<br />
ま、オレ様の美声を文章で語ろうってのア、土台無理な話ではあるけどな。</p>

<p>　…で、何の話だっけ？<br />
ああ、そうそう、センパイの話だよな。<br />
そう…。ビシッとキメられてよ、凄ェッと思ってよ。<br />
それでも唐栖のヤロウはオレ様の手で倒したかったから、抗議してやろうと思って睨んだンだよ。<br />
だけどさ…。<br />
　お前、知ってるか？　あの人さ、普段と闘ってる時と、全然違うんだぜ？<br />
何がって、目がさ。もう全然目が、迫力あって凄ェのよ。分かる？<br />
オレ様渋谷では、自慢じゃねェけど勝てねェヤツなンて居ないワケよ。<br />
でもあの人には勝てねェだろうな。マジでよ。<br />
タイマンはっても、ビビッちまうかも知ンねェ…。この、オレ様がだぜ。笑うよな？<br />
　そんでさ、あの京一もアゴで使われててよ。みんな、あの人の命じるまンまに動いててよ。<br />
ダセェだろ？<br />
でもよ、オレ様もなンだぜ。あの人にさ、<br />
「雨紋ッ！　今だ！」（声真似。全然似ておらず）<br />
って叫ばれてよ。<br />
凄ェ、力が腹の底から湧いてくるみてェな感じがすンだよ。マジで。<br />
で、このオレ様が！　唐栖のヤツにとどめを差したッてワケだ。<br />
オレ様がそうしたいって思ってたの、あの人理解ってたのかなァ。<br />
理解ってたかも知ンねェな。あの人だもんなァ。<br />
　ッは<span class="gya">～～</span>ッ。カッッッッコイイよなあ。マジでイケてるぜ。クールでよ。ルックスもイケててよ。なんたって声がシブくてよ！　へへッ。<br />
　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>何イ？　気持ち悪い？　ヘンタイ？<br />
ばッ、オレ様はだなッ！　そういうダセェ事で言ってんじゃねェンだよッ！！</p>

<p>　こないだ、バンドの練習に行く途中で、メチャクチャ気持ち悪くなってよ。<br />
二日酔いに似てるかなッて最初思って、その後、唐栖の≪気≫とかいうヤツに似てるのに気付いたンだよ。<br />
どっから感じるのか、辺りを探してたら、紫暮ってのにばったり会って。あァ、紫暮ってのも「仲間」なンだけどな。<br />
それで二人で探し当てたらよ、ボロッちい建物の中で闘ってたンだよな。<br />
少ねェ人数でナニやってンだよ、ケータイの番号教えたろッ！　とか文句言ってやろうと思ったら、あの人がひっでえ格好でさあ。<br />
　ナニされてたンだろうな、体中にテープとか変なコードとかくっつけられてよ、ふらふらしてンのよ。<br />
顔色も悪リィし、あの人にしちゃァ動きが重いし、オレ様が駆けつけなかったらどうなってたかねェ、アイツら。ヘヘヘッ。<br />
それでよ、あの人をとりあえず京一のヤツから引き離してよ。イロイロくっついてるもん全部引っ剥がしてやったのよ。<br />
コードなんかブチブチ抜けて、血も出たりして、ちっと痛かったかも知ンねェけど。ま、あの人カオに出ねェからな。<br />
そんで、オレ様のことなンか気にもしないで、京一のヤツに命令してンだよ、もう動くのもしんどいって雰囲気なのに。<br />
　ッは<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。クールだよなァ。たまんねェよ。<br />
マジで、歌ってみてくンねェかなあ。ウチのボーカル捨てるからよ。いや、ジョーダンだって。</p>

<p>　そン時の闘いは…良く事情は分かンなかったんだがよ。女が一人、死んだンだよな。<br />
なんか、あの人のカノジョだったのかもな。周りの連中の態度からするとよ。<br />
次の日に、やっぱ気になっちまってよ、真神に行ったはいいんだけど、何も言えねェよな、良く考えたら。<br />
で、しょーがないから「元気出せよ」なんてダセェこと言ったンだけどよ。<br />
…やっぱ、クールなンだよなァ、あの人。何にも言わないで、ちょっと頷いてさ。<br />
カノジョが死んだンだろ？　お前ならどうよ？<br />
オレ様がついてるからなッて言ってやったら、<br />
「ああ。」（またも声真似。益々似ておらず）<br />
って、こうシブーくキメられて、もうオレ様ゾッコンってワケよ。</p>

<p>　だから、オレ様は決めたのさ。あの人について行こうってな。<br />
あのバカ（京一のことと思われる）には任せてらンねェのよ。なんたってバカだからな。<br />
そういうワケで、今日もまたパトロールよ。ケータイに連絡入るの待っててもツマンネェからな。<br />
　ナンだよ、オレ様もバカみてェだって言うのか？<br />
へッ、アンタもいっぺん、あの人に…龍麻サンに命令されりゃア分かるって。<br />
マジでシビレちまうぜ。<br />
ハートが、さ。</p><p class="update">06/08/1999 初出</p>]]>
    </content>
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    <title>七之弐－呼名</title>
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    <published>2009-07-27T10:46:39Z</published>
    <updated>2009-08-10T10:43:18Z</updated>

    <summary>　そのとき龍麻は、旧校舎にいつもの「参拝...</summary>
    <author>
        <name>サーノ</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://ogihara.daa.jp/majin/">
        <![CDATA[<p>　そのとき龍麻は、旧校舎にいつもの「参拝」をしに行っただけだった。<br />
（オレに仲間を与えて下さった旧校舎サマ。どーもありがとね。）<br />
だが、たまたま通りかかってしまった醍醐と京一にとって、一人で旧校舎に向かおうとしている龍麻の姿は、背筋を凍らせるに足る光景だったのだ。<br />
「…あいつ、まさか…！」<br />
「一人で旧校舎に、だと？　馬鹿な、自殺行為だ！」<br />
　自殺、という咄嗟に出た不吉な言葉に、ギクリとして顔を見合わせる。<br />
比良坂紗夜が炎の中に消えてから三日目。<br />
怪我も、疲れもものともせず登校してきた龍麻は、相変わらず表情からは何も読みとれなかったが、心に深い傷を負っていることは間違いないのだ。<br />
と二人とも思い込んでいる。<br />
　同時に走り出して、叫んだ。<br />
「…龍麻ッ！　おい、どこ行くんだよ！」<br />
「緋勇！　旧校舎なら、俺達も行くぞ！！」</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
　（なんで、こんなコトになっちゃったんだ？）<br />
薄暗い、鍾乳洞のような洞窟が続く。<br />
カビ臭い、湿った空気が、瘴気を乗せて手足にまとわりついてくる。<br />
　なんとなく押し黙って付いてくる醍醐と京一を振り返って、龍麻は立ち止まった。<br />
「<span class="dot">………</span>。」<br />
（オレ、中に入る気なんか無かったんだけど…）<br />
（「帰れ」って顔だな、龍麻。一人でここに来て…どうする気だった？　まさか…まさか、な。）<br />
（緋勇、一人で苦しむな。闘うことで気が紛れるというなら…どこまでもつき合おう。）<br />
とにかくどうしようもない程すれ違っている三人だったが、ここは旧校舎地下。<br />
どう間違っていようと敵は襲ってくる。<br />
　案の定、コウモリや野良犬といった雑魚が、あちらこちらから集まってきた。<br />
「行くぞ、緋勇！」<br />
「行くぜッ、龍麻！」<br />
　醍醐と京一が同時に叫び、左右に散った。<br />
（敵が来ちゃったんなら、仕方ないな。やるか。）<br />
　一瞬にして練られた≪気≫を、気合い一閃、掌から放つ。<br />
頭上でタイミングを計っていたらしい大コウモリが天井まで吹き飛ばされ、グシャリと潰れた。<br />
それが合図となったのか、一斉に赤い光が襲いかかってくる。<br />
（ちっくしょー、何でこんなことになっちゃったんだよーっ！？）<br />
龍麻の叫びは、勿論誰にも届きはしないのだ。</p>

<p>　数字上でみれば圧倒的に不利な闘いも、闘い慣れしてきた三人にとって大したハンデではない。<br />
≪気≫の練り方、放つ量、タイミング。敵の動き、弱点。すべてが頭に入っている。<br />
常に、龍麻が指揮を執ってきたからだ。<br />
「蓬莱寺！　一歩待て！」<br />
絶妙のタイミングを以て、声がかけられる。<br />
その声の持つ力にのって動けば、自分でも驚くほどの≪力≫を発揮できる。<br />
「醍醐、足に雷気を溜めてみろ。」<br />
頭で理解するより速く、身体がその通りに動く。そうやって新たな技が生み出されることもあった。<br />
　そのことを、既に三人は不思議とは思っていない。<br />
龍麻は<br />
（まァ古武道を極めていくってことは、そーゆーもんなんだろ。）<br />
と考えていたし、残りの二人は例によって、昔からこんな風に闘ってきた龍麻ならではの知識だと思っていた。</p>

<p>　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>だが、「それ」は、他のコウモリとは違っていた。<br />
何の変哲もない雑魚であろうと、京一が木刀を叩きつけた。だが、他のコウモリと全く違う手応えに、思わず飛びすさる。<br />
「どうした、京一！？」<br />
「…気を付けろ！　コイツ、フツーじゃねェッ！」<br />
雑魚なら一撃でつぶされる京一の斬撃を受け、平然と歩いてくる。<br />
<span class="line"><nobr>───</nobr></span>歩いて、来る！？<br />
「なッ、なんだコレは。」<br />
「コウモリとは、違うのか？」<br />
とにかくもう一度だ、と言って醍醐が回し蹴りを入れた。続いて京一も剄を放つ。<br />
「<span class="dot">………</span>。」<br />
効かない。<br />
ゆっくりと、ズルズルと、歩いて近づくことを止めない。<br />
　流石に不気味さを感じ、一、二歩下がる醍醐。<br />
「ど、どうする緋勇！？」<br />
さすが小心者、ちょっと声が震えている辺りが情けない。<br />
　だが、頼みの綱の龍麻は、醍醐の１／５０倍ほど小心だった。<br />
（ギャーッ！　気持ち悪い！　助けて！　だから、どーしてこんなコワイとこ入るんだよっ！）<br />
勿論顔にも態度にも出ていないので、そのパニクり具合は誰にも分からない。<br />
じっと考え込んでいる（ように見える）龍麻に、京一が叫んだ。<br />
「龍麻ッ！　何か、倒せる技ねェのかよッ！」</p>

<p>（そーだっ！　あの、醍醐と紫暮のやってたやつ！　あれ、出来ないか？）<br />
三人の≪気≫は、同質とは言い難い…どころか、龍麻と京一の≪気≫など、正反対の質といって良かった。<br />
だが、ちょうど中間を保つような質の醍醐の力強い≪気≫が、うまく中和してくれるかも知れない。<br />
（試しにやってみよっと。ダメでも、単に三人分の攻撃がこの化け物に当たるだけだろ。）<br />
「オレに合わせろ！」<br />
声に出しては何故か格好良く、構えの姿勢をとって≪気≫を溜め、全身からの放出を抑える。<br />
倣うように醍醐が、騎馬立ちの体勢をとった。<br />
京一も、中段に構えて≪気≫を練っている。<br />
　（さて…）<br />
体内に膨れ上がる≪気≫を、どう攻撃に転じようか。<br />
はっきり言って、具体的に何も考えてはいなかった。<br />
しかし。<br />
ぶおんッ…という衝撃音がはっきり耳に届くほどの勢いで、三人の間に光の方陣が生まれたのだ。<br />
方陣の中央には、光に耐えられぬ様子で、化け物がのたうっている。<br />
（おお、このままアイツに≪気≫を放てばオッケーか？）<br />
「…放て！」<br />
龍麻が短く叫ぶ。<br />
「ウオオオオぉぉぉぉッ！！」<br />
三人から放出された≪気≫が、螺旋を描いて頭上に集まり、地表へと、洪水のように降り注いだ。</p>

<p>　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>流石に、もう動かないようだ。<br />
先ほどまで不気味に蠢いていたコウモリらしきものは、ひしゃげた形で床に転がっている。<br />
「<span class="dot">……</span>。」<br />
　まだ、身体に先程の衝撃が残っていた。<br />
自分以外の者と、≪気≫と律動を併せた一体感。高揚感。<br />
（あんなことが…出来るのか。）<br />
（引き出したのは、龍麻。こんな≪力≫を引き出せるのは、いつだって龍麻しかいない…。）<br />
（うわー。よく道路で轢かれて転がってるの見たっけなあ、ひしゃげたコウモリ。怖えー。）<br />
三人は代わる代わる互いの顔を見やった。</p>

<p>「…しかし、こんなのがいるんじゃ、更に下の階ってのはどうなってんだろうな。」<br />
　身体の芯にくすぶり続ける興奮を抑えるべく、京一が、わざと呆れたような口調で言う。<br />
「そうだな…。ひとまず、外に出ないか。」<br />
龍麻に、もういいだろう？　と気遣うようにして、醍醐が声をかける。<br />
勿論、龍麻に否やはない。</p>

<p>　外に出ると、殆ど沈んでしまった夕日の名残が、西の空の僅かな地平にのみ見え隠れしていた。<br />
頭上には、既にいくつか星が姿を現している。<br />
「<span class="dot">………</span>。」<br />
生きて出られて良かったー、という想いで空を見上げる龍麻。<br />
何かまた勝手に勘違いして、それを痛々しげに見つめる京一。<br />
（俺も…この、今の感動を。緋勇への気持ちを、伝えねばなるまい。）<br />
「…なァ、緋勇。」<br />
意を決して、醍醐が口を開いた。<br />
「？」<br />
龍麻が振り向く。<br />
「…その…。俺も、お前を『龍麻』と呼んでも、構わんか？」<br />
「<span class="dot">……………</span>」</p>

<p>　十数秒が経過してから、京一はハッとして、アゴが外れるくらい開いていた口を閉じた。<br />
（…たいしょー…アホか！？　そんなの、断りを入れるよーなコトかッ？）<br />
気持ちは分かる。おそらく、先ほどの出来事に感銘したのだろう。信頼の顕れなのだろう。<br />
だが、小学生がガールフレンドに「みよちゃんって呼んでもいい？」と訊くような幼稚さを感じて、思わず目眩がする。</p>

<p>　しかし、相手はこの龍麻であった。<br />
頭の中に天使が三人天国から降りてきて「祝福の舞」を踊り倒している状態だ。ＢＧＭ「アベ・マリア」付きだ。<br />
内心の狂喜乱舞を伝えたくても伝えられないこの男は、またもポツリと呟くだけに終わった。<br />
「<span class="dot">……</span>ああ。…ありがとう。」</p>

<p>　またまた、その言葉に愕然となったのは京一の方である。<br />
（た、龍麻…これが醍醐なりの配慮っつーか、誠意だってコト…理解ったのか？）<br />
嬉しそうに頷いて、龍麻に歩み寄って右手を差し出している醍醐を見つめる。<br />
ガシッと握手を交わす二人。<br />
微かに残った空の赤が、どこかの古い少年漫画っぽさを余計に演出する。<br />
　途端に、なんだかむかっ腹が立ってきた。<br />
（なんだよッ。龍麻を龍麻って呼んで良いのは俺だけだったんだぞ！）<br />
誰もそんなことは決めていないが、どうして突然ガキのように嫉妬を始めるのか、この男は。<br />
「よしッ。そんじゃ俺は、お前のこと『ひーちゃん』って呼ぶからなッ！」<br />
はあ？　と振り向く醍醐を無視して、龍麻の肩に腕を回す。さりげなく、醍醐と握手していた手を放させる辺りがもうダメだ。<br />
「自己紹介ん時、言ってたじゃねーか。ひーちゃんて呼ばれてました、って。いーよな？　ひーちゃんッ。」</p>

<p>　ひーちゃん、の後に、ハートマークが付いていたような気がして、醍醐はやや仰け反った。<br />
（だ…駄目だ、俺にはとてもそこまで誠意を示すことは出来ん…。）<br />
それが普通だ。</p>

<p>　神様、ありがとう！　オレにトモダチをくれてっ！！<br />
「あらいぐまラ○カル」みたいな龍麻の絶叫は、やっぱり誰にも届かないのであった<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。</p><p class="update">06/08/1999 初出</p>]]>
    </content>
</entry>

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    <title>七之壱－こいうた</title>
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    <published>2009-07-26T10:42:22Z</published>
    <updated>2009-08-10T10:43:43Z</updated>

    <summary>　ふしぎなひと。 　そう、思った。 　遠...</summary>
    <author>
        <name>サーノ</name>
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    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://ogihara.daa.jp/majin/">
        <![CDATA[<p>　ふしぎなひと。</p>

<p>　そう、思った。</p>

<p>　遠くからでも「光」が視えた。</p>

<p>　つよい、≪力≫をもったひと。</p>

<p>　わざとぶつかって。名前をきいて。</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
　緋勇　龍麻、さん。</p>

<p><br />
　兄さんに報告する。</p>

<p>　ふしぎな、ひと。</p>

<p><br />
　≪力≫と≪力≫が、ぶつかっている。</p>

<p>　視えたから、たしかめてみた。</p>

<p>　あのひとだった。</p>

<p>　つよくて。はげしくて。</p>

<p>　…仲間を、かばって。</p>

<p>　ふしぎな。ひと…</p>

<p><br />
　兄さんに言われて、見張っていた病院で、また会った。</p>

<p>　つよい光をもったひと。</p>

<p>　わたしを、見つめる。</p>

<p>　きれいな瞳。</p>

<p>　ふしぎな…ひと。</p>

<p><br />
　使える、と兄さんが言った。</p>

<p>　人が、つよくなるための研究。</p>

<p>　パパやママみたいに、死ななくてすむ研究。</p>

<p>　わたしと兄さんみたいに、辛い想いをしなくてすむ研究。</p>

<p>　あの、つよいひとを使う。</p>

<p>　それが、わたし達兄妹の望み。</p>

<p><br />
　でも…。そうしたら。</p>

<p>　あのひとは、どうなるのかしら。</p>

<p><br />
　また逢えた。</p>

<p>　わたしを、まっすぐ見つめる。</p>

<p>　何を見ているの。</p>

<p>　わたしのなかの、本当の、わたし？</p>

<p>　兄さんとは、ちがう瞳。</p>

<p>　わたしをまっすぐ見てくれる、ひと。</p>

<p><br />
　無理に、お願いした、デート。</p>

<p>　ずうっと、憧れていた。</p>

<p>　ふつうの女のこになって。<br />
　はしゃいで。</p>

<p>　なにもかも忘れて。<br />
　夢を見て。</p>

<p>　緋勇さん。</p>

<p>　見つめてくれる、ひと。</p>

<p>　あなたの見つめているわたしは、ふつうの、女の子。</p>

<p><br />
　…だから。</p>

<p>　もういいんです。</p>

<p>　緋勇さん。ごめんなさい。</p>

<p>　あなたはきっと、わたしを覚えていてくれる。</p>

<p>　わたしにも、護ることができたから。</p>

<p>　パパとママが、わたしを護ったように。</p>

<p>　だから…</p>

<p>　ありがとう。</p>

<p><br />
　ふしぎな、あなた。</p><p class="update">06/08/1999 初出</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>七－恋唄</title>
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    <id>tag:ogihara.daa.jp,2009:/majin//1.32</id>

    <published>2009-07-09T08:54:12Z</published>
    <updated>2009-07-09T15:28:19Z</updated>

    <summary>　京一がいつものように龍麻に絡んでいると...</summary>
    <author>
        <name>サーノ</name>
        <uri>http://ogihara.daa.jp/</uri>
    </author>
    
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        <category term="裏" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://ogihara.daa.jp/majin/">
        <![CDATA[<p>　京一がいつものように龍麻に絡んでいると、小蒔が声をかけてきた。<br />
いつもの光景だった。何事もなかったような平和な情景。<br />
小蒔をからかってみる。屈託無く笑う。<br />
常に気丈に振る舞い、気丈に振る舞う事で自分の不安や悩みを吹き飛ばすのが小蒔だ。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　凶津との一件から一週間。<br />
あの誘拐事件の真相解明は、表向きには何の進展も無かった。<br />
凶津が居なくなっていたからである。<br />
アン子が調べたところによると、あの現場には誰も残っておらず、ただ夥しい血痕だけが残されていたらしい。<br />
被害者は全員殆どが無傷で保護されている。<br />
凶津は重要参考人として指名手配されているが、未だ見つからない。<br />
それが何を意味するのか。<br />
鬼道衆というものが本当に実在するなら、凶津は「粛清」されたのではないか<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
　醍醐は表面上落ち着いているように振る舞っていたが、じっと黙って考え込む事が多くなった。<br />
恐らく自分を責め続けているだろう醍醐。それを知りつつ、ただ見守るしか出来ない小蒔。<br />
　それでも…、と京一は思う。<br />
それでも、笑って過ごす。乗り越えるために。<br />
「じゃあな、小蒔。また明日、遊んでやるよ。」<br />
今日と変わらない、平和な明日に。今日よりは、傷跡は少し薄れている筈の日に。<br />
　醍醐のことを逃げるための餌にしたためか、顔を赤くして怒っている小蒔を見やりながら、京一は、自分に出来る精一杯が、平凡な日常を装うだけでしかないのを痛感していた。</p>

<p>　勢いに任せて教室を出てきてしまったため、龍麻を置いてきてしまった。<br />
今更戻るのもおかしな話だし、また校門ででも待っていようか、とそのまま歩を進めた時、門の外に佇む姿が目に入った。<br />
比良坂紗夜<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。<br />
先日の中央公園での一幕が思い出された。<br />
「よォ、紗夜ちゃん。こんなトコでどうした？」<br />
　努めて明るく声をかけると、紗夜は京一の姿を認め、嬉しそうに微笑った。<br />
「あ、あの、緋ゆ…皆さんにお礼を言いたくて。」<br />
「そッか。龍麻なら、今来ると思うぜ。」<br />
「あッ…いえ、その…は、はい。」<br />
顔を赤らめ、両手で頬を覆う。<br />
（そりゃあれだけ見てくれのいい野郎が、意味ありげな態度を取ってるんだ。惚れてもおかしくはねェよな。）<br />
だが、龍麻が彼女そのものを見ていないのなら、これは酷な話ではないか。<br />
「あーっと、そんじゃ、お邪魔しちゃ悪りィからな、オレは退散するぜ。」<br />
「えっ…あの、…有り難うございました。」<br />
ペコリとお辞儀をする紗夜に手を振り、少し離れる。<br />
紗夜の視界に入らないのを確認して、校門へ続く学校の外壁に、ひょいと跳び乗った。<br />
こちらに背を向けた紗夜は勿論、歩く時に周りをあまり見ていない龍麻にも、ここなら気付かれないだろう。<br />
　間もなく龍麻がやって来た。<br />
紗夜に気付いて立ち止まる。鞄を持つ右の拳が白んでいく。<br />
やはり龍麻は紗夜に対して、恋愛とは別な次元にある感情を抱いているのだ。<br />
　紗夜が礼を告げているらしい。<br />
龍麻が頷いた。瞳はずっと彼女を見つめたまま。<br />
続けて何か紗夜が話している。<br />
龍麻はピクッと僅かに身体を振るわせ、首をゆっくり横に振る。<br />
「お願いしますッ。１回でいいんです。わたしにつき合って下さい。」<br />
少し声高になった、細く美しい紗夜の声が聞こえた。<br />
しかし龍麻は首を振る。<br />
深く頭を下げ、逃げるように走る紗夜が真下を通っていった。<br />
　…泣いてたな。</p>

<p>　京一はフェンスから飛び降りると、校門で立ち尽くす龍麻に声をかけた。<br />
「お前、紗夜ちゃんの事、嫌いなのかよ？」<br />
パッと顔を上げ、京一を見つめる。何か言いたげに口を開くが、ゆっくり首を横に振り、また口を閉ざして俯いてしまった。<br />
ふいに醍醐の顔が浮かぶ。<br />
　お前も、同じなのか？<br />
　過去を悔やんで、現在目の前に在る者に背を向け、自分をただ責め続けるのか？<br />
「なら、行って来いよ。」<br />
　意識的に強い口調で言い放つと、ハッとしたように龍麻が顔を上げた。<br />
暫く視線がぶつかり合う。前髪の隙間から眩しい光を放つ瞳を、正面から直と受け止めてやる。<br />
　京一の気持ちを汲み取ったのか、ようやく龍麻が頷いた。<br />
早く行ってやれと押し出すと、すぐ走り去る。<br />
女の足だ、程なく追いつくだろう。<br />
　立ち去りかけて、京一は躊躇した。<br />
　…何を考えてるんだ、俺は。<br />
勿論あの二人は心配だが、他人のデートを出刃亀する程、落ちぶれてはいない。<br />
しかし、龍麻が紗夜にどんな話をするのか。少しでも龍麻の過去が分かるのではないか。<br />
抗いがたい誘惑が、京一の足を彼らの向かった方向へと歩かせてしまう。<br />
　最低だぜ…<br />
だが、醍醐のように取り返しのつかない事になってしまう前に。何としても龍麻に前を向いて欲しい。<br />
　虫の知らせとでもいうものか、漠然とした不安が、京一を突き動かした。</p>

<p>「わァ、かわいい。」<br />
　水族館の中で、紗夜が小さな熱帯魚に嬌声をあげている。<br />
今まで目にしていた彼女とは違った一面。屈託無く笑い、はしゃいでは龍麻を見上げる。<br />
そんな紗夜を、じっと見つめ続けている龍麻…<br />
　これだけを見ていれば、如何にも仲睦まじい恋人同士といった風情だ。<br />
だが、京一は気付いていた。<br />
龍麻は先刻から少しも気を散らすことなく、全身で辺りを窺いながら、紗夜の後を追っている。<br />
人影がチラリと動くと、すぐそちらに鋭い視線を飛ばす。<br />
お陰で何度か、京一自身が見つかりかけているのだ。<br />
　普通の女とのデートで、ここまで周囲に注意をしなければならない理由はない。<br />
これは、何を意味しているのだろうか。</p>

<p>　外に出て、公園のベンチに座った龍麻達を、少し離れた後方の木の影から見守った。<br />
気配を殺さないと、龍麻にすぐ気付かれてしまう。<br />
常の通り姿勢を崩さず、常以上に隙を見せぬよう≪気≫を漲らせている龍麻。<br />
　そんな事には全く気付かないのであろう、目の前の池を覗き込んだり、横にある水飲み場に行ったり、また龍麻の隣に座ったり、忙しく飛び跳ねている紗夜は本当に楽しそうだ。<br />
　他愛のない会話が、時々風に運ばれて聞こえてくる。<br />
「緋勇さんは、奇跡って信じますか？」<br />
「…信じている。」<br />
　わたしは、奇跡なんてないと思う。あるなら、大切な人を失う事なんてないじゃないですか。<br />
遠くを見つめながら、紗夜が呟く。<br />
龍麻がその横顔を振り向いた。<br />
　<span class="line"><nobr>─────</nobr></span>！<br />
ほんの一瞬。<br />
だが、見間違いなどではない。<br />
龍麻は眉を顰め、紗夜を辛そうに見つめたのだ。<br />
すぐにいつもの無表情な顔に戻ってしまったが、僅かにでも、あの龍麻の仮面が剥がされた瞬間だった。<br />
何があっても決して見せずにいた素顔を、紗夜の一言は引き出したのだ。<br />
　…奇跡があるのなら…大切な人を、失う事なんて、ない…か。<br />
京一の中にあった想像は確信へと変わった。<br />
失ってしまった「誰か」。比良坂紗夜に重ねられている「誰か」は、龍麻の恋人だったのだろうか。それとも姉妹か、もっと別の大切な女性。<br />
　胸が苦しくなって、京一はそっとその場を離れた。とてもこれ以上は見ていられなかった。</p>

<p>　また失うことを恐れて、あんなにも周囲に気を配っていたのか。<br />
紗夜の口から「奇跡などない」と言い捨てられた事が、どれほど残酷に響いたのだろうか。<br />
家に帰ってからも、そのことが頭から離れない。<br />
凶津を想って苦しんでいる醍醐と、一瞬にして目に焼き付いた、辛そうな龍麻の顔が交互に浮かんでは消える。<br />
　俺は、何も出来ないのか。時間が忘れさせるのを、指をくわえて見ているしかないのか！？<br />
居ても立ってもいられず、庭に出て素振りをした。とにかく雑念を払いたかった。<br />
　何も出来ないと決めつけるな。考えろ。考えるんだ<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。</p>

<p>　次の日、ある決意をした京一は、授業が終わるのを待つのももどかしく、醍醐に詰め寄った。<br />
「話がある。ちょっと上に来い。」<br />
「…京一、俺は…」<br />
「いいから来い。どうしても聞いてもらわなきゃならねェんだ。」<br />
　半ば強引に醍醐を連れ出し、屋上に出る。<br />
目線を合わせようとしない醍醐に、いきなり切り出した。<br />
「龍麻の話さ。お前の事は少し放っといてやりたかったが、アイツがお前みたいに過去に囚われて苦しんでるのを見てらんねェ。事情が分かんねェから余計に、だ。」<br />
驚いたように、醍醐が顔を上げる。<br />
「緋勇が？　…どういうことだ？」<br />
　そうだ。お前は自分以外のことなら、どこまでも親身に考えられる奴だ。考え過ぎる程に。<br />
　奴を救う事で、自分も同じなのだと悟ってくれ。それ位しか俺には思いつかねェんだ。<br />
昨日見た様子をかいつまんで話し、醍醐に「アイツの話を聞いてみてやれ」と付け加えた。<br />
「お前に訊けないことが、俺に話してもらえるとは思わんな。」<br />
「…でもねェさ。」<br />
　アイツだってお前が辛い思いをしてるのを知ってるんだ。もしかしたら心を打ち明けるかも知れない。<br />
　ま、あの鉄面皮があっさりと心を開くとは思えねェけどな、と笑ってみせた。<br />
醍醐の瞳に微かな光が宿ったのに気付く。<br />
　そうだぜ大将。他人の面倒を見ることで己を支えているお前は、意外に脆い。<br />
　それでも、そうしている方がお前には似合っているし、今は…そうやって立ち直ってもらうしかない。<br />
「…分かった。それじゃあ早速、緋勇と話をしてみよう。」</p>

<p>　しかし、教室に戻ると既に龍麻の姿は無かった。<br />
マンションに押し掛けようかとも考えたが、「そう急ぐこともあるまい、明日登校してからでも良かろう。俺も少し、気持ちを整理したいしな」という醍醐の言葉に従うことにした。<br />
　まさか、それが取り返しのつかない事になろうとは、思いもよらなかったのだった。</p>

<p><br />
「今日も休み<span class="line"><nobr>───</nobr></span>か。」<br />
一昨日、昨日と龍麻は学校へ来なかった。今朝のＨ．Ｒ．では、マリアが「誰か緋勇クンに連絡を貰っていませんか」と尋ねていた。<br />
「風邪でも引いたのかなあ。」<br />
と小蒔。<br />
　そんなことで龍麻が三日も休むかよ。<br />
不安を押し隠し、「珍しいよなァ」と何事もないように言う。<br />
毎日電話をしても、一時間ごとにかけても、夜中になっても誰も出ないのだ。<br />
一人で暮らしている以上、龍麻が出ない限り連絡の取りようもない。<br />
　昨日マンションを尋ねたが、部屋には人のいる気配がなかった。中で寝ていたり、倒れていたりということは無さそうだ。<br />
だがそれはまだ、皆には言えなかった。何も分からない状態で、自分のように不安だけを募らせても仕方がない。<br />
「何事もなければいいが…。」<br />
　ちィッ。醍醐め、余計な事を。折角俺が気ィ遣ってんのによ。<br />
「何事もって？」<br />
すかさず小蒔が食い付く。<br />
「まさか、お前、凶津が言ってた事気にしてんのか？」<br />
わざと大声で、殊更つまらない事のように言い捨てる。本当は、自分が一番その可能性に怯えているのに。<br />
　何でもない。何でもないのだ、鬼なんてこの現代に存在するわけがない。<br />
だが、もう小蒔には通用しなかった。<br />
「<span class="dot">………</span>。」<br />
　仕方がない、か。<br />
「俺の思い過ごしかもしれんが、それならそれでいい。」<br />
そう言いつつ醍醐が、帰りに龍麻の家に行ってみる事を提案した。<br />
「昨日行った」と言いそびれて、しぶしぶ頷く。<br />
　…これで、龍麻の不在がはっきりして。<br />
　それで、どうする？<br />
突然足元の地面が崩れたような錯覚が、京一を襲った。<br />
　俺達の誰も、龍麻を知らない。<br />
龍麻の行きそうな所、元の家族、好み、日課、自分達以外の知人、何も<span class="line"><nobr>───</nobr></span>何も知らないのだ。捜す場所も思いつかない。<br />
　俺は何をしていたんだ。あいつを知りたいと願い、語られない過去を理解したいと思いながら。<br />
　何も解っちゃいないじゃねェか<span class="line"><nobr>───</nobr></span></p>

<p>　校門に差し掛かる辺りで、マリアが声を掛けてきた。<br />
小蒔が元気に応えるのに合わせ、いつものようにニヤニヤ笑って誤魔化したが、頬が引き攣るのを感じる。<br />
　駄目だ。嫌な事ばかり考えちまう。しっかりしろ京一。これでは醍醐に何も言う資格などない…<br />
「あの…。」<br />
　突然の声に顔を上げると、紗夜が立っていた。<br />
「おー、紗夜ちゃん！」<br />
慌てて笑顔を作る。彼女は何も知らないのだから。<br />
しかし、京一の気持ちをあっさりと覆す事実を、紗夜は告げたのだ。<br />
「緋勇さんを、救けて下さい<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。」</p>

<p>　紗夜から貰った地図に書かれた場所には、外壁の剥がれた廃屋が建っていた。<br />
「罠じゃないのかなァ。」<br />
　バカか。罠だったらどうだというんだ。龍麻を救けに行かねェってのか？<br />
カッとなって、「んなワケねェだろッ」と怒鳴ってしまった。<br />
　違う。小蒔の言う通りだ。紗夜が龍麻と出逢ったのが偶然ではないのなら、考えて然るべき事だ。<br />
用心するに越したことはないな、と醍醐が賛同する。<br />
「疑い深いヤツらだぜッ。」<br />
照れ隠しなのか、強がりなのか自分でもよく分からないまま、吐き捨てる。<br />
ふと、美里が何か言いたげにこちらを見ているのに気付いた。<br />
　美里は知っているのだろうか。自分が苛々しているのを。何故苛ついているかを。</p>

<p>　中に入って周りを見渡しても、醍醐が気付いた振動音を探して地下に降りても、龍麻の姿はおろか、怪しいところ一つ見つからない。<br />
京一は焦った。こうしている間にも、どこかで龍麻が<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
「上へ戻ろうぜッ。地下には、なんも<span class="line"><nobr>───</nobr></span>」<br />
言いかけた時。<br />
くぐもってはいたが、はっきりとした女の悲鳴が壁の向こうから聞こえた。<br />
　今のは…紗夜、か！？<br />
悲鳴のした方へと走ると、突き当たりに扉があった。<br />
体当たりをするような勢いで扉を開けると、そこに…</p>

<p>「緋勇くんッ！」「緋勇ッ！」<br />
　中央に据え付けられた手術台の上で、身を起こそうとしている龍麻が目に入った。<br />
上半身のあちこちには、何本ものコードやテープが貼り付けられ、手首には、今まで縛り付けられていたのか、赤く痕が付いていて痛々しい。<br />
龍麻がこちらに気付いて、目を上げた。<br />
　<span class="dot">…………</span>ッ。<br />
　大怪我をしたときでさえ変わる事の無かった顔色が、蒼白としている。心なしか頬もげっそり痩けているようだ。辛そうに開かれた目は、しかし瞳だけがギラギラと光を放っている。<br />
　たった三日で…こんな…。<br />
かけるべき言葉が見つからない。<br />
「緋勇さんを連れて逃げて！」<br />
　龍麻を助け起こしながら、紗夜がこちらを振り向いて叫んだ。<br />
その額には、少なくはない出血を伴った傷がある。今し方出来たばかりのもののようだ。<br />
「紗夜ちゃん！」<br />
龍麻を救けようとして、傷を負ったのだ。咄嗟に何があったのか理解した。<br />
　治療を頼むと、美里がハッとして手術台の方へ駆け出す。<br />
しかし、暗がりから突然大きな塊が飛び出して、美里の行く手を阻んだ。<br />
驚いた美里が悲鳴をあげる。<br />
（なんだ、コイツは！？）<br />
異形の…モノ。<br />
「人」ではない、それだけははっきりしている。<br />
大きさより、その異常な形に盛り上がった筋肉が、虚ろな目が、土気色の肌が、尋常の敵ではない事を示していた。<br />
　大量の薬品や奇怪な形をした動物のホルマリン漬けを背に、こちらを呆然と見ていた男が、不気味な笑い声を立てる。<br />
「くくく…分かったよ、紗夜。お前は、騙されているんだね、こいつらに<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。」<br />
　こいつが…？　この白衣の男が、龍麻を攫い、紗夜を酷い目に遭わせた黒幕なのか？<br />
白衣の男は、本棚の中に手を差し入れた。すると、奧の扉が開き、異形の者が次々と現れる。<br />
龍麻がふらつきながら、構えをとった。<br />
やるしか、ない。</p>

<p>　いつもの調子が出ない。<br />
今まで見た事もない、土気色の死体のような敵に、生理的恐怖を感じるからか。<br />
それとも、<span class="line"><nobr>───</nobr></span>龍麻の指示がないからか。<br />
気丈にも眼前の敵を一撃で屠り、しかしそれで力尽きたのか、ふらりとよろける。<br />
残った敵の攻撃を避けきれない<span class="line"><nobr>───</nobr></span><br />
「危ねェッ！」<br />
　叫ぶと、反射的に龍麻が屈んだ。<br />
練り上げた≪気≫を剣に送り込み、遠心力をつけるように飛ばす。<br />
鋭気は螺旋を描き、龍麻の上を通りすぎて敵を吹き飛ばした。<br />
　壁にぶち当たって動かなくなったのを確認してから、龍麻の元へと駆け寄る。<br />
消え入りそうな声で、済まん、と囁くのが聞こえた。龍麻らしくない。<br />
崩れかけるのを横から支える。<br />
蒼ざめた顔には、いつもと同じく感情の欠片も顕れてはいない。<br />
　白衣の男に何をされたものか、あちこちに切傷がある。肌に直接埋め込まれた電極らしきものを見て、頭に血が上った。<br />
　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>あの野郎、コイツの身体に何をしやがったッ！</p>

<p>　刹那。<br />
光が閃いて脇をすり抜けた。<br />
いつの間にか近くに迫っていた敵が、奇怪な叫びをあげながら倒れる。<br />
先程突入した扉の方を振り向くと、雨紋と紫暮が立っていた。<br />
どうしてここに…？　と思うより早く、雨紋が気配を察した旨を告げる。<br />
　ちッ。油断して、借りを作っちまったな。<br />
しかも、自分を先輩とも思っていないらしい傲慢なこの「後輩」は、「ここは任せて敵を倒してこい」などと言いながら、龍麻を引き寄せ抱え込んでしまった。<br />
「うわ～、センパイ、痛そうだな。」<br />
そんな事を言いながら、龍麻の体中に付けられたテープやコードを、無造作に引き剥がしていく。<br />
カッとなって怒鳴った。<br />
「もっと大切に扱え！」<br />
「龍麻に触るな！」<br />
「馴れ馴れしくすんな！」<br />
何を怒っているのか、自分でもよく分からない。まるで子供の嫉妬のようだ。<br />
　雨紋に大人しく身体を預けている龍麻が、ふと京一を呼んだ。<br />
掠れた声で、力を振り絞るように、醍醐と紫暮への指示を託す。<br />
　…馬鹿野郎。そんな状態で。<br />
雨紋には腹が立つが、戦闘を早く終わらせて、龍麻を休ませねばならない。<br />
踵を返して、苦戦している醍醐たちの元へ走る。<br />
「醍醐、紫暮！　龍麻からの指示だ、同時に攻撃しろ！」<br />
あからさまに、醍醐がホッとしたのを見逃さない。「龍麻からの指示」とわざわざ断ったのは計算しての事だった。<br />
「応ッ！」<br />
醍醐と紫暮が同時に叫び、紫暮の方が、素早く「腐童」と呼ばれていた異形の者の後ろに回る。<br />
囮として、ドッペルゲンガーの紫暮が腐童の脇腹に掌底を叩き込んだ。<br />
（まだ実戦には使えない、とか言っていたが、なかなかやるじゃねェかよ。）<br />
　腐童を挟み、醍醐と紫暮が同時に≪気≫を放出した。<br />
「うぉおおおおおおおオオッ！」<br />
全身に≪気≫を張り巡らせたまま、全く同時に体当たりをかける。<br />
烈しい光が腐童を包んだ。<br />
　（<span class="line"><nobr>───</nobr></span>これはッ？！）<br />
二人から発せられた≪気≫が強力な「場」を生み出し、直接攻撃と同時に、何らかの現象を引き起こしたらしい。<br />
光が失われると、そこには岩のように固まった腐童が、膝をついたまま動かなくなっていた。<br />
攻撃をした醍醐たちも、思わず顔を見合わせている。<br />
　こんな≪力≫もあるのか。龍麻は、知っていて指示を出したのか。<br />
「ふ、腐童が…」<br />
その声に、現実に引き戻された京一は、怒りを込めて木刀を振り上げた。<br />
てめェのせいで、紗夜と龍麻は<span class="line"><nobr>───</nobr></span>ッ！</p>

<p>「事情はよくわからんが、こいつが緋勇を攫った犯人か。」<br />
「<span class="line"><nobr>───</nobr></span>のようだな。」<br />
　怒りを込めて呟く。まだまだ殴り足りない。<br />
（…そうだ。紗夜ちゃんは？）<br />
ひどく出血していたのを思い出して振り返ると、紗夜は龍麻の腕に支えられ、微笑んでいた。<br />
「<span class="dot">…………</span>。」<br />
　美しくて、儚くて、痛々しい光景だった。<br />
細い声で紗夜が語る。<br />
両親を事故で失ったこと。<br />
二人きりの兄妹だったのに、引き離されたこと。<br />
親戚に冷たくあしらわれたこと<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。<br />
　…緋勇さんに会えて良かった…<br />
そう言って、微笑む。<br />
「そうだ…今度、どこか行きませんか…。」<br />
龍麻が頷く。<br />
徐々に、色を失いつつある紗夜の頬は、これから訪れる悲劇が避けられないものである事を物語る。<br />
「えへへ…。楽しみだなァ…。」<br />
儚い微笑みに、もう一度、龍麻が頷く。必ず…と呟く声は掠れていた。<br />
目をひっそりと閉じた紗夜を、じっと見つめて。少し眉を顰めて俯きながら、ゆっくりと目を閉じる。<br />
　誰も動けず、声をかけることすら出来ない。<br />
胸が締め付けられるような哀しい絵が、そこには在った。</p>

<p>「ちッ、役に立たない奴らだぜ<span class="line"><nobr>───</nobr></span>」<br />
　突然。何もいなかった筈の空間に、不気味な声が響いた。<br />
「誰だッ！」<br />
醍醐が叫ぶ。<br />
呼応するように、周囲の壁や床、天井から炎の柱が吹き上がった。<br />
血塗られたような赤装束に身を包んだ般若の面が、炎の向こうに浮かび上がる。<br />
炎角と名乗ったそれは、耳障りな笑い声を立て、京一たちを一人一人睨め付けた。<br />
「…まさか、貴様ら…。」<br />
醍醐の形相が変わっていく。<br />
　そうだ。こいつらが、「鬼道衆」なのだ<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。<br />
凶津を密かに葬り去った、一連の事件の黒幕。ここで全員屠ろうという事か。<br />
だが炎角は妙なことを言い残し、炎の中に消えてしまった。<br />
　火が既に至る所に回り始め、追うどころか脱出も危うい。<br />
退避を促すべく全員の顔を見渡した時、紗夜の姿がないのに気付いた。慌てて見回すと、炎の向こうに二つの人影が揺らめいている。<br />
（いつの間に<span class="line"><nobr>───</nobr></span>！）<br />
　朱い風の向こうから、紗夜の声が聞こえてきた。</p>

<p>…わたしたちの犯した罪は、こんな事で贖えるものじゃないのはわかっています…<br />
…みなさん、ありがとうございました…<br />
…緋勇さん…<br />
…わたし、もっと早くあなたに会いたかった…</p>

<p>　龍麻がフラリと前に出ようとするのを、雨紋が慌てて止める。<br />
それでもまだ、龍麻は紗夜から目を逸らさない。<br />
「…紗夜ちゃんッ！」<br />
　どうして死を選択する？<br />
　残された者の気持ちは…龍麻はどうなる？<br />
だが炎は情け容赦なく、紗夜と京一たちを引き裂いて行く。<br />
それ以上何も出来ず、仕方なく龍麻を引きずるようにして、脱出口へと向かった。</p>

<p>　燃えさかる炎をじっと見つめている龍麻に、誰も声をかけることが出来ない。<br />
美里が、そっと制服の上着を手渡して、何か言おうと口を開いたが、結局俯いてしまう。<br />
　どうして<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。<br />
何故、こんな悲劇が繰り返されなければならないのか。<br />
　遠くからサイレンの音が近づいてくるのに気付き、とにかくここから離れようと、京一は龍麻の肩に手をかけた。<br />
その途端、龍麻の身体がぐらりと傾く。<br />
「…龍麻ッ！」<br />
片膝を付き、崩れかけた肩を支えると、初めて龍麻は京一を振り向いた。<br />
いつもの強い輝きは、そこには無い。虚ろな瞳が彷徨い、やっと京一に焦点が合わせられる。<br />
何か言いたげに唇が開かれ…だが言葉になる前に、目が閉ざされた。全身から力が抜け落ちるのが判る。<br />
「…失神したのか。」<br />
　醍醐がぐったりとした龍麻を背負った。意外と白い龍麻の肌に、残った傷跡が痛々しい。<br />
龍麻の手から滑り落ちた学ランを拾い、肩にかけてやった。<br />
「とにかくこの場を離れるぞ。」<br />
醍醐の号令に頷くと、一同は早足で廃屋を後にした。</p>

<p>　少し離れた高台から、未だ鎮火しないその場所をみやる。<br />
「紗夜ちゃん…。」<br />
結局、あの白衣の男<span class="line"><nobr>───</nobr></span>紗夜の兄も、鬼道衆に利用されていただけだったという事か。<br />
人の哀しい気持ちに付け込み、何をしようとしているのか…。醍醐が唇を噛みしめ、押し殺すように呟く。<br />
　目的が何であれ、彼女を悲劇に巻き込み、死なせた。<br />
そして、龍麻の心に新たな傷を負わせた。<br />
怒りが膨れ上がる。<br />
「鬼道衆…ッ。」<br />
必ず倒す。この手で、仇をとってみせる。<br />
　京一は新たな誓いを心に刻み込み、愛刀を握りしめた<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。</p><p class="update">06/06/1999 初出</p>]]>
    </content>
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    <title>七－女スパイよ永遠に</title>
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    <published>2009-07-08T10:35:12Z</published>
    <updated>2009-07-08T14:21:00Z</updated>

    <summary>　～前回のあらすじ～ 東京で、次々と起こ...</summary>
    <author>
        <name>サーノ</name>
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        <category term="表裏" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://ogihara.daa.jp/majin/">
        <![CDATA[<p><span class="plot">　～前回のあらすじ～<br />
東京で、次々と起こる猟奇事件<span class="line"><nobr>────</nobr></span>。試合を目前に何者かに襲われた真神学園空手部員たちの体の一部はロケットパンチと化していた。真相を確かめるべく、目黒区の鎧扇寺高校へ赴く一行。部長の紫暮は醍醐と並ぶと濃すぎて怖いと思う緋勇だったが、事件の犯人は、かつて、醍醐の友であった杉並区の凶津という、どっかのサッカーチームのサポーターだった。人を石化させる力を持った凶津を倒し、攫われた小蒔を救出する緋勇だが、気遣いが過ぎて脱毛症を患っている醍醐を案ずるのだった<span class="line"><nobr>────</nobr></span>。</span></p>]]>
        <![CDATA[<p>「あッ、緋勇クン。」<br />
　マリア先生に呼ばれ、オレは教科書を鞄にしまう手を止めた。<br />
何すか、センセー？　廊下の窓ガラス割った犯人なら教えませんよ。オレと蓬莱寺の友情に誓ってね。ってバレバレやん。<br />
「いえ…やっぱりいいわ。」<br />
なんじゃそりゃ。ずっこけオチ？<br />
　何だかワケが分からずにいると、いつものように蓬莱寺が声を掛けてきた。<br />
いや、オレの方が訊きたいって。どうしたんだろうなマリア先生。<br />
で、デカイ胸とか言うなっ！　そっ、そりゃあオレだって男だし、みみ見るのは好きってゆーかイロイロ想像してたときは何となく憧れとかあったけど、…や、やっぱ柔っこいんだろ？　アレ。<br />
はー。ますますケッコンが遠くなったよなあ。いつか慣れるのかなあ。つーか、オレってコドモ過ぎ？<br />
　人が悩んでるというのに、蓬莱寺と桜井は例の如く漫才を繰り広げている。蓬莱寺って誰とでもコンビ組めるんだな。いいなあ。<br />
「こいつは、女の服なんか着てるが、きっと男だぜ。その証拠に、胸がないッ！」<br />
わっはっは！　桜井には悪いけど、笑っちまった。無論心の中で。<br />
でも、スレンダーなのもいいんじゃないの？　なんか最近オレ、ぐにゃぐにゃ柔らかいの怖いから、桜井みたいに適度に鍛えてて、あちこち出っ張ってない方が良く見えたりして…いやいや、桜井は既に醍醐の彼女なんだから、懸想したりはしないけどな。<br />
　…あれ？　いつもなら拳骨が飛んでくるのに。桜井、怒らないのか？<br />
「俺のように、完璧な人間はナカナカいるもんじゃないぜ。なッ、龍麻。」<br />
図に乗った蓬莱寺が、そんなことを言っている。<br />
まあね。オレ、マジで蓬莱寺に憧れてるし。コクコクと頷く。<br />
「お前なら、分かってくれると思ってたぜ。」<br />
とか言いつつ、また嬉しそうに抱きついてくる。そういう気安さとか、自然な行動とかがイイんだよなぁ。オレもこんな風に喋ったり懐いたり…<br />
って、さ、桜井！　なんスかその弓矢！？　うわっ蓬莱寺、オレを盾にすんなよ！<br />
武器ツッコミとは恐ろしい技だ。犯罪スレスレだぞ。そこまでやっちゃうと、あと何やってもウケなくなってくから、過激なコントも善し悪しなんだよな。<br />
　桜井の猛烈なツッコミから逃れようと、蓬莱寺はとんでもないコトを言って教室から逃げていった。<br />
醍醐が女をナンパしてるだなんて…ちょっと、そりゃヒドいぞ？　カレシが浮気してるなんて言われりゃ、流石に気を取られるだろうけどさ。<br />
　桜井が蓬莱寺の後を追って出ていった後、美里も済まなそうに去っていった。生徒会があるからって、そんな風に断られたら、なんだかオレだけ帰宅部なのが寂しくなっちゃうじゃないか。<br />
　ちょっと悲しみに浸りつつ教室を出た。今日は一人でトンコツラーメン食って帰ろ。</p>

<p>　校門前に見知った影を見つけ、オレは立ち止まった。<br />
比良坂だ。<br />
何でここに居る。とうとう決闘でも申し込みに来たのか。<br />
　比良坂はオレに気付くと、嬉しそうに笑った。<br />
「あの時は、本当に助かりました。ありがとう。」<br />
あの時？　なんだ？　何かあったか？<br />
とりあえず頷いておいたが、何のことだか分からないので、またじーっと睨み付ける。<br />
それにしても何だってこの女は、顔をすぐ赤くする割に視線を逸らさないんだ？<br />
「実は、お願いがあるんです…。」<br />
　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>来たな。<br />
ゴクリと、思わず唾を飲み込む。さあ、何だ。決闘か。決闘だろ？<br />
「今から、わたしと…デートしてくれませんか？」<br />
<span class="dot">………</span>ダウト！<br />
そんな嘘でオレを騙せると思うなよ。<br />
罠だな。オレがホイホイついていくと＜敵＞に囲まれるって寸法だ。勿論キッパリと首を振る。<br />
だが比良坂は諦めない。<br />
ものすごく真剣な顔で、一回だけでいいから…とか必死に食い下がってくる。<br />
やっぱりな。それが「惚れた男にデートを申し込む女」の顔かよ。<br />
オレがどうしても頷かないので、流石に諦め、比良坂は去っていった。<br />
　ホッとして気を抜いたら、突然後ろから声がかかって心臓が跳ね上がる。ほ、蓬莱寺？　帰ったんじゃなかったのか？<br />
「お前も、罪な男だねェ。泣いてたぞ、紗夜ちゃん。」<br />
嘘泣きだろ？　全く、お前おねーちゃん好きのクセに、見る目ないぞ。<br />
「お前、紗夜ちゃんの事、嫌いなのかよ？」<br />
嫌いって…嫌いとか好きとかいう問題じゃないんだってばー。<br />
もう、何て説明したらいいのかなあ！　蓬莱寺、いつもみたいにオレの考え読みとってくれよ！<br />
　しばらくオレを見つめていた蓬莱寺は、どう受け取ったのか、<br />
「なら、行って来いよ」<br />
と力強く勧めた。ううむ、どういう意味だろう。オレの気持ち、分かってくれたんだ、よな。</p>

<p>　はっ！<br />
虎穴に入らずんば虎児を得ず、か！！<br />
流石は蓬莱寺だ。…そうだよな、男たるもの、ビビって逃げてちゃ駄目だよな。<br />
敵の正体も掴めるかもしれないし。<br />
よし。オレは頷いた。<br />
「ほら、行った行った！」<br />
蓬莱寺に背中を押され、勢いに乗ってオレは走った。<br />
まだ遠くには行っていなかったので、すぐに追いつく。<br />
…でもさ、もしピンチになったら、救けに来てくれよな、蓬莱寺。<br />
嬉しそうな比良坂を睨みながら、心の中で念仏を唱えるオレだった。</p>

<p>　何故か水族館をうろうろ見回った後、公園に来た。<br />
さあ、どこで仕掛けてくるんだ？　ここか？　ちょっと人目があるな。<br />
余裕があるのか、比良坂は楽しそうだ。くそっ。<br />
「緋勇さん…緋勇さんは、奇跡って信じますか？」<br />
なんだそりゃ？　何の話だ？<br />
そりゃもう、信じてるぜ。何しろこんなオレに、奇跡的に友達が出来たんだから。<br />
「<span class="dot">………</span>信じている。」<br />
（遅い反応ではあったけど）きっぱりと言い切って、比良坂をまた睨む。<br />
ずっとオレを睨み付けていたクセに、やがて比良坂は何故か顔を赤くして俯いた。<br />
どうした？　やっとオレの勝ちか？<br />
「…愛の…奇跡ですか？　緋勇さんって、夢があるんですね。」<br />
はあ？　何だとう？　どこまでトンチンカンな女だ。<br />
「わたしは、奇跡なんてないと思う。あるなら、大切な人を失う事なんてないじゃないですか。」<br />
じゃあ、オレの今の状態は何だっちゅーねん。奇跡以外の何物でもないっちゅーねん。メチャメチャ腹立つっちゅーねん。ホント好かねえおなごだっちゅーねん。関西風ツッコミと仙台弁がごっちゃだっちゅーねん。<br />
「わたしね…、夢があるんです…。わたしの夢…。それはね…看護婦さんになること<span class="line"><nobr>───</nobr></span>」<br />
悪の組織のクセに、将来の夢か？　意外にムチャなヤツだな。<br />
いや待てよ。確かに看護婦の資格を取れば、患者を人質に取れるし、毒とか劇薬とか盗み放題だし、結構悪の組織の役に立つのかも。<br />
変ですかと訊かれたので、いや、全然変じゃないぜ、流石比良坂だ。という思いを込めて頷いた。<br />
　しばし睨み合う。<br />
こんな児童公園みたいなとこのベンチで見つめ合う高校生の男女なんて、ハタから見ればカップルにしか見えないだろうな。<br />
しかし、オレたちの間にあるのは敵対関係であり、今こうしていても、オレの≪気≫が軽く往なされるのを感じて面白くない。<br />
「こんな事ばっかりいってるから彼氏もできないのかな…。」<br />
　オイコラ、お前に彼氏がいないのは、悪の組織の人間だからだろう！　オレが彼女出来ないのと一緒にすんな！　ってオレの方がメチャ空しいやん！<br />
　心漫才のツッコミに余計空しさを感じつつ、ずっと睨み続けたが、比良坂はやっぱり平然と睨み返している。何てヤツだ。<br />
だが比良坂は突然立ち上がった。ギクリとして、思わずつられて立ち上がる。<br />
「ごめんなさい、こんな話して…。でも、緋勇さんには聞いて欲しかったんです。だって、わたしッ<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。」<br />
何だ？　とうとう正体を明かすのか？<br />
だが彼女は突然「今日はこれで…ごめんなさい」と頭を下げ、立ち去ってしまった。<br />
　…へ？　これで終わり？<br />
拍子抜けだ。絶対何か出てくると思って気を張っていたのに。<br />
　おっとしまった、後をつけなくちゃ。悪の組織の本部を突き止められるかも知れない。<br />
公園の出入り口から、左に折れて路地へと入っていく後ろ姿を追う。<br />
しかし、路地をそっと窺って、オレは慄然とした。<br />
　<span class="line"><nobr>─────</nobr></span>居ない！？<br />
馬鹿な。しばらく一本道の続くこの路地で。今し方曲がったばかりの比良坂の姿が無い。<br />
その辺の家にでも入ったのか？　いや、それらしき音も聞こえなかった。<br />
　呆然と立ち尽くしたオレの足下に、変な紙片が飛んで来る。<br />
ゴミか。ゴミはゴミバコへ、だ。<br />
拾い上げて見ると写真だった。落とし物かな。<br />
…ってことは比良坂のものかも知れない。写っている娘が比良坂かどうかはよく判別出来ないが。<br />
裏にも何も書いていないし、陽に透かしたりしても何ともないので、とりあえず物的証拠として預かっておく。物的証拠って何やねん。いつから刑事物になっとんねん。<br />
　とりあえず、この程度の心漫才で今日は満足してやるか。<br />
オレは不敵な笑みを浮かべて…いやスミマセン、勿論心の中でです…その場を立ち去ったのだった。</p><p class="mark">◇　◇　◇</p><p>　はー。今日も一日お疲れさまでしたっと。<br />
授業が終わり、のろのろ教科書を鞄にしまっていると、穂沢が声を掛けてきた。<br />
「そういや、龍麻。さっき校門のとこで、女の子が待ってたぜッ。」<br />
おお？　何だよ穂沢、お前もいつの間にかオレを「たつま」と呼んでくれてるワケ？　てへへへ照れるなあ。<br />
って、何？　女の子？　…まさか、また比良坂か？<br />
どこで引っかけたって、引っかかったのはオレだっての。分かんないだろうけど、羨ましがらないでくれ。<br />
　何だか気が重くて、ちょっとぼんやり座ってると、別の生徒が声をかけてきた。<br />
「誰か待ってるの？　醍醐くんと蓬莱寺くんならもう帰ったわよ。さては置いてきぼりね。」<br />
見回すと、桜井、美里の姿もない。<br />
　『置いてきぼり』の言葉がオレのシャイなハートをざっくり直撃する。<br />
くっそう。女って残酷だぜ。軽い冗談だろうけど、オレは傷ついたぞ！　キミの名前思い出せないのが、せめてもの復讐だっ！　えーん。<br />
　仕方がないので帰路についた。<br />
だが、校門の辺りに比良坂はいない。良かった、帰ったのか。いや、他の人間だったかも知れないな。誰か知らんけど…<br />
「にいちゃん、緋勇龍麻？」<br />
校門の前でキョロキョロしていた、小学生低学年くらいの子供が、オレに向かって突然尋ねてきた。<br />
何だ、お前？　名札も付けてないのに良く分かったな。<br />
思わず首を捻ったら、<br />
「じゃ、これ、緋勇っていう人に渡しといて。」<br />
変な封筒を押しつけて、子供は去っていった。いや、オレが緋勇で合ってるんだけど…もしかして今の子が、オレを待ってたっていう「女の子」か？　うーん、ただの子供だよな。確かに女の子には違いないが、彼女と間違える年齢じゃなさそうだぞ。穂沢、目が悪いのか？　それとも…ロリコン！？<br />
　気を取り直して、子供から受け取った封筒を開けてみた。どれどれ。果たし状かな。<br />
うわ…何コレ、脅迫状？　「お前の娘は預かった」ってヤツ？<br />
よく見ると、一部新聞や雑誌なんかの切り貼りだけど、メインの文章はワープロ打ちじゃないか。こんなんじゃすぐアシがつくっての。底が浅いぜ、誘拐犯人。これじゃ２時間保たないぞ。火曜サスペンスかっちゅーの。（びしっと裏拳）<br />
　心漫才も決まったところで、読みにくいその文章をちゃんと読んでみると、冗談じゃなく「良く知ってる女の子」を攫ったと書いてあった。<br />
だ、誰だ！？　美里か？　また桜井か？　アン子ちゃん？　高見沢？　藤咲？　裏み…つを誘拐するのは無理だな、多分。<br />
　今までの事件のことも書いてあるし、人に話すなとか、彼女を護るために来いとか、かなりキナ臭い。でも、美里とかが捕まっているんじゃ、救けに行かないワケにはいかないよな、やっぱ。男として。<br />
　オレは意を決して、地図の示す場所を探すことにした。</p>

<p>　…ぜー。ぜー。…はあ～。み、見つけた…ここだ。<br />
だからオレは東京は相変わらず詳しくないし、地図に書いてある「至　田町」とかが分からないし、ちょっぴり方向音痴だしって言ってるやろ！　もう散々迷ったじゃないか。たどり着いて良かった。<br />
あーもー疲れたーと、ちょっとヤケになりながら廃屋の入り口に立つと、入り口にはまた封筒が貼ってあった。<br />
またか？　大概にせェよ、コラ。<br />
中を見たら、内側から鍵をかけて来い、などと書いてある。<br />
こんな汚いオンボロ長屋に泥棒は入んないと思うがなあ。<br />
　一応言われたとおりにして中に入ると、また封筒だ。「注文の多い料理店」みたいだな。服脱いで塩揉みしろとか書いてあったらどうしよう。<br />
と思ったけど流石にそんな事は書いてなくて、人の力を借りて馴れ合ってるとか、人は常に孤独だとか無力だとか書いてある。<br />
何言ってんだ、コイツ。馴れ合うとか馴れ合わないとか選んでる場合か！　友情の前には馴れ合いも孤独も無力も吹っ飛ぶんじゃ！<br />
　それにしても、「≪力≫を見せて下さい」とか「健闘を祈る」って、なんのことだ？<br />
と訝しんでたら、答はすぐに分かった。突然窓ガラスが割れて、＜敵＞が姿を現したのだ。<br />
んぎゃ<span class="gya">ーーーーー</span>っっっ！　ゾンビ<span class="gya">ーーーーーー</span>ッッッッ！！<br />
幽霊もヤだけどゾンビもイヤーッ！　映画のアレなんかもー二度と見たくないって思ってたのに、ぎゃー！　行動遅くても怖いよー！！<br />
　とにかく剄を発して近くに来たヤツを吹っ飛ばす。触りたくない、こんなグチャっとしたの絶対触りたくない！　いーから近寄るなアアーッ！</p>

<p>　疲れた、というより恐怖で、ぜえぜえと肩で息をしていると、奧の扉から白衣の男が登場した。<br />
お前か！　気味悪い手紙と気味悪いゾンビ寄越したの！　いてまうど、ウラァ！<br />
逆ギレしているオレを無視して、男はペラペラと自分のペースで話している。くそっ。心の中でキレても全然通じないもんな。蓬莱寺～、通訳してくれぇ～。<br />
　え？　女の子を預かっているってのは嘘？　そ、そっか、そりゃ良かった。でも、やっぱしゾンビは死体なんだな。<br />
ブードゥーだかＴｏ：Ｄｏだか知らねえが、死体に襲わせるなんて汚ねーぞ！　…ん？　なに？　ああ、「Ｔｏ：Ｄｏ」てのは東京ドームの脇にあるプロ野球応援グッズの専門店だ。ちょっと分かりづらかったか？　ってまたまた誰に聞いてんねん。しかも、なんで東京に詳しくないオレがそんな店知っとんねん。<br />
「僕の名は、死蝋影司。品川にある高校の教師をしている。」<br />
しろう・えいじ？　漫才コンビみたいなネーミングだな。ちょっとナイスだ。で、どっちが名字？<br />
黙っているオレをどう思ったのか、ククッと笑ってサブロー・シロー、じゃなかったシロー・エイジは続けた。<br />
オレの≪力≫を有効に使うって？　オレの未来の手助け！？<br />
そ、それって就職のお誘いなのか！？<br />
　…コホン。（心の中で正座）<br />
ええ、はい先生、将来にはすごーく不安を持ってるんですよ、ボク。この不況の最中、ボクみたいに極端に愛想のない口下手人間は、普通に就職出来ないですよね。マジで就職口くれるんでしたら、協力しよっかな。<br />
「くくく…僕と君は、いいパートナーになれるよ…、きっと。」<br />
パートナーっすか？　そうすると、コンビ名はシロー・エイジ・タツマ？　コンビだかトリオだか分かんないな。<br />
　でも、こんな不気味な笑い方する人のボケに、オレ反応出来るかなあとか思っていたら、先生は変なことを言い出した。<br />
「君のその強靱な肉体と揺ぎない精神力、そして超人的な≪力≫があれば、人は超人<span class="line"><nobr>───</nobr></span>いや、魔人ともいうべき存在に進化出来るのさ。」<br />
　<span class="dot">………</span>しーん。<br />
なあ先生、それって真神が「魔人学園」とか呼ばれてることへのカケコトバ？<br />
オレ、そういうダジャレ気味なネタをストレートに使うの、好きじゃないんだよね。もう少しさあ、こう…捻らないと。<br />
なんかこの人とは合わない気がしてきたな。カラス野郎を思い出したぞ。<br />
やっぱ、協力しない。しません。悪いな、先生。<br />
「自分の力だけで東京を護れると思ってるのかい？」<br />
それとオレの就職と、どういう関係があるんだ？<br />
オレがお前とコンビ組まないからって何で仲間が死ぬんだよ。もしかして脅迫してんのか？　なんて奴だ！　武士の風上にも置けねェ！　ちょっとそこに直れ！　という思いで、<br />
「<span class="dot">……</span>うるさい。」<br />
…何とかそれだけ言った。しくしく。<br />
　ニヤニヤ笑いを消すことなく、シロー・エイジは地下へ来いと誘う。お前の研究なんか見たかないけどな、ちょっとその性根叩き直さないといけないから、ついて行こう。</p>

<p>　…こ。こ。来なきゃ良かった。<br />
何それ！　ホルマリン漬けみたいなネズミが動いてるよー！！！　が、学校の怪談かーっ！？　なんで頭が二つあるんだ、その犬も！　実はでっかいプラナリアなのかっ！？　ってこんなでっかいプラナリアはもっと怖いわ！<br />
こんな学校の先生、イヤだ～！<br />
逃げよう、こんなオカルトの塊みたいなマッドサイエンティストに関わっちゃ駄目だ。くるっと振り向いて…<br />
足が凍り付いた。<br />
　ひ…比良…坂。<br />
「…緋勇さん…わたし…。」<br />
…。<br />
<span class="dot">………</span>。<br />
<span class="dot">…………</span>。<br />
つまり、これは。<br />
　怖い先生と怖い女に挟まれて、思考が止まっていた俺は、いきなり頭の中が熱くなったような気がして、ガクンと地面に膝をついた。な…殴ったの、マッド・シロー？　それとも比良さ…か…？　…。</p>

<p>　<span class="dot">………………</span>。<br />
う～ん。うるさいな。誰だ、頭の上でなんか喋ってんのは。<br />
ボソボソ喋るんじゃねえよ。間違ってＮ○Ｋのニュースにタイマーセットしちゃったかな、オレ。<br />
重い瞼を何とか開くと、ぼんやりと人影が見えてきた。<br />
誰…。見たことのある男が、見たことのある女に抱きついて…<br />
　はっ。突然目が覚めた。恐怖のコンビ、シロー・エイジ・ひらさか！！<br />
オレとのコンビ名よりゴロがいいなと思いつつ、起きあがろうとした…あれ？　なんだ？　身体が動かない。<br />
「おはよう。お目覚めかい？」<br />
　いや、目は覚めたけど身体が起きないぞ。どうなってんだ、これは。<br />
薬物への抵抗力が強いって？　そうかもな、オレ風邪薬とか痛み止めとか効きにくいんだよなあ。<br />
ってそんな世間話はいいから、オレを起こし…？　「ガシャ」？　なんだ、この重たい金属音。<br />
　よく見たら、オレの手足は頑丈そうな鎖の付いた枷につながれて、ぎっちり寝台に固定されてるじゃないか。上半身ハダカだし。 いっぱいコードとか付いてるし。<br />
なにコレ。 オレ、寝てる間に改造とかされちゃったの！？<br />
「紗夜はねェ…僕の命令で君を観察してきたのさ。」<br />
　そんなことは分かってましたっ。だからコレ外してくれ！<br />
「君が、僕の研究材料として相応しいかどうか<span class="line"><nobr>───</nobr></span>それだけを、見るために…ね。」<br />
大体そんなとこだろうとは思ってたってば！　だってその女、メッチャメチャ怪しかったんだぜ？<br />
そう言いたいのに出てこないから、とにかく首を振る。<br />
「緋勇さん…わたし…ごめんなさい。」<br />
「<span class="dot">………</span>分かって、いる。」<br />
　ようやく、それだけ口に出た。だからー、お前が女スパイだってのはバレバレだったワケよ？<br />
「本当に、ごめんなさい…。」<br />
「そろそろ、始めようか。紗夜、手術台のスイッチを入れてくれ<span class="line"><nobr>───</nobr></span>」<br />
そうか、手術はこれからだったのか。良かった、まだ何もされてなくて。…って、全然良くないよっ！<br />
イヤだーっ、バッタ男に改造されるのはイヤだーっっっっ！！　加速装置もイヤだーっっっ！！<br />
　し、侵入者？　何だっていいや、オレから注意が逸れたみたいだ。頼むからソッチ片付けに行ってくれ！　くそ～、今のウチにコレ外せないか？<br />
あああ、焦ってる上になんだか力が入らない。麻酔がまだ効いてるのか？　違う、腹が減ってるんだ。そういえば喉もカラカラだし…<br />
「緋勇さん。今、拘束具を外してあげるわ。」<br />
　<span class="dot">………</span>えっ！？　比良坂、今なんて？<br />
マッド・シローと比良坂がモメている。救けてくれるんなら有り難いけど、マジでクラクラしてきた。目が回る。<br />
比良坂が、オレの手枷を外しながら、何か言っている。オレの<span class="line"><nobr>───</nobr></span>強さ？　やさしさ？　覚えがないけど。<br />
「人は、復讐の心だけじゃ生きられない…一生をそのためだけに捧げる事は出来ない。…わたし、間違ってますか？」<br />
うんにゃ。<br />
何だか良く分からないが、そりゃ正論だ。首を振って、何でこんなこと言ってるんだろうと比良坂を見ていたが、どう解釈したものか、また赤くなって「有り難う…」とかなんとか言ってる。何でもいいから足も早く外して。<br />
　うわっ、マッドがキレた！　何でここで、オレを殺すって話になるんだよ？　もうお前ら全然分かんないよ。<br />
だーっ！！　そのでっかいゾンビは何～？　それも病院の死体とやらで作ったのかっ？　死体になる前から相当怖かったろうなー、この人。バスケの選手？　いや、ラグビーの選手？<br />
うわっ来た！　ちょっと待てー！　オレまだ足枷がーっ！　死ぬーっ！！<br />
「キャアァ<span class="line"><nobr>───</nobr></span>ッ！」</p>

<p>　<span class="dot">………</span>ん？　まだ生きてた？<br />
何が起こったのか分からない。<br />
…そういや、比良坂の悲鳴が聞こえたのを思い出した。<br />
見ると、オレの足元で枷を外している比良坂がいる。でも頭から血が出てるぞ。あのデカゾンビに殴られたのか？<br />
比良坂は、にっこり笑っていた。後ろで何故だ、と呻くマッド。もう、本当にワケが分からない。腹減って目が回るし、身体に力が入らなくて地面も回ってるみたいなのに、アタマは回らないようだ。<br />
「なッ、なんだこりゃッ。」<br />
　聞き慣れた声が聞こえてきた。<br />
霞む目を、何とかそちらに向けると、蓬莱寺だ。醍醐も、桜井も、美里もいる。ひーん、やっぱ友達だから、危機を察して駆けつけてくれたのかあ！？　もう嬉し泣き～出来れば実際泣きたいよ～。なんでオレ、涙も出ないんだろ。<br />
　怪我をしている比良坂に気付き、蓬莱寺が美里に回復の指示を出している。イヤだからな、ソイツは違うんだって。<br />
だが、こちらに駆けつけようとした美里に、さっきのデカゾンビが威嚇攻撃をかけた。オレと比良坂は、ゾンビによって仲間達と分断された格好だ。<br />
　マッドがまた何か言ってる。比良坂はオレを支えながら、早く逃げろとか言っている。<br />
…お前そういえば、さっき復讐がどうとか言ってたよな。今頃ようやくアタマが理解したんだけど、お前、なんか人間に恨みがあって、復讐のために女スパイやってたってことか？<br />
「…ひら、さか…」<br />
いつもより更に、うまく動かない口を開いたが、マッドに嗾けられたゾンビが襲ってきたので、慌てて立ち上がる。<br />
駄目だ、ふらつくぞ。これで戦闘はキツイかも。更に、奧の部屋からゾンビが沢山出てきたし。</p>

<p>　死にたくないので、何とかふらつく頭をブンブン振って、羊の数を数える。<br />
羊が一匹、羊が二匹…違うやろ！　眠ってまうわっ！<br />
いかん、トロくさいゾンビが飛びかかってくる。危うく避けて、「根性ォオオオオッ」と心の中で叫んで、腕に溜めた≪気≫を叩きつける。一撃で倒せるには倒せるが、後が続かない。<br />
ああ、「腹が減っては戦は出来ぬ」って、真実だなあ。<br />
「危ねェッ！」<br />
　蓬莱寺の声に、咄嗟に屈む。正面から襲いかかろうとしていたゾンビが吹っ飛んだ。ふー。<br />
「す…まん。」<br />
声が掠れてて、蓬莱寺に聞こえたかどうか分からない。まあいいや。とにかく、あのデカイの倒さないと。<br />
えーと、何が有効なんだ。いつもなら、見ただけである程度弱点とか分かるんだけどな。…とにかく、異常に体力ありそうだ。少しずつ、遠くから…えーと、桜井、は…遠いな。うー…ダメだ、足が…<br />
「龍麻ッ！」<br />
　危うくぶっ倒れるところだったオレを、蓬莱寺がガシッと掴んでくれた。サンキュー。でも、オレちょっと今回役に立ちそうもないから、その辺に転がしといてくれていいよ。<br />
ホラ、まだ敵が向かってきてるって。オレはいいから、危ないってば、おい、き、来た…っ<br />
　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>閃光が走った。<br />
後ろから近寄ってきていたゾンビが倒れる。あれ？　誰が…？<br />
「よォ、京一に、センパイ。近く通ったら、変な気配がしたからよ。」<br />
来てみりゃァ、アンタ達がまた闘ってんだもンな～とカラカラ笑う金髪派手男は…雨紋だ！<br />
「全く驚いたな。こんな化け物までいるのか。」<br />
とか言いつつゾンビを素手で殴り飛ばしているのは、紫暮。<br />
スゴイ。みんな、連絡もしてないのにどうして分かったんだろう。「変な気配」ってヤツ？　それとももしや、友情パワー！？<br />
「おい京一、オレ様がセンパイを見ててやるから、お前あの雑魚倒して来いよ。」<br />
「<span class="dot">………</span>ッ。何でテメェに指図されなきゃなんねェんだよッ。」<br />
　ちょ、ちょいとアンタ達。まだ敵が残ってるのに、何でモメてんだよ？<br />
オレは力を振り絞って、蓬莱寺を呼んだ。<br />
「…あの、デカイのを…吹っ飛ばし、て、し、紫暮と…醍醐に…同時に、攻撃、してみて…くれって…」<br />
蓬莱寺はちょっと雨紋を睨み付けてから、醍醐達の方へ走っていった。<br />
うん、あの筋肉×３なら、デカゾンビに匹敵するだろ。<br />
　雨紋に支えられつつ、今にも閉じそうな目を一生懸命開いて戦況を見つめる。<br />
ああ、自分で戦えないのはもどかしいぞ。<br />
　うおっ！　醍醐と紫暮×２が同時に吼えた！<br />
両側からドカーン！　とタックルかましてやんの。うわ…あれはムサクルシイつーか暑苦しいつーか。<br />
デカゾンビが固まってしまった。そりゃあ、あの兄貴系の抱擁を受けちゃあ凍り付くわな。<br />
　しかし、今の連携は凄いぞ。多分、醍醐の≪気≫と紫暮の≪気≫が同質に近いから出来るんだな。<br />
ってことは、他にも連係プレイが出来るヤツがいそうだ。うんうん、便利だから覚えておこう。<br />
　蓬莱寺がマッドに木刀で二重の袈裟懸けをかまし、闘いは終わった。</p>

<p>　気付くと、足元に比良坂が倒れていた。げっ、いつからここにいたんだ？<br />
触るのはイヤだったが、さっきの復讐云々が気になったので、あんまり肌が密着しないように抱き起こす。…はっ、しまった。オレまだ上半身ハダカだ。オレの制服、どこ？<br />
　比良坂はうっすらと目を開けた。死んではいなかったらしい。<br />
身の上話を始める。どうでもいいけど、この状態で何でお前の身の上話聞かなならんのか。<br />
　うーん。両親が死んで、親戚が冷たかったから、マッドは復讐を企んだのか。何だかなあ。こうやって聞くと、比良坂も可哀相なヤツだったんだなあ、と同情してしまうが。<br />
「…わたし…緋勇さんに会えて良かった。」<br />
　そうだな。悪いコトから足抜け出来たもんな。しみじみと頷いて、比良坂を改めて見つめた。<br />
きっと、兄貴の片棒を担いで病院の死体を盗む手伝いとか、オレたちを見張るとかスパイ活動をしているうちに、自分の≪気≫を抑えたり、気配を殺したり出来るようになったんだな。元々素質があったんだろう。<br />
しかし、オレたちが仲良さそうにしてんのを見てて、羨ましくなった、と。そんなとこだな？<br />
「そうだ…今度、どこか行きませんか…。」<br />
どこかって、どこに行くんだろう。一度拳を合わせてみようっていう、婉曲な誘いかな？<br />
「<span class="dot">………</span>ああ。必ず。」<br />
いいぜ、お前ほどの力のある奴なら、女でも手加減せず闘えるだろうし、お前となら友情が芽生えるような気がする。<br />
…っておいおい、呑気だな。ここで寝るなよ。オレも眠くて仕方ないんだから。…はっ、つられて眠っちまうとこだった。<br />
　うわ！？　と、突然火があちこちから噴き出したぞ！<br />
だ、誰ですかアンタ？　赤鬼さん？<br />
ちょっとちょっと、放火しといて逃げますか。ヒドい奴だな。…「きどうしゅう」の「き」って、もしかして「鬼」？　そ、そっか。今の奴が「鬼どうしゅう」の一人か。組織名だったのね。<br />
　あれ？　比良坂？　炎にビックリして立ち上がった時落っことしちゃったんだけど、どこ行った？<br />
げっ。いつの間にあんな所に…。炎に遮られて、近寄れないぞ。<br />
　何か言ってるな。謝ってるみたいだが、よく聞き取れない。<br />
錯乱して本当のマッドになったマッドは、比良坂にしっかりと捕まえられて動かない。流石比良坂、か弱そうに見えてすごい腕力だ。<br />
　炎が勢いを増していく。…ちょっと待てよ、そっちの扉から逃げる気だな！？<br />
お前、さっきオレ達の仲間になりそうなこと言ってたクセに！<br />
「緋勇さん…わたし、もっと早くあなたに会いたかった…。」<br />
微かに聞き取れる。なんだよそれ。改心しないって意味か。ちょっと待てっての！<br />
「ダメだセンパイッ。もう遅い、逃げるぞ！」<br />
雨紋が、オレを抱えて走り出した。力が出ないから、なされるままだ。うう、比良坂め。騙された。</p>

<p>　目の前では豪快にボロ屋が燃えている。<br />
どこで見つけたのか、オレの制服を美里が手渡してくれた。良かったー燃えなくて。<br />
比良坂は…逃げおおせたろうか。それとも、失敗して炎に焼かれてしまったろうか。<br />
　どちらにしろ…<br />
大したヤツだったな。比良坂。<br />
もし次に逢うとしたら…お前は敵かな、味方かな。<br />
いややっぱ少年漫画だと、やっぱ次は素知らぬ振りでオレたちの仲間になってたりするもんだよな。<br />
うん、きっとそうだ。お前はかなり才能があるから、充分戦力になるだろう。<br />
「鬼どうしゅう」を倒すために、いつかまた現れてくれよ。<br />
　ちょっと気が抜けて、とうとう完全に力が尽きてしまったようだ。<br />
膝がガクリと折れた。蓬莱寺が慌てて支えてくれる。<br />
それで安心して、オレは目を閉じた。<br />
　…ああ。腹へった…ラーメン食べたい…</p><p class="update">06/06/1999 初出</p>]]>
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    <title>六－友</title>
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    <published>2009-07-03T10:52:35Z</published>
    <updated>2009-07-04T10:27:43Z</updated>

    <summary>　一体どういう情報網を持っていやがるんだ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://ogihara.daa.jp/majin/">
        <![CDATA[<p>　一体どういう情報網を持っていやがるんだ。<br />
昨晩の帰宅途中に遭遇した事件について教えろと、いきなり詰め寄ってきたアン子に半ば呆れつつ、京一は適当に誤魔化した。<br />
「ああ、あのことね。バッチリ見たって。風でめくれたおネエちゃんのパン<span class="line"><nobr>───</nobr></span>」<br />
言い終わらない内にアン子の平手が飛んでくる。<br />
（ッたく、はぐらかすのも命懸けだぜ。）<br />
　実際、アン子のバイタリティと情報収集能力は尊敬に値する。<br />
しかし危険を顧みず、何にでも首を突っ込み、良く回る口で相手をやり込め、持ち前のエネルギーで周囲を巻き込んでいくアン子は、どんなにパワフルでもやはり女である。腕力で捻じ伏せに掛かられては一溜まりも無いだろう。<br />
危なっかしくて見ていられないのに、止めることが出来ない。ああ言えばこう言うので全く歯が立たない。だから京一は彼女が苦手なのだ。<br />
　だが、馬鹿正直な醍醐が昨夜の事件について余計な一言を漏らしたため、今回もまた彼女を巻き込んでしまった。アン子から鎧扇寺学園高校の情報を得たのは収穫だったが、京一は溜め息を吐かずには居られなかった。<br />
　頼むから大人しくしててくれよ。いざって時に護ってやれる保証がねェんだから…</p>]]>
        <![CDATA[<p>　目黒区にある鎧扇寺学園の空手部は、真神の空手部とはライバルにあたるらしい。被害者の譫言や、現場に残された制服のボタンも鎧扇寺を指し示している。<br />
だからといって、部員達の腕を石化した犯人と関係がある…と決めつけるのは少々短絡的な話だが、他に手がかりはない。<br />
「ホントにここの人がやったんだとおもう？」<br />
　小蒔が龍麻を見上げて訊いた。<br />
首を微かに捻った後、首を横に振るのを見やる。<br />
「まァ、分かんねェよな。そう決まったワケじゃねえし。」<br />
と同意してやると、龍麻はホッとしたように頷いた。<br />
そッか、今のは「分かんない」って意味か…と小蒔が呟いて、続ける。<br />
「うん…。ボク、なんとなく違うような気がするんだ。」<br />
残された証拠が本当に犯人を指すのか、犯人に罪を着せられようとしているのか、現時点では判断が付かないのだから、当たってみるしかない。<br />
京一は、何かの罠に嵌められているような嫌な気配を感じつつ、鎧扇寺の空手道場へ足を踏み入れた。</p>

<p>　中で待ち受けていたのは、紫暮と名乗った空手部部長だった。男の話を聞き、龍麻の判断で一戦交える事になりはしたが、結局鎧扇寺はシロだった。<br />
「あんたの技も凄かったぜ。」<br />
　紫暮が笑いながら龍麻の肩を叩くと、当然といった顔が軽く頷く。<br />
闘っている間に微かに感じた≪気≫は、邪悪なものではなかった。恐らく醍醐も、そして龍麻もそれを感じ取ったのだろう。<br />
そしてその≪気≫が、通常ならざるパワーを持っていることも。<br />
紫暮がその奇異なる能力を披露したとき、「やっぱりな」という思いを京一は禁じ得なかった。<br />
　何かあったら自分を呼べと告げる紫暮に、龍麻がいつも通り右手を差し出し、固く握手を交わす。<br />
またここに一人、＜仲間＞が現れた。<br />
　先程、学校を出るときに仲間となった裏密のことを思い返す。<br />
よりによって「あれ」が仲間というのは、あまり歓迎出来るものではなかったのだが、龍麻はあっさりと裏密をも受け入れた。<br />
冷静に考えれば、こんな異常な事件が続く限り、裏密の知恵と妖しげな≪力≫は役立つのだ。<br />
京一や醍醐が生理的に嫌っていても、龍麻だけは冷徹に判断を下せる。だからこそ、こうして次々に味方が増えていくのだ。</p>

<p>　少し感慨に耽っていた京一だったが、ふと、醍醐の様子がおかしいのに気付いた。<br />
不審な男の特徴<span class="line"><nobr>───</nobr></span>スキンヘッドで、二の腕に大きな刺青。<br />
その言葉に、明らかに動揺している。<br />
　外に出てから、思い切って尋ねてみた。どうせまともな応答のないことは、長い付き合いで分かってはいたが。<br />
　龍麻が拳をぐっと握りしめ、醍醐の後ろ姿を見つめている。<br />
横に回って様子を窺うと、表情を浮かべぬまま少し唇を開き、言い差した言葉を飲み込んで閉ざすのが見て取れた。<br />
　ああ…心配なんだな。<br />
　そうだよな、俺達は仲間なのに。もどかしいんだよな。<br />
肩に手を回しながら「いいヤツだな、お前は」と呟いて、気持ちを代弁しようと醍醐に声をかける。<br />
相手を傷つけぬ言葉を探し、躊躇っていたのだろうか。<br />
　握りしめられていた拳が開かれるのをみて、少し安心した。</p>

<p>　桜ヶ丘にはなるべく近づきたくなかったが、空手部員の容態と、石化の原因を確かめねばならない。<br />
渋々と足を運びながら、京一はこの奇怪な出来事について考えた。<br />
今回の件も、また＜敵＞の所業だろうか。<br />
真神の生徒が襲われたのが偶然とは思えない。改めて考えれば今までの事件も、偶然関わったという方が出来過ぎなのではないか。<br />
旧校舎で行方不明となった生徒は未だ発見されていない。日本刀を盗んだ会社員は窃盗の件も乱闘騒ぎも覚えていないという。唐栖や嵯峨野も単独犯なのかどうか判らず、そもそも各々が≪力≫に目醒めた理由も謎のままだ。<br />
これらが全て、何の関係もない怪事件だと言えるのだろうか。<br />
　そのような事をあれこれ惟みながら歩いていた京一は、突然立ち止まった龍麻の背中にぶつかってしまった。<br />
硬直して立ち止まっている龍麻の視線を追うと、先日同じ場所で出会った少女がいる。<br />
　比良坂…紗夜、といったか。<br />
「あ…緋勇さん」<br />
にっこり微笑みながら、龍麻の傍へ歩み寄ってくる。華奢な姿態と色素の薄い髪が、その笑顔をどこか儚げに見せた。<br />
（可愛いよなァ。）<br />
当たり障りのない挨拶を交わしながら、龍麻の様子を伺う。<br />
　惚れているなら、それはそれでいい。そんなものは龍麻の自由だ。だが…<br />
相変わらず感情を見せない表情。そして、固く握り締められた拳。張り詰めた≪気≫。<br />
「龍麻の心の裡は態度で分かる」という自負がある京一にとって、この仕草の意味を理解出来ないのが腹立たしかった。<br />
とても、一目惚れした相手を前にしている雰囲気ではないのだ。<br />
だが間違いなく龍麻は、紗夜を気にかけている。今日も決して彼女の目から視線を逸らさない。<br />
「こんにちは、緋勇さん。」<br />
　紗夜が声をかけた。<br />
龍麻が、もどかしげに前髪を掻き上げる。<br />
「<span class="dot">………</span>ああ。また会ったな。」<br />
決して自分からは人目に晒さない双眸を、惜しげもなく顕わにして、彼女を見つめる龍麻。<br />
その瞳には何の感情も映し出されていないが、頑なな拳や微かに寄せられた眉からは、何かを訝しむような…苦しんでいるような印象さえ受ける<span class="line"><nobr>───</nobr></span></p>

<p>　唐突な考えが京一の頭に浮かんだ。<br />
「誰か」に似ているのかも知れない。<br />
その「誰か」は、かつて龍麻が遭遇したらしい、悲劇的な事件に関わっているのだ。<br />
そして「その人」はもう…。<br />
　京一は苦笑した。<br />
まったく、いつから俺はこんな想像力豊かになったかな。<br />
　紗夜の後姿を、いつまでもじっと見送る龍麻を見やる。<br />
あながち間違った想像でもないのかも知れない。強張った背中から、烈しい想いが伝わってくる。<br />
どんな過去があったのか。彼女に感じている気持ちは何なのか。<br />
　口に上せかけた質問を、無理矢理飲み下した。<br />
まだだ。もう少し待ってみよう。この男は、待てば話してくれる。<br />
今までそうだったように。</p><p class="mark">◆　◆　◆</p><p>　ちッ。やっぱり、そう来やがったか。<br />
翌朝、小蒔が登校して来ないという事実に、半ば諦めつつも「頼むから単なる遅刻であってくれ」と願い続けたまま、放課後を迎えてしまった。<br />
冗談で誤魔化してはみたものの、小蒔の身に何かが起きたことはほぼ間違いない。<br />
　昨日の醍醐の妙な態度から、薄々＜敵＞の正体は解っていた。<br />
醍醐の知己で、しかも醍醐に恨みを持つ者。<br />
本人に直接来ようとせず、何の関わりもない空手部を巻き込む辺り、卑劣ではあるが醍醐をよく知り尽くしているのだろう。<br />
この仮説が正しいとすると、次の手は<span class="line"><nobr>───</nobr></span>「仲間」だ。＜敵＞の真の目的は分からないが、醍醐をいたぶるには効果的である。<br />
　美里が真っ青な顔で、自分に言い聞かせるように呟いた。<br />
「…大丈夫、小蒔は大丈夫よ。きっと無事。」<br />
大事な親友が拐かされ、生命の安否も分からない。それでも信じようとしている美里は、意外に芯の強い女なのかも知れない。<br />
　だが醍醐の方は、もう誰の話も耳に入らないようだ。慌てて学校を飛び出してしまった。<br />
龍麻達と共に、その後を追う。<br />
もし＜敵＞が醍醐の昔の知人であったとしても、妖刀や鴉の事件の裏で糸を引いていた者と同一人物だとしても、そいつは今の醍醐の微かな想いまで掌握しているのだろうか。ぞっとしない話だった。</p>

<p>　校門前で醍醐に追いつき、二手に分かれて捜索することになった。<br />
醍醐と共に行動して、昔の知人の事など訊き出してみようか。<br />
一瞬そんな考えがよぎる。<br />
　だがこいつは、自分ではっきり敵の正体を確かめるまでは何も話しはしないだろう。<br />
　それよりも…龍麻は。<br />
　仲間が誘拐された事実に、どれだけ衝撃を受けたのか、その表情からは全く読みとれない。<br />
　だが龍麻のことだ、醍醐以上に内心では心配しているのではないか。そしてまた自分の中にだけしまい込んでいるのではないだろうか。<br />
　醍醐は美里に任せた方がいい。小蒔を案じる美里の心中は理解るだろうし、互いに支え合えるかも知れない。<br />
「俺と一緒に行こうぜ、龍麻。」<br />
こくりと頷く男と視線が交差する。<br />
だがそれは、やはり一瞬でしかなかった。</p>

<p>　二人きりになってから、敵は醍醐の知り合いではないかということを龍麻に話してみた。<br />
特に反応はない。信じられないのか、既に予想していたのかは判らない。<br />
だが醍醐が転校生である事、昔の話をしたがらない事を教えると、ハッと京一を振り向いた。<br />
自分と似た境遇に、興味を抱いたのだろうか。<br />
つい、余計な質問までしてしまった。<br />
「お前にだって、知られたくねェ過去があるだろう？」<br />
訊いてはいけない事だったのに。<br />
　案の定、龍麻は目を逸らしてしまった。<br />
慌てて話を誤魔化しながら、こいつも醍醐もどうしてこう「抱え込んじまう」奴ばかりなのか…と、内心で嘆息する京一だった。</p>

<p>　偶然出会った雨紋の情報で、杉並中時代の醍醐の知人が＜敵＞であると確信した京一は、中央公園に向かいながら、それを龍麻に告げた。<br />
間違いない。他の女達を攫っている目的は分からないが、小蒔を誘拐したのはそれら一連の事件とは違う。<br />
　醍醐、今度こそ吐いてもらうぜ。何でもないとは言えねェだろ、今度は<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。<br />
　その時突如、女の悲鳴が耳に飛び込んできた。<br />
反応は龍麻の方が速かった。声のした方向を咄嗟に見極め、全速力で駆けていく。<br />
後ろに続くと、そこには何と、不良に腕を掴まれて悲鳴を上げる、比良坂紗夜の姿があったのだ。<br />
龍麻は全身を硬直させて彼女を見つめたまま、動かない。<br />
救けを求めて名を呼ぶ紗夜に、だが龍麻は応えもせず、ただ凍り付いたように立ち尽くしている。<br />
「なにがナンパだ！　どう見たって、嫌がってんじゃねェか。」<br />
　訝しみつつも、とにかく救けなければ…と一歩踏み出そうとしたとき。<br />
腕を掴まれた。<br />
見ると、龍麻は何かを紗夜に言おうとしている。<br />
「<span class="line"><nobr>────</nobr></span>ッ」<br />
　一体何を…？　こんな時に？　何故<span class="dot">……</span><br />
しかしそこに醍醐と美里が到着し、不良どもは「凶津サンがお前を待ってるぜ」と捨て台詞を吐いて、去って行ってしまった。<br />
京一の仮説は正しかったらしい。<br />
だが今は、醍醐と凶津との関わりより、先ほどの龍麻の態度の方が気になる。<br />
何を言おうとしたのか、紗夜に何を重ねて見ているのか解るチャンスを失って、失望を感じずにはいられなかった。<br />
　だが、そんな思いは突然吹き飛んだ。<br />
「あッ、ありがとう。」<br />
紗夜の台詞に我に返り頭を上げると、何と龍麻はおもむろに、彼女の両肩を包み込むように掴んだのだ。<br />
「！」<br />
京一だけでなく、全員が驚愕した。自分達の知っている限り、龍麻がこんな積極的な態度を取る男ではないのだから、当然と言えば当然だ。<br />
「神様の偶然ってあるんですね…。また、こんな風に会いたいな…。」<br />
　頬を染めて、紗夜が無邪気に龍麻を見つめる。<br />
その笑顔に引きずり込まれるように、顔を寄せる龍麻を見て、思わず京一は焦った。<br />
（お、おいッ！　こんなとこで何を…皆いるの忘れてんのかッ？　み…美里もいるんだぞ！）<br />
「<span class="dot">………</span>そうだな。また偶然に…な。」<br />
しかし、そう呟く龍麻の顔は、恐ろしいほど真剣だ。<br />
何も知らぬげに、ますます頬を染めた紗夜が何か言葉を返している。<br />
それ以上何かするつもりはなかったのか<span class="line"><nobr>───</nobr></span>よく考えれば当然だが<span class="line"><nobr>───</nobr></span>龍麻は手を離し、目を逸らした。<br />
　昨日思い巡らせた推測が蘇る。<br />
比良坂紗夜の中に、一体何を見ているのか<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。<br />
「あの人<span class="line"><nobr>───</nobr></span>、紗夜さんって…」<br />
美里が呟くのが聞こえ、思わず振り向いた。<br />
「どうかしたのか、美里。あの子が、なにか…？」<br />
美里も何か気付いたのか。それとも単に、龍麻の普段と違う行動に、恋する女として胸を痛めただけか。<br />
何でもない、と悲しげに顔を伏せる。<br />
「<span class="dot">………</span>。」<br />
どうする事も出来なかった。<br />
京一にも美里にも、龍麻の真意を掴むことは出来ないのだ。今はまだ…<br />
　重い空気を取り払うように、京一は高らかに宣言した。<br />
「よっしゃァ、行こうぜ、杉並へ！」</p>

<p>　小蒔を巻き込んだ責任感からか、杉並の懐かしい風景に意を決めたのか、やっと醍醐は過去を語り出した。<br />
誰も口を挟まなかった。<br />
　友…か。<br />
友とは、何だ。<br />
「人は、どうやったら、他人を理解してやれるのだろうか…。人は<span class="line"><nobr>───</nobr></span>、足掻きながらも、自分を<span class="line"><nobr>───</nobr></span>いや、ましてや他人を、理解してやることなど、出来ないのかも知れない。」<br />
醍醐の台詞に、京一は龍麻を想った。<br />
　そうなのだろうか。どんなに欲しても、俺にはこいつを理解することなど出来ないのか。<br />
苦しげに告白を続ける醍醐。<br />
横には、じっとその様子を見つめている龍麻がいる。<br />
「お前は、こんな俺を軽蔑するか？」<br />
訊かれた龍麻は、少し躊躇うように唇を開き、醍醐の肩に手を置くと、やがて言葉を紡ぎ出した。<br />
「…オレ達は…友、だろう？　醍醐。」<br />
驚いた醍醐が、龍麻を見つめ返す。ややあってようやく笑顔を見せながら、礼を述べる。<br />
　人は、他人を、理解することなど出来ない。<br />
そう言い放つ醍醐に、短く<span class="line"><nobr>───</nobr></span>深い言葉をかけた龍麻。<br />
　ああ、そうだな、龍麻。俺達は「友」だ。<br />
深く理解出来なくても、互いをいたわることが出来る。いたわりたいと思える。<br />
理解しようと努力することが出来る<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。<br />
　それが「友」なのだ、と。そう言いたいんだな、お前は…<br />
それでもまだ一人で赴こうという醍醐に、殴りつけたい衝動を抑えつつ、京一はゆっくりと、龍麻の言いたかったであろう言葉を繰り返した。<br />
　俺達は「仲間」だと。<br />
　過去の「友」に囚われるな。現在の「友」のために戦え、と。<br />
「俺達にとって、小蒔は大切な仲間さ…。」<br />
普段なら照れくさくて決して言えない言葉だが、醍醐への憤りと、龍麻の言葉に対する感動が、京一の口を滑らかに動かした。<br />
「そして醍醐。お前も…な。」<br />
　美里が微笑んだ。<br />
困っている醍醐を見捨てられないと。醍醐のために、一緒に行くと言う。<br />
　分かっているのか？　醍醐。小蒔は美里の親友でもあるんだぜ。<br />
自分の不安を押し隠して、お前を気遣っている彼女の方が、余程根性が座っている。<br />
　爪の垢でも煎じて飲め。<br />
皆の気持ちが通じたのかどうか、ようやく頷いた醍醐を先頭に、廃ビルへと足を踏み入れた。</p>

<p>　凶津はひどく「イケすかない野郎」だった。<br />
佐久間を思い出す。あの男も、何の意味もなく醍醐につっかかってくる。<br />
醍醐を「偽善者」と嘲るところも全く一緒だったが、二人の気持ちは分からなくもなかった。<br />
あの頑ななまでの正義感は、時として不自然さを感じる時がある。<br />
それは、自分の中にある＜負＞の方向への衝動を、抑えつけようとしているかのようだ。<br />
いつか爆発するかも知れない。そんな危うさを醍醐は持っている。<br />
それがあの頑迷さを生むのだが、佐久間や凶津にはそれが偽善にしか見えないのだろう。<br />
　石化された小蒔の姿を見て、全員が激高した。<br />
ものも言わず真っ先に飛び出した龍麻の前に、隠れていた凶津の手下がバラバラと現れ、行く手を阻む。<br />
「…どけッ！！　…桜井ッ！」<br />
もどかしげに叫ぶ声には、焦燥の色が滲んでいた。<br />
一番心を痛めていたのは、やはり龍麻だったのかも知れない。<br />
　怒りに任せて烈しい≪気≫が放出される。一斉に飛びかかってきた手下どもに向け、その拳が振り下ろされる。<br />
青い火花が飛び散るほど烈しい衝撃が、周りの敵を全て吹き飛ばした。<br />
闘う中で、龍麻は次々と新たな技を身につけているのだ。<br />
負けてられねェな、とばかりに、京一も木刀を振り下ろした。<br />
　一人屠りつつ醍醐の様子を窺うと、手下二人に挟まれて苦戦しているのが見える。<br />
　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>迷い、だ。<br />
京一はすぐに看取した。<br />
　まだ凶津と闘(や)るのを迷っているのか！<br />
しかし、京一より早く、龍麻が同じ事に気付いたらしい。<br />
醍醐を羽交い締めにしようとしていた一人を殴り倒して、恫喝する。<br />
「決着をつけろ！」<br />
　…自分自身の、過去への悔恨に。<br />
凛と響き渡るその声で目が覚めたのだろう。醍醐はいつもの不敵な笑みを浮かべ、「ああ」と頷くと凶津の前に進み出た。<br />
間に入ろうとした手下どもを片手で抑制し、凶津もニヤリと笑った。<br />
　本当に<span class="line"><nobr>───</nobr></span>他人の気持ちを理解するのは、何と難しい事か。</p>

<p>　凶津が殴る。<br />
避けもせず、醍醐が蹴り上げる。<br />
周りの手下どもが沈黙した後、京一達は二人の闘いを見守った。<br />
醍醐に吹き飛ばされた凶津が、立ち上がるのを止め。<br />
それに気付いた醍醐が、構えを解くまで。<br />
誰も動く事が出来なかった。<br />
　少しだけ、凶津が視えた気がする。<br />
　醍醐よ。<br />
同情ではダメなんだ。<br />
心から気にかけてくれても、お前のそれは、既に「憐れみ」だ。<br />
友と呼ぶなら、肩を並べて立っていたい。<br />
　もしも俺なら、と京一は思う。<br />
もし、龍麻が先を歩き、気遣うように後ろの自分を振り向いたりしたら。<br />
怒りを感じるだろう。龍麻の「憐れみ」に。自分の不甲斐なさに。</p>

<p>　凶津の言う「鬼道衆」とやらが一連の事件の黒幕であった事に衝撃を感じつつ、外に出た。<br />
パトカーのサイレンを避けるように走りながら、全てを告白して醍醐を去らせた凶津の気持ちを想いやる。<br />
　なァ、醍醐。気付いてるだろう。あれは忠告だったんだぜ。<br />
旧い「友」への警告。<br />
鬼に成り切れなかったと自嘲した、凶津に残されていた、「情」。<br />
　いつか和解出来るといい。<br />
醍醐さえ、自分の過ちに気付くなら、いつかきっと。<br />
　京一は走り続けた。<br />
迫り来る、暗い「鬼」の影が、足下にまで忍び寄っていることを感じながら<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。</p><p class="update">06/05/1999 初出</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>六－友達だと言ってくれ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ogihara.daa.jp/majin/2009/07/heads06.php" />
    <id>tag:ogihara.daa.jp,2009:/majin//1.29</id>

    <published>2009-07-02T10:48:36Z</published>
    <updated>2009-07-03T17:53:47Z</updated>

    <summary>　～前回のあらすじ～ 真神学園にやってき...</summary>
    <author>
        <name>サーノ</name>
        <uri>http://ogihara.daa.jp/</uri>
    </author>
    
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        <![CDATA[<p><span class="plot">　～前回のあらすじ～<br />
真神学園にやってきた転校生、緋勇龍麻は無口だけど中身はお茶目なSissy Boy(笑)。<br />
そして、東京で起こり始めた異変。渋谷でダジャレ少年が起こした事件に続き墨田区では変死を遂げる者が続出していた。その最中突然、葵が倒れ、抱き上げた緋勇はあんまり女の子が柔らかいんでパニックに陥る。<br />
原因が夢に関係することを確信した緋勇は、桜ヶ丘中央病院で京一の女遊びの過去を知ったりしつつ墨田へ赴く。そこで、夢を操る力を得た嵯峨野と闘い、無事に事件を解決したのは良かったが、妖艶な少女、藤咲亜里沙と看護学生の高見沢舞子の「両手に花」にも喜べない女性恐怖症になっていた。</span></p>]]>
        <![CDATA[<p>　やあ、みんな！　元気だったかい？　オレはとっても元気だ！　って誰に挨拶しとんねん！<br />
何でオレがいきなりハイテンションなのかというと、再三部活の見学を勧めてくれていた穂沢に連れられて、演劇部の練習に混ぜてもらったからだ。<br />
　素人を誘う辺り、大したコトないのかと思っていたのに、練習は結構本格的だった。<br />
大講堂で基礎運動とか、発声練習とかをぼーっと観た後、穂沢に台本を渡された。<br />
「ホン合わせをするからやってみないか？　いやさ、今日は全員揃ってないから、ちょっとチョイ役のトコだけ手伝って欲しいんだよ。」<br />
　そんなコト言われても、オレ棒読みだぜー？<br />
かなり焦ったが、自分で考えたことを話すのと違って、教科書を読みあげたりするのは一応出来るのだ。<br />
　結局、かなり適当ながら、台詞をいくつか言わせてもらった。<br />
それで分かった。オレ、こういうの好きだー。だって、なんか自分で「喋ってる」みたいなんだもの。<br />
部員のみんなは「足手まとい」と思ってたかも知れないけど…何しろ、オレの台詞になる度に全員顔を上げてコッチ睨んでるんだもんな(泣)。でもすごく楽しかったから、また来いよと言ってくれた穂沢に思い切り頷いて、幸せな気分で校舎を出たのだ。<br />
そうしたら、たまたま同じ時間に部活を終えた醍醐と蓬莱寺に出くわした。<br />
うわ～偶然だな～友情の起こした奇跡よね～なんて、更に舞い上がっていたオレは、二人がそのとき話していた空手部だか柔道部だかの話をロクに聞いていなかった上、突然起きた男の野太い悲鳴にも、メチャメチャ反応が遅れてしまったのだった。</p>

<p>　二人が、倒れていた学生を助け起こしている。苦しそうに呻いているのは、真神の生徒のようだ。<br />
どうした？　持病のシャクか？<br />
もたもた近づくと、醍醐が驚きながらそいつの腕を持ち上げた。<br />
おいおい、ロケットパンチかよ。高校生にもなって無邪気だなあ。で、ソレ飛ぶの？<br />
アフロダイＡとかのムネから飛び出すロケットは、あんな薄い発射口にどう格納されててどう発射してるんだろう、とオレの思考が少しズレたとき、蓬莱寺が<br />
「馬鹿な、腕が石になるなんて<span class="line"><nobr>───</nobr></span>」<br />
と唸るのが聞こえた。<br />
え？　そうなの？　どれどれ。<br />
本当だ、制服ごと硬いな。うぬ、オレの観察眼はまだまだ修行が足りないや。<br />
ちょっぴり反省しつつ、その人を桜ヶ丘に運ぶのを手伝った。</p>

<p>　次の日の放課後、遠野がすごい顔で吹っ飛んできて、午後ずっと居眠りしていた蓬莱寺を張り飛ばした。<br />
首を締め上げながら、昨日のことを話せと詰問する彼女に、蓬莱寺がボケをかます。<br />
「ああ、あのことね。バッチリ見たって。風でめくれたおネエちゃんのパン<span class="line"><nobr>───</nobr></span>」<br />
うわっ。すげぇアクションツッコミ。本気で机にアタマぶつけたぞ、蓬莱寺。<br />
遠野は、倒れ込んだところをグイッと持ち上げて、また首を締め上げる。<br />
「誰がおねーちゃんの話をしてるかーッ！！」<br />
　いつものことだがこの二人の漫才は、吉本興業の若手芸人並みに身体を張っている。<br />
羨ましいなあ、遠野。蓬莱寺。オレも混ぜて欲しいな～。３人でコント。うふふふ。<br />
またトリップしてたので、醍醐がなんか言うのに無意識で頷いてしまった。ん？　ああ、遠野にロケット、じゃなくて石化した腕の男の話を教えるんだな。いいんじゃないの？<br />
　交換条件で遠野が教えてくれたことによると、身体が石になっちゃった人が他に３人もいるらしい。どうしたんだろうな。<br />
ちなみに、オレの顔と口は既にじゅーぶん石化してっけどな。あははは。<br />
…頼む、自虐ボケはやめよう、オレ。ツッコむのが空しい。</p>

<p>　今日は心漫才が不調だなーと思いつつ廊下を歩いていたら、裏密が現れた。<br />
桜井が石化について尋ねたが、返事はちんぷんかんぷんだ。コイツのする話は難しくてよく分からん。<br />
しかも「邪眼、欲しくな～い～？」なんて訊いてきた。<br />
要らん。じゅーぶん邪眼だっちゅーの、オレ。<br />
きっぱり首を振ると、恨めしそうに睨まれた。<br />
ううう、コワイ。オレの目なんかより、絶対コイツの方がコワイよな？？<br />
　って、何を思ったか、オレ達について来るとか抜かしやがる！！<br />
首を横に振りかけて、またジト～っと見ている裏密の目に、金縛りになってしまった。<br />
ほ、蓬莱寺。コイツ、素質があるどころか、充分イビル・アイだよ～。<br />
思わず頷いてしまった。うわ～ん。<br />
オレを責めないでくれ、蓬莱寺。訊かれたのがお前なら、やっぱ首を縦に振ってたと思うぞ！<br />
ほらほら、今だって「嘘付いたら呪っちゃうぞ～」とか言ってるし！　断ったら呪われてたって！</p>

<p>　その後「鎧扇寺学園」とかいうのがアヤシイという話になって、オレたちはまたまた調査に出かけた。<br />
すっかり必殺仕事人みたいになってるよなあ。頻繁に変なことが起きて妙な感じだけど、まあ、東京ってこんなもんなんだろうな。大都会の歪みってヤツだ。<br />
　鎧扇寺の空手専用道場に入ると、なんか如何にも空手家って感じの人が座っていた。<br />
どわー！　立ったら醍醐よりデカいぞ、こいつ。上には上がいるんだなあ。<br />
いきなり名前を確認されてる辺り、醍醐って有名人なんだ。まあ、こんだけ強そうで強けりゃ当然か。<br />
それにしてもこの二人、並んでると怖い。それだけで圧迫される。<br />
　恐々と（いい加減イヤになってきたけど勿論顔には出てないよ）見ていたオレの視線に気付き、その大男が声をかけてきた。<br />
はァ、と頷くと、そいつは驚くようなことを言い出した。<br />
「緋勇といったか。良い瞳をしている。」<br />
<span class="dot">…………………</span>えっ！？！？<br />
　お、オヤジ、いやお兄さん、今なんて！？<br />
良い瞳？　良い目ってオレの目玉？　マジ？　「睨んでる」とか「怖い」とかしか言われないコレが、良い瞳ですって！？<br />
キミの方は目ェ悪いんちゃう、と心の中でツッコんでいると、<br />
「俺のいう事が信用できるか。」<br />
と聞いてきた。<br />
いや、キミ目ェ悪いからちょっと。<br />
首を捻ると、大男はニヤリと笑った。「拳を交える事で無実を証明する」という。<br />
おお、拳で語るのは大好きだ。言葉が要らない分、楽だしな！<br />
　待てよ、こんな頑強そうな男なら、オレの目なんか恐るるに足らんって感じなのかも。<br />
先日の昼休み、醍醐達に思いっ切り目を見られた時のことを思い出した。<br />
蓬莱寺は顔を真っ赤にするくらい怒ってたし、醍醐ですら引きつっていた。まあ、その後「オレ、目はこんなんだけどフレンドリーなのよ～」という表現として、ゴミ捨てをしたお陰か、二人とも許してくれたんだけど。<br />
それでも、やっぱりオレの目を見て平気な人なんていないんだ（いや、一人いたな…比良坂紗夜って謎の女が）、なんてちょっと落ち込んだりもしてたのだ。<br />
そんなことないかも知れない。いや、きっとそうだ。こういう本格的武道家は平気なんだ！　わ～い！<br />
思い出してみれば、鳴瀧先生だって全然平気そうだったもんな。<br />
よーし闘うぞ！　そんで今度こそ「お前、強いな」「フッ…お前もな」だぜ！</p>

<p>　嬉しいことに、オレの願いはあっさり叶えられた。<br />
紫暮は「あんたの技も凄かったぜ」と、オレの肩をバンバン叩いたのだ。<br />
へへへ、そう？　いやあ、おにーさんも強かったよ。正面からの攻撃効かないから、後ろに回って殴りまくっちゃったけど、卑怯じゃないよね？　怒ってないみたいだし、いっか。<br />
「お前、強いな」「フッ…お前もな」の野望達成だ！　ノーヒットノーラン決めた佐々岡投手も真っ青な快挙だ！<br />
　しかしすっかり気を許し、これまでの事件のことなど醍醐が話すのを聞いていたら、なんと突然紫暮が増えたので、目玉が飛び出すほど驚いた。勿論実際には目も、顔にも出てないが。<br />
それにしても…紫暮と紫暮と醍醐の三つどもえはすんごい絵面だ…。<br />
ドッペルなんだって？　よく分からないが、幽霊じゃないんならまァいいや。神出鬼没の双子の弟と思えば。<br />
　共に闘ってくれるというので、喜んで右手を差し出した。醍醐とセットにすれば、敵が闘う前に逃げていくかも知れない。<br />
そう言えば不審な男を見た部員がいる…と今頃有力情報を出す辺り、ちょっと頭も筋肉になってる気はするが。<br />
　ん？　なんか醍醐が変だな。「スキンヘッドの男」というのを気にしてるようだ。<br />
つるつる頭がどうかしたのか…<br />
はっ！<br />
…もしかして、醍醐…<br />
ハゲてんのか？</p>

<p>見かけによらず気を遣うタイプだもんな、どっか円形脱毛症になっててもおかしくないよな。<br />
　外に出て、蓬莱寺が心配して声をかけているので、オレもそっと醍醐の肩をポンポンと叩いてやった。<br />
気にするな。気にすると、ますますハゲる。<br />
醍醐は頷くと、<br />
「大丈夫だ。それより、ちょっと病院へ寄って行かないか？」<br />
と言った。昨夜のロケットパンチ達の様子が気になるらしい。<br />
それはいいけど、そんな風に他人のコト気遣うからダメなんだぜ？　もっとこう、さっきの紫暮みたく豪快で鈍感にいこうぜ！　な！<br />
って口に出さなきゃ全然伝わらないっての。えーと、何て言えばいいんだろう。<br />
　内心「えーい、何とか言え、オレ！」と焦っていたら、蓬莱寺が後ろからまた絡んできた。<br />
「…いいヤツだな、お前は。」<br />
そう言うと、前を行く醍醐に声をかける。<br />
「おい大将、コイツがこんなに心配してるってこと、忘れンなよッ。」<br />
立ち止まって、醍醐がオレを振り向いた。ちょっと顎に手をあて、オレを見ていたが、<br />
「…そうか。すまんな、緋勇。」<br />
と笑ってくれた。<br />
いや、いいんだ。てゆーか、オレにも気を遣わないでくれってば。友達なんだからさ。<br />
　…それにしても、相変わらず蓬莱寺はすごい。テレパシーでも使えるのかなあ。</p>

<p>　ちょっと感動していたオレを桜ヶ丘で待っていたのは、またもあの女だった。<br />
その姿に気付き、身構える。<br />
女は、屈託のない（フリをした）笑顔で蓬莱寺と会話を交わす。<br />
全員と挨拶をした後、「こんにちは、緋勇さん」と近寄ってきた。<br />
「<span class="dot">………</span>ああ。また…会ったな。」<br />
と言いつつ、前回試せなかった必殺技「緋勇睨み付けビーム」を繰り出してみることにした。<br />
「えへへッ。」<br />
<span class="dot">……………………</span>くっ。や、やっぱり効かない。なんでにこやかに受け流す！？<br />
底の知れない女だ。<br />
　背中に嫌な汗が流れたが、とにかくオレは比良坂がそこから去るまで、ずっと目を離さず見張り続けることにした。<br />
友達がどうのと言っているが、ここには真神の空手部の連中が入院しているのだ。<br />
この女がそれを知っていたとしたら。そしてオレたちを待ち伏せていたのだとしたら。<br />
もしかして、＜敵＞なんじゃないか？　一連の事件の鍵を握る人間なのでは？<br />
　女が去った後も、しばらく辺りの様子を窺ってみる。特に何もないことを確認してから、踵を返して病院の中へ入った。<br />
　玄関の前でオレを待っていた蓬莱寺が、少し厳しい顔でオレを見ている。<br />
うん。オレの気持ちを分かってくれるお前なら、あの女の不審な所も分かってくれてるのかも知れないな。<br />
油断すんなよ。アイツは可愛くても普通じゃないからな！</p>

<p>　次の日。<br />
またまた遠野が元気に声をかけてきた。<br />
昨日はビックリしたぜー。普通潜入捜査までやるか？　高校生だぜ？<br />
全くすごいエネルギーだよな。喋るし、動くし、漫才もこなす。ホレちゃうなあ、遠野。オレも、アン子って呼んでもいい？　なーんてね。心の中でだけだけど。<br />
　そんなアン子ちゃんでも、流石にあの桜ヶ丘の人喰い先生からは情報をゲット出来なかったらしい。<br />
ま、放課後またみんなで情報集めに歩こうぜ。</p>

<p>　だが、桜井が行方不明だということが判り、計画は変更になった。空手部には悪いが、まずは仲間を捜さないとね。<br />
　蓬莱寺と一緒に新宿駅の辺りをうろついてはみたが、桜井の姿はない。<br />
どうなってんだろう。蓬莱寺は攫われたっていうけど、誰がそんなスゴイことをやってのけたんだ。あの桜井だぜ？　そんなマネしたヤツの脳天には矢の２、３本は刺さったろうに。<br />
「俺たちの内の誰かと顔見知りの可能性が高いな。例えば醍醐のヤツとか…よ。」<br />
刺青のある男と訊いてから醍醐の様子がおかしかった、と蓬莱寺は言う。「スキンヘッド」を気にしてたんじゃないの？<br />
　京一は、ほんのちょっとだけ醍醐の昔の話を教えてくれた。<br />
醍醐も転校生だったとはちょっとビックリ。<br />
あいつも誰かに、東京を護れって言われたのかな。だとしたら、ちょっぴり親近感だぜ。<br />
「お前にだって、知られたくねェ過去があるだろう？」<br />
ん～<span class="dot">………</span>いい思い出ってのは確かにないけど、知られたくないってんじゃなく、上手く喋れないだけなんだよね。なんにしろ、話して面白い話は一つもないよ。<br />
「ま、いいさ。つまんねェこと聞いちまったな。」<br />
気にするなというように、蓬莱寺が肩を組んできた。へへっ、すっかり慣れたよな、コレ。</p>

<p>「京一？　それにセンパイじゃねェかッ」<br />
　おっ。その奇天烈なアタマは雨紋。…今、オレのことセンパイって言ってくれた？　おお～なんか嬉しい。オレ、後輩って持ったことないからすげー新鮮！<br />
えっ、何だって？　ナンパ？　渋谷なんかはやっぱ多いんだろうな。<br />
それで、桜井もそのナンパに引っかかったっていうのか？　まーさかー。ナンパなんかされたらとりあえず矢が５、６本…おっと。蓬莱寺が血相変えて、中央公園に戻ろうと駆け出した。<br />
あわわ、待ってくれ～。何がどうしたんだ～？</p>

<p>　中央公園に着いてから、杉並ってとこに醍醐を恨んでるヤツがいて、そいつが今回の事件と桜井誘拐の犯人だと、蓬莱寺に聞かされた。<br />
ふうん。そりゃ大変だ。でも何で、醍醐に直接来ないで、桜井に行くワケ？<br />
「自分のせいで小蒔が<span class="line"><nobr>───</nobr></span>なんてことになったら、あいつ、どうなっちまうかわからねェからな。」<br />
　えっ。そ、それって、もしかして、醍醐と桜井が…えーと、交際されている、というコトですかっ？<br />
そ、そうなんだ。気付かなかったな。いや、言われてみれば、醍醐は桜井に特に気を遣ってるようないないような…いややっぱそーだよ、さっきだって桜井が攫われたって分かって、異常に取り乱してたじゃないか。<br />
「たまには、俺たちが、あのでけェのを支えてやんなきゃな。」<br />
　うん。しみじみと頷く。自分のせいでカノジョが犠牲になってるなんて、ますます頭皮にダメージが入りそうだ。<br />
よし、絶対桜井を助けようぜ！<br />
　そう言おうと、心の中で台詞の練習を開始したとき。<br />
悲鳴が響き渡った。<br />
<span class="dot">………</span>この声は！？</p>

<p>　駆けつけると、やはりあの女<span class="line"><nobr>───</nobr></span>比良坂だった。<br />
見たところ、不良に絡まれているらしい。<br />
オレは立ち止まった。また身体が緊張するのが分かる。<br />
良い機会だ。この女の正体が分かるんじゃないか？　今はしおらしく不良に捕まっているが、いざとなったら…<br />
　比良坂がこちらに気付いた。<br />
「緋勇さん<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。」<br />
救けに出ようとする蓬莱寺を止めたが、丁度醍醐と美里も駆けつけてきてしまったので、不良達は比良坂に絡むのを止めてしまった。<br />
醍醐に「凶津サン」が待っていると告げて全員去っていく。<br />
ふぅ。命拾いしたな、お前ら。<br />
「あッ、ありがとう。」<br />
　比良坂がそう言って近づいてきたので、オレはかなり思い切って、<span class="dot">………</span>その肩を掴んだ。<br />
ぐっ。ややや柔らかい。み、美里と同じだ。少なくとも、何か武術を嗜んでいるような身体ではない。<br />
しかしこうしていても、オレの≪気≫は比良坂を素通りしていく。こんなのは、余程≪気≫を学ばなければ出来ない筈だ。<br />
　比良坂は、オレの行動をどう捉えたのか、にっこり微笑んで「みなさんのおかげです」なんて言っている。<br />
「神様の偶然ってあるんですね…。また、こんな風に会いたいな…。」<br />
とか言って、オレを真っ直ぐ見据えてくるし。くっ。<br />
少し肩を引き寄せてみる。こんだけ近くても、オレの目、平気か？　お前。<br />
「…そうだな。また『偶然』に…な。」<br />
更に、ちょっと凄んで言ってみた。<br />
しかし。<br />
「嬉しいです…。」<br />
…全部、暖簾に腕押し…。<br />
　オレはガックリきて、手を離した。<br />
なんなんだよ、この女～。もーマジで怖えーよー。何者なの～？<br />
　とにかく桜井を救けるため、気を取り直して杉並区とやらに向かうことにした。比良坂とはいずれ決着をつけたいけど、今は仲間が先決だ。</p>

<p>　ようやく、醍醐が「凶津」のことを教えてくれた。<br />
要するに、拳と拳で語り合おうとしたら失敗したってことらしい。<br />
それは悔しい話だなあ。男同士、拳で分かり合えないなんてツマンナイぞ。桜井を人質にとる辺り、イマイチ女々しいヤツだしな。そんなヤツのことで、お前が悩むことないぞ？　そんなの悩むから毛根も死ぬんだって。<br />
もっかいぶっ飛ばして、それでも分かんないようなら忘れろ。オレらもいるんだしさー。<br />
…と、醍醐の背中に心の中で語りかけ続けたが、蓬莱寺じゃないから通じてなかったらしい。<br />
「お前は、こんな俺を軽蔑するか？」<br />
なんて訊かれてしまった。<br />
トモダチを軽蔑するワケないやろ！　たとえハゲても足が臭くても腐っても枯れてもトモダチはトモダチなんだぞ。それとも何？　もしかして友達と思ってんのオレだけ？　うっ…<br />
「<span class="dot">……………</span>オレたちは…友…だろう？　醍醐。」<br />
　ちょっと訊くの怖かったけど、でもホラお前、オレのコト怖くないって笑ってくれたもんな。ツカイッパしたら許してくれたよな、だから友達って思っていいんだよな？<br />
「ああ…ありがとう。」<br />
ホッ。良かった～こちらこそアリガトウ。（心の中でペコリ）<br />
　蓬莱寺が、俺だって小蒔だってみんな仲間だぞ！　とフォローしてくれたので、やっと醍醐も安心したようだ。<br />
良かった、またハゲる原因が増えなくて。軽蔑はしないけど、髪はあった方がやっぱりイイもんね。</p>

<p>　天井がくずれそうな工事現場のバラックに足を踏み入れる。<br />
女の彫像がゴロゴロ並んでて、その奧から、噂の「凶津」が現れた。<br />
どっひゃー。これが、醍醐の親友ー？<br />
その顔のマークは自分で描くわけ？　鏡とか見ながら？　う、想像するとちょっと微笑ましいな。<br />
もしかして、サッカーのサポーターってヤツか！　どこのファンだ？　ちなみにベ○ルタ仙台は弱えーぜ(泣)？<br />
　あっ！！　さ、桜井だ！　全身石化しちゃったのか？<br />
あわわ、急いで桜ヶ丘に行かなきゃな！　もー凶津の能書き聞いてらんないっつーの！</p>

<p><br />
　前回と違って、相手は人間だからやりやすい。発剄も効くし、触っても気持ち悪くない。<br />
両腕に≪気≫を溜め、空を殴るような要領で、敵の間に放出する。おお、一撃で複数の敵も倒せるぜ。<br />
　ちょっとレベルアップしてるらしいことに満足しつつ辺りに注意を向けると、醍醐がもたもたとチンピラみたいなのを相手にしているところだった。<br />
「醍醐！」<br />
叫んで、チンピラの後頭部を思いっきりブン殴る。<br />
「決着をつけろ！」<br />
　普段の注意をうっかり忘れて、つい思い切り睨んでしまった。<br />
ハッとしたような顔をして、醍醐がオレを見つめる。やばっ。目線は外さないと。<br />
「…ああ。」<br />
何とか間に合ったのか、頷いた時にはもういつもの醍醐だった。<br />
よーしよし、拳で語れッ！　醍醐！</p>

<p>　はっはっはー。またも醍醐の勝ちだな。凶津とやら、修業が足りないんじゃないのか？<br />
んー？　鬼？　起動集って何かのアプリケーション？　なんだか錯乱してるのか、おマエ。<br />
　結局、イマイチ和解には至らなかったみたいだな。でも、醍醐はもう迷ってないみたいだ。<br />
そんならいいや。<br />
醍醐、蓬莱寺の言う通り、オレたちは「仲間」だからな。<br />
これからはちゃんと相談しろよ！　ト・モ・ダ・チ・にな！<br />
　オレは、増毛とカツラとはどっちが安いのかな、なんて考えながら、工事現場を後にしたのだった。</p><p class="update">06/05/1999 初出</p>]]>
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    <title>伍之壱－兆候</title>
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    <published>2009-06-29T17:03:27Z</published>
    <updated>2009-08-10T10:44:33Z</updated>

    <summary>　うららかさが、瞼に不必要な重力を与える...</summary>
    <author>
        <name>サーノ</name>
        <uri>http://ogihara.daa.jp/</uri>
    </author>
    
        <category term="表裏" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="間幕" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://ogihara.daa.jp/majin/">
        <![CDATA[<p>　うららかさが、瞼に不必要な重力を与える。食事時でなかったら眠っていたことだろう。<br />
五月、良く晴れた日の昼休み<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。<br />
屋上に吹く穏やかな風が、少し汗ばむほどの暖かい日差しを和らげる。<br />
「いー天気だなァ。んあーッ。午後中ずーっとのんびり昼寝してェー。」<br />
　金網に頭を凭れさせ、上空を見上げて悪友は続けた。<br />
「出来れば柔らかーいおネエちゃんの膝枕でよお」。<br />
冷たいコンクリートの床の上に、無造作に投げ出された脚には、菓子パンが入っていた袋がまとわりついている。<br />
「全く、お前はいつでもそれだな。」<br />
呆れたように呟いた醍醐は、京一のすぐ隣で、金網の足台に腰をかけていた。<br />
食べ終わったばかりのサンドイッチの袋をクシャッと丸め、もう一人の級友を見やる。<br />
　自分と京一の対面に端座した緋勇は、コンビニのおにぎりを手にしたまま、京一につられたのか、空を見上げていた。<br />
穏やかに吹く風が、彼の髪を軽く跳ね上げていく。<br />
（…一度、注意したいと思っていたのだが。）<br />
少し躊躇った後、醍醐は改めて彼に呼びかけた。<br />
「…なあ、緋勇。お前、その…邪魔にはならんのか？　その髪は…。」</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
　緋勇の実力を我が身を以て知ってからというもの、醍醐は、彼には一目を置くようになった。<br />
勿論、単に武道に通じているから、武術に秀でているから、というだけではない。<br />
　醍醐が初めて古武術を目にしたのは、高一の頃だった。<br />
少しずつ、自分が求めているものの形が見えてきた頃。龍山という得がたい師を得、ヤケになり自分を見失っていた状態から、ようやく抜け出そうとしていた頃のことだった。<br />
　その日も特に用ということもなく龍山邸に足を運んだのだが、醍醐が目にしたのはいつもの閑静な庵ではなく、謎の集団に襲われている龍山の姿だった。<br />
師を救おうと駆け寄った醍醐は、しかし途中で金縛りにあったように動けなくなった。<br />
突然現れた男が、これまで見たこともない技で敵を撃退してしまったのだ。<br />
男は流れるような独特のリズムを以て賊を翻弄し、吹き飛ばし、地に叩きつけた。そして数刻のうちに総てを沈黙させ、去っていったのだった<span class="line"><nobr>───</nobr></span></p>

<p>　何故襲われたのか。龍山の来客であったらしい、その不思議な技を持つ男は誰なのか。<br />
龍山は「お主が関わるべき話ではない」と何も語らなかったが、一つだけ、男の使った技が古武道と呼ばれる、特異な武術の一つであることを教えてくれた。<br />
　目が覚める思いとは、正にこれを指すのだろう。<br />
力でねじ伏せ、自らと相手とに歪みを生じさせる闘い方しか出来なかった己とは、根本的に異なる何かを、醍醐は感じ取ったのである。<br />
　自分にも、目指すことが出来るだろうか。<br />
自らの肉体の限界に挑むこと。技と技を競い合い、己の力を高めていくこと。<br />
傷つけるためではなく、救うために。何かを、得るために。</p>

<p>　改めて、目の前に居る男を注視する。<br />
　<span class="line"><nobr>───</nobr></span>似ているな。<br />
記憶は随分薄れてしまったが、印象に残る技と、隙のない立ち居振舞い。醸し出す雰囲気。それらが総て、この転校生に重なって見える。<br />
　同じ武道を嗜んだ者だからか、それ以上の関わりがあるのかを確かめるつもりは無かった。<br />
訊こうにも名を知らず、容貌も曖昧になってしまっている人物について、知己か否か確認できよう筈もない。<br />
　それに、そんなことは重要ではなかった。<br />
自分が、武道を極めたいと考えるようになったきっかけの一つ。いわば憧憬のようなものが、醍醐の心には在ったのだ。<br />
そのままそれが緋勇に向けられたのは、当然の成り行きであったのかも知れない。</p>

<p><br />
　<a href="/majin/zap/0511.php">緋勇</a>は、空いた方の手でちょっと前髪を引っ張るような仕草を見せた。表情は変わらない。<br />
どんな時でも、この男は決して感情的になることはなかった。それも醍醐を唸らせる原因の一つだ。<br />
思うに、これも古武道の教えの一つなのだろう。常に感情に流されず、冷静に行動する基本理念があるに違いない。<br />
「つまらんことを言うようだが、武道を嗜む者としては、その前髪は邪魔にしかならんと思ってな。」<br />
　風紀委員かっての、と京一が短く笑う。<br />
普段も、戦闘時も、特に不自由をしているようには見えない。むしろ、視力はかなり良いと思われた。<br />
だが激しい動きを要求される際、髪が長いために、思わぬアクシデントにつながらぬとも限らない。スポーツ選手や武道家が短髪にしたり束ねたりしているのは、それなりに理由があるのだ。<br />
　知らず説教口調になるのに気付き、慌てて咳払いをする。自分の悪い癖だ。<br />
「あー…コホン。まァ、何か理由があるのでなければ、注意するにこしたことはないと…」</p>

<p>　クッ、と左肘が引っぱられた。</p>

<p>驚いて振り向くと、京一が醍醐の腕を掴んだまま、緋勇をじっと見つめている。<br />
（黙れ。醍醐）<br />
滅多に見せない真剣な顔が、言の葉を使わずに語る。<br />
（少し…待ってろ）<br />
緋勇に視線を戻したが、特に変わった所はない。少なくとも醍醐には、そう見えた。</p>

<p>　何時の間にか彼を「龍麻」と呼び、心から慕っている様子の京一は、時々自分達には分からない、隠された緋勇の感情の動きを捉えている。<br />
　軽薄に振る舞い、武道にも事件にも関心を持っていないような態度を普段は取っているが、実は誰よりもずっと強い正義感と求道精神を持つ京一の内面に、醍醐は気付いていた。<br />
格好が悪いとでも思っているのか「それ」を人に知られたがらず、表面上はどんなに親しげでも、真に打ち解けようとしない。それが、蓬莱寺京一の本当の姿である。<br />
京一と醍醐が互いを親友と認め、心を開くまでには、数々の衝突や誤解を乗り越える苦労と時間が必要だったのだ。<br />
そんな彼が、ほんの１ヶ月ほどで緋勇にここまで懐いてしまったのは、なかなか興味深かった。</p>

<p>　気が付くと、京一はいつも緋勇を観察している。<br />
一挙手一投足を見張るようでもあり、目を奪われているようでもあった。<br />
　緋勇の所作には独特の間合いがある。体内のリズムと外界のそれを常に一定に保つためである。気を繰る類の者には重要な基本であり、これが、動く際の舞を舞うような滑らかさと、静止した時の姿勢の無駄の無さを生み出す。<br />
武道を嗜む者ならば、ここまで完璧にリズムを保っている姿に目を奪われるのも道理と思われた。京一も然り、である。<br />
何にせよあれだけ観ているのだから、普通には見分けられない緋勇の心理が理解っても、不思議ではないのかも知れない。</p>

<p>　醍醐は京一に倣って、黙ったまま緋勇を見つめてみた。<br />
そういう目で見れば、確かに彼は戸惑い、言葉を選んでいるようにも見える。<br />
緋勇は口数が極端に少ない。<br />
自分も饒舌だとは思わないが、彼と二人きりになると一方的に自分が語る形になる。聞き上手というものなのか、いつの間にか余計なことまで話してしまう。<br />
　対して緋勇は、端的に、効果的に、そして慎重に、言葉を発する。<br />
少ない分、重みのある言葉は、その独特の響きを持つ声に乗って、心の底まで染み入るのだ<span class="line"><nobr>───</nobr></span></p>

<p>「<span class="dot">……</span>怖い、らしい。」<br />
　意味が分からず、京一と顔を見合わせる。<br />
「オレの目は…他人には…」<br />
言い淀むと緋勇は、目を伏せてまた沈黙してしまった。<br />
（目が怖いから前髪で隠している、というのか？　他人を…怖がらせないように？）<br />
闘いの時に時々見え隠れする、烈しい瞳を思い出した。</p>

<p>　醍醐の腕を掴んでいた手が一瞬強く食い込み、次の瞬間離れた。<br />
京一が立ち上がり、緋勇に近づいていく。しゃがみ込み、顔を覗き込むようにして笑いかける。<br />
「ンなこたねーって。見してみな？」<br />
ほれほれ、と左手で緋勇の肩を掴み、右手を前髪に伸ばすのが見えた。<br />
醍醐にもはっきり見える程、<a href="/majin/zap/0512.php">緋勇</a>の身体がビクッと震えたが、京一は構わずその前髪を掻き上げた。</p>

<p>「<span class="dot">………………</span>。」</p>

<p>　深い、闇色の双眸。<br />
そこに感情は映されてはいない。憎しみも、怒りも存在しない。<br />
だが、人を圧倒する強い光が、確かに在った。<br />
押し潰されそうな程強大な、見えない波動を感じる。<br />
怖れを感じる者も多かろう。絶大なる力を持った王者に対する畏怖の念だ。怖れると同時に惹きつけられる。<br />
（どこまで…底の知れん男なのだ。）<br />
知らぬ内、汗ばんだ掌を握り締めていた。</p>

<p>「…あ…い、いや…たッ大したことねェッて。な、なァ、醍醐？」<br />
　何故か顔を真っ赤にした京一が、口篭もりながら振り向いた。<br />
「そッ、そうだな。」<br />
元々嘘をつける性質ではない。動揺していることを隠せたとも思えない。</p>

<p>　京一と醍醐の様子を交互に見ていた無表情な瞳が、ふと伏せられた。<br />
前髪を抑えていた京一の手をそっと外し、緋勇は立ち上がった。<br />
ポケットにしまってあったコンビニの袋を取り出すと、食べ終えた後の包み紙などを中に入れる。<br />
京一が放りっ放しにしていた菓子パンの袋を拾い上げ、醍醐の元へ近づくと、何か促すように左手を差し出した。<br />
「<span class="dot">……</span>ゴミ。」<br />
言われて、握り締めたままの包み紙を思い出し、機械的に緋勇へと渡す。<br />
踵を返して、悠然と屋上のドアへと消えて行く姿を、二人はぼんやりと眺めた。</p>

<p>「…ふ」<br />
　ふいに。<br />
笑いがこみ上げてきた。<br />
「くくッ」<br />
先程のことをまるで気にしていないのか。素知らぬ振りなのか。<br />
王者の瞳を伏せ、ゴミを回収して行ってしまった。<br />
「はははは…くくッ、はっはっはっはッ！」<br />
おかしな男だ。<br />
　耐え切れなくなり、醍醐は哄笑した。<br />
後を追うか追うまいか逡巡していた<a href="/majin/zap/0513.php">京一</a>が、ムッとした顔で何か言いかける。だが、結局何も言わずに走り去った。<br />
今ごろはまた緋勇に抱きついて、あれこれ言い訳をしているに違いない。<br />
その姿を想像して、益々可笑しくなった。<br />
（蓬莱寺京一ともあろう者が、まるで尻に敷かれた婿さんのようじゃないか。）<br />
そうさせている男の、また何と不思議な魅力だろうか。</p>

<p>　まあ、分からんでもないがな。<br />
まだ洩れてくる笑いを抑えながら、醍醐は立ちあがった。<br />
　緋勇に挑んで完敗したとき、言い知れぬ満足感に酔った。<br />
今もその時に似た、充足感が胸に広がっている。<br />
　悔しいとも思わんな。俺や京一などには及びもつかぬような器なのかも知れん。<br />
　<a href="/majin/zap/0514.php">大器</a>を前にして、俺には何が出来るだろうか。何をしたいのだろうか<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。<br />
久々に前向きに、未来を想える自分がいる。<br />
　空を見上げると、薄くたなびく雲が二筋三筋、醍醐に暖かい時間をもたらすべく、ゆっくりと流れていった<span class="line"><nobr>───</nobr></span>。</p><p class="update">05/30/1999 初出</p>]]>
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    <title>伍－夢妖</title>
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    <published>2009-06-26T09:49:41Z</published>
    <updated>2009-07-03T17:43:31Z</updated>

    <summary>　京一はその時、ひどく不機嫌だった。 今...</summary>
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        <name>サーノ</name>
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        <![CDATA[<p>　京一はその時、ひどく不機嫌だった。<br />
今し方の生物の授業で、犬神に四回も指されたのだ。<br />
（アイツのああいう陰湿なイジメが嫌いなんだっての。何かってーと目の敵みたいに突っ掛かってきやがって…）<br />
小蒔が不気味そうに語る夢の話も、京一にとってはどうでも良かった。<br />
まさか、その「夢」がこれから起きる事件と関わっていようとは、全く思ってもいなかったのだ。</p>]]>
        <![CDATA[<p>　青ざめた顔で話を聞いていた美里の身体が、ふいに揺れた。ハッと我に返り、咄嗟に手を伸ばしたが、隣に居た龍麻が素早く支えるのを見てホッとする。<br />
しかし彼女はそのままぐったりと身を預け、意識を失ってしまった。<br />
「葵ッ！」<br />
「美里ッ！？」<br />
美里を抱き上げた龍麻は少し困惑したように、その真っ青な顔を見つめている。<br />
「とにかく、早く保健室に行こーぜ。」<br />
京一が言うと、突然アン子が霊研に行くことを提案した。<br />
　いくら墨田区の怪事件とシンクロしたように倒れたからといって、飛躍し過ぎではないか。ただの貧血かも知れないんだから、まずは保健室、というのが筋だろう。<br />
そう説得したが、龍麻は<br />
「霊研へ行くぞ。」<br />
と確言し、美里を抱き上げたままスタスタと歩き出したのだった。<br />
「おいおい、俺はお前の頭を疑うぜ？」<br />
　言いつつも、少し気を引き締める。<br />
美里が尋常ではない倒れ方をした事に、何かを感じ取ったのかも知れない。<br />
　「夢」をキーワードに奇怪な死を遂げる学生たち───。<br />
それがどうしたと話半分で聞いていた京一と違い、何か考え込んでいた龍麻。勘か、それとも何らかの≪力≫を以て、これまでの＜敵＞と同じ匂いを感じ取ったのだろうか。<br />
　京一は、壊れ物を抱くようにそっと美里を運ぶ、龍麻の後ろ姿に視線を送った。<br />
（夢…、か。なんだか厄介そうだな、今回は。）</p>

<p>　龍麻の予測通り、どうやら美里はただの病気ではなかったらしい。<br />
裏密は、自分の力では美里を救えないと言って、京一が一番聞きたくない病院名を挙げた。<br />
　桜ヶ丘───<br />
遠い思い出だ。<br />
治療だといって、院長の岩山に散々な目に遭わされた。横には、大抵あいつが笑っていやがった…<br />
岩山の恐怖の記憶もさることながら、仲間達に、自分の過去を覗かれるような後ろめたさ、気恥ずかしさを感じる。<br />
（行きたくねェ…が、背に腹は変えられねェ。）<br />
渋々と案内をする。<br />
美里の身は心配であったが、どうしても積極的に行く気にはなれなかった。</p>

<p>　岩山たか子は心霊治療者だった。それもかなり高レベルの第一人者である。<br />
どういった伝手でか「師匠」はそれを知っていて、度々この病院を利用していた。異常な状態にある美里を救うために、裏密が桜ヶ丘を指定するのも当然なのだ。<br />
尤も、彼女がそれを何故知っているのかは謎であったが。<br />
　（あの化け物め、昔と変わっちゃいねェだろうな。）<br />
隣を歩く龍麻を見やる。<br />
（…ダメだ。こんな綺麗なオモチャ、岩山が見逃すワケがねェ。）<br />
嬉々として「診察」を始める化け物を想像して、つい無駄と知りつつも、龍麻を止めてみる。<br />
龍麻は少し京一を見つめると、どう捉えたものか、なだめるように両肩を叩き、二つ、しみじみと頷いた。<br />
（俺の言いてェこと、分かってくれたのか？　そうだぜ龍麻、岩山が出てきたら隠れてろよ。貞操を守るためにもな。）<br />
まだ不安はあったが、小蒔の言う通り、ここでうだうだしていても埒があかない。<br />
　意を決して、京一は玄関をくぐった。<br />
───醍醐に隠れるようにして。</p>

<p>　やっぱり変わってねェな…否、前より数段凄まじくなったようだ、と京一は思った。<br />
山が動くような地響きと共に、怪物が登場する。<br />
小蒔もアン子も仰天していた。醍醐ですら、あっけに取られている。<br />
勿論龍麻だけは相変わらず、何の表情も示してはいない。<br />
名を問われてもいつもの響きで答え、高山の舐め回すような視線も下卑た笑い声も跳ね返すように、姿勢正しく立っている。<br />
余計な心配だったようだ。この男に限って、どんな怪物が出ようが取り乱したりはしないのだ。<br />
　ホッとした隙を狙ったかのように、岩山の矛先が京一に向いた。<br />
「おや。そこにいるのは京一じゃないかい？　隠れていないで、その愛らしい顔をみせておくれよ。」<br />
　思わず咽せてしまう京一だった。</p>

<p>　岩山に美里を任せて診察室を出た。<br />
性格はともかく、腕が確かなのは良く知っている。後は美里が回復するのを待てばいい筈だ。<br />
　暇を持て余してか、醍醐が余計な事を尋ねてきた。「師匠」の事を岩山と話していたのを聞き逃さなかったらしい。アン子も目を輝かせて飛びついてくる。<br />
（…ちっ。だからイヤなんだよ、こういう場所に来ちまうのは。）</p>

<p>　山に籠もり、己の限界まで身体を鍛え上げる日々。<br />
修業なんかつまらねェと、しょっ中逃げ出しては仕置きを食らった。<br />
　本当は…辛かったのは、修業そのものでは無かった。<br />
毎日突きつけられる真実。己の───限界。<br />
自分の持つもの。持たざるもの。<br />
焦り、不安。悔泣。<br />
　俺はガキだった。多分、今も成長なんかしていねェ。</p>

<p>　ふと、龍麻が自分を見つめているのに気付いた。<br />
前髪の奥、強い光を放つ深い闇の、更に深み。<br />
思い過ごしかも知れないが、ほんの僅か、陽炎のように揺らめくものが見える時がある。あれが、押し殺されている龍麻の「心」だろうか。<br />
　こいつになら…いつか。話してみたい。<br />
　俺が本当にバカで、未熟で、逃げ続けた話を。<br />
　お前なら、俺を責めず、励まさず、だが…静かに受け止めてくれるだろう。<br />
そんな風に思ってしまう自分が不思議だった。<br />
ずっと昔から互いに支え合い、競い合って来たようにさえ感じるのは何故なのか。<br />
　何の躊躇もなく信頼してしまっている自分を苦々しく思う事もあるが、それ以上に龍麻の方も心を開いて欲しい、信じて欲しいと願っている。<br />
それは、ちっぽけなプライドで抑え切れるほど弱い想いではなかった。</p>

<p><br />
　美里が目を覚まさない理由を知らされた京一達は、岩山の示した墨田区へと向かう事となった。そこに、美里の意識を捕らえている何者かが居るらしい。<br />
高見沢を案内役に、アン子を留守に残し、病院の外に出る。<br />
だがそこで、龍麻が突然立ち止まってしまった。<br />
微かに息を呑む気配を感じ、内心動揺しつつ視線の先を追う。<br />
───そこには、一人の少女が佇んでいた。<br />
「あ…あの…緋勇さん。また…お会いしましたね。」<br />
　話からすると、彼女は龍麻と一度会っているらしい。<br />
龍麻の方に視線を戻すと、驚いた事に、彼女をじっと見つめている。<br />
（いつも誰とも目を合わせようとしない、こいつが…？）<br />
彼女の方も、その視線に頬を染めている。<br />
「私…比良坂紗夜っていいます。」<br />
　…比良坂…。<br />
龍麻の呟くのが聞こえた。<br />
（おいおい、マジかよ。）<br />
　彼女が去っていった後、わざと「カワイイよなー」などと言って様子を窺う。<br />
表情からだけでは相変わらず、何を考えているか分からない。だが、龍麻は一瞬チラリと京一を振り向いた後、慌てたように目を伏せたのだ。<br />
龍麻がここまで態度に顕すほど関心を持つとは…<br />
　彼女と何かあったのか。≪力≫のことと関係があるのか。以前龍麻が巻き込まれた悲劇と関わりがあるのか。<br />
そんな風に考えてから、思わず苦笑する。<br />
（何でムズカシー方向に考えちまってんだ、俺は。単なる色恋沙汰って奴じゃねェのか。）<br />
この龍麻が…と思うと、信じ難い気はするのだが。<br />
　ふいに、脳裏に美里の哀しげな顔が浮かんだ。<br />
何故か胸が痛む。<br />
（ま、まァ、コイツに惚れてるらしい美里は可哀想だが、仕方ねェじゃねーか…）<br />
自分達には決して向けられなかった瞳が、知らない娘を真っ直ぐ見つめていたとしても。<br />
　…なんでムカツかなきゃならねェんだよ。俺が。<br />
　「学園の聖女」とまで言われている美里を振るなんて勿体ねェからだ。<br />
　大体、今その美里が大変な目に遭ってるってのに、どっかの小娘に気を取られてるなんて、龍麻らしくねェじゃねえか。だから腹が立つんだよ！<br />
無理矢理そう結論付けて、京一は自分の意識を、正体も分からない＜敵＞に向ける事にした。</p>

<p>　白髭公園に着いて早々、醍醐が高見沢の話に怯えて走り出した。実は幽霊の類が大の苦手なのだ。<br />
（ったく、デカい図体して情けねェ。）<br />
笑いながら後を追い、からかい半分、慰め半分に声をかけてなだめた。<br />
　お前、そんなんじゃ小蒔にフラレちまうぜ。<br />
そう言ってやろうかと思ったところに、小蒔と高見沢が追いついたので、言葉を飲み込む。<br />
　最後に龍麻が、暗闇の向こうから悠々と歩いてやって来るのが見えた。<br />
まるで保護者のようだ、と苦笑する。醍醐と違って幽霊など信じていないのか、若しくは存在を恐れていないのだろう。<br />
帰すか否かで一揉めした高見沢についても、結局龍麻の「鶴の一声」で同行させる事に決まった。<br />
　滅多な事では口を開かないこの男に、ごく自然に決定権が与えられている。<br />
案内役らしい茶髪の女の誘いに頷く龍麻と、それに従う仲間達を眺めながら、京一は皆が龍麻に対し、自分と同様な信頼感を抱いているのを察した。<br />
その女、藤崎亜里砂の不敵な様子からして、罠が仕掛けられている可能性は高かった。それを敢えて飛び込むと龍麻がそう決断したのなら、それが正しいのだ。<br />
互いに頷き合うと、京一達は促されるままに古びた団地の中へと進んだ。</p>

<p>　そして、戦闘が始まった。<br />
案の定用意されていた罠に嵌り、全員眠らされて、嵯峨野率いる夢の世界へと誘われたのだ。<br />
いつも通り龍麻は全員に指示を与え、自分に向かってくる敵を吹き飛ばしながら走る。<br />
夢の中だからなのか、幻影のように揺らぐ鬼火や死神の姿をした不気味な化け物には、どんなに狙い澄ましても大してダメージを与える事が出来ない。<br />
「直接≪気≫を叩き込め。体内で共振させろ！」<br />
頭で理解する事が出来ない龍麻の命令。<br />
だが、その言葉の持つイメージで技を振るえば、新たな≪力≫を発揮出来る。京一だけでなく、醍醐や小蒔もすぐコツを掴んだようだ。<br />
どういった理屈があるのかは解らないが、龍麻がそれだけ闘う術に長けている、という事だろう。<br />
　眼前を阻んでいた最後の鬼火が散った。<br />
雑魚を操っていた嵯峨野が、数歩後ずさる。<br />
「美里を、返してもらう。」<br />
───先刻、龍麻が嵯峨野に言い放った台詞。<br />
唐栖との闘いの時のような、目に見える程の怒気は感じないが、明らかに龍麻は怒っていた。<br />
　何の罪もない美里を拉致した事を、か。<br />
　「仲間」だから？　それとも…<br />
情け容赦無い一撃が、嵯峨野に叩き込まれる。<br />
「そ、そんな…僕は、この世界の、し、支配者なのに…」<br />
嵯峨野は呻きながら、尻餅をついたような姿勢で更に後ずさる。</p>

<p>「お前の望みなんじゃないか？」</p>

<p>弾かれたように、嵯峨野が顔をあげた。<br />
京一も龍麻を見つめる。自分の位置からでは龍麻の顔は見えないが、見えたところで何の表情も出てはいまい。<br />
　だが…<br />
この世界を造り上げ、この世界で思い通りに振舞ってきた嵯峨野。<br />
それが今、為す術もなく龍麻に倒されようとしている。<br />
　自分で望んだ結末だから、ではないのか。<br />
終焉を。何も解決出来ない「夢の世界」の崩壊を。<br />
復讐を続けながら、解放を望んだ魂の声を、龍麻は捉えていたのだ。<br />
　とどめの攻撃が繰り出される瞬間、嵯峨野の口元に浮かんだ笑みを、京一は見逃さなかった。</p>

<p>　夢の中から生還した後、高見沢の≪力≫によって藤咲も心を開いた。<br />
自分自身に嵯峨野は負けたのだ、と醍醐が苦々しげに呟く。<br />
　そうかもな。<br />
　しかし、希望はあるんじゃねェか？<br />
　自ら望んで終わらせた事実を、あいつが理解しているのなら───。<br />
いつか、目を覚まして。今度こそ「生きる」事を始める。そんな希望が残されたのではないか。<br />
　恐らく同じような気持ちを抱いたのだろう、「仲間になる」と付いてきた藤咲が、龍麻に懐いている。<br />
皆が救われていくのだ。龍麻の≪力≫で。<br />
　敵すらも傅かせる深い心───<br />
絡みつくように縋る藤崎にも、それを真似てじゃれつく高見沢にも関心を示す事無く、悠然と歩き続ける姿に失笑しつつも、京一は確信めいた想いに満たされていた。<br />
　自分の剣は、この男のために存在するのだ、と。</p><p class="update">05/30/1999 初出</p>]]>
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