文化祭ぱにっく

ベミ

俺がこの真神学園にやってきてはや八ヶ月。紅葉した木の葉が一枚また一枚と舞い落ちる秋。
どことなく郷愁を誘うこんな季節も、今の俺にはそんな感傷に浸る間などない。
それというのも、文化祭の準備にてんてこ舞いだからだ。
それにしても、この学校は妙に変わっている。普通は体育祭があればその年内に文化祭はないのに、ここ真神学園では10月11月と立て続けに二大イベントが催されるのだ。でもちょっと得した気分だけど。
え?そんなことより俺たちは何をやるかって?よくぞ聞いてくれましたッ!!その名も「ホラーハウス」ってゆういわゆるお化け屋敷をやるんだ。
え?定番どうりでつまらんって?何を言うかッ!!お化け屋敷のない文化祭なんてクリープのないコーヒーもしくはメンマのないラーメンと同じだ!やっぱり文化祭にはなくてはならないアトラクションの一つだぜ〜♪。ま、約一名には無くてもいいアトラクションだろうけど。
で、俺はいまその”約一名”の醍醐と一緒に大道具の組み立てに躍起になっているというわけだ。
京一はというと、どこから借りてきたのか白シャツに赤い蝶ネクタイを締め、黒いマントを着けて吸血鬼に扮しさっきから傍を通る女生徒に見せびらかしている。これが結構似合ってたりして…。もともと京一って黙って立ってれば二枚目だしな。
美里は生徒会の仕事の傍らこちらの方にも顔を出してみんなの手伝いをしているし、桜井はそんな俺たちの為にジュースを買って来てくれて今みんなに配って歩いている最中だ。
「はい緋勇クン。確か緑茶だったよね?」
醍醐と一緒に暗幕を張り終えたところに、桜井が俺と醍醐の分の飲み物を持って寄って来た。
ありがと〜桜井。友達っていいな。じーん。
俺は感謝を込めてペコリと一つお辞儀をすると、差し出された緑茶を手に取り一服しようとした。だがそこへ何処かで聞いたようなけたたましい叫び声が廊下側から上がり、俺は下ろしかけた腰を伸ばして後ろを振り返った。
「たいへんよ、たいへんよッ!!」
そう言って3−Cに血相を変えて駆け込んで来たのは、いつもお騒がせな新聞部部長(兼部員)の遠野だった。
「ようッ、アン子!へへ…どうだこの格好スゲー似合うだろ?」
京一が嬉しそうにマントを広げて見せる。
しかし遠野はそんな京一などには目もくれず、
「誰かひとり人員貸してくれないかしら?」
開口一番慌てた口調で美里に詰め寄った。どうやら相当な緊急事態が勃発したらしい。
「ど、どうしたのアン子ちゃん」
「どうもこうもないわよッ!この土壇場になってうちの主役が出演できなくなっちゃったのよ。昨日食べたものがいけなかったのか、腹痛で学校これないってさっき連絡があって…」
「主役って…劇の?」
どうやら遠野のクラスは演劇をやるみたいだ。演目は聞いてないので知らないけど、どんな劇にしろ主役がいなくちゃ話しにならないよな。
「自分のクラスに人員はいねェのかよ?」
京一が無視されたことにむっとしたように尋ねる。
「いたらこんなとこまで頼みに来るわけないでしょッ」
うん、正論だな。
「でも…困ったわね。こちらも空いている人がいないのよ」
「そんな〜」
「演目はなんなの、アン子?」
 片手にティハの缶を握った桜井が遠野に尋ねた。
「竹取物語…」
「竹取ってことは、かぐや姫がいないワケ?」
こっくりと遠野が頷く。いつもは人の倍以上元気な遠野も、さすがに今日ばかりは意気消沈といった感じだ。
手伝えることなら友達だからナンでも手伝いたいんだけど流石にかぐや姫はな〜。
「ホントに誰も余ってないの?」
「ええ、女の子はみんな出払ってるの」
 そうなのだ。もう一つ飲食店もやることになったので、このクラスの女子の殆どはそちらに流れてしまっている。
美里が困ったように頬に手を当てて考え込んだ。
「別に女じゃなくてもイイワ」
 だがそんな美里を前に、突然何を思ったのか遠野が突飛もないことを口走った。
「え?」
「この際文句は言えないでしょ!お願いピンチなの助けて!!ラーメン奢るから〜」
最後はいつもの泣き落としにかかる。
だけど仮にもかぐや姫を野郎がやったとして、俺は気持ち悪いだけだと思うンだけど…。それとも何か?ギャグにするつもりなのか?ふむ、それはそれで面白そうだな。
俺がそんなことを考えていると、桜井が不吉な言葉をポロリと吐いた。
「うちで空いてるのは醍醐クンと緋勇クンぐらいだよ、アン子」
その言葉に、今まで泣き真似をしていた遠野がガバリと顔を上げて俺の顔をジッと見詰めた。
俺はその視線に何やら不吉なものを感じとる。
え、俺?だ、ダメダメダメダメ!!感情表現すらまともに出来ない人間に劇なんか出来るわけないって!絶対無理ッ!!それにさっ、ほら「ホラーハウス」手伝わなくちゃいけないし!
しかし俺の心の叫びは遠野には聴こえるはずもなく、
「緋勇くんッ!一生のお願い友達でしょ、助けてッ!!」
ガシっと俺の手を握り締めた。
うっ!
「友達」という言葉にめっぽう弱い俺は、助けを求めるように醍醐に視線を送った。しかし、醍醐は自分の恐怖心と闘っている最中らしく、俺の視線に気付かない。その間にも、俺の手を取った遠野は俺の返事を待たずにずるずると引っ張ってゆく。俺は最後の頼みの綱である京一を振り返ったが、「頑張れひーちゃん!骨はひろってやるぜッ!!」とニヤニヤ笑いながら手を振られただけだった。
おのれ京一、あとで覚えてろよーッッッ!!!
こうして俺は心の中の絶叫も空しく、ドナドナよろしく遠野に連れられて3−Cの教室を後にしたのだった。

訪れた3−Bの教室はてんやわんやの大騒ぎだった。
まあ主役がいないと演劇をすることもできないワケで…。今までの苦労が全て水の泡になってしまうかもしれない状況じゃそりゃ大騒ぎにもなるか。
「みんなーッ!代役連れてきたわよッ!!」
そんな中、元気を取り戻した遠野はそういうと拉致してきた俺をみんなの前に引き立てた。
ううう、視線が痛い。
今の俺は市中引き回しの罪人の心境だ。
そんな俺の姿を、みな一様に呆気に取られたような表情を浮かべて見ている。そりゃそうだろう。たいてい女役は女がするもんだと相場が決まっているんだから、彼らとしても適当な女子をどこかで見繕ってきたのかと大いに期待したのだろう。ところが連れてこられたのが男子じゃ呆気にも捕われるというものだ。
「ちょっと、何ボサッとしてんのよッ!時間が無いんだから早く用意してッ!!」
遠野のその号令に、今まで金縛りにあっていた連中がワラワラと動き出す。
「あの…緋勇くん…だっけ?ごめんなさい。ちょっと採寸するから腕上げてくれる?」
おどおどと申しわけなさそうにショートカットの似合う女生徒がメジャーを片手に寄って来た。
ここまで来てしまってはもうどうしようもない。俺は『まな板の上の鯉』となって言われるまま両手を腋から離す。すると女生徒はテキパキと手際よく採寸し、メモにそれをさらりと記すとペコリと頭を下げて俺の前から姿を消した。
それと入れ替わるようにして、今度はメイク担当者が俺の前に現れると俺にしゃがむように指示を出し、これまたテキパキと人の顔に化粧を塗りたくった。
鏡がないのでどんな顔に仕上がったのか定かではないが、男の化粧姿なんてどうせエグイに決まってる。俺は隣から誰かが見に来ませんようにと心の中で神様に祈った。
俺が神様に祈りを捧げていると、今度は先ほどの採寸した彼女(名前を榎本さんというらしい)が衣装を携えて戻ってきた。それは藍色を基調とした十二単で見るからに重そうだ。俺はこんなものを着なくてはいけないのかと天を仰ぎたい心境だったが、彼女たちを責めるわけにもいかず仕方なく榎本さんが着付け終えるまで大人しく立っていた。
「あと仕上げは鬘ね。これかぶって」
俺は遠野から手渡されたぞろりと長い黒髪の鬘を素直に被ると、後ろ向きにひっくり返りそうになるのをなんとか堪えて遠野の方に向き直った。
途端に、周囲からどよめきがおこる。
ほらみろ。だから男が化粧したって気持ち悪いだけだって。
遠野も呆然とそんな俺を見上げている。
「あ、鏡見てみる?」
 ハッとしたように我に返った遠野が尋ねた。そして俺の返事を待たずに等身大サイズの鏡が俺の前に現れる。
絶句…。
そこに写し出された姿はもはや俺ではなかった。自分でも信じられないが、どこからどうみても女だ。自分が格別女顔をしているとは思えないのだが、今まで確かにこの場所に居た(今もいるけど)緋勇龍麻の姿はどこをどう見ても消え失せていた。化粧や着ている物でこんなにも変わってしまうなんて驚きだ。
俺はしばらく放心状態でボーッと鏡を見ていたのだが、突然ガラリッと3−Bの教室の扉が開いて意識を戻した。
「ようッ!ひーちゃん生きてるか?」
「………」
「………」
 俺と京一の間に沈黙が続く。
京一は入って来て早々、俺の変わり果てた姿を目の当たりにして笑顔のまま凍りついてしまったようだ。
「ちょっとッ!部外者は出てってくれる?これから打ち合わせしなくちゃいけないんだからッ!!」
遠野は京一が固まったのをいいことに、そのまま京一の身体を教室の外に押し出すと「関係者以外立入禁止」という張り紙を扉に貼り付けてピシャっと扉を閉じた。
「いい、緋勇くん。台詞は一言も喋らなくていいわ。もともと台詞は全部録音したものを使う事になってるから」
京一を追い出した遠野はくるりと俺に振りかえると今後の打ち合わせを話し出した。
「ただ身振りで演技はしてもらわないといけないから、それは今から死ぬ気で覚えてね。わかった?」
にっこり微笑む遠野が今日ほど悪魔に見える日も無い。
俺に残された選択肢はもはや頷く事しかなかった。

午後になり、俺たちは荷物を担いで体育館に移動した。
せめてでも観客が少なければ幸いなのだが…なんて考えていると、開演1時間前にはがら空きだった体育館が見る間に人で埋め尽されてゆく。
「ふふふ。宣伝効果ばっちしね!」
せ、宣伝?
俺はジッと隣でほくそ笑む遠野を見下ろした。
その視線を感知した遠野がわざとらしく咳払いをひとつする。
「いや〜ね。変な事は言ってないわよ?ただ急遽3−Cの緋勇くんが出演するってことをそれとなく漏らしただけで、『かぐや姫』をやるのが緋勇くんだなんてことは一言もいってないんだから〜」
 俺はなんとなく疑わしいその遠野の態度になにやら嫌な予感を感じた。
「遠野。これ入り口にも張るのか?」
とそこへグッドタイミングというかバッドタイミングというか、遠野のクラスの堀田とかいうやつがポスターのようなものを持って現れた。
「あっ、ば、馬鹿!」
そう叫んで遠野が慌てたように堀田から引っ手繰ろうとしたそのポスターを横合いから奪い取る。
そして俺はそのまま凍結した。
そこにはいつの間に撮影されたものなのか、衣装を身に着けた俺の姿がデカデカと載っていて、「見なきゃ一生の損!」なんていう赤い見出しが付いている。
と、遠野〜〜〜ッ!!
俺が震える両手でポスターを握り締めた時、
「3−Bの方そろそろ準備して下さい」
という進行係の声が掛かった。
「あ、ほらほら準備してってさ。ほら、行って行って!」
遠野は天の助けとばかりに俺からポスターをもぎ取ると、舞台袖に俺を押しやった。
俺が押しやられた先には、既に衣装係の榎本さんとメイク係の宮部さんがスタンバっていてテキパキと準備に取りかかる。
そしてあれよあれよと思う間に、俺は再び『かぐや姫』になっていた。

「それではこれより3−B主催による演劇『竹取物語』を開演いたします」
体育館に開演のアナウンスが流れ、するすると幕が上がり芝居が始まった。
だいたい劇自体は一時間もないくらいの短い作りになっている。だから、あっという間に俺の出番も回ってきた。
俺は覚悟を決めてゆっくり舞台中央に進むと、リハーサル通り手にした扇を下ろして正面を向いた。
遠野の宣伝が効いたのか、目にした館内は座る間もない程の満員御礼だった。
それだけでも心臓が爆発しそうだったのに、俺はそこに見知った姿を発見して目を疑った。
なんでここにあいつらがいるんだ〜〜〜ッ!!
なんとそこには雨紋をはじめとする”仲間”たちがちゃっかり最前列を陣取って座っていたのだ。
「いや〜、なんか面白い催しがあるって小蒔さんに聞いて半信半疑で来たんだけど。まさか龍麻さんの艶姿が見られるとは思ってなかったぜ。最後はナンか訳分かンなくなっちまったけど、自分とこの文化祭より断然面白かったぜ」 
「僕は一大事が起ったから真神の体育館へ至急来るようにと桜井さんから連絡が入ったから来たんだ。だが来てみて良かったよ。結局君の助けにもなれたし、それなりに楽しませてももらったしね。フッ」
「私は是非にと小蒔様に言われて…」
「オレは雛が行くなら何処へでも行くからな」
「でも緋勇様のお着物姿は本当にお美しゅうございました。最後はまさかあんな事が起こるとは予想もしておりませんでしたが…」
「I think so ! 龍麻オニイチャントッテモ綺麗ダッタ!最後はマリィもちょっと驚いたケド…。」
「OH ! 流石はボクの龍麻ネ。闘う姿もベリィビューティフル!」
「舞子すっごく怖かった〜。でもダーリンが一緒だから大丈夫って思ってたの〜。それより〜、ダーリンとっても綺麗だったよ〜。今度ォ舞子の制服も貸してあげる〜ウフv」
「あら、それならあたしの服の方がセクシーよ?そんなことより、さすがあたしの緋勇ねますます惚れ直しちゃったわ」
「あ、う、いや、その…無事でよかったな…」
などなど、後日になって彼らから聞いた話だ。どうやら情報を流した犯人は桜井らしかった。
桜井…お前もか…。
それを聞いた俺は脱力した。まあ、結局はそのお蔭で助かったんだが…。

それはさておき、舞台はいよいよ佳境に差し掛かり、かぐや姫が月に帰るところまで進んだ。
だが後少しでこの苦行から開放されるという寸前、ちょうど俺が月からの使者に手を引かれて退場しかかった時にそれは起った。
突然照明が暗くなると、なにやら不穏な”気”が辺りを包んだのだ。
俺はてっきり鬼道衆の残党が奇襲を掛けて来たのかと思い身構えたのだが、現れたのはなんと裏密だった。
「んふふふふ〜。ミサちゃんも仲間に入れて〜」
う、裏密。何しに来たんだ〜!!
確か今日は『ミサちゃんの部屋』とかいう怪しげな催し物の為に、裏密をはじめ3−Bの女子の殆どはそちらに行っているということだったのだ。
俺の脳裏に、過去何度か繰り返された裏密の自称「実験」が巻き起こした数々の騒動が走馬灯のように駆け抜ける。
そして案の定、裏密が例の文句を口ずさみ出した。
「エロイムエッサイム…。深き闇の底の底、深淵に住まいし亡者どもよ。我が呼びかけに応えて現れ出でよ〜」
その不吉な呪文が終わるやいなや、体育館全体に下から突き上げられるような振動が伝わり窓という窓のガラスが砕け散った。驚いた生徒たちは我先にと逃げ惑い、体育館内は大混乱の渦に捲き込まれた。
裏密〜ッ。今度は何を呼び出したんだ〜。
心の中の叫びとは裏腹に、俺は揺れ続ける舞台の上で邪魔な鬘を取り、上に羽織った唐衣も脱ぎ捨てて完全な戦闘態勢に入る。その目の端に、ちらりと遠野の姿を見つける。遠野は飛び散るガラスにも怯むことなく、この騒ぎの写真を取り捲っている。どんな時にもルポライター魂を忘れないその根性に俺は敬服した。
とその時、ちょうど俺の立っていた場所が予告も無くぱっくりと裂けた。
余所に気を取られていた俺は反応が一歩遅れてしまい、そのままその裂け目に躰を泳がせた。
万事休す!ああ、故郷にいるお父さんお母さん、先立つ我が子をお許し下さい。そして皆、俺がいなくなっても俺のこと忘れないでね〜。
しかし、いつまで経ってもそれ以上落ちる気配がない。
あれ?
不思議に思って上を見上げると、なんと京一が俺の手を掴んでいた。
「ひ、ひーちゃん。頑張れッ!いま助けるから手を離すなよッ!!」
京一、なんでここにいるの?いやそんなことより、助かったぞ〜!さすが親友!よっ色男!!
俺はこくこくと頷くと両手で京一の手を掴んだ。
だがその時、京一の背後に怪しい影が蠢くのを目にする。
き、き、京一!う、う、う、うしうしうし…後ろーッ!!!
その俺の僅かな表情の変化を見て取った京一が後ろを振り返る。だが片手が塞がっている状況では剣を構えることも出来ない。
「クソッ!」
京一が俺の手を握り締めてうめくように呟いた。
きょ、京一!お前だけでも逃げろっ!!もしかしたらさ、下落ちても大丈夫かもしれないし…。(大丈夫じゃないかも)
俺は底の見えない暗い穴をジッと見詰めた。
その様子に気が付いた京一が
「何考えてやがるッ!死ぬ事なんか考えていたら承知しねェぞ!!俺は絶対この手を離さねェし、死ぬのもごめんだ!!」
京一…ごめん。そうだよな、ここで諦めちゃ駄目なんだ!
俺は京一の言葉に応える代わりに、その手をもう一度強く握り返した。
額に汗を浮かべた京一がニヤリと笑う。
「吹けよ風!!」
「呼べよ嵐!!」
「来たれ雷!!青白き閃光となって、駆け巡れ!」
「演舞、春雷の舞!!」
とその時、突然京一の背後で激しい雷光が迸った。そして、京一に襲いかかろうとした何体かの化け物を一瞬にして消し飛ばした。
「大丈夫か!?」
見ると雨紋と雪乃、そして少し遅れて雛乃が武器を手に駆け寄って来た。その後ろには如月や紫暮もいる。そして如月や雨紋、織部姉妹が敵を牽制している内に、京一と紫暮の片割れが俺を裂け目から引っ張り上げてくれた。
ふいー、助かった。
俺は流れ落ちる汗を手の甲で拭うと四方に目を走らせ、視界全体に広がるこの世のものとは思えないような風景に眩暈を感じてしまった。ここがもと体育館だったとは信じられないくらいその場は原型を留めていなかった。其処ここで岩盤が突き上げられ山を造っていたり、所々赤く燃え立つ溶岩が覗いたりしている。まさに其処は旧校舎を彷彿とさせる場になっていた。
と、兎に角この化け物どもをなんとかしないと。
今や体育館中に群れ集ったゾンビを見遣って頭の中で対策を練っていると、醍醐や桜井、それに美里が騒ぎを聞きつけて体育館に駆けつけてくれた。
入ってきて早々、醍醐は元々青かった顔を蒼白にして絶句している。無理もない。
「これ、どーしたの?!」
桜井がびっくりした表情でこちらに駆け寄ってきた。
どうしたもこうしたも…。俺は元凶を作った裏密に視線を送った。
「またミサちゃんなの?しょーがないなぁ」
桜井は諦めたような吐息をつくと、おもむろに弓に矢を番えてこちらに近寄って来ようとした一体に放つ。
矢は見事に命中し、ゾンビは激しい炎に捲かれて燃え尽きた。
さ、桜井。おまえなんかこの頃戦い慣れてきてないか?
「オイッ、裏密!!なんとかしろ、コレ!!」
京一があちこちにいるゾンビを一体一体”気”で吹き飛ばしながら怒鳴る。
「え〜、ミサちゃん出す事出来ても消せないも〜ん」
消せないものを出すなッ!!
俺は心の中でツッコミを入れながら近寄ってきたゾンビの一体を蹴り飛ばす。ぐにゃりと嫌な感触が足に伝わり、辺りに緑色の不気味な体液が飛び散る。
うえ〜っ。俺こいつら嫌いなんだよね〜。感触が気色悪いし臭いし。くっそー、こうなったら一気に片付けてやる!!
俺は周囲に目を走らせて皆の位置を確認すると、方陣技を掛けられるように配置を指示した。
方陣技っていうのは、数ある敵を一掃するのにもってこいのお役立ちな技なのだ。でも一戦闘に一回しか使えないのが玉に瑕なんだけどね〜。
え〜と、まずアラン、醍醐、マリィ、如月で”四神方陣”。連続してマリィとアランで”アッシュストーム”を掛けて、美里と桜井とアランで”桃源極楽陣”、雪乃と雛乃で”草薙龍殺陣”だろ。醍醐と紫暮で”不動禁仁宮陣”これって笑えるんだよな〜掛け声が。お、雨紋とアランも使えるな。あれ、京一と美里と桜井でも”極楽陣”使えるな。よし使おう。あとアランと桜井だろ〜、マリィと美里だろ〜、小蒔と美里だろ〜、お、そうそう裏密と京一と醍醐の方陣技、これは外せないだろ。などなど、俺は今までのデータ(どこに仕舞ってあったかは内緒)をチェックして皆の配置が完了すると、アランに『弁財天の神水』や『Sドリンク』なんかを渡す。何せ殆どの方陣技はこいつ抜きには始まらないからな。
っしゃー、行けぇーーー!!!
俺のゴーサインで皆が一斉に動き出した。そして、ものの10分も経たない内に俺たちの周りに群がっていたゾンビどもは一掃されてしまった。
「もう終わっちゃったの〜。ミサちゃんつまんな〜い」
う、裏密…あのな…。
「次は〜も〜っと大物に挑戦するね〜。うふふふふふ」
裏密はそれだけ言うと来た時同様、唐突にその姿を消した。
結局何がしたかったのかよく分からない。ま、裏密のすることに関して深く考えても無駄だということは、今まで嫌って程経験させられて身に沁みてるけど。取り敢えず仲間も俺も無事だった事だし良しとしよう。
俺はそう勝手に結論することにした。
こうして、俺の高校生活最後の文化祭は大騒動の内にその幕を閉じた。
幸いにも、この一連の騒動で死人が出る事はなかった。それというのも、二人の教師が生徒を避難させるのに尽力したかららしい。もっとも、戦いに夢中だった俺たちは全然気が付かなかったのだけど…。

「どうやら…」
「片付いたみたいネ」
生徒を全て無事に逃がし終えた犬神とマリアが中の様子を伺って呟いた。
(それにしても…)
(これって私たちの給料から引かれるのかしら?)
犬神とマリアは全壊した体育館の姿を見遣り、御互いに顔を見合わせそっと吐息を吐いた。