遠い声

えびちよ

 ベランダに続く窓を大きく開くと、夏の終わりの緩い風が流れ込んでくる。
 折角の冷えた空気が少しずつ生暖かくなっていくのが判るが、クーラーを好まないこの部屋の主を思って京一は何も言わなかった。
「星なんか、見えねぇだろ?」
 どんな時も崩れない、見慣れた後ろ姿に声をかける。
「・・・あぁ」
 少し間を空けて心地よいバリトンの応えが返るが、そのまま、振り向くこともなく暗い空を見ている。
 仙台は星が綺麗に見えるっていうからな、やっぱり懐かしいんだろうな。
 その端然とした背を見つめたまま、京一は龍麻の心中を思いやった。
 でも、親には会えねぇ・・・か。
 口には出さないが、龍麻と両親の間には何やら確執があるらしい。
 いつか、話してくれるよな、ひーちゃん・・・。
 その固い扉の向こうに隠された本当の思い、哀しみを。
 それまではただ黙ってこうして側にいよう。
 お前は、俺にとって代え難い、無二の存在だから。
 いつか、お前にもそう思ってもらえればいいな。
 京一は少し微笑んで、3本目の缶ビールを一気に飲み干した。


 空には一つの星も無く、ただ紙切れのような細い月が浮かぶ。
 その下には色鮮やかな新宿の夜景がきらきらと煌く。まるで夜の海の天地をひっくり返したような逆転した光景。
 夜よりもなお黒い、そのくせ尋常ならざる光を放つ双眸がひたと濁った空を見つめていた。その白い端整な横顔には何の表情も浮かんではいない・・・。
 が。
 うーーーー、やっぱり呑み過ぎたよぅ・・・・。
 京一のペースに合わせるといつもこうなるんだよな。もうちっと学習しろや、オレ。ってーか、もうちょっとアルコールに強くなっても良さそうなもんだけど・・・やっぱオレってお子様?ううう・・・情けない、京一はオトナなのに・・・。
 そーいやオトナな京一に聞いてみたいことがいっぱいあるんだけどなぁ。その・・・まぁ色々と。だってオレには京一みたいな師匠いなかったんだもん。思い切って、今度頼んでみようかなぁ。し、親友だもんなっ。(聞くだけですまんかもしれんので止めとけ←天の声)


 缶ビールの所為かいつもより饒舌な龍麻の心の声は今夜も京一には届いていない。いつか、届く日があるのだろうか・・・。