鮎川いきる
鬼畜になれ、と言われればなってやろう。ところ構わず衣服を脱ぎ捨て好みの犬になってやる。命じられれば誰かを傷付け、息を止めても構わない。敵も味方も親友も、与えられた能力で、与えられた感情で……そう、お前の意のままに。
それがSSの主人公である俺「緋勇龍麻」の宿命だ。虚構の中で、自分の感情を持つのは許されない。だからせめて自由な時間には、好きな事を思っていたい……。
真っ先に脳裏に浮かぶのはあいつ。ある有名作家が操る一人の「緋勇龍麻」にしかすぎないのに、現実に生きて愛されているあの龍麻。ファンクラブができるほど人気があるが、そう言う俺も取り巻きの一人で、奴の家を訪ねるのが今ではすっかり日課となってしまった。もちろん今日も会いに行く───http://ogihara.daa.jp/majin/───あの、緑の楽園へ。
「龍麻!」
声をかけると彼はゆっくりと振り返り、(無表情で)微笑んだ。
「……ああ。龍麻」
同じ名前のこいつ。HTMLタグに挟まれて窮屈なはずなのに、そんな素振りは決して見せない。周囲の者が注ぐ惜しみない愛にも眉一つ動かさず、相変わらずの涼しげな顔……毎日見ているのに、俺もよく見飽きないものだ。
ドリーマーなここの京一には悪いが、俺の方が龍麻を理解してやれるだろう。
最初に会った時からなぜか、俺には龍麻の心の声が聞こえるからだ。
「元気か?」
「ああ」
「そうか。」
これだけの会話、しかしそこに秘められた心漫才が俺の脳髄をめろんめろんに溶かしていく。俺は嬉しくてたまらなくなり、口元はニヤケ度92%である。はたから見ればかなり怖いだろうが、もちろん龍麻は怪訝な顔などしない。できない、というのもあるけれど、むしろ心底から俺の来訪を喜んでくれているに違いないのだ。
そしてそれを肯定するかのように、珍しく龍麻が先に口を開いた。
「……箱ができるのか?」
「ああ、ついに作ってもらったらしいぜ。」
俺の作者である鮎川がこの暴サイトに箱を作ってもらう事になったのは、つい先日の話である。あの日の浮かれようは凄まじかった。何でも聞いた話によると、キーボードを頭に乗せて白装束で町内を練り歩いたあとチェッチェッコリを三千回踊り、挙げ句の果てにトマト祭りに参加したらしい。それが本当かどうかは、噂だから俺は知らない。ただ龍麻の親『サーノ様』に夜通し念力で【愛】を送っていたのは事実である。俺が見たんだから。
「それで今日は、鮎川の駄文をいくつか持って来たんだ。」
内臓を開き中にあった紙切れを数枚取り出すと、俺の血や肉片がそこらに散らばった。向こうの龍麻はやはり無表情で、黙って俺をみつめている。俺は視線を意識しながらその紙片に目を落とした。
「えっと……」
サーノ様、
好きです好きです愛してます
好きです好きですいつまでも
「おっと、これは違った」
サーノ様、
私……好きな人がいるんです
うふふ、それはあなたですよ
「これも違う!」
サーノ様、
す
「もう……、いい。」
龍麻が低い声で俺を咎める。鋭い目つきはいつもと同じはずなのに、責められているような気がするのはなぜだ。龍麻の心、心の声が聞こえない!
「わ、わりぃ。出直してくる」
慌てて帰り支度を始めると、龍麻はそこに落ちていたものを拾い上げた。
「これじゃないのか?」
やけに重い紙の束を渡されて俺は驚いた。気付かなかった……こんなものが内臓ポッケに入っていたなんて。それにしてもこの重さは一体?あいつは龍麻の『サーノ様』と違って短編書きだから、こんな長さになる訳がない。
「ん、これは……どうやら俳句らしいな。あの馬鹿そんなのにまで手を出したか。待てよ、だとしたらこの量は……」
京一や ああ京一や 京一や
<解説>
京一いじめる同盟の会員でもあるサーノ様に捧げます。これは京一が登校中に車にはねられ……(以下、駄文が延々と続く)……で、ついには廃人になってしまうという隠されたストーリーを踏まえ、ああッなんて憐れなの京一、でもそんなあなたが可愛いの、という意味を込めた一句です。どうですか?あ、そうそう、私もついに同盟に入ることになりました。これから本格的に愛をもっていじめる予定ですんで、よろしくお願いしますねっ☆
「……………………。」
「……………………。」
読み終えた時にはすでに五時間がたっていた。ああ、これが夢ならいいのに……。俺は何しにここに来たんだ。駄文、駄文とはよく言うけれど、本当の駄文など滅多にない。ある意味、貴重な体験だったのかもしれない。
龍麻が冷たい目で俺を見ている。「こんなもの読ませやがって」?いや、そう聞こえたのは俺の被害妄想だ。そうだよな。そうだろ?……「責任者出てこい」?ひぃ。「ボコってやるぜ」?ひぃぃ、龍麻の声じゃないと分かっていても怖い! とにかく主人公として、作者を弁護しなくては。
「龍麻、責めるんなら俺を攻めろ!」
ぎゃー間違えた。【陰】じゃあるまいし。
やばい。やばい。プププレッシャーに押し潰される。そろそろ退散した方が良さそうだ、いくら龍麻が優しいからってこれ以上はもう。
「龍麻、」
名を呼ぶと、龍麻は無言で出口を指差した。ごめんな龍麻、また来るぜ。作者の設定だと俺は博愛主義の鬼畜だから、お前も気を付けた方がいい。戸締まりしろよ。
「サササーノ様によろしくな」
「ああ。」
じゃあな、龍麻。じゃあな。お前は親があの人で本当に良かったな、ここは全く楽園だ。ははは、緑の夕陽が眩しいなぁ。ははは、ははは、は、は。