こばんっち
扉を開ける音。
その部屋は、ただ暗い空間が広がるばかり。時折聞こえる不可解な音が、恐怖心をいっそうあおりたてる。
しかし入ってきた男は、脅える素振りすら見せずに、部屋の電灯のスイッチを入れた。
「よッ、おまっとさん!」
ぴよぴよぴよぴよー!
暗い部屋=ひよこ研究会部室
不可解な音=ひよこの鳴き声
謎の男=劉 弦月
ということが、お分かりいただけたであろうか?
「遅れてごめんな! そないな顔せぇへんでもいいやないか! 可愛い顔が台無しやぞ?」
と、ひよこに語りかける劉。
「ほかの部員たちはどないしたんや? ああそうか、隠れんぼやねんな? ほらほら、いい加減に出てきぃへんと、部活始められへんぞ! あと5数えるさかい、早う出てきぃ! ほないくで! 5、4、3、2、1……1、1、1……え〜と」
未練がましく『1』を何度も数える劉に、ひよこたちが肩(?)をおとす。
「ぴよっ」
「ぴよちゃん……分かっとるさかい、ワイ以外に部員いいへんことぐらい……でも……でもなぁっ……!」
男泣きする劉の肩に、さっきとは違うひよこが飛び乗る。劉は目を手の甲で拭うと、
「せ、せやな! ワイにはピヨ子がいるさかい! 寂しゅうないで!」
『ぴよー!』
「ああ……! ピーちゃん! ピヨ乃助! ピヨラー! ピー助! ピヨピヨ! (以下省略)……ほんま、ほんま謝謝!」
たくさんのひよこが劉を囲い、今度は嬉し泣きをする劉。と、その刹那……!
「劉うううううううぅぅぅぅぅぅぅっ!」
ばああぁぁぁぁぁんっ!
激しい轟音と共に、一人の男が(扉を蹴破って)入ってくる!
「劉! 劉はいるか!?」
「ア、アニキ……ふんずけとる……」
扉の下敷きになって、低くうめく劉。しかし龍麻には聞こえなかったのか、はたまた無視しているだけなのか、叫び続けた。
「劉ってばよ! あと五秒のうちに出てこないと、なんかすっげーいい感じの鳳凰が降り注ぐぞ! ひよこ丸焼きだぞ!? 蒸し焼き!?」
もうすでに半分があっちの世界へ突入しているのか、劉は痙攣などしつつ、死んだはずの両親が、綺麗な川の向こうで手を振っているのを見ていた。
(もう……もう駄目やねん……ワイ、ここで短い一生を終えてしまうねんな……)
「うわっ!? ひよこぺっちゃんこ!」
「なんやてええええぇぇぇぇぇっ!?」
扉を跳ね飛ばして起き上がると、上に乗っていた龍麻が「うわー」と間抜けな叫び声をあげて、ころころと転がるのが見えた。ついでに転がってから、受け身などとっていたが……
「ピーちゃあああああん!?」
劉の手の中で、徐々に冷たくなっていく血塗れのひよこ。
「ぴ……ぴよっ……」
「な、なんやて? 『目が……目がよく見えないの……』やと? そんなこと言わんといて!」
「ぴっよ……」
「『俺の屍を越えていけ』? 『つまりは生きろってことさ……』? ピ、ピーちゃんっ……!」
なぜかスポットライトがあたっている一人と一匹にたいして、龍麻は退屈そうにしていた。
「ぴ……ぐふぁっ!」
「!? ピーちゃん、それは……血!?」
「ぴ……よッ……」
「『俺はもう長くない……せめて、他のひよこを俺の代わりに幸せにしてやってくれ……』そんな! ピーちゃんもや! ピーちゃんも幸せになるんや!」
ひよこは黙ってかぶりを振った。それから、血塗れの羽を、人間が親指を立てたように握り、くちばしを輝かせ…… そして、息絶えた。
「ぴッ…………!」
名前を呼ぼうとして、劉は唇を噛みしめた。満足そうに微笑んでいるひよこをそっと地面において、合掌する。
「アニキッ! なんやねん一体! ワイのピーちゃんを……………………!?」
そこまで言って、劉は言葉をきった。
龍麻の側には、七色のスプレー缶。
口元には、不気味な笑い。
そして手には……ひよこらしき物体。
劉はある考えが頭をよぎり、その考えを振り払うかのように首を振った。
龍麻が……ゆっくりとこちらに振り向いた。
「レインボーひよこ〜」
「!!!!!!!??????」
予感的中。
龍麻の手には、虹色に輝いたひよこがいた。
「ピ、ピヨ子……!」
ぐらつく劉。
「まあまあ劉。だって暇だったんだもん。ってなわけで、このことは水に流してくれてもいいぞ」
「ワイの……ワイのひよこ……」
(そして数十分後)
「……………中華マンやるさかい、帰ってんか?」
「ひどい言われようだな、おい」
龍麻は少しむかっとしたように顔をしかめたが、すぐに笑顔に戻ると、鞄の中からなにかを取り出した。
「? なんやそれ?」
「雛乃のかつら」
きっぱりとそう言うと、龍麻はそれを迷うことなくかぶった。そして雛乃の真似(だろう、恐らく)をして、頬を赤らめる。
「劉様……嬉しゅうございます」
「なにがやねん」
きっぱりとそう答えて、劉は旧式の電話へと手を伸ばした。そして、警察に連絡しようとすると……
ぐわしゃ!
龍麻がそれを、拳で沈黙させた。
「人の話は、最後までお聞きになられたほうが、貴方様の身の安全のためにもよろしいと思われますが」
「……アニキ、とりあえず真似はやめてんか?」
「そうか?」
龍麻は意外とあっさり同意して、かつらを脱ぎ捨てた。
「で、だ。劉は雛乃のこと好きなのか?」
「え……?」
「そうなんだな?」
「ま、まあ……それなりには」
頭をかきながらそう言うと、龍麻はうんうん、とうなづいた。しかし!
「俺よりも好きなのか!?」
「は!?」
「俺よりも好きなんだな!?」
「アニキ!?」
龍麻は劉の肩をがっしりとつかむと、大粒の涙を流しながら叫んだ。
「どーせ『アニキ』って呼んでくれても、雛乃のほうが好きなんだろ!? 葵だって、紗夜ちゃんだって、俺より小蒔やさやかちゃんのほうが好きなんだぁっ!」
それから悲しそうに身をよじって、扉のない出口のほうへ走っていく。
「どーせ俺のことなんて、だれも好きになってくれないんだあああああああああッ!!」
マッハで駆けていく龍麻。あとには、取り残された劉だけが残る。
「相性パート……見たんやね」
劉は龍麻に、ほんの少し同情した。自分の名前がないのだから、それはショックだろう。
「だからって……腹いせにワイのひよこレインボーに塗らなくてもええんやないか?」
次はあなたが、龍麻に狙われるかもしれない……