《双龍夜話》

みーさん

    「兄さん!兄さんしっかり!」
   俺の妹が泣いている。
   俺の大事な、大事な妹が…。
   駄目だ…死ねない。このままでは、絶対…死ねない。
   俺の…この力、妹も知らないこの重い…宿命。
   護らなくては…この大地と…妹…ひかり…
   死ねない!!
    俺のこの祈りが神に通じたのか、大地を巡る大いなる力のなせる技か。
   その時、俺は光となり、飛んだ。


1章  春の日

  「わ、桜。すっごいきれい。」
 私は桜の木の下で、思いっきり深呼吸をした。
 春風が満開の桜の花を揺らし、花びらを散らして行く。
 『あーあ。本当ならもう少し明るい気分で転校第一日目を迎えられるはずだったのに。』
 『しょーがねーだろ。俺だってまさかこんな形になろうとは….』
 少しとまどうような声がする。
 『で、どっちが転校するの?私?それとも兄さん?』
 『もちろん、俺だ。』
 『じゃ、交代。』
 私はそっと目を閉じる。
 ざわっと桜の木々がざわめく。風もないのに花びらが体の周りを乱れ飛ぶ。
 変わっていく。
 少女から少年へ。瞳の色は青灰色から紫色へ。
 そして、その体をとりまく氣がとてつもないものへ。
 『さて、』
 辺りが静まったあとそこには別人が立っている。
 にやっと笑うその表情もまるで違う。
 『職員室に行くか。』
 俺は足元に落ちていた鞄を持ちなおすと校舎へと歩きだした。

  「あなたが緋勇龍麻くんね。私が、担任のマリア・アルカード。よろしくね。」
 「よろしくお願いします。」
 『へえ、担任は金髪美人か。いいねー。』
 『兄さん!不潔!!』
 『るせっ!』
 「緋勇くん?」
 黙りこんだ俺に心配そうに声をかける。
 「はい。あ、すいません。ちょっと緊張してて。」
 俺が照れたように言うと先生はほっとしたように教室へと歩きだした。
 やべーやべー。女性に心配かけちゃあな。緋勇龍麻の名が泣くぜ。

  「ねえねえ、聞いた?転校生、男子だって。」
 「えー。ルックスは?」
 「良いほうみたいよ。」
 「ラッキー!」
 けっ。男か。興味ねーな。
 俺は思いきり伸びをして2、3回首を捻った。
 扉の方を見ると丁度先生が入ってくる所だった。
 ガタガタと歩きまわっていた生徒たちが席に着くと、マリア先生が話し始めた。
 「グッドモーニング。皆さん。今日は転校生を紹介します。さ、入りなさい。」
 扉の陰から一人の少年が入ってきた。
 先生にうながされ黒板に名前を書く。
 「緋勇龍麻です。よろしくお願いします。」
 少年が深く一礼し、ゆっくりと顔をあげる。
 女性徒たちから悲鳴とため息が聞こえる。
 ドキン!心臓が躍り上がる。窓から吹く風にかすかになびく漆黒の髪。真珠を思い出す白い肌。
 少女だと言っても通りそうな美しい顔立ち。そして長い前髪の隙間から見え隠れするアメジストの
 瞳。柔らかいハスキーボイス。女だったら、俺の理想そのままの極上品だ。
  少年はゆっくりとクラスの中を見渡し、ふとこちらを見た。そして、俺と目が合うと…
 一瞬、微笑んだ。
 俺はあわてていつも居眠りする時のポーズで机につっぷした。
 や、やべー。ひ、ひょっとして、これって一目ボレ…か?
 この、蓬莱寺京一様がか?俺はひたすら混乱した頭を回転させつづけた.
 

  俺はマリア先生に呼ばれ、教室の中へ入った.
 黒板に自分の名前を書き、ゆっくりと振り返る。窓からの春風が心地よい。
 『さて…と、…ン?』
 俺は教室内を見まわし驚いた。ものすげェ氣を感じる。淡い白い光、赤い光。そして…何だ?
 この太陽みてえな氣は?!
  あの男か。赤毛。フン、なかなかいい面構えじゃねえか。ありゃ、木刀か?
 ん?ドキドキするぞ。なんでだ?ひょっとして!
 『おい、こら!ひかり!何ときめいてんだ!しかもあんなこきたねー男に!!』
 『え?あ…あの…べ…別に……
 ええい、なんでどもる!!しかもなんであいつなんぞに笑いかけるんだ!
 んなろー!野郎もまんざらでもねー面しやがって!ゆるさねー。いつか袋にしてやる!
  とりあえず、俺は先生に示された席に着く。
 おー!隣は美貌のクラス委員長。ナイス!上から下まで俺好みだ。ここで一発くどくのが礼儀…
 と、やべえ。こんなことしてる場合じゃねえ。
 俺にはやんなきゃなんねー事がある。『何を?』と聞かれても困る。そのへんの記憶がさっぱり
 無いんだから。だが、その為にここへ来た。『ひかり』の体を借りて。
  そう、つまり、『緋勇ひかり』の体の中に、俺、『緋勇龍麻』の魂が入り込んでいる。
 外見は超美少女だった『ひかり』だが、俺が活動しやすいように男として転校した。
 可愛そうとは思うが、これも緋勇の名を持つ者の宿命だ。
  すまねえ、ひかり。しばらく辛抱してくれ。

 次々と俺の周りにクラスメート達が群がっては色々と質問の雨を降らせていく。
 やがて、その行列も途切れた頃、
「こんにちわ。緋勇くん。私、美里葵。よろしくね。」
 例の委員長が話しかけてきた。
 「こちらこそよろしく。美里さん。うれしいよ、声をかけてくれて。」
 俺が答えると、赤くなってうつむいた。
 うっ。俺好み。
 「よっ!転校生くん!」
 おや、この氣は…ああ、あの娘か。
 「ボク、桜井小蒔。よろしく!」
 ふうん、活発っぽくっていいなあ。桜井は俺の耳元で美里について聞いてくる。
 いや、いくらずーずーしい俺でも転校してすぐじゃモノにはできん。
 しかも、おれの体じゃねーし。くすん。
 『キャーハハハ!女と見れば口説いてた龍麻が、ネ、ネコかぶってるー!』
 『るせー!誰のためだ!誰の!』
 俺の転校生ブリッコを見て、『ひかり』が大笑いする。
 二人が席から離れると、
 「よお、転校生.」
 ん?この氣は…てめえか。
 「俺ぁ、蓬莱寺京一だ。よろしくな。」
 「ああ。こちらこそ。」
 俺が短く返事をすると、
 『蓬莱寺…京一…くんか。』
 『ひかり?』
 『え?う、ううん。なんでもない!』
 そういうと、ひかりはふいっと意識の底へダイブして行っちまった。
 て、照れてるのか?
 思わず蓬莱寺に眼を飛ばす。
 一瞬とまどったように2、3回瞬きをしたがすぐにまたニヤリと緩んだ。
 んだと?俺の睨みが通じねえだあ?ほう。結構肝っ玉据わってるじゃねーか。気にいったぜ。
  色々考え込んでるうちに何時の間にか奴に校内を案内してもらう事になったらしい。
 ま、いいか。俺は素直に蓬莱寺のあとについて教室をでた。

  「よお、転校生。」
 俺はようやく人気の途切れた緋勇の前へと行った。
 ん?何だ?さっきとえらい雰囲気が違うじゃねえか。さっきはこっちが道踏み外すんじゃねーかと
 思うくれー色気があったのに。今は色気どころか,殺気さえ感じる。
  確かに、この氣は男の氣だ。間違いねえ。やっぱ、男だよな。
 「俺ぁ、蓬莱寺京一だ。よろしくな。」
 「ああ、こちらこそ。」
 緋勇が短く返事をしてこちらを見た。
 うっ。この氣だ。一瞬、オーラのような殺気が消え、まるで春の風そのもののような透き通った
 甘い氣がふわっと俺をつつみこんだ。
 そう、さっき俺の心臓を鷲掴みにしたあの光。
  だが、それもすぐに消えた。なんだ?こいつ。おもしれえ。
 「校内、俺が案内してやるよ。」
 「ああ、すまんな。頼むよ。」
 俺が廊下へ出ると、奴もゆっくりとついてきた。
 うーん。すきが全然ねえ。見たことがあるぞ。この感じ。たしか、昔師匠と行った神社で見たんだ。  そこの巫女さんが踊ってた、たしか、そう『幻舞』だ。
 舞でありながら舞ではない。女のみに伝えられる一子相伝の秘舞。
 益々おもしれえ。俺はともすればみとれてしまいそうになるのを必死でこらえ、校内をうろついた。
 途中、遠野と裏密に会い、軽く自己紹介なんぞかわしている。
  アン子はいつもと変わらず煩かったが、ちょっと不思議だったのは、裏密だった。
 「ふーん。緋勇くーんて言うんだー。でー、もうひーとりはー?」
 「へ?」
 「うーふーふー。べーつーにー今でなくてもいーよー。まーたーねー、ひーちゃーん。」
 うー、気味わりい。しかも何だ?ラストのひーちゃんってのは。
 「緋勇、知り合いか?」
 ブルブルと首を振っている。そっか。そうだよな。あいつが変なのはいつもの事だし。
 俺達は思わず逃げるように教室へと帰った。

  び、びびった。
 何だ?あの女。
 ひーちゃんってのは、ひかりの愛称だ。
 何で知ってんだ。うー、っこ、こわ。

  「よう、転校生。ちっとツラァ貸せや。」
 んだ?こいつ。確か佐久間とかいったか、猪ブタみてえな面しやがって。てめーになんで可愛い
 ひかりの顔貨さにゃならんのだ。ざけんな。猪ブタ。
  俺は今アン子ちゃんっつーメガネ美人と話しててすこぶるご機嫌だったんだぞ、クラァ!
 っつっても、ここで何かありゃアン子ちゃんも無事じゃすまねえだろうしな。
 しかたねー。転校第一日目の出血大サービスだ。付き合ってやるぜ。
 どっちが出血するかしらねーけどよ。
 「緋勇くん!」
 「あー、心配すんなって。アン子ちゃん。じゃまたデートしようぜ。」
 俺はアン子ちゃんに軽くウィンクすると猪ブタどもに着いていった。

  おー、レトロだ。体育館裏だなんて、70年代のノリだね。
 猪ブタが何かフガフガ鳴いてるが聞いちゃいねーよ。くんなら来いよ。猪ブタ。
  と、その時頭上から声がした。
 てめーか。蓬莱寺。てめーも好きだな。わざわざ猪ブタ煽ってるんだから。
 「俺から離れんなよ!緋勇!」
 ほほう。俺をかばうってか。
 『うれしい。』
 『って、こら、ひかり!出てくんな!』
 『だって…』
 『いいから、ひっこんでろ。ひかり。今はそれどころじゃ…』
 「緋勇!!」
 蓬莱寺の声にふと前を見ると、猪ブタが突っ込んでっくる。俺とひかりの会話が勘に触ったらしい。
 「うおおおーー!!」
 やっぱり、猪ブタだ。一直線だ。
 いいねえ。力有りそうだし。当たりゃあ大変だ。当たりゃあな。
 俺は向かってくる猪ブタを軽く追い払うように左手で払った。
 俺の手に触るか触らないかの所で奴の体は何かに弾かれ体育館の壁までふっとび崩れおちた。
  振り返ると、こっちを見て固まっている蓬莱寺がいた。他の雑魚は片付けたか。結構やるね。
 と、何やら体育館の陰にやたらデカイ氣が隠れているのが判った。そちらを見ると、えらくガタイの
 いい男と美里がやってきた。
 男と美里の説得でやっと猪ブタは引いた。男は醍醐というレスリング部の部長だと言う。あの
 猪ブタどもはそこの部員らしい。醍醐が詫びをいれてくる。
 「いや、こっちこそ挑発に乗って申し訳無い。」
 なにより、美里に心配かけちまったらしい。すまんな。
  しかし、この学校、一体なんなんだ?そこら中に尋常じゃ無い氣の持ち主がうろついてる。
 俺の気持ちを感じとったか、それとも偶然か。
 醍醐がこういった。

  「ここはこう呼ばれている。《魔人学園》とな。」