稜
ある日、ふと考えた。
あの、サーノさんの所のひーちゃんでさえ<陰>に挑戦した。(まっことチャレンジャーといえよう)
これは、うちのバカ共にもちょいと挑戦させてみるべきかもしれん。
そして、3日後。
逃げた。
「で、なんで俺達は呼び出されたんだ?」
と、龍麻。
「知らねぇ」
答える京一も不審そうにあたりを見回す。何もない。
ほんとーに何も、ない。
二人は真っ白な空間に浮かんでいた。
一応立っているような気がするが、試しに足をあげてみても残った足に負担が増える事はない。京一は寝ころぶ体勢になった。龍麻の腰のあたりにぷかぷかと浮かぶような格好になる。
「へー、こりゃおもしれーや」
「何ばかな事やってんのよ」
という言葉と共に重力が生まれた。
どたっと京一が落ちる。
「‥‥ってぇ、なんだよ」
腰をさすりながら(いつの間にか色はないままで床のようなものができている)起きあがった京一の目に、アン子が映った。
「げっ」
「なによ」
アン子は二人から少し離れた場所に、キャンプ用の折り畳み椅子に座っている。その横には本が積み上げられており、なぜかメガホンを持っていた。
「遠野、ここは何なんだ?」
龍麻の問に、アン子は含み笑いを返した。(ちょっとウラミツ)
「ここはね〜作者のインナースペース<真っ白なワニ>空間なのよ〜」
「あ〜? なんだ、そりゃ」
「作者はね〜〜逃げたの〜〜。後の仕切りをまかされたのが、この私。遠野杏子ってわ・け」
何がなんだかわからない、という顔で二人が顔を見合わせる。アン子は悪だくみたっぷりといった顔で笑うと、手元の本を何冊か取り上げた。
「ま、私もそんなに詳しいわけじゃないけどね。資料だけはたくさんあるから」
「資料って、何の」
それには直接答えず、本の中身を確認していく。
「『間の楔』に『帝都紳士倶楽部』か。やっぱり『架空のオペラ』かしらねぇ。あ、有名どころが‥‥『風と木の詩』」
「それなら知ってるぜ」
と、京一。アン子が驚いたように京一を見る。まさか京一が読んでいるとは想像もしていなかったという顔だ。
「なんだ?」
「前にねーちゃんが見てたヤツだ。なんか、ふりふりの服を着たガキが鞭打たれたり『僕のオーギュ‥』とか言って泣いてンだ」
「‥‥? ギャグか?」
アン子が言った。
「じゃ、そのあたりで行ってみる? そうねぇやっぱり黒髪だし、セルジュが龍麻君かしらね。そーするとジルが京一、と。それでいい?」
と訊かれても何と答えていいかわからない。アン子がすっと腕をあげた。
「ダメだよ!」
その手を掴む者がいた。
「あら藤咲ちゃん」
アン子の後ろに藤咲が立っていた。
「あたしのジルとセルジュをあんなむさ苦しいヤツラにさせる気かい?」
そう言う視線はかなり本気で怒っている。アン子が慌てて言った。
「や、やぁねえ。冗談よじょうだん」
「だったらいいけどね」
あはは、と笑いながらアン子が次の本を手にとる。
「あ、これならいいんじゃない?」
そう訊かれて藤咲ものぞき込む。
ぷっと笑った。
「ああ、いいね。これならちょうどいいんじゃないか?」
「それじゃ、やっぱり信長は‥‥」
「‥‥やっぱり龍麻は‥‥」
時折聞こえてくるくすくす笑いが気にかかる。
龍麻がそっと京一にささやいた。
「おい、今のうちに逃げようぜ。なんか、すごく嫌な予感がする」
京一も黙って頷いた。
本をのぞき込んで話に夢中になっている二人の隙を窺い、こっそりと離れようとする。
「うぉっ」
ふいに京一が倒れた。
「逃がしゃしないよ」
藤咲の鞭が京一の足に絡まっている。その顔は実に楽しそうだ。
アン子が言った。
「じゃー、まず。龍麻君、上半身裸」
ぽんっと龍麻の着ていた服が消えた。
「なっなんだっ」
「はい、向かい合ってー」
「なんで体が勝手に動くんだっ」
京一の叫びも空しく‥‥。
「えーと、京一はそこで硬直してていい、と。龍麻君、手を胸で交差〜」
かってに動く体に本気で焦るがどうにもならない。
「バック、点描と花ね」
白かった空間がほんのりとピンクに染まり、花が散らばる。
「龍麻君、ちょっと俯きかげんで頬を染める〜」
京一が心底嫌そうな声を上げた。
「気色わりぃ〜」
「それはこっちのセリフだっ」
しかし、アン子は気にしない。藤咲が楽しげに声をかけた。
「龍麻っ、セリフだよっ」
「『‥‥私を‥愛でて下さい』」(©「蘭丸純情伝」ほたか乱」)
「あら」
ぜーっ
はーっ
ぜーっ
「意外にしぶといね」
ぜーっ、ぜーっ
アン子と藤咲が見守る中、龍麻と京一は体力を使い果たしたといった様子でその場にうずくまっていた。
いつの間にか龍麻の服も元にもどっている。
「まぁ、少しくらいは抵抗があってもね」
「そうだね」
のんびりと会話を交わす二人を龍麻が睨み付ける。だがいかんせん、アン子の呪縛を解くために全力を使い果たしてしまったその視線にいつもの力はなかった。まったく、旧校舎に入った時でさえこれほど疲れた事はない。
「て、てめぇら‥‥な‥で、‥んな‥‥ネ‥」
とぎれとぎれの京一の言葉をバカ丁寧にアン子が繰り返す。
「てめぇらなんでこんなマネができるんだ?」
こくこくと京一が頷く。と、強烈な冷気が襲ってきた。
「うふふ〜〜それはね〜〜」
「う‥うら‥‥」
突然現れた裏密にアン子・藤咲も驚いた顔をしている。
「ここは作者の内的世界〜〜。作者の<陰>の気が満ち満ちた場所だからよ〜〜」
「‥‥<陰>の気‥、だと‥‥?」
龍麻がぜいぜい言いながら呟いた。裏密はいつものように含み笑いを浮かべた。
「そう〜〜。この場では<陰>の気に従う者に力が与えられるの〜〜。逆らう者は〜〜」
「あんた達みたいな目に遭うってわけだね」
藤咲が締めくくる。
言い返す力もない二人を後目に、アン子が尋ねた。
「それで、ミサちゃんはどうしてここに来たの?」
「‥‥うふふふふ〜〜」
裏密は抱いていた人形の後ろから一冊の古びた本を取りだした。
Joker。
「そっそれはっ」
アン子が素っ頓狂な声を上げた。藤咲が信じられないといった表情でのぞき込む。
「グイン・サーガの、イシュトのお初本じゃないかっ。作者自らが書いて出版したっていう‥‥。あたしでさえ、噂でしか聞いた事ないってのに」
(←この同人誌は実在します)
「うふふ〜〜」
二人の反応に裏密が満足げに笑う。
「ひーちゃんと京一君じゃ〜〜ちょっと体格差が足りないけど〜〜〜」
「イシュトが12歳くらい。で、カメロンが何歳だって? 20代くらいかい?」
「そうねぇ、醍醐君でも連れてこなきゃ合わないわねぇ。じゃ、こっちのナリス×イシュトは?」
「うふふ〜〜、それも好き〜〜」
うふふふふ〜〜。
既に完全裏密化した三人を前に、龍麻も京一もただ蒼ざめるしかなかった。
と、その時。
「みんな、何をしているの?」
時の神、ボサツガン・エクス・マキナ美里がにこやかに現れた。
「み、美里‥‥」
「助かった‥‥」
ほっと胸をなで下ろす。
と同時に、アン子達の姿が薄れていった。
フェイド・アウト。
気がつくと、二人は旧校舎の正門前に倒れていた。
重い体を無理矢理おこし、頭を押さえる。お互いのその様子で今のが夢でない事を悟った。
龍麻が呟く。
「‥‥今のは‥」
京一が苛立たしげに答えた。
「幻だっ。裏密がなんかしやがったに決まってるっ」
龍麻はしばらく考え込むように黙ったあと、相づちをうった。
「ああ‥‥そうだな‥」
だが、二人の瞼の裏にはある恐ろしい光景が残っていた。
美里を囲むように三人がいろんな本を差し出している光景。
美里は、その本を手にとっていた‥‥。
もし、美里まであの世界にはまってしまったら。
‥‥‥。
合掌。
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ほんとはイシュトじゃなく間の楔で終わらせようと思ったんですが、あらすじを書いた段階でくじけました。
‥‥参考までに。
(あらすじ)
一握りのブロンディとよばれるアンドロイドが人間社会を管理する、未来。
女性の数は極端に少なく、高価に売り買いされる対象としてのみ存在した。(当然アレな世界なわけだ)
そんな中、ブロンディの一人とであった少年リキの運命は‥‥?
1.ファニチャーになる(家具:ここではブロンディに飼われているペット(注:人間)をさす)
ファニチャーがどんな扱いを受けるか、あなたのもっとも過激な想像をしてください。
‥‥しましたか? そう離れてはいないと思います。
2.故郷に帰ってきて、狙われる(どういう意味でか‥‥おわかりですね?)
3.切られる(‥‥聞かないでください)
4.心中
ああ、あらすじだけでこんなに疲れが‥‥。
‥‥でもカメロンとイシュトバーンより、イアソンとリキの方が‥‥いやっ何でもないですっ。
返品可。
ごめんなさいっ