(自称)ジャーナリスト遠野杏子の推理・解決編

八識一

「アン子…ほんとに? ほんとに犯人が誰だかわかったの?」
「ええ、もちろん!」
 あたしは自信たっぷりに桜井ちゃんにうなずいた。そう、あたしは本当はとっくのとうに真相がわかってた…
 というのは大嘘である。
 あたしの心の中には今、パニックの大嵐が吹き荒れていた。
(ああああ、なに『ええ、もちろん!』なんて自信たっぷりに答えてんの、あたし!? つーかなによ『全部きっちり分かってるわよ』って! そんないきなり都合よく分かるわけないでしょっつーの! 京一になんか言い返してやろうと思ったらつい…! そんなことを言うのはこの口かっ、この口かっ! いやそもそもの原因は京一! あんたよ! 恥ずかしい写真とって下級生に売りさばくわよ、このカマドウマ(いらん時ふいに出てくるから)! ああああ、それより早くなんか言わなきゃ! どどどど、どうしよう…!?)
 そんな内心の狼狽っぷりはおくびも出さず、あたしは(見かけは)余裕たっぷりに髪をかきあげて言う。
「ねえ龍麻、その前にちょっと聞いときたいんだけど。あなた、鞄のどこにお金入れておいたの?」
「へ?」
 みんながきょとんとした顔になる。が、龍麻は特にどうという反応も見せず(というか龍麻が大きなリアクションするのって見たことないけど)一言ぼそりと言った。
「…鞄の、底に」
「ふむふむ、なるほどね。やっぱりそうでしょうね」
(あたし何聞いてんの? そんなこと聞いてどうなるって…あ、そういやちょっと気になってたんだっけ、百万円の隠し場所…ってこんな時に聞いてどうすんのよあたし!?)
「おい、アン子。ンなこと聞いてどうすんだよ?」
(あたしが知るかーッ!)
「そうだよ。それより鞄がどこに行ったのか教えてくんない?」
「まあまあ。せかさなくてもすぐ教えてあげるわよ」
(ああ…またあたしはいらんこと言ってーッ!)
 あたしは軽く余裕を含んだ笑みをみんなに向けながら内心では必死の思いで次に言う言葉を考えていた。
「まずは、この話のちょっとおかしな点から話しましょうか」
「おかしな点?」
(そうよね、たいてい推理物で真相が明かされる時ってこんなふうにもってまわった言い方するわよね…じゃなくておかしな点!? どこよおかしな点って!? えーとえーとえーとえーと…!)
「まず、龍麻の鞄を持ってった奴はなにが狙いだったのか? ってことよ」
(えー!? なによそれ!? そんなの決まってんじゃない、なに言ってんのあたし!?)
 あたしの心の声と同じ感想を抱いたのだろう、京一が『はあ?』と言わんばかりの顔をした。
「アン子、お前なに言ってんだ? ンなモン百万円の金に決まってんだろうが」
(そうよね、百万円の金よね…って、え? ちょっと待って。百万円の、金?)
「そう思う?」
 ふとある考えがよぎり、あたしは謎めいたような微笑みを浮かべた。心の中では、必死に今頭に浮かんだ考えの検証を行っている。
「なんだよ。違うってのか?」
「ちょっと考えてみなさいよ。百万円が狙いだったとして、そいつはいつどうやって龍麻の鞄の中に百万円があるって知ったわけ?」
「え? …いや、どうやってって…」
 京一はちょっと考え込んだ。他のみんなも考えるような顔になっている。
「そりゃまあ、どっかで見たんじゃねえか? 百万円を…」
「どうやって? だって龍麻は百万円を鞄の底にしまっておいたのよ? 龍麻が見せびらかしたり、鞄をのぞきこまれたりでもしなけりゃ分かるわけないじゃない。龍麻だってそれなりに警戒してたはずよ、そんなことさせるわけないでしょ。ねえ、龍麻?」
 龍麻がこくこくとうなずいて、あたしは内心ほっとした。京一の考えにツッコミを入れることで、自分の考えが整理されてきたようだ。
「じゃあなんだよ。百万円が入ってるのを知らずに盗んでったとでも言うのか? それはそれで…なんかおかしかねえか?」
 京一に加え、美里ちゃんも反論し出した。
「そうね。普通の置き引きだとしたら…京一君のとか、他にも鞄はあったのに龍麻のだけ盗んでいくというのは妙な気がするし…それに、私達の視線をうまくごまかして教室から抜け出るなんて手の込んだことわざわざしないと思うのだけど…」
(ううん、それも違う。だって、置き引きなら…)
「あら、あたし置き引きだなんて一言も言ってないわよ。置き引きだって考えてもおかしいことがあるもの」
「あん?」
 いぶかしげな顔になるみんな。
「美里ちゃんの言うこともその通りだと思うし、普通置き引きってもう少しローリスクでやるわよ。ちょっと鞄の持ち主が席をはずしたスキに廊下の奥っこで逃げ場のない教室から鞄を持ち逃げなんて、並みの頭のある人間ならやらないんじゃないかしら。ブツを選ぶのにも、時間がなさ過ぎるわよ」
(そうだ…それに…)
「それに第一、金が目的ならなんで鞄ごと持っていくのよ。邪魔な上に目立つし、証拠になるし、いいことがない。鞄の中を調べて、金だけ持って行くのが普通でしょ?」
「うむ…確かに」
「あれ? それじゃあ…」
 桜井ちゃんが首をひねる。あたしはそれに向かい笑って言った。
「そ。つまり龍麻の鞄を持ってった奴は、金じゃなくて鞄そのものが目的だったのよ」
(…たぶん)
「ええ!?」
 みんながちょっとどよめいた。
「おいアン子、じゃあ鞄を持ってったのはどこのどいつなんだ? お前、それももうわかってんだろ?」
「そうだよ。誰が、どうやって、なんでそんなことしたの?」
「うん、それはね…」
 みんなの顔を見まわしてためを作りつつ、頭の中の情報を必死で総ざらえにする。どこの誰が持ってったのか…視線で作られた密室からどうやって…機会、動機、方法…鞄、教室、生徒…何か…何かあるはず…
 と、校舎がぐらっと揺れた。
「わっ、また地震!」
「今度のはさほど大きくはないが…」
「あっ…」
 美里ちゃんが声を上げる。
「どうした、美里?」
「ううん、なんでもないの。ただ龍麻の前の席の人の鞄が落っこっちゃって…」
 落っこちる――
 あたしはみんなをもう一度見渡し、にっこり笑った。
「さ、みんな、龍麻の鞄を取りに行くわよ」
「え?」
「どこへ!?」
「剣道部」

 あたし達は連れだって剣道部が活動している道場に向かって歩いていた。と、京一が近寄ってきて話しかける。
「おい、アン子…お前、さっきも言ってたけど、根岸を疑ってんのか?」
「…もし、そうだったら?」
「さっきも言っただろ、あいつはこそ泥みてぇな真似する奴じゃねえって。んなこと絶対ねえ」
 あたしはにっこり笑い、ぽんぽんと京一の肩を叩いた。
「まあまあ。あたしも別に、根岸って人が龍麻の鞄を盗んでったとは思ってないわよ」
「へ? …じゃあ、なんだと思ってんだよ」
「それはね…おお、ついたついた。京一、あんたちょっとついてきなさい」
「いてっ、いててっ、おいコラ離せよアン子!」
 後ろについてきてるみんなを尻目に、あたしは京一の耳を引っ張って道場の出入り口まで行き、大声で呼ばわった。
「みなさ〜ん、蓬莱寺連れてきましたよ〜!」
 京一の体がぴきっと固まる。だが、道場で練習している剣道部の方々は口々に『お〜う!』『遅えぞ、蓬莱寺!』などと言っている。
 道場の真ん中あたりで一人の部員―鞄を拾ってくれた、根岸″さんが笑顔で言った。
「やっと来たか蓬莱寺、お前の鞄はちゃんと預かってるぜ!」

「…美里ちゃん達の言によれば、あたしのあとに教室から出てきた奴はいなかった。それなら鞄を持ち出せたのは、龍麻と京一が教室から出ていってからあたしが教室を出るまでに龍麻の鞄に触れた奴ってことになるわよね、あたしは龍麻の鞄がどんなものかよく知らないからちゃんとした証人にならないもの。それならあたしが見落とした可能性を考慮しても、一番怪しいのは鞄を拾ってくれた人。でもなんのために? そう考えたら、根岸″さんの鞄が残ってる事がひっかかったの。それに彼が剣道部だということ。悪ふざけをするような性格だということ。そして龍麻の鞄が今日はひどく汚れていたこと…それらをつきあわせて、一番説得力のある答えは…」
「京一の鞄と間違われて、京一を剣道部に引っ張り出すために持って行かれた、と思ったわけか」
「そ」
 あたし達は校舎から校門に向けて歩いていた。
 あのあと、根岸さんは驚きながら、
『えーっ、あれ緋勇のだったの、あんなに汚れてるんだから絶対蓬莱寺のだと思ったのに』
 と言って龍麻に謝っていた。
 龍麻がいつもの無表情で『気にするな』と言うと、照れながら、
『俺の鞄机の上に置いといたから、すぐに俺が持ってったなって分かると思ったんだけどさ。ほんと、悪かったな』
 と答えていた。
 そう、本当は彼の鞄は机の上にあった。それがさっきの地震で龍麻の机の上から彼の椅子の上に落っこちてしまったから、すぐには誰が持っていったのかわからなくなってしまったわけだ。
「それにしても京一の奴、人騒がせな…」
「ていうか、日ごろの行いが悪すぎるんだよ。部長のクセにいつもサボってばっかいるんだもん」
 京一は今、剣道部の皆さんと熱い青春の汗を流していることだろう。
 龍麻の鞄が持っていかれたのはいつも部活に来ない京一を引っ張り出すため、だからこんな騒ぎになったのも京一のせい、責任とって部活に出ろとみんなで責めたてたのだ。
 京一は最初ごねていたが、龍麻の『やっていけ』の一言であっさりおちた。
 ま、自業自得というものだろう。
「でも、アン子すごいね。まるで探偵みたいだったよ、あんなにすらすら謎を解いちゃって…」
「本当。すごかったわ、アン子ちゃん」
「うむ、遠野はやはりこういう謎解きには才能があるな」
 龍麻もこっくりとうなずいている。
「まあね。一流のジャーナリストは、一流の探偵でもなければならないって言うしね」
 なーんてことを言いつつもあたしは内心ぼろが出なくてほっとしていた。正直言ってあたしの考えが正しいかどうか自信はなかったし、どちらかというと考えというよりは当て推量と見込みと言ったほうが正しいようなもんだった。ま、当ってたんだから結果オーライということで。
「ところで龍麻〜? 約束覚えてる?」
「約束って…」
「アン子ちゃん、まさか…」
「もちろん一割のお礼のことよ。 ねえ、龍麻。約束守ってくれるわよね〜?」
 龍麻は小首をかしげて、こっちを見ている。どういう表情なのかよくわからないが、なんとなく脈ありって感じとみた(根拠ナシ)!
「遠野、おまえな…」
「本気で取る気?」
「もっちろん! あたしがいなかったら、百万円は見つからなかった(という可能性もある)んですもの」
「…ねえ、アン子ちゃん。討論会は、いいのかしら?」
「あっ!」
 すっかり忘れてた…
 あたしは急いで時計を確認し、慌てて走る体勢になった。
「あーもうっ、早く言ってよ〜! あーもうこんな時間っ、急がなきゃ! それじゃここでまたね、バイバイ!」
「うふふ、それじゃあね、アン子ちゃん」
「じゃね、バイバイ」
「じゃあな」
 龍麻も軽く手を振ってくれた。
 なんとなくごまかされたような気がひしひしとするけど…ま、明日と言う日もあることだし。
 走り出したあたしの耳に、道場の方から京一のものらしい、未練に満ちた叫びが聞こえてきて、あたしはちょっと笑った。

解決編・完