小品・初夢

八識一

「ねーみんなー、今年はどんな初夢見た?」
「なんだよ、突然」
「そういう桜井ちゃんはどんな初夢だったの?」
「うん。ボクね、なんかすっごい変な初夢見ちゃったんだ」
「まあ。どんな夢だったのかしら?」
「あのね…」

・小蒔の初夢
「もうッ、醍醐クンったらおっかしーっ!」
 小蒔がびしばし矢を放ち、醍醐にグサグサ突き刺さる。
「はっはっはっ。桜井はおてんばだなあ」
 口からだらだら血を流しつつにこにこ笑う醍醐。
「ねえ、醍醐クンはどうして鼻で飛ぶの?」
 醍醐の鼻になぜかプロペラがくっついていて、それを回して醍醐はひゅんひゅん空を飛んでいる。
「白虎だからさ!」
 まだ口から血を流しつつ、無意味に白い歯がきらり。
「もうッ、醍醐クンったら(ピー)なんだからっ! 鬼哭飛燕ーッ!」
「はっはっはっはっはっ」
 醍醐に矢がぶち当たり、吹っ飛んだところで巨大鎌がざくっ。さらに飛ばされたところで岩が落ちてきてごすっ。床が跳ね上がって跳ね飛ばされたところで回転のこぎりにざくざくざくっ。
「5HIT、Combo!」
 ぱぱらぱー、とSEが入った。

「…っていう夢だったんだけど」
……………………
……………………
……泣くなよ、大将……
「ねー、みんなの初夢は? ボクばっかり言わせちゃずるいよ。ねえ、アン子の初夢はどんなのだったの?」
「あたし? あたしは……

・アン子の初夢
 部室で記事を書いているアン子。そこに校長が飛び込んでくる。
「遠野君、大変だよ!」
「どうしたんです? 校長」
「君の新聞が全日本高校新聞大賞を受賞したんだ!」
「ええっ!」
 驚くアン子。そこにさらに壮年の男が飛び込んでくる。
「遠野杏子君、いるかね!?」
「あたしです!」
「君の新聞が総理大臣賞を受賞した! すぐ来てくれたまえ!」
「えええっ!」
 さらに加えて総理大臣が飛び込んでくる。
「遠野京子君、君の新聞は素晴らしい! ぜひ国民栄誉賞を受け取ってくれたまえ!」
「ええええっ!」
 さらにその上金髪碧眼の外人が飛び込んでくる。
「トォーノサン、アナタノシンブンガアカデミー賞トピュ―リッツア賞ヲ同時ニ受賞シマシータ。ゼヒウケトッテクーダサイ!」
「えええええっ!」

「…さらに国連事務総長がやってきて栄誉市民賞を渡そうとして、さらにそこに宇宙人がやってきて宇宙新聞大賞を渡そうと…」
「ねー、醍醐クンの初夢はー?」
「お、俺か?」
「ちょっと! ちゃんと聞きなさいよ!」

・醍醐の初夢
「ウオオオオオオォォォォォォォッ!!!」
 醍醐が相手を岩面に叩きつけ、相手からブシューッと血が吹き出す。
「グワオオォォォォォォォォォォッ!!!」
 相手が醍醐を鉄線に振り、ドゴーンと爆発が起きる。そこにどこからか流れるアナウンス。
「さあ、いよいよこの有刺鉄線爆薬金網岩面地雷デスマッチも佳境に入ってまいりました!」
「ウィェヤッシャァァァァァァァァァァ!!!!」
 相手が醍醐の両腕をクロスさせ後ろからつかみ、回転させつつ岩面に突っ込ませる。
「おーっとチャンピオン伝家の宝刀、ジャパニーズオーシャンサイクロンスープレックスが出たーっ!」
「ウォィッシェヤァァァァァァァァァァ!!!!」
 醍醐が顔面から血を流しつつ立ち上がり、相手をさかさまにして持ち回転させつつ頭から自分ごと岩面に叩き落す。
「ウリェッシェヨゥラァァァァァァァァァァァ!!!!!」
 バキバキと岩面を砕き、ようやく回転が止まる。
「おーっと挑戦者オリジナルホールド、タイガースパイラルナイアガラドライバーが決まったーっ! 1…2…3…決まりだーっ、勝者は挑戦者タイガー醍醐に決定ィィィッ!」
「グオラッシャウオライエイァァァァァァァァァ!!!!!!」
 醍醐は辺りの岩を砕きまくって喜びを表現した。

「…という夢だったんだが…」
…………
………らしいっちゃあらしいけどよ………
「なんだよ、京一。面白い夢じゃないか。そういう京一はどんな初夢見たのさ?」
「お、俺ェ!?」

・京一の初夢
 ピンク色の背景。そこら中にハートが浮いていて、グラマーな女性たちが京一にしなだれかかってくる。
「京一ク〜ン」
「京一〜」
「京一様ァ」
「京一ちゃ〜ん」
 女性達に囲まれて、鼻の下を伸ばす京一。
「ウェッへッヘッ…これぞ天国って感じだよなぁ〜」
 と、少し離れたところに龍麻が一人立ち、じっとこちらを見ている。
「ひ、ひーちゃん!?」
 京一がそれに気付くと同時に、龍麻は無表情にかすかに淋しげな色を瞳ににじませて(と、京一には見えた)京一に背を向け、すっと京一から離れていく。
「ひーちゃんっ、待ってくれ、違うんだ、これはッ…」
 龍麻を追いかけて走り出す京一。とたん、背景が黒く変わっていき、女性達も闇に消えていく。
「ひーちゃんッ!」
 やっとのことで龍麻に追いつき、その手を握る京一。だが、その意外な柔らかさに驚いて口を動かせなくなる。
 龍麻がこちらを振り向いた。そのわずかに濡れた、切なげな瞳(に、京一には見える)に、心臓が一気に跳ね上がる。
 体中が心臓になったような感覚に必死に耐えながら、京一は龍麻を見つめた。龍麻もじっと京一を見つめ返し、そのなまめかしく濡れたどこか誘うような唇(と、京一には見えている)がゆっくりと開かれ――
 ホワイト・アウト。

(…っていう夢を見たなんて、言えるかッ!)
「ねー、京一ったらー。早く教えてよー」
「おッ、俺より美里! おまえはどんな夢見た? おまえだったらさしずめ一富士ニ鷹三なすびってとこか、ハハッ」
「私? 私は…」

・葵の初夢
 朝起きると、部屋に母親が入ってくる。その顔が葵だった。
「まあお母さん、いつから私に?」
「何言ってるの、最初からこうじゃないの」
「オネエチャン!」
 そこにマリィが入ってくる。その顔も葵だ。
「まあ、マリィも…」
「葵」
 さらに父親が入ってくる。その顔も葵。
「まあ、お父さんも。私がいっぱいね、うふふ」
「もちろん、ボク達もだよ!」
 そこに入ってきたのは小蒔、京一、醍醐達。その顔も当然葵。
「みんな、いつから私になったの?」
『最初からこうだよ!』
 みんないっせいに答える。
「葵、今日の天気は晴れ時々葵だそうだよ」
「傘を持っていかなきゃだめよ」
「あら、そうなの?」
 外に出る葵。空にはどんよりと雲が立ち込め、その雲いっぱいに葵の顔がすずなりになっている。
「まあ、私が空にいっぱい…うふふ」
 葵が笑うと、空いっぱいに広がった葵の顔達が降ってきながら一緒に笑う。
「うふふ…」
「うふふ…」
「うふふ…」
「うふふふふふ………

「…っていう夢だったわね」
……………………
……………………
……………………
……………………
………なっ、なァ! ひーちゃんは? ひーちゃんはどんな初夢見たんだ?」
「そっ、そう! それぜひあたしも聞きたいわ!」
「そうだな、龍麻! ぜひ教えてくれ!」
「そうだよ、ひーちゃん! お願い、教えて!」
………

・龍麻の初夢
………………………………………………………………………………………みんな、幸せな、夢」
……そうか……
……そっか……いい夢だね。きっとそれ、正夢になるよッ!」
「そうだな…龍麻。おまえのその思いは、きっと神様にも聞き届けてもらえると思うぞ」
「うんうん、絶対そう! そういうのって、シンプルな方がかないそうな気がするしね!」
「うふふ…龍麻、私も本当にそう思うわ」
 口々に言って微笑むみんな。こころなしか龍麻も嬉しそうな気がする。
 と、京一は龍麻が自分をじっと見つめているのに気がついた。
…………
(な、なんなんだ、ひーちゃん、じっと俺のこと見て……)
 龍麻はひどく切なげな(と、京一には思われる)目つきでじっと自分を見つめている。まるでなにか無くしてしまった大切なものを見るように……
(お、俺ひーちゃんになんかしたか? ……いや、待てよ……)
 さっき言ったみんな幸せな夢の話。それを思い出して、その夢の中で京一が果たした役割を懐かしんで自分を見つめているのではないだろうか。夢の中でしか果たせない役割を……
(い、いったいどんな役割だってんだ? みんな幸せな夢だって言ってたよな。みんな幸せってことはひーちゃんも幸せってことで、幸せ…もしかして、俺と…………って、何考えてんだ俺はぁぁぁぁっ!!!)
 龍麻の視線に悩みもだえる京一。実は龍麻の初夢が、朗らかに明るくみんなと楽しく幸せにおしゃべりしている夢で、京一と掛け合い漫才ができたことを懐かしんで自分を見つめているという事実など、彼には露知らぬことなのでありました。

ちゃんちゃん。

2000/02/24