拾八
之伍

続・徐歩

文昌堂様に捧ぐ

 ぜえぜえ。やっと着いた。
うおー、中学校だってのにデカイなあ。私立だからか? …私立なのか?
この「テレジア中学校」ってのは。

 生徒がかたまって出てくる。部活が終わったって感じだ。間に合ったかな?
 オレは、校門の前に突っ立って、その様子を眺めた。
中坊か。こうしてみると、やっぱ子供だよな中学生って。
ほんの三年前まで、オレもこうだったのかなー。
って、オレはこんな可愛らしくなかったか。中三で既に鉄仮面伝説が完成してたもんな(泣)。
同じガッコではもーすっかりみんな遠巻き&無視モードになってたし、余所のガッコの不良みたいなのが3回くらい襲撃に来たけど、睨んだら帰ってったのが2回、もう1回はケンカになったけどタイマン勝負だったんで、運良くギリギリ勝てちゃったんだ。
でも、アレで勝っちゃったから余計に誤解が増えたのか…ああ〜あの時手ェ抜いて負けてれば、オレの中学生活ももちょっとフレンドリーなものになってたかも知れないのに〜オレのバカバカッ。って、後からは思えるけどあん時ゃ怖くてそれどこじゃなかったんだよね。
そういやあの時の相手、元気かなあ。柔道かなんかやってるっぽかったのに両腕骨折させちゃったんだから、あんまり元気じゃないかもなあ…
 そんなイヤな思い出に浸りながら、校門から出てくる生徒をぼんやり見ているうち、その子達がこっちをみてオドオドビクビクしながら通り過ぎるのにようやく気付いた。
し…しまった。そうだよね、こんなトコで高校生のおにーさんが見張ってるだけでも充分怖いのに、オレのよーなのが睨んでたらもうヤクザの出入り並みやんけ。
「くぅらガキども。何見とんねん。ックラすぞコラ。」とか言いそうか? 言いそうかオレ? ヤバッ! 通報されちまう!
 どうしよう〜。とりあえず生徒達から顔を逸らして考える。
自宅とどっちで待つか迷ったんだけど、もしかしたら今日もまた旧校舎の方に来るかも知れないから、その前に会ってお礼言っておきたかったんだ。
もし学校帰りにどっか寄っちゃうとしたら、美里の家の方で待ってても仕方ない。
夜になって、旧校舎で一暴れしてから美里の家に寄る…とかだと、何か改まってて気後れしそうだ。
 …ということで、学校出るとこを狙おうと思ったんだが…これは計算外だった。オレ、どーも自分の容姿とか忘れがちだよな。いくら前髪で隠してマシになったからって、こんだけ怯えられ続けてんのに、どうして念頭に置いとかないんだ。ええ、本年もより一層の努力を、社員一丸となって続けて行きましょうってそりゃ年頭のご挨拶・中小企業バージョンや。メチャメチャベタで寒なったわ。ええ、もう冬ですものね。美里に戴いたマフラーがしみじみ有り難い寒さですわー…って違うやろ。びし。
 はッ。心漫才に流されかけてたら、如何にも教職員な感じのおっさんが校舎から出てきた。
帰るとこじゃなさそうだ、立ち止まってオレをじーっと見てる…やばい、不審尋問されてしまう。されても答えられないんだからカンペキ不審者になってしまうッ。
 仕方ない、諦めてやっぱ美里んちに…と歩き出しかけたときだった。
視界の隅に何かの光が閃いた。
見覚えのある色に、校舎を振り向く。
昇降口のガラス戸の向こう。薄暗い建屋の中でもふわっと翻って明るく輝く金の髪。
…マリィだ!
良かったー、間一髪とは正にこのことだな〜わはは! とか思いつつ、オレは待った。
オトモダチと楽しそうに笑いながら出てきたマリィは、すぐオレに気付いて、嬉しそうに駆け寄って来た。
「オニィチャンッ!!」
 叫んで飛びついてきた、軽くて柔らかい物体を受け止める。うう。ちょっと怖い。
「ヤッパリ、おカゼ治ったネ、オニィチャン!」
うん、マリィのお粥のおかげだ。ありがとなッ。

「エヘヘッ。こうして、手をつないで帰るの、二度めダネッ。」
 そーだな。あれは美里の誕生日だったよな。
そう、あの時も。
「オニィチャン、冷たいヨ! トモダチにプレゼントしないナンテ!」
 マリィは、そうオレを叱ったのだ。
ものすごい衝撃だった。面と向かって叱られた記憶なんてなかったのだ。それも、こんな小さな女のコに。
「トモダチにプレゼント」なんて思いつきもしなかった。つーか、誕生日にプレゼントするって発想自体なかった。
トモダチが欲しいっていつも願ってた割には、トモダチのことを本当には考えてないんじゃないかオレ…と落ち込むほどショックを受けた。
 それと同時に、大事なことを教えてくれたマリィに、心から感謝したのだ。そーだよな、誕生日を祝わずして何が「仲間」だよ。なんたって、生まれてなかったら会えないんだもんな!
 オレを怖がらないマリィ。
京一並みの察しの良さで、オレの気持ちも解ってくれるマリィ。
「ミンナを護るために、マリィももっともっと強くナル!」と言って、熱心に旧校舎に通ってくるマリィ。充分強いのに。
 あの変態ジジイの元で苦労してきただけあって、小さいのに本当に大したヤツだ。
年齢も性別も越えて、オレはかなりマリィを尊敬している。
 …だからこそ。
誤解を解きたかったのだ。
「…どうしたノ、オニィチャン?」
 また、マリィが何となく察して訊いてくる。ありがとな〜。お陰でオレ、ちょっとだけマリィには話しやすいんだよね。
……看病してくれて…ありがとう。」
とにかくお礼をと思って、歩きながら隣のマリィを見下ろした。一昨日の今日でちょっと怖いから、目は見ない。
「ウウン。マリィが悪かったんだモノ。でも、マリィの<<力>>で、オニィチャンが早く治ったんなら、うれしいナ!」
本当に嬉しそうに笑ってくれる。…うう。でも、それは違う! 違うんだよマリィ!
 多分、熱のせいでぼーっとしてて、風邪引いてることに気付いてくれたマリィを、オレは睨んでしまったんだろう。
そりゃまあ確かにあの時は、前日雨に濡れて帰ったのに油断して、すぐ風呂に入るとか髪を乾かすとかしなかった自分を罵倒しまくってたけど、それはマリィに怒ったんじゃない。
そう言いたかった。
オレは、マリィを許したんじゃない。最初から怒ってないんだから。
いつだって、誰かのことを怒ったりなんかしてない。睨んでもいない。オレの気持ちを時々不思議なくらい解ってくれるマリィと京一にだけは、そんな風に思われたくない。
他の人にはどんだけ誤解されても、それはオレの見かけのせいだからと諦めもついてる。
でも、オレを解ってくれる人にまで、「睨んだ」とは思われたくないんだ。
だって…だってそうじゃないと、オレは…オレまた…せっかくトモダチになれたのに、マリィや京一がオレの気持ちを伝えてくれるから、みんなともやっていけるのに、そんな風に誤解されちゃったら…。

……………………。」
 いつの間にか道端で立ち止まったまま、一生懸命言葉を組み立てる。
でも一言も出てこない。
…やっぱダメか。今回はロクに練習してないし、しかもフクザツ過ぎて、思った通り喋れても理解してもらえなさそうな感じだし、無理だろうなとは思ってたんだけど。
……………。」
 オレは、心の中で溜息をついて、諦めた。
そして、代わりの品をポケットから取りだした。
「…?」
不思議そうに、オレの手の中の紙袋を見つめるマリィに、そのまま差し出す。
……礼だ。」
言いたいことの256万分の1な台詞に、何とか念を込める。
ありがとう、オレ怒ってないよ。ありがとう、オレは怒ってない。最初から怒ってない。ありがとう、とっても感謝してる。怒ってなんかいない。ありがとう。
「…マリィに? …開…けてみて…イイ?」
解れ〜解れ〜と念じつつ、大きく頷くと、マリィは小っさい手で袋を開いて覗き込み、それからひょいとひっくり返して中味を手の平に転がした。
………ワァ…キレイ…!」
でしょでしょ? キレイだよな? き、気に入ってくれたかな。
 どうせ言葉に出来ないんだろうから、何かプレゼントで誠意を示そう。
と思いついたまでは良かったんだけど、昨日の今日では大したものも用意できなかった。
元々女のコの気に入るものなんて全く分からないんで、とりあえず授業が終わってから速攻で翡翠の店に行って、ちょこっとだけ置いてある櫛だの手鏡だのを見せてもらって、可愛いっぽいのを選んでたときに、ふと見つけたのだ。
 赤い滑らかな房を手に持って、マリィはそれを振った。
しゃん、ころん…という感じの音が鳴る。
マリィの顔に、ものすごーく嬉しそうな笑みが浮かんできた。
「…オニィチャン…。アリガト…マリィ…アリガト…!」
良かった…気に入ってくれた。あー良かった〜これにして。マリィに似合いそうな可愛い鼈甲の櫛もあって、どっちがいいかかなり迷ったんだけどさあ。
「メフィスト! メフィスト、見て! オニィチャンにもらったの、ホラ!」
 みゃあ、と小さな鳴き声が、上の方から聞こえた。塀の上にいたのか。気付かなかった。
メフィストは、学校に連れてってはもらえないから、マリィが授業を受けている間は家にいて、登下校の送り迎えをしてるらしい。賢い猫だよな。名犬なんとかみたいだ。…なんて名前だっけな。名犬…ええと…名犬…ネッシー? 湖から出てきて送り迎えすんのか。そりゃまた大変な名犬だ。
 メフィストはオレを警戒しながらも、ひらりとその身を捻りつつ、マリィの肩に飛び降りた。うおお、キャット空中三回転! ってそんな古いマンガ知らんがな。三回転でもないし。
「ホラ…キレイでしょう? 音もすごくキレイ…」
「…みゃああ。」
「エヘヘッ。メフィストも、気に入ったって言ってるヨ!」
そっかあ、嬉しいなあ。オレ、メフィには嫌われてるから心配してたんだけど、良かった〜。
「オニィチャン、これ、メフィストにつけてあげてもイイ…かな?」
マリィが可愛らしく小首を傾げた。もちろんだとも。そのつもりであげたんだから。
オレが頷くと、マリィは嬉しそうに子猫の首輪に手を伸ばした。
 マリィの一番好きなものと言えば、やっぱメフィストだろ(美里は別として)。
だから、猫に良さそうなもの…と言っても翡翠の家にカ○缶、猫まっ○ぐら!だのねっこだ〜いすきク○スピー♪だの骨っこだのどじょっこだのふなっこだのは売ってないので、この鈴にしたのだ。
安直かなー今でもメフィは可愛い鈴つけてるしなあ、と思ったんだけど。
早速鈴をつけてもらったメフィストが、にゃあ…と鳴いた。
「見て、オニィチャン! メフィスト、とってもカワイイ! すごく喜んでるヨ!」
マリィは、メフィストの256倍くらい喜んでいる。
その足下にひらりと降りたメフィが、マリィの跳ねるような足取りにあわせてとことこっと歩いた。鈴が、ころろ、ころろ、と可愛い音色を立てる。
マリィが言う通り、なんとなく喜んでるような気がするな。
ま、どうせ撫でたり触ったりはさせてくれないんだろうけど、人の顔見た途端逃げてくのは止めてくれる…といいな。アレ、結構傷つくんだよね。

「…ゆうべ、京一オニィチャンが、言ってた。」
 まだぴょんぴょんと跳びはねながら、マリィが歌うように言った。
「龍麻オニィチャンは、マリィのこと、怒ってないヨって。マリィも、そうかなって、思ったんだケド。」
………………
「…ネ、オニィチャン。オニィチャンは、マリィが気付いちゃったコト、怒ってない?」
 …声が出ないので、必死で何度も頷く。
…うん。
うん、マリィ。そうなんだよ。京一が…そうか。京一の言うとおりだよ。京一…
「良かったァ〜、龍麻オニィチャン大好き!」
なんて言いながら、しがみついてくる手を握り返し、オレは感動の波に溺れていた。
すごいなあ京一。よかったマリィ。嬉しい。なんで解るんだ。二人ともすごい。嬉しい。オレもマリィ大好きだ。もちろん京一もだ。みんな好きだ。うおお。
叫べたら叫んでるだろう、単語のかけらの羅列が頭の中をぐるぐる駆けめぐる。

マリィ可愛い〜vv

文昌堂様 画(原画はこちら

 ぐるんぐるんしたままマリィを家まで送った。
「これから、キューコーシャに行くノ?」
うん。行くさ。強くならなきゃな。
 いつにも増して、力が湧いてくる。
そうとも。オレはみんなが大好きだ。
だからもっともっともっと強くなって、みんなを一人残らず護り続けるんだ。絶対。
ぬおーッ、なんか燃えてきたッス! やるッスよオレはー!!
 明日はマリィも連れてってネー、と叫びながら手を振っているマリィに「ありがとう」の気持ちを込めてお辞儀をし、オレは力強く踵を返した。


 強く。もっと、強くなるんだ。これからもずっと、みんなと共にいるために。

2000/09/15 Release.