LOVE PHANTOM 1

川原雅

 その日、いつものようにラーメンを食べての帰り道。
 いつも通る少し暗い路地で、かすかに猫の鳴き声が聞こえた。もちろん飼い猫やノラ猫はこのへんにはたくさんいるから、猫の声がするのは珍しくもないんだが、なんだか妙に気になったんだ。その声がずいぶんと悲しそうだったからかもしれない。
 でも猫っていうと、怪談になりやすいんだよなぁ。黒猫は不吉の象徴みたいに言われてるしって、げ! 目の前をホントに黒猫が横切ってった! ええっとこういう時はその猫の前を横切りなおせばってもう走っていっちゃったよー。ううう、オレって不幸?
「ひーちゃん、なにやってんだ?」
おたおたしてたら立ち止まってしまってたらしい。晶一が2mほど先で振り返っている。
「なんだよ、なんかいたのか?」
……猫が」
「猫?」
説明しようと口を開きかけて、やめた。お前こーゆーの苦手だもんなぁ。うまく説明できる自信もないし。怪訝そうな顔をされてしまったが、それ以上オレが喋らないのを見て「なんでもないなら、はやく行こうぜッ」と先に歩きだした。

 それからCD屋と本屋に寄って、オレんちのすぐ近くまで来たら、今度はどこからか誰かの泣き声が聞こえてきた。うーっ、今日ってそんなのばっかり?
 よく見ると、家の前に女の子が立っている。わ、金髪。外人さん? 迷子かな。でもオレ英語喋れないしって日本語もろくに喋れんっつーねん。あう、痛いツッコミ。
歳は──小学校の高学年か中学生くらいなのかな。柔らかいウェーブのかかった金色の髪と、赤い服。この子が泣いてたんだな。
声をかけようかどうしようか迷っていると、晶一はそのまま女の子の横を通り過ぎて、玄関に向かっている。あ、あれ? もしかして見えてない? ってことは、幽霊さんかっっ!? そのわりには随分はっきり見えるんですけど…。
「今度はなんだよ、ひーちゃん」
晶一が傍まで戻ってきた。ぽん、と肩に手が置かれる。その直後、「うわわっっっ」と悲鳴をあげて1mほど飛びすさった。なんだ、いったい。オレ悩んでるんだから傍ででっかい声出すなよ。耳痛いし。
「あ、あれ?」
離れた場所からこっちを見て、なんだか不思議そうな顔をしている。それからまたおそるおそるこっちに寄ってきて、二の腕をつかんできた。挙動不審だぞ……
「やっぱいる……
って、お前この子見えるの?
「ひーちゃんに触ってると、見える。金髪の可愛い女の子だろ?」
そういうものなのか。我ながら謎だなぁ。でもお前、顔真っ青だよ。大丈夫か?
「た、例え幽霊だろーと女の子が泣いてるのをほっといたら男がすたるぜッ」
それはちょっと違う気がするぞ。
 オレ達がそんな会話をしている間にも、女の子は泣き続けている。日本にいる幽霊なら日本人だろーが普通、とか思いつつ、言葉が通じるかどうかあやしいのでそっと手をのばしてみた。
オレの手が触れるか触れないかというところで、はじめて女の子が顔を上げた。涙を溜めた瞳で、見上げてくる。ごめんな、驚かせちゃったかな。
「オニイチャン…?」
はい?
「龍麻オニイチャンッ!」
そのままぎゅっとしがみついてくる。どうも誰かと間違われてるみたいだけど……しっかり抱きつかれてしまったので、仕方なく頭を撫でてやる。横で晶一が何かブツブツ言っているが、聞き取れなかった。

 しばらくそのまま頭を撫でていてやると、やっと泣きやんでくれた。それでもまだオレの制服の裾をしっかりと握ったままだ。
「お前、名前は?」
……マリィ。」
「そっか。マリィ、悪いけど、こいつはタツマって名前じゃないぜ。飛龍薫夜ってんだ。俺は一条寺晶一。よろしくなッ」
「龍麻オニイチャント、京一オニイチャンジャナインダネ………
女の子──マリィは、俯いて小さく呟いた。でもどうして泣いてたんだ? 幽霊で迷子ってのもヘンだから、えーと、迷霊。なんだそりゃ。今朝まではいなかったから地縛霊ってわけでもないし。
でもやっぱり幽霊にしてはちょっと変な感じなんだよな。オレにはすごくしっかり見えてるし、話もできるし。よく居る幽霊さんみたいに透けてないし、触れるし。うーん……
「ヨクワカラナイ……気ガツイタラ、ココニイタノ。メフィストモイナクナッチャッタ……
「メフィストぉ? 幽霊の次は悪魔かよ…」
「メフィストハ、マリィノトモダチ。黒イ仔猫ナノ…」
黒猫? って、あれ?
……ひーちゃん、さっき、猫がどうこうって言ってなかったか?」
あの猫かなぁ、やっぱり。仔猫だったかどうか自信はないけど、サイズは小さかったような気がする。
「知ッテルノ?」
「それ、黒猫だったか?」
二人から尋ねられて、頷く。
「んじゃあ、行ってみよーぜ。違ってたらまた捜せばいいさ。なっ」
そうだな、他にあてもないし。でもオレにしか見えなかったら、どーやって捜すつもりなんだ? ずーっとオレにくっついてるわけにもいかないだろ。
「捜シテクレルノ──?」
「ん? だってよ、その……ま、乗りかかった船ってヤツだな。この一条寺晶一さんに、どーんとまかせなさい」
───アリガトウ」
「へへっ、やっぱ笑ってるほうが可愛いぜ、マリィ」
嬉しそうに微笑むマリィと、少し照れた顔で笑う晶一を見て、なんだかオレも嬉しくなった。