LOVE PHANTOM 2

川原雅

 玄関に学生鞄を放り込んで、三人で今来た道を戻る。碧には、学校に忘れ物をしたから取ってくると言っておいた。いや言ったのは晶一だけど。聞かなくてもわかる? そうだよな、とほほ。
歩いてる間にわかったのは、晶一はオレに触ってないと、マリィの姿も見えないし声も聞こえない。マリィの方も人の姿は見えるけど、声はやっぱりオレに触ってる状態でないと聞こえないらしいってこと。とりあえず木刀の先だろうとなんだろうと、どこかが触ってさえいればOKらしい。晶一が面白がって色々試した成果だ。
 そういうわけで、オレは右手でマリィと、左手で晶一と手をつないで歩いている。うう、今は住宅街の間で暗いし人歩いてないからいいけど、駅前まで行ったら恥ずかしいぞこれ。
けど、そうやって歩いている間に、マリィの話が少しだけ聞けた。
龍麻って人はオレと似てるらしい。きっと見た目だけだろうけど。それから京一って人は晶一と似てるそうだ。木刀を肌身はなさずもってるところも一緒だとか。日本って広いなー。
「メフィストハ……ズットマリィト一緒ダッタノニ……
「猫だしなぁ、ちょっとびっくりしただけかもしれないぜ。すぐ見つかるって、心配すんな。ところでひーちゃん」
また俯いてしまったマリィを明るく慰めていた晶一が足を止めた。
「このへんだろ、猫見たって言ったの」
話を聞いているうちに、到着していたらしい。あたりを見回してみるが、それらしい気配はない。声ももう聞こえない。
「その猫、どっちに行った?」
えーっと、こっちから出てきてこう横切ったからっと。少し考えて、猫が去ったほうを指さす。
「学校のほうか。しゃあねぇなぁ。行くか?」
なんか声がイヤそうだぞ? そりゃ一日に何度も学校に行きたくはないけどね。頷いて歩きだそうとした時、いきなりマリィが叫んだ。
「メフィスト!」
オレの手を振りほどいて走り出す。慌てて追いかけつつ前を見ると、道沿いのブロック塀の上に、黒猫がいた。んー、さっき見た猫…かな?
マリィが近づくと、猫は一声鳴いて、ひらりとアスファルトの上に飛び降りた。こちらをちらりと見ると走り出す。
「メフィストッ?」
それを追って、マリィもまた走る。後ろで晶一が「ちくしょう、全然わかんねぇ」とボヤいてるが後回しだ。まさか手をつないで走るわけにもいかないよな、二人三脚じゃあるまいし。それは足だって。
 黒猫──メフィストは、追うオレ達を時々立ち止まってふりかえり、そしてまた軽やかに走り出す。まるで、ついてくるのを確認してるみたいに。どういうことなんだろう?
 何度か見失いそうになりながらもなんとかついて行くと、不意によく見知った場所に出た。ここ、正門の近くの路地だ。メフィストはためらいのない足取りで、パイブでできた正門の隙間から中に入り込んだ。マリィが門の前で立ち止まる。
「ドウシヨウ──
追いついたオレ達を、マリィが見上げてくる。けど、ちょっと待ってくれ。走りづめで疲れたよー。晶一もぜいぜいいってる。
そこで少し休憩して、とりあえず落ち着いたところで、通用門のほうにまわることにした。正門はしっかり鍵がかけてあったし、マリィは乗り越えるってわけにもいかないだろうし。

 通用門のほうは一応閉めてあるものの、閂でとめてあるだけだから簡単に開いた。そっと中に入る。
こんな時間だから当たり前だけど、校舎の電気は消えてるし真っ暗だ。月が丸くなりかかっているので、まったくの闇ではないけれど。
「夜の学校ってさ、なんか不気味だと思わねぇ?」
月明かりの下でよくわからないけれど、また青い顔をしているんだろう。話しかけてきた晶一の背中をひとつ叩いてやる。しっかりしろって。オレだってなー、怖いんだぞっ。見えないだろうけど。できれば校舎の中には入りたくないなぁ。
「で、どうすんだよ。またお手々つないで夜の散歩でもすっか?」
それしかないかなぁ…バラバラに捜しても、見えないものは見つかんないよなー。
「オ兄チャン、アレ!」
その時、マリィがオレの手をひっぱって、校舎を指さした。2階の廊下の窓を、すっと光が動いていく。うひー、人魂とかじゃないよなっっ??
「だっ…誰かいるのか? 警備員さんとか」
晶一も台詞はまともだけど声が震えてる。い、いや、それよりも猫だよ、うん。校舎の中は捜さなくてもいいだろっ? ねっ?
「ま、まず外まわってみよーぜっ。グランドのほうとかさぁ」
うんうん、そーだよね。玄関開いてなきゃ中に入ってないだろうし。う、でも誰か居るってことはどっか開いてるのかな。

 とりあえず、また3人で手をつないで、中庭のほうに行ってみることにした。普段見慣れた風景も、夜だとなんとなく不気味だ。うう。そういや梅雨の頃に中庭の池のところによく女の子が立ってたけど、最近は見ないなぁ。って、よけい不気味になるようなことを思い出してどーするオレ。
「メフィスト……ドコ?」
マリィがあたりに声をかけつつ進む。マリィの声なら、警備員さんにも聞こえないだろうし。月明かりだけを頼りに植え込みの影を覗きこんでみるけど、それらしい気配はない。どこに行っちゃったんだろうなぁ。こっちじゃなくて、体育館のほうかな?
 中庭の真ん中あたりまで来た時、また校舎の窓からわずかに光が漏れたのが見えた。あれって……ふ~けんの部室のあたりじゃないかな。あそこ、色々妙なものが置いてあるからなぁ…って怖い考えはやめよう、うん。晶一も気づいたようで、2階の窓を見上げている。光はほんの短い間だけついていたようで、今は見えない。
「なぁ、なんかおかしくねぇか? 人がいるなら、部室の電気つけてもよさそうなもんじゃねぇか。警備員なら、もっとはっきり懐中電灯の光が見えるだろ…」
だからー、だんだん声のトーンを落とすのはやめてくれっ。
「ドロボウサン?」
マリィが困ったような顔で見上げてくる。そっかー、泥棒かぁ。なら安心だな! ってどこがやねん。大変だろ余計。でもあそこに盗まれるようなものって……ないわけじゃないか、アヤシイ品物の数々が。オレは絶対欲しくないけど。あんなもの家にあったら寝らんないぞっ。
「どーするよ…」
ホントに泥棒だったらこのままほっとくのも寝覚めが悪いし、かといってしっかり見たわけじゃないから警察も呼べないし……。や、やっぱり、見にいかなくちゃダメ? マリィも居るし、あんまり行きたくないんだけどっ。
「ゴメンナサイ、マリィガイルカラ──
い、いやマリィのせいじゃないって。マリィが居たからここまで来て発見したわけで、って、そうか。マリィは多分相手からは見えないから、もし泥棒だったとしてもとばっちりをくうことはないだろうし、別に平気かな?
「よしっ、行くぜ、ひーちゃん!」
ゲホッ、背中を思いっきり平手で叩かれた。痛いよー…はっ、もしかしてこれはどつき漫才の第一歩!? オ、オレもなんか返さなきゃ、と慌ててる間に晶一はオレの手をひっぱってずんずん進んで行く。くっ、まだ修行が足りないぜ(涙)

 昇降口まで行くと、入口の扉は開け放してあった。不用心だなぁ。おそるおそる中を覗いて見るが、真っ暗だ。靴を脱いであがりこむ。
 あれ……なんか……ヘンだぞ。
 校舎の中は窓も全部閉まっているはずなのに、かすかに空気が流れている。もっとも、昇降口が開いてたぐらいだから、他にもどっか開けてあるのかもしれないけど。でもこれは、そんな自然な風って感じじゃなくて───そうか、《気》が流れてる? 妖精さんにつきあって鏡つけかえた時、こんなふうだったよな。けど、あの時よりももっと強い流れだ。
晶一も何か感じたようで、横顔を見ると、ついさっきまで青くなって冷や汗をかいていたのが嘘のように真顔になっている。無造作に木刀を袋から取り出して、そのまま無言で先に立って歩きだした。オレもマリィの手をひいてその後に続く。
 《気》の流れの先は──上か。
 慎重に階段を登って、2階の廊下に出た。流れる《気》が、その密度を増したような気がする。ちょっと重い…それになんか…ちょっと寒くなったような? うううっ、なんかすごくイヤな予感がするぞっ。
「オニィチャン──
思わず手に力をいれてしまっていたのか、マリィが心配そうな顔で見上げてくる。はっ、いかんいかん。マリィのほうがずっと不安だろうに、オレがこんなことじゃっ。ごめんな、マリィ。
反対の手でマリィの頭を軽く撫でてやると、にこっと笑顔になった。なんだか楓に似てるなー。いや顔は全然似てないけど、雰囲気が。マリィも凄くいい子だなぁ。
 こんないい子、絶対になんとかして助けてやらないと、と決意も新たに前を見ると、晶一はふ~けんの部室の前にたどりついたところだった。少し離れてしまったので急いで追いかけようとした時、猫の声が聞こえた。
「メフィスト?」
マリィがきょろきょろと辺りを見回す。廊下に姿は見えない。すると教室の中かな? こんなところに上がりこんでたんだな。どうりで見つからないはずだよ。

 「晶一……
 オレが声をかけようとしたのと、晶一が部室のドアを開けたのは、ほぼ同時だった。
開いたドアから、ものすごい妖気が流れ出してくる! しかし晶一はそのまま中に入っていってしまう。気づいてないのか!?
 ヤバい、と思った時にはもう駆け出していた。部室に飛び込むと、ドアのすぐ傍に立っていた晶一の手を思い切り引っ張って廊下に放り出す。
「ひ、ひーちゃん!?」
事態がよくわかってないらしい晶一の抗議の声がちょっと下のほうから聞こえたけど、オレはそれどころじゃなかった。
 部室のすみに、異常な《気》の塊がある。
窓から入る月明かりに浮かぶそれは、部室に置いてあった、占い用の水晶玉だった。直系20cmほどの透明な玉は、ゆっくりと棚から浮かびあがる。ああっ、やっぱり来るんじゃなかった!(涙) ってさっきの決意はどーしたオレ!!
なかば硬直している身体を無理矢理動かして、身構える。水晶玉が淡い光を放ちはじめる。はうっ、オレの《気》も吸い取ってる、コイツ! 構えた手足から力が抜けていくのが解る。目眩いのような感覚に襲われ──
 ええいっ、くそっ! そんなに《気》が欲しいんならくれてやるっ!!
 気合とともに、水晶玉に向かって蹴りを放つ。同時に水晶玉が激しく輝いた。視界が真っ白に染まって───猫の鳴き声と、晶一の叫びを遠くで聞きつつ、オレは意識を手放した。

 オレは戦っていた。
 相手は、昔絵本で見たような姿の鬼達──ヒトが、オニに変わっていく。やっぱり心の中で泣きながら、それでもそいつらを倒す。
 鬼は、倒すと砂のように崩れて消えてしまう。それでも、それは人間で。人を殺しているのだ、という思いはぬぐえない。
「こうなってしまうと、もう元には戻らない。助けるには倒すしかない──
誰かがオレにそう言った。
助けるために倒す。それは大きな矛盾じゃないだろうか。
「この街を護るために──
別の誰かが言った。それも、よくわからない。街が、そんなに大切なんだろうか?
「俺は自分が死なないために戦ってんだよ。それとお前らに死んで欲しくないから。それで十分だろ?」
どこか懐かしい声がそう告げた。
「俺が死んでそれで他の皆が助かるって言われても、俺は死ぬ気はねぇよ。俺が生き残って、他の皆も生き残って、あいつら全部ぶったおして、それで始めて勝ったことになるんだ。死んじまったらそれは負けと同じだぜ、ひーちゃん」
 戦いは激しさを増していく。
いくら倒してもキリのない化物達。小さな怪我なんかは日常茶飯事で。死なない、と言ったあいつがどこかに消えて、また戻ってきて。
 そうして、ひどく寒い日の夜──オレは斬られた。