午後は碁でGO!!【表】

犬山ヒロ

 その日は、いつものごとく旧校舎で拾い集めた不要な代物の数々を如月骨董店で引き取ってもらい、いつものごとく翡翠にお茶に誘われ、いつものごとく背中に京一を張付けたまま御馳走になろうと、気持ちの良い縁側に腰掛けようとしていた時だった。
………これは……
 龍麻がお邪魔しようとした縁側には、すでに先客が居たのだ。
「ああ、たまには日干しでもしようかと思ってね。以前は頻繁に使用していたんだが、最近はめっきりね」
 龍麻の視線に気が付いた翡翠は、そう説明しながら微かに微笑んだ。
「お祖父様が見えなくなってからは、打つ相手も居なくてね。どうだい?一局打ってみないかい?」
 君の事だから、もちろん打てるんだろう?と言う翡翠と、日干しされているそれ---碁盤と碁石---とを見つめて龍麻は考えた。
(い…いや、打ってる所を見た事はあるんだけど、詳しいルールとかはさっぱり…だって俺と向かい合って座ってくれる勇気ある人、今まで居なかったからさ(シクシク)もっと簡単な五目並べとか、石取りゲームとか、朝鮮碁とかなら解るんだけどなー…で、でも、一寸憧れだったんだよなー。誰かと向かい合って遊ぶの。もしかして、今がチャンスなのか?や…やりたい!!)
 思わず熱心に、結構な年代物らしい、良い色艶した碁盤達を見つめてしまう。だが、囲碁では無く、小さな子供の遊びの様なゲームでも、翡翠は付き合ってくれるだろうか?
 京一とよく、コンビ漫才を組んでいる付き合いのよさを見ているので、快く承諾してもらえそうだが、久しぶりに碁を打てるかもしれないと言う翡翠の期待を裏切るようで、提案し難い。
 どうしようか?と悩んでいると急に、今まで大人しく(?)後ろから抱き着いていた京一の腕に、キュッと力が込められた。
「ひーちゃん」
 何だろう?と振り向くと、意外な近さにむすっとしたような京一の顔があった。
(ん?どうしたんだ京一?あ、もしかして仲間外れにされてるとか思った?そんな訳無いじゃん。それとも自分が翡翠と打ちたかったとか?京一碁とか打てるの?何かそう言うの興味無さそうだけど…あ、もしかして俺と一緒で、簡単な遊びとかなら出来るのかも。うん、そうだよなー。だって麻雀だって、あんなに楽しそうに打ってるものなー。うん、うん、分かった。皆でやろう。五目並べ。総当り戦なんてどうだ?一度もやった事のない俺がビリッ尻なのは当たり前だろうけど、翡翠と京一なら、良い勝負になりそうだし。だからそんな拗ねた顔するなよ)
 じっと顔を見つめ微かに頷く龍麻に、京一は何故か僅かに身を引きたじろいだ。その頬はほんのり紅く染まっている。
(あっ、俺がもたもたしてるから怒った?待ってろ、今言うからな。皆で五目並べをして遊ぼう…五目並べをして遊ぼう…五目並べ…せーのっ)
「やるぞ…五目並べ………

 今目の前では、翡翠と京一が五目並べの対戦の真っ最中だった。
 龍麻が、五目並べで皆で対戦しようと(大分言葉が足りて無かったが)提案すると、二人は何故かとても奇妙な顔で龍麻を見つめたが、京一はすぐに気を取り直し、龍麻の肩をバシバシ叩きこう言った。
「よし、一番負けた奴がラーメン奢りな!!」
 叩かれた肩が微妙に痛かったが、その言葉に龍麻の闘志が燃え上がった。
(京一の奴、俺が負けると分かって言ってやがるなっ。よし、その勝負受けて立つぜ!!やったことは無いけど、こう言うパズルみたいなのは案外得意なんだぜっ(ちょっと強がってみて)ヒーヒー言わしちゃる!!…なーんて言えたらなーつっこんでもらえるのにな…)
「僕は余りラーメンなどは好まないのだが、奢ってもらえるのなら、遠慮なく御馳走になるよ、京一君」
「ってめ!!俺が負ける前提で話を進めんじゃねえっ」
 龍麻が心の中でまごまごしている内に、翡翠が京一と漫才を始めてしまった。京一は弾けるように木刀の入った裟紗を翡翠に向け、つっこみかえしている。
(相変わらずテンポの良い漫才だな〜)なんて龍麻が羨ましがっている間に、最初の勝負は翡翠VS京一に決まっていた。

「う…くう〜…」
 京一が唸っている。先程から京一は「・っ…」とか「ぐっ…」としか声を上げない。
 一方、翡翠は涼しい顔して少しも躊躇い無く、ヒョイヒョイと碁石を並べて行く。
「どうするんだい?此処は四三の上に、こっちを止めてもほら、こちらがもう手後れだよ。こう言う場合は、なんて言うんだろうね?」
「くそっ。あーもう分かったつうに。嫌味な野郎だな」
 京一は苛立ったように、碁盤の上の碁石をガシャッと音を立てながら片付ける。
(うっわ〜翡翠ってめちゃくちゃ強いんだな〜。それとも京一、五目並べあんまり得意じゃなかったのか?それなら、俺とでも良い勝負が出来そうだな。翡翠とやる前に、まずは京一とやって練習したいなー。京一、次は俺とやろう?俺、俺!!)
 そんな事を考えているとは、全く顔面には表れないが、京一をじっと見つめている事に気が付いた翡翠が、すっと立ち上がった。
「なんだ、まずは京一君に止めを刺すのかい?一応あんな彼でも、知性に対するプライドが無くはないらしいから、お手柔らかにね?」
 ちらっと京一の顔に視線をやり、翡翠は龍麻の肩をポンッと叩いた。京一は真っ赤になって怒鳴る。
「ひーちゃんから離れろっ、エロ亀!!」
 何に対して怒っているのかよく解らない、一寸ポイントのずれたその叫びに、龍麻はうろたえた。
(翡翠〜、京一を煽るなよ。俺、こう言うのやった事無いから、胸を貸してもらうつもりで挑む予定だったのに…こうなるんだったら、まずは翡翠に教えを説いてもらってから、京一と勝負した方がまだ勝ち目があったかも……失敗したな〜)
 龍麻は恐る恐る京一の前に正座し、ピシリと背筋を伸ばしお辞儀する。せめて礼儀正しくして、少しは怒りを治めてもらおうと言う、姑息な魂胆だ。
 すると京一ははっとしたように龍麻に向き直り、へへっと笑った。
「まあ、よろしくな。龍麻」
 機嫌のなおったらしい京一に、龍麻はホッとする。ホッとしたついでに心漫才も元気になる。
(前にTVで羽生名人を見た時、こうビシッと決めてて、さっすがプロって感じだったんだよな〜って、プロはプロでも将棋やん(ビシッ)しかも今からやろうとしてるのは碁じゃなくて、只の五目並べやん(二段ツッコミ)でも、あんな風にバシッて打てたらきっと、気持ちいいだろうな〜。バシッて。一寸やってみようかな?)
 スッと、男にしては長く繊細な指を碁笥の中に入れ、黒石を一つ摘み取ると碁盤にそのまま打ってみる。パシンと気持ち良い音が、龍麻の指の間から生まれた。
(あ、今の結構プロっぽくなかった?俺こう言うフォーム(?)見たいな物真似、上手いんだぜ。少しは強そうに見えるかな〜♪)
 ワクワクと京一を見ると、何故だか難しい顔をして考え込んでいる風だった。先程翡翠に惨敗した事により、初手から慎重に事を進めようとしているのだろうか?龍麻の視線に気が付いたのか、京一は慌ててニ手目を打つ。
 それからは結構テンポ良く、互いの石の打つ音だけが響いた。
(えーと、三三は作っちゃ駄目なんだよな。此処はこうやって芽を作っといて。お、なんだ、中々いけそう。ココはこうして京一が打って来るのを誘い出して、その手を潰す為だけに此処に打つように見せ掛けて、こっちと繋げるようにして…あっほら、京一、お前四三作ったつもりなんだろうけど、こっちの飛び四を止めたら、俺が四三だぜ。しかも何処も止められて無いから、お前は守るしかないよな。そしたらこうだ!!へへへ、初めて打ったにしては上手く行ったな〜。京一、もしかして俺が初めて打つのに気が付いて、手加減してくれたのかな?だから最初にあんな難しそうな顔してたのか〜。お前ってやっぱり優しいんだな!!えへへへへへ)
 嬉しくなって京一を見ると、京一はフーと長い息を付いていた。
「まあ、分かってたけどよ。やっぱ強ぇーな、ひーちゃんは」
 そんな事無い。京一が手加減してくれてから、コツを掴めたんだぜ。ありがとな。と龍麻の心の中は、感謝の念でいっぱいになる。いつもは呪いでも掛かったかのように動かない口が、自然と緩む。
「いや…ありがとう…京一………
 タイミングよく(否、悪く?)微風が吹き、普段は長い前髪で隠れている瞳が露になってしまう。不味い、邪眼全開?!と慌てて瞳を伏せようとしたが、京一が嬉しそうに目を煌めかせ、首にガシッと腕を回した。
「何だよ、ひーちゃん。もう奢りの礼かよ!!まあ男に二言は無いぜ。しょーがねえから亀共々面倒見てやるよ」
「…勝負を持ちかけたのは、誰だったかな?」
 今まで邪眼効果か少し固まっていた翡翠が、京一の言葉尻を取って、又漫才に突入する。
 すっかり賭けの事を忘れ、五目並べに夢中になっていた龍麻は、京一の台詞でそれを思い出し慌てる。
(そ、そうだった。ごめんな、京一。俺の身替わりになってくれて。お礼にもなら無いだろうけど、今日の夕飯はお前のリクエストに何でも応えるぞ。洋食とか中華はあんまり作らないけど、遠慮なく言ってくれな)
 自分の考えに没頭していた為、気が付いた時には京一と翡翠は、互いに肩で息をしている状況だった。(主に京一が)
 翡翠はフッと、取り繕ったように笑うと、龍麻にこう言った。
「勝負はもう付いてしまったし、今の対戦で君の強さは十分に解ったから、また今度、囲碁で僕と勝負してくれたまえ」
 龍麻は囲碁のルールはよく知らなかったが、誰かと向かい合ってゲームが出来ると言う状況が凄く嬉しかったので、一も二も無くコクコクと頷いた。
(うんうん、今度までに碁のルール、ばっちりにして来るから、また遊ぼーね、翡翠。絶対だぞ!!)
 そんな龍麻と翡翠の間を引き離すように、京一は龍麻の腕を引っ張る。
「ほら、ひーちゃん。もうそろそろ帰らねーと、タイムサービスに間に合わねえぞ」
 龍麻と過ごすようになって、すっかり行動パターンを把握してしまっている京一だった。
(おっと、そうだった。京一、今日はお前の好物作ってやるからなー)
「…また」
 ピシリと背を伸ばすと、いつものようにお辞儀をし、龍麻は店を後にする。苦笑するような翡翠の声が、「またね」と後を追って来た。
京一には「ラーメン楽しみにしている」とか何とか、一言添えているようだった。
 京一はけっと吐き捨てるように毒づくと、いつものように龍麻の首に懐いて来て、スキンシップ攻撃を仕掛けて来た。

 麗らかな午後の一時に、縁側で友と碁を打つ。

 そんな幸運を噛み締めながら、「いけ好かない奴」と、ぶつぶつ呟く京一の腕をポンポンと、宥めるように触りながら言う。
「好きな物を言え…」
 ビクリと京一の腕が強張ったような気がしたが、浮かれていた龍麻は気にする事無くそのまま言葉を続ける。
「食わせてやる…」
 暫く考えるように間が開き、京一は答えた。
「…ひーちゃんが作るもんは何でも上手ぇけどよ、そうだな。たまにはカレーとか食いてぇかな」
 ボソボソと話す京一の息が、首筋にあたって少しくすぐったかったのだが、そんな事も最早日常になってしまっていたので、特に気に留めやしない。
(カレー?実は結構俺の好物なんだ。へへ、こんな所で以心伝心か?なんたって、俺達、ししし…親友だもんな。俺の作るカレーは本格的で旨いぞっ。時間が掛かるから余り作らないんだけど、一晩寝かせないでも寝かせたような味が出るコツ知ってるんだ。驚くぞ〜京一!)

 龍麻は今日も(心の中で)スキップしながら、帰宅の途につくのだった。

2004/05/28 奪

犬山ヒロ「暴サイト5周年誠におめでとうございます。
ちょうど記念日にお邪魔しました犬山です。新参者ながら、お目汚しにも、お祝の品を進呈したく参上したしだいです。
こう、もっと笑えるものに仕上げたかったのですが…非似表裏です(汗)
何とか似せようと悪戦苦闘したのですが、性格も文体もけして似る事は無く、この有り様です…。
改めて、サーノさんの偉大さには感服です。
こんな代物ですが、裏共々お納め下さいませ。もちろん面白く無ければサクッと削除なさってくださって構いません。と言うかむしろそのほうが…………(脱兎)」 2004/05/28 22:47


サーノ「わざわざ表裏仕立てにして下さって有難うございます! すごい!
なんかこのままこっそり『間幕八之七』とか書いて本編に混ぜてしまおうかと思いま(殴)
…いやいや、楽しく読ませて戴きました♪ 嬉しいです〜♪」2004/06/01 19:50