【いろはさうし(五郎八草子)―いふ・わーるど―】

ばいかる

 ある日ある時ある場所で。
 買い物から帰る途中に偶然、龍麻に出会った。
 なので、一緒に帰ろうと思って、
「たーつまっ!!」
 と、声をかけると───
…………
 返ってきたのは、無言と無表情に私を見下ろす貌。その赤の他人を見るような───否、それよりも更に−31℃程度冷めた視線に、私の背中をナイアガラの如く冷汗が流れていった。
 な、なになにっ? 龍麻、どーしちゃったの?!
「た、龍麻???」
 もう一度呼びかけてみたが、返ってきたのはやはり、
…………
 うわーーーんッ、一体何が起こってるのーーー?!(泣)
 何か怒らせちゃうようなことしたかな? んー…と、龍麻のプラモ壊したのは幼稚園の頃のことだし、おやつのプリン食べちゃったのは小学校の時だし、寝顔に悪戯書きしたのは中学の時だったかな───って、いくらなんでも時効だよなぁ…と言うか、怒るんなら、とっくのとうに怒ってるだろうし。
 必死に原因を考えてみるが、心当たりはまったくちっともこれっぽっちもかけらほどもない。
 これは夢? もしくは幻?? はたまた鬼の陰謀???
 思いきって、顔に手を伸ばしてみた。
“ふにぃ”
…………
 はうっ…感触があるってことは、やっぱ本物…しかし、つねっても無反応って一体…。(汗)
 うんとちっちゃい頃から一緒だったけど、今まで一度たりともこんな龍麻、見たことがなかった。どっちかってぇといつも表情豊か過ぎるくらい豊かで…って、まさか、もしかして。
 表情使い過ぎて、なくなっちゃったとか?
「表情欠乏症(※)───
 ふとそんな言葉が、勝手に唇から零れ落ちていった。
 これって不治の病じゃなかった、よな…どーすれば、治るんだったっけ…? 岩山先生なら知ってるかな…っていうか、知らないなんて許さないし、万が一知らなかったら調べさせるまでのこと!!
 私は龍麻の両肩を軽く叩くと、安心させる様ににっこりと笑った。
「大丈夫。絶対に治してあげるからね」
…………
 相変わらず返事はなかったが、私はそれだけ言うと、すぺしゃるスーパー猛ダッシュで桜ヶ丘病院へ向かった。

* * * * *

 ───のだが。
「あれ、五郎八?」
 その数分後、何故か再び龍麻に出会った。
「…ほえ? 龍麻、どーしてここに…???」
「どーしてって…学校から帰る途中なんだけど。五郎八こそ、そんなに急いで一体どうしたの?」
「どうしたのって、桜ヶ丘にお前の治療方法を…」
 不思議そうに尋ねてくる龍麻に、そう答え───って、ちょっと待て。『不思議そう』に?!
「か、顔ッ!! 治ったの?!」
 慌てて、顔に触ってみる。先程のようにつねったら、思いっきり顔を顰められた。
「痛ッ! 痛いよ、五郎八。だいたい顔が治ったって…何が? ねぇ、大丈夫? 少し落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか! はうぅ、良かったぁ…くすん」
「って五郎八、こんな所で泣き出さないでよ…」

* * * * *

 というわけで、龍麻は何故か勝手に、元に戻ったわけだけど…。
 あれは一体、なんだったのか───それは、未だに謎のままである。


※ 表情欠乏症:そんな症状は存在しません(アタリマエ)五郎八が都合よく創り出しただけです(笑)

2000/05/20 Release.

 相変わらずないろはちゃんですねー(^^)
緋勇の心の中と漫才対決したら、ボケるだけボケ続けるエライ漫才になりそうです(笑)
ちなみに、緋勇視点も続けて戴きました!! せんきう!!
緋勇(オレはツッコミかてしてるっちゅーねん!(びし) ところで、いろはさんって結局何者なの?)←それはみにらにお訊き。