TELL ME

J・B

 季節はまもなく夏。どことなく華やいだ、暖かい、というよりは熱い風が窓を開けた教室に吹き込んでくる。教室の自分の机に腰掛けて、緋勇龍麻は、ぼんやりと校庭を見下ろしていた。
 炎の中に消えた少女のことを思い浮かべると胸が痛む。皆が慰めてくれるのに、どうしてもその思いを振りきることが出来ない。自分のせいだという思いがぬぐえないのだ。
 ふと、視界に白い点が飛びこんだ。いや、よく見れば、紫暮だった。学生服や、体操服の生徒たちの中で、空手着のその姿は異彩を放っていが、まもなく、その姿は校舎の中へと消えた。

 「こういうときは、何もかも忘れるまで体を動かせばいい。俺で良ければ付き合ってやるぞ」
 教室にやってきた紫暮の誘いに、龍麻は「そうする」とだけ答えた。体を動かし、汗をかけば少しは気分が晴れるような気がした。

 しんと静まりかえった紫暮道場で二人は対峙した。鉄の扉は中からしっかりと閉じられており、誰も邪魔は入らないはずだ。
 神棚に一礼し、お互いに一礼する。龍麻は借り受けた真新しい胴着に着替ている。多少のごわつきが気になったが、分厚い生地と、締められた帯の感触が気分をわずかに引き締める。
 「さあ、どこからでも、かかって来いッ!!」
 紫暮は基本に忠実に、軽く握ったこぶしを構え、前に出した左足のかかとをうかせ、時折フェイントをかけて隙をうかがう。対する龍麻は、半身に構えてはいるものの、微動だにしない。
 「ふんッ!! せやッ!!」
 まるで動かない龍麻にしびれを切らせたかのように、左の正拳突きから、上段足刀につなげるコンビネーションが襲いかかる。
 龍麻は、まともにその二撃を食らって壁まで吹き飛ばされた。ずだんっと、激しい音が道場にひびく。
 「どうしたッ! 迷っている暇など無いぞッ!」
 紫暮の、腰に構えた手のひらに淡い光りが宿る。掌底・発剄だ。
 「破ァッ!!」
 突き出された章底から、まばゆい閃光がうちだされる。龍麻は間一髪で横に転がってそれをかわし、その反動で立ちあがる。
 「どうしたッ 本気で来い、緋勇ッ!」
 そこに視線をやれば、発剄の命中した板壁は、見事に陥没していた。紫暮のあげる気勢が、大気を伝わってびりびりと龍麻の背筋をしびれさせる。戦いを望む武道家の熱い血がたぎってくるのを、自分でも不思議なほどに冷静に感じていた。
 …そういえば、比良坂はなにになりたいんだっけ?
 本能だけで、紫暮の正拳の連続突きをさばきながら、そんなことを考える。
 わずかに反応の鈍った所に、数発の拳が命中する。しかし、龍麻の体は痛みを覚えるわけでもなく、その衝撃にこらえて、さらに一歩踏みこんだ。
 「はッ!!」
 両手での掌打の二連打を、岩のような紫暮の腹筋に叩きこむ。わずかによろめいて間合いの開いたところで、左足を軸にして、垂直に蹴り上げる。
 「やッ!!」
 龍星脚をまともに食らった紫暮は、数メートルも吹き飛ばされて床に叩きつけられた。しかし、一瞬後には平気な顔でむっくりとたちあがる。
 「ようやく調子が出てきたようだな」
 そうではなかった。紫暮の闘気に反応して、体に刻み込まれた反復練習の成果が出ているだけだった。
 紫暮の仮借ない攻めに何度打ち倒されたのだろう。そして、何度倒し返したのだろう。お互いに胴着はボロボロに裂け、あちこちに青あざが浮いている。比較的、紫暮の方がダメージは軽そうだった。
 だが、疲労に思考力が鈍るほど戦っても、龍麻の頭の中からそれが消えることは無かった。頭の中で、比良坂の姿がぐるぐるとまわる。炎の中で、彼女はなんと言ったのか?
 舞を舞うようにして、一瞬のうちに剄を蓄える。手のひらに集めたエネルギーが、振り下ろしたその腕の軌道をなぞるように、紅蓮の炎をたなびかせる。
 「聞こえないんだ、君の声が…」
 必殺の巫炎に、紫暮は臆することなく両腕で顔をかばいながら突進し、炎の壁を突きぬける。
 「最後だッ!! 寸指破ッ!!」
 紫暮の指先に極限まで集中された気が、一瞬の隙を突いて叩きこまれた。
 鳩尾の急所につきこまれた指から、電撃を浴びたかのように、紫暮の気が全身を打ちのめす。龍麻は、糸の切れた操り人形のように前のめりにくずれ落ちた。
 「緋勇よ、聞こえて無いかもしれんが…」
 荒い息の中で、紫暮が語り掛ける。冷たい床板の感触を頬に感じながら、龍麻はかろうじて残っている意識をつなぎとめることに必死になっていた。
 「あれは、誰のせいでも無い。彼女自身が、選んだことだ。彼女自身が選んだ償いの方法なのだ。それにお前が責任を感じるなど、十年早い」
 「…」
 「むしろ、彼女をあそこまで追い込んだ奴らを倒すことを考えるべきだろう。二度と、彼女のような被害者を出さぬためにもな。そうでなければ、彼女も浮かばれぬし、お前のことを思う仲間の気持ちも踏みにじることになるぞ」

 紫暮が扉を開け放ったのか、道場の中に涼やかな風が吹き込んでくる。心地よい風が。それにかすかに混じる、花のような香り。この香りは…
 「看護婦になりたいんです… えへへ、変ですか?」
 そう言って少女ははにかんだ。信じられないほど青い空のした。公園の中で。
 看護婦になって、苦しんでいる人を助けたり、誰かの命を救ってあげたいと、そう言ったはずだ。
 比良坂の代わりに、苦しんでいる人を助けたり、誰かの命を救ってあげたいと、心からそう思った。それが、生きている自分にできる、一番のことだと…
 
 「無理はしないで…」
 起き上がろうとした龍麻の顔にそっとあてられた冷たい布の感触。何人もの声が聞こえる。仲間たちの声が。かげがえのない、けして失いたくない仲間たち。
 「みんな、いたんだな…」
 口々に答える仲間の声。全員が、龍麻のことを心から心配していた。
 龍麻は、濡らしたハンカチをあてる手にそっと自分の手を重ね、つぶやく。
 「すまない… もう大丈夫だ。みんながいてくれるから…」


 サーノさま、開設一周年おめでとうございます。ずいぶん遅くなってしまいましたが、貢物です(^^;
 ホントは裏表のひーちゃんで、女スパイとの再戦になやむひーちゃんの姿を勘違いした仲間たちが… とかやりたかったんですが、私には無理でした(汗)
 これからも、がんばってくださいませ。

PS・TELL ME というのは今は亡きhideの曲です。この状況になんとなく、あいそうということでタイトルにしました。機会があれば、一度お試しあれ>ALL

2000/06/01 Release.

 テーマ「バトル」で送っていただきました、大変読み応えのある作品を本当に有り難うございます!
でもって、戴いたマルチサイトもメチャメチャ面白いので、折角だから別ページにしてリンクしました(笑)!! 是非、本編を読んでからご賞味下さい〜。「何で紫暮がそんな(以下略)」という疑問もこれで解消です(爆)!