J・B
「こういうときは、何もかも忘れるまで体を動かせばいい。俺で良ければ付き合ってやるぞ」
教室にやってきた紫暮の誘いに、龍麻は「そうする」とだけ答えた。自分が何を言っても動こうとしなかった龍麻が、紫暮の誘いにあっさり乗ったことに嫉妬めいた感情を抱きつつも、蓬莱寺京一は静かに教室を後にした。階段を降りて、むしゃくしゃした気分を晴らす何かを探すようにずかずかと歩き、校庭から外へ出た時点で思わず硬直した。
「なんだとォ?」
「8人」の力を持つ仲間たちが、ぞろぞろと歩いていた。
「あ、京一〜 探してたんだよ。一緒に行こう!」
「どこへだよ? って言うかなんで…」
「いいからッ 早く!」
分けのわから無いまま、京一は引きずられるようにして仲間たちについていった。
「あー、掌打からの龍星脚だな… 決まったぞ」
紫暮道場の裏庭。道場の壁に脚立が立てられて、上の方の明り取りの窓から京一は中の様子を報告する。紫暮を取り囲んだ仲間たちが、小脇に抱えた回復アイテムを隙無く構えて報告を聞き入っている。
「ぐっ がはァッ!」
「がんばって…」
もんどりうって倒れる紫暮を、醍醐ががっしりと受け止め、葵が癒しの光りをかける。
「ほい、先輩、栄養ドリンク」
雨紋が口をあけたビンを渡すと、紫暮がごくりと一気飲みする。
「ふー、助かった…」
実は、紫暮に頼み込んだのは、葵だった。紫暮の分身は怪我や痛みを共有するが、回復の効果も共有することに気がついたがゆえの苦肉の策。いくら言葉で慰めても効果のない龍麻に、思う存分暴れてもらって気晴らしさせよう、一撃KOさえされなければ、葵と舞子と仲間たちの連続回復で何とかなるはず、と言う作戦。
京一の仕事は、龍麻の技の見きりと予想で、適切にダメージ量を指示することだ。
はっきり言って、面白くない。いいところを紫暮に奪われた気分で、京一はやる気なさそうに指示を続ける。だんだんお互いの技がエスカレートしていくなか、龍麻のうたれ強さは群を抜いている。
「ひーちゃんって、たまに化け物地味てるよな(汗)」
「きょーいちっ! 余計なこと言ってないで次の指示… ああっ! 紫暮君白目むいた!!」
「まかせろっ!」
醍醐が背中に膝を当て、即座に活を入れる。
「がはっ げほげほ…」
超人的な紫暮の精神力で、道場の中の紫暮は一瞬ふらついただけのようだ。
「まあ、あの役よりマシか…」
背中に感じる冷たいものを無視して、一心に戦いを見つめる。出来ることなら、自分が戦いたかった、という思いは、もう薄れている。かなりのダメージを受けて、意識も朦朧といった様子の龍麻は、目だけをらんらんと光らせて地獄の悪鬼もかくやの気勢を上げる。
「やべッ! でかいのが来るぞッ!」
「お、俺は死なずに済むのか…」
「うふふ、大丈夫。体持たぬ精霊の…」
「がんばってぇ〜」
力とアイテムが雨あられと紫暮に降り注ぐ。
「うォ、紫暮先輩が黒焦げに」
「しっかりしろっ」
醍醐が汲み置きの水を紫暮にぶちまける。
「終わったぜ!」
京一の声に、仲間たちは一斉に道場へと走っていった。
ひっくり返った紫暮と、生贄を前にした悪魔のように、にんまりと笑う裏蜜を置き去りにして…
ブスブスと煙を上げつつも、聖人のような忍耐力と、持ち前の生命力でかろうじて生き延びた紫暮は目に涙を浮かべながらぽつりとつぶやいた。
「お、鬼だ。みんな…」
南無ゥ…
2000/06/01 Release.