壱周年感謝之言葉 感謝

サーノ

 ああもう、やだやだ。
そりゃ、また敵が出るようになったんだから、ちょっと鍛えておこうとは思ったさ。でも、こんな毎日来るつもりなんか全然なかったんだぜ? はあ…。みんな、ホント鍛えるの好きだよね。
 今日は、本当にほぼ全員と言えるほど沢山集まったので、思い切って「せっかくこんなに沢山いるんだし、鍛錬は止めて、みんなでどっか遊びに行こうよ」って言うつもりだったのだ。
でも、どうしても地下に行きたい雷人やコスモの皆さんにあっさり反対されて、結局またここにいる。何故かあみだくじとかでメンバー決めたり、ホントみんな楽しそう。
オレとしては、どっかで平和にメシでも食ったりカラオケ行ったり(いや、オレはもう歌わないけどな、絶対)花見とか月見とかしたいんだけどな。
でも、みんなが望むんだから、仕方ないや。多数決になっちゃうと、弱いよな…。

 うおっと!!
やべ、今日ちょっと集中してなかったから、とどめ差し切れてない!!
どりゃああッと、飛びかかってきたバケモノを殴りつけた。…はあ、危ねェ危ねェ。
ダメじゃないか、しっかりしろよ。これしか出来ないっていう唯一の、仲間にしてもらえてる理由が、この「闘うときだけ役に立つ口と腕」なんだから、集中しないとな。制服だって、昨日縫ったばかりなのにまた切られちゃったし…うう。また縫うのか…
 なんてことを考えていたら、突然、ぐにゃりと視界が歪んだ。
うええッ。き、気持ち悪いッ? 何コレ、身体が…寒いっつーか熱いっつーか痛いっつーか気持ち悪いっつーか? なななんだよッ??
ぐらんぐらんして、何がなんだか分からない。
京一の声がした気がするけど、よく見えない。そ…そこにいるのか、京一?
 オレ…もしかして…………死ぬの?
ま、ま、待っ…
 身体が、内側からバクンと爆発するような衝撃があった。
目の前が真っ暗になった。
ふっ…と、気が遠くなった。
 …あっけない…もんなんだな…

……つまッ!」
「…た……のよ…」

 遠くで、みんなの声が切れ切れに聞こえる。
……ん?

「そ……かな…」
……くん………たつ…」

 そーっと目を開けてみた。…やっぱ真っ暗だ。
気持ち悪いのも熱いのも収まってるけど、何だか身体がいづい。
あ、「いづい」ってのは仙台弁だ。意味は…うーん、「落ち着かない」っていうか、痛くはないけど変な感じっていうか…とにかくいづいんだよ! 解っとけ! って何で逆ギレしとんねん。大体誰に逆ギレしとんねん。びし。
 …びしって…あれ? 手が…??
手を動かそうとしたら、何だか全然勝手が違うことに気付いた。あれれ?
立ち上がろうとしても、何故かうまく背中が伸びない。膝をついて…って膝もつかないやん。床から手を離そうとしても離れない。な、なんだッ?
無理矢理四つん這いのまま起きたら、頭がつっかえた。
…布? 何だこれ? ああ、死んだとき顔に載せるアレか? だから暗かったのか〜ってちょっと待ってよー! やっぱオレ死んだのかよー?!
 上手く動かない手で布をたぐったら、ぼんやり明るい「外」が見えた。
急いでガバッと外に顔を出したら、みんながいた。ああ良かった…何でもなかったんだな、オレ! ばんざ〜い!
あ、京一! オレ助かったんだよねー!?

「みゃあ」

 …は?

い…今の、オレの声…?
 いつものあの、ホラーハウスの中に響く死神の呪いみたいな声じゃなくて、何やら可愛らしいほどに甲高い…しかも、「みゃあ」ってキミ。オレがみゃーみゃー言ったら怖いやろが。
「みゃ…」
ヴ…何でだ。みゃあ、としか言えないぞ。名古屋人じゃないできゃーも。
京一ィ〜。立てないし、なんかやたらとみんながデカく見える気がするし、オレどうしちゃったの?
 と、視線を落としたら。
…手。
……これ、オレの手?
慌てて、首を捻って全身を見渡す。…毛が。黒い毛が…これ、制服じゃねェよなあ?
つーかオレの手ー!! ににに肉球ー!!! これじゃ猫パンチしか出来ないやんかーッ! いや猫パンチでも<<気>>を乗せれば結構威力が…あああ、現実逃避ボケはええねんオレ!
オレ、オレ、猫になっちゃったー!?!?

 オレの内心のパニックなんか全然無視して、みんながオレを囲んで色々と話し合っている。
「何でこんなことに…」
オレもそれを知りたい。それより、元に戻んのか? コレ。
 心配そうに見下ろす京一に、救けて〜と訴えたいのに、出てくる言葉は「みゃー」だの「にゃー」だの。これじゃ全然思ったこと伝えられない。って普段も全然伝えられてなかったか、そういや。わははは…って自虐ボケはヤメロつってんだろ、オレ。
「ねェお兄チャン、お兄チャンでしょ?」
うんうんマリィ、オレだよー。メフィストちゃん、オレだよー。
マリィの可愛い子猫は、いつも通りフーフー唸って毛を逆立てながら逃げた。…うう、猫になっても猫とお話が出来るわけじゃないのネ。つまらん。一度、どうしてみんな逃げるのか、聞きたかったのに。やっぱ人間と一緒で、この「睨んでるような眼」が怖いのかなあ。オレ、メフィストみたいな猫も、犬も、可愛くて大好きなのに…とほほ。実家で飼ってた犬も、オレには全然懐かなかったんだよな。
こんなに嫌われるとなあ…オレって実は魔物かとか思っちゃう。いや、もしかして悪魔? 怪人? 獣? いやッ! 男なんてみんなケダモノよーッ! そっか、じゃあオレもケダモノでいいのか。って何の話やねん。びしっ…っていやいやツッコミじゃなく、マジで。
何で「男はケダモノ」なんだろう。まあ、オレとかムサクルシイのは、熊とか雪男とか言われても仕方ないけど…って雪男は獣ちゃうやろ(びし)。
じゃあ女は何だろう? …「クダモノ」? 何でやねん。ダジャレかい(びし)。いえいえ違いますがな。そのココロは、どちらも柔らかくて、大事に扱わないと傷が付きやすい…お後がよろしいようで。てけてんつくてん♪
 …ふう。
ちょっと落語気味な心漫才だったが、少しは落ち着きを取り戻せたので、冷静に考えてみる。
人間が猫になっちまうなんてこと、あり得るのか?
…ないよな。童話じゃあるまいし、カエルはカエル、王子様は王子様だよな。
つーことは…夢か。
そうだ、きっと夢だ! ちょっとリアル過ぎるけど、どこから夢か解んないけど、こりゃあ夢なんだな。なーんだそっかそっか。
 オレは座り直して、みんなの顔を見上げた。
みんな、心配してくれてるなあ。猫になるなんて随分おかしな夢だけど、悪い気はしないな。えへへ。
 なんて失礼なことを考えたら、いきなりバチが当たった。
「院長センセーなら、キット治シテくれるヨ!」
……………な、何ィイッ!?
ちょちょちょちょっと待った、オレ、桜ヶ丘に入院させられるのッ?
い、イヤダ。
普段だって充分怖いのに、こんな猫で可愛い声で小さかったら、オレ…オレ絶対あの先生に食われちゃうよ!
嫌だ! 嫌だって思ってんのが解らんのか! こら京一、オレの気持ち読んでくれー! ああ、猫じゃ以心伝心も出来ないのかー!?
ヤバイ、話の流れが何だか桜ヶ丘に行こうって方向に。止めろ桜井、余計なことを…う、裏密ー!? イケニエにされるー! イケニエになって変なアクマみたいなのに食われる、ぎゃーどっちにしろ食われるやんー!!
「それでいいな? 龍麻。」
いいワケねーだろーッ!!!
 オレは走り出した。
ごめん、みんな。でもオレ、死にたくないッス。特に食われて死ぬのは痛そうだからイヤですー!!

 ぜー。ぜー。
勝手が分からないので、あちこちに身体ぶつけちゃったよ…痛てて。
でもまあ、猫だと解ってるから、猫になったつもりで動けば結構ちゃんと行動出来るな。さすがは夢だ。
…夢なんだから、別に逃げなくてもって気もしてきたけど…でも逃げなかったら確実に「悪夢」が待ってるもんな。こんなリアルなのに、悪夢はやだよ〜。
 はー。
それにしても、どうしよう…いつ夢から覚めるのかな。
さっきの戦闘までは本物で、倒れた拍子に頭でも打って気絶しちゃって、それでこんな夢を見てるのかなあ。
 はッ! だ、誰か来た!
慌てて、倒れていた古い机の陰に隠れる。…京一だ。
「ひーちゃん…居ねェのか、ひーちゃん!」
息を殺して見つめてたら、京一は大きな溜息をついて、がっくりと肩を落とした。
……………
心配して…くれてんのかな。
みんな、探してくれてるんだよな。
う…め、迷惑かけるつもりは…
 何だかものすごく後ろめたくなって、オレはそーっと京一に近づいた。
「…ひーちゃん」
は、はい。
 返事をしたら、京一はビックリしながら座り込んだ。
「…ッたく、ビビらせんなよな、ひーちゃん…」
うん…急に逃げて手間かけちゃって、ごめんなさい。
叱られるのを覚悟して、正座…は出来ないのでお座りする。
「…何で逃げ出したんだよ。」
少し怒った声で、手が伸びてきた。うう、な、殴られる?
 でも、身を固くして待ってたら、ゲンコツは飛んでこなかった。
「俺は…俺だけは触っても構わねェんだろ。違うのかよ…」
へ? あ…な、殴るんじゃなかったのか。そ、そりゃあもう、オレはスキンシップは随分慣れたさ。突然後ろから抱き付かれたり、髪の毛グシャグシャっと撫でられたり、首筋とか耳とかくすぐられたり、もうお前の攻撃はほぼ何でもOKだ。
「へへへッ、まったく臆病なこったなァ。」
う…そ、そんな…。そりゃまあ確かに、オバケも高いとこも苦手だけど、でも桜ヶ丘の先生はお前だって怖がってたじゃないかよ。オレなんか今こんな身体でさ、あの人なら猫だって犬だって一口で食っちまうだろ? …待てよ、猫は不味いって聞いたことあるな。中国人も猫だけは食べないとか、そういう…そ、そうか。じゃ、食べられずに済む…かな。

 と、ニヤニヤ笑っていた京一が、ふと真顔になった。
じっとオレの顔を覗き込む。…もしかして、オレの気持ちを読みとろうとしてくれてんのか。
あのね、オレ院長先生が怖いから逃げたんだけど、みんなに悪いから、やっぱ病院に行くよ。そ、その代わり、オレが食われそうになったら救けてくれよな? 頼むぜ?
 通じろ〜通じろ〜とか思って睨んで(だから睨んだらイカンがな)たら、ちょっと京一が眉を顰めた。読みとりにくいのかも知れない。
思い切って、京一の膝に乗ってみた。こんだけ近けりゃ結構伝わるかも、と思ったのだ。
 …だけど。
……な、なんだ…この居心地の良さは…。
あったかい。
オレ今は全身毛皮なんだから充分あったかいんだけど、ホント体温高いよな京一。う…急激に眠気が。あ、そうか、オレ猫なんだもんな。人間の膝の上とかコタツとか、あったかいトコにいると眠くなるのも道理だ。うんうん。
 京一の顔を見上げてみると、ビックリしたままこっちを見ている。
…………夢…だよな。
夢なんだもん…な。現実じゃないもんな。
 迷いに迷った末、オレはその場に丸くなってみた。
うおお…き、気持ちいい…このまま眠りたいー。ああ、はっきりくっきり猫の気持ちが解った。このあぐらの形がまた、丁度イイくぼみになってて身体の収まり具合がちょーど良くて…
 ふと、頭に何かが乗った。ゆっくり動き出して初めて、京一が撫でてくれてるんだと解った。
…てへへ。気持ちいいなあ。
アタマ撫でられるって、いいもんだな。なんてのか…「誉められてる」っていうか…少し違うな。「許してもらってる」感じ…かな。
「いいんだよ」って。言ってもらってる気がする。
いいんだよね。甘えてても、だって夢だし、ちょっとだけだし。
 普通ならこんなこと出来ないし、してもらえないだろうな。膝に乗ってアタマ撫でてもらうなんて。
ああ…でも。
あったかいなあ…。
小さくなった気分。身体がじゃなくて、小さな子供に戻った気分。
お父さんの膝に乗って昼寝して、こうしてアタマ撫でてもらうんだ。
オレにはそんな経験はないけど、こんな風に、あったかい気持ちになるんだろうなって想像はつく。
 手が、頭から耳の下、首の方に滑り込んできた。
気持ちいい…普段なら絶対くすぐったいのに、さすがは猫の身体だ。ますますあったかくなってきた。
いつ目が覚めるんだろうとか、なんで猫なんだろうとか、もしかしたら突然場面が切り替わって次はいきなり桜ヶ丘の手術室だったら怖いとか、そんなことを考えていた脳がだんだん眠っていく。
 …もーいいや。
今だけでも、この気持ちよさに集中して、たっっっっっぷり味わっとこ。
いいよね、夢の中でくらい、甘えちゃっても。
現実でやったら、いくら京一でもビビるだろうしな。あはは。
 あー…うとうとしてきた…眠る…いや目が覚めるのかも知れない。
もちっと撫でてもらいたかったな…って、いつの間にか指がすっかり止まってるやん。ケチ。
きょーいち、もーちょっとだけ撫でてくれ〜。

「痛いの痛いの、とんでけェ〜。」

 ぼーっとした頭に、どっかで聞いた台詞がこだました。
……ん?

 ふ、と、急に空気が変わったような、気圧が変わったような、すごく変な感じがした。
…寒い。
あれ…京一?
上にあった筈の顔が、すぐ横にある。…なんでビックリしてるんだろう。それより、オレすごく寒いんだけど…
「…んぎゃあッ!?!?」
うぎゃあッ!!
ちょ、ちょっと…な、なんで!? 何で突き飛ばすんだよっ? ひどい〜。
 真っ青な顔で飛び退いた京一は、後ろの机とイスの山にどかんとぶつかった。ゴツンと後頭部ぶつけた拍子に、上の机の引き出しから古い教科書が落ちて、京一の頭にボサッと当たる。カンペキ、ドリフのコントだ。わははは。
 と、(心の中で)笑ってたら、目の前に突然学ランが降ってきた。
おお、寒いと思ったら、オレ裸やん…って、なんだ、人間に戻っちゃったよ。これ夢? ここは現実?
よく分からないけど、まださっきの気持ちよさが残ってるせいか、やたらと眠い。
寒いから服は着たい…んだけど…ダメだ。
睡魔に勝てず、オレはぱたりと横になった。…ごめん。なんだか全然良くわかんないままですけど、…おやすみなさい。

 次にはっきりと目を覚ましたときは、何故かオレは部屋にいた。
そのため、結局未だにアレのどこからどこまでが夢だったのか全然解らない。
ただ、何だか知らないけど翡翠が沢山アイテムを持って来て、呪いは恐ろしいものだから避けられるものを身につけろとかいって、ワケの分からないものを大量に買わされた。
それに、しばらく京一が話しかけてくれなかったので、もしかしたら現実だったのかな…あんな甘えたりして、ちょっと恥ずかしかったな、なんて反省したりもしたんだけど。
 …でも、やっぱ、すごく気持ちよかったな。
つい思い出してはニヤついちまうオレなのだった。…無論、心の中でだけ、だけど。

2000/06/04 Release.