Winter,again

えびちよ

 前略

 緋勇くん、お元気ですか?
 東京は楽しいですか?
 こちらは先日たくさん雪が降りました・・・・。

 その葉書はテーブルの上に他のDMと分かれて置かれていた。
人の郵便を勝手に見るなんてのはルール違反だと解ってはいたが、その字が女の文字だったことに気付いた俺は自分でも無意識のうちにそれを手にとっていた。

 内容は天候の話や龍麻の健康、こちらで友達はできたのかという他愛ない問いかけだった。しかし、その何気なく綴られた言葉の向こうから龍麻の身を案じる切々とした想いが伝わってくる。
 表の名を見ようとした瞬間、料理を盆に載せた龍麻が静かに現われた。
「!・・・わ、悪ぃ!わざとじゃねーんだっ」
 狼狽した俺の声に龍麻がふと首を傾げた。表情は変わらない。
 それで俺は体の影になって、龍麻からは俺が勝手に手紙を見ていたとは解らなかったのだと気付いた。自滅・・・馬鹿だ、俺。
 気まずい雰囲気が漂う。
 手にした葉書を置く事もできず、俺は龍麻と睨み合うような形になってしまった。
 龍麻も相変わらず表情を変えないまま、じっと俺を見ている。
「あ、あのさ、ひーちゃん・・・」
「置いて、いいか・・・」
 同時に出た言葉。
 俺の下らない言い訳を聞きたくも無いのか、龍麻はさりげなく料理に目を落した。
「・・・お、おう!へへ、美味そうだなっ」
 それでも俺が少しほっとしたのは確かだ。誤魔化すように笑いながら、机の上のDMや雑誌を避ける。その上に葉書を置いて、サイドテーブルの方へと移した。
 さりげなく表向きに置いて、差出人の名を確かめる。
 住所は仙台市、名前は・・・雨に濡れたのか擦れている。しかし、苗字の有間という文字は読む事が出来た。
 誰なんだろう。そして、龍麻にとってどんな存在なのだろう・・・?
 振り返ると龍麻は丁寧な手つきで料理を並べている。
その端整な横顔には何の感情も浮かんではいない。
 勝手に見られても困らない相手なのか・・・それとも内心の憤りをいつものように仮面の下で押し殺しているのか・・・。後者と思ってしまうのは俺の引け目って奴だろうか。
 それでも、聞いてみたかった。
 龍麻の過去につながるこの女のことを。
 ・・・もしかして、龍麻が決して語ろうとはしない奴の心の傷痕に関わる人かもしれない。
 俺は鼓動が速くなるのを感じていた。
「あのな、ひーちゃ・・・」
 俺の声に龍麻が顔を上げた。長い前髪がばらけて、強過ぎる光を宿した黒い双眸がまっすぐに俺を射貫いた。
 俺の問いかけを察し、それを拒絶するかのように・・・・・・。
 反射的に口をつぐんだ俺をしばし睨むように見つめ、奴は自分からその視線を外した。何故か、戸惑うように。
 それで俺は、自分の疑念に確信を抱いた。
 やはり、この葉書の差出人・・・有間という女性は龍麻の過去を知っている。そして、そのことから龍麻は俺に過去を知られるかもしれないことを恐れているということを。
 恐れて・・・それは違うか。奴は何も恐れない。何者にも動かされない。
ただ過去の何かだけが奴の心を捕らえ、その感情の全てを封印してしまっている。
 俺はその何かを知りたい・・・。奴の心の向こう側を・・・。
 それを龍麻が望んでいないことは百も承知だ。
 無理に聞き出そうとしても結局冷たく拒まれるだけだろう。
「・・・冷めるぞ」
 これ以上俺に何も言わせたくないといわんばかりの龍麻の言葉。
「おう、すまんすまん」
 俺は笑って席に着いた。
 諦めた訳じゃない。決して諦めやしねぇ。
 いつか、こいつの心を開いてみせる。
 ふと、さっき見た文面が頭に浮かんだ。

 こちらは街中真っ白になりました・・・。
 とても、綺麗です。

「なぁ、ひーちゃん」
 料理を頬張りながら、俺は笑って言った。
 きちんと背を伸ばしてみそ汁を口に運びかけていた龍麻がふと動作を止めた。
「いつか・・・この闘いが終わったらさ、いっぺん仙台を案内してくれよな」
 俺の言葉を聞いた時の龍麻の表情は、やっぱり変わらなかった。
それでも、
「・・・あぁ」
 その静かな肯定の呟きは、確かに俺の耳に届いたのだ。

 いつか、全てが終わった時、こいつと二人で白い街ってやつを見てみたい。
 その時、こいつの・・・龍麻の笑顔は見れるだろうか・・・。

終わり