二番だし
いつもの道を二人、何も言わずに歩く。
冬の陽は短く、一瞬の夕暮れはとうに消えていた。夜の闇の中、ぽつりぽつりと浮かぶおぼろな街灯の下を縫う様に歩く。
無言のまま歩く京一は、後ろを付いて来る龍麻の気配を感じながら苛立ちを抑えられずにいた。
───以前はこんな風ではなかった。
同じように同じ道を歩いていても、二人肩を並べて歩いていたのだ。京一の他愛ない戯言と、時折頷く龍麻の姿があった。
ほんの一月に満たない前のことなのに、ひどく遠い夢を見ていたようだ。
あの頃はこんなことになるとは夢にも思ってはいなかった。
ただ、側にいることが嬉しくてそれだけで満ち足りていたような気がする。
そして、こいつに負けたくないという気持ちをばねに自分を鍛え上げていく日々。傍らに立つ【相棒】に恥じない様に・・・。
何がいけなかったのだろう。
壊したかった訳じゃない。
失くしたかった訳では無いのに・・・。
過去と想いを手繰れば見つかるその答えはいつも同じ。
自分だけが空回りしているという絶望。
その疑念は前からあった。
龍麻の目が何も見てはいない事。こちらを見ていてもその瞳の奥に自分の姿が映る事はついぞ無かったように思う。
その心に自分の存在を刻み付けたくて、がむしゃらに闘ってきたのかもしれない。
敵と?
それともこいつと?
今はもう、自分が何をしたいのかさえ解らなくなっていった。
気付かなければ今も幸福な幻想の中にいられたのだろうか。
そんな偽りの幸福など望んではいないが、今の状況を受け入れられる程強くもない。
堂々巡りの思考の迷路に迷った挙句、怒りをぶつけるように龍麻を傷つけていく。
しかし、それさえも龍麻の透明な壁の表面さえ傷付ける事なく上滑りしていくようで。
せめて拒絶の言葉の一つも口にしてくれれば・・・。祈るような思いとは裏腹に、エスカレートしていく行為。
このまま、あの部屋まで辿り付けばまた同じ事を繰り返すのだろう。
それが解っていても足は止まらず、龍麻も解っているだろうに拒もうともしない。
どうでもいいと思っているのか。
京一の事も、そして自分のことさえも・・・。
ひらり、と目の前を何か白いものがよぎった。
咄嗟に見上げた京一の目にその白い欠片が落ちて、溶けた。
「・・・雪だ」
ひらり、ひらりと躊躇いがちに、けれど途切れる事なく舞い落ちる雪。
思わず空を見上げ、足を止めた京一の背に龍麻がぶつかった。
振り返ると、いつもの無表情のままでこちらを見つめている。
その視線が、京一と同じものに気付いて、同じように空を見上げる。
暗い夜からゆっくりと降りてくる白い結晶。
夜の色と同じく黒い龍麻の髪にそっと触れては消えていく。
何の感情も顕わさないはずの唇にもひとひら雪が落ちて、それが消える刹那、ゆっくりと笑みが浮かんだ。
黒い瞳に映る白い雪。
ここにあってここに無いものを映して。
それを見た瞬間、京一の中で何かが壊れる音がした。
乱暴に腕を引かれた龍麻がバランスを失い、京一の胸に倒れ込む。息がつまるほど強く抱きしめられ、優しさの欠片も無い口接けを強いられる。
「・・・!」
必死に腕を突っ張って、その一方的な抱擁から逃れようとする龍麻の背を捉え、放さない京一。
固く目を閉じて、その嵐のような口接けを受け入れていた龍麻の頬に、雪とは異なる、温かな雫が落ちた。
「!?」
見開いた目がその正体を確かめる間もなく唇が解放され、その代償の様に肩に顔を埋められた。声どころか息さえも出来ないほど強く掌で頭を押し付けられて。
振り返る事さえできない龍麻の耳に、確かに京一の慟哭が響いた。
「・・・龍麻・・・」
血を吐くような声が、骨さえ砕けるかと思わせる程の力で抱きしめてくる腕が、京一の全てが訴えかけてくる。
お前が、お前の心が欲しいと。
けれど・・・。
「・・・きょう、いち・・・」
ゆっくりと、宥める様に京一の背に腕を回した龍麻の声は低く静かで・・・京一の心に届くような感情は、何一つ込められてはいなかった。
聞こえるのはお互いの鼓動と、低く響く片方の慟哭。
二人だけが取り残された世界で、交わる事の無い想いだけがただ、白い雪に塗り込められていった・・・。
09/30/1999 Release.