拾七
ノ後

もう一つの野望

 うう…なんかまたヤ〜な感じのトコに着いた。
墓だらけってことは、…霊園? また霊園!? 夏に何とか霊園に行ったばかりなのに。
「夜の墓場なんて、青山霊園だけで十分だッ。」
それそれ、青山霊園だった。あそこも怖かったけど、ここはまた一層不気味だよ〜。墓が並んでるんだから当然だけど、ホント、如何にも何か…
「龍麻くん…。何か…、いるような気がしない?」
う、うん。いるような気がするよな、こう、墓が並んでるとさ。その辺からふわ〜っと…ギャー怖ッ。

 何でオレたちがこんな怖いところにいるかというと、さやかちゃんを見送った後、いきなり変な子供がワケの解らん難癖を付けてきたからだ。
人間が自分の仲間を何万匹も殺したーとか、オレらの仲間がお腹で泣きわめくとか言うので、「そーか、これが噂の池袋ノイローゼ患者の一人か。こんな小さい子まで漬け物にやられてるのか、それとも都会のお受験戦争のせいで本当にノイローゼなのかも」なんて思ってたら、いきなり走り出したので、ここまで追ってきたのだった。
 それにしても、どうして東京って怖いトコばっかりなんだろ。地上は墓地だらけで地下は洞窟だらけで。ノイローゼの原因、実はそれなんじゃないの?
「君たち…。」
ギャーーーーーーッ!! でででーでー出たーーーーッ!!
…って…な、何だ。ただの顔色の悪いオジサンか。ビックリさせんなよッ。どうせ顔には出てないだろうけど、ホントに口から腎臓飛び出すトコだったやん。って、そこは心臓が飛び出せよ! びし。いや心臓飛び出したら困るやろ。そういう意味ちゃうわー! びし。
心漫才でネズミ並の速度になってた脈拍を落ち着かせている間に、OLっぽい女の人や、さっきの子供や、他の変なことをブツブツ呟くノイローゼ患者らしき人たちに、すっかり取り囲まれてしまった。
何でこんな霊園に集まってるんだろ。人間を喰い尽くすって、もしかして墓を掘って死体でも漁ってたのか? こういう霊園に埋まってるのって、骨壺だけだろうに…ああ、だから腹減ってて、オレたちまで襲おうとしてるのか、納得納得…って頷いてる場合じゃないよ! 逃げなきゃ…
「みんな───!! 早く、こっちへ!!」
「えッ!? …あッ!!」
「天野サンッ!!」
 ホントだ、天野さんだ。何でこんなトコに?
ああ、アン子ちゃんと同じで、このノイローゼ事件と漬け物石との関係を調べに来てたんだな、きっと。流石は天野さんだ。
 オレたちは、天野さんに従ってその場を逃げ出した。
ノイローゼ患者たちは、まだ追っかけてきていたが、動きがトロイので、少し走ったら見えなくなった。
でもあのトロさが、古いホラー映画みたいで怖いんだよね。あれだけ遅いんだから大丈夫、と油断したところで出てくるの。立ち止まって休憩してたら、いきなり後ろにドーン! と立ってたり、その辺の路地からヌオーッと出てきたり…うう、怖い。
天野さん、随分走ったのに全然止まらないとこ見ると、きっとオレと同じこと考えて怖がってるんだろう。ちょっと親近感だ。
でも、流石にそろそろ、と、止まってくんないかなあ。はひ〜。

 …ぜーはー。ひー。ふえー走った…疲れた〜。
公園みたいな所まで来て、先頭を走っていた天野さんがやっと止まった。も、もう安全なのかな? ふう。
すっかり息は切れるわ足はガクガクだわ、オレも年だよねー。18だけど。あーあ、汗でびっしょり…ってあわわ、髪が濡れて邪眼が見えちゃう。隠せ隠せ。
「緋勇…くん。あなたは大丈夫かしら?」
あ、はい、心配してくれてありがとうございます。いやー全然大丈夫じゃないっすよー身体ガタガタですよー。
というつもりだったんだけど、最初の「はい、心配してくれて」の分の頷きで、天野さんはつまらなそうに「もう少し、疲れているかとおもったけど…」とブツブツ文句を言った。違う違う、そういう意味じゃないって。天野さんせっかちだなーもー。
それにしても、何でそんな悔しそうなんだ? 疲れてないのが自分だけじゃなかったから? そんな子供みたいな競争心とか天野さんにもあるんだ。ちょっと可愛い。
 そんなことを思ってボーッと見てたら、天野さんは可愛くも子供っぽくもないような、小難しい話を始めた。な…何の話だろ。文明がどうとか、混沌がなんとかって、なんか水岐くんを思い出すな。天野さん、ルポライターの仕事の傍ら、詩も書いてるんだろうか。益々尊敬しちゃうな。
と、また「ついてらっしゃい」とか言って歩き出したよ…ホントにタフだなー。オレもう歩けねェよ〜しくしく。ホラ、みんなも怒ってるしさー。

 ギャッ。な、何これ!?
天野さんに連れられて入った、ボロッちい倉庫みたいなとこの中に、さっきの変な子供とかオジサンとかの群れが待ってた…これ、どういうこと?
天野さん、さっき助けてくれたのに、何でまたコイツらのとこに? 闘えっつーなら闘うけどさ、それならさっきの霊園のトコでも良かったんじゃないのか? 回りくどいことするなあ。
イマイチ展開が分からん、と悩んでいたら、天野さんが不気味に笑い出した。げげ、途中から男みたいな声になった。スゲー怖えー。オカマ、いや、ニューハーフって言うんだっけ? そういう人みたいだぞ、天野さん。
「恐らくは、俺たちに会う前に、何者かに憑依されたんだ。」
げッ、そうだったの? じゃ、さっきの子供っぽい態度とか詩を唱えたりしてたのは、天野さんじゃなくて、例の漬け物石のメトロン星人かよ。尊敬してソンした。
つまり天野さんは、池袋のどこかで毒入り漬け物食わされて、宇宙人に乗っ取られたんだな。
 天野さんの顔で「喰われたくなかったら、せいぜい不様に逃げ回ることだなッ!!」とか言われるの、ちょっとヤだよー。これで、声も天野さんのままだったら、SMの女王様みたい…うう、想像しちゃった。ちょっと似合う辺りがアレだよな。
「行くぜッ───!」
応よッ、京一! …え? 天野さんと闘っちゃっていいの? マジ??

 だが、オレの心配は無用だったらしい。天野さんは、他の気味悪い顔で襲ってくる奴らの後方に下がってくれたのだ。
後回しになるだけな気もするけど、まあいいや。とりあえず、コイツら倒して…
「ギャッ!!」
 あれ?
な…なんか、もしかして、コイツら…弱いの?
ちょっと殴ったら、「ゴキン」ってヤな音がして、腕がブラブラになってる。なのに、そんなブラブラの腕のまま襲ってくる…! イヤッ! キモチワルイー!
そ、そっか、よく分かんないけど、コイツらも天野さんと同じで、漬け物石に操られてる普通の人なんだ。うー、どうしよう。流石にこんな沢山の人を殺しちゃマズイよな〜。
「…みんなッ…手加減して…気を付けろ!」
 あわわ、なんつー役に立たない頼み方してんだ、オレ。でも、他にどう言ったらいいか思いつかない。
「わ…解ってっけどッ…やりにくいぜ、チクショー!」
京一がすぐ横で吠えた。うん、やりにくいな〜。普通の人でも不良な連中なら、骨の一本や二本はいいかなーなんて思えるんだけど、こんなOLさんなんか殴れねェよなー。うーん、でも倒さないとこっちがやられるし、ゴメンねーなるべく顔とか目立つとこ避けて殴るね。
攻撃も、そりゃ普段何もしてなさそうなおっさんや、ただの子供だから、大してダメージは受けない。受けないんだけど、自分の身体がどうなろうと構わない! て感じで全力以上でぶつかってくるし、遠くからも、得体の知れない攻撃を飛ばしてくるし、ホントにやりにくい。
小学生くらいの子の首に、なるべく軽く手刀を入れ、気絶させて辺りを見回すと、京一と霧島くんが刀で相手の攻撃を避けつつ、戸惑っているのが見えた。うーん、こういう時は武器持ちってのも考えものだ。手加減しにくそう。
───霧島くんッ!!」
 え!? この声って…まさか、さやかちゃん!?
さっき別れて、とっくに帰った筈なのに、どうして? てゆうか、こんな危ないトコに来ちゃダメだよ、そりゃー霧島くんが心配だったんだろうけど…。
困ったな、こっちも手一杯で彼女や美里を護る余裕がないんだよなー。戦法変えるか。とりあえず、さやかちゃんの方に攻撃が行かないようにしないと。
「さ、さやかちゃんッ。こっちに来ちゃダメだッ。」
「いいえ。私も闘いますッ。」
 そう言うと、さやかちゃんは突然歌い出した。
ラーラーラ〜♪ うんうん、やっぱさやかちゃんの歌声はいつ聴いてもキレイだよなー。
ってオイ! こんなトコで歌ってる場合かー! びし! 今戦闘中だから口も動くし、ホントにツッコんじゃうぞ!
 ……ん?
あれ…なんか、身体…が?
「ひーちゃんッ、後ろッ…!」
しまった! いくら弱いったって後ろからやられたらマズ…ッ!?
…………何とも…ないな。
いや、何ともないってことはないけど、大したことがない。なさ過ぎる。
もしかして…さやかちゃんの歌の効果なの?!
スゲーさやかちゃん、スカラ使えるんだ! いやスクルトか? 歌聴くと癒されるって、本当に回復されてるんだな。うわー、僧侶か白魔法使いってのか分かんないけど、こりゃ助かるぜ! これなら多少やられても、焦らず手加減して闘えるもんな!
「全員に頼む!」
さやかちゃんにお願いして、オレは再び敵の中に飛び込んだ。よーし、とっとと気絶しろお前らー!

 何とか全員、殺さずに倒した。あー疲れた。
それでなくとも、さっきメチャメチャ走ってんだもん。もう明日は筋肉痛だな、この足。
「さやかちゃん、どうして…。」
「ごめんなさい…。何か気になって…どうしても、私も皆さんの役に立ちたいって…。」
「さやかちゃん…。」
いやー、初々しいカップルじゃのう。後はお若いお二人に任せて、我々老人は天野さんを乗っ取ってるヤツを倒すとしようかの。ってオレ誰やねん。つーか幾つやねん。
醍醐と京一がいつもの如く、天野さん、いや天野さんを乗っ取ってる男に向かってカッコイイ啖呵を切ってるというのに、ついつい霧島&さやかちゃんカップルに見惚れつつ心漫才してしまった。
「もうッ、ふたりとも、何やってんだよ!!」
 桜井の声に驚いて振り向いたら、醍醐と京一はボーッとして黙ってる。あれ、口上がまだ途中じゃなかった? 二人とも。
と、何故か桜井まで突然黙りこくってしまった。どうしたんだ? 何か言われたのか? 美少年とか男らしいとか。
「てめェらはもう、逃げることはできねェよ。あらためて───、ようこそ、獣の王国へ!!」
天野さんはひゃはははーと下品っぽい笑い声をあげた後、へなへなとその場に崩れ落ちた。どうやら、取り憑いてた奴が出てっちまったらしい。
外へ出ようという美里に従い、醍醐が天野さんを抱えて、オレたちはとりあえず、さっきの公園まで逃げることにした。
おーい、流石に誰も追って来ないだろうしさ、もう走るのは止めようよ〜。ひい。

 公園で一息ついて、天野さんが目を覚ましたところで、今回の騒動の真相を聞くことが出来た。
天野さんは漬け物石のヤツと会って、「利用してやる」とか言われて乗っ取られたらしい。
で、そいつはやっぱりオレたちと同じ高校生なんだそうだ。
姓がホドロ。ラテン系の留学生みたいだな。その割に名前はウシミツ…古式豊かな日本名だ。きっとブラジルとかの日系4世だろう。とすると、アランみたいな奴なのかな。会ったら「ヘイ、アミーゴ! 獣ランドへーヨウコーソ! HAHAHA!」とか言うんだ。
それで想像すると、ちょっと楽しそうだよな。獣ランド…大きなネズミやアヒルが出迎えてくれて、クマや子ブタがパレードしてて、楽しい乗り物や面白いアトラクションが…
 はッ。もしや正体は、ディズ@ーランド!?
テンテレテンテン♪テンテレテレテレ…とエレクトロなんたらいう曲が頭に流れ、ついツッコみ損ねているうちに、みんなは「誰かがホドロを利用して東京を混乱に陥れようとしている」と結論を出した。
そっか、やっぱりネオ鬼道衆の仕業なんだな。第二クールの王道だ。
前より強い敵らしいけど、またみんなで力を合わせてやっつけようぜ! な、きょうい…
「うッ───!?」
 と、京一が突然、自分の身体を抑えるようにして、うずくまってしまった。
「京一先輩…? 京一先輩!! どうしたんですかッ!?」
ど、ど、どうしたんだ? 腹でも痛いのか? さっきの戦闘で負った傷か??
慌てて京一の元に駆け寄り、霧島くんと一緒に顔を覗き込んでたら、醍醐、桜井と次々に同じようなことを言いながら苦しみ出した。
何? 何なの? 何が起きてんだよ!
美里、と、とりあえず回復してやって…あ、あとさやかちゃん、さっきの歌とか効かないかな。
あううう〜、京一と醍醐がこんなんなっちゃったら、オレ一人じゃ何をどうしたらいいのか全然分かんねェよー!

「なんや、人の枕元でそないに騒がんといてやァ。」

 どこに枕があんねん! ここ公園やぞ! びし。
ってツッコんでる場合じゃねーよー緊急事態なんだよー誰か助け…
……
…………え?
だ…誰? 今の関西弁。
きょときょとしてたら、ベンチの陰から欠伸をしつつ、声の主が現れた。
こ…コイツは??
いや、このお人は…
 天野さんが誰かと尋ねると、その人はしれっとした顔で答えた。
「誰なのって…、見たらわかるやろ。熟睡中を叩き起こされた、気の毒な中国人留学生や。」
解るかい。びし。
「と、いくらなんでも、そこまではわからんか。」
ああッ…自分ツッコミを入れてる。いや、入れていらっしゃる。いやいや、入れてはるわ。間違いなく関西人の人だ!
関西人様と言えば、前にもどっかで会ったような気が…確かあれは…
「ううッ…く…ッ」
 はッ。何考えてんだオレ、京一が苦しそうに呻いてるってのに。
そうだった、関西人様のことなんか考えてる場合じゃないや。今は京一たちを助けるのが先決だ。
何で中国人留学生が関西弁やねんとか、もう夕方どころかすっかり薄暗くなってるのにどこが昼寝やねんとか、この寒いのに何でランニングシャツ一枚で寝とんねんとかツッコんでる場合じゃないんだぞ! オレ。
「あァ───ッ!!」
 うわッ、ビックリした!
何だよ霧島くん、急に大声出すなよ。オレの心ツッコミに不満があるのかと思った。
「あなたは、あの時僕を助けてくれた…!!」
「あん時、死にかけてた少年やんか!!」
 何とこの関西人様…じゃなくて中国人だっけ…でも関西弁だし、まあいいや関西人様(仮)ってことにしよう。で、その関西人様(仮)は重傷を負った霧島くんを病院に運んでくれた、命の恩人だったらしい。
そっか〜大阪は人情の街だもんな。中国人だけど関西人なだけあるぜ。
でもさ、ちょっと霧島くん、それは分かったけど今は関西人様(仮)とのんびり歓談してる場合じゃないんですけど〜。ああ、美里まで混ざって。オレだってお話したいけどどーせ一言か二言くらいしか話しかけられないんだよな…ってだからそーゆー場合じゃないってのに!
「あんたら…、一体、何を知っとるんや? 隠さんと…、正直にいうてみィ!!」
 え? ど、ど、どうしたんだ? 関西人様(仮)がいきなり怒り出したぞ。何か失礼なことでも言ったのか?
それにしても流石は関西弁。怒ると怖い。笑い話はテンポ良く、人を怒鳴る時はもっとテンポ良く。怖いけどカッコイイ〜。
 美里が状況を説明すると、関西人様(仮)はその怒りを静めて、「わいは、あんたらの敵やない」と言ってくれた。
そして突然、中国語みたいなのを唱え出した。やっぱり本当に中国人なんだ…中国人なのに、あの流暢な関西弁。スゴイ。
しかも、京一の竹刀袋に似た、剣でも入ってそうな袋を高く掲げると、青く輝く光を放って京一たちに降り注ぎ、みんなの元気を取り戻してくれたのだ。
「あれ…? ボク…どうしちゃったの?」
 ハッとしたように顔を上げ、京一も醍醐も桜井も、自分の身体や辺りを見回している。良かったな、たまたま関西人様(仮)がここに居てくれて。ありがとう関西人様(仮)。カッコイイぜ関西人様(仮)。尊敬するなあ関西人様(仮)。

 京一が霧島くんと何か話しているので、オレはそっとその場を離れ、関西人様(仮)の方に近づいた。
お礼言って、どさくさで握手とかしたいんだけど。えーとまずは練習練習、助けてくれて有り難うございます、助けてくれて有り難うご…
「わいは、台東区華月高3年、劉 弦月。今年の春に、知り合いを頼って中国から留学してきたんや。」
あわわ、練習中止。リュウ、シェ…シェンエ? シュンイ? 言いにくいな。流石は中国人だ。
「まァ、よろしゅう頼むでッ!!」
おお! もーこちらこそですよ! ホントありがとう、そんであのオレね、ずっと大阪に憧れててね、それで中国人なのにそんなに関西弁上手なキミのこと尊敬してて、さっきの技もすごくて、えーと…ああッもうそんな沢山言えるワケないやろー!
とにかく思いっきり深く長ーくお辞儀して、それから恐る恐る手を差し出した。あ、握手して下さいッ。関西弁とその早口をオレにも分けて下さいッ。
関西人様(仮)…いや、劉くんだったな。彼は「あんたとは気が合いそうやッ」と言って、がっちりオレの手を握り返してくれた。ひゃー嬉し〜。
 …ん? こうして身近で見ると…あれ、オレこの人とどっかで会ったこと無かったっけ?
このハチマキと、目のとこの刀傷。この関西弁…あれはえーと…えーと…

───そないな恐い顔せんといて。ちょっと、この兄さんがええ男やったさかい───

 あーッ! そーだ!!
この人はガチャポン巡りしてた時にすれ違った関西人様だ!
うわーすごい偶然だよなー、東京なんてこんなに広いのに、しかも全然違うとこでまた会えるなんて…もしかして運命? オレたち実は将来漫才コンビ組む運命だった、なんて…!!
「くゥ〜ッ、なんやなんやッ、あんたら、ぼけっとしてるようで、ちゃんとツッコめるやないか!!」
げッ、しまった。あり得ない空想してる間に、劉くんとマイ親友・京一たちとのコラボレーションを聞きそびれちまった。オレのバカバカ。
 劉くんは、関西弁の人にお世話になって、こんなに関西弁になったと説明している。そうか…やっぱり、TVの物真似じゃ上手く話せないよな。いやオレは標準語も、仙台弁すらも口に出せないけどな。
そーだ、劉くんと仲良くなって、しょっちゅうその関西弁を聞いてたら、オレも喋れるようになるんじゃないか? わーうっとり。
「あんたのことも、わいに教えてくれんか?」
勿論だぜ、関西弁講師の先生。これからずーっと仲良くしてね!
「緋勇…龍麻、だ。……これから…よろしく…頼む。…是非。」
何とか頑張ったけど、やっぱり「よろしくお願いします」って言えないんだよなーオレの口。とにかく、態度だけでもフレンドリーにと、もう一度手を差し出したら、劉くんもしっかり握手し直してくれた。
「わいもあんたみたいな人と知り合えてごっつゥ嬉しいわッ!! ほんま、よろしゅうな、緋勇ッ!!」
オレもごっつゥ嬉しいで! よろしゅう頼むで劉、いや劉先生!
 何故か京一だけ、劉くんが同行するのを嫌がってるけど、みんなはオレ同様喜んでるようだ。
京一を説得していた霧島くんが、オレにも「劉さんも一緒でいいですよねッ?」と訊いてきたので、「勿論だ」と頷いた。オレももっとずーっと、劉くんと一緒にいたいし。
すると霧島くんは、ちょっと目を潤ませて、じーっとオレを見つめた。な、何? オレ、なんかまたひどいコト言った?
「龍麻さん…。ありがとうございますッ!!」
え? あ、ああ、いやいや、お礼なんて…
あれ? 今キミ、オレのこと「龍麻さん」って呼んでくれた?
あ、もしかしたら、今のを「味方してくれた」って思ったのかな。それで喜んでくれてる?
良かった〜。先週旧校舎に来た時、無理矢理追い返した形になっちゃったから、いつか穴埋めしなくちゃって思ってたんだよ。これで許してもらえたかな。
京一も「お前らがそこまでいうなら、好きにしな」と納得したので、みんなで出発することに…
「ッて、どこへやねん!!」
「うッ…。」
うおッ!?
…あ、ビックリした…オレがツッコまれたのかと…さ、桜井の「そろそろ出発」って台詞にツッコんだのか、なーんだ。たはは…
…いいなあ桜井。本場仕込みのツッコミもらえて、羨ましいぞ。オレも口に出せればな〜。
京一と漫才ってのがずっと目標だったけど、劉くんと本場漫才もいいなァ…ちょっとボケただけでも、今みたいに鋭いツッコミもらえるんだろうな…あ〜ボケたい! ボケを口に出したい!
 みんなが、怨念がどうとかプリクラがこうとかいう話をしてる間、なんかボケられないかなーと色々考えてみたが、いざボケようと思うと何も思いつかない。何も考えずに心漫才してる時は、いくらでも出てくるのに。
流石に、ほぼ初対面の人にボケようってのは無理があるのかも。それでなくても喋れないんだし、もっと慣れてからチャレンジしよう。

 新たな野望に燃えつつ、さっきさやかちゃんと会った道まで戻ってきた。夜になって、さっきより人込みが多いって辺りが東京だよな。あんまり慣れてないので、この大量の人の流れに逆行して走るのは難しい。なるべくぶつからないようにするのが関の山だ。
みんなは慣れているからか、文句を言いながらもさっさとすり抜けて小走りに進む。
「あッ───!! 信号が変わっちゃう!!」
「急げッ───!!」
 え? ちょ、ちょっと待ってよ、そんな急に走られても。わわ、前に女子高生の固まりが…横に避けたらサラリーマンの人が…うわ、ちょっと待…
あーあ。赤になっちゃった。
ものすごい勢いで車が走り出す。とてもじゃないけど、信号無視して渡れる状態じゃない。
美里が何か言ってみんなを止めて、京一が「ちッ」って感じの顔で振り向いた。あわわ、ゴメン。やっぱり何とか隙間見つけて信号無視して横断するか?
「しもうた…。わいと緋勇だけ、渡りそこねてもうたな。」
あ…劉くん! キミも渡れてなかったか。良かった〜一人で怒られるんじゃなくて。そうだよね、キミだって多分まだ東京には慣れてないよな。
「しゃあない。大人しゅう、青になるんを待と。」
その言葉に大きく頷く。二人なら勇気百倍、一緒に謝ろうな。な。
へへへ〜関西弁の人と信号待ちかー信号で何かボケられないかなー、なんて考えてたら、劉くんはボソッと、とんでもないことを言い出した。
「なァ、緋勇。もしかしたら、わい、こんな風についてきてもうて、迷惑だったんとちゃうか?」
おいおいおい、何言ってんだよ!?
キミが速く走らないでくれたから、オレも今ひとりぼっちで心細い想いをしないで済んでるんだぜ?
「…いや。……嬉しい。……劉が…いて。」
 たどたどしくもオレの気持ちを何とか伝えると、劉くんはパァッと笑って、それから目を潤ませながら「わい…わい…今、めっちゃ嬉しいねん。」と本当に嬉しそうに言ってくれた。
良かった。オレ、相変わらずこんな喋りだけど、気持ちは伝えられるようになってきたんだ。少しずつだけど、成長してるんだよな。京一にも親友と思ってもらえて、初対面の人にもフレンドリーだって分かってもらえるんだもんな。へへッ。
 喜びを噛みしめていたら、劉くんは不思議なことを言い出した。
お祖父さんに、オレと一緒に闘うために出会うと予言されてたって…何それ? 織部姉妹が言ってた、風水だか何かの話?
それってやっぱりもしかして…
オレと二人で、漫才コンビ組んでくれるって意味か!? マジで!?
「それに、わいとあんたは昔、一度会ってるんやで。」
おお! 劉くんも覚えててくれたの? 「エエ男」とか言うのも大阪特有の「通りすがりのご挨拶ギャグ」であって、オレの顔なんか覚えてないと思ったのに…
「ずっと前…、あれは確か───、」
「…劉…」
あのね、えーと目黒不動か、目青不動か、目緑不動か、とにかくどっかの神社か寺だよ。目緑はないっちゅーの、ってツッコんでくれるかな…いやそれはおいといてさ、ねえ、お互い覚えてるってことは、これって偶然じゃなくて、運命だよね? だよね!?
「おいッ!! 何やってんだよッ!! 信号、もう変わってるぜッ。」
 はッ。
いけねェ、つい夢中になって、親友待たせてること忘れてた。京一ゴメン。遅刻するクセに待たされるのは嫌いなんだよな、お前。
「早くしねェと、おいてくぞ、お前らッ!!」
「ッて、もうおいてっとるやないかッ!! なんて、ツッこんどる場合とちゃうわ。」
ああ…キレが。キレが違う! すごいなあ劉、いや劉先生、オレの心漫才なんか足下にも及ばない。
いいなあ…いいなあ、劉。中国人でも関西の血が通う人間っているんだ。
いつかオレも、そうやってツッコんでもらえるかな…ツッコめるかな…
なんか、野望っていうより無謀って気も…
 ……………
イカン、弱気になるなオレ。
出来ないと思ったことは絶対出来ない。出来ると心底信じて頑張れば絶対に出来るって、先生も言ってたじゃないか。
 …先生…あれ、どの先生だっけ、これ教えてくれたの。マリア先生、いや有間? もっと昔の気も…
あわわッ、京一がすげー睨んでる。メチャメチャ嫌そうな顔で睨んでる! イカンイカン、急がなきゃな。
誰の言葉でもいいや、とにかく信じよう。絶対出来る日が来ると信じて、努力しよう。
いつか絶対、ぜっっったい、劉と漫才する!
頑張るぞー!!

 公園に着くと、またノイローゼ団体さんが待っていた。ああ…うんざり。またあの面倒な戦闘しなきゃいけないのか。
オレらは八人だからー、一人何人ずつ倒せばいいかなーと数えてたら、群れの中から一人の男が近づいてきた。
「くくく、よく来たなァ。この俺が、稀代の憑依師、───火怒呂 丑光様よッ。」
お前が天野さんを乗っ取った本人か。
いやー…
実を言うと漬け物石が人をノイローゼにしたり乗っ取ったりするのはいくら何でも変だよな、とは思ってたんだけどさ。
額がとってもハゲ…いや、広々し過ぎ。あだ名が漬け物石だったんじゃないかコイツ。それなら納得だ。
それにしてもホドロくん、南米の人には見えないな。高校生にも見えないけど。
「ひゃーッはッはッはッ」って笑い方がまた如何にも悪役なのに、世界の王様になりたいだなんて、いくら何でも似合わな過ぎる。
第一だな、王様になるにはまず日本の首相制度を変えなきゃいけないし、首相官邸を潰して宮殿建てなきゃいけないし、いくらノイローゼさんを増やしても、全員一辺に操るのって大変だと思うぞ。
「あんさん、そないなこと誰に吹き込まれたんや?」
 おお、また劉が怒り出した。あんなにフレンドリーだったのに、よっぽどホドロの言い草が気に入らなかったんだな。桜井や京一までビックリしてる。
「そいつはどこや…。今…どこにおるんやッ!? ───白状せんかいッ!!」
ほらほら、ホドロくん、白状した方が身のためだぞー。怒ると怖いんだぞーコイツは。
 でもホドロは白状するどころか逆ギレしたので、結局やっぱり闘うことになってしまった。まあ、もう諦めてたけどね。

 でも、戦闘はさっきより楽だった。あの倉庫の連中は、とにかくやたらに襲ってきたので始末に負えなかったんだけど、今回は近づかなければ寄ってこないみたいだ。
「雑魚はいい! ホドロを!」
 とはいえ、そのホドロくんは雑魚の壁の向こうなんで、何人かはぶっ倒さなければいけない。
どうしようか少し考えて、オレは親友にお願いすることにした。
「京一!」
「応よッ!!」
 京一の刀からズバババーッっと<<気>>が飛び、邪魔な人垣が次々崩れる。流石はマイ親友! 前にプールでさやかちゃんの周りに集まった人々をぶっ飛ばしてたから、絶対イケると思ったぜ。
みんなも、京一に倣うように雑魚を抑えてくれてる。よし、そんじゃーオレはホドロに一発…
と思ったら、先に劉が攻撃を仕掛けてくれた。おおー、やっぱ強いんだなー劉先生。京一に負けず劣らずの剣技に、思わず見惚れてしまう。
 こんだけ強いんならオレはお役ご免だな、あと一発食らわせば戦闘終了だろ…と力を抜いたら、すぐ脇に居た霧島くんが異議を申し立てた。
「…ッ! 劉さんッ…僕に決着を、付けさせて下さいッ!!」
そ、そっか、そうだよな。さやかちゃんのストーカーしたり霧島くんを瀕死まで追い込んだりしたヘビ野郎の黒幕なんだもん、せめて一太刀浴びせたいよな。忘れててゴメン。
オレは慌てて、霧島くんが剣で押さえ込んでいた子供に<<気>>を飛ばし、劉先生に頼んだ。
「劉ッ!! 待て!!」
劉先生、ちょっとお待ち下されー! って練習すれば言えると思うんだけど、そのヒマがない。ごめん先生、オレ偉そうで。
でも先生はちゃんと解ってくれて、霧島くんにさっきの回復技みたいなのをかけ、場所を空けてくれた。流石は中国人なのに関西人気質の先生、人情をよく理解してらっしゃる。
ささ、霧島くん。ざっくりやっちゃって下さい!
「火怒呂…。さやかちゃんや、他のみんなを苦しめた報い、そして、帯脇の仇を取らせてもらうッ───!!」
ってキミ、何でヘビ野郎の仇やねーんッ!!!
思わずズッコケるとこだった。いや、出来れば盛大にズッコケたかったんだけど、まだ雑魚が寄り集まってきててそれどこじゃなかった。クソッ、お前らさえいなければ、戦闘の勢いのままに、霧島くんにツッコめたかも知れないのに。
とりあえず、霧島くんの見事なボケで金縛りにでもあったのか、大した攻撃も出来ずにホドロは倒された。結果オーライだけど、それにしても流石は京一の弟子。天然ボケだったとは恐るべし。

 ノイローゼさん達の無事を一応確認してから、オレ達はその場所を離れ、駅の方へと戻った。
このサンシャイン通りも、通るの三回目…かな? すっかり暗くなって、人も増えたし店も明るいし、夕方とは違って見える。こうなると何回通っても覚えられないんだよな〜。オレとて東京に住んでもう半年ちょっとだもん、少しは慣れても良さそうなんだけど…なんてのか、目印がないっていうか、大きくて派手な建物は多いんだけど、多すぎてどれだか判らなくなるんだよね。
「ここは、わいが生まれ育った村なんかより、ずっとおっきくて、便利で、キレイで人もぎょうさんおって……、せやけど、なんや足らんもんがあるような気ィするんや。」
あ、解る解る! 今同じこと考えてたんだよ〜劉もそうだよね。東京に慣れない者同士、話も合いそうだなー。
「なんや、無性に寂しい気分になったりせェへんか?」
「…劉…。」
 なるなるなる。どこにいるのか分からなくて、心細くて寂しくてさ…
でもな、そういう時は、仲間が助けてくれるんだぜ。
こんな人混みでも、醍醐とか兵庫が居れば、頭一つ高いからはぐれにくいし、万が一はぐれても、美里や京一が「龍麻くん、大丈夫?」とか「何やってんだよひーちゃん」とか言いながら、迎えに来てくれるんだ。
だからね、だから劉、お前ももう仲間だからさ、大丈夫だよ。心細い時は、オレたちがいるんだからさ。
……オレ達が…居るから…。」
そう言って、肩を叩いてみた。京一仕込みのスキンシップ攻撃だ。寂しい時はこれが一番。
「緋勇…。お前、ほんまにええやっちゃな。お前なら……、きっと、大丈夫や。」
 大丈夫? 何が…
はッ。
も、もしかして、それって、
オレもいつか劉みたいに関西人になれるってコトか!?!?
うそ、マジ? それってお墨付き!?
ば、バンザーイ!!!
「さってと、一件落着したことやし、なんや、腹が減ってもうたなァ。」
「あッ、ボクもボクもッ!! もう、さっきからお腹が鳴りっぱなしッ!!」
 すっかり笑顔に戻った劉とみんなが楽しそうに喋っているのを見ながら、オレは感激に酔いしれた。
ああ…なんて素敵な一日だったんだろう。
学校では京一に「親友」と認められ、劉先生と知り合い、オレでも関西人になれると励まされた。
これからまたみんなでラーメン食べて、幸せに浸りながら新宿に帰れるんだ。
ホント幸せ…
 …あれ? 何か忘れてるような…
しまったー! ミサへのお土産忘れてたー!
今来た道戻っても、大した土産屋さんって無かったよな。サンシャイン漬けも雑司ヶ谷漬けも無いみたい。
どうしよう。みんなと別れて、その辺の店でも冷やかしてみるべきかなあ…
 後ろの方を振り向いて眺めてみたけど、ミサが気に入りそうなオドロオドロしい店はないようだ。
誰かイイ店知らないかと、先を歩くみんなの方へと向き直ると、劉が笑いながら、京一は少し怒りながらこっちを見ていた。
二人とも、オレが迷子にならないよう、ちゃんと待っててくれてるんだ…。
 少し考えて、オレは土産を諦めた。
ゴメンな、ミサ。漬け物は見つからなかったけど、いつか何かで穴埋めするからさ。
こんな優しい仲間たちと一緒にラーメン食う方を優先したい…なんて身勝手なオレを、今日だけは許してくれよ、な。

2006/11/05 Release.

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