拾八
之参

休幕

……ねェな。」
「おお…もしかして、ここが最下層か?」
「上から数えて58階か。僕はもっと下があるような気がするんだが…。」
「アッタ! あったヨ、オニイチャン! 下ニ降りる穴!」
「…やれやれ。」
「どこまで続くンだァ?」

 いつも通り、鍛錬と称して旧校舎で暴れていた魔人達は、その日も最下層を目指して励んでいた。
 旧校舎の地下は、単純なビル構造のような造りではない。
地上からずっと連なる階段があるわけではなく、各階毎に様々な「降り口」があるのだ。
自然が作り上げたような階段や、ゆるやかな坂。どこからが階下なのか解らないような場合もある。
それでも彼らは、新しい階に降りては次の階への入り口を探し出し、潜っていくのだった。
 当然、次に来る際分かり易いように印を付けたり、離れた位置にある場合はロープを張り巡らせたりして、浅い階での戦闘などによる時間のロスを避ける工夫もしている。
そのためいつでも無駄なく、更なる階下を求めていけるし、ボロボロになっても帰りは楽に戻れるのだ。
尤も最近は、数十階もの距離を往復するだけで疲れる、とこぼす者も多かったが。
「ふむ…また単なる穴か。こんなこともあろうかと、梯子を用意しておいて正解だったようだね。」
 どこに隠し持っていたのか、如月がひらりと梯子を───普段はこのまま使えて、高いところには伸ばしてご利用頂けます。今回はなんと高枝バサミに家紋もお入れして、お値段据え置きの6,800円! おおー!(オバサン歓声)…といった感じのステンレス製折りたたみ梯子だ───取り出す。
軽く頷いてみせた龍麻と、それに微笑を返した如月を見て、何か面白くねェ…などと京一はまた意味なく嫉妬していたのだが、時同じくして龍麻の様子をじっと見つめていたマリィが、何を思ったかトコトコと近づいていった。
「…龍麻オニイチャン…。チョット、かがんで?」
……………。」
 戸惑っているのか、龍麻はじっとマリィを見下ろしている。
しかし、やがてゆっくりとマリィの視線に合わせるように屈んでやると、マリィはひょいと、その愛らしい小さな手を龍麻の額に当てた。
「?」
 全員がどうしたのかと見守る中、マリィは小さく「No!」と叫んだ。
「オニイチャン、やっぱりネツがある! おカゼ、ひいてるんダヨ!!」

 大したことはないからと首を振る龍麻に、「小さな油断が大病を招く」「万全ではない体調で怪我でもしたらどうする」などと、如月がさっそく説教を始める。
「龍麻くん…無理はしないで。お願い…」
美里も心配そうに声をかける。怪我とは違い、ウィルス性の病気は美里の治癒力でも治らないのだ。
 あーこれがオニのカクハンってヤツか〜と笑う雨紋と、カクランだッこのバカ!とツッコむ雪乃に、そんな言い方、緋勇さんに失礼ですよ二人とも…とたしなめる雛乃。
風邪には卵酒がいいだのいやネギだの大根だのあったかくして寝るのが一番だの、そういや最近寝るとき足が冷たくて眠れないだのそれなら湯たんぽ使ってみればだの今でもそんなの売ってるのかなあ〜いやまた流行り出してるんだってよ〜だのとすっかり雑談に入っている小蒔&藤咲。
「…どっちにしろ、もう今日はお開きだな。」
 緊張感の欠片もなくなったメンバーを見渡して京一が告げると、ようやく龍麻も諦めたようだった。

 旧校舎を出て、宿直の教師などに見つからないようこっそりと学校の敷地から抜け出す。
無事に脱出してホッと一息つく間もなく、京一は龍麻の肩に腕を回しながら、他のメンバーに軽く手を振った。
「そんじゃな。」
「こらッ京一! 今日は龍麻クンにご飯作らせたりしちゃダメだよッ。」
「バッ…当ッたり前じゃねェか小蒔! 俺を何だと…」
「ふぅ…それじゃ、君は一体何をするつもりなんだい?」
如月が「何を」を強調し、いかにも嫌味気に肩をすくめてみせる。
言葉に詰まっている京一に、更に追い打ちをかける辺りが執念深い。
「このまま帰って、ただ寝かせればいいってものじゃないんだよ? 聞けば君はすっかり龍麻の家の居候と化していて、上げ膳据え膳で下着の洗濯までさせて、風呂掃除の一つも手伝ったことがないそうじゃないか。そんな人間がついていっても看病が出来るとも思えないし、今日はこの僕が付いていくことにするよ。その方がいいだろう? 龍麻。」
「なッ…おッ…別に俺は…て、手伝いくらいしてェけど、コイツが嫌がるからッ…いやそうじゃねェ、だからって何でお前なんだよッ!!」
「君よりマシだと言っているだけだ。」
………ッ!」
 一触即発。
今や、誰の目から見ても具合が悪いと解るほど、両腕をかき抱いて震えながら俯いている龍麻を挟み、少しずれたところで二人が睨み合う。
 とうとう流血騒ぎになるんだろうか…と成り行きを見つめていた遠巻きの輪から、甲高い叫びが飛んだ。
「マリィがスル! マリィが、看病するノ!!」
「…へ?」
「マリィ…。」
タタタッと龍麻の元に駆け寄り、その腕に縋り付き…いや、身体を支えようとしながら、マリィはキッと二人を睨む。
「マリィが気付いたんだモン。ダカラ、マリィが看病スル!」
「う…」
 その台詞は、京一にざっくりとヒットした。龍麻のことは自分が一番解っていると自負していただけに、実は先ほどから少々落ち込んでいたのだ。
 憮然とする京一を後目に、如月はマリィにニッコリと笑いかけた。
「そうだね。マリィに任せれば安心だ。」
パァッと、少女の顔が明るく輝く。
「マリィ…それなら、私も行くわ。」
「葵オネェチャンはダメッ。ジュ…ジュケンベンキョ、大変だモノ。Don't Worry! マリィ一人でも大丈夫ダヨ!」
………。」
「サッ、オニィチャン帰ろッ。ミンナ、Bye!」
 半ば無理矢理、龍麻の手を引いてさっさと歩き出したマリィに、誰も異を唱えることは出来なかった。
マリィの強引さに驚いたからであるが、それ以上に、小さな少女が一生懸命、一人前なことをしようと頑張っているのが解り、微笑ましくもあったからだ。
 仕方ねェか…と溜息を付いた京一に、そっと美里が声をかけた。
「あの…勝手を言うようだけれど…やっぱり、後で様子を見に行ってはもらえないかしら。」
「…何で俺に? 美里は?」
まさか本当に、勉強があるから行けないというわけでもないだろう。
そう思って聞いてみると、少し言いにくそうに美里は声をひそめた。
「私が行っても、過保護と思って反発するかも知れない。…マリィは、ああ見えても本当は私達と二つしか違わないのですもの…子供扱いされたくないのかも知れないわ。」
だからといって看病はともかく、龍麻くんの部屋に泊まっては迷惑をかけるし、出来れば折を見て帰して欲しい。その時は迎えに行くから…と続けた美里に、京一も苦笑を返した。
確かに、「自分にだって龍麻オニィチャンの看病くらい出来る!」と言いたげなあの様子では、美里が迎えに行っても追い返されてしまいそうだ。
その点自分なら、カドも立たないだろう。
 …美里とマリィも、一人の男を取り合う女同志ってワケか…
少々下世話な憶測をした京一の心を知ってか知らずか、美里は最後にこう告げた。
「マリィはね、とっても龍麻くんのこと好きなのよ。その気持ちが分かるから、出来るだけ邪魔はしたくないのだけれど…」
余計なことまで言ってしまった、というように顔を赤らめるのをみて、京一も誤魔化すように頭をがしがしと掻いた。
つまんねェこと考えちまったな。美里は女ってより姉キの…いや、母親のような気持ちでマリィを可愛がっているってのに。
 心の中で「悪りィ」と謝って、京一は早速龍麻のマンションへと向かった。

「…京一オニィチャン!」
「よッ。どうだ、龍麻おにーちゃんの様子は?」
「シーッ!」
 嫌な顔されっかな、と想像しながら龍麻の部屋のチャイムを鳴らしたのだが、マリィは人差し指を唇に当てつつもドアを開いてくれた。
「龍麻オニィチャン、帰ってスグ寝ちゃったノ。静かニ入ってネ。」
「そっか…。」
眠ったんなら、多少の音ではひーちゃん起きねェけどな…と呟きつつ、京一は大袈裟に忍び足で部屋に入ってみせた。マリィが満足そうに頷く。
 ベッドの方を窺うと、この部屋に存在する全ての布団とバスタオルの山の下に、龍麻が挟まっていた。
寝苦しそうな気もしたが、どうやら龍麻は本当に眠っているようだ。
この様子じゃ、実は随分前から辛かったのかも知れねェな。
またも独りで「我慢」していた龍麻と、それに気付いてやれなかった自分に腹が立つ。
「今マリィね、オカユ作っているノ。オニィチャンは座っててネ。」
 マリィの声に振り向くと、少女は小さな手で必死に米を研いでいるところだった。
どこから見つけてきたのか、普段龍麻が使っているエプロンを身に着けているが、大きすぎてタイトなドレスのようになっている。その愛らしい様子に少し苛立ちが紛れ、京一はマリィの手元を覗き込んだ。
「へェ、お粥ね。よく鍋とか米とか、入ってるトコ分かったなァ。」
「ウン…チョット分かりにくカッタ。オニィチャン、スゴク丁寧にしまってるんだネ。」
「几帳面だからなー。…なんだ? 唐辛子なんて入れんのか?」
「タカノツメ。チョッピリ入れると、体あったまるカナと思って。あと、ネギと、タマゴと…」
「へェ〜。米だけじゃねェのか…流石女のコだよなァ〜。」
「エヘヘッ。」
 大きな包丁を器用に使い、楽しそうに、それでも病人に気遣って小声で話すマリィ。
その愛らしさに、美里の気持ちが解った気がする。
(妹…か、いいよなァ…。)

…………う…」
 微かに呻いた龍麻の声に気付いて、マリィが駆け寄った。
「起こしチャッタ? オニィチャン…ゴメンネ。」
心配そうに覗き込むマリィに、かろうじて首を横に振る。だが、その動きは緩慢だ。普段のような眼の輝きも失われている。
白い頬がほんのり赤くなっていて、よほどのことがないと顔に出ないこの男の病態が、軽くはないことを物語っていた。
「そうダ、体温計ドコ? あと、カゼのおクスリは? オニィチャン。」
 龍麻が、目線だけを微かに動かす。マリィはそれだけですぐ察したようだ。
「この机ノ、ヒキダシ…下ダネ? 分かった。」
さっさとベッド脇にある机の引き出しを開け、救急箱を見つけだすと、手慣れたように体温計を取り出す。
「ハイ、オニィチャン。おクチ、あけてくださいネ。」
 言われるままゆっくりと口を開くと、龍麻はそれを受け入れた。
舌下に挟み込むその動きを見ているうちに、また言いようのない気持ちに襲われる。
……………。」
仲間が相手だとはいえ、無防備に弱い部分をさらけ出し、力無く目を閉じた様子に、たまらなく苛ついてくるのだ。
(仕方ねェじゃねェか。病気なんだから。コイツにだって、そういうこともあるさ。普通の…人間なんだから。)
いくら自分に言い聞かせても、理性で抑えきることが出来ない。
 と、マリィが振り向いた。
「…どうしたノ、京一オニィチャン?」
この少女の持つ不思議な<<力>>のことを思い出した。
しまった…俺が苛立っているのに気付いたんだろうか。
自分でもよく分からない感情なのに。マリィには解るのだろうか? その理由も。
「…いや、マリィ…その、よくアレだけで分かったな? 救急箱がココに入ってるって。」
「ウンッ。マリィ、そういうの得意ダカラ。」
……それは…やっぱ、その…心が読める…ってことなのか?」
「ウーン…よくワカンナイ。時々、カナシイとか、ウレシイとか、イタイとか…今みたいに、オニィチャンの考えてる場所とか、物とか、そういうノが分かったりスルノ。ハッキリ聞こえるんじゃなくて…ウーント…分かっちゃう…ノ。」
……………。」
「…京一オニィチャン…マリィのコト、怖い? キライ?」
黙り込んだ京一をどう捉えたのか、マリィが少し悲しげに俯く。ぎょっとして、京一は急いで首を振った。
「まさか! んなワケねーって! …俺の気持ちが読めるんなら、分かんだろ? マリィを嫌いになるヤツなんて居ないさ。なッ、ひーちゃん。」
……。」
龍麻も、ゆっくりとではあったが大きく頷いた。
ホッとしたように笑うマリィに内心胸をなで下ろしながら、京一は、自分の不用意な態度を少し反省したのだった。

 体温計は、平熱をあっさり越えた。
「38度2分。…明日は休みだな、こりゃ。医者行った方がいいぜ。」
…………。」
鍋の火加減を見にコンロの方へ行くマリィの後ろ姿を眺めながら、ベッドの横に座り込む。枕元に肘をつき、真横にある龍麻の横顔を眺める。
元々龍麻は、常態での体温が低いようだった。こんな高熱は相当きついだろう。
「昨日、雨に濡れて帰ってきちまったもんな。アレで風邪か……へへヘッ。お前もそーゆーデリケートなトコ、あったんだなァ。」
 からかうように声をかけても、反応はない。
下らないことと無視しているのか、聞こえないほど弱っているのか。
どちらにしろ腹が立つ。
 …何でこんな風に思っちまうんだろう。俺はコイツに、何を期待しているんだろう…
 核心に近づく疑問に没頭しかけたとき、マリィが龍麻を起こしてくれ、と京一を呼んだ。
白米の炊き上がる、独特の香りが部屋を包んでいる。
「ひーちゃん、メシだぜ。旨そうな匂いだなァ?」
 布団の山を取り除き、背中に枕を立てて少し身体を起こしてやった。
全く力が入らないのか、京一に身を任せたままの身体が、普段では考えられないほど熱く火照っている。
「…大丈夫か?」
大丈夫じゃないのは解っているが、他にかける言葉を思いつかない。
……だい…じょうぶ…だ。」
喉もやられているのか、ひどく掠れた声。それでも心配をかけまいと思ったのか、龍麻は京一から身を剥がすようにして、後ろの枕に寄りかかった。
こういう時くらい、甘えりゃいいのに…と思いつつも、龍麻らしさにホッとする。意地を張れる程度には、しっかりしているらしい。
「オニィチャン、オカユ出来たヨ。」
 マリィが、鍋から厚手の茶碗に粥を少しよそい、さじと共に小さな盆に置いて、龍麻に差し出した。
のろのろと受け取って、龍麻はさじを持ち上げた。その指が小刻みに震えている。
これほど高熱だと、もしかしたら食欲もないのかも知れない。だが、マリィの誠意の前に、「食欲がないから要らない」などとは言えないだろう…と察しつつ、京一は様子を見守った。
 猫舌ではないらしい龍麻は、湯気の立つさじに口をつけた。少し食べにくそうにしながらも、すするように粥を飲み込む。
最後の審判を待つような顔で、マリィが尋ねた。
「…どう?」
…………旨い。」
その言葉に、少女は大きな瞳を輝かせた。
「あのネッ、マリィいっぱいお祈りしたノ! オニィチャンが早く良くなりますようにって。だってマリィの<<力>>は炎の<<力>>だモノ。身体があったまッテ、それでネツもすぐ下がりますようにって、いっぱいお祈りしたノ。だから…」
 龍麻が頷きながらもう一口啜って、目を閉じた。
……ああ。…暖かいな。」
聞き取りにくいほど掠れた声に、満足そうな…嬉しそうな響きが滲む。
表情は相変わらずだったが、マリィに対しての感謝の気持ちがその台詞に込められていることを、二人は理解したのだった。

 そのまま食べ続ける龍麻を、しばらくの間嬉しそうに見ていたマリィが、急に表情を改めて座り直した。
「…キット、明日は治るヨ。治って、またキューコーシャ、行けるヨ。…だから。さっきは…ゴメンネ、オニィチャン。」
 意味が分からず、思わず龍麻と顔を見合わせる。
「さっきのコト、許しテ欲しかった…ノ。熱があるコト、ミンナに言っちゃって…ゴメンナサイ。オニィチャン、隠してたノニ…ヨケイなコト…」
 あッ、と思わず声を上げそうになった。
そうだったのか…。
 風邪をおしても、龍麻はまだ鍛錬を続けたがっていた。しかし、マリィに気付かれたことで中止にせざるを得なくなってしまった。そんなことでマリィに腹を立てたりする男ではないが、マリィはきっと、龍麻が落胆しているのに気付いて、責任を感じたのだ。
それであんなに「自分が看病する」と主張していたのだ…
……怒って…ない。」
 龍麻は大きく首を横に振った。先ほどよりは調子が戻ってきたのか、その動作もはっきりしている。
「ウウン…でも、許してくれテ、アリガト、オニィチャン。」
その言葉に、一瞬哀しげな顔をしたように感じたのは、京一の気のせいだったのだろうか───

 そのまま、また身体を横たえた龍麻に風邪薬を飲ませ、水枕をあてがい、洗い物などを済ませると、マリィはあっさり「帰る」と言い出した。
「泊まるとオネェチャンたちが心配するカラ、帰る。後はヨロシクね、京一オニィチャン。」
「お…おい待てよ、そんなら送っていくから…」
「No Probrem! マリィここから家まで、歩いて帰れるモノ。それより、オニィチャンについていてあげてネ。」
夜ふけに、新宿駅近辺を一人で帰せるワケねェだろ。美里に叱られちまう…と言おうとしたとき、龍麻が呼んだ。
…………。」
だいぶ力を取り戻した両眼が、「送っていけ」と語る。
「…ほれ、龍麻おにーちゃんも送ってけって言ってるぜ。だいじょぶだって、俺が戻るまで大人しく寝てるってさ。」
……。」
 何故か不思議そうに、京一と龍麻の顔を交互に見比べた後、マリィは何事かを納得したように、京一の言葉に頷いた。

「…アリガト、オニィチャン。もうここでイイヨ。」
 閑静な住宅街の角、美里の家の玄関が見えるところに来て、マリィが飛び跳ねながら手を振った。
「おう、そんじゃな。今日はごくろーさん。助かったぜ!」
そう言って踵を返そうとし、京一はふと思いついてマリィを呼び止めた。
「…あのよ…さっきのだけどよ。ひーちゃん、ホントに怒ってないと思うぜ。」
……エッ?」
「怒ってたとしたら…多分、こんな時に風邪を引いた自分自身を怒ったんだと思う。アイツ、そういうヤツだしよ。」
…………。」
 小首を傾げて、マリィはしばらく考えた。
「…ウン…そうかも…知れナイ。そうダネ…オニィチャン、自分に怒ってたんだネ…。」
 どうやらマリィは、自責の念に囚われていた龍麻の「怒り」を、自分へ向けたものだと勘違いしていたらしい。
それほど龍麻が、自分に対して強く憤っていたということだろうか。
「…エヘヘ。京一オニィチャンも、同じダネ。」
 自宅の方へと飛び跳ねながら、マリィが口ずさむように呟いた。
「マリィと同じ。龍麻オニィチャンの心が分かるんだネ!」
そして京一が何か応える前に、「また明日ネ、Bye!」と門をくぐってしまった。

 …龍麻の心が解る…か。そんなもん、解ってたら苦労してねェよ、マリィ。
 それでも。
そう言われたことで、喜んでしまっている自分がいる。
人に認めてもらえたことを、誇りに感じてしまっている自分が。
「…どーしよーもねェバカだな。」
 結局、『宿星』とやらから逃れることは出来ないのか…
 嬉しさと、悔しさと、僅かな失望とを噛みしめながら、京一は来た道を戻っていくのだった。

2000/09/15 Release.