拾八
之四

徐歩

水城しゅう様に捧ぐ

「お前もそーゆーデリケートなトコ、あるんだなァ。」
 ヘヘヘッ、と笑いながら、京一オニィチャンが優しく龍麻オニィチャンの頭をなでている。
…ヘンなの。
京一オニィチャン、どうしてウレシイのに怒ってるんだろ。

◆ ◆ ◆

 龍麻オニィチャンは、強くてやさしくてカッコよくて、すごくアッタカイ。
いつも、みんなのこと考えてて、いつも、みんなを見まもってる。
マリィはもともと、17(サラ)たちほど強く、ひとの心を視ることはできなかった。葵オネェチャンたちとくらすようになって、クスリとかキカイを使わなくなったから、どんどん「聞こえ」なくなってる。だから、オニィチャンがどんなことを考えているのかは、もうあんまり視えない。
それでもわかる。オニィチャンのきもちが、だれよりもやさしいこと。
 それに、みんながオニィチャンのことを好きなのも、知ってる。
だからマリィは、みんなといるのが大好き。
みんなおたがいに、だいじに思いあってて、それがわかって、とってもうれしくなる。それが、好き。
マリィもオニィチャンみたいに、強くなって、みんなを護りたい。
みんなをあったかい輪の中に包みこんでくれる、オニィチャンみたいになりたい。

 ずっとそう思って、オニィチャンを見てきた。
だから、京一オニィチャンがマリィと同じきもちなのも、すぐわかった。
 だけど…こうして見てると、マリィとは少しちがうみたい。
マリィと同じに、龍麻オニィチャンが好きだから、オニィチャンの言いたいことを知りたくて、いつも見つめてるんだと思ってたんだけど。
京一オニィチャンは、時々キゲンが悪くなる。
なんでかなァ?
 さっきもそうだった。
マリィがオニィチャンに体温計をわたしたら、なんだか怒ってた。
マリィのことを怒ったのかと思ってきいてみた。
心が視えるってコト、トモダチには言っちゃダメだって、ママに言われてる。コワイと思う人もいるからって。
オニィチャンもそうなのかなってドキドキしたけど、そうじゃなかった。
京一オニィチャンは、龍麻オニィチャンに怒ってるみたい。
どうしてだろう。大好きな人なのに、とっても大事に思ってるのに、どうして怒るんだろう。…ホントは、京一オニィチャンは、龍麻オニィチャンのこと…好きじゃないの…カナ? マリィのわからない、心のずっと下の下の方では…
 なんだか、こわくなったので、そっと声をかけてみた。
「京一オニィチャン…龍麻オニィチャンを、起こして。オカユ、できたカラ。」
「お…おう。ひーちゃん、メシだぜ。旨そうな匂いだなァ?」
ぐったりしたオニィチャンを、そーっと抱きしめてあげてる。「大丈夫か?」ってきいて、心配そうに顔をのぞきこんでる。 やっぱり、すごく大事にしてるんだよネ。よかった、マリィのカンチガイだったみたい。

 龍麻オニィチャンは、「大丈夫だ」と答えた。
でも、すごくつらそう…。
 ケガしても、イタイって思ってても、オニィチャンはいつも口には出さない。
それに、自分がケガしたときより、誰かがケガしたときの方が、とても悲しむ。
そういうやさしいオニィチャンだから、マリィは大好きなんだけど…
今だって、心の中でとてもツライと思ってるのに、「大丈夫」って答えるオニィチャン。
つよいなあって思うんだけど…でも、時々マリィ、変なきもちになる…
…あっ。また京一オニィチャンが怒ってる。
龍麻オニィチャンが「大丈夫」って言ったことを、怒ってるんだ。
 …ムズカシイな。
なんだか、オニィチャンたちは、とってもムズカシイ。
どうして龍麻オニィチャンは、悲しいと思っても言わないんだろう。
どうして楽しいときも笑わないんだろう。いっぱいいろんなコト思ってるのに、どうして言わないんだろう。
どうして京一オニィチャンは、怒っても笑うんだろう。
楽しいときに悲しんだり、うれしいときに怒ったりするんだろう。
どうして…?

 龍麻オニィチャンに、さっきのことをあやまった。
そのために来たんだもの。
 マリィは、おびょうきやケガの人がすぐわかる。
いたい、つらいって思うきもちが、伝わってくるから。
オニィチャンも、さむい、早く帰りたいって思ってるのがわかったから、声をかけたのに。
オニィチャンはとても怒った。
まだ下に行きたいって思ってるのがわかって、ビックリした。
こんなにツライって思ってるのに。あったかいお布団とか、クスリとか、思いうかべてたのに。
 龍麻オニィチャンがいつもタンレンしたい、強くなりたいって思ってるのは知ってた。みんなを護るために、もっともっと強くなりたいって言ってた。
だからきっと、今日もいっぱいたたかいたかったんだ。なのに、マリィがジャマをしたから怒ったんだ。
それに気付いたから。
マリィ、オニィチャンがいつもみんなのこと考えてるの知ってたのに、ヨケイなことしちゃったって気付いたから。
だから、せめて早く治るお手伝いをして、ゆるしてもらおうと思ったの。
マリィ、龍麻オニィチャンにきらわれたくないもの。
 オニイチャンはゆるしてくれた。
でも、悲しそうだった。
まだ怒ってる、ってカンジじゃない。
でもどうして悲しいのか、マリィにはわからない。
京一オニィチャンが怒ってる理由もわからない。
ムズカシくてわからなくて、なんだかさびしくなってくる。

 …やっぱり、帰ろう。
本当は、オニィチャンがなおるまでいるつもりだったけど、…なんだかおウチに帰りたい。
葵オネェチャンのところに帰りたい。
 でも「帰る」と言ったら、京一オニィチャンが送ってくって言ってくれた。
うれしいけど、龍麻オニィチャンについてて欲しかったし、…ちょっとこわかったから、一人で帰れるよと答える。
 そうしたら、龍麻オニィチャンも、マリィのことを心配してくれた。
京一オニィチャンに送っていって欲しいって思ってる。
よかったァ、マリィのことキライになったんじゃないんだ。
「…ほれ、龍麻おにーちゃんも送ってけって言ってるぜ。だいじょぶだって、俺が戻るまで大人しく寝てるってさ。」
 えッ?
ちょっとビックリ。京一オニィチャンも、龍麻オニィチャンの考えてることわかるのかな?
龍麻オニィチャンが、うれしいって思ってるのが伝わってくる。きっと、京一オニィチャンが気持ちをわかってくれたからだ。
京一オニィチャンに、マリィみたいな<<力>>はないみたいだし…
どうしてわかるんだろう、オニィチャンのこと。

 夜でも明るい、にぎやかなまちを、京一オニィチャンといっしょに歩く。…こんなに明るいんだから、マリィ一人でも平気なんだけどな。
京一オニィチャンは、しまった、美里に電話しとくの忘れた…ま、いいか〜なんて言って笑ってる。
でも、心の中ではとってもあやまってるのがわかって、また変な気持ちになる。
オニィチャンって…ほんと、フクザツ。
 オウチが見えてきたので、オニィチャンにさよならを言った。龍麻オニィチャンのところに、早く帰ってもらわないと。
「…あのよ…さっきのだけどよ。ひーちゃん、ホントに怒ってないと思うぜ。」
……エッ?」
「怒ってたとしたら…多分、こんな時に風邪を引いた自分自身を怒ったんだと思う。アイツ、そういうヤツだしよ。」
 …あ…そっか。
龍麻オニィチャンを怒らせて、マリィすごく悲しかったから、よく考えなかったけど…
そうだ。オニィチャンってそういう人。
いつも自分を怒ってる。悲しんでる。なんでか知らないけど、たぶんみんなを護るためにいつもいつも自分を反省してるんだと思う。
京一オニィチャンに言われて初めて、そのことを思い出した。
やっぱりすごいなァ、京一オニィチャン。
「…エヘヘ。京一オニィチャンも、同じダネ。マリィと同じ。龍麻オニィチャンの心が分かるんだネ!」
嬉しいな。
京一オニィチャンのきもちってフクザツで理解できないけど、やっぱり龍麻オニィチャンのことを好きなんだよネ。気持ちをわかってあげようとしてるんだよネ。それだけはマリィと同じ。…きっと。

 家に入ったら、リビングからママが飛んできた。
「マリィ! まさか、一人で帰ってきたの!?」
ママがすごく怒ってるのにビックリして、あわてて首をふる。
「ち…違うノ。京一オニィチャンに…送ってもらって…」
葵オネェチャンも部屋から出てきた。
「お帰りなさい、マリィ…心配していたのよ。電話もないから、どうしているのかと思って…。」
「ゴメンナサイ。帰るときあわててテ、忘れチャッタ…」
葵オネェチャンは笑っていたけど、やっぱり少し怒ってる。
「もう…京一くんったら。迎えに行くからって言ったのに。」
「蓬莱寺さんね。ちゃんとここまで来て下さったら、お礼も言えたのに…マリィ、葵お姉ちゃんのお友達にご迷惑おかけしてはダメよ。それに、こんな時間まで女のコが外にいてもダメ。いくら男の子がついているといっても、子供同士じゃ危ないでしょう?」
 京一オニィチャンは、どんなオトナの人より強いんだけどな。でもママにとっては、京一オニィチャンも龍麻オニィチャンも「子供」なんだ。
……ハイ。ママ、ゴメンナサイ。」
もう一回ペコンと頭を下げたら、ようやくママも笑ってくれた。

「…葵オネェチャン。ママ、もうマリィのこと、怒ってないヨネ?」
「え? もちろんもう怒っていないわ。…どうしたの? うふふ、怖かった?」
 お部屋で髪をとかしてもらいながら、さっきママが怒っていた理由をきいた。
「それはね、マリィ。とても心配したからよ。」
「どうして、心配なのに怒るノ?」
「そうね…心配したくないから…かしら。」
………。」
「マリィも心配だと、悲しくて辛いでしょう? そういう気持ちになるのが嫌でしょう。だから…つい、怒ってしまうのね。」
「ア…。」
 さっきの、龍麻オニィチャンのことを思い出した。
マリィも、怒ったんだ。「大丈夫」ってウソをついたオニィチャンに、どうしてウソ付くのって。大丈夫じゃないのが心配で、でも大丈夫だって言われるのが悲しくて。
マリィ、「よけい心配になるから、やめて」って…思ったんだ。
 それなら、京一オニィチャンが怒っているのも、同じなのかも知れない。
いつも龍麻オニィチャンのことが心配で、だから怒ってるのかも。
「…オネェチャンは、マリィのこと、怒らなかった?」
「少し…怒った…かな。でも、マリィはちゃんと帰ってきたし、マリィが遅くなった理由も知っているもの。心配しなくても、ママみたいに怒ったりはしないわ。」
「怒ったノニ…怒らない…??」
「…マリィ。心の中で思ってしまうことは、自然に…勝手に感じてしまうこと。けれどそれを伝えてはいけないときだってあるわ。もしさっき、私がママと一緒に怒っていたら、マリィは悲しかったでしょう?」
「…ウン。」
「相手のことを思うなら、心の中にしまっておかなくてはいけない言葉や感情もあるのよ。…だからね、マリィ。あなたがみんなを解ってあげようとして、心の声を聞くのは構わないけれど。その声をそっとしまっている気持ちも、解ってあげなくてはいけないわ…。」
…………。」
葵オネェチャンの言っていることは、少しムズカシくてわからなかった。
でも、オネェチャンがオニィチャンたちのことを想って、言っているのはわかった。
 そっか。
京一オニィチャンのフクザツなきもちも、そうなんだ。
心配で、怒って、だけどそのきもちは、そっとしまってるんだ。
怒ってばかりいたら、龍麻オニィチャンが悲しむから…。
「わかったヨ、葵オネェチャン。…エヘヘ。オネェチャン、大好き!」
「きゃッ? マリィったら…うふふ。私もマリィが大好きよ。」
抱きしめ返してくれる、やさしいオネェチャン。
柔らかい胸にぎゅうっと抱きついて、うれしくってまた笑った。
「エヘヘ。マリィ、今日少しオトナになったミタイ!」
………………。」

 次の日の夕方、またオネェチャンたちの高校に行ってみたら、すっかり元気になった龍麻オニィチャンにお礼を言ってもらった。
だけど、龍麻オニィチャンはすごくうれしそうなのにやっぱりちょっと悲しそうで、葵オネェチャンはなんだか京一オニィチャンに怒ってて、京一オニィチャンがずーっと「誤解だッ! なんかの間違いだって、なァ美里〜!」とか泣いてて、それがマリィと何か関係してるようなカンジだったんだけど、もう全然わからないから、考えないことにした。
 オトナのきもちって、いつでもフクザツなんだヨネ、きっと。

2000/09/12 Release.