拾伍
ノ前

胎動 (上)

 399…、400。
溜めていた息を吐き出し、京一はドサリとその場に座り込んだ。
一気に汗が噴き出してくる。荒い呼吸が収まるまで、深呼吸を繰り返す。
 …ダメだ。まだだ。違う。…解んねェ。
自分でも何が違うのか、何をしたいのか解らない。
どんなに素振りを繰り返しても、何かが違う気がする。このまま続けても、間違った方向に進むばかりのような気がする。それは京一が望む方向から見ると全く逆向きになっているような気さえする。
気がする、気がする…全て推測だ。
 何かを掴みたい。確かなもの、手応えを。

 鬼道衆との闘いが終わり、平穏な日々を取り戻してからというもの、京一の中の奇妙な焦燥感は日毎に大きくなっていた。
自分でもどうすべきか解らないまま、「ヒマだから」「鍛錬になるから」などと理由をつけては、あまり乗り気ではない龍麻を無理矢理、旧校舎へ誘う。
(…そう。渋々、って感じなんだよな。)
 以前如月に指摘されて気付いたのだが、龍麻は、戦闘自体はあまり好きではないらしかった。
それでも決して断らないのは、京一や他の仲間を気遣ってのことか。
 楽しげについてくるアランや雨紋。内心は嫌だろうに、みんなが心配だからとやって来る美里。強くなりたいと言って、美里の反対を押し切って来るマリィ。
毎回違うメンバーと共に、怪しげな亡者どもに<<力>>を振るう。
 だが仲間が多くても、いや多いほど却って、龍麻の負担は増える。どんなに気を付けていても、弱い者が敵陣の中に唯一人取り残されたり、疲労から油断した奴に集中攻撃が飛んだりするためだ。
 龍麻は、そのスピードを生かして、緊急に備える闘い方をすることが多くなった。
全員に指示を出しながら、自分は手薄になったところを埋めるために走る。彼らを庇ったり、回復アイテムを使用したりするために。
 先日やって来た紫暮が、半ば苦笑気味に龍麻に語るのが聞こえた。
「これでは余り鍛錬にはならんな。」
大きく頷いて、週末に道場に寄る約束を紫暮と交わす。
 ───こんな下らない雑魚との戦闘より、紫暮と拳を交える方がずっと良い───
それが龍麻の本音なのではないかと気付き、ますます焦りが強くなる。

 アイツは…闘い好きなワケじゃねェ。武道家なんだ。醍醐や紫暮と同じ…。ワザを極めるだとか、オノレを磨くだとか、そういうのの方が好きなんだろう。
 武の道って何だ? 道を極めるって何だ? 俺の剣って何だ…?
俺は…どうしたいんだ? 何で闘う? 好きだからか?
…そうだ。俺はアイツらとは違う、俺は好きでやってる。好きなんだ、あの緊迫した空気。死ぬかも知れねェっていう緊張感、敵から響く殺気、そして腕に伝わる「死」の感触───!?
違うッ。そうじゃねェ。スリルだ。俺が味わいたいのはそれだけで、あんなモンは…
 ───オ主モ、同ジダ。
違う!
 ───オ主モ、輪廻ノ因果カラハ逃レラレヌ。
「うるせェッ。前世だの因果だの知るかッ!!」
 勢いを付けて立ち上がり、また木刀を振るう。
1ッ。2ッ。3…
違う。違う。違う。

 俺が目指したいものは…俺がやりたい事は…本当は、一体何だ?

◆ ◆ ◆

「…では、最後に前部長から挨拶をお願いします。…最後くらい、ビシっとシメて下さいよ、センパイッ。」
「んあ〜〜? …何だ、もう終わったのかァ? おう、じゃァお疲れ〜ッ。」
「寝てたんですかッ!」
 ドッと部員達が笑う。
合同部会。本格的に就職活動や受験に取りかかる三年生が、この日で各部の下級生への引継を完全に終了させることになっている。
新部長や予算の取り決め、それらの報告を部長会で行って、やっと引退となるのである。
夏休み前後で引き継ぎが行われる学校が多い中、のんびりした真神らしいスケジュールだった。

 剣道部に入ったことに、あまり積極的な理由はなかった。
木刀を持ち歩いていたら、勝手に剣道部だと決めつけられたに過ぎない。
「やる気があるなら来い」と顧問に誘われはしたが、児戯のような基礎練習などする気にならず、最初からサボってばかりの不良部員だった。
そのうち、「ナマイキだ」「風紀が乱れる」などと上級生が幾度となく京一をリンチにかけようとし、ことごとく失敗すると、同様にしごかれていた他の同期生が頼り始めたのだ。
面倒だと思いつつ、放っておくことも出来ずにあれこれ面倒を見ていたら、いつの間にか部長に祀り上げられていた…ような気がする。
 そんな下らねェことで、よく3年も続いたもんだ。やっぱ、根本的にコイツが好きだから…だよな。
手にした袱紗を握りしめる。
 …だが、それと「剣の道を極めたい」というのとは、同じなのだろうか。

 教室に戻ると、美里と小蒔が思案げに龍麻の机を見つめているところだった。
「…どうしよう? 心当たり、探してみよっか。」
「でも、鞄も置いてあるもの…。戻ってくるんじゃないかしら。」
「どーした? ひーちゃんに何か用か?」
 なんだ京一か、と振り向いた小蒔が、肩をすくめた。
「ホラ、今日花園神社のお祭りだからさ。龍麻クン誘おうと思ってたんだけど…。」
「ああ…そういやそうだな。」
すっかり忘れていた。縁日が立つのを、毎年楽しみにしていたというのに。
「まァ、ひーちゃんは鞄置いて帰ったりしねェし、戻ってくると思うけどなァ…。」
 ここのところ、京一と龍麻は帰宅を共にするのが常だった。旧校舎に行ったり、ラーメン屋やコンビニに立ち寄ったり、そのまま龍麻の部屋に泊まったりする。
家に帰るのが面倒だという訳でも、一緒にいたいという訳でもない。聞きたい事、話したい事があるのに、きっかけを掴めないまま翌朝を迎えてしまうのだ。
真面目に話そうと思っても、口に出るのは下らない学校の話やアイドルの話。龍麻はいつも変わらず、黙って聞いている。
こんな話をしたいんじゃない。本当は、どうしても聞いて欲しい話がある。訊きたい事があるんだ。
 龍麻、俺は───おかしいのか? お前は、どうなんだ?

「ああ、龍麻なら犬神先生が探しておられたから、職員室にいると思うぞ。何か用事か?」
 そう言いながら、醍醐が戻ってきた。
「なんだタイショー、遅かったじゃねェか。最後とばかりに、また長説教たれてきたんだろ。」
「ふん、言っていろ。俺はどこかの無責任部長とは違うんでな。」
───あッ、龍麻クン!!」
タイミング良く戻ってきた龍麻に、全員の顔が明るくなる。小蒔は早速龍麻を誘い始めた。

 余程のことがなければ「仲間」の誘いを断らない龍麻が、やはり軽く同意したので、京一達は連れだって教室を出た。
 しかし京一の期待感は、裏密によって少々弱められてしまった。
彼女の背負う寒々しい<<気>>が最近ますます強くなった気がして、どうにも馴染めない。オカルト嫌いの醍醐は、京一より更に怯えて後ずさっている。
龍麻だけは動じる様子もなく、同行を断った裏密に「どこへ行くんだ?」などと訊いている。声に、微かに残念そうな響きを感じて、思わず自分の耳を疑う。
「それよりもみんなは〜、目の前の凶刃に気をつけた方がいいかもね〜。」
「凶刃…?」
 美里が眉をひそめる。
花見の時と同じだ。事件の始まりは裏密の「予言」だった。
 …まさか。
いよいよ始まるのか…?
「またかよ…」
龍麻にだけ聞こえる声で、京一は呟いた。龍麻もチラッと振り向き、微かに頷く。
 鬼道衆、九角との闘いが終わったとき、「決してまだ終わったわけではない」と京一に示唆した龍麻。
また闘いが始まる。また…始まるのだ。
「竹花咲き乱れる秋の宵、相見える龍と鬼〜。いずれも、その死をもってしか〜、宿星の輪廻より解き放たれざる者なれば〜。…心当たりがあるのなら〜、用心と覚悟はしておいた方がいいかも〜。」
 一瞬悦びにうち震えた京一に、去り際の裏密の言葉が刺さった。相変わらず何を言っているのか、全体の意味は全く不明だったのだが。

 「その死をもってしか、宿星の輪廻より解き放たれざる者」

 …誰のことだ?
龍と鬼?
龍麻と…そしてまさか…
 …馬鹿馬鹿しい。
頭を振って、京一は明るく声を上げた。
「そんなことより、早く行こうぜ───


 何を企んでいるのか、先に行っていろという女子連を残し、京一達は花園神社の入り口に着いた。
元来、京一は祭り好きである。
日頃と異なる催し。祭囃子に屋台、闇に浮かぶ提灯。何故かじっとしていられない。何がなくともワクワクしてくる。
二人が来るのを待とうという醍醐がじれったい。
「ちょっと先に覗いてくるくらい…。なッ、ひーちゃん?」
当然、醍醐以上に律儀な龍麻が乗ってくる筈もない。仕方ないと諦めたが、早く行かないと面白い事が終わってしまうような気がして、つい落ち着きなく動き回ってしまう。
 それでも、偶然出会った絵莉と話したりして時間を過ごすうち、ようやく二人がやって来た。
浴衣を着た美里に、思わず相好が崩れる。
(これこれ、これこそ祭りの醍醐味ってヤツだぜッ。)
そうだよな、ひーちゃん───と言いかけて、京一は言葉を飲み込んだ。
 龍麻は、じっと美里を見つめていた。
見惚れている…のだろうか?
こちらに背を向けていているため表情は解らないが、少し強張った背中に衝撃の深さが感じ取れる。
 美里は、龍麻の視線に少し悲しそうに謝った。たかが着替えで待たされ、怒っていると判断したらしい。
だが龍麻は首を振って、静かに囁いたのだ。
「…いや。良く…似合っている。」
たちまち美里の表情が晴れた。
頬を染め、嬉しそうに礼を述べるのをみて、オロオロしていた小蒔がはしゃいで抱きついた。
「…へへッ。」
 今日は良い事がありそうだぜ。
この頃の気鬱をひととき忘れられそうで、自然と笑みが零れた。

 しかし、京一は龍麻の様子が微妙におかしいのにすぐ気付いてしまった。
(…何を気にしてやがんだ?)
あちこち屋台を覗いて、やれ焼きそばだお好み焼きだと騒ぐ京一達につき合ってはいるが、時々辺りを伺うように見渡している様は、縁日の雰囲気を味わっているとか、屋台を見ている風ではない。
誰かを、何かを捜している、といった雰囲気である。
 そんな時、取材をしていたらしいアン子が声をかけてきた。何やら「事件」を追っているという。
「焼きそばを奢ってくれたら教える」などとうそぶくのに対し、躊躇うことなく頷いたのを見て、京一も合点がいった。
「目の前の凶刃」を気にかけているのだ。
 裏密の予言は意味不明だが、後になれば当たっていたらしいと気付くことが多い。
占いなど信じたいとは思わない京一と違い、龍麻はいつも裏密の言う事を真剣に聞いている。恐らく、彼女の<<力>>を誰よりも信用しているのだ。だからこそ京一達と違い、裏密を邪険にしたりしないのだろう。そして今も、その予言を信じて危機に備えているのだ。
 そうしながらも、仲間が楽しんでいるのを邪魔はするまいとでも思っているのだろうか。
一人、全員の後ろを守るように歩きながら。辺りに注意を配りながら。緊張を解かずにいながら、決して言葉にはしない。
「あっちに行ってみよう!」と小蒔が声を上げれば、素直について行く。「くじ引きをやってみようよ」と言われれば、真剣に紐を選んでいる。
 …損な性分だよなァ、お前。
京一は誰にも気付かれぬよう、そっと嘆息した。
責任感の強さから生まれる行動なのだとしたら、これはどうしようもないのだろうか。自分には、自分達には、何とかしてやることは出来ないのだろうか? 普通の若者らしく、祭りくらい純粋に楽しめるようにしてはやれないのだろうか。

 そんな想いに囚われていた京一を後目に、同様の心を持っている筈の美里は、ずっと能動的に、ひたむきに、龍麻に働きかけていた。
「龍麻くん、がんばってね…」
 まるで、そのくじ引きが一生を左右するかのように、ハラハラしながら声をかけている。その様子が、微笑ましいほど可愛らしい。
龍麻が獲物を吊り上げると、普段なら決して聞けないような歓声を上げてはしゃいだ。
「すごいわ、龍麻くん!」
恐らく無意識であろう、龍麻の腕に手を添え、飛び跳ねんばかりにして笑っている。
「…えへへッ…葵、楽しそう…。」
「うむ…。二人にとって、いい気晴らしになっているなら良いな。」
堅苦しい醍醐の返事には思わず噴き出したが、確かにそう言いたくなるのも解る。
 笑いながら歩き出した目の端で、龍麻が今手に入れたばかりの景品の指輪を、美里に手渡すのが見えた。
「えッ…いいの? 龍麻くん…あ、ありがとう…。あの、…大事にするわ。」
そっと振り向くと、何事もなかったように歩いてくる龍麻の後ろで、右の薬指に嵌めた指輪を、本当に大事そうに撫でる美里の姿があった。
 何とも言えぬほど切ない笑顔に、聞こえない筈の美里の心の声が重なる。
(…ただの「仲間」でもいい。友達でいいから…)
 ああ。そうだな、美里。
それでも、お前は龍麻の安らぎになってやれる。龍麻を救ってやれる。俺が強引につき合わせようとしていたときよりずっとゆっくり、静かに、確実に。
…そういう事だったんだな、お前が言いたかったのは。
無理強いをしても開かない龍麻の心を、俺よりずっと理解していたんだな…。
 友人と遊びに来ていたマリィを雑踏の中に見つけ、ますますその思いを強くする。
日に日に明るくなっていくこの少女もまた、美里とその家族の暖かい愛によって、少しずつ癒されているのだ。
 龍麻に安らぎを与え、支えとなる役は、俺じゃ出来ねェってことか。
俺に出来るのは、共に闘う事。それだけか…。平和な今は、何も出来ねェってことか…

 また沈みかけた思考を止め、気を取り直しておみくじを引いた京一だったのだが、追い打ちをかける結果が眼前に開かれた。
「わッ!! 大凶!!」
小蒔が大仰に叫ぶ。
 ───多大な困難が降りかかる恐れあり。絶望の淵より一条の光見出し、新たなる境地、拓くべし───
 元々、こういう類のものを信じる京一ではない。だがその内容に思わず顔をしかめてしまう。
(絶望だの困難だの、縁起でもねェ。)
一瞬にして美里や醍醐の顔が曇る。龍麻もじっと京一を見つめている。
「凶刃」のことなのか、それとも新たな敵を示唆しているのか。それなら京一は大歓迎と言いたいところだったが、折角平和を享受していたみんなを、特に龍麻を、早くも現実に引き戻す言葉が恨めしかった。
「また面倒なことに巻き込まれるなんてごめんだぜッ。」
軽く吐き捨ててはみたが、堅くなってしまった空気は戻らない。
 雛乃が、にこやかに笑いながら、それでも心配そうに告げる。
「神社で起こることには、必ず何らかの啓示が含まれているものです。念のため、用心なさってください。」
気持ちは有り難かったが、今は聞きたくない台詞だった。
 京一の代わりに用心深く頷く龍麻に、また溜息が口をついて出てしまう。

「…ん? なんだ、この曲は…。」
 もう帰ろうぜ、と言いかけた時、醍醐が足を止めた。縁日には似つかわしくない音楽が、どこからか流れてくる。
小蒔がその理由に思い当たって説明してくれた。
「縁日でヒーローショーかッ!? そりゃあ案外、いいアイディアかもしれねェやッ。」
都心という場所柄か、神社としての荘厳さや重厚さなどのイメージの薄い処ではあったが、ここまで通俗的なイベントを平気で開催させてしまうとは。
新宿(ここ)らしい。
俗物、流動、どこか旧くて、奇妙に新しくて、逞しさを感じさせるこの街らしいじゃないか───
「なんなら、ひーちゃん、俺たちも観に行ってみるか?」
 無意識にいつも通り龍麻に尋ねて、京一は驚愕した。
龍麻は返事もそこそこに歩き出したのだ。その音楽の聞こえる方向へ。
「へへへッ…、お、お前もすっかりその気だなッ。」
笑いながら、急いでその肩に追い縋る。力強く頷く横顔を覗き込み、何かただならぬ意志を感じ、慌てて周囲の<<気>>を探る。…特に邪悪な気配は感じられないようだ。
龍麻は一体、何を感じ取ったのだろうか。
とにかく何かが起きるらしいことを予感し、気を引き締めながら京一は急いだ。

───この世に悪がある限り!!」
「正義の祈りが我を呼ぶッ!!───
 古いTV番組のように陳腐な劇が繰り広げられる中、京一は不可解な龍麻の様子に理由を付けることが出来ず、悩んでいた。
何があるのか。この会場に、誰かが居るのか。ここで何かが起きることを予測したのか。舞台にいる連中に、何かあるのか。
 それとなく、その真剣な横顔を窺っていたが、その強い眼差しからは何も読みとれそうもない。
落胆しながら、視線を舞台に戻した。
 その時だった。
───?」
 ぱしん、と軽い衝撃が空気を伝わる。舞台に走る閃光は、中央でポーズを取る主役三人の辺りから生まれたようだ。
カメラのフラッシュや、舞台の装置ではない。
ほんの一瞬だが、あれは京一達にはすっかり馴染みのもの───<<力>>の発現によく似ていた。
 …まさか、あの三人は…「仲間」なのか?
ひーちゃん、そういうことか!?
慌てて振り向くと、龍麻は何も言わず、ただじっと舞台へ強い眼差しを投げかけている。
 「仲間」。
東京が平和になったのなら、これ以上捜す必要はない筈のもの。
だが、今こうしてそれらしき人物に出会い、常以上に興味を示している龍麻が居る。
このことから考えられることは一つしかない。
やはり近いうち、事件は起きるのだ。そしてそれは、鬼道衆との闘いより更に激化するのだ。より多くの仲間を必要とするほどに。
 舞台が終わって、ヒーローを演じた三人に直接話してみようということになると、やはり龍麻は積極的に舞台裏へと向かっていった。滅多にないことだったが、自ら近くにいたスタッフの一人を捕まえ、三人の居場所を聞き出したりしている。
それほどの<<力>>を持った仲間だということなのだろうか。

 しかしその三人は、今まで出会ったどの連中よりもタチが悪かった。
自分の「正義」がこの世でただ一つの真実と信じ、他を受け入れようともしない。なまじ正義と思っている分、頑なに自分を信じているため、悪人より始末に負えない。
こういった、いわゆる「話にならない」連中が、京一は苦手だった。一人で思いこんでいるだけならまだしも、人にその信念を押しつけてくるからだ。
「部活動では上下関係が最も大事だ。だから後輩はきちんと先輩を敬い、逆らわず、受け入れねばならない」
こんな一方的な信念を押しつけてきた上級生もいたが、そんなことは京一の知ったことではない。そのせいで衝突を繰り返したのを思い出し、胸が悪くなる。
己一人の決め事を、何故他人にも守らせようとするのか。
本当に守らなければいけないのは、互いの考え方を尊重することではないのか?
 うんざりして三人の「正義」の話を打ち切り、その場を足早に去る。
龍麻だけは最後まで、彼らを気にかけていたが、流石に今説得しても無駄だと思ったのだろう、諦めてついて来た。
「入隊したいのか」と尋ねられて、「是非」と即答した龍麻。
どんな手段を使ってでも、彼らを味方に引き入れたいという強い意志を感じる。
 …あんな連中でも欲しいほど、今度の闘いは厳しいのだろうか。
そう思うと、気を引き締めねばと感じる反面、どうしても沸き上がる悦びを抑えきれなかった。

2000/04/12 Release.