醍醐の憂鬱・新たなる展開?

 違う。
違うのだ、桜井。
俺は知っている、いや、感じ取ってしまったのだから。
 霊研に突入しようとしていたあの時、龍麻は確かに普通の状態では無かった。
滅多に顔に出さない男が苦しげに呻くのが聞こえたので、驚いて振り向いた時、俺の目に映ったのは…
魂が抜け落ちたような、とでも言うのだろうか。
普段の冷静さ、意志の強さ、厳しさが全て失われた、ぽかんとしたような表情。
それは、全くの別人と言っていい顔だったのだ。
「おい、龍麻? どうかしたのか…」
 慌てて尋ねても返事が無いので、とにかく今は部屋の中へ連れて行こうと肩に抱えて運んだが、いつもなら近づいただけでも感じ取れる<<気>>が、密着してすら全く感じない。
その時には、まさか裏密に操られているとは思いもよらなかったので、この後どうすれば良いのかと密かに焦っていたのだが…。
 京一を救い出した時点で龍麻も普通の状態に戻り、戻ったのに裏密を庇ったりしていたのは妙であったが、とにかく表情にも生気が甦ったのを見て、やっと安心した。
 それと同時に、龍麻は決して「無表情」ではないのだ、と気付いた。
いつも同じ顔をしているようで、京一のように大口を開けて笑ったり、油断して欠伸したり居眠りしたりすることもないため、ついそう思ってしまう。
だが俺は「本当に表情のない龍麻の顔」を知った。
整ってはいるが、人形のように味気ない顔を。
それは取りも直さず、龍麻の真の魅力はその美貌にあるのではなく、力強い意志の顕れこそが人々の心を掴んで放さないのだという証拠ではないか。
そう思えて、嬉しいような、ホッとしたような気がする。
そういう理由ならば、俺にも理解出来るからだ。
 後で気が付いて、龍麻のあの状態が術にかかっていたものだと解った時にも、「龍麻ほどの男でも、術にかかるという事があるのか」と、むしろその人間らしい部分に触れたようで、微笑ましいとさえ思っていた。
その後の、京一とのやり取りさえなければ。

「何言ってやがんだ、小蒔ッ! んなワケねェよな? ひーちゃんッ。こん中じゃ俺が一番のダチだもんなッ!」
必死で縋る京一に、しっかりと頷いた龍麻には、端から見る限り嘘はない。
「ホントはよ、裏密の術にかかってたろ? 完全にじゃなくても、ちったァ効いてたろ? そうに決まってるよな。」
それでも京一は食い下がる。
仕方なく首肯したのを見て、やっと溜飲を下げたようだ。
 全く…一体どうしてお前達は、それ程にまですれ違っているんだ?
 驚異的な観察力を発揮して、俺達には全く解らなかった龍麻の感情表現を、京一は察している。
なのに、こと自分に対する感情だけは掴めないようだ。若しくは、信じられないのかも知れない。
 龍麻は裏密に操られていた事を否定していた。
もしかしたら、他者に乗っ取られる精神の未熟さを恥じ、隠したかったのかも知れないが、俺の知る限り、彼はそういう器の小さな男ではない。
だとするとあれは、京一への想いを秘するための嘘だった、と考えられるのだが、京一はそれを多勢の前で嘘と断定し、無理矢理答を引き出してしまった。
 龍麻の肩を優しく抱きしめた京一に、そっと同じような形で応え、身体を引き離して歩く。
その顔には、切なく苦しげな表情が浮かんでいた。
我が事のように胸が締め付けられる。
 京一。気付いてやれ。
龍麻はただ、己の想いを皆に知られないよう努めているだけだ。
その理由自体は解らない。世間に知れて良い恋愛ではないからかも知れないし、相手が誰であれ、東京を護る使命を果たすまでは色恋に溺れまいとしているのかも知れない。
京一の気持ちに気付かず、拒まれると思い込んで隠しているのかも知れない。
だが、確かにそこに「想い」は存在しているのだ。
俺ですら解るのだから、京一よ、理解ってやってくれ。
間違った嫉妬心で、これ以上龍麻を苦しめないでやってくれ───