その後の話

アズライール

 たれぱんだと目があう。

 誰かが持ってたノートだかお菓子の包装だかにそんなフレーズあったよなあと、どこかのんきに目の前にある物体を見ながら京一は思った。

 起きているのか寝ているのか分からない目、気が抜ける顔、丸みを帯びた体、全体的にたれている印象しかない雰囲気。
 …どこから見てもたれぱんだとしか思えない。

 だが、どうして今、旧校舎からとって来たアイテムが散乱している龍麻の部屋のど真ん中にあるんだろう?この疑問を解こうにも、肝心の主の姿も無い。
 単なるぬいぐるみなら、以前自分が持ってきたやつがあるし、あってもおかしくは無いのだが………
 意思があることを示す瞳の輝き、止まっているようでも僅かに見える手足が動いているからには普通の物と一線を画していた。

 何が何だかわからないのでそのまま様子を見ていると、ぽてっ、と仰向けになった。勢いがついたのか、再びぽてっ、とうつ伏せになる。それを何度か繰り返している内に、こっちに向かってきていることに気がついた。
 ふと、興味が湧いて抱き上げてみると、柔らかく、意外としっとりとしている。ついでに適度な重みと、生暖かい感触があった。

(…動いているからにはナマモノだよなあ?ここにあるってことはひーちゃんが持ってきたんだろうけど何でだ?それにひーちゃんどこ行ったんだろう?買い物か?)
 たれぱんだを抱きかかえながらあっちこっちのぞいてはみたが、龍麻の姿は無い。
 腕の中の物体は、もそもそ動いてはいるがとろい。
 
 再びたれぱんだと目があう。

 じっとみつめあっていると、何だか誰かと似ているような錯覚を覚える。
 この、色白なところとか(パンダなので色が白いのは当たり前)
 動きが少ないところとか(たれて、動きが機敏だと怖いものがあるぞ)
 この、なに考えてるのか分からない目とか(……………

 と、そこまで考えて、京一は頭を大きくブンブンと振った。
(いいやちがうっ、こんなヤツにひーちゃんが似てる訳がねえっ)
 このままだと変な考えになりそうな気がして、とりあえず目に届かないところにそれを置いて、当初の目的だったアイテムの整理にとりかかった。
 大体種類別には分けてあったので売るものと仲間に分ける物とに分類していく。たれぱんだを目に入れないようにしていたが、ふと気がつくと、背中にしっとりとした感触があった。
 振りかえると、何時の間にかたれぱんだが傍にいる。
………

 今度はアイテムを障害物がわりにして、遠くへやる。
 しばらく、そのまま作業を再開したが、ぽてっ、ぱた、ぽてっ、ぱた、とゆっくりとしたリズムで妙な音がする。気にしない、気にしないと自分に言い聞かしても耳について離れない。
 とうとう根負けして音のしている方へ目を向けると、たれぱんだが障害物を乗り越えようと悪戦苦闘している姿があった。
 ほんの小さな一山であるが、それでも転がって乗り越えようとするのは難しいようで、山の頂点に近づいては失敗している。
 その姿を見ていると、何だか自分がいじめているみたいで罪悪感をもってしまう。
 いっそのこと障害物を取り除いてやろうかと立ちあがりかけた時、何を思ったのか、たれぱんだは一旦障害物から少し離れた。
 そのまま見守っていると、さっきよりは早い(と思われる)スピードでぽてぽて転がり、障害物にぶち当たった。
 どうやら、助走をつけたようである。それでも乗り越えきれず、ずるずると山を滑っていく。思わず吹き出した。それでも、ガッツがあるのか再び同じことをしようと距離をとり始めた。

 手元にあるアイテムは整理し終わったのでそろそろ障害物にしているアイテムを片付けようとしたとき、たれぱんだがやっとアイテムの山を乗り越え、こっちに向かってくるのが見えた。
 他人の手も借りず、他の行き方を探そうともせず、ただ目の前の障害物をひたすらにそれを乗り越えようとする姿にやはり緋勇をダブらせてしまう自分に苦笑を浮かべる。
 考えていても仕方がない。アイテムの山に手を伸ばして、ふとピコピコハンマーが目に入った。

(そういえば、この前潜った時に変なアイテムあったよな?小蒔達がほしいと騒いでいたような………ああ、そうだ。如月の言うところの『たれたれハンマー』ってやつだった。確かアレ………
 そこで、ある可能性に思いついて段々近づいてくるたれぱんだを見た。
「まさか…ひーちゃん!?」
 三度、たれぱんだと目があう。
 なに考えているのか分からない目ではあるが、そこにいつも見慣れている強い意志を持つ光があった。

 それからは、呪いを解く大麻を探すのに一旦整理したアイテムをひっくり返したり、それでも見つからず如月骨董店へ買いに行くなどの騒ぎがあったがなんとか龍麻の呪いは解けた。

 それから京一がたれぱんだを見る度に赤くなったり変な踊りを披露することになるが、それは別の話しである。

2000/05/29 Release.