皮下接触III - 龍麻

 怖かった。

 どんなことよりも、もう京一を失うのが怖かった。

「悪リィ、悪リィ。へへッ、心配かけたな。」
 大して悪びれた様子もなく謝って、いつも通り「じゃ、ラーメン食って帰ろーぜっ。」と続けて笑う。
何もなかったかのように。
 でも、もう「無かったこと」じゃないんだ。少なくとも、オレの心の中では。

「ひーちゃん、じゃーな。」
 きっと、家族が待っているだろう。心配してるぞ、きっと。
「…京一。」
引き留めちゃいけない。お前の居なかったこの日々、家族が一番心配していたに違いないんだから。
そして、こいつは絶対家になんか連絡してないんだから。
 そう思っているのに、オレは何でこいつの服の裾なんか掴んでしまったんだ?
「どうした?」
慌てて首を横に振って、急いで踵を返した。「帰るな」と言ってしまいそうだった。…なんてね。どうせ口になんか出て来やしない。ま、今回ばかりは出なくて正解だけど。
「おい、ひーちゃ…」
聞こえない振りをして、そのまま立ち去る。
ごめんな。明日になれば、多分、普通に戻る、と思う。
今日は少し、気持ちが高ぶってるみたいだ。

 部屋に戻って、ようやく息を吐き出した。
さっき、京一が叩いてくれた右肩に手を当ててみる。いつも通りの、暖かい手。
……もう、…絶対に」
無理矢理言葉を口にしてみる。
「失わない。……護る。…オレが。」
京一も、みんなも、オレが護る。どんなことをしても護る。鬼が出ようが蛇が出ようが、二度と怖がったりしない。あんなものより怖いことがあるのを、知ってしまったのだから。絶対に護ってみせる。大好きな人たち、たとえ死んでも絶対に絶対に護り抜いてみせる。
 そう心に決めても、まだ苦しい。
どうして?
───赤い×印のついた写真を見たときの恐怖だ。
一日中全員を見張っていられるわけじゃない。知らないうちに、こうしているうちに、誰かが危険な目に遭っているかも知れない。
だから不安なんだ。
息苦しい。喉がひりつく。
護ろうとしても、出来ないことがある。死は遠い未来の話じゃない。今更思い知った。
 急に、一人で居るのが怖くなった。
…どこか出掛けちゃおう。喧嘩沙汰になってもいいや、コンビニとかゲーセンにでも行って、何でもいいから「誰か」と一緒にいたい。

 とにかく着替えをしようと、制服の上着を脱いだ。
Yシャツを脱いだとき、玄関のチャイムが鳴って、ギクリとなる。
だが、その次に外から聞こえた声に、オレはもっと驚いた。
「よー、ひーちゃん。帰ってる?」
 …どうして? 帰らなかったのか?
慌てて玄関を開けると、京一が立っていて、オレを見て何かいいかけ、「…あ」と俯いた。
「…その、さっきよ、お前、変だったろ。だから気になって。…わ、悪かったな、着替え中だったんだ。」
…………

 家に。帰らないと、だって家族が心配してる。でも、オレはすごく。ダメだちゃんと安心させてやらないと、3日も留守にして…オレは3日もずっとお前がいない日を耐えて。いいや、違う! 帰らせなきゃ。でもどうしよう。何でこんなに嬉しいんだろう。帰したくないって思ってる。ここにいて欲しい。泣きつきたい、もう二度といなくなったりしないでくれって。我が侭だ。でも、どうしても。どうしても今…そうだ、今だけ。1時間でいい、ここに。そして帰らせればいい。ちょっとだけ、なら。

 少しもまともな思考が出来ないまま、京一を招き入れる。とにかく、少しだけ、ここにいてもらうんだ。
ドアを閉め、靴を脱ごうとする京一を避けながら、鍵とチェーンをかけた。「ちょっとだけ」って思ってる割に、入念だな…。自分でも可笑しい。
 窮屈そうに京一がオレを押しのけた。壁に押しつけられる。ごめん、お前を中に入れてからにすれば良かったよな。
そう思って見上げると、京一もオレを見つめていた。
 茶色い髪。実家で昔飼ってた犬に似てる。鼻筋が通ってて、黙ってさえいれば、自称「真神一のイイ男」も伊達じゃない。明るい色の瞳、今はオレをじっと見つめてる。いつもニヤニヤしてる顔が、苦しそうに歪んでいた。
唇が少し開く。オレは、その唇の柔らかさを知っている。「おやすみのキス」で。
 京一にキスされるのは好きだ。「おやすみ」だけじゃなく、いつでもしたい、なんて言ったら変態みたいかな? でも今みたいに、両肩を掴まれて、じっと見つめられると、何故かそういう気持ちになってしまう。
 我慢出来なくなって、オレは京一の背中に両手を回した。キスしてくれ、京一。3日分。
やっぱり京一は、以心伝心で分かってくれたらしい。顔をぶつけるように唇を重ねてきた。
 でもそれは、いつものとは全然違っていた。
噛み付くように吸われ、唇と歯を舌で探られて、一瞬恐怖に駆られる。…違う、こんなの怖くない。二度と京一に逢えない、そう思ったときに比べたら。
息苦しくて怖いけど、オレは思い切って唇を開き、京一の舌を受け入れた。
烈しく口の中を舐めとられる。苦しい。
 これは多分、大人のキスだ。
恋人の、するキス。3日分だから大サービスなんだろうか。
な、何だか身体が発熱してきたような気がする。京一の体温が移ったみたいだ。
 ようやく唇が離れた。思わず溜息が出る。…苦しかったー。心臓もおかしいな。
「…ひー…ちゃ…」
京一の声が震えている。寒いのか? オレは暑いぞ?
 オレの両肩を掴んでいた両手が、ゆっくりと移動した。指先が、肩から首筋、鎖骨を通って胸の辺りを撫でる。くすぐったいよ…それに、何だか…
 胸の辺りに変な感触が生まれて、背筋に何か熱いものが走った。全身がビクッと震える。何、今の? 電流?
何をしてるんだ、京一。どうして、そんな…とこ、触るんだよ。やめろ…今オレ、少しおかしいみたいだから。
 両方の手首を掴んだけど、京一はやめてくれなかった。ますます強く、乳首を指で弄られる。
………ッ」
また溜息が出た。苦しい。本当に息苦しい。心臓が落ち着かない、オレ病気なのか?
息がしにくいのに、また京一が唇をふさいだ。今度はゆっくりと、舌でオレの舌をまさぐってくる。
なあ、京一。
何をしてるんだ?
これが恋人同士のキスなら、そんな風に胸を触るのも、やっぱ恋人がすることなのか?
オレは女じゃないから、その、ぺったんこだし、そんなの触っても面白くないと思うんだけど…。
京一の左手が、背中に回されてきた。脇を通るとき、またビリッと電流が走る。何だか分からなくて、やっぱりちょっと怖い。
背すじを、下からゆっくりなで上げられた。その動きに合わせて、さっきの電流がゆっくりと駆け上る。
「…んッ…」
 ふさがれた唇から声が漏れた。
気持ちがいいのか悪いのか、自分でも良くわからないが、京一がオレを抱き締めてくれるのは嬉しかった。ようやく安心出来た気がする。
唇が離されたので、息を吐き出した。マラソンでもしてきたみたいに呼吸が乱れてるけど、整えようにも京一の右手がまだオレの胸を弄ってて、却って呼吸が荒くなる。そういうもんなのかなあ。
 聞いてみようかと、京一を見つめて言葉を探す。
「京…」
とりあえず名を呼ぼうとしたら、急にガバッと抱き締められた。
「…ひーちゃん…俺…俺、お前が…欲しい…」
…?
どういう意味だろう。花いちもんめは、二人でやっても成立しないぜ?
「お前が…どう思っててもいい。もう、我慢出来ねェ。抱かせてくれ、ひーちゃん。」
とっくに抱き締められてるんだけど。…今してるのとは違うのか?

 オレは、少し考えた。
京一は、何をしたいと言ってるんだろうか。
今までの行動から考えて、オレはどうも、京一に女の子みたいな扱いを受けているらしい。
つ、つまり…その、「抱く」ってのは、…こ、子供を作る行為のこと、なんだろうか。
でもそれは、どう考えても医学上男同士で出来そうもない。
男女での行為もおぼろげにしか分からないのに、想像を絶している。
それに、そういうことを男同士でやるのは、ホモって言わないか?
おねぇちゃん好きの京一が、どうしてホモみたいなコトを言うんだろう。それも、オレなんかを相手に。
3日間、女の子に会えなくて、欲求不満なのかな。…ああ、そうかも。京一らしくって笑える。
 …じゃあ、オレは?
オレは…何をするのか分からないけど、京一なら、…いいか。何をされても。
さっき、胸や背中を撫でられて感じた電流は、あれは多分、「快感」なんだろう。初めてだったんで、ピンと来なかったけど。
男に胸を触られて、快感を感じてるくらいだ。オレって実はオカマだったのかも知れない。
…でも、変なオヤジとかだったらイヤだな。醍醐や雷人で想像しても、ちょっと気持ち悪い。
京一だから、いいんだ。
 そうか。これって、京一が好きだからなのかもな。

……構わん。」
 京一の耳元で呟いて、初めて自分からキスをしてみた。やっぱり妙な気分だった。


 京一の熱い舌が、オレの乳首を舐め上げる。もう片方を、左の指で弄んでいる。右手はオレの股間に入り込んでいて、恥ずかしいけど何だか気持ちいい。
オレも、真似するように京一のソレを撫でてみた。勝手が分からなくてぎくしゃくしてるので、京一の方はあんまり気持ちよくはないだろうが、カチンカチンに固くなっている。これって、多分、気持ちいいって証拠だよな? よっぽど欲求不満だったんだなあ。
 時々ゾクッと電流が走って、オレの口から勝手に呻き声が漏れる。
不思議な感じだった。どんなに辛くても、痛くても、意識しないと声なんか出ないのに、今は、自分でも聞いたことのない声が次々出てくる。戦闘中みたいだ。
 仰向けに寝かされていたオレの上に覆い被さっていた京一が、ふいに身体を起こした。
ベッドがギシッと音を立てる。
不安になって名を呼んでみたけど、京一は答えず、ただ苦しそうな顔をして、またオレのを握った。
その動きが早くなる。
快感って苦しいな。どうしたらいいのか全然分からない。
…ダメだ、京一、もう手ェ離してくれ! 何かよく分からないけど、と、トイレ行きたいッ。

 そのとき急に、変な感じが下半身を襲った。
異物感……
 見ると京一の右手がいつの間にかオレを手放し、更に下に入り込んでいる。
それで理解した。
京一の、指が、お、オレの…し、尻の穴に、刺さってるんだ。
それも、どんどん奧へと潜り込んでいく。
や、やめろ! そっそんなとこ、キタナイだろ~ッ!?
やめさせようともがいたが、力が全然入らない。なんでだ、こんな時に!?
 京一の長い指が根元まで入り込んだのが分かった。
何考えてんだ、と怒鳴る準備をしたが、その前に思いもよらない「快感」に襲われて、オレは情けない悲鳴を上げた。
「う…うご…かす……なっ」
苦しい息の下で、それだけを言ったが、聞いてないんだろう、また指がグニャグニャと蠢く。
「…ひーちゃん…感じてんのか…?」
うん…。そうみたい。でも、苦しくて返事が出来ない。
「…ここ…入って…いいか?」
何が…?
 オレの返事を待たず、指がようやく引き抜かれた。ホッとしたのも束の間、両足を急に持ち上げられる。さっきまで指を入れられていたそこに、京一の固いモノがあてがわれ、オレは意味を悟った。
そ、そ、そんなものが入るわけ……!!
心のツッコミが終わらないうちに、そっちをメリメリと突っ込まれてしまった。ひーッ! そーゆーツッコミはイヤだッ!!
「力、抜いてろ。」
慌てて言われた通りにする。でも、痛いものは痛いよ~。
何でこんなことしてるんだ、オレたち。やっと正気に返ったような気分だ。痛みでアタマが冴えたか?

 でも、すぐに正気は消えてしまったらしい。
最初はどうなるかと思ったのに、すっぽりと入ってしまった後は、それ程辛くなくなった。子供産むより痛い、と思ったくらいだったのに、痛みに慣れてしまったようだ。いや子供は産んだことないんだけど。
それよりも、京一の手がまたオレを扱きはじめ、京一のと同じように固くなってきたのが自分で分かった。
後ろに突っ込まれたのが、ゆっくりと抜かれそうになっては、また入って来る。痛いには痛いんだけど、さっきとは違う感じがする。
同じことが数度繰り返され、そのスピードが段々上がってきて、突き上げられる力が増した。
リズムを合わせてオレのを扱く手の動きが、やたらと「快感」を促す。
突き上げる動きが激しくなった。最奧まで差し込まれると、思わず声が漏れる。気持ち…いい。どうしてだろう。痛いのに。
「…たつまァッ…」
荒い息をつきながら、京一がオレを抱き締めた。
肌が触れる。熱い息がかかる。
そして、今、オレたちは一ヶ所で繋がって、一つになっている。
 …そうか…気持ちがいい、理由が分かった。
京一が、すごく深いところで、オレと接触してくれているから。
この世界の誰よりも、一番近くに、オレを置いてくれているからだ…。
「きょう…いち…」
「たつ…ま、龍麻…ッ!」
熱いものがオレの中心辺りにはじけて、それっきり何も分からなくなってしまった。

 いつの間にか、オレは眠っていたらしい。
そっと目を開けると、京一はオレを抱え込むようにして横になっている。
見上げると、目が覚めたのか、起きていたのか、オレを見つめる瞳にぶつかった。
「…よお。」
ちょっと照れたような笑顔。
…ああ。オレ、お前に「抱かれ」たんだっけな。
 何だか変な気分だ。
オレたちは、恋人になったんだろうか?
そういう感じもしない。京一はいつもの京一だ。
オレはといえば…。うん、「京一のことが大好きだ」っていう自覚はあるけど、…それ以外に何か変わった気もしないな。ホモって、全然理解できない世界だと思ってたけど、大したことないのかも。
 目の前の京一の顔を見上げて、オレの気持ちを伝えようと思ったが、気持ち悪いと思われる可能性に気付いて止めた。
代わりに、京一の胸に頭を押しつける。
京一が髪を撫でてくれた。…へへへ。
……時々でいいから、欲求不満になって、また「抱いて」くれると嬉しいな。
 こんなこと考えるなんて、オレ、本当にオカマなんだなー。知らなかった。
でもまあ、それでもいいか。今は幸せなんだし。
 心の中でだけ、京一に「ありがとう」と言っておいた。それと「ごめん」。親友なのに、変なこと考えて…ごめんな。